高嶋 辰彦(たかしま たつひこ、1897年(明治30年)1月10日 - 1978年(昭和53年)9月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。旧姓・多賀谷。高島と表記される場合がある。 福井県出身。港湾業・多賀谷儀三郎の四男として生まれ、陸軍中佐・高嶋嘉蔵の養子となる。四日市中学校(現三重県立四日市高等学校)、名古屋陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1918年(大正7年)5月、陸軍士官学校(30期)を首席で卒業。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第38連隊付となる。1925年(大正14年)11月、陸軍大学校(37期)を首席で卒業した。 1926年(大正15年)12月、陸軍省軍務局付勤務となり、軍務局課員(軍事課)を経て、1929年(昭和4年)1月からドイツ駐在として、ベルリン大学、キール大学で学んだ。
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