大井 文雄(おおい ふみお、1944年(昭和19年)9月24… 大井 文雄(おおい ふみお、1944年(昭和19年)9月24日 - )は、京都府京都市左京区出身の日本の映像作家、アニメーターである。日本アニメーション協会名誉会員。 1968年、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。1981年、株式会社スリー・ディの設立に参加。以後多くのアニメーション制作やCM制作に携わる。2000年7月よりフリーで活動。 手描きアニメーションの製作に始まり、現在では主にCGディレクターとして活動する。NHKの音楽番組「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」などで数多くの作品を提供している。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
小林 はくどう(こばやし はくどう 1944年〈昭和19年〉… 小林 はくどう(こばやし はくどう 1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の映像作家、造形作家。市民ビデオへの尽力でも知られる。成安造形大学名誉教授。 1944年、宮城県仙台市に生まれる。本名、小林博道(ひろみち)。 多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業後、造形作家として活動を始める。機械じかけで動く彫刻「はくどうマシン」を日本現代美術展(1969)、1970年大阪万博などで発表。万博でお祭り広場の演出を手がけたことから映像に興味を持つ。 1972年からビデオ制作を開始。山口勝弘、中谷芙二子、かわなかのぶひろ、松本俊夫、萩原朔美らと共に「ビデオひろば」結成に参加、「鷲づかみの映像」などビデオプロジェクトを行う。
味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、… 味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、日本のイラストレーター、絵本作家。 北海道函館市 で生まれる。遺愛女子高等学校を経て、1965年に多摩美術大学 デザイン科を卒業する。 大学卒業後は印刷会社デザインルーム、PR誌を作る制作会社に勤めるが、パニック障害を起こし自宅待機でカット描きを1年間行っていた。会社勤めが合わないことを自覚し、フリーのイラストレーターになる。 1971年、菊地信義の依頼で『月刊エレクトーン』(ヤマハミュージックメディア)創刊号から1年間の表紙イラストの発注を受け、本格的にデビューする。この表紙画がイラスト年鑑に掲載され、1973年に年鑑を見たやなせたかし、原田奈翁雄からそれぞれ雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)、雑誌『終末から』(筑摩書房)の表紙画の依頼が舞い込み、以後、各方面で活躍する。
青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本… 青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本の小説家、元多摩美術大学教授。 東京都世田谷区梅丘出身。文藝評論家青野季吉と松井松栄の三男として生まれる。季吉は妻みづほがいた。2歳で母を喪い、継母に育てられる。 世田谷区立世田谷小学校、世田谷区立桜木中学校を経て、1959年、早稲田大学高等学院に入学、小説を乱読、アメフト部に所属。 1960年青野家に入籍。1966年、早稲田大学第一文学部演劇専修科中退。ヨーロッパや北アフリカ諸国を放浪した後、1971年、「早稲田文学」誌上にてデビュー。 『母と子の契約』(『文藝』1978年11月号掲載)が1979年1月発表の第80回芥川龍之介賞の候補となり、新世代の作家として注目される。
吉岡 栄二郎(よしおか えいじろう、1943年 - )は、日… 吉岡 栄二郎(よしおか えいじろう、1943年 - )は、日本の写真美術史研究家、著作家。東京富士美術館で写真部門の創設に関わり、研究部長も務めた。 多摩美術大学で写真美術史を学んだ。 1984年からシルクロードの経路にあたる各国を取材し、中華人民共和国建国後としては初めて、イスタンブールから西安に至る古代のシルクロードの踏破を実現した。 1991年から東京富士美術館の写真部門の創設に関わって、ロバート・キャパの全作品を含む多数の作品の収蔵にあたり、ニューヨーク近代美術館からも高く評価されるコレクションの形成を進めた。 研究部長となり、「CAPA's LIFE」(1998年)、「20世紀と人間・ロバート・キャパ賞展」(2000年)、「アンドレ・ケルテス写真展」(2004年)、「絵画と写真の交差・印象派誕生の軌跡」(2010年)など、多数の写真展の企画を手がけた。
堀内 紀子(ほりうち としこ、1940年 - )は、東京に生… 堀内 紀子(ほりうち としこ、1940年 - )は、東京に生まれカナダを拠点とする造形作家。 テキスタイル・アーテイストとして布の特質を分析する中で、布と人間の関わり合いに注目し、子供達が遊べる遊具としての作品(プレイ・スカルプチャー)を手掛けるようになる。結婚後はマッカーダム(MacAdam)姓でも活動する。 1940年東京に生まれ、幼少期を満州で過ごす。堀内家は代々医者の家系で3人の男兄弟はみな医者になっている。 東京都立日比谷高等学校を経て、1964年多摩美術大学テキスタイル科卒業。1966年ミシガン州のクランブルック・アカデミー・オブ・アート修士課程を修了。その後、ニューヨークのデザイン事務所でインテリア・ファブリック・デザイナーとして2年間勤務する。
太田 大八(おおた だいはち、1918年12月29日 - 2… 太田 大八(おおた だいはち、1918年12月29日 - 2016年8月2日)は、日本の絵本作家・画家。 長崎県大村町(現・大村市)出身。戦時中に(旧制)多摩帝国美術学校(現・多摩美術大学)図案科を卒業。1945年8月、徴用で勤務していた会社の出張で広島県大竹に赴き8月5日に広島市に入ったものの、間一髪で原爆被爆を免れ、被爆翌日の惨状を目撃した。 戦後、大阪市で復興のための建築パネルを建てたことをきっかけに美術界に戻り、デザインの仕事をするために東京に帰って「スタヂオ・トーキョー」を設立した。さらに偶然再会した同級生の依頼で詩のイラストを描いたことがきっかけで、絵本作家となる。1949年のデビュー以来、130作の創作絵本、230作の児童書の挿絵を手掛けている。
城牙咲 くらは(じょうがさき くらは、Claha Jyoga… 城牙咲 くらは(じょうがさき くらは、Claha Jyogasaki)は、日本のフランス文学者、作家、翻訳家。 早稲田大学大学院文学研究科修了。専門はフランス語圏の象徴主義芸術(美術・文学)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
たかお ゆうこは、東京都出身の絵本作家、イラストレーター。本… たかお ゆうこは、東京都出身の絵本作家、イラストレーター。本名:高尾 裕子(読み同じ)。 多摩美術大学卒業。大手玩具メーカーの企画デザイン室を経て、アメリカでカリグラフィー、水彩画、銅版画などを学ぶ。帰国後、絵本の仕事を始める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
届木 ウカ(とどき ウカ、Todoki Uka、6月13日 … 届木 ウカ(とどき ウカ、Todoki Uka、6月13日 - )は、日本のバーチャルYouTuber・小説家・歌手・3Dモデラー。多摩美術大学卒業。元ENTUM所属(2018年4月9日から2019年12月31日まで所属)、2020年よりフリーで活動。デザイナーとしてはDMM.comVPoE室に所属。 芸術総合誌『ユリイカ』への寄稿「個人バーチャルYouTuberという『自身のイデア』」 で、届木ウカは自身について と述べている。創作スタイルは「うみねこのなく頃に」などで知られる竜騎士07の影響を強く受け、「実質の父」としている。〈私〉のリデザインとしての精神世界でのアバターである〈僕〉をバーチャルYouTuber届木ウカとして昇華させたのはバーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさんこと、ねこますの情熱に影響を受けたという。
加門 七海(かもん ななみ)は、日本の小説家、エッセイスト。… 加門 七海(かもん ななみ)は、日本の小説家、エッセイスト。 東京都墨田区生まれ。多摩美術大学大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年、『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。ひとり百物語を特技とするほど、心霊体験も豊富。2009年8月22日、NHK-BS2の『最恐!怪談夜話』にて逸話を披露している。2012年からは、小説家の福澤徹三、アンソロジストの東雅夫とともに、てのひら怪談大賞の選考委員を務めている。なお、星野之宣は、加門七海からの菊理媛は何を言ったのかという質問から、『宗像教授伝記考』の「菊理媛は何を告げたか」を創作した。
清水 真理(しみず まり)は、日本の人形作家。主に球体関節人… 清水 真理(しみず まり)は、日本の人形作家。主に球体関節人形を制作する。映像制作も行っている。主な作品集に『Miracle~奇跡~』など。 熊本県天草出身。幼少のころからヨーロッパのアンティークドールに興味を示す。高校生のときにアンドレイ・タルコフスキーの作品を見て映像制作の道に進むことを決意する。多摩美術大学美術学部二部芸術学科映像コース卒業。在学中より人形アニメーションのための人形制作を独学で行う。人形作家として認知される前は映像作家として知られており、ドイツのオーバーハウゼン国際短編映画祭などでの上映経験をもつ。映像作家としての作品に『空境線にて』『レーベンスボルン Rebensborn』(12min.)、『月世界旅行』(1995年、2min.)、『Inter-pheromone』(1996年、14min.)、『マリーゴールド』(12min.)、『Who doesn't know what my name』(4min.)などがある。