スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
植木 不等式(うえき ふとうしき、1958年〈昭和33年〉 … 植木 不等式(うえき ふとうしき、1958年〈昭和33年〉 - 2025年〈令和7年〉5月25日)は、日本のお笑いサイエンスライター。 本名は木元俊宏。母は評論家の木元教子。 東京都出身。東京都立西高等学校を経て東京大学文学部卒。元朝日新聞社職員。元早稲田大学客員研究員。 名前は植木等のもじりである。駄洒落による導入、博識に基づく素材の選択、意表をつく考察などのスタイルに特徴がある。 2025年5月5日、心臓の人工弁が劣化したためこれを取り換える手術を行い、無事終了する。しかし術後の数時間後に容態が急変し、結果として左冠動脈解離による急性心筋梗塞を発症。補助心肺装置を用いた懸命の医療行為が行われるも重度の肺炎を併発し、約3週間後の5月25日、心臓の拍動が停止。
長友 哲次(ながとも てつじ、1958年[要出典] - )は… 長友 哲次(ながとも てつじ、1958年[要出典] - )は、日本の財務官僚。横浜税関長などを務めた。 東京都出身。東京都立西高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。1982年大蔵省入省。国際金融局総務課配属。 1986年7月理財局国有財産総括課調査係長(参事官付)。1987年7月10日倉吉税務署長。1999年7月12日大臣官房企画官兼総理府地方分権推進委員会事務局参事官。2003年7月8日財務省関税局調査保税課長。2004年横浜税関総務部長。2006年7月28日内閣官房内閣参事官(内閣情報調査室)。2008年預金保険機構監査室長。2010年7月30日広島国税局長。2011年7月12日大臣官房参事官(関税局担当)。
増田 義一(ますだ よしかず、1957年10月 – )は、日… 増田 義一(ますだ よしかず、1957年10月 – )は、日本の官僚。 東京都出身。東京都立西高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。ハーバード大学公共政策大学院(ケネディスクール)卒業(修士) 。 行政官長期在外研究員と米国防大学国家戦略研究所研究員を務めた防衛省の国際派。対人地雷禁止条約のオスロ会議などに日本政府代表団の一員として出席し、条約の作成に携わった。ワシントンにある米国防大学国家戦略研究所で客員上級研究員をしていたとき、アメリカ同時多発テロ事件に遭遇した。アメリカ同時多発テロ事件に関して、「ペンタゴンには頻繁に出入りしていましたので、犠牲にならなかったのは不幸中の幸いだったと思います。
城ヶ崎 祐子(じょうがさき ゆうこ、1955年〈昭和30年〉… 城ヶ崎 祐子(じょうがさき ゆうこ、1955年〈昭和30年〉2月28日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元フジテレビアナウンサー。秋田県秋田市生まれ。血液型はO型。趣味、特技はバレエとピアノ。 東京都立西高等学校、東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。大学生時代はラグビー部のマネジャーだった(本人曰く「実質雑用係」)、大学卒業後、1977年フジテレビに報道局解説放送室付のリポーター(契約社員扱い)として入社。同期は益田由美、桜井郁子。1981年4月1日に編成局アナウンス部へ異動、正社員アナウンサーに昇格。フジテレビの先輩である田丸美寿々も同じ東京外国語大学外国語学部英米語学科出身である。 フジテレビ時代はニュースキャスターとして常に冷静な語り口が売りだった。
水野 紀子(みずの のりこ、1955年 - )は、日本の法学… 水野 紀子(みずの のりこ、1955年 - )は、日本の法学者。専門は民法・家族法。学位は法学士(東京大学)。東北大学名誉教授。名古屋大学教授・東北大学教授を経て、白鷗大学大学院法学研究科教授。2011年、旧帝国大学としては初めての女性学部長に就任した。加藤一郎門下。 *夫婦で片側へ不貞行為があった場合に、その不貞行為の相手方(不倫相手)に対しても不法行為に基づく慰謝料請求を認めるべきではないとの立ち場を、瀬木比呂志と共に示している。
金髙 雅仁(かねたか まさひと、1954年6月29日 - )… 金髙 雅仁(かねたか まさひと、1954年6月29日 - )は、日本の警察官僚。東京都出身。第25代警察庁長官。
金平 茂紀(かねひら しげのり、1953年12月18日 - … 金平 茂紀(かねひら しげのり、1953年12月18日 - )は、日本のジャーナリスト。TBS報道局記者・ニュースキャスター・ディレクター。早稲田大学大学院政治学研究科客員教授。2010年9月から2016年3月まで、TBSテレビ執行役員。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校から東京都立西高等学校に転入(都立西高の同期には、日本語学者の金田一秀穂、毎日新聞特別編集委員の倉重篤郎、宗教学者の島田裕巳らがいる)。1972年に東京大学に入学し、その後文学部社会学科に進学。1977年に卒業し、TBSに入社。同期にはアナウンサーの神津栄子、吉川美代子らがいる。報道局に配属。
島田 裕巳(しまだ ひろみ、1953年〈昭和28年〉11月8… 島田 裕巳(しまだ ひろみ、1953年〈昭和28年〉11月8日 - )は、日本の宗教学者、作家、劇作家、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。放送教育開発センター(現メディア教育開発センター)助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。 東京都出身。1972年(昭和47年)、東京都立西高等学校卒業(同期に金田一秀穂がいた)。1976年(昭和51年)、東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1984年(昭和59年)、同博士課程満期退学(宗教学専攻)。宗教学者・柳川啓一の影響を強く受け、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点での宗教現象の分析に関心をもち、専門課程で宗教学を専攻することを決意する。
金田一 秀穂(きんだいち ひでほ、1953年〈昭和28年〉5… 金田一 秀穂(きんだいち ひでほ、1953年〈昭和28年〉5月5日 - )は、日本の言語学者。専門は日本語教育・言語行動・意味論。杏林大学外国語学部名誉教授、政策研究大学院大学客員教授。 東京都杉並区松庵生まれ。杉並区立西宮中学校、東京都立西高等学校、上智大学文学部心理学科卒業。島田裕巳は高校の同期。当初は学者の道に進むつもりはなく、大学卒業後は就職せずに読書三昧の日々を3年ほど過ごした。1980年の光州事件直前に韓国旅行をしたことがきっかけで日本語を意識するようになり、外国に住みたいという目的から日本語教師養成講座に通いはじめ、寺村秀夫に師事する。 1983年東京外国語大学大学院外国語学研究科修士課程修了。
高橋 進(たかはし すすむ、1953年1月28日 - )は、… 高橋 進(たかはし すすむ、1953年1月28日 - )は、日本のエコノミスト、経済学者。早稲田大学大学院客員教授、内閣府政策統括官、株式会社日本総合研究所理事長等を務めた。栃木県出身。 栃木県出身。都立西高校を経て、1976年に一橋大学経済学部を卒業し住友銀行入行。ロンドンに駐在して欧州経済調査等を担当した後、1990年から日本総合研究所へ出向。2011年同理事長に就任した。 2000年から2004年まで早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授、2003年から2005年まで近畿大学経済学部・経営学部客員教授。 2005年小泉内閣下で、大田弘子の後任として、民間出身者として3人目、民間企業出身者としては初の内閣府政策統括官として登用される。
間々田 孝夫(ままだ たかお、1952年2月1日 - )は、… 間々田 孝夫(ままだ たかお、1952年2月1日 - )は、日本の社会学者、立教大学名誉教授。1952年富山県に生まれ、1960年東京に転居。1970年都立西高から、東京大学文学部社会学科・大学院社会学研究科へ進む。1981年金沢大学専任講師・助教授、立教大学助教授・教授を歴任。専門は、消費社会論、消費文化論、経済社会学、生活意識研究、社会階層論など。 主たる研究分野は、消費社会、消費文化。日本の社会学界では、この分野の代表的研究者と目されている。理論研究では、これまで過度に「記号的消費」に集中していた消費社会研究を相対化し、多元的な消費文化の並立を強調する「消費三相理論」を構築した。また悲観主義的な消費社会観を排し、これからの消費社会の理念となりうる「第三の消費文化」の発展を主張している。
那須 博之(なす ひろゆき、1952年1月27日 - 200… 那須 博之(なす ひろゆき、1952年1月27日 - 2005年2月27日)は、日本の映画監督。東京都杉並区桃井出身。妻は脚本家の那須真知子。 父は建設会社社長。東京都立西高等学校、東京大学経済学部卒業。大学在学中はワンダーフォーゲル部に所属し、山登りに熱中。そんな折に映画『仁義なき戦い』を見て強い衝撃を受け、アクション映画監督を志し日活に助監督として入社し、田中登、曽根中生、澤田幸弘らに師事。1982年に日活ロマンポルノ『ワイセツ家族 母と娘』で監督デビューする。ポルノ畑で修業を積んだのち、1985年に念願叶って手がけた初のアクション映画『ビー・バップ・ハイスクール』のヒットで注目され、同シリーズを立て続けに成功させて一時代を築く。
寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、… 寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、日本の元官僚。総務省総合通信基盤局長等を経て、総務審議官を最後に退官し、東京工業大学客員教授、NTTドコモ代表取締役副社長等を歴任。2017年からアシュリオンジャパン・ホールディングス会長、情報通信振興会理事長。BS-TBS番組審議会委員。
寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、… 寺﨑 明(てらさき あきら、1952年1月20日 - )は、日本の元官僚。株式会社NTTドコモ代表取締役副社長。過去に、株式会社野村総合研究所顧問、東京工業大学客員教授(大学院理工学研究科通信情報工学専攻)、北陸先端科学技術大学院大学客員教授(知識科学科)。東京都出身。
宮澤 知之(みやざわ ともゆき、1952年 - )は、日本の… 宮澤 知之(みやざわ ともゆき、1952年 - )は、日本の歴史学者。佛教大学名誉教授。専門は、中国財政史・中国貨幣史。博士(文学)。 尼崎生まれ。東京都立西高校卒業後、1976年京都大学文学部史学科卒業、1982年京都大学大学院文学研究科博士後期課程退学。 1983年佛教大学文学部助手、専任講師、助教授を経て、1998年佛教大学文学部教授。2010年佛教大学歴史学部歴史学科教授。2023年3月に定年退任、名誉教授の称号を受ける。 1998年1月、京都大学より博士(文学)学位を取得(論文:「宋代中国の国家と経済:財政・市場・貨幣」。1978年4月から1982年3月まで東洋史研究会編輯委員、2001年3月から中国史学会評議員、2003年4月から2006年3月まで鷹陵史学会会長、2010年11月より東洋史研究会 評議員などを歴任する。
榊原 洋一(さかきはら よういち、1951年12月15日 -… 榊原 洋一(さかきはら よういち、1951年12月15日 - 2025年3月29日)は、日本の医師(小児科医)、医学博士、お茶の水女子大学名誉教授。専門は小児科学、小児神経学、発達神経学。注意欠陥・多動性障害、アスペルガー症候群など子どもの発達障害研究の第一人者。 東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。東京都立西高等学校を卒業後、東京大学理科三類に入学。 1976年に東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部附属病院に勤務。1988年医学博士の学位を取得。 お茶の水女子大学人間発達教育研究センター教授を務めて2016年定年で退任し、名誉教授となる。 またCRN (Child Research Net) 所長、日本子ども学会理事長。
近藤 二郎(こんどう じろう、1951年12月2日 - )は… 近藤 二郎(こんどう じろう、1951年12月2日 - )は、日本の考古学者。早稲田大学文学学術院名誉教授。専門はエジプト学、考古学。 1951年、東京都杉並区生まれ。1970年、東京都立西高等学校を卒業し、早稲田大学第一文学部に進む。西洋史を専攻し、1975年に卒業。1975~1978年、同大学大学院文学研究科修士課程。1978~1986年、博士後期課程。博士課程在学中の1981年から1983年にかけて文部省アジア諸国等派遣留学生としてエジプト・カイロ大学考古学部に留学した。 卒業後は、1986年4月より早稲田大学文学部助手。1999年より同大学文学部助教授、2004年より同大学文学部教授。早稲田大学エジプト学研究所所長。
代田 智明(しろた ともはる、1951年10月29日 - 2… 代田 智明(しろた ともはる、1951年10月29日 - 2017年10月28日)は、日本の中国文学者、元東京大学教授。地域文化(中国現代文学)専攻。 東京都に生まれる。東京都立西高等学校を経て、1976年東京大学文学部中国文学専修を卒業した。引き続き同大学大学院に進み、1978年に修士課程を修了した。 茨城大学、東京女子大学を経て、1993年に東京大学教養学部助教授となり、1998年に総合文化研究科教授に就任した。 学外では日本現代中国学会事務局長などを担当した。 2017年3月、定年で東京大学を退職し、同年10月28日に死去。
行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 202… 行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 2020年3月13日)は、日本のレコード・プロデューサー、音楽評論家。宮城県仙台市出身。 東京都立西高校を経て早稲田大学政治経済学部卒業。1976年東芝EMI(当時)に入社。1988年ブルース・ランドヴァル(当時ブルーノート社長)、マイケル・カスクーナ(同プロデューサー)らの協力を得てブルーノートの姉妹レーベル「サムシンエルス」を社内に設立。現在まで200タイトル近くの作品を同レーベルで制作。多くはブルーノートを通じて海外でも発売されている。軽井沢録音のゴンサロ・ルバルカバ『ラプソディア』(1992年)はグラミー賞にノミネート。日本国内においてブルーノートをはじめとする多くのジャズ作品やミュージシャンを紹介し、ジャズ市場の育成に貢献。
松野 信夫(まつの のぶお、1951年6月2日 - )は、日… 松野 信夫(まつの のぶお、1951年6月2日 - )は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)、法務大臣政務官(野田第2次改造内閣)を務めた。 東京都中野区生まれ(本籍地は熊本県上益城郡甲佐町)。東京学芸大学附属小金井中学校、東京都立西高等学校、東京大学法学部卒業。大学卒業後、損害保険会社勤務を経て、1979年に司法試験に合格。司法修習を経て1982年に弁護士登録を行い、熊本共同法律事務所に入所。司法修習34期の同期に山口那津男(公明党代表・参議院議員)、伊東秀子(元日本社会党衆議院議員)、谷垣禎一(前自由民主党総裁・衆議院議員)、千葉景子(元民主党参議院議員・法務大臣)。
関根 清三(せきね せいぞう、1950年8月31日 - )は… 関根 清三(せきね せいぞう、1950年8月31日 - )は、日本の倫理学者・聖書学者。専攻は、旧約聖書学・倫理学。 東京大学名誉教授、聖学院大学大学院特命教授。 日本旧約学会会長、日本倫理学会会長、日本基督教学会理事等を歴任、現在、和辻哲郎文化賞選考委員、日本アスペン研究所副理事長。 父は旧約聖書学者の関根正雄。祖父は国文学者の関根正直。 東京都出身。1969年東京都立西高等学校卒業。1974年東京大学文学部倫理学科卒業。1979年、同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。1980年、ドイツ学術交流会 (DAAD) 奨学生としてミュンヘン大学に留学。1981年から1985年まで、ミュンヘン大学福音神学部にて学術助手。
毛利 蔵人(もうり くろうど、1950年5月20日 - 19… 毛利 蔵人(もうり くろうど、1950年5月20日 - 1997年1月13日)は日本の作曲家。出生名は平井祥治。 兵庫県芦屋市に生まれる。生後1歳足らずで両親が離婚し養子に出されたが、大学受験で戸籍謄本を取り寄せるまでその事実を知らなかった。中学生の頃より独学でピアノと作曲を始めた。都立西高校に入学し、弦楽合奏クラブに入部。2~3ヶ月の独習でヴィオラやチェロを弾くようになる。同時に作曲への志向が強まった。京都大学受験に失敗し、高校卒業後は浪人生活に入ったものの、出生の事実を知ったことや受験失敗などの不運から精神を病んで入院し、結局進学することを諦めた。初め別宮貞雄に手紙を書いて作曲の教えを乞うも、別宮の提示した月謝を払えず断念し、次いで桐朋学園大学教授三善晃に月謝を払えぬことを予め詫びた上で教えを願い、三善からの紹介で桐朋学園大学図書館に勤めながら、1971年から翌年にかけて5、6回、三善晃の許で、習作の講評を受けつつオーケストレーションを学んだ。
望月 眞理子(もちづき まりこ、1950年3月13日 - 2… 望月 眞理子(もちづき まりこ、1950年3月13日 - 2000年4月5日 )は、日本の女優。本名は中大路 眞理子。東京都中野区出身。 特技はピアノ、声楽。 東京都立西高等学校卒業後、18歳の時に三島由紀夫主宰の浪曼劇場に入団。もともと三島のファンであった。浪曼劇場は三島が亡くなったのをきっかけに退団。 1980年から女優活動を一時休止していたが、1982年に活動を再開。 1987年頃に一時、“夏まり子”に改名する。 1993年結婚し、黒水眞理子となるが、2000年4月5日死去。50歳没。
大泉 博子(おおいずみ ひろこ、1950年1月20日 ‐ )… 大泉 博子(おおいずみ ひろこ、1950年1月20日 ‐ )は、日本の政治家、厚生官僚。衆議院議員(1期)、山口県副知事などを務めた。 東京都立西高等学校を経て1972年に東京大学教養学部(国際関係論分科)を卒業し、当時の厚生省に入省。国連児童基金(ユニセフ)インド事務所計画評価官、児童家庭局企画課長、社会・援護局企画課長などを歴任。この間、1977年にミシガン大学大学院で行政学修士を取得している。 1998年から3年間、山口県副知事を務めた。
松本 史朗(まつもと しろう、1950年 - )は、日本の仏… 松本 史朗(まつもと しろう、1950年 - )は、日本の仏教学者、博士。駒澤大学名誉教授。専門は仏教学、インド仏教史。時間的縁起、無我、言語(思考)の重視を仏教の基本原則とし、如来蔵思想や禅思想を無時間的、反言語的で、基体(datu)を重視した反仏教的な我論、神秘思想として厳しく批判した。その研究は批判仏教と呼ばれ、袴谷憲昭と共に仏教学研究に議論を巻き起こした。 東京都生れ。都立西高等学校卒。1969年早稲田大学第一文学部中退。1973年駒澤大学仏教学部仏教学科卒業。1981年東京大学大学院博士課程(印度哲学)単位取得満期退学。1982年駒澤大学仏教学部助手。1987年ウィーン大学にて在外研究。
木川 眞(きがわ まこと、1949年12月31日 - )は日… 木川 眞(きがわ まこと、1949年12月31日 - )は日本の実業家。ヤマトホールディングス元会長、経済同友会副代表幹事。元ヤマト運輸社長。 広島県御調郡(現尾道市)向島町出身。広島大学附属三原小学校、広島大学附属三原中学校、杉並区立高井戸中学校を経て、1968年東京都立西高等学校卒業、1973年一橋大学商学部卒業、同年富士銀行入行。 1996年富士銀行総合企画部副部長。1998年富士銀行人事部長。2001年富士銀行執行役員人事部長。2002年みずほコーポレート銀行常務執行役員リスク管理グループ統括役員兼人事グループ統括役員。2004年みずほコーポレート銀行常務取締役リスク管理グループ統括役員兼人事グループ統括役員。
水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )… 水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )は、日本の詩人・歌人・俳人・翻訳家。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。武蔵野市立第三小学校、武蔵野市立第三中学校、東京都立西高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英米文学科を卒業。早稲田大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程・博士課程修了。結婚後、生まれたばかりの長男を連れてアメリカのボストンへ夫の同伴兼留学生として移住し、1年間滞在した。多言語総合文芸誌「PANDORA」主宰。
戸倉 英美(とくら ひでみ、1949年2月9日 - )は、日… 戸倉 英美(とくら ひでみ、1949年2月9日 - )は、日本の古典中国文学者。東京大学名誉教授。漢文学専攻。神奈川県出身。
山田 佳臣(やまだ よしおみ、1949年1月7日 - )は、… 山田 佳臣(やまだ よしおみ、1949年1月7日 - )は、日本の経営者。東海旅客鉄道(JR東海)社長・会長を歴任。 東京都出身。東京都立西高等学校を経て、東京大学法学部卒業。 2010年7月26日、名古屋市で開催されたリニア中央新幹線の建設促進を求める集会において、中国・上海市のリニアモーターカー「上海トランスラピッド」を指し「あちらが小学生のおもちゃなら、わたくしどものリニアはiPadみたいなものだ」と揶揄する発言を行った。
好村 兼一(よしむら けんいち、1949年 - )は、日本の… 好村 兼一(よしむら けんいち、1949年 - )は、日本の作家、剣道家。段位は教士八段。東京大学を中退してフランスに在住し、合格率1%の剣道八段審査に合格(海外在住者初の八段合格者)、剣道指導のかたわら、40代半ばから時代小説を書き始め作家デビューするなど異色の経歴を持つ剣道家として知られる。 東京都生まれ。東京都立西高等学校卒業。(翻訳家の池田香代子、医師の鎌田實とは同級生。鎌田とは同じ剣道部に所属。)1970年東京大学教養学科国際関係論三学年在学中の20歳のときに全日本剣道連盟派遣学生指導員としてフランスに渡り、以降大学を中退してパリ在住。 フランス剣道連盟顧問および師範を務め、フランスを中心にヨーロッパにおける武道としての剣道振興に力を尽くし現在に至る。
竹田 茂夫(たけだ しげお、1949年 - )は日本の経済学… 竹田 茂夫(たけだ しげお、1949年 - )は日本の経済学者。法政大学経済学部教授。専門は経済理論。妻は法政大学経済学部教授の原伸子。 東京都立西高等学校を経て、1972年早稲田大学政治経済学部卒業。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、1979年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得満期退学。指導教官は二階堂副包。1980年ベルリン自由大学助手。1981年ニューヨーク州立大学バッファロー校Ph.D.取得。1984年から法政大学経済学部助教授。1990年法政大学経済学部教授。
亘 明志(わたり あけし、1949年 - )は、日本の社会学… 亘 明志(わたり あけし、1949年 - )は、日本の社会学者。専攻は、理論社会学、文化社会学、メディア論、差別問題。 北海道札幌市生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、東京大学大学院社会学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。大学院は見田宗介ゼミ出身。広島修道大学人文学部教授、長崎ウエスレヤン大学現代社会学部教授を経て、2016年より京都女子大学現代社会学部教授。日本解放社会学会前会長。
池田 香代子(いけだ かよこ、1948年12月21日 - )… 池田 香代子(いけだ かよこ、1948年12月21日 - )は、日本のドイツ語翻訳家、社会運動家。 東京都杉並区生まれ、東京都杉並区在住。東京都立西高等学校時代は「授業をサボッて映画を観に行くような映画少年映画少女の一人だった。」と語っている。同校卒業後、東京都立大学人文学部ドイツ文学科へ入学。種村季弘に師事し、1971年に卒業。種村からの紹介で大学時代からドイツ文学の翻訳アルバイトを始めた。 その後、30歳を目前に夫池田信雄(当時名古屋大学教養部講師)の旧西ドイツ公費(ドイツ学術交流会等)による留学に三人の息子(当時1、3、5歳)を連れて同行。自身も大学に入学した。この頃、矢川澄子(当時澁澤龍彦の妻で、種村の友人)が紹介した編集者よりグリム童話の翻訳の依頼を受けたのがグリム童話との出会い。
西垣 通(にしがき とおる、1948年12月12日 - )は… 西垣 通(にしがき とおる、1948年12月12日 - )は、日本の情報学者、小説家。東京大学名誉教授、工学博士(東京大学)。 コンピューター・システムの研究開発を経て、情報化社会における生命、社会を考察する。『アメリカの階梯』(2004年)などの小説も執筆。著書に『集合知とは何か』(2013年)、『ビッグデータと人工知能』(2016年)など。 俳人で明治大学教授の西垣脩の長男として東京都に生まれる。東京少年少女合唱隊に所属し、NHKのみんなのうたで歌ったことがある。世田谷区立松沢小学校から世田谷区立松沢中学校を経て都立西高校に進み、1968年に東京大学理科一類入学。1972年に東京大学工学部計数工学科を卒業(卒業論文のテーマはファジィ代数の応用)。
東山 敬司(ひがしやま けいじ、1948年7月28日 - )… 東山 敬司(ひがしやま けいじ、1948年7月28日 - )は、主に1960年代末から1970年代末頃にかけて活動していた日本の俳優。本名同じ、身長181㎝(1969年当時)。 埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身。父は自転車の部品を作る工場を経営していたが、当人が4歳の時に事業に失敗、その後も父がギャンブルに凝った末に破産、実質上、一家は全てのものを失ったことで大宮を出て、当人と姉の二人だけは親類の家へ預けられ、後に東京都杉並区荻窪に転居。 本人曰く、「近所でも評判の暴れん坊で、ガキ大将」という少年時代を過ごす。小学生の頃から映画好きで、頻繁に映画館に通っていた。 杉並区立若杉小学校→杉並区立天沼中学校を経て東京都立西高等学校を卒業、一年浪人後、早稲田大学商学部に進学。
鎌田 實(かまた みのる、1948年6月28日 - )は、日… 鎌田 實(かまた みのる、1948年6月28日 - )は、日本の医師、作家、社会運動家。地域医療従事者。 諏訪中央病院名誉院長、日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)理事長、日本・イラク・メディカルネット(JIM-NET)代表、東京医科歯科大学臨床教授、東海大学医学部客員教授、岐阜経済大学客員教授。北九州市アドバイザー。ピースボート水先案内人。 東京都杉並区出身。1歳10ヶ月で養子に出され、青森県から上京し個人タクシー業を営む養父と病弱な養母に引き取られる。ただし30歳を過ぎてパスポートを取得するまで養子であることは鎌田本人には伏せられていた。 子供の頃から読書家で『どくとるマンボウ航海記』を読んで、船医になって世界中を旅することに憧れていた。
須田 美矢子(すだ みやこ、1948年(昭和23年)5月15… 須田 美矢子(すだ みやこ、1948年(昭和23年)5月15日 - )は、日本の経済学者。専門は、国際金融論。日本銀行政策委員会委員(2001年~2011年)を歴任。 山口県出身。東京都立西高等学校、東京大学教養学部卒業。東京大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。専修大学経済学部助教授・教授(1982年~1990年)、1990年4月から学習院大学経済学部教授となる。2001年4月に篠塚英子の後任として日本銀行政策委員会委員に就任、2011年3月に同委員を退任。その後甲南大学特別客員教授を務め、現在はキヤノングローバル戦略研究所特別顧問を務める。 日銀時代は金融緩和の強化・拡大決定の際に、バブルの温床に繋がるリスクや財政ファイナンスとの誤解を招きかねないリスクを理由として、しばしば反対票を投じたため、いわゆる「タカ派」として知られた。
日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は… 日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は、日本の官僚。経済産業審議官、三菱電機専務執行役を歴任。東京都出身。 東京都立西高等学校を経て1970年東京大学法学部を卒業後、通商産業省に入省(大臣官房総務課)。1977年プリンストン大学ウィルソンスクール修士課程修了。 国際エネルギー機関省エネルギー部長、通商政策局国際経済課長、資源エネルギー庁官房総務課長、大臣官房審議官(通商経済担当)、通商政策局経済協力部長、資源エネルギー庁次長等を経て、2000年環境立地局長となる。2001年に産業技術環境局長。その後、2002年通商政策局長、2003年資源エネルギー庁長官を歴任し、2004年経済産業審議官に就任。
勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本… 勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本の美術評論家、キュレーター。 岐阜県生まれ。東京都立西高等学校を経て、東北大学文学部美学美術史学科を卒業。民間企業、地方自治体、文化系財団などに勤務したのち、世田谷美術館事業部長。1995年『美術館からの逃走』で倫雅美術奨励賞受賞。油絵「風方」で第22回シェル美術佳作賞を受賞。生け花の勅使河原蒼風とは関係はない。
宮城 啓子(みやぎ けいこ、1948年 - )は、日本の刑事… 宮城 啓子(みやぎ けいこ、1948年 - )は、日本の刑事訴訟法学者。筑波大学法科大学院教授や法務省司法試験考査委員等を務めた。博士(法学)。 静岡県静岡市生まれ。東京都立西高等学校を経て、1971年一橋大学法学部卒業。1974年一橋大学大学院法学研究科公法専攻修士課程修了、法学修士。福田平ゼミ出身。フルブライト・プログラムでカリフォルニア大学バークレー校法科大学院LL.M.コースに留学し、1980年一橋大学大学院法学研究科公法専攻博士課程単位取得退学。1999年論文「裁量上告と最高裁判所の役割――サーシオレイライとへビアス・コーパス――」で博士(法学)(一橋大学)の学位を取得。審査員は、後藤昭、村井敏邦、山本和彦。
西水美恵子(にしみず みえこ、1948年 - )は、元世界銀… 西水美恵子(にしみず みえこ、1948年 - )は、元世界銀行副総裁、元プリンストン大学助教授。 現在は、シンクタンク・ソフィアバンクのシニア・パートナー、人を大切にする経営学会顧問。 大阪府豊中市生まれ、北海道美唄市で育つ。中学3年から上京。都立西高校在学中、姉妹都市高校親善大使としてニューヨーク訪問。その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米(後年、西高は中退)。そのまま帰国せず、ガウチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題を研究。1971年に再度渡米する。1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院の博士課程(経済学)を修了。
木原 秋好(きはら あきよし、1947年8月15日 - )は… 木原 秋好(きはら あきよし、1947年8月15日 - )は、NHK放送研修センター・日本語センター専門委員・エグゼクティブアナウンサー、すぎなみ地域大学学長。 東京都立西高等学校・東京大学を卒業後、1972年にNHK入局。広島放送局放送センター副部長、編成局アナウンス室副部長、放送総局アナウンス室エグゼクティブアナウンサー、同局アナウンス室統括担当部長、1999年6月から日本語センター勤務、2002年アナウンス室長に。趣味はマラソン。
池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、… 池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、日本のドイツ文学者。東京大学名誉教授。専門は、近現代ドイツ文学研究。 東京都中野区出身。旧姓福井。東京都立西高等学校卒業後、旧・東京都立大学人文学部独文学科にて種村季弘と川村二郎に師事し、1971年に卒業。1973年、同大学院修士課程修了。1975年、名古屋大学教養部講師、1976年から1978年まで妻の池田香代子とともにボン大学とエアランゲン大学に留学。帰国後名古屋大学助教授を経て、1982年に東京大学教養学部助教授。1991年から1993年までトリーア大学客員教授。1993年東京大学教授。2012年定年退任、名誉教授。2014年からドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州のウンメンドルフに住む。
古川一夫(ふるかわ かずお 1946年〈昭和21年〉11月3… 古川一夫(ふるかわ かずお 1946年〈昭和21年〉11月3日 - )は、日本の実業家。第八代日立製作所社長、元新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長。元日本経済団体連合会副会長。 情報処理学会会長(第26代)、日本碍子社外取締役、パソナグループ社外取締役を歴任。 1969年(昭和44年)5月に東京大学工学部(電子工学)を卒業、1971年(昭和46年)3月に東京大学大学院(電気)修士課程修了後、同年4月に株式会社日立製作所に入り、1997年(平成9)2月に同社 情報通信事業部 公衆通信本部長、2003年(平成15)4月に同社 情報・通信グループ長&CEOなどを経て、2006年(平成18)4月に同社 代表執行役 執行役社長に就任し、赤字に陥っていたハードディスクドライブ、薄型テレビ、液晶等の事業の立て直しに取り組む。
江波戸 哲夫(えばと てつお、1946年7月10日 - )は… 江波戸 哲夫(えばと てつお、1946年7月10日 - )は、日本の作家。 東京都生まれ。東京都立西高等学校を経て、東京大学経済学部を卒業。三井銀行を一年で退職し、学陽書房を経て、1983年からフリーライターとなる。 経済小説などのフィクション、ノンフィクションにまたがる日本経済を描いた多くの作品を刊行。『銀行支店長』を原作として) 1994年に映画『集団左遷』(柴田恭兵主演)) 2019年にテレビドラマ『集団左遷!!』(福山雅治主演)など、多くの作品に映像化された。 NPO法人「人と人をつなぐ会」の活動に賛同している。 出版物の再販維持制度について、他の業界のカルテルを批判できないとの理由で撤廃を支持し、良書は安売りに駆逐されることはないと主張しているが、書店経営者などからは猛反発を受けている。
松本 礼二(まつもと れいじ、1946年3月23日 - )は… 松本 礼二(まつもと れいじ、1946年3月23日 - )は、日本の政治学者。早稲田大学教育・総合科学学術院名誉教授。とくにトクヴィルの政治思想の研究で知られる。 東京都杉並区出身。松本慎一の子として生まれ、幼いうちに父を亡くしたため母の元で育てられた。
和田 章(わだ あきら、1946年1月11日 - )は、日本… 和田 章(わだ あきら、1946年1月11日 - )は、日本の工学者。東京工業大学名誉教授、工学博士、日本建築学会会長。 専門分野は、建築構造学、耐震工学、構造設計、免震構造、制振構造、空間構造。
玉村 豊男(たまむら とよお、1945年〈昭和20年〉10月… 玉村 豊男(たまむら とよお、1945年〈昭和20年〉10月8日 - )は、日本のエッセイスト、画家。父は日本画家の玉村方久斗。 東京都杉並区生まれ。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文学科卒業。在学中にパリ大学言語学研究所に2年留学。通訳、翻訳業を経て、1977年、32歳のときにかつての留学体験を基にした「パリ 旅の雑学ノート」(ダイヤモンド社)の出版を皮切りに文筆業に転身。なお、「パリ留学はワインを飲む習慣を身に付けたり、後の人生に大きな影響を与える転機となったが、当時そんなことは思いもよらなかった」と語っている。 1983年より8年間、軽井沢町で生活。41歳で大病を患ったこともきっかけとなり妻とともに1991年より長野県東御市在住。
香山 晃(こうやま あきら、1945年9月13日 - )は日… 香山 晃(こうやま あきら、1945年9月13日 - )は日本の工学者。室蘭工業大学大学院工学研究科もの創造系領域教授。満洲国新京にて生まれる。 1964年東京都立西高等学校卒業。1969年東京大学工学部冶金学科卒業。1971年東京大学工学系大学院修士課程修了を経て住友金属中央技術研究所に勤務。 1974年8月より東京大学工学部材料学科勤務。講師、助教授、教授を経て1995年より京都大学原子エネルギー研究所(改組により1996年よりエネルギー理工学研究所)教授。その後所長を経て2009年3月より室蘭工業大学教授。2010年3月より環境・エネルギー材料システム材料研究機構長に就任。2014年3月に退官。
早川 忠孝(はやかわ ちゅうこう、1945年9月4日 - )… 早川 忠孝(はやかわ ちゅうこう、1945年9月4日 - )は、日本の弁護士、政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。