スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
井口 謙(いぐち けん、1995年11月25日 - )は、R… 井口 謙(いぐち けん、1995年11月25日 - )は、RKB毎日放送のアナウンサー。山口県下関市出身。 山口県立下関西高等学校を経て、筑波大学卒業。筑波大学では陸上競技部中長距離ブロックに所属していた。大学卒業後、RKB毎日放送に2018年4月に入社。入社1年目より今日感テレビのレポーターを務め、ラジオでも、カリメン2代目パーソナリティに就任するなど、多岐にわたって活躍する。趣味はランニングで、乃木坂46のファンである。好きな芸人はサカイストと、東京03。好きなJリーグチームはギラヴァンツ北九州(DAZN実況担当)。
岡村 トモ子(おかむら トモこ、1984年〈昭和59年〉1月… 岡村 トモ子(おかむら トモこ、1984年〈昭和59年〉1月23日 - )は、日本のサックス奏者、作曲家、編曲家。 ビッグバンド「たをやめオルケスタ」のリーダー、SKAバンド「The SKAMOTTS」のリーダーをつとめる。チャラン・ポ・ランタンのバックバンド「カンカンバルカン楽団」のメンバーでもある。 山口県下関市生まれ・出身。 下関市立豊浦小学校、下関市立長府中学校、山口県立下関西高等学校卒業。中学でアルトサックスを始め、中高は吹奏楽部に在籍。 早稲田大学第一文学部に進学、夜間は文化服装学院に通い、ダブルスクール過程修了。向井志門にジャズサックスを師事し、音楽理論、作編曲、ホーンアレンジ、フルートは独学。
寺川 奈津美(てらかわ なつみ、1983年2月8日 - )は… 寺川 奈津美(てらかわ なつみ、1983年2月8日 - )は、日本の気象予報士。
児林 大介(こばやし だいすけ、1982年11月5日 - )… 児林 大介(こばやし だいすけ、1982年11月5日 - )は、NHKの記者。元アナウンサー。 山口県立下関西高等学校、東京大学工学部 に進学。大学卒業後の2006年、NHKに入局。2021年6月の人事異動でアナウンサー職を離れた。ニュースリポート等で度々全国放送に出演した。 広島局への異動後は、管理業務を担うと盛岡局のSNSで報告していたが2022年頃から記者としてニュース番組の取材VTRやスタジオに出演することがある。2023年4月9日「2023統一地方選挙広島県開票速報」では記者としてスタジオ出演。解説だけではなく一部アナウンス的進行をする等サブキャスター的役割を担った。
三坂 知絵子(みさか ちえこ、1977年8月7日 - )は、… 三坂 知絵子(みさか ちえこ、1977年8月7日 - )は、日本の舞台・映画女優。 山口県下関市出身。元有限会社ブレス所属。夫はアニメーション監督の新海誠、娘は子役の新津ちせ。 中学時代から劇団で活動し、山口県立下関西高等学校在学時は演劇部部長としてミュージカル等に参加。1996年に高校を卒業し、早稲田大学第一文学部演劇映像専修に進学するとともに、劇団木霊に入団。在学中の1999年5月には月蝕歌劇団の舞台『少女革命ウテナ 魔界転生◎黙示録編〜麗人ニルヴァーナ来駕〜』に桐生七実役として出演。2000年には北村龍平監督長編デビュー作『VERSUS -ヴァーサス-』でヒロイン役に抜擢される。2002年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻の修士課程を修了。
河村 太朗(かわむら たろう、1977年4月15日 - )は… 河村 太朗(かわむら たろう、1977年4月15日 - )は、日本のフリーアナウンサー。株式会社フットメディア所属。 山口県立下関西高等学校卒業後、パイロットを目指して防衛大学校に入るが中退。改めて早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現:スポーツ科学部)に入り直した。 大学卒業後、2002年日本放送協会(NHK)に入局。2箇所目の大分放送局時代に大分トリニータ関連の番組に携わったことがきっかけで本格的にスポーツ実況に取り組む。水戸放送局でも鹿島アントラーズ関係の番組に多く携わった。 仙台放送局在籍中の2018年7月31日付でNHKを退職し、フリーアナウンサーに転向。フットメディアに所属し、スポーツ実況の他、同社が始めた話し方講座「フットメディアスクール」の講師としても活動している。
前田 晋太郎(まえだ しんたろう、1976年〈昭和51年〉6… 前田 晋太郎(まえだ しんたろう、1976年〈昭和51年〉6月30日 - )は、日本の政治家。山口県下関市長(3期)。元下関市議会議員(2期)。 山口県下関市新地西町生まれ。下関市立桜山小学校、下関市立文洋中学校、山口県立下関西高等学校、長崎大学水産学部卒業。 大学卒業後、25歳で山口県に帰郷し、山口県議会議員の友田有の運転手となる。2003年に安倍晋三の地元事務所に入所。 2009年3月の下関市長選挙に友田有は安倍の支援を受けて立候補するも、参議院議員の林芳正が推す中尾友昭に敗れ落選。前田は安倍の秘書を7年4ヶ月務めたのち退職。2011年1月30日に行われた下関市議会議員選挙に自民党公認で立候補し、初当選した。
砂山 圭大郎(すなやま けいたろう、1975年6月30日 -… 砂山 圭大郎(すなやま けいたろう、1975年6月30日 - )は、文化放送のアナウンサー。アナウンス次長。山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校、早稲田大学商学部卒業。 冒頭の本名と異なるマイクネームを使用する場合があり、1998年11月から2012年3月までは「砂山 大輔」(すなやま だいすけ)、2003年7月から2012年3月までは「レコメンダー・K太郎」(レコメンダー・ケーたろう)や「K太郎」(ケーたろう、K-Taro)名義も使用(後述も参照)を使用。2012年4月からは本名及び「砂山けーたろー」(すなやまけーたろー)を使用。 1998年(平成10年)、文化放送に入社。同年、プロ野球・西武ライオンズにドラフト1位指名された松坂大輔の動静およびライオンズとの入団交渉を伝えるリポーターに抜擢され、「砂山大輔」名義でリポート。
小坂 俊史(こさか しゅんじ、1974年5月8日 - )は日… 小坂 俊史(こさか しゅんじ、1974年5月8日 - )は日本の漫画家。山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校、広島大学文学部卒業。 応募作「せんせいになれません」が1997年10月の準月間賞として、第4回竹書房漫画新人賞にノミネートとともに1997年12月18日『ウルトラ4コマ'98』に掲載されデビューするも選外に終わる。その後、竹書房や芳文社などの雑誌で作品を発表。 デビュー後、広島から上京した後東京都内を転々とし、2000年頃東京都中野区に落ち着く。2008年からは中野区を含む中央線沿いに生きる女性たちを情緒的に描く「中央モノローグ線」を上梓。出版から3年半越しに重版が決まるなど息の長いロングヒットとなった。
松本 博文(まつもと ひろふみ、1973年12月2日 - )… 松本 博文(まつもと ひろふみ、1973年12月2日 - )は、日本のフリーライター。主に将棋の中継記者、随筆を仕事とする。山口県下関市蓋井島出身。 山口県立下関西高等学校、東京大学法学部卒。第132期駒場寮委員長。東京大学将棋部に所属していた大学在学中から将棋書籍の編集・執筆に携わる。 卒業後は名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力し、「青葉」の名で中継記者を務める。 初の著書である『ルポ 電王戦』で第27回将棋ペンクラブ大賞文芸部門を受賞。 将棋文化検定1級(2022年全コース最高点)。撮影した将棋関係の写真は2022年8月時点で約50万枚。 仕事部屋に将棋関連の本を多数コレクションしており、2020年から2021年にかけて、棋士の桐谷広人がテレビ番組の企画で、所有している大量の将棋雑誌を処分するとした際も、「買い取り手」として名乗り出た。
久保 隆二(くぼ りゅうじ、1972年7月12日 - )は、… 久保 隆二(くぼ りゅうじ、1972年7月12日 - )は、日本のクイズ作家。山口県出身。山口県立下関西高等学校卒業、立命館大学国際関係学部中退。株式会社セブンデイズウォー所属。血液型はO型。 1992年、クイズの名門・立命館大学クイズソサエティー(RUQS)に入会。1993年、『第8回史上最強のクイズ王決定戦』(TBS)で全国大会に出場。 以後クイズマニアとして、クイズ大会やクイズ番組で活躍。2007年にはフジテレビ721で放映された『クイズ王最強決定戦〜THE OPEN〜』に「クイズ王」として出場、準優勝となった。 現在はコナミデジタルエンタテインメントのアーケードゲーム『クイズマジックアカデミー』に問題作成スタッフとして携わるなど、クイズ作家として活躍中である。
貞包 みゆき(さだかね みゆき、1972年4月15日 - )… 貞包 みゆき(さだかね みゆき、1972年4月15日 - )は、山口県下関市出身のフリーアナウンサーである。ホリプロアナウンサー室所属。既婚。
青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本… 青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本のアニメーター、クリエイティブディレクター、映画監督。山口県下関市出身。大阪芸術大学映像学科卒業。
勢一 智子(せいいち ともこ、1970年 - )は、日本の法… 勢一 智子(せいいち ともこ、1970年 - )は、日本の法学者。専門は行政法、環境法。
林 玲子(はやし れいこ、1965年11月8日 - )は、日… 林 玲子(はやし れいこ、1965年11月8日 - )は、日本の人口学者。国立社会保障・人口問題研究所所長。 山口県立下関西高等学校を経て、東京都立九段高等学校を卒業。東京大学理科二類に入学し、東京大学医学部保健学科を卒業。修士課程に進み、保健学修士の学位を取得。パリ第1大学で保健システム経済管理学の修士号を取得。東京大学工学部建築学科に学士入学し卒業。政策研究大学院大学で博士(政策研究)の学位を取得。 国連人口開発委員会政府代表団員、厚生労働省社会保障審議会統計分科会疾病・障害及び死因分類部会員、生活機能分類専門委員会委員、出入国在留管理庁外国人との共生社会の実現のための有識者会議構成員などを務める。
小幡 英之(おばた ひでゆき、1965年2月17日 - )は… 小幡 英之(おばた ひでゆき、1965年2月17日 - )は、日本のソングライター・編曲家。山口県立下関西高等学校卒業、産業医科大学医学部中退。2015年、東京大学教養学部比較文学科卒業。代表曲はEvery Little Thing「また あした」作曲など。 avex関連の楽曲提供が多い。元はプロのサックス演奏者で、数多の歌手のツアーサポートを経験。1994年から3年間Mr.Childrenのステージ、レコーディングで演奏。 2007年11月確定時点。
柳瀬 陽介(やなせ ようすけ、1963年 - )は、日本の教… 柳瀬 陽介(やなせ ようすけ、1963年 - )は、日本の教育学者。英語教育学専攻。京都大学国際高等教育院教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。 福岡県生まれ。山口県立下関西高等学校を経て、広島大学教育学部教科教育学科英語教育専修卒業。広島大学大学院教育学研究科博士課程前期教科教育学専攻修了、教育学修士。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期教科教育学専攻単位取得満期退学。1991年広島修道大学法学部講師。1999年広島大学教育学部助教授。2001年広島大学大学院教育学研究科英語教育学専攻助教授。2004年広島大学より博士(教育学)の学位を取得。2012年広島大学大学院教育学研究科英語教育学専攻教授。
矢野 康治(やの こうじ、1962年12月10日 - )は、… 矢野 康治(やの こうじ、1962年12月10日 - )は、日本の財務官僚。元財務事務次官。文藝春秋読者賞受賞。退官後国際医療福祉大学社会保障政策研究所長、シャープ取締役、国立大学法人一橋大学顧問、日本生命保険顧問。 山口県下関市出身。1978年 山口県立下関西高等学校に入学。高校時代の得意科目は数学だったが、白衣を着るイメージしか持てず、文系となる。1981年 一橋大学経済学部に入学。先輩である故瀧本徹元観光庁観光地域振興部長の勧めで荒憲治郎の経済原論のゼミを受講する。大学では庭球同好会に所属。1985年3月 一橋大学経済学部卒業。卒論は「非自発的失業の解明」。同年 旧大蔵省(現財務省)入省、大臣官房文書課配属。
三隅 隆司(みすみ たかし、1962年 - )は、日本の経済… 三隅 隆司(みすみ たかし、1962年 - )は、日本の経済学者。専攻は金融論。一橋大学副学長等を経て、第2代長野県立大学学長、一橋大学名誉教授。 山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校を経て、1985年一橋大学商学部卒業。矢野康治財務事務次官は高校・大学の同期。1987年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1990年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。金融論の花輪俊哉ゼミに所属し、大学院時代には当時学部生だった三木谷浩史楽天会長とも交流を持った。 1990年一橋大学商学部専任講師。同助教授、ミシガン大学経営大学院客員研究員、三井生命保険ファイナンシャル・リサーチ・センター客員研究員を経て、2004年一橋大学大学院商学研究科教授。
林 芳正(はやし よしまさ、1961年〈昭和36年〉1月19… 林 芳正(はやし よしまさ、1961年〈昭和36年〉1月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、総務大臣(第33 - 34代)。内閣総理大臣臨時代理就任順位第3位。 内閣官房長官(第87-89代)兼沖縄基地負担軽減担当大臣兼拉致問題担当大臣(第2次岸田第2次改造内閣・第1次石破内閣・第2次石破内閣)、外務大臣(第151代)、文部科学大臣(第22・23代)、農林水産大臣(第54・57代)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)(麻生内閣)、防衛大臣(第5代)、内閣府副大臣(第1次安倍内閣)、大蔵政務次官(小渕第2次改造内閣)、参議院憲法審査会会長、参議院環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員長、同外交防衛委員長、参議院議員(5期)、自由民主党知的財産戦略調査会会長、同経済成長戦略本部座長、同税制調査会小委員長代理、同IT戦略特別委員会委員長、同税制調査会副会長、同政務調査会会長代理、同参議院政策審議会会長、同行政改革推進本部事務局長、同参議院副幹事長を歴任した。
泉原 雅人 (いずみはら まさと、1961年1月8日 - )… 泉原 雅人 (いずみはら まさと、1961年1月8日 - ) は、日本の実業家。UBE取締役会長。山口県出身。 1979年 - 山口県立下関西高等学校卒業 1983年 - 東京大学法学部を卒業後、宇部興産(現・UBE)に入社。 2003年 - 経営管理室 IR広報部長 2006年 - 企画部長 2010年 - 執行役員CFO 2011年 - 取締役 2013年 - 常務執行役員 2016年 - 化学カンパニープレジデント 2018年 - 取締役 専務執行役員 2019年 - 代表取締役社長 兼 社長執行役員CEO。 2022年 - UBE代表取締役社長 兼 社長執行役員CEO。UBE三菱セメントの取締役(非常勤)を兼任。
木村 洋二(きむら ようじ、1959年〈昭和34年〉10月2… 木村 洋二(きむら ようじ、1959年〈昭和34年〉10月26日 - )は、日本のアナウンサー、実業家、STVラジオ専務取締役エグゼクティブアナウンサー。北海道江別市在住。
藤井 徹貫(ふじい てっかん、1959年7月11日 - 20… 藤井 徹貫(ふじい てっかん、1959年7月11日 - 2023年5月27日)は、日本の音楽ライター、小説家、放送作家、作詞家。 山口県下関市出身。血液型O型。小学校時代は母親にピアノを習うが挫折。中学校時代は吉田拓郎の『元気です』を聞き続ける。山口県立下関西高等学校時代は鈴木茂の『バンドワゴン』に没頭。日本大学芸術学部時代は平岡正明・著の『山口百恵は菩薩である』に影響を受ける。この頃大沢誉志幸の『まずいリズムでベルが鳴る』評を書いて出版社に持参するが、あまり相手にされずも、1984年よりフリーランスで音楽ライターを始める。音楽雑誌「GB」、「PATi PATi」、「ARENA37℃」などでライターとして活躍。
戎崎 俊一(えびすざき としかず 、1958年(昭和33年)… 戎崎 俊一(えびすざき としかず 、1958年(昭和33年)11月15日 - )は、日本の天文学者。独立行政法人理化学研究所主任研究員。専門は高エネルギー天文学。 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻出身、杉本大一郎の門下生。GRAPEプロジェクトにおける、最大の功労者。現在は、シンラドーム、EUSO計画などで後進の育成などに当たる。ノーベル賞研究家。 もともとの専門は、東京大学教養学部の杉本大一郎教授の下で、理論天文学を修める。その後、任期付きの助手として、神戸大学理学部へ赴任。その後、東京大学教養学部基礎科学研究科が東京大学総合文化研究科への組織変更があり、そちらへ移った杉本大一郎教授に呼び戻されて、牧野淳一郎、泰地真弘人、伊藤智義らの指導教官として、GRAPE開発の中心人物。
後藤 康文(ごとう やすふみ、1958年4月30日 - )は… 後藤 康文(ごとう やすふみ、1958年4月30日 - )は、山口県生まれの国文学者。 北海道大学大学院文学研究科教授。博士(文学)。専門は『狭衣物語』『伊勢物語』『堤中納言物語』等の注釈的研究。 1977年 山口県立下関西高等学校卒業。 1982年 九州大学文学部卒業。1989年 同大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1989年 同文学部助手。 1989年 宮崎大学教育学部助手。1991年 同講師。1993年 同助教授。 1994年 北海道大学文学部助教授。2001年 同大学院文学研究科教授。
横溝 洋一郎(よこみぞ よういちろう、1956年11月1日 … 横溝 洋一郎(よこみぞ よういちろう、1956年11月1日 - )は、山口県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー。元テレビ山口 (tys) アナウンサー。血液型はAB型。 山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校、山口大学文理学部(現在の人文学部)中国哲学研究室を卒業後、1980年にテレビ山口へ入社。情報番組・報道番組を中心に担当。 2009年10月に山口東部本社(周南支局)に異動(2016年8月末まで)。定年後も嘱託職として在籍後、フリーアナウンサーに転身。 趣味は、小旅行。「単刀直入」をモットーにしている。
松岡 由幸(まつおか よしゆき、1955年 - )は、日本の… 松岡 由幸(まつおか よしゆき、1955年 - )は、日本のデザイン科学者。博士(工学)。慶應義塾大学名誉教授、早稲田大学客員教授。デザイン塾主宰。多空間デザインモデル、Mメソッド、創発デザイン、分析・発想・評価で構成されるデザイン思考モデルなどのデザイン科学の基礎となるデザイン理論・方法論を構築している。また、デザイン・設計の理論・方法論に時間軸を組み込むタイムアクシスデザインも提唱している。
山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月… 山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月17日 - )は、日本の厚生・厚労官僚。リトアニア国駐箚日本国特命全権大使等を経て、内閣官房参与(社会保障・人口問題担当)。 山口県出身。山口県立下関西高等学校、東京大学法学部卒業。1978年、厚生省入省。各課課長補佐を経て、1991年、大臣官房老人保健福祉部老人保健課課長補佐として老人保健制度の改正、薬価の包括払い制度の導入に携わる。北海道庁へ出向していた1994年、介護対策本部発足により古川貞二郎を本部長とする専従スタッフのトップとして大臣官房高齢者介護対策本部次長に。2000年の介護保険制度の成立、実施、改正すべてに携わったことから「ミスター介護保険」と呼ばれる。
来島 達夫(きじま たつお、1954年9月22日 - )は、… 来島 達夫(きじま たつお、1954年9月22日 - )は、日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)顧問、交通文化振興財団理事長。 山口県下関市出身。1978年、九州大学法学部卒業と同時に日本国有鉄道入社。「人間万事塞翁が馬」を座右の銘とし、ウォーキングを趣味としている。 山口県立下関西高等学校の卒業生からなる「旭陵同窓会」の関西支部で会計監査を務めている(来島は第50回目の卒業生)。来島と同じ高校に通っていた小説家の船戸与一は先輩、第2次・第3次安倍内閣で農林水産大臣を務めた林芳正は後輩にあたる。 国鉄においては、のちに東海旅客鉄道社長となる金子慎、東日本旅客鉄道社長となる深澤祐二、北海道旅客鉄道会長となる田浦芳孝と同期である。
前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国… 前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国文学者。明星大学教授。中古・中世文学(説話・和歌・注釈)専攻。 山口県出身。1973年山口県立下関西高等学校卒、1979年早稲田大学教育学部国文科卒、1987年同大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程を単位取得退学。 東京女学館短期大学教授、東京家政学院大学人文学部教授、明星大学人文学部日本文化学科教授。明星大学名誉教授。 1990年早稲田大学国文学会賞(窪田空穂賞)を受賞。2000年「今昔物語集の世界構想」で、早稲田大学より文学博士の学位を取得。
木村 宏(きむら ひろし、1953年4月23日 - )は、日… 木村 宏(きむら ひろし、1953年4月23日 - )は、日本の経営者。日本たばこ産業社長、会長を務めた。山口県出身。 1972年に山口県立下関西高等学校を卒業、1976年に京都大学法学部を卒業し、同年に日本専売公社に入社した。1999年6月から2001年6月までに取締役を務め、2005年6月に再び取締役に就任し、翌年6月には社長に昇格した。2012年6月から2014年6月までに会長を務め、それ以降は特別顧問を務めた。 2019年6月から2021年6月までに野村ホールディングス社外取締役を務めた。
早田 幸政(はやた ゆきまさ、1953年- )は、日本の教育… 早田 幸政(はやた ゆきまさ、1953年- )は、日本の教育行政学者、中央大学教授。 山口県生まれ。山口県立下関西高等学校卒、1977年中央大学法学部卒、1980年同大学院法学研究科博士前期課程修了。地方自治総合研究所常任研究員を経て、1985年大学基準協会に入局。2001年より大学評価・研究部長。2003年金沢大学大学教育開発・支援センター教授。2008年大阪大学大学教育実践センター教授、2012年同学評価・情報分析室教授。2014年中央大学理工学部教授。
山下 友信(やました とものぶ、1952年9月24日 - )… 山下 友信(やました とものぶ、1952年9月24日 - )は、日本の法学者。専門は、商法・保険法。研究課題は、保険契約法・保険監督法・証券取引法。日本における保険法研究の第一人者であり、法制審議会保険法部会委員長として、保険法制定に中心的役割を果たした。学位は、法学士(東京大学)。東京大学名誉教授。公益社団法人商事法務研究会会長。山口県出身。鴻常夫門下。弟子に白井正和、後藤元など。
河田 正也(かわた まさや、1952年4月20日 - )は、… 河田 正也(かわた まさや、1952年4月20日 - )は、日本の実業家。日清紡ホールディングス代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。日本学生卓球連盟会長。元日本紡績協会副会長。日本卓球協会会長。 山口県下関市出身。下関市立東部中学校、山口県立下関西高等学校を経て、1975年一橋大学経済学部を卒業し、日清紡株式会社に入社。大学では石弘光ゼミと卓球部に所属。部の1年後輩に川嶋文信(元三井物産副社長)が、3年後輩に山添茂(丸紅副会長)がいた。伊藤邦雄一橋大名誉教授はクラスの同級生。 日清紡では大阪、東京での営業や、富山工場労務担当を経て、長く人事部門を歩み、コンティネンタル・テーベス出向、人事部長兼労政部長、執行役員人事本部長兼経理本部副本部長、取締役兼執行役員事業支援センター副センター長、初代日清紡ブレーキ代表取締役社長兼務、日清紡ホールディングス経営戦略センター副センター長兼新規事業開発本部長兼日清紡ケミカル代表取締役社長、日清紡ホールディングス取締役専務執行役員兼日清紡メカトロニクス代表取締役社長、日本無線監査役などを歴任。
桝屋 敬悟(ますや けいご、1951年4月3日 - )は、日… 桝屋 敬悟(ますや けいご、1951年4月3日 - )は、日本の政治家。公明党アドバイザー。 衆議院議員(8期)、厚生総括政務次官、厚生労働副大臣、衆議院文部科学委員長、公明党政務調査会長代理、衆議院総務委員長などを歴任した。
伊藤 千尋(いとう ちひろ、1949年9月15日 - )は、… 伊藤 千尋(いとう ちひろ、1949年9月15日 - )は、日本のジャーナリスト。 山口県下関市生まれ。山口県立下関西高等学校を経て、1973年、東京大学法学部卒業。大学4年の夏休みに朝日新聞社から内定を得るが、産経新聞社が進めていた冒険企画に応募。スペイン語とルーマニア語の知識があったことから「東大ジプシー調査探検隊」(顧問・直野敦)を結成して東欧に飛ぶ。東欧では「日本のジプシー」を名乗り、現地のジプシーと交わって暮らし、日本初のジプシー語辞書を作り、帰国後は新聞にルポを連載した。 ジプシー調査でジャーナリズムの醍醐味を知り、1974年、再度入社試験を受けて朝日新聞社に入社。長崎支局、筑紫支局、西部本社社会部、東京本社外報部を経て1984年から1987年までサンパウロ支局長。
山下 晋司(やました しんじ、1948年11月7日 - )は… 山下 晋司(やました しんじ、1948年11月7日 - )は、日本の文化人類学者。東京大学大学院総合文化研究科名誉教授。 1948年、山口県で生まれた。山口県立下関西高等学校を卒業し、東京大学教養学部教養学科文化人類学専攻に進学。1973年に卒業し、東京都立大学大学院社会科学研究科に進み文化人類学を専攻。1978年、博士課程を満期退学。 1984年、広島大学総合科学部助教授に就いた。1987年、学位論文『トラジャ社会の儀礼的構成:動態的民族誌の試み』を東京都立大学に提出して文学博士の学位を取得。1989年、東京大學教養学部助教授に転じた。1995年、同教授に昇格。学界では、2012年から2019年まで総合観光学会会長を務めた。
岡村 定矩(おかむら さだのり、1948年3月10日[要出典… 岡村 定矩(おかむら さだのり、1948年3月10日[要出典] - )は、日本の天文学者。法政大学理工学部教授。東京大学名誉教授。高瀬文志郎の弟子で、専門は銀河天文学、観測的宇宙論。山口県豊浦郡豊浦町(現下関市)[要出典]出身。
門出 政則(もんで まさのり、1948年 - ) は、日本の… 門出 政則(もんで まさのり、1948年 - ) は、日本の機械工学者。佐賀大学教授、佐賀大学海洋エネルギー研究センター長、国立大学法人佐賀大学理事兼副学長を経て、九州大学特任教授。元日本伝熱学会会長。 山口県生まれ。山口県立下関西高等学校を経て、1971年九州工業大学工学部機械工学科卒業。1976年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。 その後、佐賀大学理工学部講師。1978年佐賀大学理工学部助教授。1982年シュトゥットガルト大学客員教授。1989年佐賀大学理工学部教授。1996年佐賀大学理工学部附属海洋温度差エネルギー実験施設長。2002年佐賀大学海洋エネルギー研究センターセンター長。
島 泰三(しま たいぞう、1946年 - )は、日本の動物学… 島 泰三(しま たいぞう、1946年 - )は、日本の動物学者、類人猿学者。 山口県下関市出身。自身の著書では生家は鮮魚商で、店は彦島にあったと記している。山口県立下関西高等学校を経て東京大学に進学。理学部人類学教室に在籍。学生運動に関わり、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争に参加している。1969年の東大安田講堂事件に際しては、学部生の「本郷学生隊長」として参加。逮捕されて懲役2年の判決を受ける。京都大学で理学博士号を取得。 霊長類の研究を専門とし、「房総自然博物館」(野生のニホンザル研究のために千葉県内に設けられた施設)2代目館長や雑誌『にほんざる』編集長などを歴任。2002年以来、NGO日本アイアイ・ファンド代表としてマダガスカル北西部の「アンジアマンギラーナ監視森林」を保護・観察している。
船戸 与一(ふなど よいち、1944年2月8日 - 2015… 船戸 与一(ふなど よいち、1944年2月8日 - 2015年4月22日)は、日本の小説家。本名:原田 建司(はらだ けんじ)。 山口県下関市生まれ。山口県立下関西高等学校、早稲田大学法学部卒業。 小学館、祥伝社などの出版社勤務を経てフリーになり、執筆活動を始める。1979年『非合法員』(講談社)で冒険小説家としてデビュー。 他に豊浦 志朗の筆名で『叛アメリカ史』などのルポルタージュ、外浦 吾朗の筆名で『ゴルゴ13』、『メロス』の劇画原作も著している。なお、「船戸」「豊浦」「外浦」はいずれも出身地である山口県の地名。 1983年、日本冒険作家クラブの創設の発起人の一人となる。 2015年4月22日 、胸腺癌のため死去。
倉重 英樹(くらしげ ひでき、男性、1942年9月11日 -… 倉重 英樹(くらしげ ひでき、男性、1942年9月11日 -) は、日本人の実業家。山口県出身。シグマクシス代表取締役会長 兼 社長。元RHJインターナショナル・ジャパン代表取締役会長。山口県立下関西高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。 1966年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。取締役、取締役副社長を歴任しサービス事業を立ち上げた後に、1993年にプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(後のPwCコンサルティング、以下PwCC)の代表取締役に就任。フリーアドレスオフィスの導入等の社内改革を進め、日本のPwCCを有数のコンサルティング会社へと成長させた。2002年10月に、PwCCとIBMとの合併に伴い誕生した、IBM ビジネスコンサルティング サービス株式会社の代表取締役会長となり、併せてアジアパシフィック地域を統括するマネージングパートナーとなる。
中部 銀次郎(なかべ ぎんじろう、1942年〈昭和17年〉2… 中部 銀次郎(なかべ ぎんじろう、1942年〈昭和17年〉2月16日 - 2001年〈平成13年〉12月14日)は、日本のアマチュアゴルファー。大洋クラブ会長。大洋漁業創業者中部幾次郎の孫。 山口県下関市出身。大洋漁業(現・Umios)副社長及び林兼産業社長を務めた中部利三郎の三男(四人兄弟の末っ子)として生まれる。小学校から兄の中部一次郎らと共にゴルフを始め、1958年、山口県立下関西高等学校2年生の時に関西学生選手権に大学生に混じって出場、優勝を果たし一躍その名をとどろかせる。 慶應義塾大学に進学するつもりであったが、ゴルフ環境の悪さ(大学のある都心からゴルフ場が遠い)を理由に一浪し甲南大学に入学。
町田 顯 (まちだ あきら、1936年〈昭和11年〉10月1… 町田 顯 (まちだ あきら、1936年〈昭和11年〉10月16日 - 2015年〈平成27年〉4月5日)は、日本の裁判官。勲等は桐花大綬章。 山口県下関市出身。若年の頃は司法修習の同期であった宮本康昭らとともに青年法律家協会(青法協)に所属し活動していたが、町田は早々に青法協を脱会している。 福岡高等裁判所長官、東京高等裁判所長官、最高裁判所判事を経て、2002年11月に最高裁判所長官(第15代)などを歴任した。前長官の山口の定年は2002年11月3日だが、休日や式に立ち会う小泉純一郎内閣総理大臣の政治日程が重なり、3日遅れの同年11月6日に皇居で長官任命式が行われた。 最高裁長官在任中、裁判員制度の導入や法科大学院の創設や下級裁判所裁判官指名諮問委員会の設置など司法制度改革に尽力した。
豊田 行二(とよだ こうじ、1936年5月11日 - 199… 豊田 行二(とよだ こうじ、1936年5月11日 - 1996年11月7日)は、日本の作家。 日本文芸家クラブ初代理事長。本名は渡辺修造。 山口県下関市生まれ。山口県立下関西高等学校、早稲田大学教育学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科財政学専攻修士課程修了。在学中は雄弁会に所属していた。郷里で「防長新聞」の記者、代議士秘書を経て、1968年「示談書」でオール読物新人賞受賞、同作で直木賞候補となる。上京後、『週刊大衆』のライターを務める。ゴーストライターとして糸山英太郎の「怪物商法」「太陽への挑戦」を書く。1984年『作家前後』で日本文芸大賞現代文芸賞受賞。 のち「ラブ―」と始まる題名の官能小説を多量に執筆、多くは「野望」のついた題名に改められ、野望シリーズの観を呈した。
西山 太吉(にしやま たきち、1931年〈昭和6年〉9月10… 西山 太吉(にしやま たきち、1931年〈昭和6年〉9月10日 - 2023年〈令和5年〉2月24日)は、日本のジャーナリスト、政治活動家。西山事件で知られる。 山口県下関市出身。生家の西山青果はバナナなどの輸入を手掛ける地元の有力企業であり、読売新聞政治部記者として接点のあった渡邉恒雄によれば「ちょっとした地方財閥」というほどの資産家の子息であった。山口県立下関西高等学校、慶應義塾大学法学部を経て、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了後、毎日新聞社に入社。政治部記者に配属。 1971年、沖縄返還時の日米間の密約について、既婚者である外務省女性事務官と男女関係をもった上で情報を入手し、その情報を国会議員の横路孝弘と楢崎弥之助に提供。
岩田 勝(いわた まさる、1926年 - 1994年)は、日… 岩田 勝(いわた まさる、1926年 - 1994年)は、日本の民俗学者。特に神楽の分野で功績を残している。 広島県福山市出身。旧制下関中学校卒。郵政公務員。 「広島民俗」「山陰民俗」「岡山民俗」に神楽に関する論文を投稿。 1983年「神楽源流考」を上梓。 早稲田大学非常勤講師。勲四等瑞宝章。 岩田は神楽を託宣型と悪霊強制型に分類した。悪霊強制型は祟る神を守護神として転化して祀る型と依代に憑依せしめ攘却する型とに分類される。この悪霊鎮送説はそれまで神楽の根源と考えられてきた「籠ることで善神を身体に付着させて生命の更新を図る」という神座鎮魂論に対立する説となった。
益田 勝実(ますだ かつみ、男性、1923年〈大正12年〉6… 益田 勝実(ますだ かつみ、男性、1923年〈大正12年〉6月29日 - 2010年〈平成22年〉2月6日)は、日本の国文学者。古代文学専攻。元・法政大学文学部教授。 山口県下関市で、父繁蔵、母コフジの次男として生まれる。兄1人、姉3人の末っ子であった。 家の学問として漢文を教わるチャンスがあって、小学校の終わりごろから 『十八史略』や『日本外史』を読まされていた。旧制山口県立下関中学校時代には、西洋哲学を専攻したい夢があり3年の時から下関バプテスト教会の末崎富彌牧師にギリシャ語を習い始める。 1941年3月に下関中学校を卒業して、4月から下関市立養治国民学校助教として勤めながら、中等教員検定試験合格を目指す。
井上 正治(いのうえ まさはる、1920年2月11日 - 1… 井上 正治(いのうえ まさはる、1920年2月11日 - 1997年12月18日)は、日本の海軍軍人、法学者。専門は刑事法学。過失犯理論等を研究。法学博士(九州大学・1950年)。九州大学名誉教授。福岡県出身。 福岡県宗像市生まれ、山口県下関市育ち。旧制山口県立下関中学校、旧制福岡高等学校を経て、九州帝国大学進学。1942年、九州帝国大学法文学部卒業、高等文官試験司法科合格。1950年、法学博士(九州大学)。 海軍入営。最終階級は海軍法務大尉。1946年、九州帝国大学法文学部講師。1948年、九州大学法文学部助教授、1951年、同法教授。1953年、広島大学政経学部教授兼務、1967年第30代九州大学法学部長。
三宅 あみ(みやけ あみ、6月17日 - )は、日本のモデル… 三宅 あみ(みやけ あみ、6月17日 - )は、日本のモデル、リポーター、司会者。アイミング所属。 山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校卒業。身長158cm。スリーサイズ:B80・W55・H80。靴:22.5cm。血液型:O型。 趣味:音楽鑑賞、読書、ライブに行くこと。特技:テニス。