金丸 貞三(かなまる ていぞう、1916年(大正5年)10月1日 - 1942年(昭和17年)12月24日)は、大日本帝国陸軍の軍人、戦闘機操縦者でエース・パイロット。最終階級は陸軍中尉。 1916年(大正5年)10月1日、宮崎県宮崎市に生まれる。1934年(昭和9年)2月、陸軍少年飛行兵の第1期生として所沢陸軍飛行学校に入校した。1935年(昭和10年)11月に卒業すると、ついで明野陸軍飛行学校で戦闘機の戦技教育を受け、1936年(昭和11年)2月に飛行第8連隊(台湾・屏東)へ配属された。 1937年(昭和12年)7月に支那事変が勃発、8月中旬に戦火が上海に拡大すると、飛行第8連隊の1コ戦闘機中隊を基幹に独立飛行第10中隊(九五式戦闘機装備)が編成され上海戦線に投入された。
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