太田 大八(おおた だいはち、1918年12月29日 - 2… 太田 大八(おおた だいはち、1918年12月29日 - 2016年8月2日)は、日本の絵本作家・画家。 長崎県大村町(現・大村市)出身。戦時中に(旧制)多摩帝国美術学校(現・多摩美術大学)図案科を卒業。1945年8月、徴用で勤務していた会社の出張で広島県大竹に赴き8月5日に広島市に入ったものの、間一髪で原爆被爆を免れ、被爆翌日の惨状を目撃した。 戦後、大阪市で復興のための建築パネルを建てたことをきっかけに美術界に戻り、デザインの仕事をするために東京に帰って「スタヂオ・トーキョー」を設立した。さらに偶然再会した同級生の依頼で詩のイラストを描いたことがきっかけで、絵本作家となる。1949年のデビュー以来、130作の創作絵本、230作の児童書の挿絵を手掛けている。
土方 重巳(ひじかた しげみ、1915年3月12日 - 19… 土方 重巳(ひじかた しげみ、1915年3月12日 - 1986年1月5日)は日本の画家。 多摩帝国美術学校(現:多摩美術大学)卒業。 飯沢匡作のNHK人形劇のデザインなどで知られる。 兄は人形劇団プーク創立メンバー、元東京新聞編集局長のジャーナリスト・土方正巳。サインは「hidi.」と1字ずつ筆記体だった。 兵庫県生まれだが、父が日本郵船勤務で幼時は各地を転々とする。 成城学園から東京開成中学(旧制)を経て1933年、帝国美術学校(武蔵野美術大学の前身)図案科に入学。1935年、3年生のときに帝美分裂に伴い多摩美へ。 1938年に卒業、東宝映画(現:東宝)入社、ポスターや広告などを描く。 1944年に応召、横須賀海兵隊に配属。
末松 正樹(すえまつ まさき、1908年8月28日 - 19… 末松 正樹(すえまつ まさき、1908年8月28日 - 1997年4月28日)は、日本の洋画家。多摩美術大学名誉教授。 1908年、新潟県新発田市に生まれた。1930年、旧制山口高等学校卒業。1933年に上京、逓信省東京中央電話局に就職し、そのかたわらでレニ・リーフェンシュタール出演の映画『聖山』(1927年、アーノルト・ファンク監督)に感銘をうけ、ドイツの前衛舞踏「ノイエ・タンツ」に関心をもつ。この時期、舞踊家の執行正俊が主宰するスタジオに通い始める。 1939年、パリに渡る舞踏家に同行して渡欧。第二次世界大戦開戦後もパリに留まるが、ドイツの進駐をうけてマルセイユに逃れ、現地の領事館に勤務する。
鈴木 千久馬(すずき ちくま、1894年〈明治27年〉7月2… 鈴木 千久馬(すずき ちくま、1894年〈明治27年〉7月23日 - 1980年〈昭和55年〉9月7日)は、日本の洋画家。日本芸術院会員。「日本的フォーヴ」と呼ばれた独特な画境で知られる。 福井県福井市出身。1921年東京美術学校西洋画科卒、「緑蔭にて」で第3回帝展に入選。1925年「寝椅子の裸婦」で第6回特選。1930年帝展審査員となる。1935年多摩美術大学教授、1936年文展委員。1937年新文展審査員。1941年中野和高らと創元会を創立。1950年日展運営会参事(- 1958年)。1957年日本芸術院賞受賞。1972年日本芸術院会員。1974年勲三等瑞宝章受章。 『鈴木千久馬作品集』(美術出版社、1969)がある。
佐々木 久実(ささき くみ)は秋田県仙北郡美郷町(旧六郷町)… 佐々木 久実(ささき くみ)は秋田県仙北郡美郷町(旧六郷町)出身の日本画家。秋田県立横手高等学校・多摩美術大学絵画科卒業。
ぎん太(ぎんた、女性、5月24日 - )は、日本のゲームの原… ぎん太(ぎんた、女性、5月24日 - )は、日本のゲームの原画家・イラストレーター。多摩美術大学卒。元チュアブルソフト所属。 高校時代からの知り合いであるセバス・草壁よしおと共に同人サークル「TABLET」を結成。2004年に音楽担当のけんせいを加え、チュアブルソフトブランドを立ち上げる。 他のブランドの原画家のようにキャラクター原画メインではないので、背景やシチュエーションに応じて髪型や服装が細かく変わるなどの細かい点にこだわった演出がなされている。またシナリオの特性上1枚絵のイベントCGより通常シーンの立ち絵のパターンに力を入れており、立ち絵のポーズや表情のパターンが多彩なのが特徴。塗りは水彩のように淡い塗りで表現される。
笹尾 光彦(ささお みつひこ)は日本の画家。洗練された洒落た… 笹尾 光彦(ささお みつひこ)は日本の画家。洗練された洒落た色彩感覚で「赤の画家」として知られる。個展「花のある風景」を毎年開催、2024年に第27回を迎えた。 静岡市出身。日本画家の父、笹尾好一の影響で、幼い頃より絵に興味を持つ。高校時代、美大入試のために美術教師大村政夫のアトリエに通い、デッサンに励んだ。1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。多摩美術大学図案化卒業。大手印刷所デザイナー、外資系広告代理店クリエイティブディレクター、制作担当副社長を務め、広告業界で活躍。その間ヨーロッパ、特にパリへ何度も足を運んだ。仕事のかたわら絵を描き始め、56歳で本格的に画家になる決心をし、1997年11月、画家として独立。
中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海… 中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海道室蘭市出身、千葉県在住。多摩美術大学大学院美術研究科修了。 日本建築をコンセプトとしたシンプルな絵画・立体作品を手がける。木目や漆や金属などの質感を生かした、古風だが何処かエキゾチックで暖かみのある作風が持ち味。インスタレーションやミニマルアート風の手法、現代美術と日本美術を併用するなどの試みを行っている()。 北海道に生まれ育ったためか、既存の日本の伝統文化に接する機会が少なく、日本の伝統文化をあたかも異文化のように感じたと言う。そのため、日本建築との絵画の関係の検証を通じ、自分自身の中には無かった日本の伝統に根ざした「文化の再構築」をテーマとした作品作りを行っている。
ヒグチ ユウコは、日本の画家。 動植物や少女を細密に描く画風… ヒグチ ユウコは、日本の画家。 動植物や少女を細密に描く画風で、とくに猫をモチーフとすることが多い。顔出しをせず、プロフィールもほとんど公表していない。 2014年には『ふたりのねこ』で絵本作家としてデビュー。ホルベイン、資生堂、GUCCI、LAWSON、モスバーガー、UNIQLO、ディズニー、ワーナー・ブラザース、ラデュレなど企業・ブランドとのコラボレーションも多い。 2018年にギャラリーボリス雑貨店(東京都渋谷区神宮前4-16-2)を立ち上げた。自身の作品のみでなく、招待作家の展示も充実させている。 書籍の装画も多く手がける。 猫を多く描くようになったきっかけは生後3か月で引き取った愛猫・ボリスで、この猫をモデルにして描くことも多いという。
山岸 泉琳(やまぎし せんりん)は、東京都生まれの女流日本画… 山岸 泉琳(やまぎし せんりん)は、東京都生まれの女流日本画家。 「現代における風流」をテーマに、日本の伝統美と現代的な感覚が融合した日本画を制作する。 東京都中央区銀座に生まれる。多摩美術大学日本画専攻を卒業。1988年、渋谷にて初の個展を開催。1998年に山岸泉琳へ号を変更した。 世界各地での活動のほか、国内では高台寺、本蓮寺、寒川神社などへの作品を制作する。