スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
橋本 由衣(はしもと ゆい、1990年5月14日 - )は、… 橋本 由衣(はしもと ゆい、1990年5月14日 - )は、岩手県出身の女子バドミントン選手。バドミントン日本代表に選出されている。 青森山田高校時代、3年生時の2008年インターハイ女子シングルス・ダブルスでベスト4。高校卒業後の2009年、NTT東日本に入社した。2014年より女子バドミントン部のキャプテンを務めている。 2012年、ロシアオープンで国際大会シングルス初優勝。同年の全日本社会人バドミントン選手権大会シングルスで初優勝。全日本総合バドミントン選手権大会シングルスで初のベスト8入り。 2014年、大阪インターナショナルチャレンジで優勝。オーストラリア・オープンでBWFスーパーシリーズ自身初のベスト4。
北嶋 佑一(きたじま ゆういち, 1990年4月23日 - … 北嶋 佑一(きたじま ゆういち, 1990年4月23日 - )は、愛知県名古屋市出身の元フットサル選手。 愛知県名古屋市出身。中学生年代では名古屋FCに所属。名古屋FCの同学年には中村亮太や藤田伊吹などがいた。青森山田高校では菅原渉と同学年。3年時の第87回選手権大会では1回戦で大迫勇也らを擁する鹿児島城西高校と対戦し、北嶋も1得点を挙げたものの逆転負けを喫した。1学年下には椎名伸志、2学年下には柴崎岳や櫛引政敏などがおり、北嶋の卒業翌年の第88回選手権大会では青森山田が準優勝している。高校卒業後には関西国際大学に進学。 2010年に東海フットサルリーグの名古屋オーシャンズサテライトに加入し、サテライトに籍を置きながらも特別指定選手としてFリーグのトップチームの試合に出場、2013年に名古屋オーシャンズを退団し練習生としてバサジィ大分に加入した。
董 偉(とう い、ドン・ウェイ、1990年2月22日 - … 董 偉(とう い、ドン・ウェイ、1990年2月22日 - )は、中華人民共和国出身の元プロ野球選手(捕手)。 2013年にワールド・ベースボール・クラシック中国代表に選出される。
錦織 圭(にしこり けい、1989年〈平成元年〉12月29日… 錦織 圭(にしこり けい、1989年〈平成元年〉12月29日 - )は島根県松江市出身の男子プロテニス選手。松江市立乃木小学校、開星中学校、青森山田高校卒業。ATPランキング自己最高位はシングルス4位、ダブルス167位。ATPツアーでシングルス12勝。身長178cm、体重73kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。 アジア男子史上初のグランドスラムシングルスファイナリスト。2016年リオデジャネイロオリンピック銅メダリスト。 この半世紀で最も活躍した日本人男子テニスプレイヤー。 ATP(男子プロテニス協会)が発表する世界ランキング自己最高位はシングルス4位(アジア男子歴代最高位)、シングルスとしては日本男子史上初の世界ランキングトップ10入りを果たした。
大津 一貴(おおつ かずたか、1989年10月25日 - )… 大津 一貴(おおつ かずたか、1989年10月25日 - )は、北海道旭川市生まれの元サッカー選手。ポジションはFWまたはMF。 青森山田高校卒業後、関東学院大学に進学。しかし大学4年生の時に半月板を損傷し、一度はサッカー選手となるのを諦めて一般企業に就職した。その直後、悪性の癌が見つかった事でサッカー選手を諦めた事を後悔し、サッカー選手になるべくリハビリを重ねた。そして東京都社会人サッカーリーグに所属するT.F.S.C.に1年半所属した。その後2015年にモンゴルのFCウランバートルに所属した。 2016年5月、ニュージーランド1部のスリー・キングス・ユナイテッド(英語版)に加入。 2017年1月、タイ・リーグ3のカムペーンペットFC(英語版)と契約。
吉田 一将(よしだ かずまさ、1989年9月24日 - )は… 吉田 一将(よしだ かずまさ、1989年9月24日 - )は、奈良県橿原市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 愛称は「カズ」、「キリン」。 鴨公小学校2年時から鴨公クラブで野球を始める。八木中学時代は香芝ボーイズに所属し、3年次に全国大会に出場。同年次に青森山田中学校に転入した。 そのまま内部進学した青森山田高校では硬式野球部に所属。2年先輩に柳田将利がいた。同校は2年夏と3年夏の全国高等学校野球選手権大会に出場するも、身長の急速な伸びに体全体の成長がついていけないが故に慢性的に故障を抱えており、1年先輩の野田雄大や同期の石井裕大らの陰に隠れた控え投手であり甲子園での登板機会はなかった。 日本大学入学後リハビリと本格的なウェートトレーニングが功を奏し、基礎体力が付き怪我もなくなった。
藤本 憲明(ふじもと のりあき、1989年8月19日 - )… 藤本 憲明(ふじもと のりあき、1989年8月19日 - )は、大阪府富田林市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。中国サッカーリーグ・福山シティFC所属。 マネジメント会社はエースポーツクリエイション。 小中学校時代をガンバ大阪の下部組織で過ごした後、2005年に青森山田高校に進学。同期には三浦修がいた。高校3年次に右サイドバックのレギュラーとして第86回全国高等学校サッカー選手権大会に出場を果たす。その後は近畿大学でプレーした。 2012年に当時JFLに所属した佐川印刷SC(2014年に佐川印刷京都SC、2015年にSP京都FCに改名)に新加入。アマチュア選手として午前は練習、午後は本の包装作業に携わりながらプレーを続けた。
三浦 修(みうら おさむ、1989年6月24日 - )は、北… 三浦 修(みうら おさむ、1989年6月24日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 青森山田高校、同志社大学を経て、2012年よりガイナーレ鳥取に加入。2013年シーズン終了後、契約満了により退団。 2014年より奈良クラブへ移籍。 2019年よりアルテリーヴォ和歌山へ移籍。2020年11月30日、現役引退が発表された。
水谷 隼(みずたに じゅん、1989年〈平成元年〉6月9日 … 水谷 隼(みずたに じゅん、1989年〈平成元年〉6月9日 - )は、日本の元卓球選手・タレント。静岡県磐田市出身。血液型はA型。既婚。木下グループホールディングス所属。ITTF世界ランキング最高位は男子シングルス4位、混合ダブルス1位。段級位は10段。北京オリンピック、ロンドンオリンピック、リオデジャネイロオリンピック、東京オリンピックの日本代表。卓球競技日本人初のシングルスでのオリンピックメダリスト。卓球競技日本男子初の団体でのオリンピックメダリスト。卓球競技混合ダブルスの初代オリンピック金メダリスト。卓球競技初オリンピック全競技史上(世界)初の三種目トリプルメダリスト。全日本選手権シングルス史上初10回優勝。
松平 賢二(まつだいら けんじ、1989年4月6日 - )は… 松平 賢二(まつだいら けんじ、1989年4月6日 - )は、石川県七尾市出身の卓球選手。松平兄弟の次男。現在は協和発酵キリンに所属している。2009年の第50回世界卓球選手権個人戦に弟の松平健太と共に出場した。
川西 翔太(かわにし しょうた、1988年10月28日 - … 川西 翔太(かわにし しょうた、1988年10月28日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。登録ポジションはミッドフィールダー。 地元の奈良FCで本格的にサッカーを始める。2004年、青森県の強豪高である青森山田高校にサッカー留学。2年次の2005年にはインターハイ制覇を経験。3年次にはストライカーとして司令塔のベロカル・フランクら共に青森山田の攻撃サッカーを支えた。 2007年に関西に戻って大阪体育大学に進学(同期に藤春廣輝、村田和哉など)。2008年にはチームは関西学生リーグ2部所属ながら総理大臣杯を勝ち進み、決勝戦では川西が2ゴールを挙げ、大体大にとって22年ぶりとなる優勝に貢献した。
大矢 英俊(おおや ひでとし、1988年8月10日 - )は… 大矢 英俊(おおや ひでとし、1988年8月10日 - )は三重県松阪市出身の卓球選手。青森山田中学校、青森山田高等学校、青森大学卒業。2019年度から株式会社ファースト所属となる。Tリーグは岡山リベッツ、琉球アスティーダに所属歴あり。前陣でのカウンターが武器で、ロング系のサービスを多用する。世界卓球選手権男子団体銅メダリスト。東アジアホープスでは団体初代金メダルに貢献。 日産自動車への就職が決まっていたが、日産の卓球部が休部したことに伴い、東京アート所属となり、2019年度から株式会社ファースト所属となる。
佐々木 裕也(ささき ゆうや、1988年4月6日 - )は、… 佐々木 裕也(ささき ゆうや、1988年4月6日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。2011年から2014年までbjリーグのチームに所属していた。 秋田県大館市出身。大館市立東中学校を卒業した後、大館市と県境で接する青森県の青森山田高校に進学した。 高校卒業後は八戸大学、八戸のクラブチーム「八戸クラブ」を経て、bjリーグの信州ブレイブウォリアーズに練習生として加わり、2011-12シーズン途中の2012年2月に選手契約を結ぶ。このシーズンは7試合に出場し、1つのリバウンドを記録した。 2012-13シーズンは信州の練習生として迎えたが、10月12日に契約を結び選手に復帰する。
松本 怜(まつもと れい、1988年2月25日 - )は、北… 松本 怜(まつもと れい、1988年2月25日 - )は、北海道室蘭市出身のサッカー選手。九州サッカーリーグ・ジェイリースFC所属。ポジションはミッドフィールダー。既婚。マネジメント会社はエースポーツクリエイション。 幼少期より横浜F・マリノスに憧れを抱き、ジュニアユース、ユースのセレクションを受験するも共に落選。中学卒業後は青森山田高校に進学した(同期は伊東俊、小澤竜己、ロメロ・フランク等)。3年次の2005年に青森県勢としては初の全国制覇となるインターハイ優勝に貢献した。 卒業後は早稲田大学に進学。早大でも主力として活躍し 2年次の2007年にはインカレで優勝を経験。大学4年次の9月にはFC東京・横浜F・マリノスの練習に参加し、横浜FMの練習参加時には当時監督であった木村浩吉から高い評価を受けた。
小澤 竜己(こざわ りゅうき、1988年2月6日 - )は、… 小澤 竜己(こざわ りゅうき、1988年2月6日 - )は、愛知県名古屋市出身の元サッカー選手。ポジションは主にフォワード(FW)。 次姉は女優の小澤真利奈。 3歳からサッカーを始め、小学4年から地元クラブの名古屋FCに所属。2003年に青森山田高校に進学。1年時から背番号10を背負い エースストライカーとして活躍。3年生時には主将を務め、同期のFW伊東俊とのコンビでインターハイを制した。選手権では同期の松本怜と共に優秀選手賞を受賞。また、2004年にはU-16日本代表としてモンテギュー国際大会に出場し、決勝のイタリア戦でハットトリックを記録、優勝とともに得点王も獲得した。 2006年にJリーグ・FC東京とプロ契約。
森田 翔樹(もりた しょうき、1988年1月10日 - )は… 森田 翔樹(もりた しょうき、1988年1月10日 - )は、フリューゲル卓球クラブ代表の卓球選手。青森山田高等学校で主将を務め、専修大学を卒業。
伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、… 伊東 俊(いとう しゅん、1987年10月29日 - )は、北海道出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 幼稚園から中学までSSSスポーツクラブでプレー。青森山田高校、国士舘大学を経て、2010年にモンテディオ山形に入団。2017年より京都サンガF.C.に完全移籍により加入した。 2018年よりロアッソ熊本に完全移籍により加入した。途中出場が多かったものの、攻撃の切り札として多くの試合に出場し、3得点を記録した。2019年度は中原輝などの台頭で出番を減らしたが、2得点し途中交代の切り札として活躍した。その後のシーズンでも、近い距離でのパス回しが主な戦術であるチームの中で、ドリブル突破などアクセントを付けることが出来る選手として重宝され、チームの貴重な戦力として活躍した。
柳田 将利(やなぎだ まさとし、1987年9月2日 - )は… 柳田 将利(やなぎだ まさとし、1987年9月2日 - )は、大阪府藤井寺市出身の元プロ野球選手(投手、内野手、外野手)。左投左打。 中学時代は全羽曳野ボーイズに所属。(一学年先輩にダルビッシュ有がいた)藤井寺市立道明寺中学校卒業後の2003年4月、青森山田高等学校に入学(2学年後輩に吉田一将がいた)。高校野球甲子園大会には、2004年の夏・2005年の春と夏に計3回出場した。2005年度高校生ドラフトにて千葉ロッテマリーンズから1巡目指名を受け、入団。投手としてだけでなく、打撃も優秀なため、二刀流も期待されていた。 入団後は投手として目立った成績が残せず、2008年4月4日の東京ヤクルトスワローズとの二軍戦では、投手としての出場ではなく代打での起用であった。
豪頂山 傑士(ごうちょうざん まさし、1987年8月26日 … 豪頂山 傑士(ごうちょうざん まさし、1987年8月26日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身で峰崎部屋に所属した元大相撲力士。身長175cm、体重116kg。本名はデルゲルサイハン・ウーガンバータル。最高位は東幕下7枚目(2015年9月場所)。 子供の時からモンゴル相撲を経験し、中学校ではレスリングを経験した。2003年8月に留学生として青森山田高校に進学し、相撲部に所属した。2006年3月場所、部屋初の外国人力士として初土俵を踏む。当初は四股名を透川豪志と名乗った。四股名の由来は郷里のトール川、下の名の「豪志」は峰崎の下の名に因んだ。四股名「透川」の由来には他にも諸説あり、高校時代の友人の下の名前「透」を拝借したとも、北欧神話にあやかったともされている。
ロメロ・ベロカル・フランク・ラーク(西: Romero Be… ロメロ・ベロカル・フランク・ラーク(西: Romero Berrocal Frank Lark, 1987年8月19日 - )は、ペルー・リマ郡リマ出身のサッカー選手。Jリーグ・レイラック滋賀FC所属。ポジションはMF。 日系ペルー人3世のロメロ・フランクの大学時代の登録名はベロカル・フランクであった。 13歳の時に両親の仕事の関係で訪日し、2011年に水戸ホーリーホックでプロデビューした。 2013年に移籍したモンテディオ山形でも主力として活躍したが、2015年シーズン終了後に契約満了となった。。 2016年、アルビレックス新潟に完全移籍。同年は古巣・水戸へ期限付き移籍でプレー。2017年から期限付き移籍期間満了により、新潟に復帰したが、同シーズン終了後、契約満了により新潟を退団。
川邊 裕紀(かわべ ゆうき、1987年4月2日 - )は、東… 川邊 裕紀(かわべ ゆうき、1987年4月2日 - )は、東京都出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(DF)。サッカー指導者の川邊健一は実兄。
樋口 遼(ひぐち りょう、男性、1987年3月25日 - )… 樋口 遼(ひぐち りょう、男性、1987年3月25日 - )は、日本のプロ競泳選手。青森県弘前市出身。青森短期大学ビジネス創造学科卒業。 小学校から中学までは野球部に所属しており、私立青森山田高等学校に入ってから水泳を始める。高校3年の県大会で初優勝し、青森県最高記録をマーク。ジュニアオリンピックへ出場。 短大でも水泳を続け2年連続で国体にも出場したが、怪我もあり、卒業後は一度水泳を引退し上京。2年間職を転々としながら、フリーターとして過ごす。 2009年に地元青森県へ戻り、フリーターとして水泳を再開。日本選手権などに出場するも、一人でトレーニングしている事へのマンネリ化などで、2012年に2度目の引退。
那須川 将大(なすかわ まさひろ、1986年12月29日 -… 那須川 将大(なすかわ まさひろ、1986年12月29日 - )は、北海道登別市出身のサッカー指導者、元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。既婚。 小学校時代、中学校時代といずれも全国大会出場を経験し、中学校卒業後は青森山田高校に進学。プロクラブへのアピールの場と考えていた高校3年次の全国高等学校サッカー選手権大会開催前に骨折し、高校最後の大会に出場することが出来なかった。高校卒業後は中京大学に進学し、体育会サッカー部に入部。左サイドパックとしてプレーし、4年次には主将を務めた。3年次には同年度の全日本大学選手権で3位の成績を修めるなど、高校時代の鬱憤を晴らす活躍を見せた。
坪口 道和(つぼぐち みちかず、1986年10月25日 - … 坪口 道和(つぼぐち みちかず、1986年10月25日 - )は、長崎県福江市(現在の五島市)出身の卓球選手。 福江中から青森山田高校を経て青森大学へ進学。現在は、元実業団チーム日産自動車のクラブチーム日産横浜クラブを経て、鎮西学院高校教員。 幼少期は長崎県の五島列島にある福江市で育ち、7歳から卓球を始める。福江中3年の時、全国中学校卓球大会・男子シングルスで準優勝し、その後名門の青森山田高校に進学。しかし、全国最高レベルの青森山田高校では横山友一・大矢英俊・高木和卓といった日本ジュニア代表クラスの1・2年にレギュラーを奪われ出場機会に恵まれず、3年では主将でありながら、終始ベンチから激励するという裏方の役割のまま終わる。
橋本 和(はしもと わたる、1986年9月14日)は、滋賀県… 橋本 和(はしもと わたる、1986年9月14日)は、滋賀県伊香郡高月町(現長浜市)出身のサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(SB)。 父の影響で幼い頃からサッカーに親しみ、小学2年生の時に地元のクラブチームへ入団。利き手は右だが、物心がついた時から左足でボールを蹴っていた。 高月町立高月中学校に入学後、サッカー部がなかったことから、小学生時代の指導者が立ち上げたジュニアユースのクラブチーム「バーニングブラッドFC」へ入団。中学3年生の秋、青森山田高等学校のセレクションに合格し、特待生として進学した。同校サッカー部の同級生に盛礼良レオナルド、那須川将大がいた。 高校卒業後は、大阪体育大学に進学。
小寺 優輝(こてら ゆうき、1986年7月12日 - )は、… 小寺 優輝(こてら ゆうき、1986年7月12日 - )は、和歌山県和歌山市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 青森山田高校から阪南大学を経て、2009年ファジアーノ岡山FCに加入。2012年、FCガンジュ岩手に移籍。2014年シーズン限りで岩手を退団。
盛礼良 レオナルド(もれいら レオナルド, 1986年2月4… 盛礼良 レオナルド(もれいら レオナルド, 1986年2月4日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手、元ビーチサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 ブラジル国籍時代の旧名はLeonardo Augusto Vieira Moreira(レオナルド・アウグスト・ヴィエイラ・モレイラ) 青森山田高卒業後、専門学校であるJAPANサッカーカレッジに進み、2006年にJリーグのサガン鳥栖の練習に参加。鳥栖との契約がまとまりかけたが、同時期にオファーがあり条件面で上回る東京ヴェルディへの入団を選んだ。それでも鳥栖は期限付き移籍での獲得を申し出て、東京Vに入団後、即時に鳥栖へ期限付き移籍するという当時の日本では珍しい形で、鳥栖で2シーズンプレーした。
村守 実(むらもり みのる、1985年8月15日 - )は、… 村守 実(むらもり みのる、1985年8月15日 - )は、日本の卓球選手。 神奈川県出身。青森山田高校から青森大学へ進む。 2003年、チリのサンティアゴで開催された第1回世界ジュニア卓球選手権で、岸川聖也とペアを組み男子ダブルスで優勝を果たした。世界ジュニア選手権で日本勢史上初の金メダル獲得が評価され、岸川聖也とともに2003年度JOCスポーツ賞新人賞を受賞した。 大学卒業後は日産自動車硬式卓球部に所属。日産自動車硬式卓球部の休部に伴い、2009年3月に現役引退。
三澤 純一(みさわ じゅんいち、1985年5月21日 - )… 三澤 純一(みさわ じゅんいち、1985年5月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2008年、筑波大学からベガルタ仙台に入団。出場機会を得られず、2010年に戦力外となる。翌年FC琉球に移籍するが、同年限りで引退。
五十嵐 麻朝(いがらし まあさ、1985年1月31日 - )… 五十嵐 麻朝(いがらし まあさ、1985年1月31日 - )は、日本の元俳優、元モデルである。旧芸名は麻朝(まあさ)、笹塚 麻朝(ささづか まあさ)。五十嵐 麻朝が本名である。芸能界引退後はジュエリーブランド株式会社MIPの代表取締役。 青森県青森市出身。スターダストプロモーション芸能3部に所属した。青森山田高等学校出身。身長186cm。 19歳のときに上京し、スカウトがきっかけでモデルとしてデビュー。2年ほど活動した後に、アルバイト先でスカウトを受けてスターダストプロモーション所属となり、「笹塚麻朝」の芸名で活動を始める。 2008年、「ノンノ・ボーイフレンド大賞」を受賞。同時期から俳優活動を始める。
ジュリア・モンビ(Julia Mombi Muraga、19… ジュリア・モンビ(Julia Mombi Muraga、1985年1月25日 -)はケニアの女子陸上競技選手。専門は長距離走、マラソン。 ケニアより青森山田高等学校へと留学しインターハイでは800m、1500m、3000mすべてで優勝している。大学卒業後はファイテンを経て、佐倉アスリート倶楽部に所属している。
坂本 竜介(さかもと りゅうすけ、1984年11月25日 -… 坂本 竜介(さかもと りゅうすけ、1984年11月25日 - )は、愛知県出身の卓球選手。現在、横井咲桜と大藤沙月の個人コーチ、日本ペイントマレッツのコーチを務めている。ヨーロッパのバックハンド技術を日本に初めて持ち帰った日本卓球界の立役者であり、現在は卓球普及へのイベント活動に取り組んでいる。卓球界のパイオニアとしても有名である。イップスが原因で現役時代にとても苦労をした経験をもつ。最高世界ランクJr男子シングルス7位.U21男子シングルス12位.男子シングルス136位。
千葉 貴仁(ちば たかひと、1984年11月7日 - )は、… 千葉 貴仁(ちば たかひと、1984年11月7日 - )は、北海道紋別市出身の元プロサッカー選手。DF。サッカー指導者。現在は母校青森山田高校でコーチを務める。公認C級コーチ。 青森山田高等学校卒業後、2003年にセレッソ大阪に入団し、1対1に強さを見せるセンターバックであった。2年目の2004年にレギュラーポジションを獲得し、初得点もマークした。しかし2005年は出場機会がなく、2006年はコンサドーレ札幌にレンタル移籍し、2007年はセレッソ大阪に復帰したが2008年シーズン終了後戦力外となり、退団。 2010年3月母校の青森山田高校サッカー部のコーチとして青森へ異動し、同年4月に東北社会人リーグ2部北ブロックのラインメール青森FCに加入。
中井 孝治(なかい たかはる、1984年3月10日 - )は… 中井 孝治(なかい たかはる、1984年3月10日 - )は、北海道倶知安町出身の男性スノーボード選手で、解説者。 小学6年生からスノーボードを始める。青森山田高等学校2年時にプロ資格を取得してプロに転向、同3年時に17歳でオリンピック代表となった。青森大学卒業。 2002年ソルトレークシティオリンピック、2006年トリノオリンピックのスノーボードハーフパイプ日本代表。ソルトレークシティでは5位に入賞した。 2014年ソチオリンピックおよび2018年平昌オリンピックでは解説者を務めた。
鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は… 鳥谷部 真弓(とりやべ まゆみ、1983年9月7日 - )は青森県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長160cm。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に平内分団で始めた。小湊中学から青森山田高校へ進むと、1年の時には全国高校選手権の78kg級で3位、2年の時には優勝を飾った。3年の時には全日本ジュニアで3位だったが、全国女子体重別の決勝で淑徳高校3年の中沢さえを破って優勝を飾った。福岡国際では3位だったが、オーストリア国際では優勝した。2002年に帝京大学へ入学すると、1年の時には選抜体重別決勝で世界チャンピオンである警視庁の阿武教子に敗れるも2位となった。世界ジュニアでは得意の背負投でオール一本勝ちの優勝を飾った。
ジュニーニョ (Juninho) こと、オズヴァウド・ジョゼ… ジュニーニョ (Juninho) こと、オズヴァウド・ジョゼ・マルチンス・ジュニオール(Osvaldo José Martins Júnior, 1982年7月7日 - )は、ブラジル・ゴイアス州出身のサッカー選手である。ポジションはミッドフィールダー。 青森山田高校時代には、3大会連続で選手権に出場した。2年時にはチームをベスト4へ導いた。 Jリーグでは清水エスパルスに入団したもの、ヘルニアの出術などで出遅れ出番がなく、2003年からはJ2のヴァンフォーレ甲府、サガン鳥栖に出場機会を求めて移籍した。2004年からはブラジルに帰国してプレーを続けている。 清水在籍時には、同じくブラジル出身で日本の高校出身の三都主アレサンドロを慕っていた。
荒内 美沙緒(あらうち みさお、1981年11月5日 - )… 荒内 美沙緒(あらうち みさお、1981年11月5日 - )は、2001年(平成13年)の『ミス・ユニバース・ジャパン』であり、同年のミス・ユニバース世界大会に日本代表として出場した。1999年ミス日本フォトジェニックも受賞している。 青森県生まれ。身長173cm。 17歳で1999年ミス日本フォトジェニックを受賞している。そこでミスユニバースのディレクターにスカウトされ、19歳の学生だった2001年(平成13年)、1,000人以上の応募者のなかから、復活以後最年少で『ミス・ユニバース・ジャパン』に選ばれた。続いて、同年5月にプエルト・リコのバヤモンで開催されたミス・ユニバース2001世界大会に日本代表として出場した。
河端 和哉(かわばた かずや、1981年10月22日 - )… 河端 和哉(かわばた かずや、1981年10月22日 - )は、北海道苫小牧市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(DF)。 札幌大学在学中はサッカー部に所属し、2003年夏季ユニバーシアードの日本代表にも選ばれた。また、コンサドーレ札幌の特別指定選手として登録され1試合に出場。同クラブにおいて特別指定選手として公式戦出場を果たす最初の選手となった。2004年に札幌へ正式に入団したが出場機会に恵まれず、わずか1年で戦力外通告を受け退団。 2005年より九州リーグ・ロッソ熊本に入団した。その後、チームはJFLおよびJ2へ昇格。ロアッソ熊本とチーム名も改めた2008年および2009年には主将も勤めた。
田勢 邦史(たせい くにひと 1981年9月20日- )は山… 田勢 邦史(たせい くにひと 1981年9月20日- )は山形県長井市出身の卓球選手。青森山田高等学校、青森大学卒業後、2004年から協和発酵キリン卓球部に所属している。身長180cm。体重68kg。
三田村 宗明(みたむら むねあき、1981年8月24日 - … 三田村 宗明(みたむら むねあき、1981年8月24日 - )は、東京都目黒区出身の日本の男子卓球選手。右シェーク裏裏 攻撃型。リトルキングス代表、龍門卓球場 代表、BUTTERFLY契約コーチ。 小学校3年から卓球を始め、目黒区立第七中学校、青森山田中学高等学校、青森大学出身。大学卒業後は日産自動車に所属した。1999年~2005年 6年連続で全日本卓球選手権大会ベスト8入り。1999年~2007年 全日本ナショナルチームメンバー。1999年~2001年 世界選手権大会日本代表。現在はリトルキングス代表、龍門卓球場 代表、BUTTERFLY契約コーチ。
吉村 依子(よしむら よりこ、1981年5月28日 - )は… 吉村 依子(よしむら よりこ、1981年5月28日 - )は青森県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。身長153cm。得意技は内股、大腰、小外掛。 9歳の時にテレビアニメ化された『YAWARA!』に影響されて三道会館五所川原分団で柔道を始めた。筒井中学から青森山田高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権52kg級で5位に入賞する。 高校を卒業後は憧れていた歌手になるための下準備として化粧品会社への就職が決まっていたが、帝京大学柔道部監督の稲田明に熱心に勧誘され、柔道を続ける道を選んだ。2000年に帝京大学へ進学後、1年の時に全日本ジュニアで2位、アジアジュニアでは優勝を果たす。3年の時には優勝大会で優勝メンバーの一員として名を連ねた。
小西 海偉(こにし かいい、1981年5月16日 - )は、… 小西 海偉(こにし かいい、1981年5月16日 - )は、日本の卓球選手。高校1年時中華人民共和国からの帰化選手であり、中国名は宋海偉、旧登録名は吉田 海偉(よしだ かいい)。河北省辛集市出身。一人っ子。178cm、70kg。2016-17年シーズンはポーランドのKS UNIA AZS AWFiS Gdańsk所属および2017年4月より東京アート。グローバルアスリートプロジェクト所属。 7歳から卓球を始め、高校1年の時に来日。青森山田高校、青森大卒業。2004年3月に日本に帰化。名前を吉田海偉と改める。この名前は高校時代の恩師である吉田安夫監督(青森山田高校)から来ている。高校時代に異例のインターハイ男子シングルス3連覇を成し遂げた。
兜森 崇朗(かぶともり たかあき、1979年7月26日 - … 兜森 崇朗(かぶともり たかあき、1979年7月26日 - )は、青森県青森市出身の日本の高校野球指導者。社会科・ 地理歴史科・公民科教諭。 筒井中学校では3年時にエースとして全国大会に出場。高校は現在指導している青森山田高等学校に進学。同校のエースとして活躍した。2年時の秋季東北大会準優勝、3年時の夏は、県予選決勝まで勝ち進んだがいずれも光星学院(現八戸学院光星)に阻まれ選手としての甲子園出場歴はない。 青森大学卒業後、青森山田中学校教員の傍ら、2003年に設立した青森山田リトルシニアの初代監督に就任する。2015年に青森山田高校の野球部監督に就任。これまで春夏合わせて4度の甲子園出場を果たしている。
袋井 隆史(ふくろい たかふみ、1978年7月31日 - )… 袋井 隆史(ふくろい たかふみ、1978年7月31日 - )は、日本のラグビー指導者。現在青森山田高校ラグビー部の監督を務めている。 青森山田高校、国士舘大学、ヤクルトを経て、2005年、近鉄ライナーズ(現・花園近鉄ライナーズ)に加入。6シーズンプレーした。 現役引退後、札幌大学ラグビー部の監督に就任。 2018年、第68回全国地区対抗大学ラグビーフットボール大会にてチームを準優勝に導いた。 そして2026年、青森山田中学ラグビー部監督に就任する橋本高行の後を受けて母校青森山田高校ラグビー部の監督に就任。 この項目は、日本のラグビーユニオン関連人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJラグビー/Pラグビー)。
畑山 隆則(はたけやま たかのり、1975年7月28日 - … 畑山 隆則(はたけやま たかのり、1975年7月28日 - )は、日本の元プロボクサー、YouTuber。青森県青森市出身。元WBA世界スーパーフェザー級王者。元WBA世界ライト級王者。世界2階級制覇王者。 現在は竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムマネージャー、太田プロダクション所属のタレント、実業家。 中学時代は野球部に所属、エースで1番として活躍し、将来はプロ野球選手になることを熱望していた。投手としてスポーツ推薦で青森山田高校に入学したが、先輩部員と対立し1ヶ月で退部。かねてより、同郷の元WBA世界フライ級王者レパード玉熊(国際)の世界戦を見ていたこともありプロボクサーも志望する。
佐々木 健司(ささき けんじ、1974年4月6日 - )は、… 佐々木 健司(ささき けんじ、1974年4月6日 - )は、日本の競輪選手(76期)。 青森県青森市出身。86期生の佐々木省司は実弟。師匠は葛西新藏。 青森山田高校を経て東北学院大学に進んだ。1993年の全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)・タンデムスプリントで優勝。その後競輪学校に入校。同期には市田佳寿浩、石丸寛之らがいる。 1995年8月5日、松阪競輪場でデビューしたが失格に終わった。2012年3月2日時点、日本選手権競輪に6回出場などの実績を持つ。 2011年12月11日午前4時20分頃、青森県青森市新城山田の国道7号でワンボックスカーを運転中、丁字路で56歳女性の軽自動車が右折してきた際に左側面が佐々木の車の前面と衝突、女性は全身を強く打って市内の病院に搬送されたが約1時間後に内臓損傷による出血性ショックで死亡、佐々木は肩などを打撲して軽傷、呼気から基準値超えのアルコールが検出、道路交通法違反(酒気帯び運転)容疑で逮捕された。
佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩… 佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。 2005年から2016年までNPO法人湘南ルベントスポーツクラブJrユース.Jrにて後進の指導にあたる。 2017年はINAC神戸レオネッサのGKコーチとして1年間指導した。 2018年、ラインメール青森FCのGKコーチに就任。 2020年12月2日、青森のGKコーチを退任した。
竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は… 竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は、日本の元プロボクサー。広島県安芸郡府中町出身。元WBA世界ミドル級王者。 2002年に畑山隆則とともにボクサフィットネスジム「T&H」を開設し、代表を務める。 広島でボクシングジムを経営する父・竹原三郎と焼肉店を経営する母との間に広島県安芸郡府中町で生まれる。府中小学校に通い、先輩には宇梶剛士、吉川晃司がいた。小・中学校と柔道部に所属し、団体戦で郡大会優勝を経験。その一方で喧嘩にも明け暮れ、暴走族にも入る不良時代を過ごし、あまりの素行不良から地元では「広島の粗大ゴミ」と呼ばれていた。また、近隣の中学の番長クラス3人の名字前に「たけ」が共通してついており、3人合わせて「三たけ(さんたけ)」とも呼ばれていた。
黒田 剛(くろだ ごう、1970年5月26日 - )は、北海… 黒田 剛(くろだ ごう、1970年5月26日 - )は、北海道札幌市出身の元アマチュアサッカー選手、サッカー指導者。現FC町田ゼルビア監督。 1994年から2022年までの28年間、青森山田高校を指揮した。 2023年にFC町田ゼルビアの監督に就任。高校サッカーの実績を評価されてプロチームの指揮を執るケースとしては布啓一郎に続く存在[要検証 – ノート]。 1970年5月、北海道札幌市生まれ。父から教わった野球に夢中になっていたが、小学2年時に隣の石狩町に転校。小学校には剣道と出来たてのサッカーチームしか無く、しばらく剣道を習っていたが、友人に誘われ地元のサッカー少年団の練習を覗いたことをきっかけに入団。
横山 ひでき(よこやま ひでき、1967年6月19日 - )… 横山 ひでき(よこやま ひでき、1967年6月19日 - )は、青森県を拠点に活動するローカルタレント。旧芸名および本名は横山 英樹。愛称は「ひでちゃん」。青森県北津軽郡中泊町(旧中里町)出身。師匠は黒石八郎。 青森山田高校、青森大学社会学部卒業後、さまざまな職業に就いた後、1991年の頃から黒石八郎に弟子入り。以前は師匠との出演が多かったが、最近は単独での出演が中心である。 二卵性双生児の弟がいる。また、母は一時期「マミー横山」という名前で青森放送「出会いふれあい生テレビ」の料理コーナーに出演していた。 現在は青森県むつ市の「むつ市わきのさわ・かさまいまつり」を始め、県内自治体のイベントで総合司会を務める機会もある。