瀬川 光之(せがわ みつゆき、1962年〈昭和37年〉3月3… 瀬川 光之(せがわ みつゆき、1962年〈昭和37年〉3月3日 - )は、日本の政治家、長崎県西海市長(1期)。長崎県議会議員(6期)、西彼町議会議員(4期)を務めた。 長崎県立諫早農業高等学校卒業。卒業後は農業に従事し、青年団で活動。西彼町議会議員を4期務め、2003年長崎県議会議員に初当選。6期務める。県議会では総務常任委員会委員長、文教厚生常任委員会委員長、議会運営委員長を務める。2019年長崎県議会議長に就任。議会内では自由民主党会派に所属し、長崎県連政務調査会長、幹事長、県連副会長を歴任した。 2021年9月18日、自民党長崎県連は同年に予定される第49回衆議院議員総選挙長崎4区において、現職の北村誠吾ではなく瀬川を公認候補として党本部に推薦することを決定。
鐘ヶ江 管一(かねがえ かんいち、1931年1月22日 - … 鐘ヶ江 管一(かねがえ かんいち、1931年1月22日 - )は、元島原市長。長崎県島原市出身。
山中 辰四郎(やまなか たつしろう、1890年(明治23年)… 山中 辰四郎(やまなか たつしろう、1890年(明治23年)7月7日 - 1971年(昭和46年)12月11日)は、昭和期の日本の政治家で、公選2人目の佐世保市長である。 佐世保市出身。戦前に佐世保市議会議員を1期(1933年~1937年)務めた後、市役所職員となり、総務課長、助役を経て、1955年4月の市長選挙で現職の中田正輔を破って第15代佐世保市長に就任、2期8年間に及び市長を務めた。 在職中には佐世保工業高等専門学校、海上自衛隊教育隊の誘致を実現したほか、石岳動植物園の開園、鹿子前への観光道路整備など、観光都市としての基盤整備に努めた。 1963年4月の市長選に3選を目指し出馬したが、元市議会議長の辻一三に阻まれ落選、4年後の1967年4月の市長選にも再度挑戦したが再び辻に敗れた。
中田 正輔(なかた まさすけ、1884年12月14日 - 1… 中田 正輔(なかた まさすけ、1884年12月14日 - 1960年11月28日)は、昭和期の日本の政治家で、非公選最後及び公選初代の佐世保市長である。 佐世保市出身。早稲田大学政経科(現在の政治経済学部)を卒業し、帰郷して地元の佐世保軍港新聞の記者になったが体調を崩し2年ほどで退職して実家で農業を営む。1916年7月の長崎県議会議員補欠選挙に擁立され初当選、以後佐世保市議会議員(5期、1918年~1936年)、同議長(1930年6月~1932年3月)、さらに衆議院議員(1期、1932年~1936年)を務めた後、戦後間もない1946年8月に第12代佐世保市長に就任。翌年の初の市長選で引き続き当選、非公選1期、公選2期の計9年間に及び市長を務めた。
横山 寅一郎(よこやま とらいちろう、万延元年6月7日(18… 横山 寅一郎(よこやま とらいちろう、万延元年6月7日(1860年7月24日) - 大正12年(1923年)5月22日)は、衆議院議員(立憲政友会)、長崎市長。 肥前国大村に、大村藩家老横山雄左衛門の二男として生まれる。藩校五教館に学んだ。長崎県警部を務めた後、私立大村中学校(現在の長崎県立大村高等学校)の創設に加わり、校長を務めた。 長崎県会議員・同副議長を経て、1895年(明治28年)に長崎市長に就任した。3期務め、港湾改良・水道増設・市区拡張の三大事業に取り組んだ。1904年(明治37年)、第9回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、当選回数は5回を数えた。 その他、大村湾真珠株式会社社長、国光生命保険相互会社専務取締役などを務めた。