田中 達也(たなか たつや、1981年11月 - )は、日本… 田中 達也(たなか たつや、1981年11月 - )は、日本のミニチュア写真家、見立て作家。 熊本県熊本市生まれ。鹿児島県鹿児島市在住。熊本県立熊本北高等学校、鹿児島大学教育学部学校教育教員養成課程美術専修デザイン専攻卒業。 少年時代は鉄道模型に憧れていたが、高価のため購入出来なかったため、本を積み重ねて街を作り、ティッシュケースを列車に見立てて動かしたと言う。この工夫が、現在の仕事に繋がっているという。中学時代はバスケットボール部に入部したものの、楽しめないと判断し1年足らずで退部した。また、絵を描くのは好きだったが、仕事になるとは思えないから趣味程度に留まっていた。なお、大学進学時に絵を仕事にしたいと考え、教育学部のデザイン専攻に進学した。
藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - … 藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - )は、日本の詩人、児童文学作家、写真家、講演家である。日本児童文学者協会会員。 熊本県湯前町に生まれる。熊本県立熊本高等学校、長崎大学大学院教育学研究科修了。学生の頃、谷川俊太郎の詩集『日々の地図』(集英社、1982年)に感銘を受け、詩作を始める。長崎県の小学校教員として生計を立てながら、ひたすら詩を書く日々を送る。 26歳の時、母親がアルツハイマー型認知症になる。父の死後、その遺言により母の介護を本格的に始めることに。24年間に及ぶ介護体験をもとに、命や認知症を題材にした作品を発表し、認知症への理解を深めるため全国各地で講演活動を行なっている。
緒方 秀美(おがた ひでみ、1961年12月24日 - )は… 緒方 秀美(おがた ひでみ、1961年12月24日 - )は、熊本県山鹿市出身の写真家。 20代で渡米後、N.Y.でアンディ ウォーホールはじめ多くのアーティストと親交を深める。N.Y.アンダーグランドシーン伝説のクラブ-パラダイス ガラージで出会った黒人達のポートレート写真展開催をスタートとし、 東京 、ニューヨーク、ヨーロッパ、イスラエル、と写真家としての道を追求する。 「今が全て、この一瞬が永遠」をモットーにスピード感のある作風と人の内に秘めた本当の姿を一瞬で見抜きカメラへと収めていく類まれな る技術で多くのミュージシャン、クリエーター、アスリート、世界中のセレブから一個人にいたる多くの人々から信頼を集める。
森枝卓士(もりえだ たかし、1955年4月7日 - )は、日… 森枝卓士(もりえだ たかし、1955年4月7日 - )は、日本の写真家、ジャーナリスト。熊本県水俣市出身。日本写真家協会会員。大正大学客員教授。 水俣病の取材に訪れたユージン・スミスの影響でジャーナリストを志す。 鹿児島県立出水高等学校卒業。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。東南アジアを中心に世界中で取材活動を行う。食文化にまつわる著作が多い。週刊ヤングジャンプにて連載されていた漫画『華麗なる食卓』の監修を務める。
佐伯 敏子(さえき としこ、1906年〈明治39年〉3月12… 佐伯 敏子(さえき としこ、1906年〈明治39年〉3月12日 - 1984年(昭和59年)10月11日)は、日本の写真家、歌人。熊本県熊本市出身、私立女子英学塾(後の津田塾大学)卒業。旧姓は梅村。 1927年(昭和2年)から1931年(昭和6年)まで桜蔭高等女学校(後の桜蔭学園)の教員を務めた後、1947年(昭和22年)、英語教室「津田英語会」創立共に、同会の講師となった。私生活では1928年(昭和3年)に結婚し、二男二女をもうけた。1942年(昭和17年)に東京都世田谷区に移住した。 1950年代頃より、世田谷の自宅を訪れる野鳥を寄せ親しみ、主婦としての家事の合間を縫って観察を続けた。1955年(昭和30年)に日本野鳥の会に入会した。