スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小森 航大郎(こもり こうたろう、2003年4月30日 - … 小森 航大郎(こもり こうたろう、2003年4月30日 - )は、福岡県北九州市出身、山口県山口市育ちのプロ野球選手(内野手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 福岡県北九州市で生まれ、4歳頃から山口県山口市で育った。山口市立良城小学校時代は、山口市内の吉敷少年野球団に所属。山口市立鴻南中学校時代は、山口ミラクルクラブに所属。主将を務めるも、主将としてのプレッシャーから拒食状態となり、体重が40kg台しかなかった。 中学卒業後は、山口県立宇部工業高等学校に進学。1年夏から遊撃手のレギュラーとなり、主将として臨んだ3年夏の山口県大会では3回戦敗退となったものの、3試合で11打数10安打、1本塁打、3三塁打と活躍した。
上田 雅也(うえだ まさや、1993年5月8日 - )は、日… 上田 雅也(うえだ まさや、1993年5月8日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。山口県出身。ポジションはポイントガード・シューティングガード。 山口県立宇部工業高校バスケットボール部では、2011年度に主将を務め、ウインターカップへの初出場を果たした。また、1年生(新潟国体)・2年生(千葉国体)・3年生(山口国体)と3年連続で国体選手に選ばれ、3年生時には少年男子チームの主将を務めた。 立命館大学バスケットボール部では、1回生(2012年度)・3回生(2014年度)の2回、関西学生1部リーグ戦の3ポイント王を受賞。4回生時は主将を務めた。また、東京国体・長崎国体・和歌山国体でいずれも山口県成年男子チームにふるさと選手として選出された。
濵田 有共(はまだ ありとも、1992年8月31日 - )は… 濵田 有共(はまだ ありとも、1992年8月31日 - )は日本のゲームミュージック作曲家。主にBEMANIシリーズで「HuΣeR」として活動している。山口県宇部市出身。元コナミアミューズメント所属。 beatmania IIDX 23 copula収録「Highcharge Divolt」でデビュー。HuΣeRの由来は、濵田が『ハマーで行きたいんですよね』とチームのプログラマーに言ったところ『これでいいじゃん』と言われ置いてくれた文字「HuΣeR」をそのまま使っていることから。 「皆伝」を取得するなど、DJ TOTTOに並び、音楽ゲームの実力そのものも非常に高い。 2025年12月3日、自身のXでコナミアミューズメントを退職し、フリーランスとして独立していくことを報告した。
福永 法源(ふくなが ほうげん)、本名:福永輝義(ふくながて… 福永 法源(ふくなが ほうげん)、本名:福永輝義(ふくながてるよし)、別名:国司院 常照、1945年〈昭和20年〉4月5日 - )は、法の華三法行の設立者、元代表。 大手電機メーカー勤務、会社経営(後に倒産)を経て「天の声(天声)が聞こえた」として法の華三法行を設立。集会での「最高ですか!」の掛け声で知られる。1987年に静岡県で宗教法人の認証を受ける。信者の足の裏をみて、病気などの悩みを言い当てる"足裏診断"を行い、研修への参加や献金を勧めるなどの活動を行っていたが、信者に対する巨額詐欺事件で罪に問われ、2008年に実刑判決が確定し栃木県の黒羽刑務所で服役。刑務所では真面目な態度で刑期が短縮され、2014年3月に出所。
三鷹 淳(みたか じゅん、1934年1月7日 - )は、日本… 三鷹 淳(みたか じゅん、1934年1月7日 - )は、日本の歌手・作詞家・作曲家・ボイストレーナー。本名:持光 正輝(もちみつ・まさてる)。 山口県宇部市出身。国立音楽大学卒業。NHK総合テレビジョンの音楽番組『歌の広場』でデビューした後、日本コロムビア専て活動。その傍ら、ボイストレーナーとして活動するほか、社歌、自治体の県民歌・市町村民歌を数多く手掛ける。 演歌歌手のわかばちどりは妻に当たる。
安野 光雅(あんの みつまさ、1926年3月20日 - 20… 安野 光雅(あんの みつまさ、1926年3月20日 - 2020年12月24日)は、日本の画家・装幀家・絵本作家。元美術教員。島根県鹿足郡津和野町出身。東京都小金井市在住。文化功労者。 40年以上にわたって描かれた代表作の1つ『旅の絵本』シリーズ全10冊のうち9冊までの累計発行部数は、152万部を記録している(2022年1月末時点)。 子供の頃より画家になる夢を抱いていた。美術のみならず、科学・数学・文学などにも造詣が深く、豊かな知識と想像力を駆使して独創性あふれる作品を発表した。原色や派手な色をほとんど使わない淡い色調の水彩画で、細部まで書き込まれながらも落ち着いた雰囲気の絵を描く[要出典]。
大野篤美(おおの あつみ、1925年 - 2017年)は、日… 大野篤美(おおの あつみ、1925年 - 2017年)は、日本の金属工学者。千葉工業大学名誉教授、トロント大学客員教授。「OCCプロセス」の発明で知られる。その技術はまたたくまに世界中で応用され、ノイズのほとんどない音を出すオーディオ機器などを可能にした。 大野が発明した、加熱鋳型式連続鋳造法「OCCプロセス」は、高品質な金属材料を生み出すと共にNear Net Shape Castingとして画期的な製造法である。従来の金属は、冷却鋳型の中で外側から固める方法で製造されていたが、OCCプロセスは、この方法とは全く逆に、鋳型を加熱し金属を内部から固めるという画期的な鋳造法をとる。OCCプロセスによって得られる金属は、中心に巣や不純物等の偏析がなく、しかも表面が平滑な一方向凝固鋳塊であり、その優れた特性によって、材料の耐久性・耐食性・耐疲労性及び加工性を飛躍的に向上させる。
苣木 浅彦(すがき あさひこ、1923年2月23日 - 20… 苣木 浅彦(すがき あさひこ、1923年2月23日 - 2010年4月22日)は、日本の地球科学者。専門は、鉱床学。理学博士(東北大学・1955年)。東北大学名誉教授、山口大学名誉教授。佐賀県生まれ。 旧制宇部高等工業学校(現・山口大学工学部)採鉱科を経て、1945年東北帝国大学理学部岩石鉱物鉱床教室を卒業、翌年東北帝国大学助手となる。1953年同助教授。1955年、東北大学より理学博士の学位を取得、学位論文は「本邦産硫化鉱石の組織に関する熱的研究」。 1957年から山口大学工学部教授となる。1966年から1969年まで、米国ペンシルベニア州立大学・カナダ地質調査所に文部省在外研究員として滞在。
加藤 九祚(かとう きゅうぞう、1922年5月18日 - 2… 加藤 九祚(かとう きゅうぞう、1922年5月18日 - 2016年9月11日)は、日本の人類学者。アジア文化史・考古学で、多くの著作と訳書がある。創価大学、国立民族学博物館名誉教授。朝鮮名は李九祚(イ・クジョ) 。 1922年、朝鮮慶尚北道に生まれ、山口県に育った。鉄工所工員・小学校代用教員を経て、1942年に上智大学予科へ入学した。1944年に応召し、満洲へ出征。1945年の敗戦により、ソ連軍に捕らえられ、シベリアに抑留された。 1950年に日本に帰国。1951年、上智大学文学部独文科に復学し、1953年に同大学を卒業。卒業後は恩師の小林珍雄の紹介で平凡社に入社。抑留中に習得したロシア語やドイツ語を生かしてユーラシア大陸の考古学やシベリアの諸民族に関する研究の翻訳紹介を始め、1963年に最初の著作である『シベリアの歴史』を刊行。