横山 歩夢(よこやま あゆむ、2003年3月4日 - )は、… 横山 歩夢(よこやま あゆむ、2003年3月4日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。ベルギー・チャレンジャープロリーグ・ヨング・ヘンク所属。ポジションはフォワード(FW)。 父は元サッカー選手でサッカー指導者の横山博敏、弟はプロサッカー選手の横山夢樹(セレッソ大阪)。 FCトッカーノU-12、U-15を経て、 東海大学高輪台高校へ進学。中学時代は先発で活躍していた選手ではなく、高校進学後も1年生チームにおいて控え選手であったが、元来持っていたドリブルの技術を磨くことで、その努力を認められチャンスを得るとスピードの部分も急成長し、50m走5秒台を記録するようになった。プロ志望であったものの、3年次の公式戦は新型コロナウイルス感染拡大の影響により行われず、アピールの場が得られなかったが、サッカー部監督の尽力により、対外試合再開後には複数のJクラブが視察に訪れた。
美藤 倫(みとう りん、2002年2月12日 - )は、京都… 美藤 倫(みとう りん、2002年2月12日 - )は、京都府京田辺市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 幼少期はFCティアモ枚方の下部組織でプレーし、その後京都サンガF.C.U-15、東海大学付属大阪仰星高校を経て、関西学院大学に進学。3年次の2022年10月12日、2024シーズンよりガンバ大阪に加入内定が発表された。2023年2月28日、特別指定選手に承認された。 2024シーズンより、ガンバ大阪に加入。4月24日のルヴァンカップ1stラウンド2回戦のFC琉球戦で先発出場し、プロ入り初出場。5月3日、第11節のアビスパ福岡戦で後半に途中出場しJデビューを飾るも、終了間際にラフプレーで一発退場となった。
藤井 一志(ふじい かずし、2001年9月30日 - )は、… 藤井 一志(ふじい かずし、2001年9月30日 - )は、兵庫県西宮市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府所属。ポジションはフォワード(FW)。 関西生まれでヴィッセル神戸のジュニアユース(伊丹U-15)出身だが、両親が東京出身ということに加え「自分たちで考えてやるサッカーというのが楽しくて、ここで絶対に全国に行こうと思った」との理由で選手権出場経験のない東海大高輪台高校に進学。サッカー部ではキャプテンを務めた。 高校卒業後は東海大学に進学、サッカー部では3年次に関東大学リーグ2部で得点王に輝き、1部参入プレーオフ決定戦の勝利にも貢献してチームの1部復帰に貢献した。 2023年8月18日、2024年から大宮アルディージャへの加入と2023年JFA・Jリーグ特別指定選手として認定されたことが発表された。
坂本 翔(さかもと かける、2000年9月6日 - )は、静… 坂本 翔(さかもと かける、2000年9月6日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。Jリーグ・FC大阪所属。ポジションはディフェンダー。 中学時代は清水エスパルスの下部組織に所属していた。その後、清水東高校を経て東海大学に進学。同大サッカー部では西山拓実らとプレーした。 2023年2月11日、ギラヴァンツ北九州加入が発表された。3月5日、J3リーグ開幕戦のFC岐阜戦でJリーグデビューを飾った。同シーズンはチーム内で5位タイ、新人では最多の31試合に出場した。 2025年7月10日、FC大阪へ期限付き移籍で加入した。 2025年12月24日、FC大阪への完全移籍を発表。
西山 拓実(にしやま たくみ、2000年4月20日 - )は… 西山 拓実(にしやま たくみ、2000年4月20日 - )は、兵庫県出身のプロサッカー選手。JFL・ジェイリースFC所属。ポジションはミッドフィールダー。 岡山県作陽高校では2年時に全国高等学校サッカー選手権大会に出場。卒業後は東海大学に進学し、同大サッカー部でプレーした。2022年11月8日、2023年シーズンからのSC相模原加入内定が発表された。 2023年4月2日、J3リーグ第5節のアスルクラロ沼津戦でJリーグデビューを飾った。 2025年12月3日、SC相模原との契約満了を発表。 2026年1月10日、JFLに昇格したばかりのジェイリースFCへの加入を発表。 東海大学体育会サッカー部
村上 日奈子(むらかみ ひなこ、2000年2月16日 - )… 村上 日奈子(むらかみ ひなこ、2000年2月16日 - )は、宮崎県出身の女子サッカー選手。ヴィアマテラス宮崎所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 東海大学付属熊本星翔高校、武蔵丘短期大学を卒業後、2020年にAC長野パルセイロ・レディースに入団。パルセイロでリーグ戦・13試合に出場した。 2023年に伊賀FCくノ一三重へ移籍した。 2025年12月26日、地元宮崎のヴィアマテラス宮崎への完全移籍加入が発表された。
田中 幸大(たなか こうだい、1999年12月23日 - )… 田中 幸大(たなか こうだい、1999年12月23日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。ポジションはFW。 横浜F・マリノスのプライマリー、ジュニアユースに在籍し、東海大学付属甲府高等学校、拓殖大学に進学した。 2022年1月31日にシンガポールプレミアリーグのアルビレックス新潟シンガポールへの加入内定が発表された。2月22日の開幕節では途中出場であったが、3月5日の翌節にスターティングメンバーとして一気に4得点を記録しプロ初得点を記録すると、12日の試合でも2得点を決めた。 プロ1年目となる2022年は、シンガポールプレミアリーグで28試合33得点を決め、得点ランキングリーグ2位となる。 また、シンガポールプレミアリーグ優勝のかかった2022年10月7日のライオン・シティセイラーズ戦ではハットトリックを決め、優勝に大きく貢献した。
赤田 法生(あかだ のりき、1999年10月4日 - )は、… 赤田 法生(あかだ のりき、1999年10月4日 - )は、広島県出身のサッカー選手。ポジションはMF。 銀河学院高校から東海大学に進学した。 2022年夏にアルメニア2部のアルメニア・ファーストリーグ所属のFCミカで選手になり、8月3日の第1節で同夏加入の福山隼太とともに全国リーグ初出場を記録したが、7-0の惨敗を喫した。半年で退団した。 2023年6月にトゥブ・アザルガヌウドFCに加入した。同年9月にトライアルを経てリーガ2のPSDSドゥリ・スルダンに完全移籍した。 2024年7月にリーガ1のマドゥラ・ユナイテッドFCに完全移籍した。
風間 優華(かざま ゆうか、1999年5月27日 - )は、… 風間 優華(かざま ゆうか、1999年5月27日 - )は、長野県上水内郡信濃町出身の女子サッカー選手。ノジマステラ神奈川相模原所属。ポジションはゴールキーパー。 2018年に東海大学付属諏訪高校からAC長野パルセイロ・レディースに入団。 2020年にFCふじざくら山梨に期限付き移籍。 FCふじざくら山梨で2年プレーした後、2022年1月にAC長野パルセイロ・レディースに復帰。 2024年12月24日、伊賀FCくノ一三重への完全移籍加入が発表された。 2025年6月10日、ノジマステラ神奈川相模原への完全移籍加入が発表された。
佐藤 颯人(さとう はやと、1999年1月3日 - )は、神… 佐藤 颯人(さとう はやと、1999年1月3日 - )は、神奈川県大和市出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 東海大学4年の時、新型コロナウィルスの影響で総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントと全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)が中止となり、2020年度に特例で開催となった#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!で東海大学が優勝した時のメンバーだった。この時点で大学卒業後の進路は決まっていなかったが、2021年2月21日に当時JFLだったF.C.大阪(2022年にFC大阪に改名)への加入が決まった。 2021年は8試合出場したものの、2022年は3月に右足を骨折し、手術した影響があり、リーグ戦出場はなかった。
面矢 行斗(おもや ゆくと、1998年8月29日 - )は、… 面矢 行斗(おもや ゆくと、1998年8月29日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 中学時代は京都サンガF.C.の下部組織に所属していた。東海大仰星高校では3年次に大崎航詩らとともに全国高等学校サッカー選手権大会に出場している。高校卒業後は東海大学に進学。2017年9月にはアジア大学サッカートーナメントに参加するU-19全日本大学選抜EASTのメンバーに選出され、また同年の関東大学サッカーリーグ2部で新人賞を獲得した。2021年1月6日、2021年シーズンからの栃木SC加入決定が発表された。 2021年2月28日、J2第1節のファジアーノ岡山FC戦で先発出場しプロデビューを果たした。
増田 隼司(ますだ しゅんじ、1998年8月13日 - )は… 増田 隼司(ますだ しゅんじ、1998年8月13日 - )は、大阪府摂津市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC大阪所属。ポジションはミッドフィールダー。 東海大学付属静岡翔洋高校を経て、近畿大学に進学(同期に山下令雄、坪井一真)。 2021年1月16日、2021年シーズンからのいわてグルージャ盛岡加入内定が発表された。3月21日、J3第2節のガイナーレ鳥取戦でJリーグデビューを果たした。9月11日、J3第18節の鹿児島ユナイテッドFC戦でJリーグ初ゴールを決めた。 2023年8月、SC相模原に期限付き移籍。 2024年、FC大阪に完全移籍。 いわてグルージャ盛岡
米原 秀亮(よねはら しゅうすけ、1998年4月20日 - … 米原 秀亮(よねはら しゅうすけ、1998年4月20日 - )は、熊本県宇城市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ザスパ群馬所属。ポジションは、ミッドフィールダー・ディフェンダー。 熊本県宇城市出身で、ジュニアユースからロアッソ熊本に所属していた。宇城市立小川中学校を経て、東海大学付属熊本星翔高等学校を卒業。2015年シーズンには天皇杯2試合の出場経験があり、ロアッソ熊本ユース史上初の、ユース所属でのトップチーム公式戦出場であった。 2016年10月29日、ロアッソ熊本トップチーム昇格内定が発表された。2017年シーズンは公式戦出場機会に乏しかったが、2018年シーズンは渋谷監督が就任し、持ち前のボールさばき、展開力を買われボランチやセンターバックとして出番を増やした。
武井 成豪(たけい せいごう、1998年4月15日 - )は… 武井 成豪(たけい せいごう、1998年4月15日 - )は、埼玉県さいたま市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府所属。ポジションはフォワード。 東海大高輪台高校では2016年夏にインターハイに出場した。高校卒業後は東海大学に進学。2020年の#atarimaeni CUP(新型コロナウイルスの影響で中止された総理大臣杯、全日本大学選手権に代わって開催)では県リーグ所属ながら明治大や順天堂大などの強豪を撃破し、総理大臣杯を制した2000年以来となる20年ぶりの大学日本一を達成した。 2021年2月12日、FC今治加入決定が発表された。3月14日、J3第1節のロアッソ熊本戦でJリーグデビューを果たした。
米澤 哲哉(よねざわ てつや、1998年4月4日 - )は、… 米澤 哲哉(よねざわ てつや、1998年4月4日 - )は、神奈川県横浜市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 東海大学で主将だった2021年1月の#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!に出場し、法政大学を破って優勝した時のメンバーだった。この時点で卒業後の就職先や加入するクラブは決まっていなかったが、その後当時JFLだったいわきFCからオファーがあり、2月下旬にいわきFCへの入団が発表された。 2022年11月19日、いわきFCより契約満了が発表。同年11月28日、カンセキスタジアムとちぎで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2023年、沖縄SVに移籍。
笹原 脩平(ささはら しゅうへい、1996年11月22日 -… 笹原 脩平(ささはら しゅうへい、1996年11月22日 - )は、鹿児島県阿久根市出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。 秀岳館高校3年時に、全国高等学校サッカー選手権大会熊本県予選で同校を初優勝に導いたが、全国大会では一回戦で宮城県の聖和学園に敗れた。大岩亮太(ザスパクサツ群馬)は高校の同級生である。 2014年11月に、2015年シーズンからのサガン鳥栖への加入が内定したが、公式戦に出場することなく1シーズンで契約満了により退団となった。 2016年に東海大学に入学し、関東大学リーグ2部加盟のサッカー部に所属している。 2018年、アルビレックス新潟シンガポールに加入。2020年、ブルネイのバンダルスリブガワンを本拠としブルネイ・スーパーリーグに参加しているブルネイDPMM FCに移籍し10月まで在籍した。
酒井 崇一(さかい しゅういち、1996年5月13日 - )… 酒井 崇一(さかい しゅういち、1996年5月13日 - )は、熊本県玉名郡長洲町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・AC長野パルセイロ所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 小学校時代は4年生から6年まで熊本県菊陽町のスキルアップスクールで技術を学び、中学校時代はJFAアカデミー熊本宇城の1期生として過ごし、高校時代は京都サンガF.C. U-18でプレー。同世代に奥川雅也、永島悠史、大西勇輝、岩元颯オリビエらと共にユース時代を過ごし、第36回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会では3位に導いた。。進学した東海大学熊本では主将を務めた。2017年2018年九州大学選抜に選出。樋口雄太らと九州大学選抜を2018年デンソーカップ3位に導いている。
朝生 翔也(あそう しょうや、1995年4月17日 - )は… 朝生 翔也(あそう しょうや、1995年4月17日 - )は、千葉県君津市出身の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 子安SSC(現 : KOYASU SSC)、三井千葉SC(現 : Vittorias FC)、東海大学付属望洋高等学校(現 : 東海大学付属市原望洋高等学校)、東海大学を経て、2016年にROVERS F.C(現 : 房総ローヴァーズ木更津FC)に入団。 2018年には、GFA Sporting Westlake FC(シンガポール)へ移籍 2019年の後期リーグからKampong Cham FC(カンボジア)と契約し、2度(MCL week14, week18)のMOM(マンオブザマッチ)を受賞した。
内山 圭(うちやま けい、1993年7月19日 - )は、神… 内山 圭(うちやま けい、1993年7月19日 - )は、神奈川県鎌倉市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・サガン鳥栖所属。ポジションはゴールキーパー。 中学時代から高校時代までの6年間川崎フロンターレの下部組織でプレー。U-18在籍中の2年間はトップチームに2種登録した経験もあったが、夢のトップチーム昇格は叶わずに東海大学に進学。卒業後は、東京武蔵野シティFCに加入。 2017年6月に武蔵野を退団し、7月にロアッソ熊本へ完全移籍 となったが、2017年シーズンはベンチ入りの機会はなかった。2018年、2019年シーズンはベンチ入りを果たしたがリーグ戦の出番はなく、天皇杯熊本県予選の1試合に出場した。
脇野 隼人(わきの はやと、1993年4月10日 - )は、… 脇野 隼人(わきの はやと、1993年4月10日 - )は、静岡県沼津市出身のサッカー選手。ポジションはウイングやワイドなど主にサイドで起用される。 清水エスパルスジュニアユースから東海大学付属翔洋高校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校)に進学。卒業後はアスルクラロ沼津に所属した後、単身渡豪しAPIAライカート・タイガースFCに加入した。翌年にはシドニー・ユニバーシティFCに移籍した。 その後、リトアニア・Aリーガ(現・トップリーガ)のFKクライペドス・グラニタスとプロ契約。 2014年夏にはドイツ・ブンデスリーガ6部のFCインターナショナル・ライプツィヒへ移籍した。2015年にはフィンランドのアトランティスFCと契約、2016年にはリトアニアのFCストゥンブラスに移籍した。
峯 勇斗(みね はやと、1992年8月31日 - )は、千葉… 峯 勇斗(みね はやと、1992年8月31日 - )は、千葉県船橋市出身のサッカー選手。ブリオベッカ浦安所属。 小学6年時に柏レイソルU-15のセレクションに合格し、U-18まで所属。高校卒業後は東海大学に進学。レギュラーとして活躍し、関東大学リーグ2部では2011年、2012年の2年連続で得点ランキング2位に入った。 2014年、大学を中退してブラウブリッツ秋田に加入。2015年は開幕戦から6月14日の第16節・福島ユナイテッドFC戦まで14試合連続で先発出場したがそれ以降は出場機会を減らし、交代での出場がほとんどとなった。同シーズンで契約満了となり秋田を退団。 2016年、藤枝MYFCに移籍。
中田 良(なかた りょう、1990年2月9日 - )は神奈川… 中田 良(なかた りょう、1990年2月9日 - )は神奈川県出身のサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー。
井上 和馬(いのうえ かずま、1990年1月9日 - )は、… 井上 和馬(いのうえ かずま、1990年1月9日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。
金井 隆太(かない りゅうた、1989年8月16日 - )は… 金井 隆太(かない りゅうた、1989年8月16日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 湘南ベルマーレU-15出身、日大藤沢高等学校へと進学し、3年時に第86回全国高等学校サッカー選手権大会へ主将として同校8年ぶりの出場を果たす。開会式では神奈川県代表として選手宣誓を務めた。その後、東海大学を経て、2012年にヴァンラーレ八戸に加入した。 2019年シーズンをもって現役を引退。引退後は八戸の営業部スタッフとして勤務する。2020年、新型コロナウイルス感染症拡大のためリーグ戦の開幕が約2ヶ月遅れた際、ファンに向けたyoutube番組「魁!金井塾」を配信し、一部のコアなファン・サポーターからは塾長と呼ばれ、サポーターからの信頼は厚い。
岩上 祐三(いわかみ ゆうぞう、1989年7月28日 - )… 岩上 祐三(いわかみ ゆうぞう、1989年7月28日 - )は、茨城県古河市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 2011年から特別指定選手として湘南ベルマーレに登録されている。2012シーズンからの湘南ベルマーレへの加入内定が発表された。 2013年8月に松本山雅FCへ期限付き移籍となる。 2014年、松本山雅FCへ完全移籍。3月22日に開催されたJ2第4節のカマタマーレ讃岐戦(香川県立丸亀競技場)では、讃岐が試合開始のキックオフから最終ラインまで下げたボールを奪いそのままミドルシュート、非公式計測ながらキックオフ後わずか7秒1での「Jリーグ最速」のゴールを決めた。 2015年12月25日、大宮アルディージャへの完全移籍 を発表。
清水 航平(しみず こうへい、1989年4月30日 - )は… 清水 航平(しみず こうへい、1989年4月30日 - )は、日本のプロサッカー選手。福岡県宗像市出身。Jリーグ・サンフレッチェ広島所属。ポジションはフォワード。東海大学付属第五高等学校卒業。
石井 健太(いしい けんた、1987年12月8日 - )は、… 石井 健太(いしい けんた、1987年12月8日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 小学校3年生の頃からサッカーを始める。知り合いがアビスパ福岡の前身チームでGKを務めていたためGKを志した。東海大学附属翔洋高校から、東海大学を経て2010年ホンダロックSCへ加入。2012年シーズン終了後にホンダロックSCを退団。2013年シーズンよりカマタマーレ讃岐へ移籍した。讃岐ではJ2リーグ戦5試合に出場するなどした。 2016年シーズンをもって契約満了となり退団、テゲバジャーロ宮崎に移籍。背番号は61。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟した2021年シーズンからは、規定によりトップチーム登録の選手は1番から50番以内の背番号を着用することが義務付けられており、登録選手が51人を超えない限り、それ以上大きな番号を背負うことができず、このシーズンから32に変更。
橋内 優也(はしうち ゆうや、1987年7月13日 - )は… 橋内 優也(はしうち ゆうや、1987年7月13日 - )は、日本のプロサッカー選手。滋賀県栗東市出身。ポジションはディフェンダー。Jリーグ・松本山雅FC所属。東海大学付属第五高等学校卒業。
河野 大星(かわの たいせい、1987年6月16日 - )は… 河野 大星(かわの たいせい、1987年6月16日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはFW。 東海大学付属仰星高等学校卒業後、アルビレックス新潟シンガポールのセレクションに合格し入団。当時ケガ人の多かったチームのなかでFWの柱としてプレー。2007年に、大学へ進学したいという本人の希望で日本に帰国。翌年姫路獨協大学に入学し、卒業後はHonda FCに入団した。 2013年を以て現役を引退。
大原 卓丈(おおはら たかひろ、1986年12月6日 - )… 大原 卓丈(おおはら たかひろ、1986年12月6日 - )は福島県出身のサッカー選手。
吉田 明生(よしだ あきお、1986年12月3日 - )は、… 吉田 明生(よしだ あきお、1986年12月3日 - )は、神奈川県藤沢市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 藤沢市辻堂で生まれ育ち、小学生の時にサッカーを始めた。 武相高等学校から東海大学へ入学。大学時代はサッカー部主将を務めた。膝の怪我の手術 で、2009年は無所属となったが、2010年にアルテ高崎へ加入。2011年にY.S.C.C.横浜へ移籍。2014年、クラブとプロ契約を結び、J3で10得点を記録した。2014年から2シーズンにわたってキャプテンを務めた。 2022年12月30日、2022年シーズンをもって現役引退が発表された。 2010年 JFL・地域リーグ入れ替え戦:2試合2得点
川島大地(かわしま だいち、1986年11月21日 - )は… 川島大地(かわしま だいち、1986年11月21日 - )は、茨城県鹿嶋市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 小学2年次に1歳年長の兄と共に茨城県内の少年サッカークラブである波野サッカースポーツ少年団に入団し、全日本少年サッカー大会の茨城県大会などに出場した。小学生時代はゴールキーパー以外の全てのポジションを経験したと自ら語っている。鹿嶋市立鹿島中学校を経て茨城県立鹿島高等学校に進学し校内のサッカー部でプレーした。中学生時代に現在の主要ポジションである左サイドでプレーするようになった。中学生時代・高校生時代とに茨城県選抜チームに選抜され、高校時代には国民体育大会関東地区ブロック大会に出場した。
佐藤 晃大(さとう あきひろ、1986年10月22日 - )… 佐藤 晃大(さとう あきひろ、1986年10月22日 - )は、神奈川県座間市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 小学校低学年時、地元座間市の立野台FC(現FCシリウス)でサッカーをはじめ、栗原中学校、座間高校、東海大学とサッカー部だった。座間高校時代、インターハイ出場がかかった重要な試合で、ゴールをあげ自分自身にしても座間高校にしても初めての全国大会出場を果たした。大学進学時は明治大学も受験したが、不合格だった。 東海大卒業後の2009年、J2の徳島ヴォルティスに入団。徳島での大学生の同期入団は安藤寛明、大原卓丈。同年4月29日のザスパ草津戦でJ2リーグ戦デビューを果たすと、5月2日の横浜FC戦で後半ロスタイムに劇的なJ2初ゴールを決め、チームを勝利に導いた。
堀之内 健介(ほりのうち けんすけ、1983年5月3日 - … 堀之内 健介(ほりのうち けんすけ、1983年5月3日 - )は、大分県出身のサッカー選手。
釘﨑 康臣(くぎさき やすおみ、1982年5月3日 - )は… 釘﨑 康臣(くぎさき やすおみ、1982年5月3日 - )は、宮崎県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー、フォワード。
柳澤 宏太(やなぎさわ こうた、1982年4月8日 - )は… 柳澤 宏太(やなぎさわ こうた、1982年4月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身のプロサッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションはDF(センターバック)。現在は高校教師。
小久保 純(こくぼ じゅん、1980年9月8日 - )は、群… 小久保 純(こくぼ じゅん、1980年9月8日 - )は、群馬県出身の元サッカー選手。現役時のポジションはMF。 前橋育英高校時代に高校選手権でベスト4を経験し、その後東海大学を経てJ2モンテディオ山形に入団。2004年に地元・群馬県を本拠にするザスパ草津(当時JFL)に入団。23試合に出場して2得点を挙げる。J2昇格後の2005年は20試合に出場した。2006年シーズンから群馬県1部リーグ(当時)・図南SC群馬(現・tonan前橋)でプレーし、2008年シーズン終了後に現役引退。 現在は、セレッソ大阪のスクールコーチをしている。
川村 淳一(かわむら じゅんいち、1980年6月24日 - … 川村 淳一(かわむら じゅんいち、1980年6月24日 - )は、静岡県沼津市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションは、ミッドフィールダー、フォワード。 1999年、東海大学第一高校からJリーグ・ヴィッセル神戸へ入団。神戸では3年間プレーした。 2002年、JFL・ジヤトコサッカー部へ移籍。しかし2003年を以てチームが解散し退団。その後、ジヤトコのサポーターが中心となって設立したFCイースタン04へ加入。 2005年、地元の沼津香陵クラブ(のちのアスルクラロ沼津)へ移籍。コーチ兼任でプレーしていたが、JFLに昇格した2014年からは選手専任となった。同年シーズン終了後、現役を引退した。
吉谷 剛(よしがい つよし、1979年12月7日 - )は、… 吉谷 剛(よしがい つよし、1979年12月7日 - )は、大分県出身のサッカー選手。
甲本 偉嗣(こうもと たけし、1979年10月3日 - )は… 甲本 偉嗣(こうもと たけし、1979年10月3日 - )は、北海道出身のサッカー指導者。 東海大学在学中の1998年から2001年はサッカー部ではなく、社会人登録(神奈川県社会人サッカーリーグ所属)のサークル・東海FC.WINGSで選手としてプレー。その後は指導者の道へ進み、京都サンガF.C.、湘南ベルマーレなどでコーチを務めた。 2011年、徳島ヴォルティスのコーチに就任。美濃部直彦、小林伸二、長島裕明、リカルド・ロドリゲスと監督が替わる中でもチームを支えた。J1に昇格した2021年シーズンは新監督に就任したダニエル・ポヤトスが新型コロナウイルス感染症に伴う検疫措置の影響で日本への入国が困難になったことから、ポヤトスが来日し指揮可能になるまでの間、S級ライセンスを持たない甲本が暫定指揮を執ることがJリーグより特例として認められ、4月14日までの10試合で指揮を執り、前回徳島がJ1で戦った2014年の成績を上回る4勝2分4敗の成績でポヤトスに引き継いだ。
高原 良明(たかはら よしあき、1979年8月6日 - )は… 高原 良明(たかはら よしあき、1979年8月6日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。 第101回全国高等学校サッカー選手権大会(2023年)で優勝経験がある。 1979年、福岡県出身。東海大五から東海大学に進み、当時Jリーグ加入を目指してRFK(リバー・フリー・キッカーズ)より改組したファジアーノ岡山FCに入団。サッカー選手として活躍する傍ら、ファジアーノ設立の関係者の一人、岡山学芸館高等学校の理事長よりオファーを受けコーチを兼任。 2008年、現役引退。岡山学芸館の監督に就任。 2012年、高校総体初出場。 2023年、第101回全国高等学校サッカー選手権大会優勝に導く。
菅原 大介(すがわら だいすけ、1978年5月4日 - )は… 菅原 大介(すがわら だいすけ、1978年5月4日 - )は、千葉県出身のサッカー指導者。JFA 公認S級コーチライセンスを有する 。現在はサッカー日本代表のセットプレーコーチを務める。
久永 辰徳(ひさなが たつのり、1977年12月23日 - … 久永 辰徳(ひさなが たつのり、1977年12月23日 - )は、鹿児島県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 1977年、鹿児島県姶良郡姶良町(現・姶良市)生まれ。1976年夏に高校野球で東海大学付属相模高等学校の原辰徳の活躍が有り全国的に新生児に「辰徳」と言う名前を付けることが流行った。 鹿児島実業高等学校在学時に第74回全国高等学校サッカー選手権大会に優勝。 松澤隆司監督から同校卒業後の東京ガスサッカー部への加入を持ちかけられたものの就職試験がうまくいかなかったため、1996年よりアビスパ福岡へ入団。2002年、横浜F・マリノスに1年間の期限付き移籍。
中村 彰宏(なかむら あきひろ、1977年8月23日 - )… 中村 彰宏(なかむら あきひろ、1977年8月23日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはMF。 小学校時代からサッカーを始め、東海大付属浦安高等学校、東海大学においてサッカー部に所属。卒業後は一般企業に就職しサラリーマンとして生活していたが、休暇中にSリーグの選考に合格し、シンガポールへ移住。2005年に在籍したバレスティア・カルサFCでは背番号10番を得、キャプテンを務めた。その後Sリーグのタンピネス・ローバースFCに所属。2012年限りで現役引退。 2013年より同リーグのホーム・ユナイテッドのコーチに就任。
轟 奈都子 (とどろき なつこ、1977年8月17日 - )… 轟 奈都子 (とどろき なつこ、1977年8月17日 - )は、大阪府出身の元女子サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。 東海大学付属仰星高在学中は交野FCに所属。1996年に卒業後は松下電器パナソニックバンビーナ(→スペランツァF.C.高槻)に入団。2002年7月には日本女子代表候補トレーニングキャンプメンバーに選ばれたが、代表での試合出場はない。 2004年にアルビレックス新潟レディースに移籍。レギュラーとして活躍し、2006年にはディビジョン2優勝と翌2007年のディビジョン1昇格に貢献。引退後も同チームでゴールキーパーコーチを務めていた。 好きな食べ物にはバナナを挙げており、1日に2本は食べているほか食べ過ぎておなかを壊したこともある。
須藤 大輔(すどう だいすけ、1977年4月25日 - )は… 須藤 大輔(すどう だいすけ、1977年4月25日 - )は、神奈川県横浜市出身のサッカー指導者、元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 2007年Jリーグカップ得点王。ピアニストの須藤千晴は妹。 甲府のマッチデープログラム「ヴァンすぽ!」7号(2003年5月17日発行)のインタビューコーナーで小学2年生でサッカーを始め、小学5、6年生の頃サッカー選手を目指そうと考えたと答えている。 桐光学園高校では中村俊輔の1年先輩にあたる。高校1年次で桐光学園高校初となる全国高等学校サッカー選手権大会(第72回大会)出場に導くが、3回戦で奥大介擁する神戸弘陵高校にPK戦の末敗れる。翌年のインターハイでは桐光学園初のベスト16。
長橋 康弘(ながはし やすひろ、1975年8月2日 - )は… 長橋 康弘(ながはし やすひろ、1975年8月2日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 小学校からサッカーを始め、東海大学第一中学校から静岡北高等学校を経て1994年清水エスパルスに入団した。2年目の1995年シーズンにリーグ戦29試合に出場したが、その後は怪我などの影響もあり低迷期に入る。 1997年、当時ジャパンフットボールリーグの川崎フロンターレに移籍すると、すぐさまレギュラーの座を確保。以来、9年間の長きに渡り、基本的には右サイドのレギュラーポジションを守り通している。2006年11月24日、引退を表明。 引退後は川崎フロンターレの下部組織のコーチ、監督を歴任し、2025年よりトップチームコーチに就任。
寺田 周平(てらだ しゅうへい、1975年6月23日 - )… 寺田 周平(てらだ しゅうへい、1975年6月23日 - )は、日本の元プロサッカー選手。サッカー指導者。現役時のポジションはディフェンダー。神奈川県横須賀市出身。 日産自動車サッカー部の下部組織で本格的にサッカーを始める。その後、神奈川県立横須賀高等学校から東海大学へ進学。在学中はサッカー部自体は関東2部や神奈川県リーグに所属していたが、1995年に開催されたユニバーシアード福岡大会でサッカー競技代表の中心選手として日本の大会初優勝に貢献し、プロからも注目を浴びる。卒業後は日産サッカー部の後身、Jリーグの横浜マリノス(現在の横浜F・マリノス)への入団が内定していたが、メディカルチェックで頸椎に問題が発見されて不合格となり、1年間の浪人生活を過ごした。
片渕 浩一郎(かたふち こういちろう、1975年4月29日 … 片渕 浩一郎(かたふち こういちろう、1975年4月29日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ベガルタ仙台ヘッドコーチ。現役時代のポジションはフォワード (FW) 。 佐賀商業高校から東海大学を経て、1998年に地元・佐賀県のサガン鳥栖に加入。翌1999年、開幕初年度のJリーグディビジョン2 (J2) 第3節・コンサドーレ札幌戦で、J2第1号となるハットトリックを達成した。黎明期の鳥栖でレギュラーとして活躍したが、2001年は2度の右膝の手術の影響もあり出場機会が減少。2002年、アルビレックス新潟に移籍したが、同シーズン終了後に27歳で現役を引退した。 引退直後の2003年より、新潟ユースのコーチに就任して指導者としてのキャリアを開始。
伊東 輝悦(いとう てるよし、1974年8月31日 - ) … 伊東 輝悦(いとう てるよし、1974年8月31日 - ) は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(守備的ミッドフィールダー)。元日本代表。 小学生時代から多くのサッカー関係者に注目されていたが、当時は小柄なMFではなく長身FWだった。小学5年生時には清水市の選抜チーム・清水FCのメンバーとして1学年上の服部年宏、望月重良らと共に、小学6年生の時にはエースとして田島宏晃らと共に全日本少年サッカー大会2連覇を経験している。 東海大学第一高校に進学。同校は2学年上に森島寛晃、後にアトランタオリンピック代表となる服部年宏、岩下潤(1年先輩)、松原良香、白井博幸らを始め、後にJリーガーとなる選手が数人いたが、清水商業、清水東、静岡学園などの壁に阻まれ高校選手権には一度も出場できず、地元開催で2枠の出場があった1991年度高校総体での準優勝のみが目立った成績となった(決勝戦の相手は清水東で、後に清水エスパルスでチームメイトとなる田島宏晃、斉藤俊秀が所属していた)。