谷田部 透湖(やたべ とうこ、1991年4月24日 - )は… 谷田部 透湖(やたべ とうこ、1991年4月24日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。栃木県出身。主な参加作品は『龍の歯医者』、『ゲゲゲの鬼太郎』第6期、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』など。 幼い頃より絵を描くことが好きであり、中学3年生の頃から漫画やアニメに関わる仕事をしたいと意識し始める。 2010年、武蔵野美術大学映像学科に入学し、手書きアニメーションを中心に映像制作を始める。大学卒業時に卒業制作として『木の葉化石の夏』を制作し、卒業制作展では優秀賞を、TOHOシネマズ学生映画祭ではショートアニメーション部門で準グランプリを受賞する。 卒業後アニメ制作会社のカラーに入社し、同社の動画検査を務める村田康人のもとで学びながら動画マンとして働く。
阿比留 隆彦(あびる たかひこ、1980年 - )は、日本の… 阿比留 隆彦(あびる たかひこ、1980年 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。2021年現在、スタジオカフカに所属している。 武蔵野美術大学にて日本画を学び、2004年に動画工房に動画マンとして所属した。2006年にはマッドハウスに所属し、『時をかける少女』および『パプリカ』の動画検査を担当。2007年には『DEATH NOTE』にて初めて原画を手がけた。2010年には『逆境無頼カイジ 破戒録篇』で初めて作画監督を務め、2011年から3年間にわたり『HUNTER×HUNTER』にて作画監督を担当した。2019年には『ヴィンランド・サガ』にて初めてキャラクターデザインおよび総作画監督を務めた。
西岡 純也(にしおか じゅんや、1977年7月1日 - )は… 西岡 純也(にしおか じゅんや、1977年7月1日 - )は日本の映像作家、アニメーション作家、CGクリエイター。静岡県焼津市出身。血液型B型。 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。ミュージックビデオ、CM、企業映像制作、CGアニメーション、手描きアニメーション、漫画、絵本、 パッケージ(CD)ジャケトデザインなど幅広く活動している。 武蔵野美術大学入学後に独学でCGを学び、CGデザイナーズユニットAmorphousを結成するなど制作活動を始める。 うるうる泣く姿、前向きにがんばり続ける健気なチワワキャラクターが話題となる。 その後も長きにわたりシリーズ化されチワワブームを牽引する。
加藤 道哉(かとう みちや、1972年 - )は、男性アニメ… 加藤 道哉(かとう みちや、1972年 - )は、男性アニメーション監督・撮影監督・演出家。有限会社サイクロングラフィックス代表取締役。愛知県名古屋市出身。 武蔵野美術大学、視覚伝達デザイン学科卒。CF、PV、大型特殊映像等のディレクターを経て、2002年にサイクロングラフィックスを設立。 『おでんくん』や『美肌一族』などのユニークでシュールなアニメ作品を監督として手がける一方、撮影監督、CGディレクターとしては『パプリカ』など、写実性とアニメーションとの調和に様々なこだわりを見せる。 名古屋の味噌カツ店「矢場とん」社長の鈴木拓将は中学時代の同級生で、二人が飲んだときの会話がきっかけとなり、『大須のぶーちゃん』が制作された。
小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本の… 小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本のアニメ監督、CGI監督、デザイナー、実業家。株式会社カラー取締役。新潟県柏崎市出身。武蔵野美術大学大学院造形研究科日本画コース修了。 マットペインターとして映画の世界に入り、CGアーティストを経てスタジオカラー参加。 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』よりCGI監督、デザインワークス等を務める。 2017年7月、カラー・麻生塾・ドワンゴの3社で福岡に設立した、3DCGアニメスタジオ「プロジェクトスタジオQ」の取締役に就任。 2018年12月、ドワンゴ・KADOKAWA・カラー・インクストゥエンター・アソビシステムの5社で設立したバーチャルアニメ&キャラクタースタジオ「リド」の取締役に就任。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は… 京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は、日本のアニメ演出家・監督。株式会社レイジングブル取締役、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。大阪府出身。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。 中野裕之のPVに影響を受け、武蔵野美術大学でビデオアートを学び、卒業後サルブルネイにグラフィックデザイナーとして入社。退社後『新世紀エヴァンゲリオン』を観てガイナックスのアルバイトに応募し、ゲーム班に配属される。ガイナックスを辞めたあとグループ・タックに入社し、『キョロちゃん』の各話演出として演出家デビューした。 その後、同僚に誘われボンズに移り、『ラーゼフォン』の制作に参加。出渕裕監督を補佐し、その流れで劇場版『ラーゼフォン 多元変奏曲』で監督デビューを果たす。
石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - … 石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - )は、日本の映像作家・映画監督・アニメ監督・脚本家。株式会社ナイスレインボー代表取締役。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、東北新社に入社。CMディレクターとして勤務しながら、映画制作を開始。初監督作品『8月の約束』でゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭ビデオ部門グランプリを受賞。劇場映画デビュー作は『鮫肌男と桃尻女』(望月峯太郎原作/浅野忠信主演)。以降、『PARTY7』『茶の味』(2004年/カンヌ国際映画祭監督週間オープニング作品)などを監督。アニメーション作品では『REDLINE』(原作・脚本・音響監督)や『SHORT PEACE「GAMBO」』(原作・脚本・クリエイティブディレクター)を手がけ、『キル・ビル Vol.1』ではアニメパートの演出を担当。
保田 克史(ぼうだ かつし、1964年10月7日 - )は、… 保田 克史(ぼうだ かつし、1964年10月7日 - )は、日本のストップモーション・アニメーション(立体アニメーション)作家。ロボットパルタなどで知られている。 1964年、千葉県生まれ。 1987年に武蔵野美術短期大学工芸デザインを卒業する。在学中もストップモーション・アニメーションの自主制作を行っていた。 株式会社スリー・ディーに入社し、その後フリーランスとして活動。立体アニメーション、2Dアニメーション、オブジェなどを中心に、テレビ番組やテレビCM、グラフィック広告などの制作等を手掛ける。 1991年に製作された岡本忠成監督作品『注文の多い料理店』にアニメーターとして参加する。 1994年よりNHK教育テレビ(Eテレ)の5分間のミニ番組『プチプチ・アニメ』枠で「ロボットパルタ」を製作し、放映される。
今 敏(こん さとし、1963年〈昭和38年〉10月12日 … 今 敏(こん さとし、1963年〈昭和38年〉10月12日 - 2010年〈平成22年〉8月24日)は、日本のアニメ監督、漫画家。鰐淵 良宏(わにぶち よしひろ)名義を使用することもある。北海道札幌市生まれ、釧路市出身。アニー賞生涯功労賞(ウィンザー・マッケイ賞)受賞者。 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。 PANTA& HAL、PARACHUTEなどの活動で知られるギタリストの今剛は実兄。 新作『夢みる機械』準備中の2010年8月24日に膵臓癌で死去。享年46。 北海道釧路市(出生地は札幌市)出身。父の転勤により4歳から小学4年生までを釧路、小学4年生から中学2年生までを札幌、中学3年生から高校3年生までを再び釧路で過ごす。
山室 直儀(やまむろ ただよし、1960年 - )は、日本の… 山室 直儀(やまむろ ただよし、1960年 - )は、日本のアニメーター。神奈川県小田原市に生まれる。武蔵野美術大学 デザイン学部 芸能デザイン学科(現・空間演出デザイン学科)卒業。進藤プロダクションでアニメーション制作の修行を積む。その後独立し、東映アニメーション専属アニメーターとなる。若い頃より、多くの作品で作画監督を務めた。2015年4月18日公開の映画『ドラゴンボールZ 復活の「F」』では、監督と作画監督を兼任した。この作品は、「第39回 日本アカデミー賞 優秀アニメーション作品賞」を受賞した。少林寺拳法四段。 初期には『天使のたまご』や『天空の城ラピュタ』といった映画作品にてアニメーターとして参加した。
黒坂 圭太(くろさか けいた、1956年-)は日本のアニメー… 黒坂 圭太(くろさか けいた、1956年-)は日本のアニメーション作家。武蔵野美術大学教授。東京都出身。 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。映画監督の松本俊夫に師事する。 「変形作品」シリーズでデビュー。 1985年「変形作品第二番」が第8回ぴあフィルムフェスティバルにて入選。1996年にMTVステーションID優秀賞を受賞した「パパが飛んだ朝」はアヌシー国際アニメーション祭、オタワ国際アニメーションフェスティバルにて共に部門賞1位を獲得。 コラージュ、ドローイング、写真や立体等様々な技法を使用した抽象的なアニメーションを制作する一方、商業アニメーションも手がけるなどその作風は多彩である。主要作品は世界中の映画祭に招待出品されており、番組スポットやライブアニメーションイベント、漫画の監修を務めるなど、幅広い活躍を見せている。
鈴木 孝義(すずき たかよし、1951年9月11日 - )は… 鈴木 孝義(すずき たかよし、1951年9月11日 - )は日本のアニメ監督、演出家である。神奈川県小田原市出身。 武蔵野美術大学卒業後、日本アニメーションに入社。世界名作劇場作品などを始め数々の日アニ作品でキャリアを積んだ。「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー」で監督デビューし、90年代は多くの作品で監督を務めた。2005年には長い間関わり続けていた日本アニメーションを退社し、フリーとなり活動している。 妻は子供服専門店「こねこねこ」の経営者である鈴木子猫。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
窪田 忠雄(くぼた ただお、1943年9月20日 - )は、… 窪田 忠雄(くぼた ただお、1943年9月20日 - )は、日本のアニメーション美術監督。元ムクオスタジオ所属。北海道出身。 武蔵野美術大学卒業後、アニメーション美術の世界に入る。現代制作集団などに所属し『ルパン三世』などの背景に関わった後、同窓の椋尾篁と出会い、ムクオスタジオに入社。椋尾との共作『銀河鉄道999』『三国志』をはじめ、多数の劇場作品やテレビシリーズの美術監督を務める。特に1980年代後半から1990年代には、東映動画(現東映アニメーション)の代表的な作品(『聖闘士星矢』、『美少女戦士セーラームーン』シリーズ、劇場版『ドラゴンボールZ』シリーズ)の美術統括責任者を長らく務め、ムクオスタジオにとどまらず東映動画の美術スタッフの育成にも貢献した。
角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5… 角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5日 - 2014年〈平成26年〉1月14日)は、日本のアニメーター。教授や講師として世界各国で後進の育成に励んだ。 1939年(昭和14年)2月5日、北海道釧路市に生まれる。1963年(昭和38年)、武蔵野美術大学油絵科を卒業した後、同年に東映動画へ入社した。同社では『デビルマン』、『マジンガーZ』、『銀河鉄道999』、『サイボーグ009 超銀河伝説』、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』、『オーディーン 光子帆船スターライト』、『トランスフォーマー ザ・ムービー』などの原画、作画監督、キャラクターデザインを手掛けるなど数多くのアニメーション制作に携わった。
平田 敏夫(ひらた としお、1938年2月16日 - 201… 平田 敏夫(ひらた としお、1938年2月16日 - 2014年8月25日)は、日本のアニメーター、アニメーション演出家、アニメ監督、映画監督である。ニックネームはポンさん。 山形県天童市に生まれる。武蔵野美術大学卒業の1960年、東映動画(現:東映アニメーション)に入社。東映動画時代は、森康二の班に配属されてアニメーター(原画マン・動画マン)として、同社の『わんぱく王子の大蛇退治』などの作画を担当した。4年間の動画マン生活の後、東映動画のテレビアニメ『狼少年ケン』で原画デビューし、虫プロへ移籍。虫プロではアニメーターとして原画を描いていたが、『鉄腕アトム』で演出家デビューした。演出については山本暎一から学ぶ。
椋尾 篁(むくお たかむら、1938年1月1日 - 1992… 椋尾 篁(むくお たかむら、1938年1月1日 - 1992年6月9日)は、長崎県佐世保市出身のアニメーション美術監督。武蔵野美術学校洋画科卒。元ムクオスタジオ主宰。“光と影と質感の詩人”の異名を持つ。 生家は代々平戸藩お抱えの焼物店だったが、本人曰く、自身が生まれた1938年頃に閉店したとのこと。高校卒業後は大阪に出て凸版印刷に就職するが、だんだん仕事に違和感を感じてきたということで2年ほどで退職。思い返せば子供の頃から絵を描くことが好きだったことから、やはり将来は絵をやっていこうと思い立って武蔵野美術学校に進学。しかし美術学校を出てもすぐに仕事は見つからず、同じ武蔵野美術学校の1年先輩でもある半藤克美に相談したところ「自分の所で仕事しないか」と誘われて虫プロダクションで仕事を始める。
川本 征平(かわもと しょうへい、1938年 - 2023年… 川本 征平(かわもと しょうへい、1938年 - 2023年10月15日)は、日本の男性アニメーション美術監督、アトリエローク元代表取締役、杉並アニメ振興協議会会長である。島根県出身。 広島県立広島工業高等学校建築科卒業後、地元の建設会社に就職するが、数ヶ月で退職する。姉夫婦を頼って大阪に移り、美術系の大学に進学するため関西美術院でデッサンなどを学ぶ。武蔵野美術学校に入学後、上京する。 卒業後はアルバイトでピー・プロダクションに入り、アニメの背景を描き始める。その後、武蔵野美術学校の同期である半藤克美(スタジオユニ創業者)に誘われ、東京ムービーに入社。美術のみならず、藤岡豊のアシスタントとして営業にも同行した。
紺野 修司(こんの しゅうじ、1933年12月3日 - 20… 紺野 修司(こんの しゅうじ、1933年12月3日 - 2013年5月12日)は、日本の画家、元・アニメーター、アニメーション演出家。主体美術協会会員。1957年北海道美術協会主催第32回道展知事賞。東映動画のアニメーター、虫プロダクションの初のテレビアニメ「鉄腕アトム」の原画担当者・演出家としても知られる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小林 七郎(こばやし しちろう、1932年8月30日 - 2… 小林 七郎(こばやし しちろう、1932年8月30日 - 2022年8月25日)は、北海道常呂郡置戸村(現・置戸町)出身の日本のアニメーション美術監督。小林プロダクション元代表取締役。神戸芸術工科大学客員教授。 北海道の寒村の7人兄弟に生まれる。幼少期は自然よりも人間や動物や兵器のほうをよく描いていたが、中学生から自然の風景を描き始める。武蔵野美術大学卒業後、小学校の美術教師を経て1964年に東映動画入社、1967年に現代製作集団に移籍。1968年に小林プロダクションを設立。『ど根性ガエル』、『ガンバの冒険』、 『元祖天才バカボン』、『あしたのジョー2』、『侍ジャイアンツ』、『ルパン三世 カリオストロの城』、『魔法の天使クリィミーマミ』、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、『天使のたまご』、『お伽草子』などの作品で美術監督を歴任した。
みたらし 三大(みたらし さんた、本名:杉山 佑太〈すぎやま… みたらし 三大(みたらし さんた、本名:杉山 佑太〈すぎやま ゆうた〉、12月25日 - )は、日本の漫画家、アニメーター。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。2024年より『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて、たけぐし一本原作による『しのびごと』を連載し、漫画を担当している。 松本第一高等学校美術工芸コースを卒業後、武蔵野美術大学デザイン情報学科を卒業。その後、大手映像プロダクションでCMディレクターを務めた。2017年11月、受賞歴がない状態で漫画家としてデビューを果たす。『アメノフル』の掲載が決定したことにより、会社を休職し漫画家として活動している。 2021年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)20号から41号まで『アメノフル』を連載する。
宮尾 佳和(みやお よしかず、生年不詳)は、日本の男性メカニ… 宮尾 佳和(みやお よしかず、生年不詳)は、日本の男性メカニックデザイナー、アニメーション演出家、アニメーション監督。長野県長野市出身。長野県長野南高等学校、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。NHKアートデザイン部、テレビグラフィックデザイナー、アニメスタジオを経てフリー。
森山 瑠潮(もりやま るしお)は、日本のアニメーション演出家… 森山 瑠潮(もりやま るしお)は、日本のアニメーション演出家。島根県松江市出身。 武蔵野美術大学映像学科卒業。 在学中に、武蔵野美術大学映像学科のメンバーを中心に自主制作アニメチーム「うぐいす工房」を結成。卒業後も活動を継続し、2023年9月に株式会社うぐいす工房を設立して代表者に就任した。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
若林 漢二(わかばやし かんじ)は、日本のアニメーション演出… 若林 漢二(わかばやし かんじ)は、日本のアニメーション演出家、アニメーター。神奈川県綾瀬市出身。 武蔵野美術大学油絵科卒。1997年Production I.Gに入社。ゲーム、OVA作品の制作、絵コンテ、演出、監督、作画などを経て、その後フリーに。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。