スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
矢野 哲也(やの てつや、1984年5月21日 - )は、北… 矢野 哲也(やの てつや、1984年5月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手、経営者。現役時代のポジションは、DF。 札幌サッカースクールでサッカーを始める。同期生に山瀬幸宏がいる。北海高校に進学。高校の同級生には、市村篤司がいる。北海道選抜として柏レイソルへ練習に行ったのがきっかけとなり、高校卒業と同時に柏レイソルに加入。 柏レイソルでは出場機会が無く、2005年に当時JFLの愛媛FCにレンタル移籍。愛媛FCのJ2昇格に貢献するが、シーズンオフに柏レイソルから解雇。Jリーグ合同トライアウトに参加するが、所属チームが見つからず、現役を引退した。 2022年1月、この年からJリーグ加盟を目指す地元北海道のBTOPサンクくりやまの社長に就任した。
大谷 喜一(おおたに きいち、1951年(昭和26年)7月1… 大谷 喜一(おおたに きいち、1951年(昭和26年)7月19日- )は、日本の薬剤師、実業家、株式会社アインホールディングス代表取締役社長。北海高等学校、日本大学理工学部薬学科卒。日本大学校友会会長。
富山 睦浩(とみやま むつひろ、1947年10月3日 - )… 富山 睦浩(とみやま むつひろ、1947年10月3日 - )は、日本の実業家。サツドラホールディングス株式会社創業者・代表取締役会長。 北海道根室市の漁師の家に6人兄弟の末子として生まれる。北海高等学校を経て、昭和医科大学薬学部卒業後、薬剤師となり、一の山形薬業やウロコ薬局に勤務。1972年に手稲山口のスーパーのテナントとしてサッポロドラッグストアーを創業。1983年サッポロドラッグストアー設立、同社代表取締役社長に就任。2014年には東京証券取引所市場第一部上場を果たした。2015年サッポロドラッグストアー代表取締役会長。2016年サツドラホールディングス代表取締役会長。札幌商工会議所常議員。
三井 辨雄(みつい わきお、1942年〈昭和17年〉11月2… 三井 辨雄(みつい わきお、1942年〈昭和17年〉11月24日 ‐ 2021年〈令和3年〉4月2日)は、日本の政治家、実業家、薬剤師。 衆議院議員(4期)、国土交通副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、厚生労働大臣(第15代)などを歴任し、青山会(樽床伸二グループ)代表世話人を務めた。報道等では新字体で三井 弁雄(みつい わきお)の表記も用いられる。 北海道札幌市生まれ。札幌市立柏中学校、北海高等学校、昭和薬科大学薬学部卒業。薬剤師免許を取得し、1967年登録。1975年、三井薬品株式会社を設立し、同社代表取締役に就任。その後医療法人交雄会の理事長に就任し、北海道内に3病院・2介護福祉施設を開設。
岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月1… 岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月15日 - 2014年(平成26年)7月5日)は、日本の実業家、政治家。参議院議員(自民党)。 北海道札幌郡豊平町石山(現札幌市南区石山)生まれ。北海中学校を経て北海道大学工学部土木科を卒業した。学生時代からスキーの製作を手がけ、そのまま実業界へと入る。1960年(昭和35年)にタクシー業の東洋交通を設立した。父・政一の選挙活動を手伝ううちに、政界を志すようになる。北海道議会議員を2期務めたのち、1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙で自民党から立候補、初当選を果たし参議院議員を2期務めた。 1990年(平成2年)にクモ膜下出血で倒れた。
中道昌喜(なかみち まさよし、1918年10月27日 - 2… 中道昌喜(なかみち まさよし、1918年10月27日 - 2007年1月15日)は、日本の実業家。中道機械株式会社および中道リース株式会社の創業者。 北海道函館市出身。後に北海道夕張市に移住し、幼少期を夕張で過ごした。夕張市立夕張第二小学校卒業。北海中学校を卒業する。 1945年機械販売と製作の中道兄弟商店を札幌に設立する。1950年1月19日株式会社に改組し、社名を中道兄弟機械株式会社と改称する。さらに、1963年1月社名を中道機械株式会社と改称。同社代表取締役社長。1963年札幌証券取引所に上場。1972年1月中道リース株式会社を設立し、リース部門に進出。同社代表取締役社長に就任。1985年中道リース代表取締役会長に就任。
加森 勝雄(かもり かつお、1907年6月19日 - 199… 加森 勝雄(かもり かつお、1907年6月19日 - 1998年6月22日)は、日本の実業家。加森観光創業者。北海道帯広市出身。 北海中学校卒業、日本大学専門部法科中退。1930年に釧路市内の雑穀商に勤務し経営を学び、1933年釧路で製薬会社・星製薬の東北海道販売代理店を始めて成功をおさめる。その後1939年には星製薬の道内全域の事業を統一した星製薬北海道配給株式会社を創立する。 その後は大谷重工業社長の大谷米太郎が星製薬を買収した事をきっかけに医薬品事業から手を引き、1952年札幌で貸ビル業を開業し翌1953年に加森産業を設立。十分な資産を築いたこともあり昭和20年代末には実業界から手を引くことを考えたものの、知人から登別でのロープウェイ建設事業に熱心に誘われたことをきっかけに、1956年に登別温泉ケーブルを設立して観光業に事業を拡大し、1958年には登別クマ牧場を開設した。
八反田 角一郎(はったんだ かくいちろう、1901年11月6… 八反田 角一郎(はったんだ かくいちろう、1901年11月6日 - 1979年12月28日)は日本の新聞・放送経営者。讀賣テレビ放送代表取締役、日本テレビ・読売新聞社取締役、読売新聞大阪本社取締役最高顧問を歴任。大阪府吹田市に在住していた。 北海道虻田郡倶知安町出身。父・角太郎(1866年(慶應2年)生まれ)は石川県能美郡長野村(現・能美市)の大農家に生まれ、手取川水害の影響により、1896年(明治29年)に倶知安町へ加賀団体の総代として入植した。倶知安では農業と雑貨商で成功を収め、村会議員を8期務めた。角一郎は後に、加賀団体入墾開拓者崇徳碑建立の発起人代表となった。 北海中学校を卒業し、1933年に読売新聞に入社。
岩田 徳治(いわた とくじ、1894年12月15日 - 19… 岩田 徳治(いわた とくじ、1894年12月15日 - 1982年2月20日)は、日本の実業家、政治家。岩田建設の創業者。北海道議会議員(4期)。 札幌村(現在の札幌市東区)出身。岩田家は富山県で江戸時代から続く瓦工場であったが、徳治の両親は西南戦争後の不況により土地家屋を手放し、1890年(明治23年)北海道に渡り現在の丘珠町に入植した。丘珠尋常小学校(現・札幌市立丘珠小学校)卒業後、家業の農業の手伝いに励む。14歳のときに苗穂町(現在の本町)に居を移し、長兄が早逝したため18歳で家督を相続する。北海中学校(現・北海高等学校)卒業。 大星組などを経て1912年から義兄・村上六松が営む合資会社村上組で帳場を担当。
石川 貞治(いしかわ ていじ、1864年 - 1932年)は… 石川 貞治(いしかわ ていじ、1864年 - 1932年)は、日本の教育者・文化人類学者・技師・実業家・技官。 島根県浜田市生まれ。1884年札幌農学校入学。1888年同校卒業(7期)。卒業後、考古学や文化人類学の研究者として札幌農学校助教授に就任。1896年拓殖務省技師に就任。その後、北海道庁にて鉱山・測量の技術者となる。同庁を退官後、北海道における金山・炭坑・油田の開発や経営を手掛ける。特に、鉱床開発では、手稲山が有名で、鉱業権を取得し、手稲鉱山と命名。その後、大津和多理、大町信、岡元輔、浅羽靖と共に、札幌農学校予科入学を目指す中等教育機関として北海英語学校中等部を創立。また、北海中学校・北海高等学校の創立にも大きく寄与した。