甘利 明(あまり あきら、1949年〈昭和24年〉8月27日… 甘利 明(あまり あきら、1949年〈昭和24年〉8月27日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日大綬章。 労働大臣(第65代)、経済産業大臣(第7・8代)、内閣府特命担当大臣(規制改革)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、通商産業政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣)、衆議院予算委員長、衆議院議員(13期)、自由民主党政務調査会長(第54代)、自由民主党財務委員長、自由民主党広報本部長、自由民主党行政改革推進本部長、自由民主党選挙対策委員長(第6代)、自由民主党税制調査会長、自由民主党幹事長(第54代)を歴任した。父は衆議院議員などを務めた甘利正。 神奈川県厚木市生まれ(現住所は大和市中央林間3丁目)。
当摩 好子(とうま よしこ、1949年(昭和24年)4月26… 当摩 好子(とうま よしこ、1949年(昭和24年)4月26日 - )は、日本の政治家、社会福祉士。選挙では当麻 よし子の表記も用いる。 所沢市長(1期)、埼玉県議会議員(3期)、所沢市議会議員(3期)を務めた。 福岡県大牟田市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。 1979年4月、日本社会党公認で所沢市議会議員選挙に出馬し、初当選。以後所沢市議を3期務めた。1991年10月、所沢市長選挙次点落選。1996年、日本社会党から党名を変更した社会民主党を離党し、民主党結党に参加。同年の第41回衆議院議員総選挙には民主党公認で埼玉県第8区から出馬するも、落選。 1999年4月、埼玉県議会議員選挙に民主党公認で出馬し、当選。
藤田 雄山(ふじた ゆうざん、1949年〈昭和24年〉4月1… 藤田 雄山(ふじた ゆうざん、1949年〈昭和24年〉4月19日 - 2015年〈平成27年〉12月18日)は、日本の政治家。参議院議員、広島県知事(第59、60、61、62代)。 1989年、参院選に自民党から立候補し当選。任期途中の1993年に広島県知事選に44歳で初当選、当時全国最年少の知事に就任。4期16年務めた。参議院議長を務めた藤田正明の長男。 1949年4月19日生まれ。広島県広島市翠町(現:南区翠)出身。藤田正明の長男。父親の藤田正明は藤田組(現:フジタ)に勤務(後に同社副社長)。弟が2人、妹が1人いる。 修道高等学校から成蹊高等学校に転入。1972年3月、慶應義塾大学商学部卒業。
谷口 芳紀(たにぐち よしき、1949年〈昭和24年〉3月3… 谷口 芳紀(たにぐち よしき、1949年〈昭和24年〉3月30日 - )は、日本の政治家。兵庫県相生市長(7期)。 兵庫県相生市那波野出身。 相生市立双葉小学校、淳心学院中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。 大学卒業後、河本敏夫衆議院議員秘書を経て、2000年に相生市長選に出馬し初当選、以降は無投票再選が続いた。2024年5月12日に告示された市長選挙には元兵庫県議会議員の小西彦治も午前中に立候補を届け出たが、同月19日告示、26日投開票の静岡県藤枝市長選挙に立候補するため、告示日午後になって急遽、立候補を取りやめたため、6回連続無投票で谷口の7選が決まった。 同じ2000年(平成12年)に初当選した、衆議院議員の山口壯(元二階派事務総長)は淳心学院の後輩。
海江田 万里(かいえだ ばんり、1949年〈昭和24年〉2月… 海江田 万里(かいえだ ばんり、1949年〈昭和24年〉2月26日 - )は、日本の政治家、経済評論家。 衆議院副議長(第68代)、原子力経済被害担当大臣(菅直人第2次改造内閣)、経済産業大臣(第14代)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、科学技術政策)、宇宙開発担当大臣(菅第1次改造内閣)、衆議院決算行政監視委員長、同経済産業委員長、同財務金融委員長、衆議院議員(9期)、旧立憲民主党税制調査会長(初代)、民主党代表(第10代)、民主党政策調査会長(第5代)、市民リーグ代表を歴任した。 父親の四郎は毎日新聞の記者であり、安倍晋太郎の上司であった。中華人民共和国や台湾にいたことがあり、万里の名前は万里の長城に因むことから、海江田は「中国とのかかわりは、生まれた時から」と語る。
栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12… 栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12月14日 - )は、日本の政治家。 静岡県沼津市長(2期)、衆議院議員(2期)、静岡県議会議員(1期)を務めた。 防衛庁長官や労働大臣を務めた元衆議院議員の栗原祐幸は父。 静岡県三島市出身。静岡県立沼津東高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。三光汽船勤務を経て、衆議院議員で父である栗原祐幸の秘書を務める。 1991年、静岡県議会議員選挙に立候補し、初当選。1993年、静岡県議を任期途中で辞職。 父の引退に伴い、旧静岡2区の地盤を引き継いで第40回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補し、当選した。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い静岡6区から自民党公認で立候補したが、旧民主党公認の渡辺周らに敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックで復活当選となり、再選。
加藤 千速(かとう ちはや、1948年〈昭和23年〉11月1… 加藤 千速(かとう ちはや、1948年〈昭和23年〉11月10日 - )は、日本の政治家、実業家。三重県尾鷲市長(3期)。 三重県尾鷲市九鬼町出身。慶應義塾大学商学部卒業後、阪急百貨店に入社し、アジア太平洋トレードセンター社長、阪急オアシス社長、阪急百貨店常務取締役などを歴任。 2017年(平成29年)6月11日、岩田昭人の任期満了に伴う尾鷲市長選挙に出馬し、元尾鷲市議会議員の榎本隆吉を破り、初当選。※当日有権者数:16,057人人 最終投票率:77.89 %(前回比: 0.03pts) 就任に際したインタビューで加藤は「小売りの経験を生かし、地場産業の中でも特に水産業の振興を徹底的にやっていきたい」「阪急のネットワークを使い、尾鷲の水産物を欲しているところを見つけ出し、トップセールスを展開していきたい」などと抱負を語った。
平田 耕一(ひらた こういち、1948年(昭和23年)11月… 平田 耕一(ひらた こういち、1948年(昭和23年)11月9日 - )は、日本の政治家、実業家。財務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、経済産業大臣政務官(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、衆議院議員(2期)、参議院議員(1期)を歴任。 四日市市天ヶ須賀(富洲原地区住吉町)生まれ。実業家だった父の方針で、特別教育を受けるために公立の四日市市立富洲原小学校ではなく私立小学校(暁学園)の暁小学校、暁中学校で学び、三重県立四日市高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業[要出典]。 石膏ボードメーカーの千代田建材工業に入社して、1988年(昭和63年)から1995年(平成7年)まで同社の社長を務める。
山本 泰人(やまもと たいと、1948年(昭和23年)9月4… 山本 泰人(やまもと たいと、1948年(昭和23年)9月4日 ‐ )は、日本の政治家。東京都中央区長(2期)。 東京都中央区出身。慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部経済学科(山本登国際経済学ゼミ)卒業後、第一勧業銀行勤務を経て、1974年12月に家業の山本海苔店に入社。1992年7月より同社の代表取締役副社長を務めた。 2019年1月23日、矢田美英中央区長からの後継指名を受け、同年4月の中央区長選挙に立候補を表明。4月21日の投開票の結果、新人5人の混戦を制し、初当選。70歳での政界転身となった。 ※当日有権者数:128,000人 最終投票率:44.04%(前回比:1.60pts) 2023年2月8日、中央区長選挙に立候補を表明。
河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 20… 河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 2025年11月29日)は、日本の実業家、元政治家。元参議院議員(2期)。滋賀県を代表する綾羽株式会社代表取締役社長、滋賀経済同友会代表幹事、滋賀経済団体連合会会長、滋賀県防衛協会会長、滋賀県スポーツ協会会長、滋賀県販売士協会会長、大津商工会議所会頭などを務めた。 滋賀県高島市出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、1972年綾羽に入社。1983年に社長に就任。父は元参議院議員、綾羽グループ創業社主の河本嘉久蔵。曾祖母の河本にわは、かつて長寿世界一だった人物で、確かな記録が残る人物としては江戸時代生まれ最後の生き残りであった。 1992年に行われた第16回参議院議員通常選挙において自由民主党から滋賀県選挙区に立候補し初当選。
市村 良三(いちむら りょうぞう、1948年5月31日 - … 市村 良三(いちむら りょうぞう、1948年5月31日 - 2023年6月14日)は、日本の政治家、実業家。元長野県上高井郡小布施町長(4期)。 1982年(昭和57年)から市村が親族とともに始めた町並み修景事業は観光まちづくりの成功例として知られている。観光庁から観光カリスマ百選に認定された。 長野県小布施町上町に生まれる。長野県長野高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年、ソニーに就職。27歳で帰郷。 1979年(昭和54年)12月30日、おじの小布施町長の市村郁夫が任期途中で死去。1980年(昭和55年)、市村郁夫の息子の次夫とともに和菓子店「小布施堂」の経営を引き継ぐ。
澤 雄二(さわ ゆうじ、1948年〈昭和23年〉4月22日 … 澤 雄二(さわ ゆうじ、1948年〈昭和23年〉4月22日 - 2025年〈令和7年〉1月3日)は、日本のジャーナリスト、テレビプロデューサー、政治家。 フジテレビ国際局次長を経て、参議院議員(1期)、農林水産大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、参議院法務委員長などを務めた。 大阪府大阪市天王寺区に生まれる。千代田区立麹町中学校を経て、東京都立城南高等学校卒業。シンガーソングライターの山本コウタローと俳優の角野卓造は麹町中学校時代の同級生で、山本とは参議院議員時代に自身の公式サイト(現在は閉鎖)にて対談を行っている。 1971年3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業(石川忠雄ゼミ)。同年4月、フジテレビ(旧法人/現・フジ・メディア・ホールディングス)に入社。
川崎 二郎(かわさき じろう、1947年(昭和22年)11月… 川崎 二郎(かわさき じろう、1947年(昭和22年)11月15日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(11期)、自民党一億総活躍推進本部長、自民党三重県連会長。
山本 公一(やまもと こういち、1947年〈昭和22年〉9月… 山本 公一(やまもと こういち、1947年〈昭和22年〉9月4日 - 2023年〈令和5年〉10月31日)は、日本の政治家、実業家。位階は正三位、勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(9期)、環境大臣(第23代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)、総務副大臣(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、衆議院内閣委員長・沖縄及び北方問題に関する特別委員長・国家基本政策委員長・政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、盛運汽船代表取締役社長等を歴任した。 父は宇和島市長、衆議院議員、盛運汽船社長を務めた山本友一。 愛媛県宇和島市生まれ。愛媛県立宇和島南高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。大学卒業後、1970年に関西汽船株式会社に入社。
吉田 忠志(よしだ ただし、1947年(昭和22年)8月7日… 吉田 忠志(よしだ ただし、1947年(昭和22年)8月7日 - 2009年(平成21年)8月22日)は、日本の政治家。鳴門市長(1期)、徳島県議会議員(4期)。 徳島県鳴門市里浦町里浦出身。鳴門市里浦小学校、鳴門市第二中学校、徳島県立城南高等学校から、慶應義塾大学法学部法律学科に進み、1969年に卒業。その後、三木武夫の秘書を歴任。 1991年に徳島県議会議員に初当選し、その後4期連続当選。文教厚生委員長、土木委員長、徳島県監査委員会を歴任。鳴門市バレーボール協会長、鳴門市少年野球連盟会長、鳴門市体育協会副会長に就任した。 2007年に鳴門市長に当選したが、在職中の2009年8月22日、肺がんのため死去。
木幡 弘道(こはた こうどう、1947年(昭和22年)5月8… 木幡 弘道(こはた こうどう、1947年(昭和22年)5月8日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、福島県議会議員(3期)を歴任。 福島県相馬郡福浦村(現南相馬市小高区)生まれ。福島県立原町高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。 1979年(昭和54年)に福島県議会議員選挙に初当選。自由民主党に所属したが、1990年(平成2年)に旧福島3区から第39回衆議院議員総選挙に無所属で出馬し落選する。1993年(平成5年)の総選挙では日本新党から出馬し初当選、その後新進党に合流。農林水産政務次官や明日の内閣の農林水産大臣等を歴任する。1996年の第41回衆議院議員総選挙では比例東北ブロック単独候補として比例順位1位で当選。
上田 茂行(うえだ しげゆき、1947年4月18日 - )は… 上田 茂行(うえだ しげゆき、1947年4月18日 - )は、日本の元政治家。元自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 滋賀県出身。父親は野崎欣一郎が滋賀県知事だった時代(1966年~1974年)に絶大な力をふるった上田建設社長の上田茂男。 慶應義塾大学経済学部在学中に田中角栄の秘書となる。1970年に卒業。 1972年、25歳で第33回衆議院議員総選挙において滋賀全県区から自由民主党公認で立候補して当選。戦後生まれ初の国会議員になった。派閥は秘書をしていた関係から田中派に入った(同じ選挙区の山下元利も田中派。)。選挙後、陣営から多数の選挙違反者が出ることになった。 在職中は自民党全国組織委員会遊説局次長を務めた。
遠藤 乙彦(えんどう おとひこ、1947年2月1日 - )は… 遠藤 乙彦(えんどう おとひこ、1947年2月1日 - )は、日本の政治家、外交官。グローバルビジネス戦略総合研究所代表取締役社長兼所長。 衆議院議員(6期)、通商産業政務次官、財務副大臣、公明党幹事長代理、公明党特別顧問(外交・安全保障担当)などを歴任。
腰原 愛正(こしはら よしまさ、1947年(昭和22年)1月… 腰原 愛正(こしはら よしまさ、1947年(昭和22年)1月26日 - 2019年(平成31年)2月3日)は、日本の政治家。長野県大町市長(4期)。 長野県北安曇郡大町(現・大町市)生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業後、清水建設に入社。1984年に退社して家業の物販販売業を継ぎ、大町青年会議所理事長を経て、大町市議会議員に当選。1990年から大町市長を4期務める。2006年に長野県副知事。2010年長野県知事選挙に出馬するが、阿部守一に敗れ落選。叙正五位、旭日小綬章追贈。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
橋本 大二郎(はしもと だいじろう、1947年(昭和22年)… 橋本 大二郎(はしもと だいじろう、1947年(昭和22年)1月12日 - )は、日本の政治家。第13 - 16代高知県知事(4期連続)、元NHK職員(記者、キャスター)、東アジア共同体研究所理事、武蔵野大学法学部政治学科客員教授。
矢野 哲朗(やの てつろう、1946年11月6日 - )は、… 矢野 哲朗(やの てつろう、1946年11月6日 - )は、日本の政治家、実業家。 栃木県議会議員(3期)、参議院議員(3期)、外務副大臣(第1次小泉第1次改造内閣)、自由民主党参議院国会対策委員長、新党改革代表代行などを歴任。 父は参議院議員の矢野登。異母姉に作家の落合恵子がいる。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、三共物産株式会社に入社。1983年4月から栃木県議会議員を3期務める。元科学技術庁長官・大島友治の引退に伴い、参議院栃木県選挙区の後継候補選びで、当時県内で絶大な力を誇っていた元副総理・渡辺美智雄派の若手、西川公也(元衆議院議員、元栃木県議会議長)、増渕賢一(元栃木県議会議長)の中から選ばれて出馬し初当選。
竹下 亘(たけした わたる、1946年11月3日 - )は、… 竹下 亘(たけした わたる、1946年11月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(6期)、自由民主党島根県支部連合会会長。現在は自民党国対委員長。
金原 久雄(きんばら ひさお、1946年(昭和21年)9月2… 金原 久雄(きんばら ひさお、1946年(昭和21年)9月29日 - )は、日本の政治家。元愛知県蒲郡市長(3期)。旭日小綬章。 愛知県出身。1972年、慶應義塾大学卒業。倉庫会社を経営。蒲郡青年会議所理事長、豊橋小売酒販組合理事長などを務めた。 1999年9月9日、蒲郡市長の鈴木克昌が衆院選・愛知14区から立候補する意向を表明。これを受けて9月14日、次期市長選への出馬を表明した。11月7日に行われた市長選挙で初当選。2007年、元市議会議長の大場久充、鈴木克昌の息子の鈴木基夫らを破り3選。 2011年、任期満了に伴い退任。 2017年 春の叙勲で地方自治功労により旭日小綬章を受章。2019年1月21日、蒲郡市名誉市民に推挙された。
速水 雄一(はやみ ゆういち、1946年(昭和21年)9月1… 速水 雄一(はやみ ゆういち、1946年(昭和21年)9月10日 - )は、日本の政治家。元島根県雲南市長(4期)、元加茂町長(4期)。 島根県雲南市出身。島根県立松江南高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、慶應義塾大学商学部卒業。同年4月、山陰合同銀行に入行。1990年(平成2年)12月、同銀行を退職。 1991年(平成3年)4月、加茂町長に就任。以後、町長を4期務める。 2002年(平成14年)4月、6町村合併協議会会長に就任。 2004年(平成16年)11月1日、加茂町は木次町・大東町・飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村と合併して廃止。雲南市が誕生する。これに伴って行われた雲南市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を得て立候補し無投票で初当選した。
大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和… 大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和21年〉9月6日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員。勲等は桐花大綬章。尾崎行雄記念財団会長、もくもく会名誉会長、横綱審議委員会委員長。 衆議院議長(第76・77代)、農林水産大臣(第33代)、文部大臣(第128代)、科学技術庁長官(第61代)、原子力委員会委員長(第61代)、環境庁長官(第32代)、内閣官房副長官(第2次海部内閣・第2次海部改造内閣)、衆議院議員(12期)、衆議院予算委員長、同議院運営委員長、青森県議会議員(2期)、自由民主党副総裁(第15代)、同幹事長(第48代)、同国会対策委員長(第45・49代)、同東日本大震災復興加速化本部長、同国会対策筆頭副委員長、同国会対策副委員長、同副幹事長、同青森県支部連合会会長を歴任した。
野呂 昭彦(のろ あきひこ、1946年8月28日 - )は、… 野呂 昭彦(のろ あきひこ、1946年8月28日 - )は、日本の政治家。
水野 誠一(みずの せいいち、1946年7月8日 - )は日… 水野 誠一(みずの せいいち、1946年7月8日 - )は日本の実業家、政治家。株式会社インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア代表取締役。株式会社西武百貨店社長、参議院議員(1期)、新党さきがけ政策調査会長(第4代)等を務めた。
小坂 憲次(こさか けんじ、1946年〈昭和21年〉3月12… 小坂 憲次(こさか けんじ、1946年〈昭和21年〉3月12日 - 2016年〈平成28年〉10月21日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)、文部科学大臣(第7代)、参議院憲法審査会会長(初代)、自由民主党参議院幹事長などを歴任した。 1990年代前半は、一貫して羽田孜の側近であった[要出典]。1993年に自民党を離党し、羽田が率いる新生党に入党する[要出典]。その後も羽田に従って新進党、太陽党、民政党と渡り歩いたが、羽田が菅直人元厚生大臣率いる旧民主党への合流を進めたことに反発[要出典]。民主党には合流せず、無所属の期間を経て、自民党に復党した。 2008年自由民主党総裁選挙では石破茂の選挙責任者を務めた。
大澤 正明(おおさわ まさあき、1946年〈昭和21年〉1月… 大澤 正明(おおさわ まさあき、1946年〈昭和21年〉1月21日 - )は、日本の政治家。 群馬県知事(公選第17・18・19代)、群馬県議会議員(4期)、第80代群馬県議会議長、尾島町議会議員(2期)などを歴任した。 1946年1月21日、群馬県新田郡尾島町尾島(現在の太田市尾島町)で生まれる。父は尾島町長を務めた大澤明治。1964年、群馬県立太田高等学校卒業。1969年、慶應義塾大学工学部卒業。 1970年、海上自衛隊幹部候補生学校卒業(20期1分隊)。 1971年、大沢建設株式会社入社。1978年に株式会社三協を設立し代表取締役となる。1983年に尾島町議に当選、連続2期務め議長にもなった。
中曽根 弘文(なかそね ひろふみ、1945年(昭和20年)1… 中曽根 弘文(なかそね ひろふみ、1945年(昭和20年)11月28日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(6期)、自民党群馬県連会長。父は元内閣総理大臣の中曽根康弘。
赤松 正雄(あかまつ まさお、1945年11月26日 - )… 赤松 正雄(あかまつ まさお、1945年11月26日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(6期)、公明党副書記長、新進党常任幹事、公明党外交安全保障調査会長、憲法調査会座長、公明党中央幹事、厚生労働副大臣などを歴任した。 1945年11月26日、兵庫県姫路市に生まれる。兵庫県立長田高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。1969年より公明新聞に勤務し、記者を経て、機関誌「公明」副編集長を務め、1987年からは公明党衆議院議員・市川雄一の秘書として勤務した。 1993年7月、第40回衆議院議員総選挙兵庫県第4区で公明党から初当選。同年、党副書記長兼政審副会長に就任。1994年12月、公明党の分裂に伴い、赤松や恩師の市川ら衆議院議員は公明新党に参加。
太田 誠一(おおた せいいち、1945年〈昭和20年〉10月… 太田 誠一(おおた せいいち、1945年〈昭和20年〉10月30日 - 2024年〈令和6年〉12月4日)は、日本の政治家、経済学者。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。自由民主党所属で衆議院議員(8期)を務め、小渕内閣で総務庁長官、福田康夫改造内閣で農林水産大臣をそれぞれ歴任した。 財務行政に詳しく、大蔵政務次官(竹下改造内閣)、衆議院大蔵委員長、自民党財政部会長などを務めたほか、宏池会会長代行、自民党人権問題調査会会長なども歴任した。 福岡県福岡市出身(広島県生まれ)。父は元博多大丸会長の太田清之助。 太田家は、江戸期に遠賀から博多に出て、油屋で財を築いた初代清蔵以来、当主は清蔵を襲名している。
渡辺 直由(わたなべ なおよし、1945年(昭和20年)8月… 渡辺 直由(わたなべ なおよし、1945年(昭和20年)8月6日 - 2013年(平成25年)7月23日)は、日本の政治家。岐阜県美濃加茂市長。御代桜醸造五代目。 父親は美濃加茂市長や衆議院議員を務めた渡辺栄一。 岐阜県美濃加茂市出身。1968年(昭和43年)3月、慶應義塾大学経済学部卒業。美濃加茂商工会議所副会頭などを経て、愛知・岐阜・三重地区の商工会議所委員長、日本商工会議所理事、1997年(平成9年)10月から2005年(平成17年)7月まで岐阜県教育委員会委員を務め、この間2000年(平成12年)2月以降は委員長を務めた。 2005年(平成17年)8月、美濃加茂市長選挙に立候補し初当選。
日笠 勝之(ひかさ かつゆき、1945年7月4日 - )は、… 日笠 勝之(ひかさ かつゆき、1945年7月4日 - )は、日本の政治家。株式会社桜梅桃里取締役相談役。 郵政大臣(第58代)、参議院法務委員長、参議院議員(1期)、衆議院議員(4期)等を歴任した。 岡山県津山市生まれ。岡山県立津山高等学校卒業。慶應義塾大学商学部卒業。大学卒業後は聖教新聞社や公明党・創価学会の職員を務める。 1983年、第37回衆議院議員総選挙に旧岡山県第1区から公明党公認で出馬し、初当選を果たした。以後4期連続当選。1994年、公明党も参加した非自民連立政権の羽田内閣で郵政大臣に任命され初入閣を果たしたが、羽田内閣は日本社会党の連立離脱によりわずか64日で退陣に追い込まれた。
首藤 信彦(すとう のぶひこ、1945年4月5日 - )は、… 首藤 信彦(すとう のぶひこ、1945年4月5日 - )は、日本の政治家、国際政治学者。 政治団体「共和党」物差(党首)。衆議院議員(3期)、東海大学教授を歴任。NGOインターバンド創設者。専門は国際政治経済学、危機管理、予防外交、テロリズム研究。 息子の首藤天信は立憲民主党所属の神奈川県議会議員。 1945年、関東州大連市に生まれる。東京都立戸山高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。大学では政府税制調査会で有名な加藤寛のゼミに所属。 1969年、伊藤忠商事に入社し、アルジェリアで石油化学プラントの建設に携わった。退職後に慶應義塾大学大学院経済学研究科大学院へ入学。1975年経済学修士号、1979年博士号を取得し、1980年貿易研修センター助教授。
泰道 三八(たいどう さんぱち、1945年〈昭和20年〉1月… 泰道 三八(たいどう さんぱち、1945年〈昭和20年〉1月31日 - )は、日本の実業家、元政治家。元衆議院議員(1期)。千葉県出身。旧名彰良。名前の由来は、自身の出生時の父・泰道照山の年齢。元エスエス製薬会長。元コスモ信用組合理事長。 1945年1月31日、東京都生まれ。1957年、千代田区立番町小学校卒業。1960年、千代田区立麹町中学校卒業。1963年、開成高等学校卒業。 1964年4月、米国ニューヨークの製薬会社ファイザー・インターナショナルとアラバマ州の銀行シティーナショナルバンク・オブ・タスカルーサにて研修生として約半年間勤務。 1968年、慶應義塾大学経済学部卒業。同年、エスエス製薬に入社。
三上 元(みかみ はじめ、1945年1月5日 - )は、日本… 三上 元(みかみ はじめ、1945年1月5日 - )は、日本の政治家。湖西市議会議員(2期)。元静岡県湖西市長(3期)。 静岡県新所村日之岡(現・湖西市)出身。新所村立新所小学校、湖西町立岡崎小学校、湖西町立鷲津中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校卒業。慶應義塾大学卒業。 1968年(昭和43年)、株式会社西友ストアーに就職。全西友労組中央執行副委員長(専従)を3年間務めた。1983年(昭和58年)、船井総合研究所に転職。 1992年(平成4年)5月22日、日本新党の発足時に同党に入党。1994年(平成6年)、船井総合研究所の取締役に就任。「週刊フナイFAX」の編集長と主筆を務めた。1998年(平成10年)、同所取締役を辞任。
西村 肇(にしむら はじめ、1945年 - )は、日本の政治… 西村 肇(にしむら はじめ、1945年 - )は、日本の政治家(兵庫県城崎郡城崎町長)、実業家(城崎温泉にある老舗旅館「西村屋」の会長)。ひょうごツーリズム協会理事長。 兵庫県城崎郡城崎町(現豊岡市)生まれ。1967年、慶應義塾大学文学部社会学科卒業。三共生興勤務。1969年、西村屋勤務。1976年、西村屋代表取締役社長に就任。1991年、城崎温泉旅館協同組合副理事長。2001年、城崎町商工会長。観光カリスマ。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月1… 馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月17日 - )は、日本の政治家。東京都日野市長(4期)、東京都市長会会長、日野市議会議員(2期)を務めた。 東京都出身。東京都立立川高等学校ではバスケットボール部所属で、中井洽が先輩にいた。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、日野市消防団に入団し、1993年まで所属した。日野市商工会理事、日野青年会議所理事長を経て、日野市議会議員に当選。市議を2期務めた後、1997年から2013年まで市長。2012年からは東京都市長会会長も務めた。2015年春の叙勲で旭日小綬章受章。2018年から立川高校の同窓会である一般社団法人紫芳会の理事長。 趣味は読書(歴史小説)、ギター演奏、オペラ・ミュージカル鑑賞、ソフトボール。
檜山 俊宏(ひやま としひろ、1944年(昭和19年)12月… 檜山 俊宏(ひやま としひろ、1944年(昭和19年)12月7日 - )は、日本の実業家、政治家。平和広告代表取締役。広島県議会議員(自由民主党所属)。第58、59、60代広島県議会議長。 広島県広島市出身。慶應義塾大学法学部卒業。南カリフォルニア大学を経て1970年に日本教育テレビ(通称NETテレビ。現:テレビ朝日)に入社。翌年に広島ホームテレビに入社。1973年に平和広告を設立し代表取締役社長、鴻治組監査役を兼任する。 1979年4月、広島県議会議員に初当選。1984年6月から1986年6月まで新空港建設特別委員会副委員長。1986年6月から1987年4月まで行財政改革特別委員会委員長。1987年7月から1988年7月まで交通対策特別委員会委員長。
木内 良明(きうち よしあき、1944年9月23日 - 20… 木内 良明(きうち よしあき、1944年9月23日 - 2017年1月26日)は、日本の政治家。公明党に所属し、衆議院議員(3期)や東京都議会議員(5期)、都議会副議長などを歴任した。 東京都墨田区生まれ。東京都立両国高等学校卒業。高校2年生の時に父親を亡くし、家業の倒産も経験する。慶應義塾大学法学部に入学するも中退し、創価学会に入信した。慶應義塾特選塾員。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に旧東京1区(定数3)から公明党公認で出馬したが、次点で落選した。1979年、第35回衆議院議員総選挙に再び旧東京1区から公明党公認で出馬し、初当選する。1980年の第36回衆議院議員総選挙では再び落選したが、1983年の第37回衆議院議員総選挙で返り咲き、通算3期務める。
二之湯 智(にのゆ さとし、1944年〈昭和19年〉9月13… 二之湯 智(にのゆ さとし、1944年〈昭和19年〉9月13日 - )は、日本の政治家。 国家公安委員会委員長(第98・99代)兼国土強靱化担当大臣兼領土問題担当大臣兼国家公務員制度担当大臣兼内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、総務副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、総務大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、参議院文教科学委員長、同決算委員長、参議院議員(3期)、京都市会議長(第69代)、京都市会議員(5期)、自由民主党参議院政策審議会会長、全国市議会議長会会長(第53代)などを歴任。 京都府京都市左京区生まれ。父は二之湯正義。1957年、三重県の小学校を卒業。
金子 原二郎(かねこ げんじろう、1944年〈昭和19年〉5… 金子 原二郎(かねこ げんじろう、1944年〈昭和19年〉5月8日 - )は、日本の政治家。 農林水産大臣(第65・66代)、建設政務次官(第2次海部内閣)、参議院議員(2期)、参議院政治倫理審査会会長、同予算委員長、同資源エネルギーに関する調査会長、同情報監視審査会会長、同決算委員長、長崎県知事(公選第14・15・16代)、衆議院議員(5期)、衆議院法務委員長、同石炭対策特別委員長、長崎県議会議員(3期)等を歴任。 父は、農林水産大臣(第6代)や科学技術庁長官(第33代)を務めた衆議院議員の金子岩三。 長崎県北松浦郡生月町(現在の平戸市)生まれ。生月町立山田小学校(現在の平戸市立山田小学校)、長崎市立桜馬場中学校、暁星高等学校を経て、1968年、慶應義塾大学文学部を卒業し日本水産株式会社に入社。
丹羽 雄哉(にわ ゆうや、1944年4月20日 - )は、日… 丹羽 雄哉(にわ ゆうや、1944年4月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)。
小沢 克介(おざわ かつすけ、1944年4月13日 - )は… 小沢 克介(おざわ かつすけ、1944年4月13日 - )は、日本の弁護士、政治家。立憲民主党山口県総支部連合会顧問。 衆議院議員(3期)、裁判官訴追委員会委員、裁判官弾劾裁判所裁判員、山口県弁護士会会長などを歴任した。小澤 克介とも表記される。 父の赴任先の台湾台北州台北市に生まれ、山口県山口市で育つ。山口県立山口高等学校を経て、慶應義塾大学法学部を卒業し、宇部興産(現:UBE)入社。1973年、28歳で司法試験に合格(司法修習28期)し、その後1976年に弁護士登録。 自民党議員の息子ながら、1983年の第37回衆議院議員総選挙で山口2区から日本社会党公認で立候補し、初当選。以後、3期連続当選。
奥野 信亮(おくの しんすけ、1944年3月5日 - )は、… 奥野 信亮(おくの しんすけ、1944年3月5日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(6期)、法務大臣政務官、法務副大臣、衆議院法務委員長、総務副大臣、自由民主党法務部会長、自由民主党奈良県連会長を歴任。父は衆議院議員の奥野誠亮、弟は経済学者の奥野正寛。 東京都出身。内務官僚だった奥野誠亮と母・宏子の間に長男として生まれる。1962年3月、慶應義塾高等学校卒業。慶應義塾大学工学部管理工学科2年生の1963年11月、父親が衆院選に立候補し初当選した。1966年3月、慶應義塾大学工学部管理工学科卒業。同年4月、日産自動車株式会社に入社。 1996年1月、日産自動車取締役に就任。1999年6月、日産グループの株式会社バンテックの代表取締役社長に就任。
星野 信夫(ほしの のぶお、1944年(昭和19年)2月28… 星野 信夫(ほしの のぶお、1944年(昭和19年)2月28日 - )は、日本の政治家。元東京都国分寺市長(3期)。 東京都国分寺市出身。国分寺市立第一小学校、国分寺市立第二中学校、東京都立立川高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 大学卒業と同時に、国分寺市内に学習塾「薬師塾」を開設。国分寺青年会議所の創設に参画したほか、国分寺の名にふさわしい文化都市を築く会初代会長、東京都生活会議連絡協議会副会長、国分寺まつり実行委員会副会長などを歴任。 2001年6月に行われた国分寺市長選挙で、現職の山崎真秀を破り初当選。市長を3期12年務めた。2013年7月任期満了に伴い退任。退任後は国分寺市観光協会会長を務める。
古川 為之(ふるかわ ためゆき、1944年2月5日 - )は… 古川 為之(ふるかわ ためゆき、1944年2月5日 - )はヘラルドコーポレーション代表取締役会長、日米映画文化協会理事、東京国際映像文化振興会評議員。愛知県出身。 1966年に慶應義塾大学法学部を卒業と同時にコマ・スタジアムに入社。1969年に家族が経営するヘラルドグループの直営会社・ヘラルド・フーヅに移籍し、1970年にグループの常務取締役となる。1979年に代表取締役副社長に就任、また名古屋青年会議所第4代理事長も務めた。1986年7月12日に父・勝巳が亡くなり代表取締役社長となり跡を継ぐ。1987年に日本ヘラルド映画を除く全ヘラルドの会社を合併しヘラルドコーポレーションを設立し初代社長となる。
中川 秀直(なかがわ ひでなお、1944年〈昭和19年〉2月… 中川 秀直(なかがわ ひでなお、1944年〈昭和19年〉2月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(10期)。旧姓佐藤(さとう)。元衆議院議員中川俊思の女婿。元衆議院議員中川俊直は次男。 自由民主党商工部会長、内閣総理大臣補佐(村山内閣)、科学技術庁長官(第54代)、内閣官房長官(第66代)、自由民主党幹事長(第39代)、自由民主党政務調査会長(第47代)を歴任した。 1944年2月2日、東京都出身。実父の佐藤胖(一級建築士、旧財閥系に統合された建設会社の常務)は静岡県小山町出身。1962年、東京都立井草高等学校卒業。1966年、慶應義塾大学法学部卒業。同年日本経済新聞社入社し、政治部記者となった。
木下 敬之助(きのした けいのすけ、1944年(昭和19年)… 木下 敬之助(きのした けいのすけ、1944年(昭和19年)1月15日 - )は、日本の政治家。元大分市長、元衆議院議員。 1944年1月15日、大分県大分市で、政治家木下哲の長男として生まれる。1967年(昭和42年)、慶應義塾大学経済学部経営学科卒。 1979年(昭和54年)10月7日投票の第35回衆議院議員総選挙において大分1区(定数4)に民社党から出馬して初当選。以後、4期にわたり衆議院議員を務めるが、1990年(平成2年)2月18日投票の第39回衆議院議員総選挙では次点に敗れた。 その後、自民党などの支援を受け、1991年(平成3年)に大分市長に当選。2003年(平成15年)に引退するまで3期12年にわたって大分市長を務めた。