本田 明彦(ほんだ あきひこ、1947年9月9日 - )は、日本のプロボクシングのプロモーター。帝拳プロモーション会長、日本プロボクシング協会会長代行。帝拳プロモーション創設者のひとりで先代(第2代)会長本田明の次男。世界ボクシング殿堂入り。 東京都出身。立教高等学校(現・立教新座高等学校)3年(17歳)だった1965年7月3日、父が死去し後継会長に就任。マネージャー長野ハルの庇護を受けながら、1970年3月に立教大学を卒業。 英語とスペイン語の語学力を活かし、ドン・キング、ボブ・アラムらの大物プロモーターとも直接交渉ができる。1988年と1990年には東京ドームでマイク・タイソンの防衛戦2試合を開催しただけでなく、ともに興行が成功したことで信頼関係を築いた。
出典:ウィキペディア「本田明彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
