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菊

菊池揚二

きくち ようじ
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菊池 揚二(きくち ようじ、1906年2月1日 - 1978年12月22日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 中央大学在学中に戦前の東京学生柔道界の花形として活躍し、東京学生連合と警視庁との対抗試合や満州との対抗試合で名を馳せた。このほか昭和天覧試合や全日本選士権大会でも活躍し、戦後は指導者として警視庁や母校・中央大学の師範を歴任して多くの後進を指導。実父は菊池謙二郎、義父は講道館10段永岡秀一で、存命中は“最も毛並みの良い柔道家”との評を得ていた。 旧制第二高校校長等を務め硬骨な教育家として知られる菊池謙二郎の二男として、茨城県の水戸市に生まれた。当時、父が中国の上海市にて東亜同文書院の教授(実際は教授の上の現地責任者の教頭)を務めており、市内を流れる大河・揚子江の“揚”の字と、二男の“二”の字を取って“揚二”と名付けられたという。

出典:ウィキペディア「菊池揚二」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋