スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川崎 昌平(かわさき しょうへい、1981年 - )は、日本… 川崎 昌平(かわさき しょうへい、1981年 - )は、日本の作家、詩人、アーティスト。出版社勤務の編集者でもある。埼玉県出身。 埼玉県立浦和高等学校卒業。2006年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了後、ニート、引きこもり、ネットカフェ難民生活を送る。「ネットカフェ難民」と題した著書によって、2007年の新語・流行語大賞トップテンに選ばれる。2011年に編集プロダクションに入社し料理本などの編集を担当した後に、映画関連の出版社に転職する。『重版未定』では漫画家として、出版不況下の弱小出版社のリアルな状況を描いている。京都芸術大学、東京工業大学、昭和女子大学で非常勤講師を務める。剣道二段、柔道二段。
KAGAYA(カガヤ、1968年4月5日 - )は、日本の男… KAGAYA(カガヤ、1968年4月5日 - )は、日本の男性イラストレーター・映像作家。本名は加賀谷穣(かがや ゆたか)。 埼玉県立浦和高等学校卒業、東京デザイナー学院グラフィックデザイン科(現東京ネットウエイブ)卒業。星座や風景、ギリシャ神話の人物などをモチーフにした絵を主に手掛けている。 弟は作曲家の加賀谷玲。イラストレーターの貴希とSHUは元アシスタントである。 埼玉県生まれ。幼少期より星座やギリシャ神話に親しむ。高校時代、自身が望む天文学者かイラストレーターかという将来の選択肢のうち後者をめざし、専門学校卒業後の1991年に本名名義でイラストレーション解説本「四季の星座百科」を発表。 1995年以降、絵の製作は全てデジタルペインティングを用いている。
佐藤 優(さとう まさる、1960年〈昭和35年〉1月18日… 佐藤 優(さとう まさる、1960年〈昭和35年〉1月18日 - )は、日本の作家、元外交官。同志社大学神学部客員教授、静岡文化芸術大学招聘客員教授、名桜大学名誉博士、辺野古基金共同代表。学位は神学修士(同志社大学・1985年)。 在ロシア日本国大使館三等書記官、外務省国際情報局分析第一課主任分析官、外務省大臣官房総務課課長補佐を歴任。その経験を生かして、インテリジェンスや国際関係、世界史、宗教などについて著作活動を行なっている。 東京都渋谷区生まれ、埼玉県大宮市(現:さいたま市)育ち。大宮市立大砂土小学校、大宮市立植竹中学校卒業。幼少時は日本キリスト教会大宮東伝道所に通っていた。 1975年、埼玉県立浦和高等学校入学。
天沼 春樹(あまぬま はるき、1953年 - )は、日本のド… 天沼 春樹(あまぬま はるき、1953年 - )は、日本のドイツ文学者、作家、翻訳家。 日本児童文芸家協会元理事長。日本グリム協会副会長。日本ツェッペリン協会会長。 埼玉県川越市生まれ。川越市立仙波小学校、城南中学校、埼玉県立浦和高等学校卒業。中央大学大学院文学研究科博士課程満期退学。 『水に棲む猫』で第21回日本児童文芸家協会賞受賞。著述のほか、ドイツ硬式飛行船ツェッペリンをはじめ、飛行船の歴史・文化史の第一人者としても知られる。2005年日本国際博覧会(愛・地球博)を契機に環境にやさしい新時代の飛行船ツェッペリンNTを日本に導入した日本飛行船の顧問として参画し、飛行船事業の発展にも寄与している。
タケカワ ユキヒデ(本名:武川 行秀〈読み同じ〉、1952年… タケカワ ユキヒデ(本名:武川 行秀〈読み同じ〉、1952年10月22日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター・作家。ゴダイゴのメインボーカルであり、ほとんどのシングル曲の作曲者。アメニティ所属。帝京大学客員教授。身長172cm、血液型B型。 「竹川行秀」と誤記されることが多いことから、カタカナで表記されている。 埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)生まれ。5歳からヴァイオリンを、10歳から作曲を始める。母方曽祖父が国産ヴァイオリンメーカー鈴木バイオリン製造創業者の鈴木政吉。母方大叔父に、ヴァイオリン教育のスズキ・メソードで名高い鈴木鎮一がいる。また、父方の祖父は判事の武川佳海である。父は、『「第九」のすべて』(芸術現代社)などの著作がありベートーヴェン研究家、音楽評論家として著名な武川寛海という音楽家の家系。
富田 祐弘(とみた すけひろ、1948年4月14日 -)は、… 富田 祐弘(とみた すけひろ、1948年4月14日 -)は、日本のアニメーション脚本家、ライトノベル小説家、漫画原作者。埼玉県出身。 埼玉県立浦和高等学校卒業後、映画の照明スタッフを目指して日本大学藝術学部へ入学するが、当時の大学紛争によって授業もろくに受けられない休講状態の日々を過ごす。そこで当時の紛争をパロディに戯曲を書いてみたところ、周囲の好評を得たことから、脚本家志望へと方向転換。卒業後は、著名な脚本家の事務所へと就職するが「書くよりもマネージャーをやれ!」と命じられ、事務所の若手タレントを各方面へと売り込む外回り営業の日々を過ごす羽目に。そんな中、東映動画のプロデューサーからの叱咤激励によって再び脚本家を目指すようになり、事務所の先輩である田村多津夫に師事。
岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )… 岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )は、日本の児童文学研究者・作家、京都女子大学名誉教授。 埼玉県立浦和高等学校卒業、立教大学卒、同大学院、米国パシフィック・ウェスタン大学(ディプロマ・ミル)で学術博士。京都女子大学児童学科教授。附属小学校長を兼務。2010年定年、名誉教授。湯布院こども童話館館長。日本児童文芸家協会監事。日本児童図書評議会会員。
大谷 羊太郎(おおたに ようたろう、1931年2月16日 -… 大谷 羊太郎(おおたに ようたろう、1931年2月16日 - 2022年2月28日)は、日本の小説家、推理作家。本名、大谷一夫。 大阪府東大阪市にて出生、埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)出身。埼玉県立浦和高等学校卒、慶應義塾大学国文科中退。 小説家に憧れていた母親によって、子供のころから新聞小説を読まされていたが、当初は小説家になる気は起きなかったという。大学時代は純文学に傾倒。終戦後、アメリカ音楽に心酔し、スチールギターを弾くようになる。父の破産後はバンドマンとなり、芸能界入り。大学在学中にプロミュージシャンとしてデビュー。後、「秀和プランニング」で克美しげるのマネージャーを務めた。 だが、「浮草稼業」から脱却するために小説を書き始めて江戸川乱歩賞に応募するようになる。
杉田 豊(すぎた ゆたか、1930年7月13日 - 2017… 杉田 豊(すぎた ゆたか、1930年7月13日 - 2017年5月19日)は、グラフィック・デザイナー、絵本作家。筑波大学名誉教授(平成6年度付与)。
澤野 久雄(さわの ひさお、1912年12月30日 - 19… 澤野 久雄(さわの ひさお、1912年12月30日 - 1992年12月17日)は、埼玉県浦和町(現・さいたま市)出身の小説家。 埼玉県浦和町(現・さいたま市)生まれ。埼玉県立浦和高等学校を経て、早稲田大学国文科卒。都新聞(現東京新聞)に勤務した後、1940年、朝日新聞社に入社、49年に同人誌『文学雑誌』に発表した「挽歌」が芥川賞候補になり、川端康成の恩顧を受ける。1951年、「方舟追放」で再度芥川賞候補、52年に「夜の河」を発表、三度芥川賞候補となるが落選、しかし同作は1956年に山本富士子主演で映画化され、これが代表作となった。1955年、「未知の人」で四たび芥川賞候補、遂に受賞には至らなかった。
島村 盛助(しまむら もりすけ、1884年8月9日 - 19… 島村 盛助(しまむら もりすけ、1884年8月9日 - 1952年4月22日)は、日本の英文学者、翻訳家、小説家、辞書編集者、教育者。号は苳三(とうぞう)。『岩波英和辞典』を刊行した。 1884年(明治17年)、埼玉県南埼玉郡百間中村(現:宮代町字中)村長の島村繁と、越谷の能楽師の家系の出身である津ねの夫妻の長男として生まれる。弟が2人、妹が4人いたという。 生家は江戸時代初期から百問中村の名主を務めた武士の家であった。盛助の曽祖父の貴英は1817年(天保8年)に俳諧結社多少庵の第4代庵主となり(号は鬼吉)、祖父の梅年、父の繁もその庵主を引き継いだ。父の繁は直心影流の免許皆伝を得て剣術道場を開いた剣術家でもあり、1906年(明治36年)には百間村の村長となった。