小西 秀朗(こにし ひでろう、1937年9月8日 - 2020年1月13日)は、秋田県出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。 秋田高校では1954年、2年生の時にエース青山伍(大映スターズ)を擁し、四番打者、右翼手として第36回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦(初戦)で恵川康太郎のいた三原高に敗退。青山以外のチームメートに高橋捷郎(慶大-東洋レーヨン)がいた。同年の秋季奥羽大会県予選も決勝に進むが、エース嵯峨健四郎を擁する秋田商に惜敗。翌1955年夏は奥羽大会1回戦で岩手高に敗れ、甲子園には出場できなかった。 高校卒業後は立教大学に進む。東京六大学野球リーグでは5度の優勝を経験。4年時の1959年秋季リーグで優勝に貢献し、自身もベストナイン(外野手)に選ばれている。
出典:ウィキペディア「小西秀朗」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
