結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、… 結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、日本の文部官僚。学校法人富澤学園理事長。 2005年から2007年まで文部科学事務次官を務めた。事務次官退任後は山形大学の学長に就任し、2014年まで務めた。 山形県村山市に生まれる。山形県立山形東高等学校から東京大学理科一類に進学し、1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する。 1971年7月、科学技術庁に入庁。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる。1982年 外務省在オーストラリア日本国大使館一等書記官。1987年 科学技術庁原子力局核燃料課長。1994年 科学技術庁科学技術振興局企画課長。1995年6月 科学技術庁長官官房秘書課長。
前田 直登(まえだ なおと、1948年9月23日 - )は、… 前田 直登(まえだ なおと、1948年9月23日 - )は、日本の農林官僚。林野庁次長経林野庁長官等を歴任した。退官後は、緑資源機構理事長、国土緑化推進機構副理事長等を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
村井 博美(むらい ひろみ、1948年(昭和23年)8月18… 村井 博美(むらい ひろみ、1948年(昭和23年)8月18日 - )は、日本の元・大蔵官僚。元財務省印刷局長。血液型はA型。兵庫県小野市出身。 旧大蔵省同期入省者には、藤井秀人、吉永国光(東和銀行頭取)、森田好則、窪野鎮治(両人共に財務省印刷局長)、西川和人(金融庁検査部長)、西川聰(名証副社長)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
八木健(やぎ けん、1948年8月17日 - )は日本の財務… 八木健(やぎ けん、1948年8月17日 - )は日本の財務官僚。大臣官房審議官(国際局担当)、国際通貨基金理事などを歴任した。新潟市出身。 東京大学経済学部経済学科を優秀な成績で卒業し、1971年 大蔵省入省。オックスフォード大学へ留学し、経済学の修士号を修得。指導教官は後にノーベル経済学賞を受賞したJ.R. ヒックスであり、ヒックスから卒業にあたり、極めて優秀な人物である推薦状をもらっていた。
津田 廣喜(津田 広喜、つだ ひろき、1948年(昭和23年… 津田 廣喜(津田 広喜、つだ ひろき、1948年(昭和23年)8月11日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。財務省主計局長、財務事務次官、早稲田大学教授。北海道出身。 北海道天塩郡幌延町出身。1967年3月、北海道天塩高等学校卒業。1972年3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。 1972年4月、大蔵省入省(主計局総務課配属)。1973年4月、主計局法規課。1973年8月、名古屋国税局調査査察部。1974年8月、大臣官房調査企画課。1975年7月、大臣官房調査企画課調査主任。1976年7月、大臣官房調査企画課調査第二係長。1977年7月11日、苫小牧税務署長。1978年7月10日、大臣官房文書課課長補佐(管理・審査担当)兼大臣官房秘書課課長補佐(調査担当)。
大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月… 大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月9日 - )は、日本の政治家、農林官僚。元栃木県小山市長(5期)。 栃木県下都賀郡寒川村押切(のちの間々田町、現在の小山市押切)に生まれる。栃木県立栃木高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月京都大学農学部卒業。1973年(昭和48年)3月、東京大学大学院修士課程修了。同年4月、農林水産省入省。 1997年(平成9年)、農林水産省本省室長就任。1999年(平成11年)、関東農政局建設部次長就任。 2000年(平成12年)7月16日に行われた小山市長選挙に立候補し、初当選した。 2013年(平成25年)7月6日、「ラムサール条約湿地登録1周年記念シンポジウム in おやま」を開催。
山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月… 山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月8日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、経済産業副大臣(第1次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長・災害対策特別委員長、自由民主党金融調査会長等を歴任した。 福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後、大蔵省にトップで入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日… 平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。法務大臣(第111-112代)、自由民主党広島県支部連合会長。 法務副大臣(第4次安倍第1次改造内閣)、環境副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、法務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同農林水産委員長、同法務委員長、自由民主党政務調査会副会長、同国土交通部会長、同厚生労働部会長、自由民主党副幹事長、同報道局長、国土交通省河川局次長、日本道路公団総務部長、秋田県警察本部長などを歴任。 広島県安芸郡江田島村(現:江田島市)生まれ。
橋本孝伸(はしもと たかのぶ、1948年7月29日 - )は… 橋本孝伸(はしもと たかのぶ、1948年7月29日 - )は日本の大蔵官僚。国税不服審判所次長。 兵庫県明石市出身。灘高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1971年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1972年5月 大臣官房秘書課調査係長心得。1973年8月 大臣官房調査企画課。1974年7月 主計局総務課調査主任。1975年 主計局総務課企画係長。1976年7月 帯広税務署長。1977年7月 国税庁調査査察部調査課長補佐。1978年7月 日本開発銀行人事部副調査役。1995年5月 金沢国税局長。1997年7月 理財局たばこ塩事業審議官。1998年7月 国税不服審判所次長。1999年7月 退官。
小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日… 小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日 - )は、日本の政治家、官僚。元大館市長(6期)。叔父は秋田県知事を6期(1955年~1979年)務めた小畑勇二郎。 スピーカー作りが趣味であり自宅に工房を持っている。大館市立中央公民館や大町商店街振興組合に自作の手作りスピーカーを寄贈している。 そして健康に気を使い夜遅い時間帯や土日の休日の朝早い時間帯には、大館市内をウォーキングをしている。 他にストレス解消に皿洗いもする。過去に国政選挙に出馬した際、リーフレットの趣味の欄に皿洗いと書き亡き母に怒られたというエピソードもある。また、市長時代は出勤前に「大館のために」と3回唱えてから出勤していた。
丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019… 丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019年8月2日)は、日本の国土交通官僚。元駐フィンランド特命全権大使。 鹿児島県出身。1967年ラ・サール高等学校卒業。1972年東京大学経済学部卒業、運輸省入省、自動車局総務課配属。1986年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。2002年国土交通省自動車交通局長。2003年国土交通省鉄道局長。2004年国土交通省総合政策局長。2005年国土交通審議官。2006年運輸政策研究機構副会長。2009年駐フィンランド特命全権大使。2014年空港施設代表取締役社長。2018年瑞宝重光章受章。2019年空港施設代表取締役会長。同年呼吸不全により死去。
藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月2… 藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月29日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。 国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院議員(1期)、全日本シティホテル連盟代表理事、国際観光文化交流協会理事長兼会長、流通科学大学特任教授、ツーリズム・マーケティング研究所研究員などを歴任。妻は料理研究家で衆議院議員を務めた藤野真紀子。 広島県佐伯郡廿日市町(現:廿日市市)生まれ。広島学院中学校・高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業後、運輸省にキャリア官僚として入省(入省時の配属先は大臣官房情報管理部)。衆議院議員の平口洋とは中学から大学までの同級生。1973年に金坂真紀子と結婚。ニューヨーク、パリ勤務時代に真紀子は後に料理研究家となる手法を身に付けることとなる。
高木 祥吉(たかぎ しょうきち、1948年(昭和23年)5月… 高木 祥吉(たかぎ しょうきち、1948年(昭和23年)5月22日 - )は、日本の大蔵・金融官僚。金融庁長官、ゆうちょ銀行社長、日本格付研究所社長を歴任。徳島県出身。 徳島県徳島市南前川町出身。父は助任川周辺の材木店街に店を構える材木商。小学校時代に徳島市北前川町に転居。小中学校時代の得意科目は体育で、ローラースケートを好んで遊んでいたが、余り勉強はしなかった。高校時代に数学が好きになり、他の授業は聞かずに2年生までに高校の全範囲を終えた。数学科への進学も考えたが、親の勧めで東京大学文科一類に進学。東大紛争のため講義が少なく、独学で公務員試験の勉強を行い合格。東大紛争のため卒業が遅れ、1971年6月に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、同年大蔵省入省。
東 良信(ひがし よしのぶ、1948年〈昭和23年〉4月16… 東 良信(ひがし よしのぶ、1948年〈昭和23年〉4月16日 - )は、日本の官僚。元内閣府審議官。駐ルーマニア大使。
窪野鎮治(くぼの しずはる、1948年4月7日 - )は、日… 窪野鎮治(くぼの しずはる、1948年4月7日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。血液型はB型。 静岡県三島市出身。三島市立北中学校、静岡県立沼津東高等学校から東京大学に入学。1971年に同大学法学部卒業。大蔵省入省(大臣官房文書課)。2000年7月1日 大臣官房参事官(大臣官房担当)。2001年7月10日 印刷局長。2002年7月16日 国土交通省政策統括官。2003年6月20日に退官。同年6月26日より農林中央金庫専務理事(法務部、審査部、資産サポート部、リスク評価部、市場業務管理部、資金証券管理部、本店業務部、大手町業務部、外国営業部担当)。2007年7月20日 生命保険協会副会長。
安富 正文(やすとみ まさふみ、1948年2月24日 - )… 安富 正文(やすとみ まさふみ、1948年2月24日 - )は、日本の国土交通官僚。元国土交通事務次官。長崎県長崎市出身。 1948年、長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1970年に東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、運輸省に入省。 内閣官房内閣参事官、運輸省航空局次長などを経て、1999年に鉄道局長就任。フリーゲージトレインの実用化に向けた実験を進める方針を示し、新下関駅構内に試験場を設置した。2001年からは国土交通省海事局長を務め、小笠原航路へのテクノスーパーライナー導入計画を進めたが、東京都との協議が難航し、実現しなかった。その後、2002年国土交通省大臣官房長、2004年国土交通審議官を経て、2006年に国土交通事務次官就任。
村上喜堂(むらかみ よしたか、1948年2月12日 - )は… 村上喜堂(むらかみ よしたか、1948年2月12日 - )は日本の財務官僚。国税庁次長などを歴任。血液型はB型。 兵庫県神戸市生まれ(父は和歌山県出身、母は大阪府出身)。関西学院中学部・高等部、東京大学経済学部経済学科卒業。東大在学中はバスケ部に所属。1972年 大蔵省入省(主計局調査課)。1977年7月 米子税務署長。1980年7月 東京国税局総務部総務課長。1990年7月 東京国税局査察部長。同年7月 東京国税局直税部長。1991年6月 北海道開発庁予算課長。1993年7月 東京国税局総務部長。1996年7月12日 国税庁長官官房人事課長。1998年7月 国税庁調査査察部長。2000年6月 国税庁課税部長。
近藤 信司(こんどう しんじ、1948年2月9日 - )は、… 近藤 信司(こんどう しんじ、1948年2月9日 - )は、日本の文部官僚。公益財団法人文教協会代表理事。 文部科学審議官(文教担当)、文化庁長官、国立教育政策研究所長、独立行政法人国立科学博物館長などを歴任。2019年、瑞宝重光章受章。 1971年文部省入省。岡山県出向、中学校教育課、体育課の課長補佐を経て1990年初等中等教育局小学校課長。健康教育課長、大学課長から官房三課長の大臣官房総務課長となる。2000年大臣官房長。生涯学習政策局長、初等中等教育局長、文部科学審議官を経て河合隼雄の病気退任により2006年文化庁長官に就任。2007年国立教育政策研究所長。国立科学博物館長を2009年~2013年まで務めていた。
日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は… 日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は、日本の官僚。経済産業審議官、三菱電機専務執行役を歴任。東京都出身。 東京都立西高等学校を経て1970年東京大学法学部を卒業後、通商産業省に入省(大臣官房総務課)。1977年プリンストン大学ウィルソンスクール修士課程修了。 国際エネルギー機関省エネルギー部長、通商政策局国際経済課長、資源エネルギー庁官房総務課長、大臣官房審議官(通商経済担当)、通商政策局経済協力部長、資源エネルギー庁次長等を経て、2000年環境立地局長となる。2001年に産業技術環境局長。その後、2002年通商政策局長、2003年資源エネルギー庁長官を歴任し、2004年経済産業審議官に就任。
新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月… 新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月12日 - 1998年〈平成10年〉2月19日)は、日本の政治家、大蔵官僚。大阪府出身。朝鮮系日本人で民族名は朴 景在(パク・キョンジェ、박경재、ぼく けいざい)。 大阪府大阪市生まれ。大阪市立菅南中学校を経て大阪府立北野高等学校を卒業。16歳のとき、朝鮮籍から日本に帰化。 高校時代の担任教員の一人は、森恒夫(新井とは入れ違いに卒業)のクラスを受け持ったこともあり、新井の死去から間もない頃に北野高校OB会のインタビューで「自分自身への期待感が強く、向上心が人一倍強い」という点がこの2人に共通していたと述べている。 東京大学理科一類に入学。
寺田 逸郎(てらだ いつろう、1948年(昭和23年)1月9… 寺田 逸郎(てらだ いつろう、1948年(昭和23年)1月9日 - )は、日本の裁判官、司法官僚。第18代最高裁判所長官。第10代最高裁判所長官を務めた寺田治郎は父親にあたる。
三澤 眞(みさわ まこと、1948年1月8日 - )は日本の… 三澤 眞(みさわ まこと、1948年1月8日 - )は日本の国土交通官僚、外交官。国土交通省住宅局長、国土交通省総合政策局長、国土交通審議官、駐パナマ特命全権大使を歴任。 1970年東京大学法学部を卒業し、建設省入省。 建設省大臣官房人事課企画官、国土庁長官官房総務課広報室長を経て、1989年建設省大臣官房地方厚生課長、1990年自治省税務局市町村税課長、1992年住宅・都市整備公団企画調整部長、1994年建設省都市局都市総務課長、1999年建設省大臣官房審議官。 2001年国土交通省住宅局長に就任。2002年国土交通省総合政策局長。 国土交通審議官を最後に退官。2005年財団法人不動産適正取引推進機構理事長。
根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は… 根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は、香川県出身の元通産官僚。
石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月… 石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月1日 - 2019年(平成31年)3月9日)は、元建設官僚、地方公務員、政治家。建設省課長、大阪府建築都市部長、千葉県木更津市議会議員(1期)を歴任。瑞宝小綬章受章。 千葉県木更津市出身。1970年東京大学工学部都市工学科卒。同年建設省に入り、住宅、都市、計画の各局に勤務し、国土庁に入る。地方振興局地方都市整備課長、建設省住宅局住宅整備課長、同局建築指導課長、1998年7月 大阪府建築都市部技監、2000年4月 同部長となり、2003年に退官。退官後は建築研究所理事、住宅生産振興財団理事となる。 2010年と2014年の木更津市長選挙に立候補したが、いずれも落選した。
岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日… 岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日本の財務官僚、企業経営者。ローソン銀行代表取締役会長。 宮城県仙台市出身。血液型はB型。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年に大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1971年に大臣官房秘書課調査係長心得。1974年にイェール大学で経営学修士号を修得。同年7月 銀行局総務課企画係長。1975年7月 福知山税務署長。1993年6月 大臣官房調査企画課長兼財政金融研究所次長。1994年4月から1995年5月まで羽田孜、村山富市の下で内閣総理大臣秘書官(事務担当)。1999年7月8日に国際局次長、2002年7月9日に財務総合政策研究所長となる。
林 幸秀(はやし ゆきひで、1948年 - )は、日本の官僚… 林 幸秀(はやし ゆきひで、1948年 - )は、日本の官僚。元文部科学審議官。元東京大学先端科学技術研究センター特任教授、科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー。公益財団法人ライフサイエンス振興財団理事長。 富山県西礪波郡福光町(現在の南砺市)出身。公務員を退官後、世界各国の科学技術政策の比較分析を行う研究者として、中国の科学技術情勢の調査分析を中心に活動を行っている。また、中国のほか、欧米主要国、ロシア、インド、韓国、ASEAN諸国の科学技術に関する著書を出版している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西川和人(にしかわ かずと、1947年12月28日 - )は… 西川和人(にしかわ かずと、1947年12月28日 - )は日本の大蔵官僚。東京国税局長、金融庁検査部長、金融庁検査局長、交通営団理事などを歴任。 滋賀県出身。東京大学法学部卒業。1971年7月 大蔵省入省(証券局企業財務第一課)。1976年7月 苫小牧税務署長。 1988年7月 東京国税局査察部長。1990年7月5日 国税庁調査査察部査察課長。1992年7月7日 大阪国税局総務部長。1993年7月2日 銀行局特別金融課長。1994年7月1日 国税庁長官官房人事課長。1996年7月12日 国税庁調査査察部長。1998年7月1日 東京国税局長。2000年7月1日 金融庁検査部長。2001年1月6日 金融庁検査局長。
平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、… 平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、日本の官僚。総務省(旧郵政省)で通信自由化と郵政民営化に関わった。
伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 … 伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。元鹿児島県知事(3期)。総務省大臣官房総括審議官を歴任。 銀行員である父親の仕事の関係により阿久根市・鹿児島市などで育った。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。最後の総理府地方分権推進委員会事務局次長であり、省庁再編後には初代の総務省大臣官房審議官を務めた。後に民主党代表を務めた小沢一郎が自治大臣の際には大臣秘書官も務めている。 2004年に鹿児島県知事選挙に立候補。保守分裂の激しい中、元鹿児島県議会議長や元兵庫県副知事らを破って初当選。2008年再選。2012年に3選。 2013年5月に利用が低迷する鹿児島空港の上海便の航空路線維持のため県職員らの上海派遣研修事業を発表したが、批判が起こった。
梶田 信一郎(かじた しんいちろう、1947年11月14日 … 梶田 信一郎(かじた しんいちろう、1947年11月14日 - )は、日本の地方公共団体職員、自治官僚。一般財団法人自治総合センター理事長。 自治省税務局市町村税課課長、兵庫県庁総務部部長、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官、財団法人地域創造理事長、一般財団法人地域創造理事長などを歴任した。 岡山県出身の地方公共団体職員である。熊本県の事務吏員として東京事務所で採用され、のちに熊本県庁の総務部地方課にて勤務した。その後、自治省に入り、財政局、大臣官房、税務局などで勤務するとともに、他省庁や地方公共団体への出向を繰り返した。自治省では税務局にて市町村税課の課長に就任しており、出向先の兵庫県庁では総務部の部長に就任するなど、要職を歴任した。
奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11… 奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11月8日 - )は、日本の警察官僚。第84代警視総監。大阪府出身。東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。主に警備公安畑を歩む。瑞宝重光章。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
團 宏明(だん ひろあき、1947年10月14日 - )は、… 團 宏明(だん ひろあき、1947年10月14日 - )は、日本の郵政官僚。総務省郵政事業庁長官、日本郵政公社副総裁、日本郵政株式会社代表執行役副社長、郵便事業株式会社代表取締役社長、公益財団法人日本棋院理事長などを歴任。長崎県佐世保市出身。
有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日… 有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日 - )は大阪府出身の総務官僚。総務審議官を最後に退官後、マルチメディア振興センター理事長、KDDI代表取締役副会長、全国地域情報化推進協会理事長等を歴任した。いわゆる「電波開放戦略」を進め、日本のICT(情報通信技術)の国際競争力向上を図った。
乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の… 乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はAB型。理財局総務課長、内閣総理大臣秘書官(事務担当)、関東信越国税局長、国税庁課税部長、金融監督庁監督部長、金融庁総務企画部長、金融庁総務企画局長、日本政策投資銀行理事、一般社団法人投資信託協会副会長、一般社団法人金融財政事情研究会会長などを務めた。 大阪府柏原市出身(父母も大阪府)。大阪府立天王寺高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1973年7月 主計局総務課調査主任。1974年7月 主計局総務課企画係長。1975年7月 尾道税務署長。1978年7月 和歌山県総務部財政課長。
古田 肇(ふるた はじめ、1947年〈昭和22年〉9月13日… 古田 肇(ふるた はじめ、1947年〈昭和22年〉9月13日 - )は、日本の政治家、通産・経産・外務官僚。元岐阜県知事(公選第16・17・18・19・20代)。無所属。2022年3月27日からは全国知事会副会長(東海北陸ブロック)を務める。 岐阜県岐阜市生まれ。岐阜市立加納中学校、岐阜県立岐阜高等学校卒業。1971年6月、東京大学法学部卒業。同年7月、通商産業省(現・経済産業省)に入省(貿易振興局貿易振興課)。同期入省に杉山秀二(事務次官)、今井康夫(特許庁長官)、鹿島幾三郎らがいる。1974年にフランス国立行政学院(ENA)に留学した。 1994年、羽田孜内閣総理大臣の首相秘書官に就任し、村山富市内閣総理大臣の下でも引き続き首相秘書官を務めた。
瀧野 欣彌(たきの きんや、1947年9月6日 - )は、日… 瀧野 欣彌(たきの きんや、1947年9月6日 - )は、日本の自治・総務官僚、弁護士。 内閣官房副長官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣・菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、総務事務次官、一般財団法人地方財務協会理事長、地方公共団体金融機構理事長を歴任した。 報道等では滝野 欣弥の表記も用いられる。 北海道出身(函館市で生まれ、釧路市で育つ)。北海道釧路湖陵高等学校、東京大学法学部卒業。在学中に司法試験合格。大学卒業後、自治省(現総務省)に入省。財政局財政課配属。入省同期には伊藤祐一郎(鹿児島県知事)、梶田信一郎(元内閣法制局長官)、山下茂(明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授)らがいる。
田村 義雄(たむら よしお、1947年8月23日 - )は、… 田村 義雄(たむら よしお、1947年8月23日 - )は、日本の官僚。環境事務次官。神奈川県出身。 麻布高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1971年(昭和46年)大蔵省入省。理財局次長、大臣官房総括審議官、関税局長を経て環境省に転じ、大臣官房長、総合環境政策局長を歴任し、2006年(平成18年)環境事務次官。退官後は環境省顧問を経て、駐クロアチア大使。2023年、瑞宝重光章受章。 2011年、特命全権大使として赴任中のクロアチア大使館の事務職員として勤務する20代のクロアチア人女性に対し、車内で抱き寄せて強引にキスをしたり、足を撫で回したり、抱きついて身体を触ったりしたといった常習的なセクハラ疑惑が報じられた。
大塚 義治(おおつか よしはる、1947年〈昭和22年〉8月… 大塚 義治(おおつか よしはる、1947年〈昭和22年〉8月6日 - 2023年〈令和5年〉1月17日)は、日本の元厚生及び厚生労働官僚、厚生労働事務次官。日本赤十字社名誉社長。栃木県上都賀郡粟野町(現:鹿沼市)出身。 1966年、東京都立上野高等学校卒業。1970年3月 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月 厚生省入省。社会局庶務課配属。1994年 厚生省大臣官房会計課長、1996年 厚生省大臣官房審議官(健康政策、医療保険担当)、1998年7月 厚生大臣官房長、1999年8月 厚生省老人保健福祉局長、2001年1月6日 厚生労働省保険局長、2002年8月 厚生労働審議官、2003年8月に厚生労働事務次官。
野平 匡邦(のひら まさくに、1947年7月25日 - )は… 野平 匡邦(のひら まさくに、1947年7月25日 - )は、日本の政治家、官僚、弁護士。元千葉県銚子市長(2期)。父は外科医で俳人の野平藤雄。
岸 良昌(きし よしまさ、1947年7月25日 - )は、日… 岸 良昌(きし よしまさ、1947年7月25日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元群馬県利根郡みなかみ町長(2期)。鳥取県出身。 ※当日有権者数:18,815人 最終投票率:72.24%(前回比:-6.88pts) ※当日有権者数:16,937人 最終投票率:65.48%(前回比:pts) この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
細川 興一(ほそかわ こういち、1947年6月17日 - )… 細川 興一(ほそかわ こういち、1947年6月17日 - )は、日本の大蔵官僚。富山県富山市出身(父も富山県、母は石川県)。血液型はB型。元日本政策金融公庫代表取締役総裁。 細川は地方行政に興味があったことから、当初は大蔵省(後の財務省)より自治省(後の総務省)が第1志望であった。大蔵省か自治省かで迷ったが、小粥正巳大臣官房秘書課長補佐の「君がこれから自治省に断りに行くことが、大蔵省での最初の仕事だよ」という一言で大蔵省入省を決意した。 地方行政に興味があったことから、国家公務員上級試験(甲種)を行政職で受験していた。しかし、大蔵省を志望する者は、法律職か経済職が大多数だった。細川曰く「『大蔵省では行政職は採らない』と言われた。
森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は… 森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は、日本の政治家、自治官僚。元自由民主党参議院議員。大阪府和泉市出身。 大阪府立三国丘高等学校、東京大学法学部卒業。1970年に自治省(現・総務省)に入省。財政局地方債課長、大臣官房企画室長、岐阜県副知事などを歴任。1999年8月14日に大臣官房総務審議官。2000年5月に退官。翌2001年の参議院議員選挙で比例区から自民党公認で立候補して当選。当選1回。2003年の第1次小泉2次改造内閣で内閣府大臣政務官に就任。次の第2次小泉内閣でも留任した。2007年の参議院議員選挙で落選した。 2008年に立教大学経済学部特任教授となり、2013年まで務めた。
建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は… 建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は、日本の大蔵官僚。九州財務局福岡財務支局長、欧州復興開発銀行理事、国際交流基金理事、造幣局理事を経て、2006年からルクセンブルク大公国駐箚特命全権大使を務めた。 大阪府高槻市出身。1966年大阪府立北野高等学校卒業。1970年東京大学法学部卒業、大蔵省入省(主税局国際租税課)。1972年フランス留学、1974年7月国際金融局国際機構課国際機関係長。1975年7月洲本税務署長。1976年7月関税局総務課長補佐。その後は大蔵省理財局国有財産総括課長等を経て、1994年九州財務局福岡財務支局長。1996年欧州復興開発銀行理事。1999年国際交流基金理事。
原口 恒和(はらぐち つねかず、1947年(昭和22年)5月… 原口 恒和(はらぐち つねかず、1947年(昭和22年)5月7日 - )は、日本の官僚。元金融庁総務企画局長。イオンフィナンシャルサービス代表取締役会長兼社長等を歴任した。 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、大蔵省に入省(理財局資金課)。熊本県企画開発部長、大臣官房金融検査部長、大臣官房審議官(大臣官房担当)、総務審議官を経て、2001年(平成13年)に財務省理財局長。 2001年(平成13年)金融庁総務企画局長に転じ、翌年退官。国民生活金融公庫副総裁を経て、2007年(平成19年)にイオン銀行代表取締役会長に就任。 2013年4月、イオンクレジットサービス旧法人から金融持株会社に移行したイオンフィナンシャルサービスの代表権のある会長等を経て、2014年6月には、イオンFSの非常勤取締役に退いた。
江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は… 江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は日本の官僚。公立大学法人埼玉県立大学理事長。人事院総裁、内閣府事務次官、厚生労働事務次官を歴任。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京大学法学部(法学)卒業。1970年に公害問題を解決したいと思い厚生省に入省。 中曽根内閣時代には内閣官房内閣参事官として国鉄分割民営化の問題などに尽力した。2004年には内閣府事務次官に就任。2007年には、的場順三官房副長官の後任として副長官就任が有力視されたが、一連の年金不祥事に対応するため旧厚生省出身ということもあり他府省の事務次官を務めた後としては異例の人事ではあったが、厚生労働事務次官に就任した。2009年6月に退任。
岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、… 岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、日本の実業家、元官僚。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を経て、資生堂代表取締役副社長、公益財団法人21世紀職業財団会長を歴任。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、東京大学教養学部を卒業後、1971年、労働省に入省。大阪婦人少年室長を経て、1991年労政局勤労者福祉部福祉課長、1992年婦人局婦人政策課長、1994年労働大臣官房国際労働課長、1995年労働大臣官房秘書課長、1998年労働大臣官房総務審議官、2001年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長。 2003年、厚生労働省を退官し、2003年株式会社資生堂に入社。同年常勤顧問、2004年同社取締役執行役員CSR部長、2007年取締役執行役員常務を経て、2008年に代表取締役執行役員副社長に就任。
林 省吾(はやし しょうご、1947年3月30日 - )は日… 林 省吾(はやし しょうご、1947年3月30日 - )は日本の自治官僚。 岡山県美作市生まれ。岡山県立津山高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1969年自治省入省。静岡県総務部長、大阪府総務部長、総務省自治財政局長、消防庁長官等を経て、総務事務次官を務めた。
藤島 安之(ふじしま やすゆき、1947年(昭和22年)3月… 藤島 安之(ふじしま やすゆき、1947年(昭和22年)3月25日 - )は、日本の通産官僚。通商産業大臣官房審議官、駐パナマ大使を歴任。新潟県出身。 同期に、町村信孝、佐野忠克(経産審議官、京大法卒)、及川耕造(特許庁長官)、太田信一郎(特許庁長官)、佐瀬正敬(沖電気執行役員)、岩田満泰(関電副社長、中小企業庁長官、近畿通産局長、東大経卒)、綾部正美(帝国石油専務、大臣官房調査統計部長)、作田穎治(住金専務、基礎産業局長、慶大経卒)、松倉浩司(交流協会元専務理事、東北通産局長)、河本博隆(特許庁審査第一部長)、野村弘(弁護士、1972年退官)など。
小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、… 小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、日本の文部官僚。財団法人好仁会理事長。 長野県屋代高等学校を卒業し、1968年に国家公務員試験・初級(高校卒業程度)に合格。東京大学に就職。1972年に文部省に転勤し、大学学術局、大学局、高等教育局で業務に係員として携わる。その後、広島大学庶務部長、筑波大学学生部長、国立日高少年自然の家所長、総合研究大学院大学事務局長を経て、国立高等専門学校機構事務局長を最後に文部科学省を退職。2005年4月より財団法人好仁会理事長。