原田 大二郎(はらだ だいじろう、1977年10月29日 -… 原田 大二郎(はらだ だいじろう、1977年10月29日 - )は、日本の政治家、医師。公明党所属の参議院議員(1期)。公明党青年局次長。 岡山県倉敷市に3人兄弟の次男として生まれる。整骨院を営んでいた父から「大二郎、医者になれ。医者になれば、もっと多くの患者さんを救ってあげられる」と言われたことから医師の道を志した。倉敷市立玉島小学校、倉敷市立玉島東中学校、関西創価高等学校を経て、2003年に愛媛大学医学部を卒業する。同年6月から愛媛県立中央病院に研修医として勤務を始めた。 岡山大学病院、住友別子病院での勤務を経て、2012年からは国立病院機構四国がんセンターに勤務し、がん薬物療法専門医としてがん医療に専門に携わる。
熊野 正士(くまの せいし、1965年4月19日 - )は、… 熊野 正士(くまの せいし、1965年4月19日 - )は、日本の医師、政治家。公明党所属の参議院議員(1期)。
越智 忍(おち しのぶ、1957年(昭和32年)8月16日 … 越智 忍(おち しのぶ、1957年(昭和32年)8月16日 - )は、日本の政治家。愛媛県議会議員(通算8期)。元今治市長(1期)。 日本大学中退。母方の祖父である元衆議院議員井原岸高の秘書などを経て、1987年(昭和62年)、29歳で愛媛県議会議員初当選。以後、5回連続当選。副議長などを歴任。自由民主党愛媛県連合会では政調会長や総務会長などの要職も務めた。2004年(平成16年)8月5日の臨時議会で中畑保一議長の辞職に伴う新議長に選出された。当時、全国の都道府県議会議長の中で最年少であった。 愛媛県議会議員を経て、2005年(平成17年)の合併後の新・今治市の市長選挙に立候補。2004年(平成16年)8月、繁信順一今治市長が疾患の後遺症による体調不良から合併後の新市長選への不出馬を表明。
宇都宮 真由美(眞由美、うつのみや まゆみ、1949年(昭和… 宇都宮 真由美(眞由美、うつのみや まゆみ、1949年(昭和24年)11月3日 - )は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。平成24年度日本弁護士連合会副会長。弁護士。 愛媛県内子町出身。1973年(昭和48年)に愛媛大学法文学部を卒業した。1980年(昭和55年)に司法試験に合格した。1983年(昭和58年)に弁護士登録をした。 1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙で旧愛媛1区から日本社会党公認で立候補して初当選。1993年(平成5年)の第40回衆議院議員総選挙で落選した。 1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙で民主党から比例四国ブロックに立候補するが落選。
中村 佑(なかむら たすく、1936年〈昭和11年〉1月25… 中村 佑(なかむら たすく、1936年〈昭和11年〉1月25日 - 2025年〈令和7年〉8月13日)は、日本の政治家。愛媛県伊予市長(通算4期)、伊予市議会議員(6期)を歴任した。位階勲等は従四位旭日中綬章。 現在の愛媛県伊予市生まれ。愛媛大学農学部卒業。1975年(昭和50年)伊予市議会議員初当選、以降連続6期務めた。 1999年(平成11年)の旧伊予市長選挙に出馬し現職を破り初当選。以降2期務めた。 2005年(平成17年)4月の、新設合併によって誕生した伊予市の初代市長選挙に出馬し、当選。 2008年(平成20年)12月、翌年4月の任期満了に伴う市長選挙への出馬を表明、2009年(平成21年)4月無投票にて再選された。
西田 司(にしだ まもる、1928年〈昭和3年〉5月13日 … 西田 司(にしだ まもる、1928年〈昭和3年〉5月13日 - 2014年〈平成26年〉5月9日)は、日本の政治家。位階は正三位、勲章は勲一等旭日大綬章。大洲市名誉市民。 自治大臣(第51・55代)、国家公安委員会委員長(第61・65代)、国土庁長官(第21代)、衆議院議員(8期)、愛媛県喜多郡長浜町長(3期)等を歴任した。 愛媛県喜多郡長浜町(現・大洲市)生まれ。愛媛県立松山農業学校(現愛媛大学農学部)卒業後、長浜町議会議員に当選。町議会議長を経て、1963年に県内最年少で町長に選出され、3期12年務める。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に高橋英吉の地盤を継承し、旧愛媛3区(定数3)から無所属で出馬。
塩崎 潤(しおざき じゅん、1917年5月31日 - 201… 塩崎 潤(しおざき じゅん、1917年5月31日 - 2011年5月27日)は、日本の政治家(衆議院議員)、大蔵官僚、翻訳家。位階は正三位。 長男は衆議院議員の塩崎恭久。長女は法学者の山根裕子。次女は外交官角崎利夫の妻でアジア防災センター主任研究員の角崎悦子。 愛媛県松山市出身。松山中学、旧制松山高校を経て、東京帝国大学(現・東京大学)法学部政治学科を卒業。東京帝大法学部政治学科在学中の1940年10月に高等試験行政科を合格。1941年 大蔵省に入省する。主計局に配属。1942年10月、神田橋税務署長。1943年1月、宇都宮税務署長。同年8月、東京財務局経理部長。1952年8月1日、主税局調査課長。
船越 弘(ふなこし ひろむ、1907年(明治40年)5月7日… 船越 弘(ふなこし ひろむ、1907年(明治40年)5月7日 - 1967年(昭和42年)9月7日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員、広島県三次市長。 広島県出身。松山高等学校を経て、1932年(昭和7年)京都帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。 1942年(昭和17年)5月、三次町会議員に選出された。2期在任し、1947年(昭和22年)5月、町議会議長となる。双三郡町村会議長会長も務めた。 1949年(昭和24年)1月の第24回衆議院議員総選挙に広島県第3区から民主自由党から出馬して初当選。1952年(昭和27年)10月の第25回総選挙で自由党から立候補したが落選。1953年(昭和28年)4月の第26回総選挙では再選され、衆議院議員に通算2期在任した。
泉 敬太郎(いずみ けいたろう、1899年(明治32年)1月… 泉 敬太郎(いずみ けいたろう、1899年(明治32年)1月8日 - 1984年(昭和59年)12月7日)は、昭和時代の政治家。教育者。愛媛県新居浜市長。 愛媛県宇摩郡別子山村(現新居浜市)に生まれる。泉半次の長男。1922年(大正11年)愛媛県師範学校(現在の愛媛大学教育学部)卒業。 同年から1955年(昭和30年)まで新居郡内の小学校教員、小学校長、県教育組合副委員長を経て、1955年(昭和30年)から愛媛県議会議員を2期務める。1965年(昭和40年)社会党公認で新居浜市長に当選。5期20年在任し全国最高齢かつ唯一の社会党公認市長だったが、1984年(昭和59年)10月、病気のため任期満了を待たずに辞任した。
岡本 馬太郎(おかもと うまたろう、1881年〈明治14年〉… 岡本 馬太郎(おかもと うまたろう、1881年〈明治14年〉10月4日 - 1958年〈昭和33年〉4月30日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 愛媛県風早郡横谷村(温泉郡河野村、北条町、北条市を経て現松山市横谷)出身。1901年愛媛県小学校教員養成所(現・愛媛大学教育学部)卒。小学校教諭、河野村長、愛媛県議、同議長、県農会長、同乾繭組合連合会長となる。 1942年の第21回衆議院議員総選挙では愛媛1区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する。戦後は日本進歩党に入ったが、推薦議員のため公職追放となった。1951年追放解除。1958年死去。
浅野 長道(あさの ながみち、安政3年6月27日(1856年… 浅野 長道(あさの ながみち、安政3年6月27日(1856年7月28日) - 1912年(大正元年)8月4日)は、大正から昭和時代前期の政治家。愛媛県松山市長。幼名は房五郎。 松山城下八坂町にて浅野長英の長男として生まれる。1877年(明治10年)愛媛県師範学校(愛媛大学教育学部の前身のひとつ)を卒業後、派駐訓導を務める。 のち官界に入り、1878年(明治11年)下浮穴郡書記、伊予郡書記として学務係に任じ、1881年(明治14年)下浮穴・伊予郡書記、1886年(明治19年)三野・豊岡郡書記、1887年(明治20年)神奈川県属を経て、1899年(明治32年)温泉郡長に就任した。1902年(明治35年)2月7日、市会で推され、松山市長に就任。