五東 由衣(ごとう ゆい、1964年4月28日 - )は、日… 五東 由衣(ごとう ゆい、1964年4月28日 - )は、日本のミュージカル女優。旧芸名:後藤 由里。 神奈川県藤沢市出身。 武蔵野音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒 2010年まで劇団四季に所属。『アイーダ』アムネリス役や『マンマ・ミーア!』ドナ・シェリダン役、『オペラ座の怪人』クリスティーヌ役、『美女と野獣』ベル役を演じた。 洗足学園音楽大学ミュージカルコース講師 山王病院・国際医療福祉大学東京ボイスセンターボイストレーナー 1990年〜2010年(劇団四季)
鹿志村 篤臣(かしむら あつし、1964年1月28日 - )… 鹿志村 篤臣(かしむら あつし、1964年1月28日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター。東京都出身。武蔵野音楽大学声楽科卒業。血液型はO型。身長171cm。ヴォーカル所属。 趣味は、熱帯魚、読書、旅行。特技は。料理。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
伊東 恵里(いとう えり、1963年11月16日 - )は、… 伊東 恵里(いとう えり、1963年11月16日 - )は、日本の女優、声優、歌手。神奈川県出身。オフィス・エイツー所属。近年は、伊東 えり名義で活動している。ELINBA株式会社代表。 合唱団を主宰していた母の影響で、2歳の時に歌い手として初舞台に立つ。また、4歳よりモダンバレエを始める。 ひばり児童合唱団への入団を経て、武蔵野音楽大学声楽科卒業。卒業後は劇団四季に約1年間在籍し、『夢から醒めた夢』にマコ役などで出演する。 その後、数々のミュージカルへ出演。東宝ミュージカル『ミス・サイゴン』の初演ではケガで降板した本田美奈子の代役としてヒロインのキムに抜擢された。また、ディズニー作品の日本語吹き替えにも多く参加している。
丸山 勉(まるやま つとむ、1963年 - )は、日本のホル… 丸山 勉(まるやま つとむ、1963年 - )は、日本のホルン奏者。 1963年、長野県に生まれる。13歳からホルンを始め、和方寛茂、伊藤泰世、デール・クレヴェンジャーに師事。 1985年、武蔵野音楽大学在学中にオーディションに合格、日本フィルハーモニー交響楽団に入団。1986年、武蔵野音楽大学を卒業。1990年、読売日本交響楽団に入団。 1991年、日本管打楽器コンクールホルン部門第1位入賞。1993年、スイス・ジュネーヴに留学、ブルーノ・シュナイダーに師事。2000年、読売日本交響楽団退団。 現在、日本フィルハーモニー交響楽団客演首席奏者、紀尾井シンフォニエッタ東京、東京ホルンクヮルテット、つの笛集団メンバーとして活躍するほか、後進の育成にも力を入れている。
石塚 瑛資(いしづか えいすけ、1962年12月23日 - … 石塚 瑛資(いしづか えいすけ、1962年12月23日 - )は、東京都出身の俳優。SRプロダクション所属。以前はケイズファクトリー・ダブルフォックス所属。旧芸名は明石 知也(あかし ともや)。 身長180cm。体重73kg。趣味はカラオケ、草野球、筋トレ、犬の散歩。特技はピアノ、声楽、殺陣、英会話。 武蔵野音楽大学芸術学部卒業。演劇集団 円研究所出身。音楽教室「AKASHI音・演教室」代表。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
富田 庸(とみた よう、1961年12月17日 - )。日本… 富田 庸(とみた よう、1961年12月17日 - )。日本の男性のバッハ研究者。ベルファストのクイーンズ大学音楽学部(School of Creative Arts)教授(音楽学)。 福島県出身。福島県立安積高等学校を経て、1984年3月、武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒業。1990年英国リーズ大学にて「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の論文によって博士号を取得。1995年より英国、北アイルランドに在住。ヘンレ版の平均律クラヴィーア曲集第2巻の校訂者。 日本語による著書は、バッハ全集第12巻(東京・小学館)中の「『ロンドン自筆譜』と《平均律クラヴィーア曲集》」1998や、チェンバリスト鈴木雅明のCDライナーノートなどに限られているが、英語とドイツ語による論文が多数。
高橋 東悟(たかはし とうご、1961年10月22日 - 2… 高橋 東悟(たかはし とうご、1961年10月22日 - 2012年1月4日)は、日本の現代音楽の作曲家。 新潟県新発田市出身。尚美学園高等音楽院(現・東京ミュージック&メディアアーツ尚美)本科を中退後、武蔵野音楽大学音楽学部作曲科卒業。 これまでに作曲を嶋津武仁、田辺恒弥、田村徹、山崎正嗣に師事。 通算3度にわたる日本音楽コンクールの入賞・入選など多くの受賞歴を持ち、代表作の一つである『言霊・彼方なる淵より… ― for orchestra』(2000年)は、Asian Contemporary Music Festival in Seoul(2002年)にて再演されている。 1998年に作曲家集団グループNEXTを結成し、亡くなるまで代表者などを務めた。
関島 岳郎(せきじま たけろう、1961年10月10日 - … 関島 岳郎(せきじま たけろう、1961年10月10日 - )は、日本のジャズ音楽家、チューバ奏者。東京都出身。1980年代以降、ジャズを主体に多彩な活動を展開している。自身がメンバーとして参加しているバンドだけでも10以上に及ぶ。 中学時代、フォークソングを通して音楽に目覚める。高校時代、吹奏楽部に入部、チューバを始める。大学時代(1983年)、武蔵野音楽大学での棚谷祐一(元カーネーション)、北田かおる等とドレミ合唱団を結成。当初はギタリストだった。大学卒業後、 東京ディズニーランドのブラスバンドに入団。 1980年代後半 - JAGATARAの篠田昌已らとの知遇を得る。セッションを中心に多くのレコーディング、ライブに参加する。
横島 浩(よこしま ひろし、 (1961-06-28) 19… 横島 浩(よこしま ひろし、 (1961-06-28) 1961年6月28日(64歳) - )は、日本の現代音楽の作曲家、ピアニスト。長野県出身。 息子にNHK交響楽団第2ヴァイオリン次席の横島礼理がいる。 武蔵野音楽大学大学院修了。池本武、竹内邦光、田辺恒弥に作曲を学ぶ。 1988年「C.P.E.タイムス」で第5回日本現代音楽協会新人賞入選。1989年、『モードへのオードII』で第58回日本音楽コンクールに入選。1990年には、「インヴァッディオン」で 第7回日本現代音楽協会新人賞入選。 2005年、『グラーヴェより遅く』で2005年に第74回日本音楽コンクール作曲部門第1位受賞および明治安田賞受賞。
田辺 とおる(田辺 徹、たなべ とおる、1961年1月6日 … 田辺 とおる(田辺 徹、たなべ とおる、1961年1月6日 - )は、日本のオペラ歌手。神奈川県横浜市出身。 警察官の父と教師の母のもと育ち、4歳からピアノを習う。神奈川県立横浜翠嵐高等学校では新聞部に所属し、落語とフルートに熱中。大学か落語家かフルート奏者か悩んだ末、海外留学に憧れてオーストリアの音楽大学へ進学、3年次に声楽科へ転向し、さらにドイツの音楽大学で学ぶ。 1984年に帰国、武蔵野音楽大学を卒業し、銀座のドイツレストランで歌手デビューした。 1991年に国際ロータリー財団海外留学生として、再びオーストリアへオペラ留学。その後、ドイツのオペラハウスと専属契約を結び、外国人としては異例の年間最多150公演に出演。
杉山 直樹(すぎやま なおき、1961年 - )は日本の指揮… 杉山 直樹(すぎやま なおき、1961年 - )は日本の指揮者。埼玉県生まれ。ロマン派のオペラや交響曲を得意とする。 武蔵野音楽大学中退後ウィーン国立音楽大学トロンボーン科に留学。1983年以降、指揮者ヘルベルト・ケーゲル、また、ケーゲルの没後はクルト・レーデルに師事。音楽マネージメント、企業メセナ協議会に勤務した後、高崎芸術短期大学講師となるが解雇される。 ハンガリーのエルヌ・ドホナーニ管弦楽団、チェコのモラヴィアフィルハーモニー管弦楽団などのオーケストラに客演するほか、新国立劇場でのナクソス島のアリアドネ、その他にヘンゼルとグレーテルなどのオペラを指揮。指揮講習会では10年間にわたってレーデルのアシスタントをつとめる。
野澤 孝智(のざわ たかとも、1960年(昭和35年)7月2… 野澤 孝智(のざわ たかとも、1960年(昭和35年)7月22日 - )は、日本の音楽プロデューサー。東京都出身。GONZO名義で自身も歌手活動を行う。 武蔵野音楽大学声楽科卒業。ビクターエンタテインメントに入社後、SMAPをデビューから10年間担当したほか様々なアーティストの音楽プロデュースを手がけ、45歳で退社。 2007年、office727を設立し独立。関ジャニ∞のプロデュースやフェアリーズの2016年9月発売のシングル「クロスロード」の作曲など手がける。 2016年より自らアーティスト活動を始め、GONZOとして各地でライブ活動を展開。2017年8月にアルバム『The Barcony Cruise』を発売。
鍋島 佳緒里(なべしま かおり、1960年1月22日 - )… 鍋島 佳緒里(なべしま かおり、1960年1月22日 - )は、日本の現代音楽の作曲家。本名は鍋島 かほる(なべしま かおる)。 1960年東京生まれ。父は東京外国語大学ロシア語卒業後、スウェーデン資本企業勤務、母は武蔵野音楽大学音楽学部声楽科卒、全音楽譜出版社編集部勤務、という家庭に育つ。 3歳からピアノを始め、9歳から武蔵野音楽大学附属音楽教室にピアノ専攻で6期生として入室し、さらにソルフェージュ、合唱、打楽器、声楽も学ぶ。 留学経験はないが高校時代に、日本IBMが招聘したイギリス人英会話講師が自宅に数年間一緒に住んでいた語学環境を持つ。 最終的には武蔵野音楽大学 音楽学部作曲科を卒業後、1996年にサントリーホールブルーローズにて個展演奏会「鍋島佳緒里の世界」で作曲家デビュー。
小沢 純子(おざわ じゅんこ、1959年6月8日 - )は、… 小沢 純子(おざわ じゅんこ、1959年6月8日 - )は、日本のゲームミュージックの作曲家。埼玉県出身。血液型はAB型。あだ名は「ZUNKO(ずんこ)」「ZUNちゃん(ずんちゃん)」。あだ名は作品のクレジット名義にも使われている。 4歳の頃からピアノを習い、1983年に武蔵野音楽大学器楽学科卒業後、株式会社ナムコ(後のバンダイナムコエンターテインメント)入社。ナムコ入社を志した動機は、マイクロマウス大会のイベントにて、ニャームコに一目惚れしたためとしており、他に『ニューラリーX』の曲が好きだったことを動機にあげたこともある。入社試験には、お手製のニャームコバッジをつけて臨んだという。 ナムコで最初に作った曲は、新人研修においてとくにゲームを想定せずに作られたものであったが、開発陣からは「ゲームに使えない」と退けられた。
山口 邦子(やまぐち くにこ、1959年1月31日 - )は… 山口 邦子(やまぐち くにこ、1959年1月31日 - )は、日本のフルート奏者。平成音楽大学非常勤講師。日本フルート協会理事。熊本ユースシンフォニーオーケストラ指導者・理事長。 熊本市出身。武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科(フルート専攻)卒業。フルートを佐伯隆夫、清水信貴に師事。 武蔵野音大在学中、熊本にて「木管五重奏の夕べ」開催。 卒業時、東京に於いて日本フルート協会主催「第9回フルートデビューリサイタル」出演。 第21回熊本県新人演奏会出演。 「山口邦子フルートリサイタル」の他、ソプラノ、クラリネット、フルートそれぞれとのジョイントリサイタルなどを数多く企画、開催する。 1982年 熊本に帰り、熊本ユースシンフォニーオーケストラ指導者となる。
佐々木 典子(ささき のりこ、1958年 - )は、日本のソ… 佐々木 典子(ささき のりこ、1958年 - )は、日本のソプラノ歌手である。熊本県出身。
荻野 昇(おぎの のぼる、1957年7月19日 - )は、日… 荻野 昇(おぎの のぼる、1957年7月19日 - )は、日本のトロンボーン奏者。埼玉県出身。武蔵野音楽大学卒業。現在東京交響楽団首席奏者。東海大学講師。使用楽器はクルトワ。 所属事務所はハラヤミュージックエンタープライズ 1985年より、8回のリサイタルを東京(東京文化会館 等)にて行っている。 東京交響楽団第45回定期演奏会において武満徹の「ジェモー」(オーボエ、トロンボーン、2つのオーケストラ、2人の指揮者のための)を邦人初演する。 スウィート・ファンタジア・オーケストラの2枚のCDに参加している。 日本を代表する指揮者の岩城宏之よりオーケストラ・アンサンブル金沢のトロンボーン奏者としてエキストラを指名されたこともある。
武田 晃(たけだ あきら、1957年(昭和32年)5月 - … 武田 晃(たけだ あきら、1957年(昭和32年)5月 - )は、日本のトランペット奏者、指揮者。元陸上自衛官。2019年(令和元年)6月現在、武蔵野音楽大学および尚美ミュージックカレッジ専門学校非常勤講師。 山形県出身。山形県立新庄北高等学校を経て、1980年 武蔵野音楽大学卒業(トランペット専攻)。同年、陸上自衛隊に音楽科幹部要員として入隊し、陸上自衛隊のセントラルバンドである陸上自衛隊中央音楽隊に配属される。以後、同隊において演奏班長、教育科長などを務めるとともに、第2混成団音楽隊、第1音楽隊、東北方面音楽隊の隊長を歴任。2007年に中央音楽隊長に就任し、2017年に退官するまで務めた。 2019年6月現在、日本吹奏楽指導者協会会員、日本スーザ協会会長、21世紀の吹奏楽“響宴”実行委員会会員、アメリカン・バンドマスターズ協会名誉会員。
大谷 研二(おおたに けんじ、1956年4月22日 - )は… 大谷 研二(おおたに けんじ、1956年4月22日 - )は、日本の合唱指揮者。神奈川県出身。NHK東京児童合唱団常任指揮者、東京混声合唱団指揮者。活水女子大学音楽学部学術研究所教授。 1980年、武蔵野音楽大学を卒業した後、東京混声合唱団に入団。高階正光のもとで指揮法を学ぶ。1983年よりヨーロッパへ留学し、ストックホルムにてエリック・エリクソンに一年間師事した後、フランクフルト音楽大学合唱指揮科へ入学。ヘルムート・リリングなどに師事し、1987年に同大学を卒業。1989年に帰国。 1990年、東京混声合唱団のコンダクター・イン・レジデンスに就任し、1991年の東京混声合唱団第127回定期演奏会にて同合唱団の指揮者としてデビュー。
坪田 直子(つぼた なおこ、1956年〈昭和31年〉1月22… 坪田 直子(つぼた なおこ、1956年〈昭和31年〉1月22日 - )は、日本の女優。東京都渋谷区出身。元劇団東京キッドブラザース。 立教女学院高等学校を経て、武蔵野音楽大学中退。東京キッドブラザースの舞台「十月は黄昏の国」のヒロイン募集の広告を見たのがきっかけで、1975年3月に東京キッドブラザースに入団し、東由多加や柴田恭兵らとともに活躍する。1975年6月、舞台「十月は黄昏の国」でデビュー。 1984年、脳梗塞のため休業、その後大澤事務所所属の声優としてテレビやラジオのCM、ドキュメンタリーのナレーション等多数。McDonald、1984年ロサンゼルスオリンピックから、リクルート、Maxell、午後の紅茶、花王のバブ、キユーピーマヨネーズ、東急グループ、ヱビスビール、キリンビバレッジ、ケンタッキークリスマスバーレル、Kubota、ロッテ等のCMナレーションを担当。
田村 るみ(たむら るみ、1956年(昭和31年) - )は… 田村 るみ(たむら るみ、1956年(昭和31年) - )は、日本のヴァイオリニスト。徳島文理大学音楽学部講師。 武蔵野音楽大学大学院音楽研究科修士課程修了。武蔵野音楽大学音楽学部卒業。徳島県出身。 徳島県出身。武蔵野音楽大学音楽学部を卒業[要出典]。同大学大学院音楽研究科修士課程を修了。大学院修了後は徳島文理大学音楽学部の非常勤講師に就任[要出典]。 1981年(昭和56年)に徳島県芸術祭の巡回公演を行い、1982年(昭和57年)より移動音楽教室として徳島県内の小中学校で弦楽器の指導を行う[要出典]。 2010年(平成22年)には徳島県立阿波高等学校でオーケストラの指導を行った。またこれまでに日本弦楽指導者協会徳島県支部長などを歴任[要出典]。
佐々木 修(ささき おさむ、1955年1月15日 - )は、… 佐々木 修(ささき おさむ、1955年1月15日 - )は、日本の指揮者。
神津 栄子(こうづ えいこ、1954年10月12日 - )は… 神津 栄子(こうづ えいこ、1954年10月12日 - )は、日本のアナウンサー。旧姓、浅井(あさい)。 東京都大田区出身。静岡県立富士宮東高等学校、武蔵野音楽大学声楽科卒業。弟が2人いる。
藤重 佳久(ふじしげ よしひさ、1954年 - )は、日本の… 藤重 佳久(ふじしげ よしひさ、1954年 - )は、日本の吹奏楽指導者。 島根県浜田市音楽定住コーディネーター、石見音楽文化振興会吹奏楽研究推進室室長、島根県立大学客員教授、長崎県大村市音楽指導官。京都両洋高校吹奏楽部 音楽監督 精華女子高等学校、活水中学校・高等学校の吹奏楽指導者を歴任。全日本吹奏楽コンクールに21回出場し、金賞を10回受賞。全日本マーチングコンテストには20回出場し、金賞を19回受賞するなど、日本国内でトップレベルの吹奏楽指導者である。これらの実績から、特に九州地方において「吹奏楽のカリスマ」との異名をとる。2015年度に就任した活水高校吹奏楽部では就任7ヶ月後に創部初の全日本吹奏楽コンクール出場、2023年度に就任した京都両洋高校吹奏楽部では就任1年7ヶ月後に創部初の全日本マーチングコンテスト出場を果たしている。
宅間久善(たくま ひさよし、1953年8月18日 - )は、… 宅間久善(たくま ひさよし、1953年8月18日 - )は、日本のマリンバ、パーカッション奏者。 同じくミュージシャンの宅間善之(1979年生)、宅間政彰は息子である。 4歳の頃より工藤昭二に師事し、マリンバを習い始める。 5歳でNHKの『私の秘密』でデビューし「天才・宅間木琴兄弟」として、民放各局に多数出演していたこともある。 武蔵野音楽大学在学中は高橋美智子に師事。 大学卒業(首席)後、すぐにさだまさしのバックバンドグループに参加。さだまさしがソロになった第1回目のコンサート(1976年)以降3000回以上のステージを共にした。 2011年4月、さだまさしのサポートミュージシャンとしての活動を「予感+」ツアー終了をもって離れ、同じくさだのサポートミュージシャンである石川鷹彦とツアー活動を1年間限定で開始した。
風祭 ゆき(かざまつり ゆき、1953年8月15日 - )は… 風祭 ゆき(かざまつり ゆき、1953年8月15日 - )は、日本の女優。本名は長谷部 さより(旧姓・吉田)。東京都出身。夫は映画・ドラマの作曲家・編曲家である長谷部徹。 日活ロマンポルノの黄金期を支えた女優の1人。その後、一般映画やテレビ、舞台に活動の場を広げ、演技派女優として活躍した。株式会社グッドラックカンパニー所属。 東京都立戸山高等学校卒業。武蔵野音楽大学短期大学部声楽科卒業。 1973年(昭和48年)(20歳)、NET『非情のライセンス』(天知茂主演)で「吉田さより」の女優名で一般女優として芸能界デビュー(ドラマデビュー)。音大卒業後の1977年(昭和52年)(24歳)、新藤兼人監督の映画『竹山ひとり旅』で映画デビュー。
山本 宏子(やまもと ひろこ、1953年 - )は、日本の音… 山本 宏子(やまもと ひろこ、1953年 - )は、日本の音楽教育学者、民族音楽学者、岡山大学教授。アジアを中心としたユーラシアの太鼓文化の比較研究に従事。小泉文夫、山口修に師事。フィールドは、中国福建省・青海省、インドネシア・バリ、南インド、チベット、ブータン、アイルランド、ドイツ、ポーランド、トルコほか、日本各地。 神奈川県生まれ。武蔵野音楽大学音楽学部 音楽学学科卒業。同大学院音楽学専攻修了。芸術学修士(武蔵野音楽大学)、博士(文学、大阪大学、論博)。東京国立文化財研究所芸能部調査員、文化庁文化財部伝統文化課調査員、京都文教大学、慶應義塾大学、早稲田大学などの非常勤講師をへて、2003年から岡山大学教育学部教授。
宮澤 一人(みやざわ かずと、1952年11月11日 - )… 宮澤 一人(みやざわ かずと、1952年11月11日 - )は日本のクラシック音楽の作曲家。2004年作曲の『主題の無い7つの変奏曲』が第73回日本音楽コンクール第1位等、受賞及び入選歴多数。 昭和52年武蔵野音楽大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。同年4月より徳島大学教育学部助手から同大学総合科学部教授まで昇進。現在、同大学総合科学部名誉教授。 非常に職人芸を徹底したエクリチュールと現場主義のオーケストレーションで知られる。管楽器を最初に履修した故か、サウンドヴィジョンが明確なのも特徴。戦後前衛以後のイディオムを参照しているとはいえ、恐らくカール・アマデウス・ハルトマンやピーター・メニンといったシンフォニストの響きも念頭に置かれている。
新垣 勉(あらがき つとむ、 (1952-11-06) 19… 新垣 勉(あらがき つとむ、 (1952-11-06) 1952年11月6日(73歳) - )は、沖縄県出身のテノール歌手、バプテスト教会牧師。 沖縄県中頭郡読谷村で、在日米軍人であったメキシコ系アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれる。出生後まもなく、助産師に目を洗浄する点眼薬ではなく家畜を洗う為の劇薬を点眼される不慮の事故で全盲となる。1歳の時に両親が離婚し、父親は帰国。母親は再婚したため、母方の祖母に育てられる。その際、祖母を母親と、実の母親を姉と言い聞かされながら育てられた。祖母は貧しい中、来客を気前よくもてなし、孫の眼球を舐めて治そうとしたり「私の眼をあげられたらいいのに」と言うなど愛情深い人だったが、盲目の孫が人前に出ないように言いつけていた。
橋本 一子(はしもと いちこ、1952年7月1日 - )は、… 橋本 一子(はしもと いちこ、1952年7月1日 - )は、兵庫県神戸市出身のピアニスト。藤本敦夫は夫。 幼少時に神戸を離れ、熊本を経て東京へ。東京都立上野高等学校卒業後、武蔵野音楽大学へ進み、在学中から音楽活動を始める。1980年には矢野顕子の産休中、YMO初の国内ツアー、「TECHNOPOLIS 2000-20」をサポート。その後、藤本敦夫とのユニット「カラード・ミュージック (Colored Music)」での活動を経て、ソロ・アルバムをリリースする一方、谷山浩子のアルバム・プロデュースや渡辺香津美MOBOバンドへの参加をはじめ、多数のアーティストと競演、映画、CMの音楽担当のほか、映画出演や小説執筆など活動範囲は多岐にわたる。
大和田 りつこ(おおわだ りつこ、1952年1月17日 - … 大和田 りつこ(おおわだ りつこ、1952年1月17日 - )は、日本の童謡歌手、声楽家、声優。本名大和田律子(読み同じ)。神奈川県出身。 武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科卒。 1972年、NHKのこども番組に「歌のおねえさん」としてデビュー。NHK『たのしいきょうしつ』、『ワンツー・どん』、『できるかな』、TBS『ワンツージャンプ!』などに出演。 一樹和美(かずきかずみ)のペンネームで幼児番組の構成、作詞作曲も行う。 1992年、第22回日本童謡賞・特別賞を受賞。 第10回日本文化音楽フェスティバル童謡部門グランプリ受賞。
兼崎 順一(かねざき じゅんいち、1950年5月9日 - )… 兼崎 順一(かねざき じゅんいち、1950年5月9日 - )は、日本のトランペット、フリューゲルホルン奏者。主にスタジオ・ミュージシャンとして数多の作品に参加している。栃木県出身。出身地である矢板市のふるさと大使も務める。 矢板中学校在学時、吹奏楽部に入部したことが音楽との最初の出会いであり、後に音楽活動を始めるきっかけとなった。 武蔵野音楽大学在学中よりプロとして活動を始め、1979年からはブラス・ロックグループ ″スペクトラム″ に参加し、およそ2年間メンバーとして活躍。演奏のみならず、多くの楽曲で作詞、作曲、編曲も手掛けた。 愛称である ″ドンペイ″ の由来は、渡辺茂樹が在籍するバンド ″ロックンロールサーカス″ が解散して ″ビート・オブ・パワー″ が結成された際に兼崎が加入し、渡辺がメンバーの名前を覚えるのが面倒だったために愛称を決めようと提案したことから来ており、兼崎がよく酒を飲んでいたことから、″のんベえ=呑兵衛″ を別読みにした ″ドンペイ″ になったという。
吉澤 実(よしざわ みのる、1950年 - )はリコーダー奏… 吉澤 実(よしざわ みのる、1950年 - )はリコーダー奏者。静岡県静岡市(御前崎町生まれ)出身。 武蔵野音楽大学卒業後、1976年、オルフ・インスティテュートをドイツ学術交流会(DAAD)奨学生として修了。1977年、モーツァルテウム音楽大学リコーダー科をオーストリア政府奨学生として卒業(Solist Diprom)。リコーダーをフェリチタス・ケールドルファ、ワルター・ヴァーグマン、フルートを播博、佐伯隆夫、斉藤賀雄、ヘルムート・ツァンガレ、ルネ・ル・ロワ、古楽演奏法をニコラウス・アーノンクールに師事。指揮法を甲斐正雄に師事。オルフ・インスティテュート修了後、モーツァルテウム管弦楽団、オーストリア現代音楽アンサンブル、古楽アンサンブルのフルート奏者を務め、ザルツブルク現代音楽祭ASPEKT、オルフ、シュトックハウゼン、アーガー、カラヤン、ヌレエフの公演に参加する。
杉尾 登志光(すぎお としみつ、1950年〈昭和25年〉 -… 杉尾 登志光(すぎお としみつ、1950年〈昭和25年〉 - )は、日本のバリトン歌手。宮崎県宮崎市出身。徳島県を拠点とするクラシック音楽の声楽家、音楽指導者。NPO法人オペラ徳島代表。 宮崎県宮崎市出身。武蔵野音楽大学音楽学部声楽科を卒業。1977年に徳島文理大学音楽学部の非常勤講師に就任した。これまでに声楽を畑中良輔、大久保昭男、古川卓一、藤田昌克、牛腸征司、伊豆山教恵に師事した。森正指揮九州交響楽団によるベートーヴェン作曲「交響曲第9番」の独唱によってバリトン歌手としてデビューした。1995年、鳴門市ドイツ館で行われた国際平和フェスティバルで、徳島県有数の声楽家としてドイツリートと反戦歌「原爆を許すまじ」を歌った。
吉原すみれ(よしはら すみれ、1949年12月15日 - )… 吉原すみれ(よしはら すみれ、1949年12月15日 - )は、日本の打楽器奏者。武蔵野音楽大学教授。ヨーロッパ、日本を中心に国際的に活躍している。ソリストとしての活動のほか、アンサンブル・ヴァン・ドリアン、トライアングル・ミュージック・ツアー、アンサンブルタケミツなどアンサンブル活動も行う。 東京生まれの横浜育ち。幼少期に工藤昭二に師事しマリンバを習得。高校時代には小宅勇輔に師事。1968年捜真女学校高等学部卒業。 東京芸術大学音楽学部器楽科にて有賀誠門に打楽器一般を、高橋美智子にマリンバを師事。東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。1972年、東京芸術大学大学院在学中にジュネーヴ国際音楽コンクール打楽器部門で優勝し、各部門のグランプリであるプリ・アメリカン賞を受賞する。
平野 昭(ひらの あきら、1949年9月21日 - )は、日… 平野 昭(ひらの あきら、1949年9月21日 - )は、日本の音楽学者、静岡文化芸術大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。1979年武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻修了。東京工学院芸術専門学校講師、尚美学園短期大学助教授、1996年沖縄県立芸術大学助教授、教授、2000年静岡文化芸術大学教授、同名誉教授、慶應義塾大学文学部教授。2015年退任。 研究領域は西洋音楽史と音楽美学。古典派とロマン派音楽の様式研究を中心とし、特にベートーヴェン研究をライフワークとしている。
川辺 真(かわべ しん、1949年6月19日 - )は、日本… 川辺 真(かわべ しん、1949年6月19日 - )は、日本の作曲家、編曲家。武蔵野音楽大学名誉教授。ペンネームに風戸 慎介(かざと しんすけ)があり、その名でも知られる。 静岡県静岡市出身。1968年、静岡県立静岡高等学校卒業。武蔵野音楽大学作曲科卒業。アメリカ・ロチェスター大学イーストマン音楽院大学院修了。クラウス・プリングスハイム、田村徹、サミュエル・アドラー、ジョセフ・シュワントナーに師事。テレビ・映画などにおける作品多数。作詞家である小椋佳の詞の作曲・編曲がある。
竹本 義明(たけもと よしあき、1949年 - )は、日本の… 竹本 義明(たけもと よしあき、1949年 - )は、日本のトランペット奏者、教育者。名古屋芸術大学学長などを務めた。アートマネジメント研究者。 北海道函館市生まれ。1967年に北海道函館中部高等学校を卒業し、1972年に武蔵野音楽大学音楽学部器楽科を卒業して、名古屋フィルハーモニー交響楽団に入団した。 1989年に交響楽団を退団して名古屋芸術大学非常勤講師となり、1992年に助教授となった。 1994年には、古楽器修得を目的として、イギリスの王立音楽大学への研究留学した。 1999年に教授に昇任し、2001年に音楽学部長、2004年に副学長(学校法人名古屋自由学院理事、評議員)、2007年に学生部長、2009年に生涯学習センター長などを歴任し、2010年に学長となった。
岡崎 耕治(おかざき こうじ、1949年 - )は、日本のフ… 岡崎 耕治(おかざき こうじ、1949年 - )は、日本のファゴット奏者。東京芸術大学招聘教授・元NHK交響楽団首席。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
宮崎幸夫 (みやざき ゆきお、1948年9月8日 - ) は… 宮崎幸夫 (みやざき ゆきお、1948年9月8日 - ) は、日本のピアニスト、編曲家、ピアノコンクール主催者。南米のクラシック音楽の普及に努める。日本ピアノ研究会会長。 幼少より、小林孝典、織田久男に師事。1973年、武蔵野音楽大学ピアノ科卒業。同大学で田村明子、F・シュトレイラー、ヴラド・ペルルミュテールに師事。 専攻科修了後、同大学講師(-1996)を務める。 1976年から1979年までフランス・パリ留学。ヴィラ=ロボスの親友であり、ガブリエル・フォーレ、アルフレッド・コルトーの高弟でもあるピアニストマグダ・タリアフェロに師事し、その才能を認められ、マスタークラスの助手として勤める。その間イタリアでグィド・アゴスティー、イギリス・ロンドンにてルイス・ケントナーに薫陶を受ける。
斉田 好男(さいだ よしお、1948年3月29日 - )は、… 斉田 好男(さいだ よしお、1948年3月29日 - )は、日本の指揮者。長野県松本市出身、兵庫県明石市在住。神戸大学名誉教授。 長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。高校時代に小澤征爾のコンサートを聴いて指揮者の道を志す。武蔵野音楽大学卒業後、同大学院音楽研究科修士課程修了。同大学研究員を経て、1975年10月、神戸大学教育学部助手として着任。以後、神戸大学・同大学院の教授(指揮法・アンサンブル法他)・学内の役職等を歴任し、2012年3月をもって退官、同大学名誉教授となる。指揮法を齋藤秀雄、高階正光、トロンボーンを山本正人、坂本辰則、木下利男に師事。 指揮者としては、「オールラウンド指揮者」としてオペラ・管弦楽から吹奏楽・合唱まで幅広いレパートリーを持ち、特にロマン派及び邦人作品を得意としている。
柳田 孝義(やなぎだ たかよし、1948年3月27日 - )… 柳田 孝義(やなぎだ たかよし、1948年3月27日 - )は、日本の作曲家。 1948年北海道札幌市生まれ。北海道札幌北高等学校を経て、武蔵野音楽大学・同大学院で作曲をクラウス・プリングスハイムに師事。ミュンヘン音楽大学で作曲をハラルド・ゲンツマーに学ぶ。 1969年、第38回日本音楽コンクール作曲部門第1位作曲賞を受賞。オーケストラ・プロジェクトのメンバーとして第52回・第54回の2回文化庁芸術祭優秀賞を受賞。2006年、吹奏楽曲「西風の肖像」で第1回フランク・ティケリ国際作曲コンテスト(The First Frank Ticheli Composition Contest、ニューヨーク)第3位入賞(カテゴリー2)。
菅原 茂(すがわら しげる、1947年〈昭和22年〉10月 … 菅原 茂(すがわら しげる、1947年〈昭和22年〉10月 - )は、日本の指揮者、チューバ奏者。陸上自衛官。武蔵野音楽大学卒業(1974年)。 北海道出身。北海道富良野高等学校卒業。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
白井 光子(しらい みつこ、1947年(昭和22年)5月28… 白井 光子(しらい みつこ、1947年(昭和22年)5月28日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノ、ソプラノ、アルト)、音楽教育者。主にドイツ歌曲の歌唱で国際的に高い評価を得ている。ソプラノとメゾの両方の声域を持ち、アレッサンドロ・スカルラッティ、J.S.バッハ、モーツァルト、ルイ・シュポーア、シューベルト、シューマン、ヴォルフ、ブラームス、マーラー、ベルク、シェーンベルク、ヴェーベルンなどドイツ・オーストリアを中心に音楽史全般にわたる幅広いレパートリーを持つ。レコーディングも非常に数多い。 長野県南佐久郡臼田町(現:佐久市)生まれ。1972年(昭和47年)武蔵野音楽大学卒業後、3か月でドイツ語を学び、同年に奨学金でシュトゥットガルト音楽大学に留学。
小宮 圭子(こみや けいこ、1947年(昭和22年) - )… 小宮 圭子(こみや けいこ、1947年(昭和22年) - )は、日本のソプラノ歌手。四国二期会正会員。元徳島文理大学音楽学部非常勤講師。武蔵野音楽大学音楽学部卒業。徳島県阿波市出身。 徳島県阿波市出身。徳島県立阿波高等学校卒業。高校卒業後は武蔵野音楽大学音楽学部声楽コースに進学し、大学を卒業後は四国二期会に所属した。 四国二期会では1996年(平成8年)の「カルメン」と「フィガロの結婚」、1997年(平成9年)の「魔笛」でそれぞれ音楽監督を務め、「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッツァ役などでオペラに出演した。 また徳島文理大学音楽学部非常勤講師や徳島県立名西高等学校芸術科講師などを務めたほか、徳島県内で日本クラシック音楽コンクール等の審査員や合唱団の指導を務めた。
瀬端 優美子(せばた ゆみこ、1944年10月28日 - )… 瀬端 優美子(せばた ゆみこ、1944年10月28日 - )は、日本の童謡歌手。おかあさんといっしょ(当時はうたのえほん)、7代目うたのおねえさんである。群馬県生まれ。3人姉弟(妹1人、弟1人)の長女。血液型はO型。 1967年、瀬端は6代片桐和子とともにオーディションに合格。しかし、その当時、5代中川順子が番組に出演中であったため、片桐が先にうたのおねえさんを務めることになった。同年7月に中川が番組を卒業。そして8月より、7代目うたのおねえさんとして番組に出演。以来、2年8ヶ月番組に出演し、1970年3月に卒業。片桐も同様に70年3月までとされているが、妊娠し、3月11日の出演を最後に緊急手術のために急遽番組を降板したので、瀬端より若干早い卒業であった。
伊藤 泰世(いとう やすよ、1943年6月18日 − 200… 伊藤 泰世(いとう やすよ、1943年6月18日 − 2006年10月13日)は、日本のホルン奏者。
船山 紘良(ふなやま ひろよし、1943年(昭和18年)6月… 船山 紘良(ふなやま ひろよし、1943年(昭和18年)6月 - )は、日本の指揮者、トロンボーン奏者。陸上自衛官。山形県出身。 武蔵野音楽大学でトロンボーンを専攻。在学中、第35回日本音楽コンクールにおいて、管楽器部門第3位入賞。卒業後、群馬交響楽団に入団し約5年間首席トロンボーン奏者として在籍。1972年(昭和47年)音楽隊長要員として陸上自衛隊に特別採用され指揮者に転向。第13音楽隊長、東部方面音楽隊長、北部方面音楽隊長、中央音楽隊副隊長を経て、1992年(平成4年)8月から1995年(平成7年)8月まで第10代中央音楽隊長(2等陸佐)を最後に退官。1996年(平成8年)3月から1年間、中央音楽隊音楽監督を務めた。
降矢 美彌子(ふりや みやこ、1943年2月19日 - 20… 降矢 美彌子(ふりや みやこ、1943年2月19日 - 2018年12月16日)は、日本の音楽教育学者、ピアニスト、合唱指揮者。宮城教育大学名誉教授。 福島コダーイ合唱団を1987年に創立、ハンガリーに4回の演奏旅行の他、オランダ・フィンランド・アメリカ・フィリピン・マレーシアでも演奏会を行った。小学校から大学において多文化音楽教育の先進的実践研究を推進。1987年からハンガリーの作曲家クルターグ・ジェルジュの研究を進め『クルターグ』を執筆中(2016年9月現在)。博士(学術)。2012年9月、ハンガリーの首都ブダペシュトのコダーイ記念博物館にてプロ・クルトゥーラ・フンガリカ賞受賞。福島コダーイ合唱団の音楽監督・常任指揮者。
中川 順子(なかがわ じゅんこ、1942年7月13日 - )… 中川 順子(なかがわ じゅんこ、1942年7月13日 - )は、日本の童謡歌手。NHK『おかあさんといっしょ』(当時は『うたのえほん』)の5代目うたのおねえさんである。東京都練馬区生まれ。武蔵野音楽大学声楽科卒業。血液型はB型。 夫は、鈴木寛一。 本名・鈴木順子。 1964年10月 - 1967年7月の2年10か月間、うたのおねえさんを務めた。4代目の水谷玲子とは高校時代からの友人であり、水谷の番組出演を見てうたのおねえさんに興味を持ち、スタジオに見学に行った際に当時のプロデューサーにオーディションへの参加を勧められる。その後オーディションを受けて採用され、5代目うたのおねえさんとなった。 1989年春に行われた番組30周年記念コンサート『おかあさんといっしょ30周年記念ファミリーコンサート おかあさんといっしょ30年』には、歴代のうたのおねえさんの一人として出演している。