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鈴木 創士(すずき そうし、1954年4月8日 - )は、日… 鈴木 創士(すずき そうし、1954年4月8日 - )は、日本のフランス文学者、作家、評論家、翻訳家、ミュージシャン、兵庫県神戸市出身。 甲陽学院高等学校卒。その後、渡仏。帰国後、サバト館(顧問 生田耕作)の編集者でもあった。 伝説のカルト的ニューウェイヴ・バンドEP-4の初期オリジナル・キーボード奏者でもある。作家活動のほか、ミュージシャンとしてEP-4 、及び本隊からの別働隊として EP-4 unitP などでも活動。
石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフ… 石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフランス文学者、メディア情報学者。東京大学名誉教授。記号論・メディア論専攻。フランスの思想家、ミシェル・フーコーの研究者として知られている。 千葉県生まれ。1972年甲陽学院中学校・高等学校卒業、東京大学入学、教養学部二年生時に世田谷区東大生内ゲバ殺人事件で友人二人を喪う。同大学文学部卒業。1975年パリ第4大学留学、1976年パリ第3大学留学、1983年パリ第10大学大学院修士課程修了、1985年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、同博士課程退学、1989年パリ第10大学大学院博士課程修了(人文科学博士)。 同志社大学専任講師、助教授を経て、東京大学教養学部助教授。
柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈… 柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈からたに よしお〉、1941年〈昭和16年〉8月6日 - )は、日本の哲学者、文学者、文芸批評家。兵庫県尼崎市出身。戦後日本を代表する批評家である。 筆名は夏目漱石の小説『行人』にちなむとされているが、本人は「kojin」という語感と響きから偶然思いついたと語っている。「国家」「資本」「ネーション」とは区別されるものとして、近年は「アソシエーション」という言葉を強調している。 『意識と自然ー漱石試論』(1969年)で論壇に登場。言葉と人間との関係を追究し、近代を読み直す。著書に『意味という病』(1975年)、『坂口安吾と中上健次』(1996年)、『トランスクリティーク カントとマルクス』(2001年)、『哲学の起源』(2012年)、『帝国の構造』(2014年)、『世界史の構造』(2015年)など。
濱口 博章(浜口博章、はまぐち ひろあき、1925年2月10… 濱口 博章(浜口博章、はまぐち ひろあき、1925年2月10日 - )は、日本の国文学者。甲南大学・姫路獨協大学名誉教授。 兵庫県尼崎市生まれ。甲陽中学校を経て、1948年京都帝国大学文学部国文学科卒業。1956年同大学院退学。甲南大学講師、助教授、教授、1989年名誉教授、姫路獨協大学教授、1996年名誉教授。
大賀 小四郎(おおが こしろう、1910年(明治43年)11… 大賀 小四郎(おおが こしろう、1910年(明治43年)11月3日 - 1991年(平成3年)2月24日)はドイツ文学者、外交官。兵庫県西宮市の甲陽中学校出身(七回卒)。妻はヴァイオリニストの諏訪根自子。 1934年京都帝国大学文学部独文科卒。1937年からドイツのライプツィヒ大学に学ぶ。1939年に、帰国し外務省に入り、結婚するも、その後、外交官補としてベルリンに赴任。ドイツ留学中は朝永振一郎とも交流があった。 1945年、ドイツの敗戦とともに、アメリカ軍に捕らえられて、アメリカに拘留。この一連の出来事では、前田陽一、諏訪根自子が一緒だった。 帰国後、1949年、一高教授を経て、東京大学教養学部助教授、教授を1969年まで歴任した。
薮内 清(藪内 清、やぶうち きよし、1906年(明治39年… 薮内 清(藪内 清、やぶうち きよし、1906年(明治39年)2月12日 - 2000年(平成12年)6月2日)は、日本の天文学者・科学史学者(中国科学史)。京都大学名誉教授。初めは天文学の研究者であったが、新城新蔵の影響を受けて古代中国の暦法の研究へ転じた。 兵庫県神戸市生まれ。甲陽中学校、旧制大阪高等学校(現大阪大学)理科丙類を経て、昭和4年(1929年)京都帝国大学理学部宇宙物理学科卒業。 1929年、京都帝国大学副手、1935年(昭和10年)東方文化学院(現京都大学人文科学研究所)京都研究所嘱託、後に同研究員。1948年(昭和23年)京都大学研究員、1949年(昭和24年)同大人文科学研究所教授として、共同研究などにより中国科学史研究を世界的水準で進め高めた。