井上 勇(いのうえ いさむ、1901年4月30日 - 198… 井上 勇(いのうえ いさむ、1901年4月30日 - 1985年2月6日)は、日本の翻訳家、ジャーナリスト。 広島県生まれ。1923年(大正12年)、東京外国語学校(現在の東京外国語大学)仏語部卒業。東京帝国大学文科選科に入るが中退。1926年に東京外国語学校英語部選科を卒業、報知新聞に入社。特派員として渡米するが1927年に退社し、サンフランシスコの日本新聞の記者となる。その後パリに渡りソルボンヌ大学で学ぶ。再び米国に戻り、ロサンゼルスの日米新聞編集長を務め、加州毎日新聞の創設に参画。サンフランシスコの北米朝日新聞編集長を務めた後、1933年に帰国。外務省を経て、1936年3月に同盟通信社(以下、同盟)へ入社。
茂森 唯士(しげもり ただし、1895年〈明治28年〉4月2… 茂森 唯士(しげもり ただし、1895年〈明治28年〉4月2日 - 1973年〈昭和48年〉2月5日)は、日本のジャーナリスト、評論家。 熊本県生まれ。東京外国語学校卒。 はじめ左翼だったが、戦時中転向し、戦後も反共の論陣を張った。産経新聞論説委員、世界動態研究所所長、人権擁護調査会常任理事。
北野 吉内(きたの きちない、1892年(明治25年)3月1… 北野 吉内(きたの きちない、1892年(明治25年)3月10日 - 1956年(昭和31年)3月15日)は、日本のジャーナリスト、実業家である。旧姓は佐藤。 山形県山形市七日町の生まれ。兄に尾崎紅葉門下の佐藤流葉を持つ。旧制山形中学を経て東京外国語学校(現在の東京外国語大学)に入学し、卒業後はジャパン・アドバタイザー(現在のジャパンタイムズ)に勤務する。その後は萬朝報に転勤し、1916年(大正5年)には北野量子と結婚し婿入りの形で北野姓に改姓した。同年末には東京朝日新聞に転勤し、アサヒグラフ編集部および整理部次長を歴任した。1926年(大正15年)には同社のニューヨーク特派員となり、1929年(昭和4年)の帰国まで同職にあたった。
池田 林儀(いけだ しげのり、1892年〈明治25年〉1月1… 池田 林儀(いけだ しげのり、1892年〈明治25年〉1月11日 - 1966年〈昭和41年〉7月15日)は大正・昭和時代のジャーナリスト。 秋田県由利郡仁賀保町出身。旧制本荘中、東京外国語学校(現東京外語大学)シャム語科卒。大日本雄弁会講談社社員を経て報知新聞社にうつる。大隈重信の番記者をへてベルリン特派員。『優生運動』(1926-1930)を刊行し、日本の優生学の普及を図った。ワンダーフォーゲル運動を日本に紹介し、足の会を優生運動の一環として行った。 1933年(昭和8年)京城日報に招聘され副社長に就任。昭和14年(1939年)報知新聞に復社し編集局長就任。戦後「秋田魁新報」に随筆「話の耳袋」を長期連載した。
鈴木 文史朗(すずき ぶんしろう、1890年3月19日 - … 鈴木 文史朗(すずき ぶんしろう、1890年3月19日 - 1951年2月23日)は、日本のジャーナリスト、新聞記者、政治家。 千葉県海上郡豊浦(現銚子市)出身。本名は文四郎。旧制銚子中学校(現千葉県立銚子商業高等学校)、東京外国語学校英語学科卒業。三菱合資会社地所部を経て1917年東京朝日新聞に入社。シベリア出兵の従軍記者や、パリ講和会議などの特派員として活躍する。社会部長、編集局総務、論説委員、整理部長、名古屋支社長、取締役を歴任し、1942年常務取締役となるが、朝日新聞社内の人事で冷遇されたことから反緒方竹虎の急先鋒となった。 敗戦直後退社し、1946年『リーダーズ・ダイジェスト』日本語版編集長となる。
大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉… 大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉1月17日 - 1923年〈大正12年〉9月16日)は、日本の無政府主義者、思想家、作家、ジャーナリスト、翻訳家、社会運動家。エスペランティスト、自由恋愛主義者でもあった。 愛媛県那珂郡丸亀(現・香川県丸亀市)で生まれた。父親の大杉東(おおすぎ あずま)は愛知県海東郡越治村(現・愛知県津島市)出身の大日本帝国陸軍近衛師団の前身である常時陸軍の軍人で、代々庄屋の家系で親戚にも軍人が多数いる家庭環境だった。その後、東は東京に移って近衛少尉として勤務し、大隊長の仲介によって母・とよ(豊)と結婚した。栄は次男で、はる、きく、伸、まつゑ、勇、進、あき、あやめの兄弟姉妹がいる大家族だった。
有本 香 は、日本のジャーナリスト、政治活動家、編集プロダク… 有本 香 は、日本のジャーナリスト、政治活動家、編集プロダクション「ウィンウィン」代表。日本保守党代表代行・事務総長。
生駒芳子(いこまよしこ)は、日本のファッション・ジャーナリス… 生駒芳子(いこまよしこ)は、日本のファッション・ジャーナリスト、アート・プロデュース、工芸ブランドHIRUME総合プロデュース。 有限会社UNDERGROUND(モデル冨永愛個人事務所)代表。経済産業省:日本ものづくり大賞選考委員。内閣府:クール・ジャパン官民連携プラットフォーム構成員。内閣府・消費者委員会委員。カルチャービジョンジャパン アドバイザー。三重テラス クリエイティブ・ディレクター。東京都・江戸東京きらりプロジェクト委員。東京ブランドあり方検討会委員。石川県・伝統産業開発プロジェクトプロデューサー。LEXUS NEW TAKUMI PROJECTメンター。東京2020ブランドアドバイザリーグループ委員。
星井 麻紀(ほしい まき)は、日本のジャーナリスト。朝日新聞… 星井 麻紀(ほしい まき)は、日本のジャーナリスト。朝日新聞横浜支局。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
池畑 修平 (いけはた しゅうへい、1969年(昭和44年)… 池畑 修平 (いけはた しゅうへい、1969年(昭和44年))は、日本のジャーナリスト。青山学院大学地球社会共生学部地球社会共生学科教授、元NHK 報道局国際部記者。大阪府生まれ アメリカ合衆国カリフォルニア州育ち。東邦大学附属東邦中学校・高等学校、東京外国語大学外国語学部日本語学科を卒業。 熱烈の阪神タイガースのファンで.世界中何処に居ても阪神戦の結果を気にする。アメリカ合衆国、カナダと転々としながら生活した. 1992年(平成4年)4月1日 NHKに入局.地方局を経て.報道局国際部に配属。在任期間中 韓国の『延世大学』に派遣、その後 海外特派員として『NHKジュネーヴ支局(当時)』に赴任し、国際連合機関をはじめヨーロッパや中東情勢を中心に取材やレポートを経験。
角 英夫(かど ひでお)は、日本のジャーナリスト、テレビプロ… 角 英夫(かど ひでお)は、日本のジャーナリスト、テレビプロデューサー。NHK大型企画開発センター長、NHK広報局長、NHK専務理事等を経て、放送衛星システム代表取締役社長、能美市観光特使。 石川県能美市出身。石川県立小松高等学校を経て、1983年東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業、日本放送協会入局。社会情報番組部ディレクター、クローズアップ現代デスク、スペシャル番組部チーフ・プロデューサー、NHKスペシャル事務局長等を歴任。2010年大型企画開発センターエグゼクティブプロデューサー。2014年放送総局大型企画開発センター長。2016年NHK大阪放送局長。2019年広報局長。2020年理事(内部監査業務統括、考査業務統括、コンプライアンス統括、広報統括)。
中山 由美(なかやま ゆみ)は、日本のジャーナリスト、新聞記… 中山 由美(なかやま ゆみ)は、日本のジャーナリスト、新聞記者。朝日新聞社報道局記者。日本の女性記者で初めて南極観測越冬隊に同行取材するなど極地記者として活動するほか、多くのスクープを報道し、数々の賞を受賞する。 千葉県生まれ。1990年、立教大学文学部ドイツ文学科卒業。1992年、東京外国語大学大学院修士課程修了。 1993年に朝日新聞社に入社し、青森支局、つくば支局を経て、外報部、科学部、社会部で勤務。 2002年には記者の一人として、9・11同時多発テロ実行犯の生涯を追った連載「テロリストの軌跡」を担当し、ドイツや中東を取材し、2002年度日本新聞協会賞を受賞した。 2003年11月から2005年3月には、女性記者で初めて南極観測隊(第45次)に同行して越冬。
松尾 博文(まつお ひろふみ)は、日本のジャーナリスト。日本… 松尾 博文(まつお ひろふみ)は、日本のジャーナリスト。日本経済新聞社ドバイ支局長兼テヘラン支局長等を経て、同社論説委員兼編集委員。 1989年東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業、日本経済新聞社入社。1992年テヘラン支局長。2002年カイロ支局長。2005年産業部次長。2008年ドバイ支局長兼テヘラン支局長。2011年論説委員兼編集委員。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。