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宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 20… 宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 2015年11月7日)は、日本の時代小説作家。本名、伊藤 香(いとう かおる)。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校在学中より創作を始める。函館大谷女子短期大学(現・函館大谷短期大学)卒業。OL生活を経て、主婦となる。 1995年、『幻の声』でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。同賞の選考委員の一人、白石一郎から、伊三次(『幻の声』の主人公)を主人公に据えた連作が可能である、との意見をもらい連作化された。同作品を含んだ連作短編集『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』は第117回直木三十五賞候補にもなり注目される。なおペンネーム「宇江佐真理」は『ウエザ・リポート』というタイトルでエッセイを書くために決めたため、その名に拘りはなく、本名を隠蔽することさえできればよかった。
五島 勉(ごとう べん、1929年〈昭和4年〉11月17日 … 五島 勉(ごとう べん、1929年〈昭和4年〉11月17日 - 2020年〈令和2年〉6月16日)は、日本の作家・ルポライター。1973年に社会不安とメディアの作品への扱い方を背景として、1960年代生まれから以降の幼少世代を中心に「1999年7月に世界滅亡」を信じる者が続出し、日本国内に未来への悲観的影響を与えた『ノストラダムスの大予言』を書いたことで知られる。 北海道函館市出身。正教徒の家庭に生まれる。本名は後藤 力(ごとう つとむ)。旧制函館中学校(現・北海道函館中部高等学校)から第二高等学校へ進み、後の弁護士・遠藤誠と知り合う。東北大学法学部卒業。大学在学中、小遣い稼ぎにポルノ小説を書いて雑誌に投稿し、文筆家の道に入る。
坂本 幸四郎(さかもと こうしろう、1924年9月19日 -… 坂本 幸四郎(さかもと こうしろう、1924年9月19日 - 1999年5月10日)は、日本の小説家、川柳評論家。北海道函館市生まれ。 1942年に函館中学校(現:北海道函館中部高等学校)卒業後、国鉄入社。無線電信講習所(現:電気通信大学)を卒業して国鉄函館船員区に勤務した。 青函連絡船通信長として勤務していた現役当時、洞爺丸台風(1954年9月26日)の際に同航路を就航していた客載車両渡船『石狩丸』の次席通信士として、洞爺丸の転覆・遭難を発信し続けた第六真盛丸からのSOS通信を受信し、公電として発信した経験を有している。1990年、北海道文化賞奨励賞受賞。川柳の研究評論も手がけていた。 1999年、急性心不全のため死去。
長谷川 四郎(はせがわ しろう、1909年〈明治42年〉6月… 長谷川 四郎(はせがわ しろう、1909年〈明治42年〉6月7日 - 1987年〈昭和62年〉4月19日)は、日本の小説家、翻訳家。 北海道函館市出身。函館中学卒業。1926年に上京、松本泰のもとに寄宿する。1933年、立教大学予科を経て、法政大学文学部独文科に入学する。関口存男・片山敏彦にドイツ語・ドイツ文学を学び、豊島与志雄からフランス文学を学ぶ。 同学科を卒業後、1936年、南満州鉄道株式会社に入社。1942年、満鉄を退社し、満洲国協和会調査部に入る。1945年、ソ連侵攻により捕虜収容所に収容され、5年に及ぶシベリア抑留となった。 1951年、抑留経験をもとに雑誌『近代文学』に「シベリヤ物語」を発表した。
長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 197… 長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 1973年12月16日)は、日本の詩人・作家・ロシア文学者。 父・清(後に淑夫に改名)と母・ユキの三男として函館市元町に生まれる。1925年、函館中学を卒業すると、兄海太郎の勧めもあって4年の間漁船に乗った。1932年、大阪外国語学校露語科を卒業し、満州国の新政府資政局自治指導部訓練所(後の大同学院)に入る。大同学院を一期生として卒業し、満州国外交部を経て、満州映画協会に勤務する。1938年、北村謙次郎や仲賢礼らと雑誌『満州浪曼』を発刊する。1941年3月1日、満映の映画人養成所を開業し、同年11月には株式会社満州電影総社を設立する。この頃、ニコライ・バイコフの「偉大なる王」を文藝春秋から翻訳する。
水谷 準(みずたに じゅん、1904年(明治37年)3月5日… 水谷 準(みずたに じゅん、1904年(明治37年)3月5日 - 2001年(平成13年)3月20日)は、日本の小説家、推理作家、翻訳家。編集者でもあり、雑誌『新青年』編集長を累計18年務めた。本名は納谷 三千男。 北海道函館区(現在の函館市)船見町の生まれ。当時の函館は幕末に開かれて以来の国際的な港町であった。父はパン屋や外国人の執事をしており、外国人が三千男を「ジョン」と呼んでいたことから、のちに自らのペンネームを「準」とした。弥生小学校に在学中、鈴木三重吉が創刊した雑誌『赤い鳥』に童謡を投稿して入選した。 旧制函館中学(現:北海道函館中部高等学校)中退後、上京して早稲田高等学院に入学。在学中の1922年に博文館の雑誌『新青年』の懸賞に応募した「好敵手」が一等に入選。
久生 十蘭(ひさお じゅうらん、1902年4月6日 - 19… 久生 十蘭(ひさお じゅうらん、1902年4月6日 - 1957年10月6日)は、日本の小説家、演出家。北海道函館市出身。本名:阿部 正雄。推理小説、ユーモア小説、歴史・時代小説、現代小説、ノンフィクションノベルなど多彩な作品を手掛け、博識と技巧的な文体で「多面体作家」「小説の魔術師」と呼ばれた。 北海道函館区に、父・小林善之助と母・鑑(戸籍上は「カン」) の長男として生まれる。母方は回漕業を営む家の次女 で草月流生花の師匠、父は番頭頭だった(後に離婚)。2歳の時に両親と離れて、回漕業を営む祖父阿部新之助に養育される。1916年春に函館区立寶小学校高等科を卒業して北海道庁立函館中学校(現:北海道函館中部高等学校)に進学するも中退。
長谷川 海太郎(はせがわ かいたろう、1900年1月17日 … 長谷川 海太郎(はせがわ かいたろう、1900年1月17日 - 1935年6月29日)は、日本の小説家、翻訳家。 林不忘(はやし ふぼう)、牧逸馬(まき いつま)、谷譲次(たに じょうじ)の3つのペンネームを使い分けて執筆した。林不忘は時代小説「丹下左膳」シリーズ、牧逸馬は犯罪実録小説、家庭小説、翻訳、谷譲次は米国体験記「めりけんじゃっぷ」物で知られる。 幕府の金座役人を祖父に持ち、新潟県立佐渡中学校で英語教師をし、後にジャーナリストとして活動する長谷川清(のちに改名した長谷川淑夫の名前で知られる。楽天、あるいは世民とも号した)の長男として新潟県佐渡郡赤泊村(現在の佐渡市赤泊)に生まれる。父・清は佐渡中学校の寄宿舎の舎監も務めており、当時佐渡中学校に在学していた北一輝にも感化を及ぼし、鈴木重嶺門下の清楽社同人として和歌を新潟新聞に寄稿していたが、海太郎が1歳のとき、北海新聞主筆に招かれ、のちに犬養木堂の依頼で函館新聞の主筆となる父に従って一家で函館に移住した。
安倍 季雄(あべ すえお、1880年9月7日 - 1962年… 安倍 季雄(あべ すえお、1880年9月7日 - 1962年12月19日)は、日本の童話作家。号は村羊。 山形県出身。函館中学校(現北海道函館中部高等学校)卒。 1908年時事新報社に入社、『少年』『少女』の編集主幹となりみずからも執筆する。1929年退社し、東京中央放送局『コドモ・テキスト』編集顧問となり、口演童話を開拓、大阪毎日新聞嘱託講師として全国各地に講演旅行する。1952年久留島武彦と全国童話人協会を設立し、のち2代委員長となる。