スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
島村 菜津(しまむら なつ、1963年5月5日- )は日本の… 島村 菜津(しまむら なつ、1963年5月5日- )は日本のノンフィクション作家。日本におけるスローフード運動の先駆け。 長崎県生まれ、福岡県育ち。福岡県立福岡高等学校、東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。イタリア美術史を専攻。 大学在学中にはイタリア美術史を専攻。卒業後にイタリアに留学し、以後現地での数年間にわたる取材をもとにした著書「スローフードな人生!-イタリアの食卓から始まる」を刊行。同書は日本で当時ほとんど知られていなかったスローフードを紹介したものであり、以後日本でスローフードが広く知られるようになった。 スローフードとちぎ協会会員。
白石 一文(しらいし かずふみ、1958年8月27日 - )… 白石 一文(しらいし かずふみ、1958年8月27日 - )は、日本の小説家。父は直木賞作家の白石一郎。双子の弟は小説家の白石文郎。2010年「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞。初の親子二代での受賞となった。
白石 文郎(しらいし ふみお、1958年(昭和33年)8月2… 白石 文郎(しらいし ふみお、1958年(昭和33年)8月27日 - )は、日本の小説家。福岡県福岡市生まれ。 父は直木賞作家の白石一郎。双子の兄は父と同じく直木賞作家となった白石一文。福岡県立福岡高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。1995年『寵児』で作家デビュー。
藤原 智美(ふじわら ともみ、男性、1955年7月20日 -… 藤原 智美(ふじわら ともみ、男性、1955年7月20日 - )は、日本の小説家、エッセイスト。芥川賞受賞。 福岡県福岡市出身。福岡県立福岡高等学校、明治大学政治経済学部政治学科卒業。1990年、フリーランスのライターの傍ら『王を撃て』により小説家デビュー。1992年『運転士』により第107回(1992年上半期)芥川龍之介賞受賞。2021年10月より読売新聞人生案内の回答者の一人を担当している。
原 尞(はら りょう、1946年12月18日 - 2023年… 原 尞(はら りょう、1946年12月18日 - 2023年5月4日)は、日本の推理作家。本名は原 孝。私立探偵沢崎を主人公とするハードボイルド小説で人気を博した。1989年直木賞受賞。佐賀県鳥栖市在住。 佐賀県鳥栖市生まれ。福岡県立福岡高等学校を経て、九州大学文学部美学美術史科卒業。福岡高校の同期に医師の中村哲がいる。 大学卒業後の1969年春、上京。設立されたばかりのCBS・ソニーに「公募で入社した最初の“新卒”の社員」として入社し、企画部に配属される。地方の大学から入社した唯一の新卒社員だったという。だが会社員生活は性に合わず、ほとんど仕事をすることなく2か月で退社。その後、フリージャズ・ピアニストとして活動し、高木元輝や阿部薫らと共演した。
丸元 淑生(まるもと よしお、1934年2月5日 - 200… 丸元 淑生(まるもと よしお、1934年2月5日 - 2008年3月6日)は、作家、料理研究家。 大分県生まれ。旧制の福岡中学校から、新制の福岡県立福岡高等学校に進み、卒業。東京大学文学部仏文科卒。大学在学中に出版書肆パトリアを創設し、演劇書や島尾敏雄『地の果て』を出すが、1年で倒産、1957年株式会社パトリア書店を創設、刊行した土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』が話題になるも、会社は倒産。 1958年『女性自身』創刊以来フリーライターとして執筆、村上進の筆名で『週刊新潮』に「黒い報告書」も書いた。1965年、『週刊女性』に社外から編集長に抜擢され、松村栄の筆名で読者の悩みに応える「わが愛の悩み」を書いたりして低迷していた部数を盛り返す。
岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 20… 岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 2012年1月21日)は、日本の小説家、国文学者。 福岡県福岡市出身。旧制福岡中学校、旧制福岡高等学校を経て、東京大学文学部仏文学科卒。1954年に東京大学文学部国文科に学士入学。 1955年、「百合の記憶」が「文藝」全国学生小説コンクール佳作第一席として青柳和夫の筆名で『文藝』に掲載される。この時の佳作同期に大江健三郎がいる。1956年に国文科卒業。大学院に入るがほどなく池田亀鑑が死去。翻訳家の平井呈一の姪である瀬山梅子と1957年に結婚。横浜学園高等学校に勤務。 1959年に「壁」で第9回文學界新人賞受賞。1964年に立原正秋が編集長格の同人誌『犀』に参加。
大西 巨人(おおにし きょじん、1916年(大正5年)8月2… 大西 巨人(おおにし きょじん、1916年(大正5年)8月20日 - 2014年(平成26年)3月12日)日本の小説家・評論家。本名は同じく「巨人」と書いて「のりと」。マルクス主義の立場を堅持し、唯物論的観点から個人の尊厳を創作で追究した。小説・批評のいずれにおいても、常に主体を明確にした、論理性を重んじる文体を用いた。 戦後、「近代文学」などに小説・評論を発表。戦後文学・思想の方向性を巡る論争で積極的に発言する。1955年から25年間書き継いだ『神聖喜劇』のほか、『五里霧』(1997年)、『迷宮』(2004年)など。 福岡県福岡市出身。旧制福岡中学校(現・福岡県立福岡高等学校)、旧制福岡高等学校卒業、九州帝国大学法文学部中退。
吉田 俊雄(よしだ としお、1909年〈明治42年〉5月7日… 吉田 俊雄(よしだ としお、1909年〈明治42年〉5月7日 - 2006年〈平成18年〉12月)は、日本の海軍軍人、作家。最終階級は海軍中佐。長崎県佐世保市出身。 旧制福岡中学(現・福岡県立福岡高等学校)より海軍兵学校へ進む。病気のため留年し1931年(昭和6年)11月、123人中41番で卒業した(59期)。 1933年(昭和8年)4月少尉任官、翌年11月中尉、1937年(昭和12年)4月海軍大学校選科学生。この間大尉に進級している。第28駆逐隊附、重巡洋艦「妙高」分隊長を経て、軍令部出仕(3班8課)となり、日蘭会商の随員を務めた。帰国後再び軍令部出仕となり、臨時戦史部に所属。第二次世界大戦中は主に軍令部3部8課に勤務。
花田 清輝(はなだ きよてる、1909年〈明治42年〉3月2… 花田 清輝(はなだ きよてる、1909年〈明治42年〉3月29日 - 1974年〈昭和49年〉9月23日)は、作家・文芸評論家。巧みなレトリックを駆使した文体を特徴とし、映画や演劇の評論も多く手がけ、日本のアヴァンギャルド芸術論の先駆的存在であった。 1909年3月29日、福岡県福岡市東公園に生まれ、一人っ子として育つ。先祖は毛利輝元であり、清輝の曽祖父は黒田藩の右筆で、名前には代々「輝」の字を付ける習いだった。旧制福岡中学(現・福岡県立福岡高等学校)時代は柔道に熱中し、また父ともに短歌を新聞等に投稿していた。 1926年4月、鹿児島の第七高等学校甲類に入学、西田哲学に没入、また寮誌『白光』を創刊し長編詩「樹下石上」などを発表。