豊田 喜代美(とよだ きよみ、1951年12月19日 - )… 豊田 喜代美(とよだ きよみ、1951年12月19日 - )は、日本の声楽家、ソプラノ歌手。東京都出身。博士(知識科学)。 東京都出身。1970年3月、桐朋女子高等学校を卒業後、桐朋学園芸術短期大学に進学。卒業後は、桐朋学園大学音楽学部声楽科に2年次編入する。 1975年に大学を卒業し、1978年にドイツのケルン音楽舞踏大学(マスタークラス〈エレン・ボゼニウス研究室〉)に留学。 2001年、国立法人北陸先端科学技術大学院大学博士前期課程修了。2007年、同大学院博士後期課程修了。2008年、知識科学博士号取得。博士論文「クラシック音楽歌唱における知識創造モデル-スキルサイエンスからの接近」CiNii Research - 国立情報学研究所 甲第511号 , 2008年3月24日 声楽を萩谷納、柴田睦陸、柴田喜代子、エレン・ボゼニウスに師事。
安永徹(やすなが とおる、1951年11月14日 - )は、… 安永徹(やすなが とおる、1951年11月14日 - )は、福岡県福岡市出身のヴァイオリニスト。父は、九州交響楽団永久名誉指揮者の安永武一郎、夫人はピアニストの市野あゆみ。
小林 倫子(こばやし りんこ、本名:小林グルジンスカ倫子(K… 小林 倫子(こばやし りんこ、本名:小林グルジンスカ倫子(Kobayashi Grudzińska Rinko)、1951年2月19日 - )は、兵庫県生まれの日本のピアニスト。1977年からポーランドのワルシャワに在住。夫はワルシャワショパン協会とショパン国際ピアノコンクールの事務総長を長年務めたアルベルト・グルジンスキ (Albert Grudziński)。ポーランドでは、フレデリック・ショパン作品の演奏家として知られる。 2歳から本を読み始め、サトウハチローの詩にメロディをつけて童謡を作曲していた。山田耕筰が新聞記事でそれを知り、山田は詩を持参して曲を作るように話した。小林によるメロディーは、冒頭と末尾が山田が付けた曲とよく似ていたという。
村崎 和子(むらさき かずこ、1951年(昭和26年)2月1… 村崎 和子(むらさき かずこ、1951年(昭和26年)2月10日 - )は、日本のピアニスト。徳島文理大学音楽学部教授。 桐朋学園大学音楽学部ピアノ専攻卒業。徳島県出身。夫は学校法人村崎学園の前理事長である村崎正人。長男は村崎文彦。 徳島県出身。1973年(昭和48年)に桐朋学園大学音楽学部を卒業。大学を卒業後、同年に徳島文理大学音楽学部の非常勤講師に就任。1977年(昭和52年)より同学部専任講師、1987年(昭和62年)、同学部助教授を経て、1996年(平成8年)に同学部教授に就任。 2016年(平成28年)、第7回ヨーロッパ国際ピアノコンクール・イン・ジャパンで最優秀指導者賞を受賞。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
角田 健一(つのだ けんいち、1951年2月3日 - )は日… 角田 健一(つのだ けんいち、1951年2月3日 - )は日本のトロンボーン奏者、作曲家、編曲家、バンドリーダー。 東京都出身。東京藝術大学別科、桐朋学園大学音楽学部を経てバークリー音楽大学卒業。帰国後は「宮間利之とニューハード」、「原信夫とシャープス&フラッツ」を経て「高橋達也と東京ユニオン」に参加する。東京ユニオン解散後の1990年、東京ユニオンのメンバーを中心に「角田健一ビッグバンド」を結成する。 プロ転向後、一貫してビッグバンドで活動を続けていたこともあり、ビッグバンドの楽しさを広める活動を続けている。そのレパートリーはいわゆるスウィング・ジャズにとどまらず、武満徹の作品のアレンジで構成した定期公演「もうひとつの武満徹」は2007年度の文化庁芸術祭の優秀賞(大衆芸能部門)を受賞している。
川崎 雅夫(かわさき まさお、Masao Kawasaki、… 川崎 雅夫(かわさき まさお、Masao Kawasaki、1951年1月7日 - )は、東京生まれのヴァイオリニスト、ヴィオリストである。子の川崎洋介も同じくヴァイオリニストであり、水戸室内管弦楽団メンバー。 5歳からヴァイオリンを始め、久保田良作、斎藤秀雄に師事した。1964年、中学校2年生の時、第18回全日本学生音楽コンクール全国大会中学生の部で第1位を受賞した。1966年、桐朋女子高等学校音楽科に進み、1969年、同高校を卒業し、桐朋学園大学音楽学部に進んだ。1973年、ジュリアード音楽院に奨学生として留学し、ドロシー・ディレイに師事した。 1973年、ソリストとしてカーネギーホールでシンシナティ交響楽団と共演してデビュー。
はにべ あゆみ(1950年12月25日 - )は、劇団東京乾… はにべ あゆみ(1950年12月25日 - )は、劇団東京乾電池所属の女優。大阪府大阪市出身。旧芸名は土部 歩(はにべ あゆみ)。 大阪府立高津高等学校、桐朋学園大学演劇科卒業。大学卒業後の1973年、劇団民藝に入団。1976年、『俺たちの朝』(日本テレビ)でドラマ初レギュラー。 劇団民藝在団中に文化庁在外研修員として留学し、歌のレッスンを積むなどして、ミュージカルの道を志して劇団四季のオーディションを受ける。 2003年、劇団四季に入団。『アンデルセン』のセリーヌ役で初舞台。 2018年、劇団東京乾電池に入団。
ニコル 麻莉子(ニコル まりこ、1950年11月17日- )… ニコル 麻莉子(ニコル まりこ、1950年11月17日- )は、日本画家、作曲家。夫は小説家・ナチュラリストのC・W・ニコル。1980年に入籍して、長野県黒姫に住居を構えて、ひとり娘を儲けた。 兵庫県出身。シマノ工業社長・島野隆夫の次女・本名・真理子。桐朋学園大学を卒業後、カナダのブリティッシュコロンビア大学大学院留学。1989年から作曲家デビューを果たし、テレビのドラマ、ドキュメンタリーなどの数多くのテーマソング・挿入歌を作曲。その傍ら、1991年より関川都の下で水墨画を習い、ISAMの会員として、数多くの美術展入賞。個展も開催している。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
山口 正介(やまぐち しょうすけ、1950年10月29日 -… 山口 正介(やまぐち しょうすけ、1950年10月29日 - )は、日本の作家、エッセイスト。 山口瞳の長男として東京都に生まれる。桐朋中学校・高等学校を経て桐朋学園短期大学演劇科卒。 舞台演出家ののち、映画評論、小説、父母の思い出などを書く。
かしわ 哲(かしわ てつ、1950年〈昭和25年〉6月9日 … かしわ 哲(かしわ てつ、1950年〈昭和25年〉6月9日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター、小説家。 NHK『おかあさんといっしょ』にて、5代目「うたのおにいさん」を2年間務めた。 東京都出身。桐朋学園大学短期大学部演劇専攻科卒業。 本名は柏 哲(読み方は同じ)。愛称は哲ちゃん。NPO法人ハイテンション代表。実兄は報知新聞社の元記者でスポーツジャーナリストの柏英樹。 1973年、若松孝二プロデュースで漫画家・林静一が監督した映画『夜にほほよせ』に主演、はちみつぱいと共に劇伴も担当する。当時はフォーク系のシンガーソングライターで、林が作詞した主題歌「夜にほほよせ」の作曲も行っている。
田中 直子(たなか なおこ、1950年5月27日 - )は、… 田中 直子(たなか なおこ、1950年5月27日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 東京都出身。4歳からヴァイオリンを始める。 小学2年生のとき桐朋学園大学音楽学部附属子供のための音楽教室に入室。 その後、桐朋女子高等学校音楽科に入学、前橋汀子、齋藤秀雄に師事。 桐朋学園大学音楽学部在学中の、1972年にジュリアード音楽院へ留学し、ドロシー・ディレイに師事。その後、長期にわたりディレイの助手を務める。 ジュリアード音楽院在籍中の1972年にオルフェウス室内管弦楽団の創設に携わったほか、1974年にはセントルークス管弦楽団の創設にも参加し、両団体のコンサートマスターとなる。 そのほか、水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、ニューヨーク・フィロムジカ、シアター・チェンバー・プレイヤーズのメンバーとして、ニューヨークを中心に室内楽・ソロにおいて幅広い活動をしている。
増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2… 増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2021年6月30日から7月1日にかけての未明)は、日本の漫画原作者、小説家、書評家、映画評論家、音楽評論家。東京都出身。血液型はB型。 漫画家・竹宮惠子のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを20歳のときから務め、『変奏曲』の原作なども担当する。15年間務めたのち独立、フリーライターとして活動する。のりす・はーぜの筆名で、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』や、イギリスのパブリックスクールを舞台にしたミステリー『永遠の少年』を執筆。他に、増山のりえの名前で『アリス・ブック』『少女風雅』の編纂など。 幼少時から指が人よりもよく動いたという理由で、両親のすすめでピアノを習い始め、小・中学校時代は桐朋学園大学の『子供のための音楽教室』に通い、将来はプロのピアニストを目指していた。
石田 桃子(いしだ ももこ、1950年〈昭和25年〉 - 2… 石田 桃子(いしだ ももこ、1950年〈昭和25年〉 - 2023年8月)は、日本の音楽家、歌手。 広島県広島市生まれ。父はNHKアナウンサーの石田武、弟は俳優、タレントの石田純一。 6歳の時に、父がNHK特派員に任じられたことからともにアメリカへ移住し、アンソニー・ダミーゴの元でピアノを学んだ。 桐朋女子高等学校音楽科にて、ピアノを大島正泰・加藤伸佳に、作曲を蒔田尚昊に師事。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科卒業。 コンサートや音楽活動以外にもテレビ出演、ラジオパーソナリティー・l、講演会などに意欲的に取り込んでいた。生活のこともあり、音楽家だけではなく2022年からは梱包のアルバイトをしていたが高齢のため辞めていた。
ジョン・チャヌ(Jung Chanwoo、丁 讃宇、1950… ジョン・チャヌ(Jung Chanwoo、丁 讃宇、1950年 - )は、在日韓国人のヴァイオリニスト。ブレーメンアンサンブル代表。 1950年、日本の岡山県に生まれる。5歳よりヴァイオリンを始め桐朋学園大学付属高校を経て桐朋学園大学入学。 1969年、パリ国立高等音楽院に入学。ミシェル・オークレールに師事。同音学院を首席で卒業。同音学院大学院にフランス政府の奨学生として入学。室内楽をジャン・ユボーに師事。 同大学院修了後、韓国国立交響楽団、東京交響楽団、韓国KBS交響楽団などのオーケストラの首席コンサートマスターを歴任。 1986年よりヴァイオリンソナタ全曲演奏シリーズを行う。モーツァルトの53曲、ベートーヴェンの10曲、ブラームスの3曲、シューベルト4曲等。
東 彩子(あずま さいこ、1949年12月11日 - )は、… 東 彩子(あずま さいこ、1949年12月11日 - )は、東京都出身のヴァイオリニスト。東京音楽大学講師。 桐朋学園大学音楽科にて齋藤秀雄、イタリアにてリカルド・ブレンゴーラに師事。1972年からリサイタル、室内楽、コンチェルトの活動を始め、1977年から1988年までヴァイオリンとピアノによる演奏会「DUO」、1991年から現在まで同形式の演奏会「デュオ・コンサート」を開催し、古典派音楽、ロマン派音楽からストラヴィンスキー、プロコフィエフ、三善晃などのヴァイオリン曲を演奏している。主な録音作品として「シューマン:ヴァイオリン・ソナタ全集」がある。 2023年10月11日(水) ルーテル市ヶ谷ホールにて東彩子 藤井一興 DUO「そして、バッハを」 第1回〈J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロの為のソナタ 全6曲演奏会/ヴァイオリンとピアノの為のデュオシリーズを40回続けた末に〉を開催。
西野 康博(にしの やすひろ、1949年(昭和24年)11月… 西野 康博(にしの やすひろ、1949年(昭和24年)11月21日 - )は、日本のトランペット奏者。指揮者。元徳島文理大学音楽学部助教授。桐朋学園大学音楽学部卒業。徳島県出身。 徳島県出身。桐朋学園大学音楽学部でトランペットを専攻し、大学を卒業後は徳島文理大学短期大学部の講師を経て徳島文理大学音楽学部の助教授に就任した。 これまでに徳島シティーオーケストラ常任指揮者や日本クラシック音楽コンクール審査員(2002年-2005年)などを歴任。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
有田 千代子(ありた ちよこ、1949年10月26日 - )… 有田 千代子(ありた ちよこ、1949年10月26日 - )は、日本のチェンバロ奏者、ピアニスト、音楽教育者、桐朋学園大学特任教授。夫の有田正広はフルート奏者。 宮城県仙台市に生まれる。3歳より母親の手ほどきでピアノをはじめ、伊藤昌子、瀬戸堯子に師事。桐朋学園女子高等学校を経て桐朋学園大学に入学し、ピアノを井口秋子、チェンバロを鍋島元子、室内楽を齋藤秀雄に師事する。1972年桐朋を卒業し、ベルギーのモンス王立音楽院(フランス語版)に留学。ロベール・コーエン(フランス語版)にチェンバロを、ヴィーラント・クイケンに室内楽を学ぶ。1974年に栄誉賞付きプルミエ・プリを得て卒業。オランダ・ベルギーでジョイント・コンサートに参加し、1977年には最高栄誉賞付きハイ・ディプロマを獲得。
神谷 敏(かみや さとし、1949年8月20日 - )は、日… 神谷 敏(かみや さとし、1949年8月20日 - )は、日本のトロンボーン奏者。 1949年、滋賀県大津市に生まれる。滋賀県立膳所高等学校卒業後、桐朋学園大学のオーケストラ研究生として学び、福田日出彦に師事。1971年より東京交響楽団の2番奏者、1974年より新日本フィルハーモニー交響楽団の首席奏者をつとめるが、1976年に渡独。 デトモルト音楽院に入学し、ヴィリ・ヴァルター教授と、当時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席トロンボーン奏者であったカール・ハインツ・ドゥーゼ・ウテッシュに師事する。1978年より、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の契約団員を3年間務める。当時ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮下にあったベルリンフィルにおいて、団員として加わった日本人奏者は数名いたが、管楽器奏者として籍をおいていたのは神谷敏のみである。
有田 正広(ありた まさひろ、1949年7月22日 - ) … 有田 正広(ありた まさひろ、1949年7月22日 - ) は、日本の音楽家、フルート(フラウト・トラヴェルソ)奏者、指揮者、音楽教育者。 バロック時代のフルート曲を中心に幅広いレパートリーを持ち、ルネサンスから近代までのフルートを、曲目によって使い分ける。録音媒体への収録も多く、解説文の多くは自身の執筆による。桐朋学園大学特任教授、昭和音楽大学客員教授、昭和音楽大学ピリオド楽器研究所所長。妻の有田千代子はチェンバロ奏者。 1949年東京に生まれる。ヴァイオリニストの叔父の影響で音楽に親しみ、小学性の時にビゼーのフルート曲を聴いてフルートの魅力に目覚める、13歳からフルート奏者の林リリ子に師事する。
大島 幾雄(おおしま いくお、1949年(昭和24年)5月4… 大島 幾雄(おおしま いくお、1949年(昭和24年)5月4日 - )は日本の声楽家(バリトン)、音楽教育者、公演監督。妻も声楽家(ソプラノ)の大島洋子。 1974年(昭和49年)桐朋学園大学卒業。1974年(昭和49年) - 1976年(昭和51年)二期会オペラ研修所。1976年(昭和51年)文化庁オペラ研修所修了。萩谷納、伊藤武雄に師事。1979年(昭和54年) - 1980年(昭和55年)文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノ、ミュンヘンへ留学。 デビューは在学中の1973年(昭和48年)長門美保歌劇団公演ドヴォルザーク『ルサルカ』森番。1976年(昭和51年)から二期会会員となり。同年ワーグナー『タンホイザー』ビーテロルフで二期会オペラに正式デビュー。
小松 真知子(こまつ まちこ、1949年4月8日 - )は日… 小松 真知子(こまつ まちこ、1949年4月8日 - )は日本のピアニスト タンゴ楽団『小松真知子とタンゴクリスタル』(別名『タンゴクリスタル』)代表 1949年4月8日、東京都足立区生まれ 1968年、桐朋学園大学ピアノ科入学 1972年、桐朋学園大学ピアノ科卒業 1973年、長男、亮太を出産 1974年、『志賀清とタンゴ・モデルノス』に加わる。 1980年、『早川真平とオルケスタティピカ東京』に加わる。そのステージに招聘されていたオルランド・トリポディ楽団のタンゴピアニストのオルランド・トリポディ(1927-1995)、バンドネオン奏者のカーチョ・ジャンニーニ(1947-2019)から大いに学ぶ。
羽田 健太郎 (はねだ けんたろう、1949年〈昭和24年〉… 羽田 健太郎 (はねだ けんたろう、1949年〈昭和24年〉1月12日 - 2007年〈平成19年〉6月2日) は、日本のピアニスト、作曲家、編曲家。 東京都北区出身。東京音楽大学客員教授。桐朋女子高等学校音楽科(共学)から桐朋学園大学音楽学部ピアノ学科卒業。有賀和子、井口基成など、業界では特にスパルタで知られる高名な教育者たちに師事。長女は宝塚歌劇団出身の声楽家でショップチャンネルのキャストも務めた羽田紋子(現在、有限会社羽田音楽事務所代表取締役)。 その活動分野はクラシック、ポップス、フュージョンなど多岐にわたり、劇伴音楽の作曲においても『西部警察 PART-II』や『渡る世間は鬼ばかり』のテーマ曲などが広く知られる。
楊 麗貞(よう れいてい、1949年 - )は、日本のピアニ… 楊 麗貞(よう れいてい、1949年 - )は、日本のピアニスト、ピアノ教育家。 桐朋女子高等学校、桐朋学園大学音楽学部卒業。 井口秋子、室内楽を齋藤秀雄、ポーランドでレギナ・スメンジャンカ、ニューヨークにてサッシャ・ゴロドニッツキーに師事。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
大谷 朗(おおたに あきら、1948年12月7日 - )は、… 大谷 朗(おおたに あきら、1948年12月7日 - )は、日本の俳優。大阪府出身。アイティ企画所属。身長180cm、血液型はO型。 桐朋学園演劇科卒業後、劇団雲に入団し、1975年、演劇集団円の創立に参加。 蜘蛛の糸・羅生門(角ひろみ演出、M-PAD2020リーディング) 小川未明(角ひろみ演出、M-PAD2021リーディング) 白・貉(角ひろみ演出、M-PAD2022リーディング) 藤十郎の恋(角ひろみ演出、M-PAD2023リーディング) 夏の夜の夢(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) おりょう(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) 幾松(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) 貞奴(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) 浅草の陽気な女房たち(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) 昭和残照伝々・悲恋(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) 五辨の椿(大谷朗演出、KASSAY) 夏の夜の夢(大谷朗演出、演劇倶楽部O's) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。
武藤 英明(むとう ひであき、1948年(昭和23年)11月… 武藤 英明(むとう ひであき、1948年(昭和23年)11月28日 - )は日本の指揮者。 長崎県雲仙市生まれ。3歳で千葉県習志野市に移る。9歳でピアノを始め、中学3年生のときに船橋吹奏楽団に所属し、トランペットを担当する。その後、桐朋学園大学に進み、斎藤秀雄、戸田邦雄、小倉朗らに学ぶ。1976年、チェコのプラハに渡り、ズデネェク・コシュラー、ヴァーツラフ・ノイマン、ヴァーツラフ・スメターチェクに師事。また、長きに亘り交流のあったスメタナ弦楽四重奏団からも多くの影響を受ける。 1986年にプラハ放送交響楽団の客演常任指揮者に就任、1990年には同団を率いて“プラハの春”国際音楽祭に出演。また、1997年以降、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団およびプラハ合唱団を率いてドイツ、オランダ、ベルギーへ演奏旅行を行い、その公演回数は現在までに100回を超える。
志賀 廣太郎(しが こうたろう、1948年8月31日 - )… 志賀 廣太郎(しが こうたろう、1948年8月31日 - )は、日本の俳優。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻非常勤講師。青年団所属。
楢山 芙二夫(ならやま ふじお、1948年6月13日 - 2… 楢山 芙二夫(ならやま ふじお、1948年6月13日 - 2003年1月15日)は、日本の小説家。 岩手県岩手郡雫石町生まれ。本名・富士雄。桐朋学園短期大学演劇学部卒業。1975年「ニューヨークのサムライ」でオール読物新人賞受賞、直木賞候補。1977年、『マンハッタンのバラード』で同候補。ハードボイルド小説を書いた。 2003年1月15日、内臓疾患のため岩手県雫石町の自宅にて死去。享年54 。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小栗まち絵(おぐり まちえ、Machie Oguri、194… 小栗まち絵(おぐり まちえ、Machie Oguri、1948年4月12日 - )は、大阪生まれのヴァイオリニストである。夫は、同じくヴァイオリニストの故工藤千博である。 6歳から相愛音楽教室に入室し、東儀祐二、江藤俊哉に師事する。1964年、桐朋女子高等学校音楽科に進み、1968年、同高校を卒業して桐朋学園大学に進んだ。その間、斎藤秀雄に師事。大学1年生の時の1968年第37回日本音楽コンクールで第1位、レウカディア賞を受賞、大学3年生の時の1970年第10回海外派遣コンクールで安宅賞を受賞した。1971年、桐朋学園大学を卒業し、11月に小倉朗『ヴァイオリン協奏曲』を初演。翌年の1972年ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで第10位、特別賞を受賞した。
大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、… 大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、日本の音楽社会史家。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。幼少にヴァイオリンを嗜む。桐朋学園大学附属音楽高校在籍中は音楽学を専攻し、高校・大学を通じて齋藤秀雄に5年間指揮法を師事した。桐朋学園大学卒業後は東京芸術大学大学院に進み、1972年に修士課程を修了。1978年から1979年にかけてヨーロッパ7カ国でJ.ハイドンの原典資料を調査研究。 その後、桐朋学園大学で教える。。1986年から1987年には、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ音楽学研究所の客員教授として音楽社会史および演奏慣習の研究に従事した。桐朋学園大学図書館長、音楽学部音楽学科音楽学専攻主任をつとめた。
香月 修(かつき おさむ、1948年 - )は、日本の作曲家… 香月 修(かつき おさむ、1948年 - )は、日本の作曲家。佐賀県生まれ。 1948年生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲科卒業。在学中は入野義朗、別宮貞雄の両氏に師事。桐朋学園大学音楽学部で後進の指導にあたり、2015年3月退任。2013年には新国立劇場委嘱のオペラ「夜叉ヶ池」(泉鏡花原作)で作曲を担当し、同劇場で初演が行われた。日本作曲家協議会副会長。 三好達治、佐藤春夫、三木露風等の詩による歌曲作品はこれまで数多くの歌手のリサイタル等で演奏されている。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は… 尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は、日本の指揮者。大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督。東京藝術大学音楽学部指揮科名誉教授。 作曲家・指揮者である尾高尚忠の次男として神奈川県鎌倉市に生まれる。兄は作曲家尾高惇忠。妻の尾高遵子(ゆきこ)はピアニストである。父方の伯父の尾高朝雄は西田幾多郎門下の東大法学部元教授(法哲学)、同じく伯父の尾高邦雄は東大文学部元教授(労働社会学)、従兄の尾髙煌之助は一橋大学経済研究所元教授、曾祖父の尾高惇忠は富岡製糸場の初代工場長などを務めた明治期の実業家である。曾祖父惇忠の従弟で妹婿であった実業家渋沢栄一もまた忠明の曾祖父であり、作曲家諸井三郎・誠親子とも渋沢家、および従兄の会計学者諸井勝之助を通じて縁戚関係にある。
鹿野 浩四郎(しかの こうしろう、1947年〈昭和22年〉1… 鹿野 浩四郎(しかの こうしろう、1947年〈昭和22年〉10月27日 - )は、日本の俳優、アナウンサー、画家。 1947年10月27日午後2時22分、東京都江戸川区小岩生まれ。東京都立墨田川高等学校より、俳優座養成所にあたる桐朋学園大学演劇科へ進む。1968年、劇団俳優座に所属、舞台・映画・TV等に多数出演。1978年4月~1984年3月、NHK『600 こちら情報部』のキャスターとして毎週月曜~金曜、約1500回の生放送に出演。 1988年~1990年、東日本放送のメーキングキャスターとして出演。1990年~2003年、テレビ神奈川の司会者として出演。 その後、絵師・佐藤勝彦に師事し、墨彩画家としての活動を始める。
本間正史(ほんま まさし、1947年9月22日 - 2016… 本間正史(ほんま まさし、1947年9月22日 - 2016年2月16日)は、日本のオーボエ奏者、音楽教育者、楽器製作者。モダン・オーケストラと古楽オーケストラ双方の第一線で長年にわたって活躍した。父は美術評論家の本間正義。 幼少からヴァイオリンを学び、浦和高校在学中にデューク・エリントンのビッグバンドを聞いて管楽器の道に進む決意をする。1966年東洋音楽大学(現東京音楽大学)に入学、梅原美男にオーボエを手ほどきされ、1968年に桐朋学園大学に入学、オーボエを鈴木清三、室内楽を北爪利世と齋藤秀雄に師事。1972年桐朋学園大学を首席卒業。同年5月に東京都交響楽団に入団、同時期にバロック・オーボエの奏法と制作の研究を独学で始める。
池田 菊衛(いけだ きくえい、1947年8月31日 - )は… 池田 菊衛(いけだ きくえい、1947年8月31日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 神奈川県出身。元イェール大学音楽院教授、シンシナティ大学客員教授、ニューヨーク大学講師、洗足学園大学客員教授。現在、桐朋学園大学特任教授、サントリー室内楽アカデミーファカルティ、メドゥマウント・スクール・オブ・ミュージック(米国NY州)講師。2013年外務大臣表彰受賞。 開成中学校・高等学校卒業後、桐朋学園大学に於いてヴァイオリンを鷲見三郎、ジョーゼフ・ギンゴールド、室内楽を斎藤秀雄に師事。 1971年に渡米。給費生としてジュリアード音楽院でドロシー・ディレイとジュリアード弦楽四重奏団に師事。日本音楽コンクール、ワシントン弦楽器コンクール、ポルトガルでのヴェエナ・ダ・モッタ・コンクール等で入賞している。
工藤 千博(くどう ちひろ、男性、1947年8月6日 - 2… 工藤 千博(くどう ちひろ、男性、1947年8月6日 - 2009年10月9日)は、日本のヴァイオリニストである。妻は同じくヴァイオリニストの小栗まち絵である。長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。 1963年、桐朋女子高等学校音楽科(音楽科は男女共学)に入学し、鈴木共子に師事する。1965年、高校3年生の時、第19回全日本学生音楽コンクール東京大会高校の部で第1位を受賞した。1966年、桐朋学園大学に入学、1970年、文化放送音楽賞を受賞。 1971年、桐朋学園大学を中退し、インディアナ大学に留学、ジョーゼフ・ギンゴールド、フランコ・グッリに師事した。1973年、ローザンヌ・エンロー賞を受賞。
大山 平一郎(おおやま へいいちろう、1947年7月31日 … 大山 平一郎(おおやま へいいちろう、1947年7月31日 - )は、日本の指揮者、ヴィオリスト、室内楽奏者、教育者。 現在、ながさき音楽祭音楽監督。米国のサンタバーバラ室内管弦楽団音楽監督兼常任指揮者。シャネル・ピグマリオン・デイズ・コンサート・シリーズ(CHANEL Pygmalion Days Special Concert Series)アーティスティック・ディレクター。および、ザ・チェンバー・プレイヤーズ(The Chamber Players)メンバー。 博多出身の両親のもと、京都府に生まれる。父・平四郎は石庭の研究を志し、戦後京都へ住みはじめる。復活幼稚園、ノートルダム学院小学校(第一期生)、京都市立烏丸中学校に進学するかたわら、5歳からヴァイオリンを中心に音楽教育を受ける。
矢野 誠(やの まこと、1947年6月25日 - )は、日本… 矢野 誠(やの まこと、1947年6月25日 - )は、日本の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、ピアニスト。 1947年生まれ。東京都出身。幼少時から英才教育を受け、オーストラリア留学を経て、桐朋学園大学音楽学部作曲科に入学した。 1970年代初めからオリジナル・ムーンライダーズ(元はっぴいえんどの松本隆を中心とした、現在のムーンライダーズの前身バンド)のオルガニストを経て、細野晴臣らのキャラメル・ママ、ティン・パン・アレー系のミュージシャンや、松本隆、筒美京平らと協力しながら活動。 無名の頃の大貫妙子を紹介、シュガー・ベイブ結成のきっかけを作っている。 1972年、南沙織、ブレッド&バターなどのアルバムで編曲家としてデビュー。
小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 20… 小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 2013年3月30日)は、日本の指揮者。 桐朋学園大学指揮科卒業後、ライン・ドイツ・オペラで研修を受けた 。 関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者(1982-1988年)、札幌交響楽団専属指揮者(1988年 - 1992年) 、サンクトペテルブルク交響楽団やプラハ交響楽団、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団等の常任客演指揮者を務めたほか、中央大学管弦楽団の音楽監督兼名誉指揮者としてタクトを振っていた。52歳の頃は、年間の1/3を海外での活動で過ごした。 レパートリーは日本人作曲家を含む現代作品にいたるまで幅広く、戦前の日本の作曲家貴志康一の作品の発掘にも取り組んでいた(後述)。
ケイコ・ボルジェソン(keiko borjeson、1947… ケイコ・ボルジェソン(keiko borjeson、1947年 - )は東京出身、スウェーデン在住のジャズピアニスト、ヴォーカリスト。夫はバイオリニストのホーカン・ボルジェソン。 1947年、東京、麻布生まれ。東洋英和女学院、桐朋学園大学ピアノ科卒業。安川加寿子に師事。1973年、室内音楽を学ぶため、イタリアへ留学。1976年、アメリカのハリーフィールド・ミュージックスクールにおいてポピュラージャズ、ボーカルを専攻。1984年、中国遼寧大学客員教授、中国瀋陽音楽院大学客員教授。 1989年、「モントレー・ジャズフェスティバル」出場。1990年、ホワイトハウスより招待(アメリカン・ヘリテイジ・デー)を受ける。
佐藤 正文(さとう まさふみ、1947年 - 2025年11… 佐藤 正文(さとう まさふみ、1947年 - 2025年11月21日)は、日本の演技トレーナー、演出家、俳優。尚美学園大学芸術情報学部客員教授。山形県出身。 桐朋学園大学演劇専攻科卒業。1970年、劇団俳優座に入団。「安部公房スタジオ」の旗揚げに参加。1979年『仔象は死んだ』に出演、米国5都市を巡演。のちにフリーの俳優となり、俳優座劇場プロデュース、無名塾、地人会などの公演に多数出演。1996年コロンビア大学で開催された安部公房シンポジウムにおいて、演技術・安部公房システムを紹介。1997年シンポジウム・安部公房『演劇の仕事』及びワークショップ『安部公房システム』を旧メンバーとともに主催。2004年、2013年ギィ・フォワシィ演劇コンクールに於いて、演出した『ストレス解消センター行き』が最優秀賞を、2006年には『救急車』が優秀賞を受賞。
井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - … 井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - )は、日本の指揮者・ピアニスト・作曲家。2007年1月から2018年3月までオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督、2014年4月から2017年3月まで大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者を、それぞれ務めた。2024年に引退した。 東京生まれ。実の父はアメリカ人であり、育ての父が亡くなった数年後の45歳のとき母に問うたところ、アメリカ人であることを知った。父母ともに子供が外国人との間に生まれた子であったことを周囲に隠していたという。父はアメリカ合衆国生まれで、祖父は広島県からの移民。 成城学園出身。ピアノを室井摩耶子、山岡優子に学ぶ。
堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2… 堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2013年9月1日)は、日本の指揮者。 1946年生まれ。桐朋学園大学卒業。指揮を齋藤秀雄に師事。東京交響楽団副指揮者、及び 同正指揮者を経て、1975年に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を設立、常任指揮者として17年にわたってその育成に努めた。1974年、ロンドンでルパート指揮者コンクールに入賞。1978年、ジュネーブ国際音楽コンクール指揮部門で最高位を受賞。ロンドン交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、シモン・ボリバール交響楽団などに客演。バレエ音楽の指揮者としても活動。1988年から1992年まで札幌交響楽団の専属指揮者。その間、三枝成彰のヴァイオリン協奏曲の委嘱公演、東南アジア演奏旅行などを行った。
徳永 二男(とくなが つぎお、1946年11月20日 - )… 徳永 二男(とくなが つぎお、1946年11月20日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 神奈川県横須賀市出身。父はヴァイオリニストの徳永茂、兄はチェリストの徳永兼一郎。父の英才教育を受け、鷲見三郎にも師事した。1958年、小学校6年生の時、第12回全日本学生音楽コンクール全国大会で第1位を受賞。桐朋学園大学音楽科に進み、斎藤秀雄に師事。1965年、第34回日本音楽コンクールで第3位を受賞した。 1966年、当時日本楽壇史上最年少のコンサートマスターとして東京交響楽団に入団。1968年、文化庁在外派遣研修生としてベルリンへ留学、ミシェル・シュヴァルベに師事した。1974年、チャイコフスキー国際コンクールに出場し、ディプロマ賞を受賞した。
篠崎 史子(しのざき あやこ、1946年8月7日 - )は、… 篠崎 史子(しのざき あやこ、1946年8月7日 - )は、日本のハープ奏者。篠崎弘嗣の次女、篠崎功子の妹。東京都出身。 桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部演奏学科を卒業。イスラエル国際ハープ・コンクール第3位(1970年)。現在は東京音楽大学・桐朋学園大学音楽学部で後進の指導もしている。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
磯村 和英(いそむら かずひで、1945年12月27日 - … 磯村 和英(いそむら かずひで、1945年12月27日 - )は、日本のヴィオラおよびヴァイオリン奏者。東京クヮルテット創設メンバー。イェール大学音楽院教授。愛知県出身。 桐朋学園で齋藤秀雄らに師事する。渡米後、ナッシュヴィル交響楽団の副コンサートマスターに就任したが、室内楽とヴァイオリンへの情熱を抑えきれず、1968年より全額給費奨学生としてジュリアード音楽院に入学、ヴァイオリンをイヴァン・ガラミアンらに、ヴィオラをワルター・トランプラー、室内楽をロバート・マンらに学ぶ。1970年にジュリアード音楽院を中退した。 1969年秋、桐朋、ジュリアードを通じての仲間とともに東京クヮルテットを結成する。
名倉 淑子(なくら よしこ、1945年〈昭和20年〉9月7日… 名倉 淑子(なくら よしこ、1945年〈昭和20年〉9月7日 - 2018年〈平成30年〉11月6日)は、日本のヴァイオリニスト。東京クヮルテット創立メンバー。水戸室内管弦楽団、及びサイトウ・キネン・オーケストラ団員、フェリス女学院大学音楽学部名誉教授、 桐朋学園大学講師。本名は岡田淑子(おかだ よしこ)。夫はビオラ奏者の岡田伸夫。 新潟県出身。桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学音楽学部にて、斉藤秀雄らに師事。共に首席で卒業した。 ジュリアード音楽院に留学し、在学中の1969年に、桐朋学園時代の仲間達と、東京クヮルテットを結成。ジュリアード弦楽四重奏団に教えを受け、1970年、ミュンヘン国際コンクール弦楽四重奏部門、アメリカのコールマン・コンクールで優勝。
徳江 尚子(比佐子)(とくえ ひさこ、Hisako Toku… 徳江 尚子(比佐子)(とくえ ひさこ、Hisako Tokue、1945年7月6日 - 2019年9月18日)は、東京生まれのヴァイオリニストである。妹はピアニストの徳江陽子。 3歳からヴァイオリンを始め、鷲見三郎、鷲見四郎、江藤俊哉に師事。1958年、学習院女子中等科1年生の時、第12回全日本学生音楽コンクール東京大会中学生の部で第2位を受賞し(この年の東京大会、全国大会第1位は和波孝禧)、東京交響楽団と共演してデビュー。翌1958年の第13回同コンクールでは、東京大会、全国大会ともに第1位を受賞した。1961年、桐朋女子高等学校に進み、斎藤秀雄に師事。同年の高校1年生の時、第31回日本音楽コンクールに出場し、第2位を受賞した(このコンクールでの第1位は振吉圭子、第3位は和波だった)。
野島 稔(のじま みのる、1945年5月23日 - 2022… 野島 稔(のじま みのる、1945年5月23日 - 2022年5月9日)は、日本のピアニスト。東京音楽大学第12代学長。 3歳からピアノを始め、桐朋学園大学で井口愛子に師事。幼少期より非凡な才能を発揮し「神童」として名を馳せた。1956年11月、第10回全日本学生音楽コンクールピアノ部門小学校の部第1位受賞。翌年、12歳の時に、当時の常任指揮者であったヴィルヘルム・ロイブナー率いるNHK交響楽団とハイドンのピアノ協奏曲第11番を共演し話題を呼んだ(主催:読売新聞社・1957年5月24日)。1959年11月、第13回全日本学生音楽コンクールピアノ部門中学校の部第1位受賞。1963年10月には、第32回日本音楽コンクール第1位大賞を受賞し、高校在学中であったこともあり各種メディアが注目し報じられた。
堀 了介(ほり りょうすけ、1945年4月10日 - )は、… 堀 了介(ほり りょうすけ、1945年4月10日 - )は、日本のチェリスト。東京音楽大学教授、副学長、日本チェロ協会副会長、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団メンバー。チェリストの堀沙矢香は娘。 東京都出身。8歳より齋藤秀雄にチェロを師事。桐朋女子高等学校音楽科卒業後、1967年の桐朋学園大学オーケストラ研究生の時、第36回日本音楽コンクール第1位入賞。1968年に読売日本交響楽団に入団するも1年で退団し、1969年にウィーン・コンセルヴァトリウム音楽大学(英語版)に入学。 1970年の卒業後、ジュネーヴにてピエール・フルニエに2年間師事。帰国後、NHK交響楽団に入団し、1979年に退団するまで首席奏者を務めた。
和波 孝禧(わなみ たかよし、1945年4月1日 - )は、… 和波 孝禧(わなみ たかよし、1945年4月1日 - )は、東京生まれのヴァイオリニストである。桐朋学園大学卒業。祖父は海軍中将で、山本五十六と同期の和波豊一である。 生来の全盲であったが、4歳からヴァイオリンを始め、辻吉之助、鷲見三郎、江藤俊哉に師事。1954年、9歳の時、第6回全日本盲学生音楽コンクールで第1位特賞を受賞。1958年、中学校2年生の時、第12回全日本学生音楽コンクール全国大会中学生の部で第1位を受賞した。1959年、14歳の時に山本富士子の弟役として大映映画「いつか来た道」に出演した。1962年、第31回日本音楽コンクールで第1位、特賞を受賞。1963年、斎藤秀雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団のソリストとしてデビューした。