土井 忠雄(どい ただお、1908年 - 1994年)は、日… 土井 忠雄(どい ただお、1908年 - 1994年)は、日本の仏教学者、真宗学者。京都女子大学名誉教授。浄土真宗本願寺派勧学。広島県生まれ。 長年の蔵書を中央仏教学院に寄贈し、土井文庫となる。現在入手不可能な本も多数あり。
龍谷大学:61人
土井 忠雄(どい ただお、1908年 - 1994年)は、日… 土井 忠雄(どい ただお、1908年 - 1994年)は、日本の仏教学者、真宗学者。京都女子大学名誉教授。浄土真宗本願寺派勧学。広島県生まれ。 長年の蔵書を中央仏教学院に寄贈し、土井文庫となる。現在入手不可能な本も多数あり。
国分 敬治 (こくぶ けいじ、1907年8月4日 - 199… 国分 敬治 (こくぶ けいじ、1907年8月4日 - 1997年10月26日)は、日本の古代ギリシャ思想研究者・哲学者、南山大学名誉教授。ギリシャ哲学とヨーロッパ中世哲学を専門とし、仏教にも造詣が深い。 大阪市出身。龍谷大学に学び、京都大学で山内得立に師事。旧制大学の制度のもと立命館大学予科教授等を経て、南山大学でその黎明期から教授として哲学・思想教育、大学運営に大きな功績を残す。1978年4月、名誉教授となる。「1981年には、日本人として初のオリンピア名誉市民の称号を受けた」。 2002年、ギリシャ・オリンピア市に「フィロソファー・コクブ」("The Philosopher Kokubu")としてその功績をたたえる大理石胸像が建立された(後出)。
宮崎円遵(みやざき えんじゅん、1906年10月10日 - … 宮崎円遵(みやざき えんじゅん、1906年10月10日 - 1983年2月14日)は、日本の仏教史学者。浄土真宗本願寺派の僧。学位は、文学博士(龍谷大学・1952年)(学位論文「初期真宗の歴史的研究」)。 和歌山県有田郡箕島町(現・有田市)出身。1929年龍谷大学文学部史学科卒業。1930年真宗本願寺派本願寺で得度。1935年本願寺派宗学院卒業。1945年箕島町の光源寺住職。1944年龍谷大学文学部助教授、47年教授。1952年「初期真宗の歴史的研究」で龍谷大学から文学博士の学位を授与される。1972年龍谷大学退任、名誉教授。同年から1981年まで神戸女子大学教授。龍谷大学では、図書館長、文学部長・短期大学部長も務める。
神子上 恵竜(神子上惠龍、みこがみ えりゅう、1902年7月… 神子上 恵竜(神子上惠龍、みこがみ えりゅう、1902年7月9日 - 1989年1月4日)は、日本の仏教学者。浄土真宗の僧侶。 兵庫県東保福専寺・神子上憲了の子。1926年龍谷大学卒業。1961年「他力廻向思想の研究」で龍谷大学より文学博士の学位を取得。龍谷大学教授、1963年奈良大学教授、名誉教授。浄土真宗勧学。子は神子上恵群(1936- 、2003-07年龍谷大学学長)。
岩本 月洲(いわもと げっしゅう、1901年7月27日 - … 岩本 月洲(いわもと げっしゅう、1901年7月27日 - 1995年3月3日)は日本の宗教学者、随筆家、政治家、参議院議員(1期)。 京都府出身。龍谷大学研究科修了、京都女子専門学校(現京都女子大学)講師、宗教文化研究所所長を歴任。 1947年の第1回参議院議員通常選挙に広島県選挙区(自由党)から立候補し当選。参議院議員を1期務める(3年議員)。1950年の第2回参議院議員通常選挙には現職として出馬したが落選。その後、特例社団法人真人会理事などを務め、広島県呉市(旧豊田郡安浦町)野呂山の「真人会野呂山道場」の建立に携わる。同道場の親鸞堂では、青少年修道研修会、成人修道研修会などを開催した。 1981年11月の秋の叙勲で勲四等に叙され、旭日小綬章を受章する。
大原 性実(おおはら しょうじつ、1897年11月5日 - … 大原 性実(おおはら しょうじつ、1897年11月5日 - 1979年4月25日)は、日本の仏教学者。浄土真宗の僧。 京都府生まれ。龍谷大学文学部卒、同大学院、同大学教授、1956年「真宗異議異安心の研究」で龍谷大学より文学博士の学位を取得。1957年退職。
桐溪 順忍(きりたに じゅんにん、1895年 - 1985年… 桐溪 順忍(きりたに じゅんにん、1895年 - 1985年10月4日)は、日本の仏教学者。浄土真宗の僧。 富山県生まれ。1924年龍谷大学研究科修了。中央仏教学院講師、龍谷大学教授。1966年定年退任、名誉教授。浄土真宗本願寺派勧学寮頭。
深浦 正文(ふかうら せいぶん、1889年2月23日 - 1… 深浦 正文(ふかうら せいぶん、1889年2月23日 - 1968年7月31日)は、浄土真宗の僧、仏教学者。 奈良県出身。佛教大学(のち龍谷大学)卒、浄土真宗本願寺派。インド留学ののち、1920年仏教大教授。1940年西本願寺勧学。1950年「唯識思想の起源及び発達」で龍谷大学より文学博士の学位を取得。1955年から米国、カナダ、ハワイの開教区特命布教師。
梅原 真隆(梅原 眞隆、うめはら しんりゅう、1885年〈明… 梅原 真隆(梅原 眞隆、うめはら しんりゅう、1885年〈明治18年〉11月11日 - 1966年〈昭和41年〉7月7日)は、日本の仏教学者。富山県滑川市寺家町の浄土真宗本願寺派梅原山専長寺27代・29代住職。龍谷大学教授、本願寺派執行、本願寺派勧学寮頭(5期)、顕真学苑主幹、京都市会議員、参議院議員(1期)、富山大学第3代学長。 父・隆乗、母・ヨシイの長男として誕生。「真隆」という名は父・隆乗が「真宗興隆」の任を果たすような僧侶になるように願って名付けられた。 生家である専長寺は鎌倉時代からの血統を受け継ぐ浄土真宗の寺院。江戸時代の繁栄当時は広大な境内地や十数間もの巨大な伽藍を擁した寺院であったが、江戸末期から明治初期にかけて町を何度も舐め尽くした大火により類焼を重ね、真隆が生まれた頃は焼け跡に建てられた粗末な仮小屋住まいという貧しい暮らしであった。
能海 寛(のうみ ゆたか、1868年7月7日〈慶応4年5月1… 能海 寛(のうみ ゆたか、1868年7月7日〈慶応4年5月18日〉 - 1903年〈明治36年〉?)は、チベットを探検した真宗大谷派の僧、仏教学者。 1868年(慶応4年)5月18日、島根県那賀郡波佐村(現在の浜田市金城町)長田にある浄蓮寺住職の能海法憧の次男として生まれる。1877年(明治10年)、10歳の時に広島へ出て進徳教校(現在の崇徳中学校・高等学校)で3年間漢籍などを学び、11歳の時得度し宗門に入る。その後郷里に戻り養父謙信から後継住職としての教育を受ける。1885年(明治18年)9月、18歳の時に再び広島へ出て進徳教校へ入学するが、4ヶ月後に退学し、京都へ出て、西本願寺の普通教校(現在の龍谷大学の前身の一部)で学ぶ。
高楠 順次郎(たかくす じゅんじろう、1866年6月29日(… 高楠 順次郎(たかくす じゅんじろう、1866年6月29日(慶応2年5月17日) - 1945年(昭和20年)6月28日)は、明治時代から昭和初期にかけての日本の仏教学者・インド学者。号は「雪頂」。 東京帝国大学(東京大学の前身)文学部教授、東京外国語学校(東京外国語大学の前身)校長、東洋大学学長。 1866年(慶応2年)、備後国御調郡篝村(現三原市八幡町篝)の農家・沢井家に7人兄弟の長男として生まれた。幼いころから祖父に漢籍を習ったが、旧家とはいえ進学するだけの余裕はなく、14歳で小学校教員として働き始めた。その後、近隣出身で当時西本願寺を代表する学僧であった日野義淵(足利義山の子)や是山恵覚等の助力もあって、1885年に西本願寺が京都に創設したばかりの普通教校(現・龍谷大学)に21歳で入学した。