細川 鉅(ほそかわ つよし、1895年(明治28年)6月21日 - 没年不明)は日本の実業家である。野村證券に務めた後、野村財閥直系・航空用ガソリンメーカーであった帝国潤滑油社長を務めた。広島県庄原市出身。 1895年(明治28年)広島県比婆郡東城町(現:庄原市)の細川平左衛門の次男として出生する。1908年(明治44年)地元に近い旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)へ進学し、1914年(大正3年)に同校を卒業する。その後、岡山市にある旧制第六高等学校へ進学する。1918年(大正6年)に同校を卒業する。同年、京都帝国大学法科大学政治経済学科へ進学。1921年(大正9年)京大を卒業する。
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