中井 徳次郎(中井 德次郎、なかい とくじろう、1907年(明治40年)5月29日 - 1991年(平成3年)12月18日)は、三重県出身の政治家。三重県上野市(現在の伊賀市)の市長だった。日本社会党に所属して衆議院議員を6期務めた。長男の中井洽も衆議院議員となった。 三重県立上野中学校、第八高等学校を経て、京都帝国大学法学部卒業後、高等文官試験合格。 満洲にわたり全満洲の電気供給事業を統制して電力・電燈の供給事業を独占的に行う満洲電業株式会社に入社。企画主計課長、文書課長を歴任した後、長男の洽が満洲で誕生した。終戦で三重県に引揚げた。 1947年(昭和22年)に全国で最初の日本社会党の公認候補者として三重県上野市長に当選し、以後2期、革新的な市政を行った。
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