山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は… 山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は、日本の総務官僚。総務大臣秘書官や、内閣官房内閣審議官等を経て、総務省大臣官房総括審議官兼初代公文書監理官を務めた。 退官後、宇部市政策アドバイザー、美波町参与、京丹後市ICT戦略アドバイザー。 埼玉県深谷市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1984年東京工業大学(のちの東京科学大学)経営工学科卒業。1986年同大学大学院総合理工学研究科経営工学専攻修了、郵政省入省、通信政策局政策課政策係。1988年科学技術庁長官官房総務課法令係長。1992年海老名郵便局長。1993年郵政省大臣官房人事部管理課課長補佐。1995年郵政省大臣官房秘書課課長補佐。
田中 秀明(たなか ひであき、1960年 - )は、日本の財… 田中 秀明(たなか ひであき、1960年 - )は、日本の財務官僚、博士(政策研究)。財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学経済研究所准教授、内閣府行政刷新会議事務局参事官を経て、明治大学ガバナンス研究科教授。 東京都生まれ。1983年 東京工業大学(現東京科学大学)工学部社会工学科卒業。1985年 同大学大学院社会工学研究科社会工学専攻修士課程修了、工学修士、大蔵省入省、主計局総務課配属。1986年 主計局主計企画官(財政計画担当)付。1991年 ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス社会政策修士課程修了、理学修士 (MSc.)。 1988年 厚生省老人保健福祉部老人福祉課係長。
池田 潤(いけだ じゅん、1959年9月2日 - )は、日本… 池田 潤(いけだ じゅん、1959年9月2日 - )は、日本の財務官僚。財務省九州財務局長や、財務省東北財務局長等を務めた。 東京都中央区出身。1984年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院社会工学専攻修士課程修了、大蔵省入省。1989年国税庁大阪国税局豊岡税務署長。1996年近畿財務局理財部次長。2000年大臣官房企画官。経済企画庁や国土交通省に出向。2001年金融庁監督局保険課審査室長。また2002年から滋賀大学助教授として教鞭をとった。2004年財務省大臣官房企画官。2007年国土交通省北海道局予算課長。2009年財務省関東財務局東京事務所長。2010年財務省関東財務局総務部長。2011年財務省大臣官房会計課長。
久保田 誠之(くぼた しげゆき、1954年3月2日 - )は… 久保田 誠之(くぼた しげゆき、1954年3月2日 - )は、日本の総務官僚。近畿総合通信局長、総務省大臣官房総括審議官、早稲田大学理工学術院教授、テレビ朝日ホールディングス顧問、電波技術協会理事長などを歴任した。 東京都出身。1977年東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部電子工学科卒業。1979年同大学大学院理工学研究科修士課程電子工学専攻修了、郵政省(現総務省)入省。1987年郵政省通信政策局技術政策課標準化推進室長。1992年郵政省関東電気通信監理局電気通信部長。1994年郵政省電波部技術管理室長。 1996年郵政大臣官房人事部人事課調査官、アメリカ合衆国連邦政府連邦通信委員会派遣。1998年郵政省電気通信局電気通信事業部高度通信網振興課長。
寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、… 寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、日本の元官僚。総務省総合通信基盤局長等を経て、総務審議官を最後に退官し、東京工業大学客員教授、NTTドコモ代表取締役副社長等を歴任。2017年からアシュリオンジャパン・ホールディングス会長、情報通信振興会理事長。BS-TBS番組審議会委員。
寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、… 寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、日本の元官僚。株式会社NTTドコモ代表取締役副社長。過去に、株式会社野村総合研究所顧問、東京工業大学客員教授(大学院理工学研究科通信情報工学専攻)、北陸先端科学技術大学院大学客員教授(知識科学科)。東京都出身。
井戸 清人(いど きよと、1950年10月30日 - )は、… 井戸 清人(いど きよと、1950年10月30日 - )は、日本の財務官僚。理系出身者初の財務省本省局長で、在アメリカ大使館財務公使や国際局次長、国際局長、日本銀行理事を経て、国際経済研究所副理事長。 東京都出身。東京工業大学(のちの東京科学大学)理学部数学科で微分位相幾何学を専攻。当初は大学院進学を考えていたが、先輩の勧めで1973年に大学を卒業後、大蔵省(現財務省)入省(主税局国際租税課)。ザールラント大学留学、主計局調査課調査係長を経て、1978年7月に下館税務署長を務めた。 1979年7月 大臣官房秘書課長補佐(財務官室)。1980年2月 フランクフルト総領事館副領事。同年7月 フランクフルト総領事館領事。
本保 芳明(ほんぽ よしあき、1949年(昭和24年)4月2… 本保 芳明(ほんぽ よしあき、1949年(昭和24年)4月20日 - )は、日本の運輸官僚。初代観光庁長官。国連世界観光機関(UN Tourism)アジア太平洋センター代表。東武トップツアーズ取締役会長。東京工業大学特定教授。北海道小樽市出身。
曽小川 久貴(そおかわ ひさたか、1947年(昭和22年)1… 曽小川 久貴(そおかわ ひさたか、1947年(昭和22年)10月21日 - )は、日本の建設官僚。国土交通省下水道部長、日本下水道事業団理事長、日本下水道協会理事長を歴任。宮崎県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
榎本 肇(えのもと はじめ、1925年(大正14年)2月16… 榎本 肇(えのもと はじめ、1925年(大正14年)2月16日 - 2010年(平成22年)5月13日)は、日本の逓信官僚、工学者。東京工業大学名誉教授。電子通信学会副会長。 神戸工業専門学校機械科を経て、1944年(昭和19年)東京工業大学航空機工学科へ入学する。のち電気工学科へ転科。1948年(昭和23年)卒業後、逓信省電波局に入省する。その後、1954年(昭和29年)国際電信電話研究所、1967年(昭和42年)東京工業大学教授、1985年(昭和60年)富士通常任顧問。同年電子通信学会副会長。芝浦工業大学教授を歴任した。 逓信省電波局では、主に雑音電波の統計的測定理論、フェージングの情報理論的研究、散乱伝搬の多重散乱機構に関する研究を行った。
伊原 義徳(いはら よしのり、1924年〈大正13年〉4月2… 伊原 義徳(いはら よしのり、1924年〈大正13年〉4月24日 - 2017年〈平成29年〉7月11日)は、日本の官僚。科学技術事務次官を最後に退官し、日本原子力研究所理事長、日本原子力学会会長、原子力委員会委員長代理等を歴任。日本初の総合的な原子力政策となる「原子力開発利用長期計画」作成に加わるなど、原子力行政に深く携わった。 兵庫県神戸市に生まれる。神戸一中(のちの兵庫県立神戸高等学校)、旧制第三高等学校(のちの京都大学総合人間学部)を経て、1947年(昭和22年)に東京工業大学(のちの東京科学大学)電気工学科(旧制)を卒業。同年商工省に入省(機械局)。 1954年(昭和29年)に通商産業省工業技術院で日本最初の原子力予算担当、米国アルゴンヌ国立研究所原子力留学、科学技術庁調査課長、ロンドン日本国大使館科学担当(一等)書記官、科学技術庁秘書課長、原子力局次長、研究調整局長、原子力安全局長などを経て、1979年(昭和54年)に科学技術事務次官を最後に退官。
林 雄二郎(はやし ゆうじろう、1916年(大正5年)7月2… 林 雄二郎(はやし ゆうじろう、1916年(大正5年)7月27日 - 2011年(平成23年)11月29日)は、日本の官僚、未来学者、財団運営者。 東京生まれ。1940年に東京工業大学電気化学科卒。1942年に技術院に入職後、戦後は経済安定本部、経済企画庁で長期計画に関わる。同庁在籍時の1959-1960年にフランス留学。 帰国後の1965年に、同じ経済企画庁・当時総合開発局の下河辺淳(のち東京海上研究所理事長)、同じく当時総合計画局の宮崎勇(のち経済企画庁長官、大和総研特別顧問)らと共に「1985年の日本人のライフスタイルを検討する会議」を通じ、各界に大きな影響を与え、「林リポート」をまとめ提言し、日本社会を変化・発展させるためのガイドラインとなった。
井上 啓次郎(いのうえ けいじろう、1911年1月30日 -… 井上 啓次郎(いのうえ けいじろう、1911年1月30日 - 1989年4月16日)は、日本の科学技術官僚、工学博士。第4代科学技術事務次官。第6代日本科学技術連盟理事長。 三重県出身。1936年東京工業大学(のちの東京科学大学)電気化学科卒業。1954年「活性炭の製造並びに性状に関する研究」により東京工業大学工学博士の学位を取得。 技術院参技官、科学技術庁原子力局科学調査官、科学技術庁原子力局次長等を経て、1962年科学技術庁資源局長。1963年に日本原子力船開発事業団が設立されると、原子炉担当理事に就任し、むつの基本設計を行った。 1964年から1968年まで科学技術事務次官を務め、東海再処理施設の建設問題への対応を行うなどした。
小林 清周(こばやし せいしゅう、1909年9月25日 - … 小林 清周(こばやし せいしゅう、1909年9月25日 - 1994年)は、日本の建設官僚、建築生産・建築計画学者。建設省営繕局計画課長・技官、大阪工業大学工学部建築学科元教授、建築学教室担当。日本建築学会建築経済委員会専門委員、鴻池組取締役を歴任した。 専門は、建築生産・建築物維持管理、建築計画。 新潟県高田市(現・上越市)出身。1934年に東京工業大学建築学科を卒業後、海軍技師に。小林の就職時の逸話として「清水建設を30秒で落ち、 海軍省を30秒で合格」して海軍省に入った、というのがある。これは清水建設の面接の際に途中で社長が入ってきたときだれだかわからず、挨拶をしなかったところ、専務から「君は請負に向かない」と断られ、その話を海軍省の面接でするとその場で合格となったということからきている。
周徳鴻(しゅう とくほう/チャオ・デーホン、1884年 - … 周徳鴻(しゅう とくほう/チャオ・デーホン、1884年 - ?)は、清末民初の技術者、官僚。字は伯彬。四川省巴県(現重慶市巴南区)出身。東京高等工業学校機械科卒業。 航空技師として北洋政府軍に加わり、奉天派に属する。国民政府でも空軍軍属として参加。 成都より官費生として日本に留学。1911年(宣統三年)9月、学部(中国語版)(文部省に相当)の試験を受け最優等となり、工科進士の賞給を受ける。 辛亥革命後の1913年(民國二年)の間、四川公立工業專門学校(現四川大学)教員として機械工学や製図を教えていた。1921年(民國十年)5月、北洋政府に加わり、郭世綰、盛紹章、黄耀栄らとともに北京航空署(署長:丁錦)附技師。
李 宣威(り せんい、1883年 – 没年不明)は、清末民初… 李 宣威(り せんい、1883年 – 没年不明)は、清末民初の官僚。字は律閑、律閣、津閣。王克敏の側近的存在で、北京政府と中華民国臨時政府で王を補佐した。 清末に日本へ留学し、1907年(光緒33年・明治40年)7月に東京高等工業学校電気科選科を修了・卒業した。帰国後は郵伝部員外郎をつとめている。 中華民国成立後の李宣威は、北京政府の財政部で秘書などを歴任したと見られる。1923年(民国12年)4月21日、全国財政討論委員会委員に任命され、11月23日には塩務署秘書をつとめた。なお、財政総長から失脚した王克敏が馮玉祥に逮捕されそうになった際に、身一つで逃げる王を李が救援し、日本大使館の庇護を受けられるようにしたとされる。
諸 青来(しょ せいらい、1881年〈光緒7年〉 - 没年不… 諸 青来(しょ せいらい、1881年〈光緒7年〉 - 没年不明)は、清末民初の政治家・官僚。名は翔だが、号の青来で知られる。祖籍は浙江省紹興市。中国国家社会党の有力幹部で、後に南京国民政府(汪兆銘政権)の要人となった。 清末に日本に留学し、商工や経済を学んだ。帰国後は、清朝の農商部・財政部に任官する。後に、上海で神州大学を創設し、総務長となる。また、雑誌『銀行周報』編輯となり、上海大夏大学・持志大学・光華大学・中国公学で教授をつとめた。1934年(民国23年)、中国国家社会党に加入する。1937年(民国26年)の日中戦争(抗日戦争)勃発後は、上海の雑誌『新学識』において、国共合作反対の主張を展開した。
藤野 公之(ふじの ただゆき)は、日本の文部科学官僚。東京工… 藤野 公之(ふじの ただゆき)は、日本の文部科学官僚。東京工業大学理事、副学長(財務担当)、事務局長。 福岡市出身。久留米大学附設高等学校在学中は寮生活を送る。同高を経て、1985年に早稲田大学政治経済学部を卒業、文部省(現、文部科学省)に入省。 文化庁文化部宗務課長、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付・構造改革特区推進室・地域再生推進室)、内閣府構造改革特区担当室・地域再生事業推進室参事官、文部科学省生涯学習政策局政策課長等を経て、2013年に文部科学省生涯学習政策局生涯学習総括官、2015年に国立科学博物館理事、国立科学博物館附属自然教育園長に就任。翌年、国立科学博物館副館長。 2017年、文部科学省大臣官房サイバーセキュリティ・政策評価審議官、2018年、文部科学省大臣官房サイバーセキュリティ・政策立案総括審議官、2019年に文部科学省大臣官房文部科学戦略官に就任。
是澤 優(これさわ あつし)は、日本の国土交通官僚、国際公務… 是澤 優(これさわ あつし)は、日本の国土交通官僚、国際公務員。経済協力開発機構地域開発部アドミニストレータ等を経て、国土交通省大臣官房付兼国際連合人間居住計画アジア太平洋地域事務所本部長を経て、2022年04月に国土交通省大臣官房付退職。 宮崎県立宮崎西高等学校を経て、東京工業大学大学院社会開発工学専攻修了、修士。1988年国土庁入庁。1991年国際連合人間居住センター人間居住専門官。1997年経済協力開発機構地域開発部アドミニストレータ。国土交通省大臣官房総務課企画官、国土交通省国土計画局広域地方整備政策課大都市圏制度企画室長を経て、2009年アジア防災センター所長。2012年総務省消防庁国民保護・防災部参事官。