岡本 謹平(おかもと きんぺい、1895年(明治18年)11月1日 - 1973年(昭和48年)10月12日)は、昭和期の政治家・薬剤師。愛知県碧海郡刈谷町長(1948年~1950年)、刈谷市長(1950年~1955年)。 1895年(明治18年)11月1日、愛知県碧海郡刈谷町(現・刈谷市広小路)に生まれた。旧制千葉医学専門学校薬学科(千葉大学の前身)を卒業して薬剤師となり、大日本帝国陸軍薬剤官少尉を経て、1914年(大正3年)に刈谷町に岡本薬局を開業した。1941年(昭和16年)から1948年(昭和23年)まで区長を務めた。 1947年(昭和22年)に学制改革が行われると、碧海郡刈谷町では学校建設の資金が問題となり、1948年(昭和23年)9月には石原平一郎町長が辞任する騒動となった。
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