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亀崎 直樹(かめざき なおき、1956年 - )は、日本の動… 亀崎 直樹(かめざき なおき、1956年 - )は、日本の動物学者。特にウミガメの研究に力を注いでいる。国際ウミガメ学会理事、NPO法人日本ウミガメ協議会前会長、神戸市立須磨海浜水族園学術研究統括(前:園長)、岡山理科大学生物地球学部教授。 日本ウミガメ協議会、亀崎直樹、薮田慎司、菅沼弘行『日本のウミガメの産卵地』日本ウミガメ協議会 1994 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB05900065
松波 弘之(まつなみ ひろゆき、1939年6月5日 - )は… 松波 弘之(まつなみ ひろゆき、1939年6月5日 - )は、日本の工学者。京都大学名誉教授、京都先端科学大学特任教授。工学博士(京都大学)。大阪市出身。 炭化ケイ素(SiC)という、従来は研磨材や耐熱材料としての利用しかなかった材料の半導体材料としての可能性に早くから注目し、20年以上の試行錯誤の末、SiC 薄膜作製法において、結晶面に適度な傾斜角を導入することによって、結晶成長を制御する方法を見出し、世界で初めて結晶多形混在のない高品質SiCのエピタキシャル成長に成功した。その後、高耐圧・低損失のSiC ショットキーバリアダイオード、高性能SiC電界効果トランジスタを実現し、既存のシリコン半導体では実現できない高性能なパワーデバイスがSiCにより実現できることを世界で初めて実証し、SiCの半導体材料としての地位を確立した。
三浦 宏文(みうら ひろふみ、1938年 <昭和13年> 3… 三浦 宏文(みうら ひろふみ、1938年 <昭和13年> 3月17日 - 2020年 <令和2年> 3月5日)は、日本の工学者。位階は従四位。 東京大学名誉教授。元工学院大学学長。元日本ロボット学会会長。専門はロボティクス、マイクロ技術、スペーステクノロジー、メカトロニクス。 徳島県徳島市出身。東京大学工学部機械工学科卒業。同大学院数物系研究科機械工学専攻博士課程修了。 東京大学助教授、NASA客員研究員、東京大学工学部教授を経て、2003年~2009年工学院大学学長。1993年~1995年日本ロボット学会会長。2017年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。現在は昆虫の動きを研究し、それを真似て虫型ロボットを研究する。
冨田 憲二(とみた けんじ、1937年7月16日 - )は、… 冨田 憲二(とみた けんじ、1937年7月16日 - )は、日本の理論物理学者、宇宙物理学者。専攻は一般相対性理論、宇宙論。理学博士。京都大学基礎物理学研究所名誉教授。 林忠四郎の弟子の1人で、宇宙定数をもつ宇宙モデルの研究(1963年)や一般相対論的非一様宇宙モデルの長年にわたる系統的研究を行った。特に巨大なボイドを用いた非一様宇宙論で斬新なアイディアを披露し、宇宙加速を宇宙定数なしで説明しうることを示した(2000年)。 広島大学理論物理学研究所では(1964 - 1990年)、成相秀一(1924 - 1990年)と研究を行い、多数の研究者(石原秀樹、葛西真寿、杉山直等)を育てた。 広島大学理論物理学研究所について膨大な記録を取りまとめ、Web ページに公開している。
岡 芳包(おか よしかね、1915年〈大正4年〉1月12日 … 岡 芳包(おか よしかね、1915年〈大正4年〉1月12日 - 1991年〈平成3年〉9月1日)は、日本の医学者。生理学者。 大阪府大阪市出身。大阪府立市岡中学校、浪速高等学校、大阪帝国大学医学部卒業。 1943年に大阪帝国大学(現大阪大学)講師、1945年に同大学助教授に就任。1945年7月、大阪大学医学博士。論文の題は「生体肝組織における酸化還元電位的場に関する研究」。 その後、1948年7月に新設の徳島医科大学(現徳島大学)初代教授に就任。1951年に新制大学の発足に伴い徳島大学教授となり、1967年に同大学医学部長に就任。 1975年より日本学術会議10・11期会員に選出、国際学術交流委員会会員・生理科学研究連絡委員会等を歴任。
岡田 實(おかだ みのる、1904年3月7日 - 1997年… 岡田 實(おかだ みのる、1904年3月7日 - 1997年6月15日)は、日本の冶金学者。位階は正三位。 プラズマ研究や超高電圧電子顕微鏡の開発で大きな業績を残した。また、大阪大学総長を務めている。 香川県仲多度郡多度津町出身。1930年に東北帝国大学(現・東北大学)金属工学科を卒業後、大阪帝国大学(現・大阪大学)工学部に赴任した。同学部で助教授、教授などを務め、1966年には総長に就任した。この間、溶接工学研究所の設立などに貢献し、1945年から1949年並びに1954年から1955年まで溶接学会会長、研究面では1963年に島津製作所との共同研究で500kVの高電圧電子顕微鏡を開発した。さらに日立製作所と共同で3000kVの電子顕微鏡を作製し、1971年に大阪大学超高電圧電顕センターに設置された。
田宮 猛雄(たみや たけお、1889年〈明治22年〉1月31… 田宮 猛雄(たみや たけお、1889年〈明治22年〉1月31日 - 1963年〈昭和38年〉7月11日)は、日本の医学者、衛生学者。日本医師会会長や日本医学会会長、東京大学医学部教授を務めた。専門は細菌学や免疫学で、発疹チフスなどのリケッチア症の病原体や媒介動物などについて研究した。 大阪府大阪市西区堀江に生まれる。1901年(明治34年)4月、同年3月に新設されたばかりの大阪府市岡中学校(現・大阪府立市岡高等学校)に入学した。1915年(大正4年)12月、東京帝国大学医科大学(現・東京大学医学部)を卒業。伝染病研究所(現・東京大学医科学研究所)の技手・技官となる。 1924年、医学博士号を取得。
石濱 純太郎(いしはま じゅんたろう、1888年〈明治21年… 石濱 純太郎(いしはま じゅんたろう、1888年〈明治21年〉11月10日 - 1968年〈昭和43年〉2月11日)は、日本の東洋史学者、関西大学名誉教授。石浜、石濱など、複数の漢字表記が見られるが、正式には「石濵」である。 1888年(明治21年)、大阪府で生まれた。堂島で製薬業を営んでいた石濵豊蔵の長男として生まれ、大阪市住吉区墨江二丁目に住んだ。1897年に漢学塾泊園書院(現・ 関西大学)へ10歳で入って、藤沢南岳の下で学んだ。大阪府立市岡中学校(現・大阪府立市岡高等学校)に進み、中学校では画家の小出楢重、作曲家の信時潔らと同級であった。 1908年、大学は東京へ出て、東京帝国大学文科大学支那文学科に入学。
信時 潔(のぶとき きよし、1887年〈明治20年〉12月2… 信時 潔(のぶとき きよし、1887年〈明治20年〉12月29日 - 1965年〈昭和40年〉8月1日)は、大正・昭和時代の日本の作曲家・音楽学者・チェロ奏者。大阪市出身。 牧師・吉岡弘毅(元津山藩士の外交官で明治初期の日朝外交を担当)の子として大阪市北区中之島に生まれ、幼少より賛美歌に親しんだ。大阪の市岡中学を経て、東京音楽学校器楽部および研究科器楽部でチェロを学んだ後、同科作曲部に移り、アウグスト・ユンケルに指揮法、ハインリヒ・ヴェルクマイスターにチェロと作曲、ルドルフ・ロイテルに対位法と和声学を師事する。東京音楽学校助教授を務めたのち、留学先のドイツでゲオルク・シューマンに師事、帰国後に東京音楽学校教授となる。
土岐 博 は、日本の物理学者。