中西 睦(なかにし ちかし、1929年(昭和4年)6月13日… 中西 睦(なかにし ちかし、1929年(昭和4年)6月13日 - 1995年(平成7年)12月9日)は、日本の経済学者、元早稲田大学商学部教授。交通経済学専攻。 福岡県北九州市出身。早稲田大学商学部卒、早稲田大学大学院商学研究科修了。早稲田大学助教授を経て教授に就任。他に、港湾審議会委員(1973年~)、運輸政策審議会委員(1980年~)などの要職を歴任した。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
秋庭雅夫(あきば まさお、1929年5月21日- 2021年… 秋庭雅夫(あきば まさお、1929年5月21日- 2021年3月9日)は、日本の経営工学者、東京工業大学名誉教授。 東京出身。早稲田大学工学部卒、1954年同大学院工学研究科修士課程修了、1971年「生産管理システムの設計とその運用に関する研究 システム・モジュールの応用を主として」で工学博士。東京都立工業短期大学助教授、東京工業大学教授を務め、93年定年退官、名誉教授、東京理科大学教授。2009年日本MH協会会長。
山本 吉人(やまもと よしと、1929年5月17日 - 20… 山本 吉人(やまもと よしと、1929年5月17日 - 2002年12月12日)は、日本の法学者、茨城大学名誉教授。 山口県出身。早稲田大学卒。茨城大学助教授、教授を経て、1993年に定年退官、名誉教授、法政大学教授。2001年、退職。1979年、「雇用形態と労働法・労働時間制の法理論」で早稲田大学法学博士。専門は労働法。 2002年12月12日、虚血性心不全のため死去。
小沢 昭一(おざわ しょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)… 小沢 昭一(おざわ しょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)、1929年(昭和4年)4月6日 - 2012年(平成24年)12月10日)は日本の俳優、タレント、俳人、エッセイスト、芸能研究者、元放送大学客員教授。日本新劇俳優協会会長。俳号は小沢 変哲。劇団「しゃぼん玉座」主宰。見世物学会顧問。
小川 洌(おがわ きよし、1929年3月31日 - 2006… 小川 洌(おがわ きよし、1929年3月31日 - 2006年3月16日)は、日本の会計学者。早稲田大学名誉教授。 東京都出身。早稲田大学商学部卒、1956年早稲田大学大学院商学研究科博士課程満期退学、同大学商学部助手、1957年専任講師、1959年助教授、1964年教授、1993年国際会計研究学会会長、1999年定年退職、同大学名誉教授、松蔭大学教授。2006年、交通事故で死去。 門下に永見尊、長谷川惠一がいる。
星野 貞一郎(ほしの ていいちろう、1929年〈昭和4年〉1… 星野 貞一郎(ほしの ていいちろう、1929年〈昭和4年〉1月5日 - )は、日本の社会福祉学者。立正大学名誉教授、東京福祉大学名誉教授、博士(文学)(早稲田大学)。 群馬県佐波郡赤堀村(現・伊勢崎市)に生まれる。1955年(昭和30年)早稲田大学第二法学部卒業。1962年(昭和37年)、早稲田大学大学院文学研究科修士課程を修了後、群馬県庁に入庁し、社会福祉行政全般に従事する。 1971年(昭和46年)から駒澤大学文学部講師、1974年(昭和49年)同助教授。1976年(昭和51年)から群馬大学教育学部助教授、1980年(昭和55年)同教授。1990年(平成2年)から群馬大学大学院教育学研究科教授。
菊池 敏夫(きくち としお、1929年1月1日 - )は、日… 菊池 敏夫(きくち としお、1929年1月1日 - )は、日本の経営学者。日本大学名誉教授。 1951年早稲田大学政治経済学部卒、1954年同大学院修士課程修了。1956年千葉商科大学講師、助教授、1966年教授、1974年日本大学経済学部教授となる。1999年定年、名誉教授、中央学院大学特任教授、客員教授を務めた。2012年瑞宝中綬章受勲。経営行動研究学会会長を務めた。
増田 与(増田與、ますだ あとう、1929年 - )は、日本… 増田 与(増田與、ますだ あとう、1929年 - )は、日本の国際関係論学者、早稲田大学名誉教授。千葉県生まれ。1951年早稲田大学法学部卒、同大学院修士課程修了。1961‐62年に、バンドンのパジャジャラン大学法学部大学院博士課程、法学博士(LLD)。早稲田大学社会科学研究所教授、1994年退職。国際関係論、インドネシア現代史。
吉村 怜(よしむら れい、1929年 - )は、日本の仏教美… 吉村 怜(よしむら れい、1929年 - )は、日本の仏教美術史学者、早稲田大学名誉教授。 東京府に生まれる。1957年早稲田大学文学部美術専攻卒業、1959年同大学院東洋美術史修士課程修了。1962年早稲田大学助手、講師、助教授を経て教授、1999年定年、早稲田大学名誉教授。1980年「北魏仏教図像の研究」で文学博士。
金平 聖之助(かねひら しょうのすけ、1928年12月30日… 金平 聖之助(かねひら しょうのすけ、1928年12月30日 - 2019年11月7日)は、日本の編集者、出版学者。小学館国際室長、大妻女子大学短期大学部教授などを歴任した。 京都府生まれ。早稲田大学第一高等学院を経て早稲田大学教育学部英語教育科卒業。小学館に入り、『めばえ』『よいこ』『幼稚園』編集長、国際室長、1988年大妻女子大学短期大学部教授。日本出版学会常任理事。アメリカ出版研究会主宰。 死後、蔵書は金平文庫として白百合女子大学に収められた。
品田 一良(しなだ いちら、1928年12月29日 - 20… 品田 一良(しなだ いちら、1928年12月29日 - 2007年2月8日)は、フランス文学者、早稲田大学名誉教授。 映画評論家・品田雄吉の兄で本名は品田 三和一良(しなだ みわいちら)。早大仏文科卒、同大学院を経て早大教授。1999年定年退任、名誉教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
篠塚 昭次(しのづか しょうじ、1928年11月24日 - … 篠塚 昭次(しのづか しょうじ、1928年11月24日 - 2016年12月29日)は、日本の法学者。専門は、民法・不動産登記法・土地法。早稲田大学名誉教授。早稲田大学比較法研究所元所長。日本における不動産法のパイオニア。神奈川県出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
浅沼 和典(あさぬま かずのり、1928年10月17日 - … 浅沼 和典(あさぬま かずのり、1928年10月17日 - 2010年6月13日)は、日本の政治学者。 岡山県出身。旧制関西中学校を経て、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。拓殖大学教授、明治大学政治経済学部教授。94年退職。
平井 久(ひらい ひさし、1928年8月10日 - 1993… 平井 久(ひらい ひさし、1928年8月10日 - 1993年3月12日)は、日本の心理学者。元上智大学教授。 1953年、早稲田大学第一文学部心理学専修卒。同大学院文学研究科博士課程満期退学。1965年、「回避行動の実験的分析」にて文学博士(早稲田大学)号を取得。行動病理学、バイオフィードバック法などを専門領域とし、この領域の最新動向を日本に紹介し続けた。1993年3月、上智大学教授在職中に急死。平井信義(児童精神科医、小児科医、大妻女子大学名誉教授)は実兄。
河原 宏(かわはら ひろし、1928年7月24日 - 201… 河原 宏(かわはら ひろし、1928年7月24日 - 2012年2月28日)は、思想史学者、早稲田大学名誉教授、政治学博士。 東京府生まれ。父は商学博士河原茂太郎。杉並区高円寺で育ち、杉並区立第四小、東京府立第十中学校、海軍機関学校、東京高校、成蹊大学を経て早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得満期退学。 1955年「日本文化史上の澁澤栄一」で渋沢青淵記念財団龍門社の懸賞論文で一等入選。1981年「昭和政治思想研究」で早大政治学博士。早稲田大学政治経済学部にて助教授、教授を歴任。1998年定年退職し、名誉教授。日本政治思想史、また日本文化論について著書多数。 2012年2月28日、多臓器不全により、東京都内の私邸にて死去。
谷口 龍男(谷口竜男、たにぐち たつお、1928年7月10日… 谷口 龍男(谷口竜男、たにぐち たつお、1928年7月10日 - 2005年8月28日)は、日本の哲学者。早稲田大学名誉教授。 東京出身。早稲田大学第二文学部西洋哲学専修卒業。1955年3月、早稲田大学大学院文学研究科西洋哲学専修修士課程修了、文学修士。1958年3月、早稲田大学大学院文学研究科西洋哲学専修博士課程単位取得満期退学。早稲田大学第一・第二文学部助教授、第一・第二文学部教授。1987年に「キルケゴール研究」で早稲田大学文学博士。1998年定年退任。2000年から2002年まで早稲田大学第二文学部長。 2005年8月28日、肺炎のため死去。
佐々木 剛三(ささき ごうぞう、1928年(昭和3年)7月1… 佐々木 剛三(ささき ごうぞう、1928年(昭和3年)7月1日 - 2002年(平成14年)5月26日)は、日本の美術史学者。 京都市出身。1951年(昭和26年)早稲田大学文学部美術史学科卒、1952年(昭和27年)京都国立博物館技官、1961年(昭和36年)早大文学部助手、1964年(昭和39年)専任講師、1967年(昭和42年)助教授、1972年(昭和47年)教授、1998年(平成10年)定年退任、名誉教授。長男は考古学者・明治大学教授・佐々木憲一(1962 - )。
小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - … 小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - 2015年8月23日)は、法学者、弁護士、創価大学名誉教授。
中込 道夫(なかごめ みちお、1928年6月10日 - 20… 中込 道夫(なかごめ みちお、1928年6月10日 - 2010年)は、日本の政治学者、川柳作家。 東京府(北区)出身。柳名・清水みちを。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院国際政治学専攻修士課程修了。新聞記者、私立高校教諭などをへて、1967年神奈川県逗子市で池子弾薬庫反対市民会議を結成。1983年6月フィリピンのミンダナオ島の未開地で青年海外協力隊などの協力で農業大学を開設、副学長となる。足利工業大学教授、適正科学研究所所長。
藤家 禮之助(ふじいえ れいのすけ、1928年5月22日 -… 藤家 禮之助(ふじいえ れいのすけ、1928年5月22日 - 2010年11月13日)は、日本の中国史学者、東海大学名誉教授。 京都府生まれ。早稲田大学卒、同大学院文学研究科博士課程満期退学。東海大学文学部助教授、教授。1987年、「漢三國兩晉南朝の田制と税制」で、早稲田大学より文学博士を取得。1998年、定年退任、名誉教授。六朝史が専門。 2010年11月13日、進行性食道癌のため死去。
小林 禮次郎(こばやし れいじろう、1928年 <昭和3年>… 小林 禮次郎(こばやし れいじろう、1928年 <昭和3年> 5月7日 - 2011年 <平成23年> 8月13日)は、日本の経営者、工学博士。コーセー社長を務めた。位階は従五位。創業者小林孝三郎の長男。 東京都出身。1951年に早稲田大学理工学部応用化学科を卒業し、同年に小林コーセーに入社。1964年に常務に就任し、1976年に専務を経て、1981年に社長に就任。1997年3月に会長に就任。 1992年11月に藍綬褒章を受章し、1998年10月に勲三等瑞宝章を受章。 2011年8月13日に脳梗塞のために死去。83歳没。死没日付をもって従五位に叙された。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
池原 義郎(いけはら よしろう、1928年3月25日 - 2… 池原 義郎(いけはら よしろう、1928年3月25日 - 2017年5月20日)は、日本の建築家、早稲田大学名誉教授、日本芸術院会員。 東京都渋谷区生まれ。明治学院中学校、早稲田大学高等学院を経て1951年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1953年同大学院工学研究科建設工学専攻建築計画専修修了、山下寿郎設計事務所勤務、1956年早大理工学部建築学科今井兼次研究室助手、1964年には、多摩美術大学美術学部で講師を務め、1965年早大理工学部建築学科専任講師、1966年助教授、1971年教授、1974年日本建築学会賞、1988年池原義郎・建築設計事務所設立、日本芸術院賞、1989年日本芸術院会員。1995年早大名誉教授。
高木実(たかぎ みのる、1928年3月17日 - )は、日本… 高木実(たかぎ みのる、1928年3月17日 - )は、日本の中世ドイツ文学研究者、早稲田大学名誉教授。 東京出身。早稲田大学第一文学部独文科卒、同語学教育研究所助教授、文学部教授。99年定年、名誉教授。
西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 20… 西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 2023年1月26日)は、日本の法学者。位階は従三位。専門は刑法。早稲田大学名誉教授。法学博士(早稲田大学)。東京都出身。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。1941年成蹊小学校卒業、1948年旧制成蹊高等学校卒業。1949年に早稲田大学第一法学部(3年次)に入学する。1951年に同学部を卒業。1951年同大学大学院法学研究科修士課程に入学し齊藤金作教授に師事する。同大学副手就任。1953年に同研究科博士課程入学後、同大学助手に就任する。1956年に同研究科博士課程を修了。 1959年早稲田大学専任講師、1962年同大学助教授、1967年同大学教授。
大河内 昭爾(おおこうち しょうじ、1928年3月7日 - … 大河内 昭爾(おおこうち しょうじ、1928年3月7日 - 2013年8月15日)は、日本の文芸評論家、武蔵野大学名誉教授。専攻は日本近代文学の研究、特に日本近代文学への仏教の影響(他力思想の影響について)及び近代日本文学と風土との関わりについての研究。 鹿児島県鹿児島市生まれ(本籍宮崎県都城市)。 丹羽文雄主宰の同人誌『文学者』に所属して評論を書いた。同じ雑誌の吉村昭とは親友関係。 1981年から2008年12月号まで雑誌『文學界』の同人誌評を担当し、現代文学に取り組む全国の多くの文学愛好者への指導的役割、作品誕生への励ましを続け、新たな書き手として村田喜代子ら多くの作家の誕生を手助けした。 雑誌『食食食』(みき書房)、『食の文学館』(紀伊国屋書店)など文学と食を結ぶ季刊誌を主宰して、風土と食の文学の研究を20年以上継続。
新井 隆一(あらい りゅういち、1928年3月2日 - 20… 新井 隆一(あらい りゅういち、1928年3月2日 - 2017年6月17日)は、日本の公法学者。早稲田大学名誉教授。 1928年群馬県高崎市生まれ。旧制群馬県立高崎中学校を経て、1956年に早稲田大学第一法学部を卒業。1961年同大学院博士課程単位取得退学、1976年「行政法における私人の行為の理論」で法学博士。早稲田大学法学部助教授、教授、1998年定年、名誉教授。 2014年瑞宝中綬章受章。 2017年6月17日、肝腫瘍にて死去。89歳没。没後、正五位に叙された。
長澤 和俊(ながさわ かずとし、1928年(昭和3年)2月2… 長澤 和俊(ながさわ かずとし、1928年(昭和3年)2月28日 - 2019年(平成31年)2月23日)は、日本の東洋史学者。専門はシルクロード史。早稲田大学名誉教授。 1928年、東京都足立区生まれ。1946年、千葉県立千葉中学校を卒業して早稲田大学第二文学部史学科に進学し、東洋史を専攻。1951年に卒業し、早稲田大学大学院文学研究科史学東洋史専攻へ進学。1957年に博士課程を単位取得修了。 1957年4月、安田学園高等学校教諭となった。1960年より東海大学文学部専任講師。1967年に鹿児島短期大学助教授に転じ、翌68年に教授昇格。1966年1月から6月まで、作家・登山家の深田久弥を隊長とするシルクロード踏査隊の副隊長を務め、5か月にわたり現地史跡を調査した。
新井 清光(あらい きよみつ、1928年 <昭和3年> 1月… 新井 清光(あらい きよみつ、1928年 <昭和3年> 1月22日 - 1999年 <平成11年> 12月12日)は、日本の会計学者。専門は財務会計論。商学博士。位階は正五位。勲二等瑞宝章。 1951年、早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業。1961年、同大学大学院商学研究科博士課程修了。 1968年より早稲田大学商学部教授。また、1997年に同大名誉教授に就任。文京女子大学(現文京学院大学)大学院教授も務める。 企業会計審議会会長(1987年-1994年)、国際会計研究学会第4代会長(1990年-1993年)、日本会計研究学会第7代会長(1994年-1997年)などを歴任。公認会計士試験第2次試験委員、税理士試験委員など各種試験委員を務めた。
日下部与市(くさかべ よいち、1928年(昭和3年) - 1… 日下部与市(くさかべ よいち、1928年(昭和3年) - 1975年(昭和50年)1月26日)は、日本の会計学者。企業会計審議会委員。 東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1967年「財務諸表監査の基礎理論」で早稲田大学より商学博士の学位を取得。早稲田大学商学部助教授、教授を務めたが、46歳で白血病により死去。ゼミ出身者に吉野正芳、鳥羽至英など。
小山 宙丸(こやま ちゅうまる、1927年(昭和2年)8月2… 小山 宙丸(こやま ちゅうまる、1927年(昭和2年)8月28日 - 2006年(平成18年)9月22日)は、日本の哲学者。早稲田大学第13代総長。早稲田大学名誉教授。 東京都北区に生まれる。実家小山酒造は、東京・北区岩淵町にあり、長年、都区内唯一の造り酒屋として知られていたが、2018年に酒造業から撤退した。第一早稲田高等学院文科(旧制)を経て、1951年(昭和26年) 早稲田大学文学部西洋哲学専攻(旧制)卒業。1953年(昭和28年) 早稲田大学大学院文学研究科修士課程(西洋哲学専攻)修了。1956年(昭和31年)早稲田大学大学院文学研究科博士課程(西洋哲学専攻)単位取得退学。同年、早稲田大学第一文学部助手。
久保田芳太郎(くぼた よしたろう、1927年8月26日- )… 久保田芳太郎(くぼた よしたろう、1927年8月26日- )は、日本近代文学研究者、東横学園女子短期大学名誉教授。 静岡県生まれ。1952年早稲田大学文学部国文科卒、54年同大学院修士課程修了、1970年都留文科大学講師、73年早稲田大学講師、1975年東横学園短期大学教授。1998年定年退任、名誉教授。
中村 眞澄(なかむら ますみ、1927年7月22日 - 20… 中村 眞澄(なかむら ますみ、1927年7月22日 - 2017年6月9日)は、日本の法学者。専門は商法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1975年)。早稲田大学名誉教授。社団法人日本海運集会所海事仲裁人。弁護士法人エル・アンド・ジェイ法律事務所顧問。日本公証法学会理事長。 1927年に東京に生まれる。1953年、早稲田大学法学部卒業、1955年、早稲田大学法学部助手、1960年講師、1963年助教授を経て、1968年早稲田大学法学部教授。1982年法学部学部長。1995年同大学院法学研究科委員長。1998年退職。 1975年「海上物品運送人責任論」で早稲田大学で法学博士。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
三原義男(みはら よしお、1927年〈大正15年〉4月30日… 三原義男(みはら よしお、1927年〈大正15年〉4月30日 - )は、日本の工学者。工学博士(早稲田大学)。元北海道東海大学学長。東海大学名誉教授。広島県出身 早稲田大学理工学部卒業。1962年東海大学工学部電気工学科講師。1964年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程中退。その後、同工学部通信工学科助教授。1972年3月早稲田大学にて「異種媒質境界上のスクリーンによる電磁波の回折」で工学博士の学位.を受く。1972年4月東海大学情報デザイン工学部教授。1976年同情報デザイン工学部長。1978年同教務部長。1981年東海大学学長室室長。1987年東海大学学長補佐。1991年北海道東海大学学長。
小林 昭三(こばやし しょうぞう、1927年3月9日 - 2… 小林 昭三(こばやし しょうぞう、1927年3月9日 - 2020年1月24日 )は、日本の法学者。早稲田大学名誉教授。名城大学大学院法学研究科講師。専門は憲法学・比較憲法学。 神奈川県出身。憲法改正の主唱者として、憲法学界のみならず政界や言論界にも広く影響を与えた[要出典]。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
立川 昭二(たつかわ しょうじ、1927年2月24日 - 2… 立川 昭二(たつかわ しょうじ、1927年2月24日 - 2017年8月5日)は、日本の歴史学者、病理史学者。北里大学名誉教授。 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部史学科卒。1966年北里大学教授。1980年『死の風景』でサントリー学芸賞受賞。1997年、定年退職、名誉教授。 当初は鉱業史などの研究をしていたが、1970年代以降、病気や死についての文化史的考察が専門となり、以後数多くの著作を刊行。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
尾山 令仁(おやま れいじ、1927年1月15日 - 202… 尾山 令仁(おやま れいじ、1927年1月15日 - 2023年5月16日)は、日本の牧師、神学者、聖書学者、神学校教師、神学博士。聖書キリスト教会元会長牧師。日韓親善宣教協力会会長、厚木聖書キリスト教会主任牧師。号は「唯人」。 陸軍経理学校、早稲田大学大学院博士課程修了。戦後、日本の福音派指導者として聖書信仰の確立のために働く。大学時代にキリスト者学生会を設立。日本プロテスタント聖書信仰同盟の3代目実行委員長として日本福音同盟の結成に関わる。第2回日本伝道会議京都宣言起草委員長。 長男の尾山謙仁は牧師。娘婿の岡野俊之は牧師。次男の尾山清仁は聖書キリスト教会会長牧師。孫の岡野義喜は牧師。 会社員の家庭に生まれた。
岸 俊彦(きし としひこ、1927年 - )は、日本の教育心… 岸 俊彦(きし としひこ、1927年 - )は、日本の教育心理学者、明星大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒業。1982年「教授学習過程の心理学的研究」で早大文学博士。東京都立中野工業高等学校教諭、東京都立教育研究所、1976年明星大学助教授、教授。1998年定年退職、名誉教授、学校心理士資格認定委員長、湯島心理相談所。八洲学園大学教授。その間、東京都日野市教育委員、日野市立幼児教育センター所長。
峰島 旭雄(みねしま ひでお、1927年 - 2013年10… 峰島 旭雄(みねしま ひでお、1927年 - 2013年10月16日)は、日本の仏教学者、哲学者。 東京生まれ。大正大学文学部卒業。早稲田大学大学院文部研究科(西洋哲学)博士課程満期退学。1960年早稲田大学商学部助教授、教授、98年定年退任、名誉教授、文京女子大学教授。比較思想学会会長。日本デューイ学会会長、学校法人芝学園理事長、浄土宗教学院副理事長。日本イギリス学会名誉会員。東方学院理事。(財)三康文化研究所研究指導員。
土井 輝生(どい てるお、1926年9月2日 - 2018年… 土井 輝生(どい てるお、1926年9月2日 - 2018年9月8日)は、日本の法学者。専門は、著作権法・商標法・知的財産権法。早稲田大学名誉教授。弁護士。武具甲冑研究家。 1926年9月2日福岡県門司市にて出生。幼少期を山口県で過ごす。1943年、旧制山口県立防府中学校4年時に陸軍士官学校に合格し、陸士59期に飛び級入学。1944年より航空士官学校にて航空通信部隊に所属。1945年終戦により士官学校より復員。米軍基地で働きながら法政大学通信科に通う。米軍基地での勤務を通じて英語の重要性を痛感し、働きながら独学で英語を習得。 1952年早稲田大学大学院法学研究科に入学。1954年修士課程修了。同年フルブライト奨学生としてミシシッピ大学ロースクールに留学。
古賀 登(こが のぼる、1926年5月6日-2014年7月1… 古賀 登(こが のぼる、1926年5月6日-2014年7月17日)は、東洋史学者。早稲田大学名誉教授。 横浜市出身。1952年早稲田大学文学部東洋史学科で松田壽男に師事、1958年同大学院文学研究科博士課程満期退学。1958年早大文学部助手、1963年講師、1965年助教授、1970年教授、1997年定年退任、名誉教授、皇學館大學教授。 1980年「漢長安城と阡陌・県郷亭里制度」で早大文学博士。2006年11月瑞宝中綬章受章。
大沢 慶己(おおさわ よしみ、1926年3月6日-)は、日本… 大沢 慶己(おおさわ よしみ、1926年3月6日-)は、日本の柔道家、早稲田大学名誉教授。柔道で事実上の最高段位となっている十段の所有者(120年以上の柔道の歴史のなかで2006年現在、過去を含めて十段所有者は15名のみ)。柔道が初めて五輪正式種目となった1964年東京オリンピックの柔道競技コーチ、全日本柔道連盟国際試合選手強化委員会(女子)委員長、講道館女子部部長、早稲田大学柔道部師範、早稲田大学人間科学部教授を歴任。今日の日本および世界の柔道の隆盛にも大きく貢献した。2006年、早稲田大学スポーツ功労者表彰。
大熊喜代松(おおくま きよまつ、1926年1月5日 - 20… 大熊喜代松(おおくま きよまつ、1926年1月5日 - 2008年10月24日)は、日本の教育学者。 千葉県出身。早稲田大学文学部卒業。千葉市立院内小学校言語治療教室担任、千葉県特殊教育センター言語障害児教育研究部長、市川市立養護学校長、千葉県立桜ヶ丘養護学校長、千葉県立千葉盲学校長。大学非常勤講師、NHK「ことばの治療教室」、「ことばの教育相談」などの講師を務める。植草学園短期大学特任教授、日本言語障害児教育研究会副会長。言語障害児教育の業績に対し、文部大臣賞、1969年吉川英治文化賞、読売教育賞など受賞。
仙崎 武(せんざき たけし、1926年1月1日 - 2020… 仙崎 武(せんざき たけし、1926年1月1日 - 2020年10月29日 )は、日本の教育学者。文教大学名誉教授。 鳥取県米子市生まれ。1950年早稲田大学文学部哲学科教育学専攻科卒業、1959年同大学院(旧)修了。 公立学校教員(地方公務員)として東京都立王子工業高等学校教諭ののちに退職。退職後は立正女子大学教授となり、校名変更で文教大学教授、1997年定年、名誉教授となる。キャリア教育、進路指導研究の第一人者として、日本進路指導学会会長を務め、日本キャリア教育学会名誉会長。 2004年4月瑞宝中綬章受章。 2020年10月29日午後7時45分、老衰のため逝去。
岩田 勝(いわた まさる、1926年 - 1994年)は、日… 岩田 勝(いわた まさる、1926年 - 1994年)は、日本の民俗学者。特に神楽の分野で功績を残している。 広島県福山市出身。旧制下関中学校卒。郵政公務員。 「広島民俗」「山陰民俗」「岡山民俗」に神楽に関する論文を投稿。 1983年「神楽源流考」を上梓。 早稲田大学非常勤講師。勲四等瑞宝章。 岩田は神楽を託宣型と悪霊強制型に分類した。悪霊強制型は祟る神を守護神として転化して祀る型と依代に憑依せしめ攘却する型とに分類される。この悪霊鎮送説はそれまで神楽の根源と考えられてきた「籠ることで善神を身体に付着させて生命の更新を図る」という神座鎮魂論に対立する説となった。
滝沢 清人(たきざわ きよと、1926年 - )は、日本の社… 滝沢 清人(たきざわ きよと、1926年 - )は、日本の社会心理学者。 1952年早稲田大学文学部心理学科卒、女子美術大学教授、自治医科大学教授を歴任。
鹿島 曻(かしま のぼる、1926年 - 2001年4月24… 鹿島 曻(かしま のぼる、1926年 - 2001年4月24日)は、日本の弁護士、在野の歴史家。 1926年に神奈川県横浜市に弁護士を父として生まれる。早稲田大学法学部在学中に司法試験に合格し自身も弁護士になる。弁護士業の傍ら、古代東アジア史、日本史の研究を進めて、独自の史観を展開し、多数の著作を発表した。鹿島の著作の「明治天皇すり替え」説は、インターネットで「田布施システム」と呼ばれる陰謀論のネタ元のひとつである。 出版社「新国民社」を創設し、自著の多くも同社から出版したが、その事業は2007年に、太田龍を代表とする新国民出版社に引き継がれた。 鹿島が展開した独自の史観の例としては以下のようなものがある 鹿島や鬼塚英昭が主張した明治天皇すり替え説の陰謀論は、インターネットで肉付けされ、日本を動かしているのは永田町でも霞が関でもなく、山口県の田舎町の田布施町であるという陰謀論「田布施システム」となった。
今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 -… 今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 - 2020年1月10日)は、日本文学者、立正大学名誉教授、日蓮宗勧学院勧学職、立正大学常任理事などを歴任した。息子今成元信(1959年生)も僧侶で、高校教師である。 専攻は仏教文学、軍記物語、説話文学。平家物語を中心とした軍記物語研究で多くの著作がある。国文学者であり宗門僧侶として日蓮研究も著した。 東京生まれ。1948年早稲田大学文学部卒業。1951年早稲田大学大学院(旧制)修了。国士舘大学助教授、教授、1980年立正大学教授、1983年11月「平家物語流伝考」で早大文学博士。2005年11月29日、自身の満80歳の誕生日を機に今成組組頭を勇退。
並木 美喜雄(なみき みきお、1925年11月18日 - 2… 並木 美喜雄(なみき みきお、1925年11月18日 - 2010年4月21日)は、日本の物理学者。早稲田大学名誉教授。東京都出身。 専門は素粒子論、量子力学基礎論。確率過程を用いて場の量子論を再構築する確率過程量子化、量子力学の観測問題などを研究した。また、早稲田大学理工学部物理学科の創設にも尽力した。
松本 昭(まつもと あきら、1925年10月30日 - 20… 松本 昭(まつもと あきら、1925年10月30日 - 2018年11月9日)は、日本のジャーナリスト・仏教学者、昭和女子大学副学長。 神奈川県生まれ。早稲田大学文学部美術史専攻卒業、同大学院特別研究生。1982年「弘法大師入定説話の研究」で早大文学博士。毎日新聞社入社後、サンデー毎日編集部、学芸部、政治部を経て事業部長。昭和女子大学副学長を務めた。
今井 功(いまい いさお、1925年10月20日 - 200… 今井 功(いまい いさお、1925年10月20日 - 2006年3月25日)は、日本の地質学者である。 地質調査所において、日本各地の地質調査を行い、地質図幅の作成、編集を行った。また、日本の地質学史についての調査・研究を進める。その成果は、『黎明期の日本の地質学』や『地質調査所百年史』などにまとめられている。東京地学協会の日本地学史編纂委員会委員もつとめ、日本の地学史研究に多大な貢献をした。父は地質学者の今井半次郎。