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鈴木 雅雄(すずき まさお、1962年7月30日 - )は、… 鈴木 雅雄(すずき まさお、1962年7月30日 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学文学部教授。専門はシュルレアリスム研究、イメージ文化史、近現代フランス文学。 東京都出身。東京都立戸山高等学校卒業。1985年、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1987年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程を修了し、博士課程に進む。1989年から93年までパリ第7大学文学部に留学し、博士課程を修了(文学博士)。同年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化博士課程を退学し、同大学教養学部教養学科に助手として赴任。1997年に早稲田大学文学部に専任講師として赴任。2000年に助教授、2005年に教授に昇任。
鍛治 哲郎(かじ てつろう、1950年2月7日 - )は、日… 鍛治 哲郎(かじ てつろう、1950年2月7日 - )は、日本のドイツ文学者、東京大学名誉教授。元鎌倉女子大学教授。 大阪府生まれ。東京都立戸山高等学校卒、1972年東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒業、1975年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻修士課程修了、1977-1978年西ドイツ・ボン大学、1979年までテュービンゲン大学留学。 1980年神戸大学教養部専任講師、 1983年東京大学教養学部助教授、1996年東京大学大学院総合文化研究科教授、2014年東京大学退職、鎌倉女子大学教育学部教授。
井上 健(いのうえ けん、1948年11月11日 - )は、… 井上 健(いのうえ けん、1948年11月11日 - )は、日本の比較文学者、東京大学名誉教授、元日本比較文学会会長。 東京都出身。東京都立戸山高等学校を経て東京大学文学部仏文科に進んだが、英文科に転じて卒業、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了、大谷女子大学専任講師、神戸大学助教授、京都大学助教授、東京工業大学教授を経て、2005年から東大大学院総合文化研究科教授。2007年日本比較文学会会長に就任。2008年東大比較文学会会長(2011年まで)。2012年東大を退任、日本大学国際関係学部教授。2019年退職。 多くの翻訳を行うのみならず、翻訳に関するエッセイがある。『トイレット部長』をベストセラーにした藤島茂は従兄である。
宮下 志朗(みやした しろう、1947年8月20日 - )は… 宮下 志朗(みやした しろう、1947年8月20日 - )は、日本のフランス文学者、東京大学名誉教授、放送大学教授。
野本 憲一(のもと けんいち、1946年12月1日 - )は… 野本 憲一(のもと けんいち、1946年12月1日 - )は、日本の天文学者。専門は、恒星進化論、とりわけ超新星の理論及び中性子星の進化、宇宙化学、とりわけ銀河の化学的力学的進化と宇宙の元素の起源。 東京大学特任教授、カブリ数物連携宇宙研究機構特任教授・主任研究員。 2014年、長年の業績を認められカブリ数物連携宇宙研究機構の「宇宙のダークサイド(浜松ホトニクス)寄付研究部門」の「浜松プロフェッサー」に着任する。 理学博士。東京都出身。妻はサイエンスライターの野本陽代。
大師堂 経明(だいしどう つねあき、1945年9月15日 -… 大師堂 経明(だいしどう つねあき、1945年9月15日 - )は、日本の天文学者。専攻は電波天文学、天体物理学。理学博士。前早稲田大学教育・総合科学学術院教授。 早稲田大学理工学部物理学科の1期生。学部卒業後、東京大学大学院に進学。赤羽賢司に師事。 早稲田大学に着任後、教育学部の建物の屋上に電波干渉計を建設(那須パルサー観測所)。世界の他の電波干渉計とは異なり、2次元格子状に直径2.4mのアンテナ素子を64基(8×8)並べるという独特の形状をなしている。観測周波数が10.65GHzという天文用保護バンドであるため、新宿区にありながらノイズの影響を受けず数ジャンスキーの感度を持つ。直径20m程度のアンテナと同等の感度、解像度を持ち、かつ64方向の同時観測が出来る。
野口 武彦(のぐち たけひこ、1937年6月28日 - 20… 野口 武彦(のぐち たけひこ、1937年6月28日 - 2024年6月9日)は、日本の文芸評論家、国文学者、思想史家、作家。神戸大学名誉教授。 東京府出身。1956年、東京都立戸山高等学校卒業。1962年、早稲田大学第一文学部卒業。その後、東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退。 神戸大学大学院人文学研究科・文学部助教授、教授を経て、2002年に定年退官、名誉教授。ハーバード大学客員研究員、プリンストン大学客員教授を務める。 1973年に『谷崎潤一郎論』で亀井勝一郎賞、1980年に『江戸の歴史家』でサントリー学芸賞、1986年に『「源氏物語」を江戸から読む』で芸術選奨文部大臣賞、1992年に『江戸の兵学思想』で和辻哲郎文化賞、2003年に『幕末気分』で読売文学賞を受賞。
片山 左京(かたやま さきょう、1937年3月 - )は、日… 片山 左京(かたやま さきょう、1937年3月 - )は、日本のフランス文学者。慶應義塾大学経済学部教授を経て、同名誉教授。F1ドライバー・片山右京の叔父。
石川 忠久(いしかわ ただひさ、1932年〈昭和7年〉4月9… 石川 忠久(いしかわ ただひさ、1932年〈昭和7年〉4月9日 - )は古典中国文学者。二松学舎大学名誉教授・顧問、桜美林大学名誉教授、日本中国学会顧問、全国漢文教育学会会長、斯文会理事長、六朝学術学会顧問、全日本漢詩連盟会長、漢字文化振興会会長。漢詩の著書・編著多数。号は「岳堂」。
小山 正孝(おやま まさたか、1916年〈大正5年〉6月29… 小山 正孝(おやま まさたか、1916年〈大正5年〉6月29日 - 2002年〈平成14年〉11月13日)は、日本の詩人・中国文学者。「四季」「山の樹」「文学館」同人。関東短期大学教授。丸山薫賞受賞。 盆景家小山潭水の次男として、東京青山に生まれる。府立四中を経て、旧制弘前高等学校に進み、本格的に文学を志す。 高等学校時代に、杉浦明平の紹介で立原道造と知り合い、強い影響を受け、詩作を始める。したがって、初期には岩野泡鳴から立原へと発展したソネット形式を多用した、独自の世界を描いた抒情詩を多く作った。が、後には、散文的要素が強い哲学的、幻想的な世界を構築したり、日常に潜む危機を描いていった。また、初期から晩年まで、その詩の中心的課題は、「愛」であった。
神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 19… 神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 1957年3月11日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、小説家、文芸評論家。 1903年、内務省の官吏の息子として東京市に生まれる。1910年、麹町の番町小学校に入学。父の転勤に伴って日本国内各地を転々とした末、父は台湾へ赴任。清も台湾の日本人学校に学ぶ。内向的で孤独な少年だった。1912年、父をマラリアで失う。 1916年、東京府立第四中学校(現在の東京都立戸山高等学校)に入学。このころ、母方の伯母を頼って北村家に同居。従兄の北村寿夫の影響で文学に親しむ。中学で、終生の友人竹山道雄と知り合う。 1920年、旧制第一高等学校に入学。堀辰雄と知り合う、親交は終生続き、堀の没後には全集の編集を担当した。
竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 19… 竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 1984年6月15日)は、日本の評論家、ドイツ文学者、小説家。日本芸術院会員。第一高等学校教授、東京大学教養学部教授などを歴任した。 1903年、銀行員の息子として赴任先の大阪市で出生。幼少期は父の転勤に伴い、1907年から1913年まで京城(現・ソウル)で過ごした。東京府立第四中学校から第一高等学校を経て、東京帝国大学文学部独文科に入学。1926年に大学を卒業した。 卒業後はドイツ語講師として第一高等学校に勤務。1928年から文部省より欧州留学を命じられ、ベルリンとパリに留学。1931年に帰国し、第一高等学校の教授となった。 戦後、第一高等学校が学制改革によって新制東京大学教養学部に改組されることとなり、改組後間もない1951年に東京大学教授を退官。
長沢 規矩也(ながさわ きくや、1902年(明治35年)5月… 長沢 規矩也(ながさわ きくや、1902年(明治35年)5月14日 - 1980年(昭和55年)11月21日)は、日本の中国文学者、書誌学者。号は静あん。書斎号は学書言志軒。