スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大久保 友雅(おおくぼ ともまさ、1978年12月8日 - … 大久保 友雅(おおくぼ ともまさ、1978年12月8日 - )は、日本の機械工学・物理学者。東京工科大学教授。博士(理学)(東京工業大学)。 専門は、太陽光励起レーザー、レーザー工学、数値解析。国内における太陽光励起レーザー研究の第一人者の一人。 主な業績は、太陽光励起レーザーの出力と面積効率の向上を同時に達成。また、ガルバノスキャナを用いたレーザの高速スキャンによる選択的レーザ温度制御(SLT: Selective Laser Thermoregulation)法を開発。その他、ZR理論を用いたレーザーアブレーションのナノクラスター形成の数値計算の実現や、水を用いたレーザー推進による連続推進の実現、水を用いたレーザー推進の数値計算、CFRPのレーザ加工における数値計算でも成果を挙げている。
関根 聡(せきね さとし、1965年 - )は、日本の情報科… 関根 聡(せきね さとし、1965年 - )は、日本の情報科学者。理化学研究所革新統合研究センターの言語情報アクセス技術チームのチームリーダー、および、情報学研究所大規模言語モデル研究開発センターの特任教授。2015年まではニューヨーク大学コンピューターサイエンス学科研究准教授。日本で、言語処理に関するコンサルタント会社の「ランゲージ・クラフト研究所」を運営している。2024年からは「株式会社いちから」でも兼業。2010年6月から楽天技術研究所ニューヨークの所長、2011年4月から楽天技術研究所東京副所長、楽天(株)技術理事も兼任していた。2014年10月に楽天を退職。 東京工業大学(のちの東京科学大学)を卒業後、松下電器(当時)東京研究所にて自然言語処理の研究を開始し、1990年英国のマンチェスター工科大学 (UMIST) へ留学、辻井潤一教授の下、1992年修士号を取得した。
佐藤 浩一(さとう こういち、1962年2月 - )は、日本… 佐藤 浩一(さとう こういち、1962年2月 - )は、日本の心理学者。群馬大学教授。専門は認知心理学、発達心理学。
粕谷 英一(かすや えいいち、1956年 - )は、日本の生… 粕谷 英一(かすや えいいち、1956年 - )は、日本の生態学者、元九州大学理学研究院准教授。 専門は生態学、動物行動学。動物を対象とした生態学、とりわけ行動生態学を研究していて、生態的データに関するデータ解析の方法の検討も行っている。 東京都生まれ。1975年東京都立新宿高等学校卒業、1979年名古屋大学農学部卒業、1981年名古屋大学大学院農学研究科博士前期課程修了、1983年名古屋大学大学院農学研究科博士後期課程退学、1985年農学博士(名古屋大学)、1983年新潟大学教育学部助手、その後、新潟大学教育学部講師、新潟大学教育学部助教授、1995年九州大学理学部助教授、2007年九州大学理学研究院准教授、2022年3月定年退職。
濱田 英作(はまだ えいさく、1956年 - )は、大学教員… 濱田 英作(はまだ えいさく、1956年 - )は、大学教員。専門は東洋史、考古学、文化人類学・民俗学、比較文化論。文学修士(早稲田大学)。
隅田 英一郎(すみた えいいちろう、1955年 - )は、日… 隅田 英一郎(すみた えいいちろう、1955年 - )は、日本の情報工学者。情報通信研究機構フェロー、アジア太平洋機械翻訳協会会長。産学官連携功労者表彰総務大臣賞、日本オープンイノベーション大賞総務大臣賞等受賞。 北海道生まれ。東京都立新宿高等学校卒業後、1982年電気通信大学大学院電子計算機学専攻修士課程修了、日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所研究員。1983年科学技術庁自動翻訳研究プロジェクトMuに参画。1992年国際電気通信基礎技術研究所研究員。1999年京都大学博士(工学)。2005年神戸大学大学院システム情報学研究科客員教授。2006年国際電気通信基礎技術研究所室長。2007年情報通信研究機構研究員。
西村 隆男(にしむら たかお、1951年8月28日 - )は… 西村 隆男(にしむら たかお、1951年8月28日 - )は、日本の教育学者。消費者教育の研究者。横浜国立大学教育人間科学部教授。東京都出身。
窪寺 恒己(くぼでら つねみ、1951年8月4日 - )は、… 窪寺 恒己(くぼでら つねみ、1951年8月4日 - )は、日本の海洋生物学者である。学位は水産学博士(北海道大学、1982年)。 東京都中野区生まれ。東京都立新宿高等学校を経て、1975年に北海道大学水産学部水産増殖学科を卒業。1982年に北海道大学大学院水産学研究科海洋生態学専攻博士課程を単位取得退学。同年6月、「北太平洋亜寒帯海域における外洋性イカ類の生態学的研究」で水産学博士の学位を取得。米国のオレゴン州立大学海洋学部で研究助手を務めた後、1984年から国立科学博物館に勤務。海生無脊椎動物研究グループ長などを務めた後、2011年から標本資料センター・コレクションディレクターを務めた。現在は名誉館長・名誉研究員。
後藤 昭(ごとう あきら、1950年11月17日 - )は、… 後藤 昭(ごとう あきら、1950年11月17日 - )は、日本の法学者(刑事訴訟法)。法学博士(論文博士・1983年)。一橋大学教授、青山学院大学教授を経て、一橋大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。日本刑法学会理事、法と心理学会理事長、法科大学院協会常務理事、臨床法学教育学会理事長。元弁護士。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、1969年一橋大学法学部入学。大学在学中に旧司法試験に合格し、弁護士活動をした後、1981年千葉大学助手に就任し、研究活動に入る。1983年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。一橋大学では刑事訴訟法講座初代教授の鴨良弼に、東京大学大学院では松尾浩也及び平野龍一に師事。
内山 節(うちやま たかし、1950年1月15日 - )は日… 内山 節(うちやま たかし、1950年1月15日 - )は日本の教員、哲学者。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授。特定非営利活動法人森づくりフォーラム代表理事。 70年代から東京と群馬県の上野村との二重生活をし、存在論、労働論、自然哲学などについて独自の視点で探究する『労働過程論ノート』(1976年)などで注目され、『山里の釣りから』(1980年)などの思索的エッセイでも知られる。 現代日本人の主体性の喪失と自然破壊との関連性を訴え、自然との共生による人間性の回復を実践的に考察している。 東京都世田谷区出身。東京都立新宿高等学校卒業。高校卒業後、大学などの高等教育機関を経ておらず、大学などの研究職についていなかったが、2004年から2009年まで立教大学の特別任用教員(大学院異文化コミュニケーション研究科特任教授)としても活動、その後、東京大学大学院人文社会系研究所兼任講師、東京大学農学部兼任講師、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授、三重大学生物資源学部兼任講師を歴任。
山影 進(やまかげ すすむ、1949年10月21日 - )は… 山影 進(やまかげ すすむ、1949年10月21日 - )は、日本の国際関係学者。青山学院大学国際政治経済学部教授。専攻は、国際関係論、東南アジア研究。
松浦 純(まつうら じゅん、1949年9月1日 - )は、ド… 松浦 純(まつうら じゅん、1949年9月1日 - )は、ドイツ文学者、東京大学名誉教授。 東京都立新宿高校卒業、1974年東大教養学科ドイツ分科卒、76年同大学院人文科学研究科独文科修士課程修了、東大助手、西ドイツテュービンゲン大学留学、1980年東京都立大学人文学部講師、1983年助教授、1985年東大文学部助教授、ドイツ語学文学振興会賞受賞、1994年教授、人文社会系研究科教授。2015年定年退任、名誉教授。専門はマルティン・ルター。
小林 節(こばやし せつ、1949年〈昭和24年〉3月27日… 小林 節(こばやし せつ、1949年〈昭和24年〉3月27日 - )は、日本の進歩的文化人・法学者・弁護士、政治活動家、コラムニスト。専門は憲法学。慶應義塾大学名誉教授。日本公法学会・日米法学会・国際憲法学会・比較憲法学会・全国憲法研究会・国際人権法学会等の学会に所属。 東京出身(現在は神奈川県横浜市港北区在住)。新宿区立淀橋第七小学校(現・新宿区立柏木小学校)から新宿区立淀橋中学校(現・新宿区立西新宿中学校)を経て、東京都立新宿高等学校に入学。同校では学年430人中400番以下の成績で、高校2年の時、授業をサボって歌舞伎町を徘徊し、成人映画を観るために映画館に入ったところを婦人警官に補導されたこともある。
吉野 公一郎(よしの こういちろう、1949年3月25日 ‐… 吉野 公一郎(よしの こういちろう、1949年3月25日 ‐ )は、日本の実業家、生物学者、薬学博士。神戸医療産業都市の創薬ベンチャー・カルナバイオサイエンス設立者で、同社代表取締役社長を務める。 東京都世田谷区出身。東京都立新宿高等学校を経て、1974年東京工業大学大学院工学研究科修士課程修了、鐘紡入社。鐘紡薬品研究所で創薬研究に従事し、薬学博士号も取得した。鐘紡ガン研究所グループ長、鐘紡創薬研究所資源探索研究部長等を経て、1999年日本オルガノン医薬研究所長。 オランダ本社が日本拠点閉鎖を考えていたことから、2003年ポートアイランドの神戸医療産業都市にカルナバイオサイエンスを設立し、同社代表取締役社長に就任。
滝川 洋二(たきかわ ようじ、1949年 - )は、日本の教… 滝川 洋二(たきかわ ようじ、1949年 - )は、日本の教育学者、東海大学教育開発研究所教授、理科教育のカリキュラムの研究者である。1986年に、特定非営利活動法人「ガリレオ工房」の前身となる「物理教育実践サークル」を立ち上げ、以後ガリレオ工房の理事長を務める。 岡山県に生まれる。東京都立新宿高等学校卒。1972年、埼玉大学理工学部物理学科を卒業した。1975年に東京学芸大学大学院修士課程修了。1979年より国際基督教大学高等学校教諭。1984年、国際基督教大学大学院博士課程修了する。博士論文は「授業分析にもとづく自然認識の過程の研究 : 力学の学習を例として」。 1999年9月から2000年8月までイギリスに留学。
五十嵐 邦正(いがらし くにまさ、1949年 - )は、日本… 五十嵐 邦正(いがらし くにまさ、1949年 - )は、日本の会計学者。日本大学教授。元税理士試験委員。東京都出身。
小川 賢太郎(おがわ けんたろう、1948年7月29日 - … 小川 賢太郎(おがわ けんたろう、1948年7月29日 - 2026年4月6日)は、日本の実業家、起業家、経営者。すき家などを展開しているゼンショーの創業者で、同社代表取締役会長。 2017年より、国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)第2代会長。 石川県出身。東京都立新宿高等学校を経て、東京大学に進学するが、全共闘運動に関わり中退。 港湾労働を経て、ベトナム戦争から「資本主義のもとで貧困をなくす」ことに目覚め、通信教育で中小企業診断士の資格を取得。 1978年、吉野家に入社。同社の倒産などをきっかけに独立し、1982年にゼンショーを創業。社名は創業時に「全勝」「善意の商売」「禅の心で商売を行う」の3つの意味を込めて命名した。
稲葉 善治(いなば よしはる、1948年7月23日 - )は… 稲葉 善治(いなば よしはる、1948年7月23日 - )は日本の実業家、工学博士。ファナック代表取締役会長兼CEO、日本ロボット工業会会長。藍綬褒章受章、旭日重光章受章。 茨城県真壁郡上野村(のちの明野町)でファナック創業者稲葉清右衛門の長男として生まれる。当時父が務めていた富士通本社工場があった川崎市で育ち、幼少期には同じ社員寮に住んでいた同級生の父だった池田敏雄によく遊んでもらったという。 川崎市立大戸小学校を経て、4年生から「名門」の世田谷区立奥沢小学校に越境通学し、世田谷区立桜丘中学校、都立新宿高等学校を経て、1973年に東京工業大学(現東京科学大学)工学部機械工学科を卒業し、父と同じ会社で働くのが嫌で、無断でいすゞ自動車に入社した。
大島 正克(おおしま まさかつ、1948年〈昭和23年〉5月… 大島 正克(おおしま まさかつ、1948年〈昭和23年〉5月8日 - )は、日本の会計学者。専門は、国際会計、環境会計、中国・台湾企業会計、ESG情報開示、会計技法の国際移転など。特に東アジア地域の制度比較研究で知られる。 滋賀県草津市出身。1981年に亜細亜大学経営学部助手として着任。1993年に同学部教授となり、2018年から2021年までは亜細亜大学の第11代学長を務める。2019年より亜細亜大学名誉教授。 野球との関わりも深く、亜細亜大学硬式野球部部長や同校野球部も加盟する、東都大学野球連盟理事長を歴任している。 学長在任中に必修英語科目の再構築や長期留学制度の拡充を行い、海外協定校を100校以上に増やすなど、大学の国際化施策を主導した。
廣瀬 久和(ひろせ ひさかず、1947年8月5日 - )は、… 廣瀬 久和(ひろせ ひさかず、1947年8月5日 - )は、日本の法学者。青山学院大学教授。東京大学名誉教授。専門は民法、消費者法。
廣瀬 久和(ひろせ ひさかず、1947年8月5日 - )は、… 廣瀬 久和(ひろせ ひさかず、1947年8月5日 - )は、日本の法学者。青山学院大学教授。東京大学名誉教授。専門は民法、消費者法。
笠木 伸英(かさぎ のぶひで、1947年5月8日 - 201… 笠木 伸英(かさぎ のぶひで、1947年5月8日 - 2015年7月29日)は、日本の熱工学者。東京大学名誉教授。 元日本学術会議会員(2005年から。2011年から同連携会員)。元独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー。 1947年、北海道生まれ。1966年、東京都立新宿高等学校を卒業後、東京大学理科一類入学、1971年、同大学工学部舶用機械工学科卒業。1976年、同大学院工学系研究科修了。学位論文は「体積力を伴う乱流境界層の輸送機構に関する研究」(指導教授は、平田賢)。大学院修了後、ただちに同大学講師に任用され、1977年東京大学工学部助教授、1990年同教授を歴任、2012年に定年により退官するとともに、同大学名誉教授に称号授与される。
奥 武則(おく たけのり、1947年3月14日 - )は、日… 奥 武則(おく たけのり、1947年3月14日 - )は、日本の社会学者・歴史学者。法政大学名誉教授。毎日新聞客員編集委員。日本近現代史・ジャーナリズム史専攻。放送倫理・番組向上機構(BPO)放送と人権等権利に関する委員会委員長。 東京都生まれ。東京都立新宿高等学校、早稲田大学第一政治経済学部政治学科で藤原保信(政治思想史家)に師事。1970年毎日新聞社入社。鹿児島支局、西部本社を経て東京本社学芸部。編集委員、学芸部長、編集局次長、論説委員、論説副委員長、特別編集委員兼論説委員、毎日新聞客員編集委員を歴任。主に一面コラム「余録」を担当した。2003年4月‐2017年3月、法政大学社会学部教授。 2015年、『ジョン・レディ・ブラック 近代日本ジャーナリズムの先駆者』で第23回やまなし文学賞(研究・評論部門)受賞。
森 欣司(もり きんじ、1947年 - )は、日本の工学者。… 森 欣司(もり きんじ、1947年 - )は、日本の工学者。東京工業大学名誉教授。早稲田大学理工学術院基幹理工学研究科情報理工学専攻教授。IEEEフェロー。
馬渡 峻輔(まわたり しゅんすけ、1946年10月6日 - … 馬渡 峻輔(まわたり しゅんすけ、1946年10月6日 - )は、日本の動物学者。北海道大学名誉教授。 本名は馬渡 駿介(読み同じ)。 1946年東京都生まれ。1965年東京都立新宿高等学校卒業。1969年北海道大学理学部生物学科卒業。1974年同大学院理学研究科動物学専攻博士課程修了、「ヒラハコケムシの生活史に関する研究」で理学博士。1975年日本大学医学部助手、1980年講師。1982年北海道大学理学部助教授、1988年教授。1994年同大学院理学研究科教授。2007年北海道大学総合博物館館長。2010年名誉教授。2019年南方熊楠賞受賞。
酒井 坦(さかい ひろし、1946年9月 - )は、日本の農… 酒井 坦(さかい ひろし、1946年9月 - )は、日本の農芸化学者(蛋白質工学・酵素学)。学位は、博士(農学)(東京大学・論文博士・1993年)。静岡県立大学大学院生活健康科学研究科教授・食品栄養科学部教授。 1946年生まれ。東京大学に進学し、農学部の林産学科で農学を学んだ。なお、東大紛争の影響により、1960年代後半から1970年代前半にかけ、東京大学は学生の卒業を6月とする措置を一時取っていた。そのため、酒井も1971年6月に東京大学を卒業した。その後、東京大学の大学院に進学した。農学系研究科の農芸化学専攻にて農芸化学を学び、1975年6月に博士課程を中途退学した。なお、東京大学より、農学修士の学位を授与されている。
長谷川 三千子(はせがわ みちこ、1946年3月24日 - … 長谷川 三千子(はせがわ みちこ、1946年3月24日 - )は、日本の哲学者、評論家。埼玉大学名誉教授。日本会議代表委員。NHK経営委員。
浦川 道太郎(うらかわ みちたろう、1946年(昭和21年)… 浦川 道太郎(うらかわ みちたろう、1946年(昭和21年)3月 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は民法。早稲田大学名誉教授(早稲田大学法学学術院)。弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニック所属弁護士(第二東京弁護士会)。元司法試験第二次考査委員(民法)。 篠塚昭次門下。同門には、早稲田大学総長を務めた鎌田薫や内田勝一がいる。最終講義のタイトルは「早稲田大学と私の半世紀」。
田中 俊郎(たなか としろう、1946年 -2025年6月2… 田中 俊郎(たなか としろう、1946年 -2025年6月2日 )は、日本の政治学者。専門は、国際政治論、ヨーロッパ連合(EU)の政治。慶應義塾大学名誉教授。日本国際フォーラム政策委員。 東京都立新宿高等学校を経て、1969年3月慶應義塾大学法学部卒業。1971年3月、同大学院法学研究科修士課程修了。1975年3月、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。 1975年4月、慶応義塾大学法学部専任講師に就任。1979年4月同助教授、1985年4月同教授となり定年まで勤務。その間、国際センター所長、日本語・日本文化教育センター所長、慶應ジャン・モネEU研究センター長(2007年-2008年)、法学研究所所長などを歴任。
北村 敬子(きたむら けいこ、1945年11月21日 - 2… 北村 敬子(きたむら けいこ、1945年11月21日 - 2023年6月13日)は、日本の会計学者。位階は正五位。 中央大学名誉教授。中央大学副学長、ヤマトホールディングス監査役、京王電鉄監査役、明治安田生命保険取締役、日野自動車監査役等を歴任。会計士補(公認会計士試験旧第二次試験合格)・税理士。旧姓米田。 奈良県出身。東京都立新宿高校卒業後、中央大学商学部会計学科に入学。学生時代、中央大学経理研究所に所属し、学部在学中に公認会計士第二次試験に合格した。1968年、同大学商学部会計学科卒業。1970年、同大学大学院商学研究科修士課程修了。1973年、同博士課程単位取得退学。同年、中央大学商学部助手に採用。
馬場 悠男(ばば ひさお、1945年 - )は、日本の人類学… 馬場 悠男(ばば ひさお、1945年 - )は、日本の人類学者。国立科学博物館名誉研究員・名誉館員。日本人類学会元会長。学位は医学博士(1983年、東京大学)。専門は自然人類学。 東京都生まれ。東京都立新宿高等学校、東京大学理学部生物学科人類学課程卒業。東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、博士課程中退。千葉大学医学部助手、獨協医科大学助手・講師・助教授を経て、国立科学博物館人類研究部主任研究官・室長・部長、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授を歴任した。人類形態進化学を専門とし、ジャワ原人の発掘調査に長年取り組んだ。また、国立科学博物館では新館の人類進化コーナーの監修や特別展に多く関与した。
渡辺 貞(わたなべ ただし、1944年10月 - )は、日本… 渡辺 貞(わたなべ ただし、1944年10月 - )は、日本の計算機科学者。NEC SXシリーズ開発の中心メンバーである。北海道栗山町出身。東京大学大学院電子工学専攻修士課程修了。
佐藤 一子(さとう かつこ、1944年8月19日 - )は、… 佐藤 一子(さとう かつこ、1944年8月19日 - )は、日本の教育学者。勲等は瑞宝中綬章。東京大学名誉教授。 東京都目黒区生まれ。東京都立新宿高等学校卒、1967年東京大学教育学部教育行政学科卒業、1974年同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1976年埼玉大学教育学部講師、1979年助教授、1992年教授、1993年東京大学教育学部(のち教育学研究科)教授、2007年定年退任し、名誉教授、法政大学キャリアデザイン学部教授となる。2015年退職。専門は社会教育学・生涯学習論。読売教育賞審査委員、葛飾区くみんカレッジ理事。 2025年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
和田 勝(わだ まさる)、1944年4月2日 - )は、日本… 和田 勝(わだ まさる)、1944年4月2日 - )は、日本の生物学者(比較内分泌学)。東京医科歯科大学教養部教授を経て、同大学名誉教授。
佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年… 佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年7月)は、日本の哲学研究者、倫理学者。東京大学名誉教授。 東京都生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1968年東京大学文学部倫理学科卒業、1973年同大学院博士課程単位取得退学、教養学部社会科学科助手、1977年東洋大学文学部専任講師、1980年助教授、1989年教授、1996年東京大学大学院人文社会系研究科教授、2006年定年退職、東京大学名誉教授、放送大学教授(2007-2014)、放送大学客員教授(2015-2017)。 1984年から1986年、西ドイツ・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨学生としてエアランゲン・ニュルンベルク大学哲学科に在学。
國生 剛治(こくしょう たかじ、1944年 - )は、日本の… 國生 剛治(こくしょう たかじ、1944年 - )は、日本の工学者、博士(工学)、技術士(建設部門)、中央大学名誉教授。
小林 義武(こばやし よしたけ、1942年6月10日 - 2… 小林 義武(こばやし よしたけ、1942年6月10日 - 2013年1月26日 )は、日本の音楽学者、成城大学教授。バッハの筆跡鑑定の世界的権威と言われた。 1942年、北海道室蘭市生まれ。東京都立新宿高等学校を経て、1966年東京大学文学部美学美術史学科を卒業。1966年にオーストリア政府奨学生としてウィーン大学に留学。1967年西独ゲッティンゲン大学に転じ、1973年に同大学院博士課程を修了し学術博士号を取得。1974年よりヨハン・ゼバスティアン・バッハ研究所学術研究員。帰国して、1991年より同志社女子大学学芸学部教授。1999年からは成城大学文芸学部教授。 2013年1月26日、病により死去。
外村 彰(とのむら あきら、1942年4月25日 - 201… 外村 彰(とのむら あきら、1942年4月25日 - 2012年5月2日)は、日本の物理学者・工学者。工学博士、理学博士。 日立製作所で電子顕微鏡、電子線ホログラフィーの研究開発に従事。アハラノフ=ボーム効果を実験的に検証することに成功した。 日本学士院賞恩賜賞受賞。文化功労者。日本学士院会員。米国科学アカデミー外国人会員。 1942年、兵庫県西宮市生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1965年東京大学理学部物理学科を卒業、日立製作所に入社した。同社中央研究所で電子顕微鏡開発に携わる。 電子線の干渉による顕微鏡像を得る「電子線ホログラフィ」で先駆的な業績を挙げ、世界で初めて実用化に成功した。1975年学位論文「電子線ホログラフィーに関する研究」で名古屋大学より工学博士の学位を取得。
伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理… 伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理学者。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校卒、東京大学教育学部卒、1976年同大学院博士課程満期退学(社会教育学、人間形成論専攻)。東京理科大学教授。
京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本… 京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本の社会福祉学者。国立社会保障・人口問題研究所所長を経て、社会福祉法人浴風会名誉理事長。日本社会事業大学教授、同学長。 東京都出身。社会福祉学博士(東京福祉大学)。前・日本社会事業大学学長。東京都立新宿高等学校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程理論経済学専攻退学。 日本社会事業大学専任講師、同助教授、厚生省(現・厚生労働省)社会局社会福祉専門官(1984年(昭和59年) - 1987年(昭和62年))、日本社会事業大学教授。1991年(平成3年)、同大学社会福祉学部学部長を経て、1995年(平成7年)より学長。 厚生労働省社会保障審議会障害者部会長。
遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日… 遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日本の社会学者、理学博士。作家、中国問題専門家、筑波大学名誉教授、中国問題グローバル研究所 (GRICI) 所長。 1941年に満洲国新京市(現:吉林省長春市)で生まれる。父親の大久保宅次は、同地でアヘン等の慢性中毒に対する治療薬ギフトールを製造する製薬会社を経営し、現地の中国人アヘン中毒患者などを救済した。日中戦争終結後も、日本の独立回復まで中国で教育を受けた。戦後に国民党軍と人民解放軍の市街戦で流れ弾を負傷し、家族が伝染病を罹患して移動禁止となる。長春包囲戦の飢餓で弟、叔父、いとこを失う。死体が折り重なる卡子(チャーズ=Qiǎzi=検問所、包囲網と解放区の間の緩衝区域)で飢餓生活を強いられる。
森田 安一(もりた やすかず、1940年 - )は、日本の歴… 森田 安一(もりた やすかず、1940年 - )は、日本の歴史学者、日本女子大学名誉教授、放送大学客員教授。スイス史が専門。
海保 眞夫(かいほ まさお、1938年11月15日 - 20… 海保 眞夫(かいほ まさお、1938年11月15日 - 2003年4月12日)は、英文学者、元慶應義塾大学文学部教授。
長尾 龍一(ながお りゅういち、1938年8月2日 - )は… 長尾 龍一(ながお りゅういち、1938年8月2日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は法哲学・政治思想史・憲法思想史。
岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、… 岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、日本の経済学者、千葉大学名誉教授。
長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )… 長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。専門は、インド近代史、南アジア地域研究。博士(文学)(東京大学、1993年)。東京出身。
白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本… 白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本の政治学者。獨協大学・東海大学名誉教授、国際教養大学特任教授。専門は、政治学。
田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日… 田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日本の歴史学者、日本史研究者、静岡大学名誉教授。
平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 201… 平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 2013年11月26日)は、日本の法学者。専門は民法及び法政策学。東京大学名誉教授。前専修大学法科大学院院長。法制審議会委員。財団法人不動産適正取引推進機構会長。東京出身。
小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日… 小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日本の建築家、東北芸術工科大学第三代学長で、同大学名誉教授。 建築家が大学の教育現場で建築デザインを教えることは、最早めずらしいことではない。その意味で小沢は、みずからプロフェッサー・アーキテクトであることを任じ、実作の世界と教育の世界の二元的な立場から、「建築家による建築家教育」の重要性を説く。学長時代には、これからの芸術デザイン教育のありかたとして、表現の教育ではなく「表現者の教育」が重要であるとして、作家・デザイナーとして活躍する同大現役教員48名による「私の語るアートとデザイン」の著書を発行した。 建築家としての小沢の作品は、新建築、住宅特集に掲載されるほか、近年の代表作として城下町鶴岡(山形県)につくられた「鶴岡アートフォーラム」がある。