山岸 孝行(やまぎし たかゆき、1938年5月14日 - )… 山岸 孝行(やまぎし たかゆき、1938年5月14日 - )は、日本の経営者。神奈川県出身。 1962年に北海道大学工学部鉱山工学科を卒業し、同年に日本ミネチュアベアリング(のちのミネベア)に入社。1988年12月に取締役に就任し、1992年12月に常務、1999年12月に専務を経て、2005年6月には社長に就任。2009年4月に取締役相談役に退いた。
北海道大学:1,255人
山岸 孝行(やまぎし たかゆき、1938年5月14日 - )… 山岸 孝行(やまぎし たかゆき、1938年5月14日 - )は、日本の経営者。神奈川県出身。 1962年に北海道大学工学部鉱山工学科を卒業し、同年に日本ミネチュアベアリング(のちのミネベア)に入社。1988年12月に取締役に就任し、1992年12月に常務、1999年12月に専務を経て、2005年6月には社長に就任。2009年4月に取締役相談役に退いた。
松谷 克(まつや まさる、1938年4月26日 - 2024… 松谷 克(まつや まさる、1938年4月26日 - 2024年12月13日)は、日本の実業家。 日本紙パルプ商事代表取締役社長、同社代表取締役会長、日本洋紙代理店会連合会会長などを歴任した。旭日中綬章受章。 北海道出身。1957年北海道函館中部高等学校卒業。 1962年北海道大学経済学部卒業、日本紙パルプ商事入社。1993年に取締役札幌支店長に就任し、1999年には常務東京本店新聞用紙営業本部長兼印刷・情報用紙営業本部長、2001年には代表取締役専務名古屋支店長と要職を歴任。 2003年に代表取締役社長に就任し、7年務めて2010年に代表取締役会長に就任。同年旭日中綬章を受章し、2011年に帝国ホテルで叙勲御礼の会が行われた。
四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - … 四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - )は、日本の化学工学者。東北大学名誉教授。元宮城工業高等専門学校校長。元日本分析化学会会長。元日本化学会副会長。父は四ツ柳高茂。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1961年北海道大学工学部応用化学科卒業。1966年北海道大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程修了、工学博士。1971年日本分析化学会奨励賞受賞。北海道大学助教授を経て、1978年東北大学教授。1991年環境科学会評議員。1992年日本微量元素学会評議員。同年日本化学会学術賞受賞。1996年日本分析化学会学会賞受賞。1997年東北大学大学院工学研究科研究科長・工学部学部長。
青木 清(あおき きよし、1938年1月17日 - 2023… 青木 清(あおき きよし、1938年1月17日 - 2023年5月4日)は、日本の動物行動学者、生命倫理学者、上智大学名誉教授、公益財団法人生存科学研究所理事長。
澤岡 昭(さわおか あきら、1938年 - )は日本の学者。… 澤岡 昭(さわおか あきら、1938年 - )は日本の学者。 1938年、北海道帯広市生まれ。 小・中・高校時代を札幌で過ごし、1958年北海道大学理類に入学、1963年物理学科卒業、1965年修士課程を修了、その年の秋、博士課程を中退して大阪大学基礎工学部に助手として採用され、1969年に東京工業大学に転勤した。 工業材料研究所と応用セラミックス研究所(現・フロンティア材料研究所)の助手、助教授、教授、所長を経て、1999年大同工業大学(現:大同大学)学長、2017年大同大学名誉学長。 その間、宇宙開発事業団(当時)嘱託やスペースシャトルを利用した宇宙実験、国際宇宙ステーション計画に参画した。
池田 均(いけだ ひとし、1938年 - 2012年10月9… 池田 均(いけだ ひとし、1938年 - 2012年10月9日)は、日本の農学者。学位は、農学博士(北海道大学)。北海学園大学名誉教授。北海道出身。祖父は県知事を務めた池田宏、父は農業経済学者の池田善長。 1963年北海道大学水産学部卒業。1969年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。その後、同農学部助手や、北海道立総合経済研究所(北海道庁研究機関)、北海道庁経済調査室主任専門調査員を経て、1989年北海学園大学経済学部助教授、1990年同経済学部教授・同大学院経済学研究科教授。1998年同大学院経済学研究科長。2009年北海学園大学退職。同名誉教授。 1989年、学位論文「地域開発と地域経済に関する研究」で北海道大学より農学博士の学位を授与された。
山崎 晃資(やまざき こうすけ、1937年12月1日 - 2… 山崎 晃資(やまざき こうすけ、1937年12月1日 - 2023年4月21日)は日本の医学者、精神科医。医学博士。専門は児童青年精神医学、特に自閉症問題。北海道出身。 北海道後志支庁管内虻田郡倶知安町に生まれる。1962年、北海道大学医学部医学科卒業。1967年、北海道大学大学院医学研究科神経内分泌専攻博士課程修了。 北海道大学医学部精神科助手を経て、1974年、市立札幌病院附属静療院児童部長。のぞみ学園副医長。 1982年から東海大学医学部精神科学教室教授。2003年から2005年まで東海大学教育研究所教授、東海大学付属相模中学校・高等学校校長を兼任。2005年から臨床児童精神医学研究所所長、目白大学客員教授。
布施 晶子(ふせ あきこ、1937年11月24日 - 201… 布施 晶子(ふせ あきこ、1937年11月24日 - 2011年4月5日)は、日本の社会学者。札幌学院大学前学長。社会学系コンソーシアム初代理事長、北海道社会学会会長などを歴任した。専門分野は家族社会学、女性問題や、現代社会における高齢者の社会学的視点、ジェンダーフリー。北海道出身。
福迫 尚一郎(ふくさこ しょういちろう、1937年(昭和12… 福迫 尚一郎(ふくさこ しょういちろう、1937年(昭和12年)11月 - )は、日本の工学者。工学博士(北海道大学)。専門は熱工学。北海道大学名誉教授・札幌市元助役・学校法人北海道尚志学園専務理事。鹿児島県出身。 同じ北大卒の桂信雄市長に請われ助役に就任。桂市長勇退とともに助役を退任 凍結・融解に伴う熱伝導問題を研究 『北海道人物・人材リスト 2004 か-と』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
久保田 宏(くぼた ひろし、1937年8月2日 – 2014… 久保田 宏(くぼた ひろし、1937年8月2日 – 2014年9月24日)は、日本の医師。教育者。名寄市立大学初代学長。名寄市立大学短期大学部元学長。北海道中川郡美深町出身。 北海道名寄高等学校卒業。1961年北海道大学理学部卒業。1965年同医学部卒業。同年、北海道大学病院勤務。その後、市立旭川病院胸部外科部長などを経て、1991年名寄市立総合病院副院長。市立名寄短期大学非常勤講師。1993年名寄市立総合病院院長。2003年名寄市立総合病院名誉院長。風連町国民健康保険診療所所長。名寄市文化賞受賞。2006年名寄市立大学初代学長・名寄市立大学短期大学部学長に就任。2010年名寄市立大学・名寄市立大学短期大学部退官。
神谷 忠孝(かみや ただたか、1937年6月5日 - )は、… 神谷 忠孝(かみや ただたか、1937年6月5日 - )は、日本近代文学研究者(昭和文学)。北海道大学名誉教授。北海道立文学館第4代理事長。 北海道帯広市生まれ。北海道帯広三条高等学校を経て、1962年北海道大学文学部国文科卒(恵迪寮OB)。67年同大学院博士課程中退。帯広大谷短期大学助教授、70年中央大学助教授。76年北海道大学助教授、のち教授、2001年定年退官、名誉教授。北海道文教大学外国語学部教授。2014年北海道新聞文化賞、2016年北海道文化賞受賞。 札幌市厚別区在住。2011年から、サンピアザ劇場で上演された優秀な作品を表彰する「神谷演劇賞」を自費で主催した。
寺久保 友哉(てらくぼ ともや、1937年6月4日 - 19… 寺久保 友哉(てらくぼ ともや、1937年6月4日 - 1999年1月22日)は、小説家・精神科医。東京都出身。 北海道大学医学部在学中の1966年に、『ジャンパー』で「文藝」全国学生小説コンクール佳作。同人雑誌「くりま」に小説を発表し始める。なお「くりま」同人には渡辺淳一・高橋揆一郎などがいた。京都大学で研修後、札幌市中央区に「オフィス街クリニック」を開業し院長として診療に当たるかたわら、小説を書き続けた。1974年、「停留所前の家」で第8回北海道新聞文学賞受賞。1976年から1977年にかけ芥川賞候補に連続4回ノミネートされたが、いずれも受賞には至らなかった(第75回『棄小舟』、第76回『陽ざかりの道』、第77回『こころの匂い』、第78回『火の影』)。
神田孝夫(かんだ たかお、1937年6月3日 - )は、日本… 神田孝夫(かんだ たかお、1937年6月3日 - )は、日本の法学者(民法)、弁護士。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1989年)。小樽商科大学名誉教授、元北海学園大学大学院法務研究科教授。北海道斜里郡斜里町出身。
能勢 弘之(のせ ひろゆき、1937年5月7日 - 2000… 能勢 弘之(のせ ひろゆき、1937年5月7日 - 2000年8月1日)は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。法学博士。元北海道大学法学部教授。大学院入学の時点では小山昇に師事して民事訴訟法を専攻するも、のちに専攻を転じて田宮裕のもとで刑事訴訟法を研究した。 陽気な人柄で、酒豪、愛煙家であった。アメリカ・ベイラー医科大学教授で医学博士(北海道大学)の能勢之彦は長兄。自治省官僚出身の岩見沢市市長だった能勢邦之は次兄。北海道大学文類から法学部への進学次の成績は全文系学生中の全優首席で、法学部在学中は「カミソリ能勢」の異名を取る秀才であった。大学院進学時には、同期の熊本信夫、中村睦男とともに「花の昭和36年組」と呼ばれた。
荒木 俊夫(あらき としお、1937年3月23日 - 199… 荒木 俊夫(あらき としお、1937年3月23日 - 1993年7月28日)は、日本の政治学者。元・北海道大学教授。北海道利尻郡利尻町生まれ。生家は、利尻島有数の網元。 主に、国民の投票行動に関して研究。また亥年現象には批判的である。
近藤 良一(こんどう りょういち、1937年3月13日 -… 近藤 良一(こんどう りょういち、1937年3月13日 - 2015年2月22日)は、日本の僧侶・哲学者・仏教学者。専門はインド哲学・仏教学。苫小牧駒澤大学2代学長。号は「近藤聖欣」。駒澤大学名誉教授・曹洞宗北大寺住職だった人物。札幌市生まれ 関稔とは同じ師を持つ同門で、急病により同学長を辞任し、後輩に学長職を引き継いでもらった。
井野 智(いの さとる、1937年(昭和12年)2月21日 … 井野 智(いの さとる、1937年(昭和12年)2月21日 - )は、日本の工学者。工学博士(北海道大学)。専門は構造工学。北海道大学名誉教授・元北海道情報大学学長。北海道美唄市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、工学・技術に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:技術と産業)。
亀井 秀雄(かめい ひでお、1937年〈昭和12年〉2月18… 亀井 秀雄(かめい ひでお、1937年〈昭和12年〉2月18日 - 2016年〈平成28年〉6月17日)は、日本の文学研究者・評論家。文学博士(北海道大学・論文博士・1999年)。その対象分野は、言語論・身体論・表現論・文体論・文学史(論)・評伝など多岐にわたる。北海道大学名誉教授、その後市立小樽文学館に館長として勤務し、退職。合同会社オピニオン・ランチャーを設立し、その代表社員を務めた。 1937年(昭和12年)、群馬県勢多郡粕川村女渕(現・前橋市粕川町女渕)に生まれる。1955年に群馬県立前橋高等学校を卒業した後、北海道大学文類に入学。 在野の儒学者だった父親の亀井一雄により、2年後には文学部の東洋史学講座へ進む予定だったが、当時の北大の東洋史学講座では内紛が起こり、講義が行われない状態となった。
西山恒夫(にしやま つねお、1937年1月28日 - )は、… 西山恒夫(にしやま つねお、1937年1月28日 - )は、日本の水産学者。学位は、水産学博士(北海道大学)。北海道函館市出身。 北海道大学水産学部卒業。同大学院水産学研究科博士課程中退。1967年北海道大学水産学部専任講師。その後、同水産学部助教授。1975年3月北海道大学より「ブリストル湾系ベニサケ海岸生活冬期における食物要求に関する研究」で水産学博士の学位を受く。1975年アメリカ・アラスカ大学フェアバンクス校水産海洋学部海洋生態学講座助教授。1985年東海大学工学部札幌教養部教授。1988年北海道東海大学工学部教授。1997年北海道東海大学学長。2000年同学長退任。2006年北海道東海大学定年退職。
山内 俊雄(やまうち としお、昭和12年(1937年)1月1… 山内 俊雄(やまうち としお、昭和12年(1937年)1月19日 - )は日本の医師。埼玉医科大学名誉学長。日本てんかん学会専門医。日本精神神経学会専門医。
糸田 省吾(いとだ しょうご、1937年(昭和12年)1月9… 糸田 省吾(いとだ しょうご、1937年(昭和12年)1月9日 - )は、日本の元官僚。元公正取引委員会委員。長島・大野・常松法律事務所顧問(弁護士登録はしていない)。
野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学… 野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学者。岩手大学名誉教授。北海道小樽市生まれ。 日本の近代・現代文学で、特に伊藤整の文学論についてを研究 『北海学園大学人文論集第38巻』(北海学園大学人文学会、2008年)
山本 茂(やまもと しげる、1937年 - )は、日本のノン… 山本 茂(やまもと しげる、1937年 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道生まれ。北海道大学農学部卒。毎日新聞社会部、『サンデー毎日』編集部を経て退職、『ボクシング・マガジン』編集長ののち独立する。 新しい歴史教科書をつくる会の理事を務め、同会による『新しい歴史教科書』の執筆にも参加している。また、九州女子大学文学部教授、映画大学院大学客員教授も務めた。
山本 教夫(やまもとのりお、1937年 - )は、日本の造園… 山本 教夫(やまもとのりお、1937年 - )は、日本の造園系技術官僚。 北海道大学農学部を卒業し、建設省に技官採用される[要出典]。在官当時は国営沖縄記念公園調整官などを歴任した[要出典]。 公園管理運営の専門家として、それに関する複数の論文を執筆している。 日本公園施設業協会専務理事も務めた。 2011年に第33回日本公園緑地協会北村賞を受賞した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田下 昌明(たしも まさあき、1937年 - 2022年7月… 田下 昌明(たしも まさあき、1937年 - 2022年7月10日)は、日本の医学者、小児科医。北海道旭川市出身。 1964年北海道大学医学部卒業(40期) 医療法人歓生会豊岡中央病院会長、日本家庭教育学会理事、旭川医科大学臨床指導教授、北海道病院協会常務理事、北海道小児科医会理事、社団法人日本小児科学会会員。 「新しい歴史教科書をつくる会」発足以来〜現在、全国評議員、北海道北支部長を務める。2006年6月、「新しい歴史教科書をつくる会」から八木秀次が袂を分って設立した「日本教育再生機構」にも参加。 映画『南京の真実』の賛同者[要出典]。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
玉堀 為彦(たまほり ためひこ、1936年 <昭和11年> … 玉堀 為彦(たまほり ためひこ、1936年 <昭和11年> 12月1日 - )は、日本の経営者。東燃ゼネラル石油社長を務めた。 北海道出身。1959年に北海道大学工学部応用化学学科を経て、1961年に北海道大学大学院工学部修士課程を修了し、同年4月に東亜燃料工業に入社。1986年4月に取締役に就任し、1989年3月に常務を経て、1994年3月には社長に就任。2000年7月から2001年3月までに東燃ゼネラル石油社長を務めた。
藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11… 藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11月16日 - 2009年 <平成21年> 6月6日)は、日本の政治家、元地方公務員。北海道根室市市長(1998年-2006年)。旭日小綬章受章者。位階は正六位。 埼玉県出身、埼玉県立熊谷高等学校卒、北海道大学水産学部卒。 1959年(昭和34年)- 北海道庁に入庁する。1980年(昭和55年)- 同庁後志支庁水産課長に就任する。 1985年(昭和60年)- 同庁水産部漁政課長就任にする。1988年(昭和63年)- 同庁水産部技監に就任する。 1989年(平成元年)- 同庁根室支庁長に就任する。1991年(平成3年)- 同庁水産部長に昇格する。
鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - … 鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - 2005年3月28日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、元釧路市長(5期)。
速水 侑(はやみ たすく、1936年10月28日 - 201… 速水 侑(はやみ たすく、1936年10月28日 - 2015年8月)は、日本の仏教学者、東海大学名誉教授。専攻は日本仏教史。 1936年、北海道生まれ。北海道大学文学部を卒業し、同大学院文学研究科に進む。1964年、博士課程単位取得退学。その後は母校の北海道大学助手に採用され、後に助教授昇進。1970年、東海大学助教授を経て教授、2006年、東海大学を定年退任し名誉教授。
小椋 進(おぐら すすむ、1936年9月30日 - )は日本… 小椋 進(おぐら すすむ、1936年9月30日 - )は日本の地方公務員。横浜市助役。 北海道大学工学部卒業。1961年 横浜市入庁。 企画調整局企画部企画課長、企画財政局企画調整室長、企画財政局理事兼企画調整室長などのポストを務め、1990年6月 金沢区長。1993年5月12日 企画財政局長。1994年7月 財政局長。1995年6月1日 横浜市助役。1999年3月 清水利光を後任に助役を退任。 2003年10月21日から神奈川県公安委員会委員となる(〜2006年10月20日)。 2012年4月29日 瑞宝中綬章を受章。
加藤 幸子(かとう ゆきこ、1936年9月26日 - 202… 加藤 幸子(かとう ゆきこ、1936年9月26日 - 2024年3月30日)は、日本の小説家。芥川賞、毎日芸術賞受賞。劇作家の加藤道夫の姪。鉱床学者加藤武夫の孫。かもしか学園(西川町)園長。 農林技師の子として、父の勤務先であった北海道札幌市に生まれる。両親ともに東京の出身。父の仕事の関係で5歳から11歳までを北京で過ごし、戦後日本に引き揚げた後は東京都世田谷区の祖父の加藤武夫宅で育つ。恵泉女学園高等学校2年の時、同居していた叔父加藤道夫が自殺して大きな衝撃を受ける。北海道大学農学部卒業後、農林省農業技術研究所・日本自然保護協会勤務を経て、1972~89年自然観察会代表。 1982年、「野餓鬼のいた村」で新潮新人賞受賞、続いて1982年下半期(1983年1月)、「夢の壁」で芥川賞受賞。
小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4… 小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4日 - 2017年(平成29年)2月24日)は、日本の政治家、地方公務員。北海道北見市出身。1959年(昭和34年) 北海道大学農学部卒。北海道北見市長(1995年 - 1999年)。 1959年(昭和34年)北見市役所に入り、総務部総務課に配属。1985年(昭和60年)同市衛生部長。1987年(昭和62年)同市農務部長、1991年(平成3年)同市都市住宅部長に就任。北見市役所を退職し、1995年(平成7年)北見市長選挙に出馬し現職市長の久島正を破って初当選するも1999年(平成11年)に新人の神田孝次に敗れ落選した。2000年北海学園北見大学商学部客員教授(地方自治論、農業政策)。
沢 邦彦(さわ くにひこ、1936年6月3日 - )は、日本… 沢 邦彦(さわ くにひこ、1936年6月3日 - )は、日本の実業家。富士電機ホールディングス代表取締役社長や、電気学会会長、富士通取締役、日本原子力発電取締役、月島機械取締役、パナソニック電工取締役などを歴任した。 1955年北海道室蘭清水丘高等学校卒業。1959年北海道大学工学部電気工学科卒業、富士電機製造入社。1987年富士電機取締役。1991年富士電機常務取締役。1994年富士電機専務取締役。1995年富士電機代表取締役副社長。1998年富士電機代表取締役社長、富士通取締役。2000年電気学会会長。2002年室蘭市ふるさと大使。2003年日本原子力発電取締役。2006年富士電機ホールディングス相談役、月島機械取締役。
柴田 泰(しばた とおる、1936年5月15日 - 2012… 柴田 泰(しばた とおる、1936年5月15日 - 2012年2月15日)は、日本の仏教学者。札幌大谷大学初代学長。札幌大谷短期大学名誉教授。 北海道出身。1959年北海道大学文学部印度哲学科卒業。1964年北海道大学大学院文学研究科東洋哲学専攻単位取得満期退学。1964年北海道大学文学部助手。1972年札幌大谷短期大学一般教育助教授。1989年札幌大谷短期大学一般教育教授。2002年札幌大谷短期大学学長に就任。2006年札幌大谷大学初代学長に就任。2007年札幌大谷大学退職。札幌大谷短期大学名誉教授。 1977年に日本印度学仏教学会賞受賞。 岩見沢駒澤短期大学国文科兼任講師も1972年から1988年にかけて務めた。
島田 陽(しまだ よう、1936年1月27日 - )は、日本… 島田 陽(しまだ よう、1936年1月27日 - )は、日本のロシア文学者、元東京大学教授。 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。徳島県立城南高等学校から、1960年北海道大学文学部露文科卒、1967年早稲田大学大学院露文修士課程修了、1970年から1971年までモスクワ大学に留学。1975年東大教養学部助教授、1988年教授、1996年定年退官。東京国際大学教授。 プーシキンなどロシア詩とプラトーノフを専門とした。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大塚 榮子(おおつか えいこ、1936年〈昭和11年〉1月1… 大塚 榮子(おおつか えいこ、1936年〈昭和11年〉1月13日 - )は、日本の薬学者、遺伝子学者。核酸の化学合成技術を用いて、がん遺伝子の全合成やヒト成長ホルモンの遺伝子による合成を達成し、核酸ならびにタンパク質の構造や機能を解明した。また、RNAの化学合成技術の開発と機能の解明、RNAの配列特異的な切断技術の開発も行い、現在の核酸医薬の基礎を作った。 1936年(昭和11年)、北海道札幌市生まれ。中高一貫のミッションスクール・北星学園女子中学高等学校に学ぶ。高校時代に盲腸をこじらせて入院した際に、病院で楽しそうに働く人の姿に興味を持つ。1954年(昭和29年)北海道大学に進学し、大学2年生の10月に新設の医学部薬学科(現・薬学部)へ進学。
松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 202… 松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 2020年5月19日)は日本の実業家、会社経営者。従三位。東日本旅客鉄道(JR東日本)社長、同社会長を歴任。北海道北見市出身。 井手正敬、葛西敬之と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した。北海道大学名誉博士。 「国鉄改革3人組」の筆頭として、国鉄分割民営化に尽力した。民営化後は、JR東日本の社長・会長として経営を掌握。 また、道路関係四公団民営化に委員として参画する等、当時の内閣総理大臣・小泉純一郎が主導した聖域なき構造改革路線において、民営化の代表的な成功例の立役者の一人とされた。 2008年、日本経済新聞『私の履歴書』に寄稿し、国鉄民営化の経緯を赤裸々に語っている。
柏木 邦良(かしわぎ くによし、1936年 - )は、日本の… 柏木 邦良(かしわぎ くによし、1936年 - )は、日本の法学者・弁護士(長野弁護士会所属)。専門は民事訴訟法。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1974年)。北海学園大学助教授(1970年から2年間)・大東文化大学教授(2004年から2年間)を歴任。小山昇門下。 東京都出身。専門分野は民事訴訟法であり、北海道大学で小山昇、エアランゲン大学でカール・ハインツ・シュヴァープにそれぞれ師事する。 判事補、弁護士としての実務経験を踏まえつつ、法実証主義を積極的に実践する立場から、従来の学説判例に対して批判を加え、既判力制度を中心とする新しい民事訴訟法体系を提唱し、多種多様な問題につき今後判例が進むべき方向を提示した。
熊本 信夫(くまもと のぶを、1935年12月16日 - 2… 熊本 信夫(くまもと のぶを、1935年12月16日 - 2022年10月6日)は、日本の法学者。専門は、行政法・アメリカ合衆国憲法、特に政教分離・行政手続法・環境法。学位は、法学博士(北海道大学・1973年)(学位論文「アメリカにおける政教分離の原則」)。北海学園大学名誉教授。弁護士(熊本信夫法律事務所所長)。藍綬褒章、瑞宝中綬章受章。北海道出身。
堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日… 堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。1995年から北海道知事(公選第13・14代)2期8年務めた。北海学園元理事。札幌大学前理事長。北海道開拓記念館(現・北海道博物館)元館長。北海道スポーツ協会会長。 樺太敷香郡泊岸村出身。網走支庁遠軽町で育つ。1954年、遠軽高校卒業。1958年、北海道大学農学部林産学科を卒業し、北海道庁に入庁。初任地は網走支庁上渚滑林業指導事務所であった。 林務部、北海道大阪事務所、秘書課長、生活環境部次長、土木部次長、知事室長、北海道公営企業管理者、横路孝弘の下で副知事などの職を経て、1995年に北海道知事選に無所属(新進党・日本社会党・公明・民社協会推薦)で出馬し、伊東秀子を破って初当選する。
小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月… 小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月7日 - )は、日本の政治家、農学者、酪農家、起業家。専門は畜産学。長野県飯山市長(1990年-2002年)。 長野県小諸市出身。1959年(昭和34年)北海道大学農学部畜産学科卒。1959年(昭和34年)酪農学園大学酪農学部助手の後、アメリカのイリノイ大学大学院修士課程修了し修士号を取得。再び酪農学園大学に戻り、同酪農学部専任講師。1969年(昭和44年)農畜産業振興実践のため酪農学園大学を退職し、長野県飯山市藤沢地区に入植。同地区にあった実験農場を譲り受け、乳牛などの酪農経営を始める。 その後、酪農家をする傍ら、飯山市農業委員会会長や飯山市自然保護審議会会長などを務める。
大西 敬三(おおにし けいぞう、1935年10月1日 - 2… 大西 敬三(おおにし けいぞう、1935年10月1日 - 2018年2月3日)は、日本の経営者、工学博士。日本製鋼所社長を務めた。北海道札幌市出身。 1960年に北海道大学工学部冶金工学科を卒業し、同年に日本製鋼所に入社。1989年に取締役に就任し、1991年に常務、1993年に専務を経て、1994年に副社長に就任し、1995年に社長に昇格。2001年に相談役を経て、2009年に名誉顧問に就任。1975年から1977年までに室蘭工業大学で非常勤講師、1989年から1991年までに客員教授を務め、日本防衛装備工業会会長も務めた。 2005年に旭日中綬章を受章した。 2018年2月3日病気のために死去。
福士 英二(ふくし えいじ、1935年9月2日- 2024年… 福士 英二(ふくし えいじ、1935年9月2日- 2024年3月12日)は、日本の経営者。日立物流社長、会長を務めた。 北海道出身。1959年に北海道大学工学部機械工学科を卒業し、同年に日立製作所に入社した。1987年に日立物流に転じ、取締役、常務を経て、1996年に専務に就任し、2000年6月には社長に昇格。2003年4月に会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
所雅彦(ところ まさひこ、1935年(昭和10年)7月5日 … 所雅彦(ところ まさひこ、1935年(昭和10年)7月5日 - 2011年(平成23年)4月9日)は、北海道の放送関係者。北海道出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西里 静彦(にしさと しずひこ、1935年6月9日 - )は… 西里 静彦(にしさと しずひこ、1935年6月9日 - )は、カナダの行動計量学者(計量心理学)。学位は、Ph.D.(ノースカロライナ大学・1966年)。トロント大学名誉教授、アメリカ統計学会フェロー、日本行動計量学会名誉会員。北海道札幌市生まれ、十勝郡浦幌町育ち。 マギル大学心理学部研究員、マギル大学精神医学部統計コンサルタント、トロント大学オンタリオ教育大学院測定評価学部部長、トロント大学オンタリオ教育大学院教授、国際計量心理学会会長などを歴任した。 日本で生まれ、カナダで活躍した行動計量学者である。国際計量心理学会の会長を務めるなど要職を歴任し、計量心理学と非線型多次元データ解析の発展に尽くした。
横山 清(よこやま きよし、1935年5月15日 - )は、… 横山 清(よこやま きよし、1935年5月15日 - )は、日本の実業家。アークス代表取締役会長、ラルズ代表取締役会長、初代新日本スーパーマーケット協会会長、恵迪寮同窓会理事長。元全国スーパーマーケット協会理事長。藍綬褒章受章。 北海道芦別市の鍛冶屋の家に生まれる。北海道芦別高等学校卒業後、明治鉱業芦別炭鉱で2年間炭鉱夫として働いたのち、1960年に北海道大学水産学部を卒業した。 北海道大学恵迪寮に入寮し、当時寮長を務めていたこともあり、寮費を滞納する先輩からも臆せず取り立てを行っていたという。 大学卒業後は野原産業に入社。1961年大丸スーパー(現アークス)入社。1985年から大丸スーパー代表取締役社長を務め、1989年丸友産業と合併しラルズに改組後も引き続き代表取締役社長を務めた。
土屋 統督(つちや のりおさ、1935年3月2日 - )は、… 土屋 統督(つちや のりおさ、1935年3月2日 - )は、日本のアナウンサー、ニュースキャスターである。 東京都出身。北海道大学理学部数学科卒業。 1959年4月、TBSにアナウンサー6期生として入社(同期には池田孝一郎・石井智・川野昌宏・里見恭夫・新堀俊明・藤田和弘・料治直矢・相場君子・今井登茂子・加藤かな子・加藤珪子・土井誉子・蛭田玲子)。主にニュース、報道番組を担当。報道局ニュース部(1963年11月1日)、ニュース取材部(1965年12月)、ラジオニュース部(1967年10月)に在籍。1967年11月15日にアナウンサー研修室を設置に伴い報道局ラジオニュース部兼アナウンサー研修室付となる。
川嶋 至(かわしま いたる、1935年(昭和10年)2月15… 川嶋 至(かわしま いたる、1935年(昭和10年)2月15日 - 2001年(平成13年)7月2日)は、文芸評論家。北海道札幌市生まれ。1958年(昭和33年)北海道大学文学部国文科卒業後、1964年(昭和39年)同大学院博士課程満期退学。日本近代文学を専攻していた在学中に『位置』の同人となる。その後、岩手大学講師、東京工業大学助教授、教授を歴任。川端康成の研究家として知られ、川端の元恋人の伊藤初代の実体をいち早く究明した研究者として注目された人物である。 大学院時代の1961年(昭和36年)3月、評論「『伊豆の踊子』を彩る女性(上・下)」を発表し、いち早く川端康成の初期の恋人「伊藤初代」の存在に着目していたが、この論はほとんど注目されなかった。
小林 好宏(こばやし よしひろ、1935年2月9日 - 20… 小林 好宏(こばやし よしひろ、1935年2月9日 - 2013年12月22日)は、日本の経済学者。経済学博士(北海道大学)。北海道大学名誉教授。元北海道武蔵女子短期大学学長。北海道生まれ。恩師は新川士郎。 1957年北海道大学経済学部卒業。1962年北海道大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。同年、山口大学経済学部専任講師。1965年北海道大学経済学部助教授。1977年同経済学部教授。1989年北海道大学評議員。1994年同経済学部長。1998年北海道大学停年退官。同名誉教授。札幌大学経営学部教授。2005年札幌大学退職。北海道武蔵女子短期大学学長。2009年(平成21年)北海道武蔵女子短期大学退職。
久保 嘉治(くぼ よしはる、1935年(昭和10年)1月31… 久保 嘉治(くぼ よしはる、1935年(昭和10年)1月31日 - 2017年(平成29年)7月11日)は、日本の農学者・経済学者。学位は、農学博士(北海道大学・1963年)。専門は農業経済学。元帯広畜産大学学長。元雪印メグミルク酪農総合研究所所長。指導教授は矢島武。 北海道空知郡栗沢町出身。北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年(昭和33年)同大学院農学研究科博士課程修了。同農学部助手。1962年(昭和37年)帯広畜産大学畜産学部助手。1968年(昭和43年)同畜産学部助教授。1977年同畜産学部教授。1994年(平成6年)同図書館長。1996年(平成8年)帯広畜産大学9代学長に就任。2000年(平成12年)帯広畜産大学退官、同名誉教授。