三国 直福(三國、みくに なおとみ、1893年(明治26年)7月12日 - 1990年(平成2年)6月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 福井県出身。中学校教員・三国芳次郎の息子として生まれる。京都第一中学校(現京都府立洛北高等学校・附属中学校)、大阪陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1913年(大正2年)5月、陸軍士官学校(25期)卒業。同年12月、砲兵少尉に任官し野砲兵第22連隊付となる。1916年(大正5年)11月、陸軍砲工学校高等科(22期)を卒業。1921年(大正10年)11月、陸軍大学校(33期)卒業した。 1922年(大正11年)8月、野砲兵第22連隊中隊長に就任し、参謀本部付勤務、第18師団参謀、陸軍兵器本廠付(陸軍省新聞班)、第6師団司令部付を務め、1928年(昭和3年)8月、砲兵少佐に昇進し第3師団司令部付となる。
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