山越 享太郎(やまこし きょうたろう、1991年3月18日 … 山越 享太郎(やまこし きょうたろう、1991年3月18日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手、政治家。栃木県日光市議会議員(1期)。ポジションはディフェンダー。 東京ヴェルディユースから筑波大学へ進学。2012年7月にはJ1の川崎フロンターレに特別指定選手として登録され、7月14日のサンフレッチェ広島戦でJリーグ初出場。8月10日、特別指定選手の認定を解除し、川崎と正式にプロ契約を結んだ。筑波大学蹴球部は退部したが、大学には籍が残ったままプレーしていた。 2015年11月30日に契約満了となり、2015年12月24日に栃木SCへの完全移籍が発表されたが、2016年シーズンをもって契約満了に伴い退団。
瀬沼 優司(せぬま ゆうじ、1990年9月1日 - )は、神… 瀬沼 優司(せぬま ゆうじ、1990年9月1日 - )は、神奈川県相模原市出身の元サッカー選手。ポジションはFW。 筑波大学4年の2012年6月、当時恩師でもある風間八宏が監督を務めていた川崎フロンターレとの競合の末、2013年からの清水エスパルス加入が内定すると、8月には特別指定選手として清水に登録される。9月29日のJ1第27節・ベガルタ仙台戦でJリーグ初出場・初得点を果たした。 2014年、栃木SCに期限付き移籍。栃木ではリーグ戦25試合で7得点を挙げ、移籍期間を切り上げて8月に清水へ復帰した。2015年、愛媛FCに期限付き移籍。 2017年にモンテディオ山形へ期限付き移籍し、2018年から山形へ完全移籍。
御簾納 将(みすの まさる、1990年6月12日 - )は、… 御簾納 将(みすの まさる、1990年6月12日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはDF。 専修大学松戸高等学校を経て立教大学に進学。立教大では体育会サッカー部に所属し選手として活動し、卒業後の2014年に「OBコーチ」として同年12月末まで指導を行った。その後筑波大学大学院に進学、同大学のサッカー部でもコーチを務めた。 2017年にJリーグ・レノファ山口FCでアシスタントコーチを務める。翌2018年はサンフレッチェ広島コーチに就任。
土遠 修平(どえん しゅうへい、1990年2月24日 - )… 土遠 修平(どえん しゅうへい、1990年2月24日 - )は、兵庫県赤穂市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー、フォワード。 筑波大学を経て、2012年よりグルージャ盛岡へ入団。 2015年よりヴェルスパ大分に完全移籍。 2017年よりアルテリーヴォ和歌山に移籍。 2018年よりコバルトーレ女川に移籍。しかしわずか1年でコバルトーレ女川を退団。 2019年よりジョイフル本田つくばFCに移籍。 2022年よりCento Cuore HARIMAに移籍。 2025年12月26日、引退が発表された。
石神 幸征(いしがみ こうせい、1990年1月11日 - )… 石神 幸征(いしがみ こうせい、1990年1月11日 - )は、日本のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー、ディフェンダー。 元日本代表の石神良訓を叔父に持ち、父親、兄もサッカー選手だった一家で生まれ育った。体が大きくなった中学の頃から守備的ポジションでプレーするようになる。藤枝東高校では2007年の全国高校選手権で準優勝し、大会優秀選手に選ばれた。 筑波大学を経て、2012年より水戸ホーリーホックに入団。2014年に右足首の多発性関節炎で手術し2015年に復帰したが、2016年シーズン限りで契約満了。 Jリーグ合同トライアウトに参加した後、ガイナーレ鳥取に加入。2017年シーズン限りで現役を引退。
八反田 康平(はったんだ こうへい、1990年1月8日 - … 八反田 康平(はったんだ こうへい、1990年1月8日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身のサッカー選手。日本フットボールリーグ・ジェイリースFC所属。ポジションはミッドフィールダー。 鹿児島中央高校時代にはU-17日本代表としてU-17ワールドカップに出場。筑波大学4年時にはユニバーシアード代表に選出されて優勝を経験。2011年12月、清水エスパルスへの来季加入の内定が発表された。大卒の同期入団に河井陽介がいる。 2014年、出場機会を求めベガルタ仙台へ期限付き移籍する。しかし、リーグ戦での出場は3試合にとどまる。 2015年、清水に復帰。リーグ開幕戦からスタメン入りする。後半戦こそ出場機会を減らすが、キャリアハイとなるリーグ戦15試合に出場した。
三浦 雄也(みうら ゆうや、1989年4月2日 - )は、愛… 三浦 雄也(みうら ゆうや、1989年4月2日 - )は、愛知県東海市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 中京大学附属中京高校から筑波大学に進学。4年時には蹴球部の主将も務めた。2010年に柏レイソル、2011年に清水エスパルスの練習に参加した。 2012年3月23日、リーグ開幕後に柏レイソルに入団。6月8日、練習中に右手第四中手骨骨折の怪我を負った。 同年8月15日、戦列に復帰後すぐに松本山雅FCへ期限付き移籍。ところが8月16日の練習中、またしても右膝前十字靭帯断裂など全治6ヶ月の大怪我を負った。結局、同年シーズンをもって期限付き移籍期間満了となり、柏とも契約を更新せず退団した。
末藤 崇成(すえとう たかなり、1989年2月2日 - )は… 末藤 崇成(すえとう たかなり、1989年2月2日 - )は、佐賀県出身のサッカー指導者。既婚。 白鷗大学教育学部で楠瀬直木の指導を受け、進路を教師からサッカー指導者に切り替え筑波大学大学院に進学。ジュニア年代のコーチを経て、2015年よりサガン鳥栖テクニカルコーチを務める。2019年・2020年は、筑波大大学院時に交流のあった大槻毅に請われ浦和レッズトップチームで山田栄一郎と共に分析担当を務めた。大槻の退任後は再び鳥栖に戻り、現在同クラブU-18コーチ。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
森谷 賢太郎(もりや けんたろう、1988年9月21日 - … 森谷 賢太郎(もりや けんたろう、1988年9月21日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。 小学校4年生から高校を卒業するまで横浜F・マリノスの下部組職でプレー。 2011年、筑波大学からユース時代を過ごした横浜F・マリノスへ入団。 2013年、川崎フロンターレへ完全移籍。 2017年9月30日、J1第28節・セレッソ大阪戦の後半13分、ゴールまで約35mの位置からドライブ回転のかかったロングシュートでネットを揺らし、この試合4点目となる追加点を奪った。このゴールはドイツ紙『ビルト』でも報じられ、「キャプテン翼のようだ」と称賛された。
小泉 朝香(こいずみ あさか、別姓・松下、1988年8月26… 小泉 朝香(こいずみ あさか、別姓・松下、1988年8月26日 - )は日本のサッカー審判員(国際主審)。 岩手県で生まれるが、大学で解剖学を教える父親の仕事の都合で幼い頃から日本国内外で引っ越しを繰り返し、小学校2年生の時に熊本県熊本市に転居、以後熊本で育つ。 小学校3年生の時、友人に誘われて、通っていた健軍東小学校にあった女子サッカー部に入ったのがサッカーと関わるきっかけ。中学校でもサッカーを続けるが、県立熊本高校では「別のスポーツをやってみたい」との理由で硬式テニス部に入部するが、自動車整備士を目指して推薦で筑波大学理工学群工学システム学類への進学が決まった後にサッカーへの興味が再燃。特にサッカー審判員に惹かれ、高校在学中に4級審判員の資格を取得する。
原田 圭輔(はらだ けいすけ、1988年6月11日 - )は… 原田 圭輔(はらだ けいすけ、1988年6月11日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF。
小澤 司(おざわ つかさ、1988年5月8日 - )は、神奈… 小澤 司(おざわ つかさ、1988年5月8日 - )は、神奈川県小田原市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 サッカー選手の小澤巧は弟。 桐蔭学園高校から、筑波大学を経て2011年、水戸ホーリーホックへ加入。2011年シーズンは鈴木隆行と並び、チーム内得点王となった。 2015年より FC鈴鹿ランポーレ(現・鈴鹿アンリミテッドFC)へ完全移籍。 2017年、FC今治へ完全移籍。同年7月、ヴィアティン三重へ完全移籍。2018年1月に退団が発表された。 2018年2月5日、鈴鹿アンリミテッドFCに再加入が発表された。 2020年11月19日、チームより現役引退が発表され、2021年1月4日にはコーチ兼テクニカルディレクター就任が発表された。
清水 智士(しみず さとし、1988年3月16日 - )は、… 清水 智士(しみず さとし、1988年3月16日 - )は、茨城県出身のサッカー指導者。 2006年、つくばFCで指導者のキャリアをスタートさせた。筑波大学大学院を経て、2014年よりサガン鳥栖のテクニカルコーチに就任。 2015年、蔚山現代FCのテクニカルコーチに就任。
作田 裕次(さくだ ゆうじ、1987年12月4日 - )は、… 作田 裕次(さくだ ゆうじ、1987年12月4日 - )は、石川県白山市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはディフェンダー。
奈良輪 雄太(ならわ ゆうた、1987年8月29日 - )は… 奈良輪 雄太(ならわ ゆうた、1987年8月29日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(左右のサイドバック)、ミッドフィールダー(サイドハーフ)。 横浜F・マリノスジュニアユースから横浜F・マリノスユースに昇格した後、筑波大学に進学しサッカー部でプレー。しかし4年時に負傷をしたこともあり、大学卒業後のプロ入りはならなかった。 セレクションを経て2010年よりJFLのSAGAWA SHIGA FCに加入すると、開幕から右サイドバックとして出場、開幕2戦目の金沢戦において直接フリーキックでJFL初得点を奪う など活躍をみせて、この年のJFL新人王を獲得した。
碓井 健平(うすい けんぺい、1987年5月15日 - )は… 碓井 健平(うすい けんぺい、1987年5月15日 - )は、千葉県柏市出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 元サッカー日本代表FWの碓井博行は実父。 当初は父と同じくFWとしてプレーしていたが、小学5年の時にコーチから「キーパーがいないし、お前は体が大きいからやってくれ」と言われたのがきっかけで、GKを始めた。藤枝東高校を経て筑波大学に進学し、一年時からレギュラーに選ばれる。2008年の第57回全日本大学サッカー選手権大会で準優勝に貢献した。大学卒業後、2010年に清水エスパルスに入団した。 2011年シーズン序盤は山本海人の控えだったが、チームがJ1第11節ヴィッセル神戸戦で1-5の大敗を喫したことで、アフシン・ゴトビ監督に出場機会を与えられる。
木島 悠(きじま ゆう、1986年5月18日 - )は、兵庫… 木島 悠(きじま ゆう、1986年5月18日 - )は、兵庫県神戸市出身のサッカー選手。九州サッカーリーグ・ジェイリースFC所属。登録ポジションはフォワード。 滝川第二高校サッカー部では、同期にSDウエスカFW岡崎慎司がいる。筑波大学蹴球部では4年時には関東大学リーグ1部にて18得点をマークし、得点王となっている。同期には西川優大、田中秀人、永芳卓磨、野本泰崇らがいた。 2009年、高校時代の同級生・岡崎慎司が所属する清水エスパルスに加入し、再チームメイトになった。清水時代では、3シーズン在籍したが、リーグ戦では出場機会は無し。通算出場試合はカップ戦での5試合のみであった。2011年限りで清水を退団。
野本 泰崇(のもと やすたか、1986年4月27日 - )は… 野本 泰崇(のもと やすたか、1986年4月27日 - )は、茨城県鹿嶋市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 鹿島アントラーズユース・筑波大学蹴球部(主将)を経て2009年、J2・FC岐阜に加入。同年、同じく筑波大学から田中秀人、永芳卓磨、西川優大が入団した。 鹿島アントラーズユース時代にはU-16日本代表に選出された。 2011年、背番号を2から30へ変更。2012年、関西リーグ1部のアルテリーヴォ和歌山に移籍。2013年、奈良クラブに移籍。2018年、FC TIAMO枚方に移籍。 2019年1月、ポルベニル飛鳥(現・飛鳥FC)へ移籍。 2022年12月28日、現役引退が発表された。
出口 司(でぐち つかさ、1986年4月24日 - )は、大… 出口 司(でぐち つかさ、1986年4月24日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。
西川 優大(にしかわ ゆうだい、1986年4月19日 - )… 西川 優大(にしかわ ゆうだい、1986年4月19日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)。 筑波大学4年時に監督に就任した風間八宏のサッカー理論に感銘を受け、身長の高さに頼らず、オフ・ザ・ボールの動きなどプレーの質に拘るようになった。同年の関東大学リーグ1部にて17得点をマークし、同期の木島悠に次ぐ得点ランク2位となった。[要出典] 2009年、大学同期の田中秀人、永芳卓磨、野本泰崇らと共にJ2・FC岐阜に加入。 2012年シーズンよりカターレ富山へ完全移籍した。2014年8月、栃木SCへ期限付き移籍。 2015年より栃木SCに完全移籍。 2016年よりカターレ富山に完全移籍で復帰。
中下 征樹(なかした まさき、1986年2月25日 - )は… 中下 征樹(なかした まさき、1986年2月25日 - )は、広島県出身のサッカー指導者。 呉三津田高校を卒業。筑波大学・筑波大学大学院に在学中、U-17日本代表のテクニカルスタッフとしてAFC U-16選手権2008 (予選)やAFC U-16選手権2008、2009 FIFA U-17ワールドカップでチームに帯同した。 2010年、ジュビロ磐田のアシスタントコーチに就任。 2014年、サンフレッチェ広島のコーチに就任。 2019年1月、日本サッカー協会テクニカルスタッフに就任。
麻生 耕平(あそう こうへい、1986年1月12日 - )は… 麻生 耕平(あそう こうへい、1986年1月12日 - )は、大分県出身の元サッカー選手でポジションはMF。
田中 秀人(たなか しゅうと、1985年11月8日 - )は… 田中 秀人(たなか しゅうと、1985年11月8日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 筑波大学蹴球部を経て2009年、同僚の永芳卓磨、西川優大、野本泰崇と共にJ2・FC岐阜に加入。大学の先輩にあたる岡田隆を目標に挙げる。1年目からセンターバックのレギュラーに定着してチームを支えた。しかし木谷公亮や阿部正紀が加入すると出場機会が減少し、2014年に契約満了となった。 2015年、鹿児島ユナイテッドFCへ移籍。2019年12月4日、現役引退が発表された。 2019年12月27日、鹿児島ユナイテッドFCのフットボール本部強化担当に就任した。
大島 琢(おおしま たく、1985年9月14日 - )は、大… 大島 琢(おおしま たく、1985年9月14日 - )は、大阪府出身のサッカー指導者。 筑波大学大学院在学中の2011年の2月から3月にかけてサンパウロ大学へ短期留学。サンパウロFC、PAEC、オーレ・ブラジルFCの育成現場の視察を行った。 2012年、サガン鳥栖のテクニカルコーチに就任。 2014年、ガンバ大阪のテクニカルコーチに就任。
三澤 純一(みさわ じゅんいち、1985年5月21日 - )… 三澤 純一(みさわ じゅんいち、1985年5月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2008年、筑波大学からベガルタ仙台に入団。出場機会を得られず、2010年に戦力外となる。翌年FC琉球に移籍するが、同年限りで引退。
今田 傑(こんた たかし、1985年4月15日 - )は、山… 今田 傑(こんた たかし、1985年4月15日 - )は、山形県山形市出身の元サッカー選手でポジションはMF(ボランチ)。
河野 高宏(こうの たかひろ、1984年6月13日 - )は… 河野 高宏(こうの たかひろ、1984年6月13日 - )は、滋賀県出身のサッカー指導者。 大学時代までは選手としてプレー。大学卒業後は指導者の道へ進み、母校の筑波大学蹴球部のGKコーチなどを経て、2011年、水戸ホーリーホックのGKコーチに就任。
岡田 隆(おかだ りゅう、1984年4月10日 - )は、日… 岡田 隆(おかだ りゅう、1984年4月10日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはDF、MF(ボランチ)。静岡県藤枝市出身。 ジュビロ磐田のジュニアユースであるジュビロSS掛川でプレーし、高校時代はサッカーの名門・ 藤枝東高校で成岡翔や大井健太郎と共にプレーした。筑波大学進学後は1年生でレギュラーを奪取し、大学選抜チームの常連でもあった。 2007年に、中学生時代にプレーしたジュビロ磐田のオファーを受けて入団。守備の職人であった服部年宏移籍後の後継者として期待され、2年目の終盤はけが人続出のDFラインの一角を担い、磐田のJ1残留に貢献した。2009年と2010年にはレギュラーとしてプレーすることも増えた。
藤本 淳吾(ふじもと じゅんご、1984年3月24日 - )… 藤本 淳吾(ふじもと じゅんご、1984年3月24日 - )は、神奈川県大和市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。元日本代表。 小学生の頃より地元の横浜マリノスプライマリーに入り、そのまま中学1年までマリノスの下部組織に所属。しかし中学2年に上がるときにメンバーに残ることができず、横浜栄FCを経て桐光学園高校に進学した。 高校時代は、U-16、U-17日本代表に選出され、2001 FIFA U-17世界選手権に出場。グループリーグ敗退も3戦全てに先発出場した。 しかし、高校サッカー選手権には縁が無く、同じU-17日本代表だった阿部祐大朗のいる桐蔭学園に屈し続け、最後の冬も県大会決勝で敗れている(目立った成績は、高校3年時のインターハイベスト8ぐらいである)。
大島翼(おおしま つばさ、1983年12月9日 - )は、埼… 大島翼(おおしま つばさ、1983年12月9日 - )は、埼玉県上尾市出身の元サッカー選手。ポジションは、主にディフェンダー(センターバック)。 筑波大学蹴球部2年時にセンターバックに転向。2007年にセレクションを経てヴァンフォーレ甲府に加入したが甲府での出場機会は無く、同年5月に中国リーグ・ファジアーノ岡山FCへ期限付き移籍。移籍期間満了後、完全移籍へ移行した。2008年にJFL、2009年にはJ2とクラブと成長を共にし、J2第24節富山戦でJリーグ初得点を達成。 2010年、松本山雅FCへ移籍。2011年から所属したカマタマーレ讃岐では自己最多となるリーグ戦通年25試合出場を記録し、2012年限りで引退。
阿部 翔平(あべ しょうへい、1983年12月1日 - )は… 阿部 翔平(あべ しょうへい、1983年12月1日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF(おもに左サイドバック)。 小学校1年生で黒滝サッカークラブでサッカーを始める。中学校時に地元の横浜フリューゲルスジュニアユースへ推薦を受け、そのままチームが消滅する1998年まで所属した。 船橋市立船橋高等学校へ進学。3年生時にはミッドフィールダーとして背番号10を背負ってキャプテンを務め、第80回全国高等学校サッカー選手権大会にも出場した。筑波大学進学後はディフェンダー(サイドバック)へ転向し、4年生時にはユニバーシアード日本代表に選出された。大学での同期には秋葉陽一、藤本淳吾、中野洋司がいる。
秋葉 陽一(あきば よういち、1983年11月23日 - )… 秋葉 陽一(あきば よういち、1983年11月23日 - )は、埼玉県所沢市出身の元プロサッカー選手、現サッカー代理人(エージェント)。 浦和レッズユースから筑波大学に進学し、2005年にユニバーシアード日本代表としてユニバーシアード・イズミル大会に優勝した。 2006年に横浜FCに加入。2007年シーズン終了後に一度引退を表明したが、大学時代の恩師でもある水戸ホーリーホックの木山隆之監督の誘いを受けて現役に復帰、既に進学を決めていた筑波大学大学院に通学しながら水戸でプレーした。2008年シーズン終了後に再び引退を表明した。 2010年秋に日本サッカー協会認定選手エージェント試験に合格し、サッカー代理人として活動を行う。
中野 洋司(なかの ひろし、1983年10月23日 - )は… 中野 洋司(なかの ひろし、1983年10月23日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)。 2001年、U-18日本代表に選出。プロ入り前は攻撃的ミッドフィールダーのポジションで活躍し、高校時代はトップ下、筑波大学入学当初はサイドハーフでプレーしていたが、やがてディフェンダーに転向。大学では、秋葉陽一、藤本淳吾、阿部翔平と同期だった。 2006年、アルビレックス新潟に入団。同期に移籍加入したDF永田充の負傷離脱によりCBのレギュラーポジションを獲得し、小柄ながらも強力なヘディング、優れた状勢判断から俊足を生かしたカバーリングで相手のカウンターを防ぎ、チームにとって必要不可欠な存在となった。
若宮 直道(わかみや なおみち、1983年8月10日 - )… 若宮 直道(わかみや なおみち、1983年8月10日 - )は、岡山県岡山市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、FW。 2011年、ファジアーノ岡山のコーチに就任。パソコンに精通し、映像編集が得意。主に相手チームのスカウティングを担当する。選手と年齢が近く、若手の相談に乗るなど兄貴分的な存在。紅白戦で人数が足りない時は、丸谷明コーチとともにピッチに入ることもあった。 2021年、京都サンガF.C.のコーチに就任。 2024年より、大宮アルディージャのコーチに就任。 2026年より、湘南ベルマーレのコーチに就任。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
兵働 昭弘(ひょうどう あきひろ、1982年5月12日 - … 兵働 昭弘(ひょうどう あきひろ、1982年5月12日 - )は、千葉県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはMF。 筑波大学を卒業後、2005年に清水エスパルスへ入団。大学では1年後輩に清水でも同僚となる藤本淳吾、同級生に鈴木達也らがいた。清水入団一年目は慣れないサイドバックのポジションも務めたが、リーグ中盤に出場機会を掴むと本来の中盤でのプレーでチャンスを生かし、デビュー2試合目の大宮アルディージャ戦で初得点を記録した。2007年1月に高校時代の同級生と結婚。2009年のシーズンからはチームキャプテンを務めた。2010年シーズンは4-3-3へのシステム変更に伴い小野伸二と共にインサイドハーフを務めた。
町田 多聞(まちだ たもん、1982年2月14日 - )は、… 町田 多聞(まちだ たもん、1982年2月14日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
鈴木 孝明(すずき たかあき、1981年10月7日 - )は… 鈴木 孝明(すずき たかあき、1981年10月7日 - )は、静岡県浜松市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 中学時代に、鈴木啓太らと共に全国中学校サッカー大会優勝を経験。その後、東海大翔洋高校、筑波大学と進学し、大学4年時には関東リーグ得点王(11得点)に輝いたものの、プロからのオファーはなく浪人生活を余儀なくされた。 2005年、練習生として参加していたサガン鳥栖から合格通知をもらい加入すると、開幕から全44試合に出場し15得点を挙げる活躍をした。 2006年は2得点のみに終わり、2007年に水戸ホーリーホックへ完全移籍した。2007年シーズン終了後に、戦力外通告を受ける。
栗山 友文(くりやま ともふみ、1981年7月21日 - )… 栗山 友文(くりやま ともふみ、1981年7月21日 - )は、岡山県岡山市出身のサッカー指導者。 玉野光南高校では2年次と3年次に全国高校総体に出場し、2年次には全国高等学校サッカー選手権大会にも出場した。高校卒業後は筑波大学に進学し、大学3年次と大学4年時には全日本大学サッカー選手権大会で優勝した。 2007年より清水エスパルスのコーチを務め、2024年12月に退任を発表。
柿沼 亨(かきぬま とおる、1981年5月13日 - )は、… 柿沼 亨(かきぬま とおる、1981年5月13日 - )は、埼玉県出身の元サッカー審判員、元サッカー選手。 市立浦和高等学校から筑波大学に進学し、蹴球部に入部。大学院修士課程進学後はジョイフル本田つくばFCでプレーを続け、大学院修士課程修了の2006年をもって現役を引退。 選手活動と並行してジュニア年代のサッカークラブのコーチも務めており、卒業後に日本サッカー協会 (JFA) テクニカルハウスと契約。2011年に1級審判員の資格を取得し、2013年には3級審判インストラクターの資格も取得した。2012年から日本フットボールリーグ (JFL) の主審を務め、2014年からは日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の主審も担当。
竹原 靖和(たけはら やすかず、1981年3月12日 - )… 竹原 靖和(たけはら やすかず、1981年3月12日 - )は、北海道石狩市出身のサッカー指導者。
田中 等志(たなか ひとし、1980年6月6日 - )は、東… 田中 等志(たなか ひとし、1980年6月6日 - )は、東京都出身のサッカー指導者。 選手時代に怪我に苦しんだ経験から、指導者を目指し筑波大学大学院でフィジカルの基礎を学んだ。 10年来のサポーターでもあったFC東京の普及部でプロの指導者としてのキャリアをスタートさせ、水戸ホーリーホック、ガイナーレ鳥取でコーチを歴任。2012年からは、栃木SCでフィジカルコーチを2年間務めた。2014年、大分トリニータのフィジカルコーチに就任。同年6月に土斐﨑浩一が大分のフィジカルコーチに就任した事に伴い、アシスタントコーチとなった。 2015年、AC長野パルセイロのフィジカルコーチに就任。 2018年、栃木SCのフィジカルコーチに就任。
千代反田 充(ちよたんだ みつる、1980年6月1日 - )… 千代反田 充(ちよたんだ みつる、1980年6月1日 - )は、福岡県福岡市南区出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 東福岡高校2年生の時には、手島和希・本山雅志・古賀誠史・金古聖司らと共にインターハイ、全日本ユース選手権、高校選手権の制覇に貢献。高校サッカー史上初の3冠を経験した。 高校卒業後は筑波大学に進学。大学時代は関東選手権大会、関東大学サッカーリーグ優勝など、数々のタイトルを獲得した。2001年、全日本大学選抜に選出。2002年は全日本大学サッカー選手権大会に出場し、全日本大学サッカー選手権大会ベストDF賞を受賞した。 2003年、地元のアビスパ福岡に入団。
高林 佑樹(たかばやし ゆうき、1980年5月22日 - )… 高林 佑樹(たかばやし ゆうき、1980年5月22日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。
阿部 謙作(あべ けんさく、1980年5月13日 - )は、… 阿部 謙作(あべ けんさく、1980年5月13日 - )は、神奈川県出身の日本の元サッカー選手。現サッカー指導者。 甲府のマッチデイプログラム「ヴァンすぽ!」3号(2003年4月9日発行)のインタビューコーナーで、10歳頃からサッカーを始め、16歳頃にプロ選手になろうと考えたと答えている。 高校時代、U-16アジア選手権に出場。2003年に大学No.1GKの肩書きとともにヴァンフォーレ甲府に入団。松永英機監督の下、鶴田達也からレギュラーの座を奪取する。一見派手なスーパーセーブこそ少ないが、的確な判断とミスの少ない安定したプレーが特徴の堅実な選手で、素早く正確なスローによるフィードも特徴のひとつであった。
鎌田 祥平(かまだ しょうへい、1980年5月11日 - )… 鎌田 祥平(かまだ しょうへい、1980年5月11日 - )は、兵庫県加古川市出身のサッカー選手でポジションはMF。
長嶺 寛明(ながみね ひろあき、1980年3月31日 - )… 長嶺 寛明(ながみね ひろあき、1980年3月31日 - )は、宮崎県西都市出身のサッカー指導者である。 2025年1月5日、J3リーグからJFLに降格したY.S.C.C.横浜の監督に就任。 この項目は、サッカーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル サッカー/ウィキプロジェクト サッカー/ウィキプロジェクト 女子サッカー)。
萩尾 麻衣子(はぎお まいこ、1979年12月26日 - )… 萩尾 麻衣子(はぎお まいこ、1979年12月26日 - )は、福岡県北九州市出身のサッカー審判員(元国際副審)。田辺三菱製薬勤務。 中学時代は放送部、北九州工業高等専門学校時代は陸上競技部(中距離専門)、編入学した筑波大学でも陸上競技部と、サッカーとは無縁な学生生活を送るが、筑波大学大学院進学時にサッカーに興味を持ち始める。2004年に修士課程を卒業後、茨城県神栖市で研究職の傍ら、地元のサッカー協会の紹介でサッカー審判員の資格取得を目指し、2006年までに女子2級審判員の資格を取得。関西に転居後の2011年11月20日付けで女子1級審判員の資格を取得した。 女子1級審判員資格取得後は国民体育大会やなでしこリーグで活動し、2015年に日本サッカー協会 (JFA) の推薦で国際サッカー連盟(FIFA)の国際審判員リストに登録された。
石川 竜也(いしかわ たつや、1979年12月25日 - )… 石川 竜也(いしかわ たつや、1979年12月25日 - )は、静岡県藤枝市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(左サイドバック、センターバック)。 西益津小のスポーツ少年団、西益津中サッカー部を経て静岡県の名門藤枝東高校に入学した。高校2年より左サイドバックとしてプレーするようになる。 高校卒業後は筑波大学に進学。同期に羽生直剛、平川忠亮、鶴見智美がいる。在学中にU-19、U-20日本代表に選ばれ、AFCユース選手権1998にはレギュラーとして出場、1999 FIFAワールドユース選手権 ナイジェリア大会にはチームで唯一の大学生選手として参加し、準優勝に貢献。イングランド戦では間接フリーキックからのゴールも記録した。
羽生 直剛(はにゅう なおたけ、1979年12月22日 - … 羽生 直剛(はにゅう なおたけ、1979年12月22日 - )は、千葉県千葉市花見川区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。現在はFC東京のクラブナビゲーターを務める。筑波大学卒業。 小学1年生の時にサッカーを始める。1992年まで千葉の強豪こてはし台サッカークラブで活動、当時地域の中心的チームで前年、全日本少年サッカー大会でも3位に入っていた千葉北FCに選手登録し出場している。当時、千葉北FCには村井慎二、山根伸泉らがいた。 1995年「(強豪の)習志野や市立船橋よりも、理論的なサッカーで試合に出るチャンスが高い」と千葉県立八千代高等学校への進学を選び、3年次に国体で3位入賞。
鶴見 智美(つるみ ともよし、1979年10月12日 - )… 鶴見 智美(つるみ ともよし、1979年10月12日 - )は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 スピードはないが、人に対する強さと正確なフィードがあり、本職はボランチだが守備的なポジションならどこでもこなしていた。 1999年のユニバーシアード代表、U-20日本代表に選ばれる。筑波大学の時には日本代表との練習試合で三浦知良を抑え注目を集める。 プロデビューした2002年には甲府の主力として8得点を挙げる活躍をする。2003年には大木武監督に連れられる形で清水エスパルスへ期限付き移籍し、コンスタントに出場機会を得るなどして翌2004年には完全移籍する。