スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 201… 室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 2019年9月27日)は、日本の小説家、文芸評論家。 福島県南会津郡下郷町出身。生家は農家。 福島県立会津高等学校から早稲田大学政治経済学部に入学するが、理数音痴のために行き詰まり、演劇に興味を持ち始める。ドストエフスキーに熱中した後にキルケゴールに関心を持ち、帰郷してデンマーク語を独習する。ロンドンから取り寄せたテープでアンデルセン童話を聞く。21歳のとき、早稲田キャンパス新聞主催の第8回キャンパス文芸賞にドストエフスキー論で入選(選考委員は秋山駿)。慶應義塾大学文学部に再入学し、哲学科を卒業。在学中は慶應義塾外国語学校でロシア語を学び、東アジア諸国の言語も独習する。
小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 … 小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 - 2010年〈平成22年〉9月4日)は、日本の社会学者、経済学者、批評家、社会・政治・国際問題評論家。 学位は法学博士(東京大学・1974年)。東京工業大学世界文明センター特任教授、現代政治研究所(東京都千代田区)所長などを歴任。 社会学、数学、経済学、心理学、政治学、宗教学、法学などの多分野を第一人者から直接学び、「社会科学の統合」に取り組んだ。東京大学の伝説の自主ゼミナール「小室ゼミ」主宰者。著書に『ソビエト帝国の崩壊』や『痛快!憲法学』などがある。 出生名爲田直樹として東京府荏原郡玉川村(現・東京都世田谷区奥沢)に生まれる。私生児であった。
長沢 節(ながさわ せつ、1917年5月12日 - 1999… 長沢 節(ながさわ せつ、1917年5月12日 - 1999年6月23日)は、日本のイラストレーター、水彩画家、デザイナー、エッセイスト、ファッション評論家、映画評論家。セツ・モードセミナー創設者。日本のファッション・イラストレーターの草分け。 本名は、長沢 昇(ながさわ のぼる)。 福島県会津若松市に生まれる。 小学校時代、画家で小学校教師の渡部菊二と出会う。会津中学入学。 軍事教練をボイコットした為、官立校の東京美術学校(東京芸大)への受験資格を失う。文化学院へ入学。卒業後水彩画家へ。 春日部たすく画伯と親交。戦前から中原淳一の推薦で女性誌『新女苑』にデビュー。『それいゆ』や『ひまわり』といった雑誌にイラストやエッセイを掲載。
河原 万吉(かわはら まんきち、1896年 - 1981年)… 河原 万吉(かわはら まんきち、1896年 - 1981年)は、日本の翻訳家、書誌学者、評論家。 福島県耶麻郡喜多方町(現喜多方市)に五十嵐六七八の次男として生まれる。会津中学校中退。1918年より二年間軍役に服したのち、栃木県の河原仁三郎の養子となる。 1923年上京し、新光社を経て万有文庫刊行会に勤め、翻訳を手がける。その一方、江戸時代の書誌研究・出版を行う。1930年東洋思想学者宇多尚に師事し、日華文化交渉史、日本精神史の研究を行う。 1938年4月陸軍省嘱託として北京師範大学助教授、7月教授となるが病気のため10月辞職、帰国後は著述に専念し、戦後はオリオン社の通信添削国語科担当。