スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大島 杏花(おおしま きょうか、1998年2月2日 - )は… 大島 杏花(おおしま きょうか、1998年2月2日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 栃木県宇都宮市出身。 栃木県立宇都宮商業高等学校、東京女子体育大学を経て、2020年に全国6人制リーグ(地域リーグ)所属の倉敷アブレイズに入団。保育園の補助員として勤務しながら所属し、2023-24シーズンはV.LEAGUE DIVISION3、2024-25シーズンは2部のV.LEAGUEでプレーした。 2025年6月、倉敷アブレイズを退団。SV.LEAGUEのヴィクトリーナ姫路に入団した。 2025年10月10日の2025-26シーズンチーム開幕戦の大阪マーヴェラス戦でSV.LEAGUE初出場。
高津戸 信幸(たかつと のぶゆき、1986年4月20日 - … 高津戸 信幸(たかつと のぶゆき、1986年4月20日 - )は、日本のギタリスト、ソングライターである。ロックバンド「MAGIC OF LiFE」ボーカル・ギター担当。栃木県宇都宮市出身。血液型O型。とちぎ未来大使(2024年2月7日委嘱) 栃木県立宇都宮商業高等学校、作新理容美容専門学校卒業。 主に作詞、作曲を担当。現在バンド唯一のオリジナルメンバーでもある。2003年、バンドを高校2年生の時に結成した。当初は高校卒業後に解散する予定だったが、活動を継続することにする。2012年のバンドメンバー入れ替えまで「Dirty Old Men」として活動をしていた。2014年にバンド名を「MAGIC OF LiFE」に変更して現在に至る。
長井 功一(ながい こういち、1984年5月14日 - )は… 長井 功一(ながい こういち、1984年5月14日 - )は、日本のプロ野球審判員。審判員袖番号は2。栃木県出身。 栃木県立宇都宮商業高等学校、日本大学卒業。 2007年は独立リーグ・BCリーグの審判員として活動。2009年1月1日にパシフィック・リーグ審判員となる。同期入局の芦原英智とともに、BCリーグ経験者初のNPB審判員採用者となった。 2013年9月10日のヤクルト対広島第20回戦(明治神宮野球場)で三塁塁審として一軍初出場。 2020年10月18日のDeNA対巨人第20回戦(横浜スタジアム)の2回無死一・二塁の場面にて、巨人の大城卓三が放った二塁への小フライを二塁手のネフタリ・ソトがグラブに当てて落球。
湯沢 敏仁 (ゆざわ としひと 1965年7月24日 - )… 湯沢 敏仁 (ゆざわ としひと 1965年7月24日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。2014年より「湯沢としひと」名義で執筆。 栃木県宇都宮市出身。小学校4年生の頃から漫画を描き始め、宇都宮商業高等学校卒業と同時に上京。デザイン専門学校に通うが半年で中退。以後、漫画家アシスタントを兼ねながら執筆。 主にビジネス関連、広告、教材、実用本の漫画、イラストを手掛ける。 2014年に漫画アシスタントを辞めフリーに。 2012年5月より江東区森下文化センターにて開催されている日本落画家協会主催の「寄席描き展」に参加。 2020年12月、バンクビジネス(近代セールス社)にて2014年~2019年に連載された『銀行「事件簿」ドキュメント』から、融資の話を抜粋した「マンガ 銀行の不祥事【融資編】~ケースで学ぶ不正の兆候・手口と防止策」発刊。
金敷 一美(かなしき かずみ、1961年11月22日 - )… 金敷 一美(かなしき かずみ、1961年11月22日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロ野球選手(外野手)。 宇都宮商業高では1年秋の関東大会準々決勝で川口工に延長10回サヨナラ負け。翌2年秋の関東大会は初戦で川口工に雪辱して準決勝で小川博が先発した前橋工に勝利するなど準優勝。1979年に選抜甲子園に出場。初戦を突破し、2回戦では小早川毅彦を擁するPL学園と延長10回の末に惜敗。続く春の関東大会は準々決勝で上尾高のエース・仁村徹を相手に延長13回の末に敗退。 社会人野球の東芝府中を経て、1983年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから6位指名を受け入団。 走力がアピールポイントでありプロ2年目の1985年に一軍初出場するが、翌1986年限りで現役を引退。
斉藤 浩行(さいとう ひろゆき、1960年5月10日 - )… 斉藤 浩行(さいとう ひろゆき、1960年5月10日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロ野球選手(外野手、一塁手)、監督。 宇都宮商業高では1977年秋季関東大会に進むが、1回戦で取手二高に敗退。翌1978年の夏の甲子園栃木県予選は準決勝で小山高に敗れる。 高校卒業後は、社会人野球の東京ガスに入社。1980年から都市対抗野球に一塁手として2年連続出場。1981年の都市対抗野球では工藤真らの好投もあって準決勝に進むが、電電東京の竹舛和也に完封を喫する。この時のチームメイトに金森栄治(プリンスホテルから補強)がいた。同年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから2位指名を受け入団。そのずば抜けたパワーからポスト山本浩二と評された長距離打者であった。
和泉 貴樹(いずみ たかき、1954年6月14日 - )は、… 和泉 貴樹(いずみ たかき、1954年6月14日 - )は、栃木県出身の元アマチュア野球選手(外野手)、野球指導者。 宇都宮商業高等学校では、1971年秋季県大会準決勝に進むが、作新学院高に敗退。卒業後は日本大学に入学。当時の日大野球部は低迷期にあり、東都大学野球リーグでは優勝に届かず、1974年秋季リーグ後に二部降格(1季のみ)も経験する。しかし同期のエース佐藤義則を擁し1975年秋季リーグでは駒大に次ぐ2位、1976年秋季リーグでは3位と健闘。自身もこの両季で首位打者を獲得し、ベストナイン(外野手)に選出されている。1975年秋は2位ながらも明治神宮大会に出場している。 大学卒業後は、社会人野球の日立製作所に入社。
岡部 隆志(おかべ たかし、1949年 - )は、日本の日本… 岡部 隆志(おかべ たかし、1949年 - )は、日本の日本文学研究者。文芸評論家。共立女子短期大学名誉教授。 1949年、栃木県に生まれる。栃木県立宇都宮商業高等学校卒業。明治学院大学に入学。全共闘運動に参加。明治学院大学除籍。社学同叛旗派の活動家となり、三里塚闘争(成田空港問題)に加わる。同派の三里塚現地闘争小屋に住み、1971年2月、第一次代執行に対し地下壕に立て籠もり逮捕。同年9月の第二次代執行初日に発生した東峰十字路事件の被疑者として同年12月再び逮捕、起訴される。保釈後、1978年、明治大学文学部第二部文芸学科入学。1982年、同大学卒業。1984年、同大学大学院博士前期課程修了。裁判では執行猶予付き有罪判決(懲役刑)を受ける。
小島 勝平(こじま かつへい、1936年〈昭和11年〉1月2… 小島 勝平(こじま かつへい、1936年〈昭和11年〉1月28日 - 2007年〈平成19年〉4月24日)は、日本の実業家。小島電気商会(後の株式会社小島電機、現在の株式会社コジマ)創業者で、代表取締役社長、代表取締役会長を歴任した。 1955年4月に栃木県宇都宮市で小島電気商会を創業、家電の安売り販売を開始。1963年より法人化して株式会社小島電機を設立。 小島電機は栃木県内で1972年から多店舗化へ展開、店舗網を拡充して大量販売。1984年から栃木県外に進出し多店舗展開、1985年までに中堅家電販売店へ成長。小島勝平は全国一の家電量販店激戦区北関東YKK で、群馬県のヤマダ電機(山田昇)、茨城県のケーズデンキ(加藤修一)、栃木のヌマニウ、第一家電と家電量販店の激しい価格競争、出店競争。
宇都美 清(うつみ きよし、1928年(昭和3年)11月12… 宇都美 清(うつみ きよし、1928年(昭和3年)11月12日 - 1973年(昭和48年)3月4日)は日本の歌手。栃木県宇都宮市出身。本名は吉田清男。 1946年(昭和21年)、宇都宮商業学校を卒業目前にして、コロムビアの新人募集に応募し合格。同年5月発売の「銀座歩けば」でデビュー。芸名の宇都美清とは出身地の宇都宮から取ったものである。 1949年(昭和24年)までに7曲吹き込んだが、ヒットしたのは「旅役者の唄」(霧島昇)のB面曲「三千歳小唄」ぐらいで、翌年、ビクターへ移籍。渡辺はま子と吹き込んだ「火の鳥」がヒットし、「ああモンテンルパの夜は更けて」、「浅太郎月夜」等がヒットする。 NHK紅白歌合戦に3回出場している(詳細は下記参照)。
増山 道保(ますやま みちほ、1924年(大正13年)11月… 増山 道保(ますやま みちほ、1924年(大正13年)11月21日 - 1999年(平成11年)9月14日)は、日本の政治家。宇都宮市長(5期)、栃木県議会議員(3期)、宇都宮市議会議員(1期)などを歴任した。位階は従四位。勲二等瑞宝章。 栃木県宇都宮市塙田町出身。父・村字(むらじ)は、有限会社増山貨物(現・増山貨物自動車株式会社)の創業者で、8人きょうだい(6男2女)の3番目の男子として出生した。他の兄弟が宇都宮中学校(現栃木県立宇都宮高等学校)へ進んだのに対し、最初から家業を継ぐつもりだったので、宇都宮商業学校(現栃木県立宇都宮商業高等学校)へ進学・卒業し、1944年に巣鴨経済専門学校(現千葉商科大学)を卒業した。
谷 邦夫(たに くにお、1904年5月12日 - 1991年… 谷 邦夫(たに くにお、1904年5月12日 - 1991年11月23日)は、日本の政治家、歌人。 本名は谷 国夫(たに くにお)。 栃木県那須郡湯津上村(現大田原市)佐良土に生まれる。1920年(大正9年)3月、宇都宮商業学校を卒業。家業の商店を継ぐ傍ら、歌誌『創作』に入会し若山牧水に師事した。後に吉植庄亮の『橄欖』に入会する。 1942年(昭和17年)4月、湯津上村議会議員に当選した。以後5回当選し、1951年(昭和26年)4月から村議会副議長を4年間、1965年(昭和40年)4月から村議会議長を2年間務めた。途中、1957年(昭和32年)12月には合併をめぐる対立から村議会議員を辞職している(後述)。
手塚 寿郎(てづか すみお/じゅろう、明治29年(1896年… 手塚 寿郎(てづか すみお/じゅろう、明治29年(1896年)4月12日 - 昭和18年(1943年)5月3日)は、日本の経済学者。小樽高等商業学校(現小樽商科大学)教授や東亜同文書院大学教授を務め、日本への近代経済学の導入を行った。 栃木県出身。宇都宮市立宇都宮商業学校(現栃木県立宇都宮商業高等学校)を経て、無試験入学で小樽高等商業学校(現小樽商科大学)に進学し、1916年に同卒業。1919年東京高等商業学校(現一橋大学)専攻部経済科卒業。福田徳三ゼミ出身。 経済学及び統計学研究のため、1920年から1926年までイギリス、アメリカ、フランスに留学。1921年小樽高等商業学校教授、叙従七位。オーストリア学派などの日本への導入を行った。
パソコン太郎(パソコンたろう)は、日本のITコンサルタント、… パソコン太郎(パソコンたろう)は、日本のITコンサルタント、実業家。IT Supportパソコン太郎株式会社代表取締役。本名:大房剛樹。「パソコン太郎」をビジネスネームとして名乗っている。 他に、絵本作家。オンラインサロン運営など携わる。 栃木県宇都宮市出身。1997年(平成9年), 栃木県立宇都宮商業高等学校卒業後、2001年(平成13年)大原簿記専門学校大宮校税理士課程を修了。栃木県鹿沼市内の市立小学校・中学校の情報アドバイザー、株式会社鹿沼教材社勤務を経て、2011年11月にIT Supportパソコン太郎を個人事業主として創業。2015年1月にIT Supportパソコン太郎株式会社を法人化、代表取締役に就任。