高田 一夫(たかだ かずお、1948年 - )は、日本の社会… 高田 一夫(たかだ かずお、1948年 - )は、日本の社会政策学者。専門は、市民社会論・高齢化問題、アメリカ労使関係、人事管理。一橋大学名誉教授。 静岡県生まれ。1971年一橋大学社会学部卒業。1974年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1977年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。津田真澂ゼミ、大陽寺順一ゼミ出身。 1977年一橋大学社会学部助手、1979年日本労働協会(現労働政策研究・研修機構)委託研究員。1980年千葉商科大学商経学部専任講師。1983年千葉商科大学商経学部助教授。1988年一橋大学社会学部助教授。1992年一橋大学社会学部教授。2000年一橋大学大学院社会学研究科教授。
髙橋 洋一(たかはし よういち、1948年 - )は、日本の… 髙橋 洋一(たかはし よういち、1948年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家、評論家。 東京都生まれ。一橋大学卒業。専攻は文化社会学・比較文化。ファッション・舞踊・文芸・美術などの評論活動を行う。 ジャン・コクトーを軸に19世紀から20世紀のフランス文学を翻訳・研究している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
豊島 逸夫(としま いつお、1948年〈昭和23年〉 - )… 豊島 逸夫(としま いつお、1948年〈昭和23年〉 - )は日本の貴金属トレーダー、経済評論家。ワールド・ゴールド・カウンシル日本代表を経て、豊島逸夫事務所代表。 東京都出身。1972年一橋大学経済学部を卒業し、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。同行を退社し、1975年からスイス銀行外国為替貴金属部ディーラー。ニューヨーク金市場フロアトレーダーを経て、東京金市場設立に参画。1985年にワールド・ゴールド・カウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。2011年豊島逸夫事務所を設立し、同代表就任。2014年には元担当編集者の治部れんげを事務所の副代表に招聘。
成嶋 隆(なるしま たかし、1948年 - )は、日本の法学… 成嶋 隆(なるしま たかし、1948年 - )は、日本の法学者。専門は、憲法学・教育法学。新潟大学名誉教授。獨協大学教授。日本教育法学会会長。日本公法学会理事。 茨城県生まれ。1978年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。指導教官は杉原泰雄。また、大学在学中一橋大学管弦楽団でコントラバスを担当。管弦楽団同期のコントラバス奏者河原泰則とともに学生運動に参加するなどした。フランス在住のピアニスト成嶋志保は娘で、その夫はフランス人国家公務員。 1978年新潟大学法文学部講師。パリ留学や、新潟大学法学部助教授、同教授を経て、2006年新潟大学大学院実務法学研究科教授。2009年日本公法学会理事。
西成田 豊(にしなりた ゆたか、1948年 - )は、日本の… 西成田 豊(にしなりた ゆたか、1948年 - )は、日本の経済史学者。一橋大学名誉教授。社会政策学会学術賞受賞。 山口県生まれ。1973年一橋大学経済学部卒業。78年同大学院経済学研究博士課程単位取得退学。一橋大では中村政則、永原慶二らの指導を受けた。龍谷大学講師、助教授、一橋大学経済学部助教授、89年教授。90年「近代日本労資関係史の研究」で経済学博士(一橋大学)。2014年定年、名誉教授。専門分野は近現代日本経済史・労働史。1997年の『在日朝鮮人の「世界」と「帝国」国家』で社会政策学会学術賞受賞。
吉田 元一(よしだ もとかず、1948年 - )は、日本の実… 吉田 元一(よしだ もとかず、1948年 - )は、日本の実業家。第7代学校法人明星学苑理事長。三井物産代表取締役副社長・最高情報責任者、日野自動車取締役等を歴任。 東京都生まれ。明星中学校・高等学校を経て、1971年一橋大学商学部卒業、三井物産入社。 2001年三井物産取締役に就任。同社常務を経て、2007年から同社代表取締役専務、2008年から代表取締役副社長。同社でCIO(チーフインフォメーションオフィサー)等を務めた。自然保護協議会監事等を経て、2012年第7代学校法人明星学苑理事長。アクセンチュアと学校法人関係者情報を集めた「KMDネット」を構築し、ITの強化を行うなどした。2015年日野自動車取締役。
河原 泰則(かわはら やすのり、1948年 - )は茨城県日… 河原 泰則(かわはら やすのり、1948年 - )は茨城県日立市出身のコントラバス奏者。ドイツのケルン放送交響楽団の首席コントラバス奏者などを歴任。ソリストとしても活動している。 茨城県日立市生まれ。11歳のとき小学校の音楽カリキュラムで初めてコントラバスを手にする。茨城県立水戸第一高等学校から一橋大学商学部に進むが、同時に大学5年目の1971年から1975年まで桐朋学園大学音楽部の聴講生となり堤俊作、小野崎充両名に師事する。1973年一橋大学商学部卒業。憲法学者の成嶋隆新潟大学名誉教授は一橋大学管弦楽団の同期で、ともに学生運動に参加するなどした。 1975年、ベルリン音楽大学に留学しライナー・ツェペリッツ(英語版)、ミシェル・シュヴァルベに師事、1977年、最優秀の成績で卒業した。
安田 好弘(やすだ よしひろ、1947年12月4日 - )は… 安田 好弘(やすだ よしひろ、1947年12月4日 - )は、日本の弁護士(登録番号:16969)である。第二東京弁護士会所属。 兵庫県生まれ。一橋大学法学部卒業。大学時代には全学共闘会議運動の活動家として活動し、弱者保護を主張。弁護士となったのちは、月に1度しか家に帰らず、事務所で寝泊まりしながら仕事をすることもある。 死刑が求刑された事件の刑事弁護を数多く担当し、死刑判決を幾つか回避させてきた経歴を持つ。死刑廃止論者。また、大手マスメディア、テレビなどの出演依頼はほとんど断るマスメディア嫌いとしても知られる。 1995年10月26日に予定されていた初公判が横山昭二弁護人の突然の解任で取り消しになった後、弁護士会より国選弁護人就任を依頼され、初めて松本智津夫に接見。
田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日… 田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日本の実業家。神奈川県横浜市生まれ。都市拡業株式会社(現T.K.K.ホールディングス株式会社)代表取締役。一橋大学の同窓会如水会横浜支部(横浜如水会)の第11代支部長。 大蔵氏系田尻氏の系統で肥後の金峰山麓を治めていた「山之上三名字田尻氏」の末裔で宮大工の田尻儀作の曾孫として生まれる。 神奈川県立横浜平沼高等学校、一橋大学社会学部卒業。1977年(昭和52年)、一橋大学大学院博士課程を修了。学者を目指していたが、2代にわたって実家の会社に勤める社員に懇願され、家業を継ぐ決意をし父、田尻友作の経営する「田尻海運株式会社」に入社する。 田尻友作の退任に伴い1989年(平成元年)、水環境エンジニアリング企業である都市拡業株式会社代表取締役に就任する。
花角 和男(はなずみ かずお、1947年11月26日 - )… 花角 和男(はなずみ かずお、1947年11月26日 - )は、日本の財務官僚。大蔵省大臣官房審議官、税務大学校長等を務めた。 山形県出身。一橋大学大学院経済学研究科修了後、1973年大蔵省(のち財務省)入省。指導教官は木村元一。 在インド大使館一等書記官、外務省国際連合局経済課長を経験し、経済協力などに精通している。税務大学校研究部長時代は、埼玉大学大学院政策科学研究科(のちの政策研究大学院大学)客員教授も務め、途上国から派遣された若いエリートに税務行政を英語で講義したほか、北京大学現代日本研究コース講師として日本の税制を講義した。 大阪税関長、税務大学校長等を務めたのち、退官。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
鈴木 庸夫(すずき つねお、1947年11月13日 - )は… 鈴木 庸夫(すずき つねお、1947年11月13日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は行政法。明治学院大学教授、千葉大学名誉教授。シドニー大学名誉客員教授、国立国会図書館事務文書開示審査会会長、参議院事務文書公開苦情処理委会会長代理、千葉市情報公開審査会会長、千葉県政策法務アドバイザー等も歴任した。 1973年一橋大学大学院法学研究科公法専攻修士課程修了。指導教官は市原昌三郎。1976年同博士課程単位取得満期退学、千葉大学教養学部講師。1979年同助教授。1994年千葉大学法経学部助教授。1996年同教授。1997年シドニー大学名誉客員教授。 2007年千葉大学大学院専門法務研究科教授。2013年千葉大学名誉教授の称号を受け、明治学院大学大学院法務職研究科教授に就任するとともに、弁護士登録し、千葉市の真田綜合法律事務所に入所。
江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本… 江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本の実業家。元NTT東日本社長。電気通信協会賞受賞。 神奈川県横浜市出身。1966年神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業、1970年一橋大学経済学部を卒業し、日本電信電話公社入社。盛岡電話局に配属。その後北海道総支社労働部長や経営企画本部担当部長を務めた。 2003年西日本電信電話代表取締役副社長、2007年日本電信電話代表取締役副社長中期経営戦略推進室長、2008年東日本電信電話代表取締役社長。固定通信と携帯電話サービスの融合を進め、2009年には光通信回線サービス「フレッツ光」の最大通信速度を、利用料金を従来のまま、従来の2倍の毎秒200メガビットに引き上げる新サービスを開始した。
岡本 毅(おかもと つよし、1947年9月23日 - )は日… 岡本 毅(おかもと つよし、1947年9月23日 - )は日本の実業家。東京ガス代表取締役社長、同会長、日本経団連副会長、日本ガス協会会長等を歴任した。旭化成取締役、日本郵政取締役、三菱地所取締役。 京都府京都市生まれ。父は産経新聞記者。父が津支局長や大津支局長に就任すると家族で支局の2階に住むようになる。その後東京に移り、東京都立青山高等学校を経て、1970年に一橋大学経済学部を卒業。大学では板垣与一ゼミに所属。大学卒業後は新聞記者になることを考えていたが、母親に反対され株式会社東京ガスに入社。 東京瓦斯では企画部に配属されたのち、1972年から2年間練馬営業所で勤務。1977年6月から3年間中東経済研究所(現日本エネルギー経済研究所)研究所研究員を務めたのち、1980年に原料部に配属される。
時津 賢児(ときつ けんじ、1947年8月1日 - )は、フ… 時津 賢児(ときつ けんじ、1947年8月1日 - )は、フランス在住の日本人男性武道家・武道研究者。自成道代表、パリ大学ソルボンヌ文化人類学研究所研究員。 山口県生まれ。高校在学中から松濤館流空手を始める。一橋大空手部出身。1971年に一橋大学社会学部を卒業後、銀行への内定を得ていたが断り、パリ第4大学哲学科入学。フランスで空手を教えながら大学で学び、1972年パリ第5大学社会学部修士課程修了。1979年少林門空手設立。1982年パリ第5大学社会学部博士課程修了。 1985年から1989年までパリ第5大学体育学科講師。1989年フランス外務省主催メヂシスオーレミュール賞受賞。1993年パリ第7大学東洋文明学科博士課程修了。
田中 信義(たなか のぶよし、1947年7月6日 - )は、… 田中 信義(たなか のぶよし、1947年7月6日 - )は、日本の裁判官、検察官、弁護士、法務官僚。山梨県出身。一橋大学法学部卒業。法務省大臣官房参事官、長野地方裁判所所長、知的財産高等裁判所部総括判事を務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
大林 宏(おおばやし ひろし、1947年6月17日 - )は… 大林 宏(おおばやし ひろし、1947年6月17日 - )は、日本の検察官、第25代検事総長。 東京都出身。一橋大学法学部在学中、司法試験に合格。一橋大卒業後、司法修習を経て、1972年検事任官。任官同期には、横田尤孝(最高裁判事、元次長検事)、中尾巧(元大阪高検検事長)、熊﨑勝彦(元最高検公安部長)、三井環(元大阪高検公安部長)等がいる。 検事総長就任までの38年間のうち20年間は法務省勤務だが、札幌地検や東京地検などで捜査検事の経験があり、本人はいわゆる「赤レンガ派」と称されることには違和感を覚えるとコメントしている。また、検事初の一等書記官として在中国大使館に赴任時代した際には、中国残留日本人の帰国支援、伊藤律への事情聴取などを行った。
三原 朝彦(みはら あさひこ、1947年〈昭和22年〉5月2… 三原 朝彦(みはら あさひこ、1947年〈昭和22年〉5月23日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(8期)。 福岡県遠賀郡遠賀町出身。1966年、福岡県立東筑高等学校卒業。1972年、一橋大学法学部を卒業。その後、アメリカ・カナダ留学 を経て父・三原朝雄の秘書等を務めた。 1986年、第38回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から自由民主党公認(田中派)で出馬し初当選。1990年、第39回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から自民党公認(竹下派)で出馬し2期目の当選。1992年、防衛政務次官に就任。 1993年、新党さきがけの結成に参加、第40回衆議院議員総選挙に旧福岡2区から同党公認で出馬し、3期目の当選。
廣田 民生(ひろた たみお、1947年4月26日 - )は、… 廣田 民生(ひろた たみお、1947年4月26日 - )は、日本の裁判官。松山家庭裁判所所長や、福岡高等裁判所部総括判事などを務めた 新潟県出身。一橋大学法学部卒業。東京高等裁判所判事、さいたま地方裁判所部総括判事、松山家庭裁判所所長、福岡高等裁判所部総括判事などを務めた。退官後、簡易裁判所判事に就任。 第22回参議院議員通常選挙につき、「投票価値の平等が妨げられるのは許容しがたい」として、違憲判決を言い渡した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
谷口 晋吉(たにぐち しんきち、1947年4月2日 - )は… 谷口 晋吉(たにぐち しんきち、1947年4月2日 - )は、日本の経済学者(地域経済史)。一橋大学名誉教授。歴史学博士(Ph.D.)。深沢宏門下で、南アジア、とくにインド、パキスタン、バングラデシュなどの地域経済史の研究を行った。ゼミの教え子に沢井俊光共同通信社社長など。
柳瀬 真澄(やなせ ますみ、1947年3月18日 - )は、… 柳瀬 真澄(やなせ ますみ、1947年3月18日 - )は、日本の実業家。 嘉穂無線創業者・初代社長柳瀬綱夫の長男として福岡県に生まれる。1965年福岡県立修猷館高等学校を経て、1971年一橋大学商学部を卒業。大学在学中は4年間ボート部に所属していた。 1971年三井物産東京本社繊維第一部に入社。1977年三井物産を退社し、嘉穂無線に入社。1982年7月取締役常務、1987年8月代表取締役専務を経て、1988年2月、父・綱夫の死去にともない、代表取締役社長に就任。 2007年商号を嘉穂無線ホールディングス株式会社に変更し、新たに子会社として嘉穂無線株式会社(現・グッデイ)を設立。2016年6月長男の柳瀬隆志に社長を引き継ぎ、取締役会長に就任。
渡辺 治(わたなべ おさむ、1947年3月2日 - )は、日… 渡辺 治(わたなべ おさむ、1947年3月2日 - )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授。主要研究領域は、政治学、日本政治、憲法学。
高橋 一(たかはし はじめ、1947年3月2日 - 2017… 高橋 一(たかはし はじめ、1947年3月2日 - 2017年8月25日)は、日本の統計学者・経済学者。専門分野は、統計科学・数理統計学・金融工学・数理ファイナンス。一橋大学名誉教授。元日本金融・証券計量・工学学会会長。ジャフィー賞受賞。 指導した学生に、宮田敏(帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授)、式見拓仙(長崎大学経済学部准教授)、元山斉(青山学院大学経済学部教授)、戸辺玲子(二松学舎大学国際政治経済学部講師)がいる。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
水島 藤一郎(みずしま とういちろう、1947年2月23日 … 水島 藤一郎(みずしま とういちろう、1947年2月23日 - )は日本の実業家。過去に、三井住友銀行副頭取を経て、初代独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構理事長、日本年金機構理事長を務めた。現在はTMI総合法律事務所顧問、(独)地域医療機能推進機構顧問、シップヘルスケアホールディングス㈱監査役等に就任している。 神奈川県出身。神奈川県立平塚江南高等学校を経て、1969年一橋大学法学部を卒業し、三井銀行に入行する。1997年さくら銀行取締役法人部長、2000年さくら銀行常務執行役員、2001年三井住友銀行常務取締役兼常務執行役員、2004年三井住友銀行副頭取をそれぞれ務める。信賞必罰の人事采配で「鬼軍曹」と称された。
八丁地 隆(はっちょうじ たかし、1947年1月27日 - … 八丁地 隆(はっちょうじ たかし、1947年1月27日 - 2025年2月22日)は、日本の実業家。日立物流会長、日立総合計画研究所社長、日立グループ最高環境責任者、日立製作所代表執行役副社長、日立アメリカ会長等を歴任。また経団連の経済法規委員会企画部会長や法務省法制審議会委員等を務め、会社法改正作業などにもあたった。 長野県飯田市出身。1970年に一橋大学商学部を卒業し、日立製作所に入社。 日立製作所で企画室長や代表執行役執行役副社長等を務めたのち、2007年から日立総合計画研究所社長兼日立グループ最高環境責任者を務め、中期計画「環境ビジョン2015」に沿い、二酸化炭素排出量の少ないエネルギーとエネルギー消費の少ない製品の開発活用、資源の循環的な利用、生物多様性のためにクリーンな活動等を実現させるため、日立グループ全体での計画実施を行った。
壽福 眞美(じゅふく まさみ、1947年1月20日 - )は… 壽福 眞美(じゅふく まさみ、1947年1月20日 - )は、日本の社会学者。法政大学社会学部名誉教授。専門はドイツ社会思想、環境倫理、エコロジー、フェミニズム、社会哲学。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立鶴丸高等学校卒、1971年一橋大学法学部卒、1976年一橋大学大学院社会学研究科ドイツ社会思想史博士後期課程単位取得満期退学、法政大学社会学部助手、1977年専任講師、1979年助教授、86年教授、2015年法政大学サスティナブル研究所副所長。2017年名誉教授。 1980-1981年西ドイツ・エアランゲン大学、1983年ベルリン大学、ハンガリー歴史研究所留学。
中川 健一(なかがわ けんいち、1947年〈昭和22年〉1月… 中川 健一(なかがわ けんいち、1947年〈昭和22年〉1月11日 - )は、日本の牧師。伝道団体・ハーベスト・タイム・ミニストリーズ代表。元ローザンヌ・ユダヤ人伝道協議会(LCJE)日本支部長。 大阪市生野区出身。大阪府立生野高等学校在校中、1年間AFSでアメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイムの高校に留学。1970年一橋大学法学部卒業。大学では国際部に所属。部の2年先輩に経済学者の村瀬哲司京都大学名誉教授がいた。大学卒業後、帝人に入社。その後、日本マクドナルド部長代理を経て、1979年トリニティ神学校卒業、牧会学修士(M.Div.)。 1979年、町田クリスチャンセンターを設立し、東京都町田市で伝道に従事。
高平 哲郎(たかひら てつお、1947年1月3日 - )は、… 高平 哲郎(たかひら てつお、1947年1月3日 - )は、日本の編集者・放送作家・劇作家・演出家。 晶文社を創立した小野二郎は義兄にあたる。東京都杉並区出身。 1953年、学習院初等科の試験に落ち、むさしの学園小学校に入学。父は高円寺で産婦人科を営んでいたが大の映画好きで、高平の少年時代、一家は毎週末には銀座か新宿の映画館に出かけて、映画を見ていた。裕福な家庭であったため、1953年の日本テレビ開局の年にはすぐテレビが購入され、高平は落語や演芸も好きとなる。 一橋大学社会学部卒業。 1956年から始まった「東宝ミュージカル」開始とともに、小学生のうちから通いつめ、中学2年生でアチャラカ喜劇の集大成作品『雲の上団五郎一座』を見る。
川崎 正己(かわさき まさみ、1947年(昭和22年)1月3… 川崎 正己(かわさき まさみ、1947年(昭和22年)1月3日 - )は、日本の実業家。キヤノンマーケティングジャパン代表取締役社長を務めた。 神奈川県出身。1969年に一橋大学商学部卒業後、キヤノンに入社し、財務等を担当した。1971年キヤノンU.S.A.出向。1977年キヤノン販売出向。1987年キヤノンコピア販売取締役。1997年キヤノンコピア販売専務取締役。2001年キヤノン販売取締役。2003年キヤノン販売常務取締役財務本部・経理本部担当、本社管理部門担当。2006年キヤノンマーケティングジャパン専務取締役。2009年からキヤノンマーケティングジャパン代表取締役社長を務め、M&Aなどによるグローバル化や、新規事業の展開を進めた。
春日 豊(かすが ゆたか、1947年 - )は、日本史学者・… 春日 豊(かすが ゆたか、1947年 - )は、日本史学者・経済学者。専門は日本経済史。名古屋大学名誉教授。 長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)生まれ。東京都立小石川高等学校を経て、1971年一橋大学社会学部卒業。1973年一橋大学大学院経済学研究科修士課程経済史及経済政策専攻修了、1976年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程経済史及経済政策専攻単位取得満期退学。永原慶二ゼミ出身。 大学院在学中の1975年から財団法人三井文庫研究員を務め、1988年から名古屋大学教養部助教授。1996年名古屋大学大学院人間情報学研究科教授、2003年名古屋大学大学院文学研究科人文学専攻教授、2012年名古屋大学名誉教授。
賀川隆行(かがわ たかゆき、1947年- )は、日本の経済史… 賀川隆行(かがわ たかゆき、1947年- )は、日本の経済史学者。 福井県生まれ。1970年一橋大学社会学部卒業。75年同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。83年「近世日本商業経営の実証的研究 三井家の越後屋と両替店」で社会学博士。1973年財団法人三井文庫就職。2006-07年大阪大学経済学研究科教授。公益財団法人三井文庫主任研究員。専攻は日本近世経済史。
佐藤 倫正(さとう みちまさ、1947年 - 2019年)は… 佐藤 倫正(さとう みちまさ、1947年 - 2019年)は、日本の会計学者。専門は、資金会計・国際会計。学位は、博士(商学)(一橋大学・論文博士・1994年)。名古屋大学名誉教授、岡山大学名誉教授、愛知学院大学教授。アジア会計学会第3代会長。日本会計研究学会賞受賞。 1970年一橋大学商学部を卒業し、株式会社日立製作所に入社。1974年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、商学修士。1978年同博士後期課程単位修得。1994年一橋大学より博士(商学)の学位を取得。番場嘉一郎や中村忠に師事した。 1978年一橋大学商学部助手、1980年岡山大学経済学部講師、1982年ワシントン大学客員研究員(フルブライト・プログラム)、1984年岡山大学経済学部助教授、1990年同教授、同年日本会計研究学会賞受賞。
諏訪 康雄(すわ やすお、1947年 - )は、日本の法学者… 諏訪 康雄(すわ やすお、1947年 - )は、日本の法学者。専門は労働法。法政大学名誉教授。中央労働委員会会長、労働政策審議会会長を歴任。2018年4月旭日重光章受章。 東京都出身。一橋大学法学部卒業後、1972年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。指導教官は堀口亘。ボローニャ大学留学を経て、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。 法政大学大学院教授、労働政策審議会会長、中央労働委員会会長などを歴任。短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律や、育児休業制度作成に関わった。大学院では【雇用政策研究(マクロ)】【地域雇用政策事例研究】【比較雇用政策研究】【研究法(博士後期)】等の科目を担当した。
田下 憲雄(たおり のりお、1947年 - )は日本のマーケ… 田下 憲雄(たおり のりお、1947年 - )は日本のマーケティング・リサーチャー。インテージホールディングス会長や、日本マーケティング・リサーチ協会会長を務めた。 岐阜県瑞穂市出身。1972年一橋大学社会学部卒業、社会調査研究所(現インテージホールディングス)入社。1994年取締役調査事業本部副本部長。1999年常務調査事業本部長。 2000年インテージ(現インテージホールディングス)代表取締役社長。2005年日本マーケティング・リサーチ協会会長。2011年インテージ代表取締役会長兼グループCEO。2014年インテージホールディングス相談役。日本マーケティング・リサーチ協会顧問、日本マーケティング学会評議員。
田崎 宣義(たさき のぶよし、1947年 - )は、日本の歴… 田崎 宣義(たさき のぶよし、1947年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史。一橋大学名誉教授。 1971年、一橋大学経済学部を卒業し、一橋大学大学院社会学研究科に進んで佐々木潤之介に師事する。近代日本の地主制や都市と農村との関係などについて研究を進めた。 一橋大学助手、日本学術振興会特別研究員を経て、1979年に一橋大学社会学部助教授(社会史(日本))に着任。その後、教授、学生部長、社会学研究科長・社会学部長、副学長などの要職を歴任し、2011年に退職した。2016年まで放送大学特任教授・同東京多摩学習センター所長を務めた。指導学生に荒木田岳、平賀明彦等。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
花枝 英樹(はなえだ ひでき、1947年 - )は、日本の経… 花枝 英樹(はなえだ ひでき、1947年 - )は、日本の経営学者。専門は企業財務論。一橋大学名誉教授。日本経営財務研究学会会長、朝日工業取締役等も務める。 東京都生まれ。1970年一橋大学商学部卒業。1972年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、商学修士。1976年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。指導教官は宮川公男。 1976年関東学院大学経済学部専任講師。同助教授を経て、1987年成城大学経済学部助教授。同教授を経て、1996年一橋大学商学部教授。2000年文部科学省大学設置・学校法人審議会専門委員。2006年公認会計士試験試験委員、文部科学省大学教育の国際化推進プログラム選定委員会委員。
彦惣 弘(ひこそう ひろし、1947年 - )は、日本の弁護… 彦惣 弘(ひこそう ひろし、1947年 - )は、日本の弁護士。立命館大学大学院法務研究科教授、京都弁護士会会長、京都市人事委員会委員長、関西急送代表取締役社長、日本クリニック代表取締役社長、京進監査役等を歴任。旭日小綬章受章。 京都市左京区一乗寺出身。高校卒業まで京都で過ごし、1973年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。法学修士。修士論文は「ゲルバーの国法理論研究」。指導教官杉原泰雄。大学院1年次に旧司法試験に合格。もともと学者志望で、大学教員職のオファーも受けていたが、気乗りせず、博士課程を休学し最高裁判所司法研修所司法修習生として2年間過ごした。 司法修習生時代に弁護士の仕事に面白さを感じるようになり、1975年に弁護士登録。
皆川 正(みながわ ただし、1947年 - )は、日本の経済… 皆川 正(みながわ ただし、1947年 - )は、日本の経済学者。専門は産業組織論。名古屋大学名誉教授。厚生労働省労働基準局長賞など受賞。 1947年、埼玉県浦和市(現さいたま市浦和区)出身。1969年に一橋大学経済学部を卒業すると、一橋大学大学院経済学研究科を修了。指導教官は荒憲治郎。 その後、名古屋大学経済学部で1974年に助手、1976年に講師、1982年に助教授となり、1993年に教授に就任した。最終取得学位は経済学博士(名古屋大学)1982年。2010年に名古屋大学大学院経済学研究科教授を定年退職後、藤田保健衛生大学に新設された医療科学部医療経営情報学科経済学教授に着任。2012年3月に同大を定年退職、同年4月に東海学園大学経営学部経営学科教授に就任。
吉川 智教(よしかわ ともみち、1947年 - )は、日本の… 吉川 智教(よしかわ ともみち、1947年 - )は、日本の経営学者。早稲田大学経営大学院教授、ブリティッシュコロンビア大学客員教授、世界銀行客員研究員等を歴任。 東京都出身。1969年早稲田大学理工学部卒業、1973年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1976年一橋大学大学院商学研究科博士課程中退。指導教官は宮川公男。 横浜市立大学商学部教授、世界銀行経済開発研究所客員研究員、スタンフォード大学経営大学院客員研究員、ブリティッシュコロンビア大学客員教授等を経て、2003年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、2004年早稲田大学MOT研究所所長、2007年早稲田大学商学学術院教授。 iPodなどを素材にイノベーション研究を行い、日本ベンチャー学会理事、日本ベンチャー学会イノベーション研究部会代表等も務める。
和田 郁夫(わだ いくお、1947年 - )は、元日本放送協… 和田 郁夫(わだ いくお、1947年 - )は、元日本放送協会(NHK)総合企画室担当局長。
森俊英(もり としひで、1946年(昭和21年)12月14日… 森俊英(もり としひで、1946年(昭和21年)12月14日 - )は、日本の銀行家。南日本銀行代表取締役会長。 福岡県出身。一橋大学経済学部卒業後、富士銀行入行。同期入行にはフィデアホールディングス代表執行役社長を務めた里村正治らがいた。 2000年、同じ一橋大出身で富士銀行支店業務第三部長を務めていた当時の頭取石井祥の後任含みとして南日本銀行に招聘され、2006年、頭取に昇格する。 頭取在任中、建基法不況やリーマンショックに直面し、2009年に金融機能強化法に基づき公的資金注入を申請し、受け入れた。 2019年6月、齋藤眞一に頭取を譲り、代表取締役会長に退く。 2020年に同行取締役会長を退任して相談役となる。
須崎 愼一(すざき しんいち、1946年12月11日 - )… 須崎 愼一(すざき しんいち、1946年12月11日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近現代史、神戸大学名誉教授。
林 華生(りむ ほあしん、簡体字: 林 华生、英語: Lim… 林 華生(りむ ほあしん、簡体字: 林 华生、英語: Lim Hua Sing、1946年11月16日 - 2014年4月10日)は日本の経済学者。マレーシアで生まれ育った華人。元早稲田大学国際学術院教授、早稲田大学中華経済研究所所長。 1946年、マレーシアのケラン生まれ。高校卒業後日本に留学し、一橋大学経済学部で学び、卒業。同大学大学院に進んで、1974年に一橋大学大学院経済学研究科修士課程を修了。同年、一橋大学経済研究所客員研究員。その後はイギリスに渡り、1976年1月、ウェストミンスター研究所(ロンドン)講師。1980年にロンドン大学大学院博士課程修了、博士(Ph.D.)号を取得。 1981年1月、シンガポール国立東南アジア研究所(英語版)フェロー。
篠田 和久(しのだ かずひさ、1946年11月15日 - 2… 篠田 和久(しのだ かずひさ、1946年11月15日 - 2015年7月26日)は、日本の実業家、王子ホールディングス(旧王子製紙)代表取締役社長・会長、日本経団連副会長、日本製紙連合会会長を歴任。 岐阜県多治見市出身。岐阜県立多治見北高等学校を経て、1969年に一橋大学法学部を卒業し、王子製紙に入社。1995年苫小牧工場管理部長、1999年苫小牧工場長代理、2001年執行役員関連事業本部長、2003年常務執行役員経営管理本部長、2005年常務取締役兼パン・パック・フォレスト・プロダクツ・リミテッド会長を歴任。 2006年王子製紙代表取締役社長に就任。同年野村證券企業情報部との検討を経て、北越製紙株の株式公開買付けを行った。
竹内 弘高(たけうち ひろたか、1946年10月16日 - … 竹内 弘高(たけうち ひろたか、1946年10月16日 - )は、日本の経営学者。ハーバード大学経営大学院教授、一橋大学名誉教授。専門はマーケティング・企業戦略など多岐にわたる。
町田 治之(まちだ はるゆき、1946年10月8日 - )は… 町田 治之(まちだ はるゆき、1946年10月8日 - )は日本の実業家。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント社長を経て、緑資源機構談合事件を受け混乱の最中にあった独立行政法人緑資源機構理事長や、森林農地整備センター初代所長を務め談合防止策の実施等にあたった
岡田 昌徳(おかだ まさのり 1946年9月27日 - )は… 岡田 昌徳(おかだ まさのり 1946年9月27日 - )は、日本の実業家。JX日鉱日石金属取締役会長や、日本鉱業協会会長を務めた。 東京都出身。東京都立新宿高等学校、一橋大学経済学部を卒業。大学では応援部主将を務めた。「男らしい仕事をしたい」ということから、1970年に日本鉱業に入社し、佐賀関製錬所(現パンパシフィック・カッパー佐賀関製錬所)配属。主に銅地金、電子材料などの部門で業務を行う。2001年ジャパンエナジー執行役員。 2002年6月、日鉱マテリアルズ代表取締役社長に就任。同年9月から新日鉱ホールディングス及びジャパンエナジーの取締役を務める。 2005年6月に旧日鉱金属社長に就任。2010年7月1日からはJX日鉱日石金属社長兼JXホールディングス取締役。
北川 三雄(きたがわ みつお、1946年9月18日 - )は… 北川 三雄(きたがわ みつお、1946年9月18日 - )は、日本の実業家。新日鉄ソリューションズ株式会社代表取締役社長を務めた。 東京都出身。1969年一橋大学経済学部卒業、富士製鐵入社。1993年新日本製鐵大分製鐵所総務部長。1995年新日本製鐵新素材事業部企画調整部長。1997年新日本製鐵原料第二部長。2000年新日本製鐵取締役原料第二部長に昇格。2003年新日本製鐵常務取締役。2006年新日本製鐵常務執行役員。 2007年から新日鉄ソリューションズ代表取締役社長を務め、システムインテグレーターとしての競争力強化のため、基盤的情報技術の全面的な刷新を進め、最高益を実現するなどした。2012年新日鉄ソリューションズ取締役相談役に退いた。
井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本… 井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本の文芸評論家、イギリス文学研究者、翻訳家。一橋大学名誉教授。和辻哲郎文化賞受賞。 徳島県生まれ。徳島県立城南高等学校を経て、1969年一橋大学経済学部卒業、1974年一橋大学大学院社会学研究科博士課程中退。指導教官は増谷外世嗣。同年相模女子大学短期大学部専任講師、1976年助教授、1980年一橋大学法学部助教授、1983年から1985年ケンブリッジ大学客員研究員、1990年一橋大学教授、1998年から1999年、2000年から2002年評議員、2000年言語社会研究科長、2003年から2004年にウィーン大学客員教授。2010年一橋大学名誉教授、一橋大学大学院言語社会研究科特任教授、テクスト研究学会会長。
永田 雄志(ながた ゆうし、1946年8月30日 - )は、… 永田 雄志(ながた ゆうし、1946年8月30日 - )は、日本の実業家。三井物産代表取締役や、東洋エンジニアリング取締役会長を務めた。 1965年福岡県立明善高等学校卒業。1970年一橋大学経済学部卒業、三井物産入社。2000年取締役プラント・プロジェクト本部長。2002年常務取締役。2004年代表取締役。2006年に三井物産が第三者割当増資を引き受けた東洋エンジニアリングの取締役会長に就任し、三井物産との協業などを進めて、イラク共和国首脳などと面会し、海外インフラ受注などに向けた働きかけ等を行った。2014年東洋エンジニアリング顧問(役員待遇)。2023年顧問退任。日本メキシコ交流400周年実行委員会幹事なども務めた。
佐々木 隆之(ささき たかゆき、1946年8月24日 - 2… 佐々木 隆之(ささき たかゆき、1946年8月24日 - 2020年2月20日)は、日本の実業家。JR西日本代表取締役社長、同社取締役会長等を務めた。 広島市出身。広島大学教育学部附属高等学校を経て、1970年に一橋大学経済学部を卒業し、日本国有鉄道に入社。当時、一橋大学から国鉄に就職する学生は毎年1、2名と少なかったが、情報学ゼミの教授の勧めで入社した。 研修では機関士として、寝台特急「みずほ」の運転に当たったこともある。その後企画・総務畑を歩み、大阪鉄道管理局総務部長等を務めた。 1987年国鉄分割民営化により新たに発足したJR西日本に移る。同社では主に営業部門、経営企画部門、人事部門、財務部門等を幅広く経験し、人事部長、取締役財務部長、取締役営業部長等を務めたのち、2002年にキヨスクやコンビニエンスストアの運営等を行う完全子会社のジェイアール西日本デイリーサービスネット社長に転出した。