木下 宇三郎(きのした うさぶろう、1865年11月15日〈慶応元年9月27日〉- 1946年〈昭和21年〉1月27日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功三級。 肥後国菊池郡、現在の熊本県菊池市で木下居中の長男として生まれ、1903年(明治36年)1月に家督を相続した。 1887年(明治20年)7月、陸軍士官学校旧9期を卒業し、陸軍砲兵少尉に任官。1892年(明治25年)12月、陸軍大学校(11期)に入学したが、日清戦争勃発のため退学し出征。1896年(明治29年)2月に復学し、1897年(明治30年)12月に卒業し参謀本部に配属された。日露戦争では第1軍作戦参謀として出征し、満洲軍が創設されると帰国し大本営陸軍部参謀を務めた。
出典:ウィキペディア「木下宇三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
