スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
緒方 俊則(おがた としのり、1961年 - )は、日本の総… 緒方 俊則(おがた としのり、1961年 - )は、日本の総務官僚。香川大学大学院教授や、内閣府大臣官房審議官、消防庁次長等を経て、危険物保安技術協会理事長。 熊本市熊本市出身。熊本市立城東小学校、熊本市立藤園中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、1985年東京大学法学部卒業、自治省入省。1989年4月自治省行政局公務員部公務員第一課主査。1990年4月岩手県消防防災課長。1994年徳島県総務部財政課長。2003年滋賀県総務部長。2008年自治体国際化協会北京事務所長。 香川大学大学院地域マネジメント研究科教授、自治体国際化協会事務局長、地方公共団体金融機構地方支援部長、地方公務員災害補償基金理事等を歴任し、2015年から内閣府大臣官房審議官(防災担当)兼国土強靭化推進室審議官を務め、熊本地震の政府現地対策本部で指揮を執るなどした。
福島 絵美(ふくしま えみ、1960年10月10日 - )は… 福島 絵美(ふくしま えみ、1960年10月10日 - )は、日本のフリーアナウンサー。2021年までは熊本放送(RKK)アナウンサーだった。 熊本県熊本市出身。尚、RKKの紹介ページでは長らく静岡県三島市出身とされていた(出生地が三島市である)。 福岡県立小倉高等学校を経て熊本県立熊本高等学校、熊本大学教育学部卒業。1983年RKKに入社。 1997年4月から2005年3月までは報道部に所属。 2017年4月から2018年3月迄、報道製作局アナウンス部長をつとめ、2018年4月からはラジオ局専門部長となりアナウンサーと兼任。 2021年3月31日をもって、アナウンサー及びラジオ局専門部長を最後に熊本放送を退職(定年退職)。
池田 博之(いけだ ひろゆき、1960年10月9日 - )は… 池田 博之(いけだ ひろゆき、1960年10月9日 - )は、日本の実業家。近畿大阪銀行代表取締役社長や、りそな銀行代表取締役副社長、東洋テック代表取締役社長、関西経済同友会代表幹事、2025年日本国際博覧会協会副会長等を歴任。 福岡県生まれ。熊本県立熊本高等学校山岳部出身。1983年横浜国立大学経営学部卒業、同年大和銀行入行。2007年りそな銀行執行役員奈良地域担当兼奈良営業本部長。2009年りそな銀行常務執行役兼埼玉りそな銀行取締役兼りそなホールディングス執行役。2010年近畿大阪銀行代表取締役副社長。2011年近畿大阪銀行代表取締役社長兼りそなホールディングス執行役。2013年近畿大阪銀行取締役会長兼りそな銀行代表取締役副社長兼執行役員西日本担当統括。
吉田 賢(よしだ まさる、1960年5月2日 - )はフリー… 吉田 賢(よしだ まさる、1960年5月2日 - )はフリーアナウンサー。2025年5月末日をもって定年退職するまでは日本放送協会 (NHK) のアナウンサーであった。 広島県尾道市で出生の後、親の仕事の関係から[要出典]日本各地を転々とした。熊本県立熊本高等学校を経て早稲田大学商学部を卒業後、1983年にNHKに入局した。 1987年秋場所から 定年退職前最後となる2025年夏場所まで37年半にわたり大相撲中継を担当。初日・中日・千秋楽の実況を務めることも多く、藤井康生、刈屋富士雄とともに平成相撲史の節目節目で実況を担当。好角家として知られるデーモン小暮閣下が2006年初場所の中日にゲスト出演した際には、中入り後の実況を担当した。
藤本 由香里(ふじもと ゆかり、1959年8月13日 - )… 藤本 由香里(ふじもと ゆかり、1959年8月13日 - )は、熊本県に生まれ育った漫画研究家、明治大学国際日本学部教授。元筑摩書房編集者。 マンガ評論や、女性のセクシュアリティ(いわゆるジェンダー論)、家族論、あるいは時事問題を扱う評論家、作家、性(セックス)の研究も行なうリベラル・フェミニスト。文化庁芸術選奨推薦委員。国立国会図書館納本制度審議会委員。「東京都青少年健全育成条例改正を考える会」(同条例反対派団体)代表。自称・風俗評論家として白藤 花夜子(しらふじ かやこ)という別名がある。 編集者として手がけた書籍として『レイプ・男からの発言』(1988年)、『発情装置』(1998年)、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(2000年)、『竹宮惠子のマンガ教室』(2001年)、など多数ある。
守田 憲史(もりた けんし、1959年〈昭和34年〉5月12… 守田 憲史(もりた けんし、1959年〈昭和34年〉5月12日 - )は、日本の政治家、司法書士。元熊本県宇城市長(3期)。元熊本県議会議員(3期)。 熊本県下益城郡小川町(現・宇城市)出身。熊本県立熊本高等学校卒業。1983年、中央大学法学部卒業。 2003年、熊本県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2007年の県議選では自民党公認で立候補し再選。2011年、3選。 2013年2月3日に行われた宇城市長選挙に自民党・公明党推薦で立候補し、現職の篠崎鉄男を破り初当選。 2017年2月5日投開票の同選挙で元法律事務所職員の村上真由子を破り再選。 2021年2月7日投開票の同選挙に自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、元市議の原田祐作を破り3選。
福島 靖正(ふくしま やすまさ、1959年2月24日 - )… 福島 靖正(ふくしま やすまさ、1959年2月24日 - )は、日本の厚生労働技官、医学博士、眼科医。熊本市副市長や、厚生労働省健康局長、医務技監等を経て、国立保健医療科学院名誉院長、三軒茶屋のコミュニティバー「2940」オーナー、福島眼科医院院長、健康・体力づくり事業財団理事、化学及血清療法研究所理事など。 熊本県玉名市生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、1984年熊本大学医学部卒業。ラグビー部出身。女優の宮崎美子は高校・大学の親友で、福島が撮影した宮崎の写真を週刊朝日の企画「篠山紀信が撮る!キャンパスの春」に送ったことがきっかけとなり、宮崎が芸能人となった。 1986年国立公衆衛生院専門課程修了。
宮崎 美子(みやざき よしこ、本名:宮﨑 美子(読み同じ)、… 宮崎 美子(みやざき よしこ、本名:宮﨑 美子(読み同じ)、1958年12月11日 - )は、日本の女優、声優、タレント、元グラビアモデル、歌手。旧芸名、宮﨑 淑子(読み同じ)。熊本県熊本市出身。ホリプロ所属。 幼稚園の頃、父親の転勤で大阪府豊中市、大阪市を経て、大分市へ移住。小学校は豊中市立南桜塚小学校へ入学し、移住に伴い大分市立春日町小学校へ転校して卒業。小学校在学当時からミュージカルやアナウンスなどに興味を持つ。小学生の頃から知識が豊富で、担任の教師が知らない特殊な漢字を知っていたりするなど博学だった。大分大学教育学部附属中学校卒業後、大分県立大分上野丘高等学校に入学。2学年に進級する際、熊本市内に戻り熊本県立熊本高等学校に編入学。
松薗 斉(まつぞの ひとし、1958年5月5日 - )は、日… 松薗 斉(まつぞの ひとし、1958年5月5日 - )は、日本の中世史研究者、愛知学院大学教授。 東京都生まれ。熊本県立熊本高等学校卒業、1981年九州大学文学部国史学科卒業、1988年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。九州大学文学部国史学研究室を経て、1991年愛知学院大学文学部講師となり、1995年助教授、2002年教授。1998年「日記の家 中世国家の記録組織」で九州大学より博士(文学)の学位を取得。2018年4月より2020年3月まで文学部長。2020年4月より図書館情報センター長。
佐竹 健治(さたけ けんじ、1958年 - )は、日本の地震… 佐竹 健治(さたけ けんじ、1958年 - )は、日本の地震学者。東京大学名誉教授。東京大学地震研究所教授・所長を歴任。沈み込みと津波の研究に大きく貢献した。
永江 知文(ながえ ともふみ、1958年 - )は、日本の物… 永江 知文(ながえ ともふみ、1958年 - )は、日本の物理学者。専門はハドロン物理学、原子核物理学。京都大学名誉教授。第75・76期日本物理学会会長。理学博士。 1958年、熊本県八代市にて生まれた。1977年に熊本県立熊本高等学校を卒業した。1981年に東京大学理学部物理学科を卒業し、1986年に同大学院理学研究科の博士課程を修了した。東京大学の助手、東京大学原子核研究所(1997年より高エネルギー加速器研究機構)の助教授・教授を経て、2007年より京都大学の教授に着任した。2019年より2年間、第75・76期日本物理学会会長を務めた。また、核物理懇談会核物理委員長を務めた。2024年に京都大学を定年退職し、同大学および高エネルギー加速器研究機構の名誉教授となった。
甲斐 正彰(かい まさあき、1957年4月20日 - )は、… 甲斐 正彰(かい まさあき、1957年4月20日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省航空局次長や、内閣官房総合海洋政策本部事務局長を経て、空港施設代表取締役会長兼社長、PwCコンサルティングスペシャルアドバイザー。 熊本県熊本市出身。実家は浄土真宗正教寺。熊本県立熊本高等学校を経て、1981年東京大学法学部卒業、運輸省入省。運輸省航空局国際航空課補佐官を経て、1995年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。 国土交通省航空局監理部総務課航空企画調査室長を経て、2001年東京都都市計画局航空政策担当部長。2002年東京都都市計画局特命担当部長。2003年国土交通省総合政策局国際協力課長。同年国土交通省観光部国際観光推進課長。
城本 勝(しろもと まさる、1957年 - )は、日本のジャ… 城本 勝(しろもと まさる、1957年 - )は、日本のジャーナリスト。元日本国際放送代表取締役社長。NHK解説委員室解説副委員長やNHK福岡放送局長を歴任。解説委員としての担当分野は政治。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校を経て一橋大学社会学部を卒業後、1982年NHKに入局し、地元九州・福岡局の記者としてキャリアをスタートさせる。大学及び入局同期に菅康弘がいる。 東京転勤後は報道局政治部記者として経世会、民主党などを担当。広島局選挙担当デスク、本部報道局政治部副部長などを務めた。 2004年から政治担当の解説委員となり、『日曜討論』や『時論公論』など、解説委員室制作の番組に出演。 2009年解説主幹。
上村 英明(うえむら ひであき、1956年12月15日 - … 上村 英明(うえむら ひであき、1956年12月15日 - )は、日本の研究者、政治家、社会運動家。 衆議院議員(1期)、名古屋大学大学院講師、恵泉女学園大学教授、ソーシャル・ジャスティス基金運営委員長、アイヌ民族や琉球民族の先住民族としての国連を支援する市民外交センター(SGC)顧問(元代表)などを歴任。 1956年、熊本県熊本市で生まれる。 1975年、熊本県立熊本高等学校卒業。1979年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1981年、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。 1982年、学習塾(AU英語進学教室)専任講師。同年、NGO市民外交センターを設立して代表になる。 1992年、川崎市によって開設された川崎市平和館で初代の専門調査員を務める。
飯冨 章宏(いいとみ あきひろ、1955年(昭和30年)10… 飯冨 章宏(いいとみ あきひろ、1955年(昭和30年)10月16日 - )は小鼓方大倉流の能楽師で、重要無形文化財総合認定保持者である。 1955年、能楽脇方(高安流)飯冨家長男として熊本県熊本市に生まれる。熊本市在住。熊本県立熊本高等学校、一橋大学を卒業後、1977年(昭和52年)に能楽小鼓入門。「猩々乱」「石橋」「道成寺」「安宅」「定家」「翁頭取」等を披演。 鵜澤壽(人間国宝)、鵜澤速雄並びに大倉源次郎(大倉流十六世宗家・人間国宝)に師事。 (公益社団)能楽協会社員、(社)日本能楽会会員、福岡市能楽協議会 元会長、筑紫女学園大学非常勤講師(日本芸能論)。尚絅大学非常勤講師。現在は福岡県立大濠公園能楽堂をはじめおもに九州各地で活動。
堀江 信彦(ほりえ のぶひこ、1955年8月17日 - )は… 堀江 信彦(ほりえ のぶひこ、1955年8月17日 - )は、日本の雑誌編集者、株式会社コアミックスの代表取締役。作家、実業家。熊本県出身。 熊本県立熊本高等学校を経て、早稲田大学法学部を卒業後の1979年、集英社に入社。『週刊少年ジャンプ』編集部に配属され、江口寿史や原哲夫、北条司、次原隆二などを担当。『北斗の拳』や『シティーハンター』を立案・担当しヒットに導く。 1993年、同誌の5代目編集長に就任。1995年3・4号で653万部の歴代最高部数を達成。その記録は当時のヒット作品による一過性のものと理解しており、次世代の作家を育成するためジャンプ新人海賊杯などを企画した。しかし、同年に終了した『ドラゴンボール』などの穴を埋めるに至らず、発行部数が急激に減少。
嘉悦 朗(かえつ あきら、1955年8月5日 - )は日本の… 嘉悦 朗(かえつ あきら、1955年8月5日 - )は日本の実業家。元・横浜マリノス株式会社代表取締役社長、元・Jリーグ理事。 熊本県出身。1974年熊本県立熊本高等学校卒業。1979年一橋大学商学部卒業、日産自動車株式会社入社。日産自動車では入社以来20年間人事部門を担当した。1988年経営アカデミー人事労務コース修了。1999年カルロス・ゴーン社長による「日産リバイバルプラン」の下で、組織及び意思決定プロセス改革を担当する経営トップ直結の第9クロス・ファンクショナル・チーム・パイロットに就任。2000年4月から人事部主管、2001年4月から組織開発部主管、2002年4月から理事として社内改革にあたった。
星乃 治彦(ほしの はるひこ、1955年 - )は、日本の歴… 星乃 治彦(ほしの はるひこ、1955年 - )は、日本の歴史学者。福岡大学人文学部歴史学科名誉教授。専門はドイツ近現代史、20世紀政治史、反ファシズム運動史、社会主義史、ジェンダー史。博士(文学)・博士(法学)。 1955年熊本県熊本市生まれ。1974年熊本県立熊本高等学校卒業、1978年九州大学文学部史学科卒業、1980年九州大学大学院文学研究科史学専攻(西洋史)修士課程修了、1988年同博士後期課程満期退学。 熊本女子大学文学部専任講師・助教授、(大学名称変更により)熊本県立大学文学部助教授・教授を経て、2003年より福岡大学人文学部教授。2008年同大学院学務委員長(~2014年)。2014年同大学人文学部長(~2018年)。
市川 俊英(いちかわ としひで、1954年9月27日 - )… 市川 俊英(いちかわ としひで、1954年9月27日 - )は、日本の実業家。東京ミッドタウンマネジメント代表取締役社長、三井ホーム代表取締役社長を経て、同社常任相談役兼三井不動産グループ顧問。住宅生産団体連合会副会長、日本ツーバイフォー建築協会会長。藍綬褒章受章。建設事業関係功労者等国土交通大臣表彰受賞。 熊本県八代市出身。八代市立第二中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、1977年一橋大学商学部を卒業し、三井不動産株式会社に入社。人事部門を経て、建築物管理部門を担当。 2003年4月三井不動産株式会社六本木プロジェクト推進部長、2005年4月三井不動産株式会社執行役員六本木プロジェクト推進部長、2005年8月三井不動産株式会社執行役員東京ミッドタウン事業部長。
長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日 - )は、… 長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日 - )は、日本の俳人。熊本県生まれ。 朝日俳壇選者、ネット歳時記「きごさい」代表、俳句結社「古志」前主宰、東海大学文芸創作学科特任教授、神奈川近代文学館副館長。「蛇笏賞」(角川文化振興財団)、「奥の細道文学賞」「ドナルド・キーン大賞」(草加市)選考委員。 新聞社に勤務するかたわら俳人としても活動し、第一句集『古志』(1985年)で注目される。伝統を重んじる俳風。句集に『天球』(1992年)、『虚空』(2002年)、評論に『古池に蛙は飛びこんだか』(2005年)などがある。 中学時代から俳句をはじめ、のちに平井照敏(加藤楸邨門下、「槙」主宰)、飴山實(安東次男に兄事、主宰誌なし)に学ぶ。
夏苅 郁子(なつかり いくこ、1954年 - )は、日本の精… 夏苅 郁子(なつかり いくこ、1954年 - )は、日本の精神科医。 北海道生まれ。父親の転勤で、幼少期から中学時代まで引っ越しが多かった。10歳のとき、母が統合失調症にかかる。家庭を顧みず収入を家に入れぬ父親とは疎遠であり、病んだ母親と二人の孤立した過酷な少女時代を送る。 両親が離婚した後、実家に引き取られた母と会うことを拒む。父の籍に残ることになったがもともと疎遠な父と暮らすことはなく、孤独と絶望から2度の自殺未遂。友人の仲介により母と再会した。その後イラストレーターの中村ユキ著の「我が家の母はビョーキです」という本を読んで、母の統合失調症を真正面から向き合うことにした。 熊本高校から浜松医科大学医学部卒業後、同精神科助手、共立菊川病院、神経科浜松病院を経て、2000年やきつべの径診療所(静岡県焼津市)を開業。
米沢 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2… 米沢 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2006年10月1日)は、日本の漫画評論家、大衆文化評論家、編集者。 コミックマーケット準備会の第2代代表である。有限会社コミケット取締役社長、日本マンガ学会理事、手塚治虫文化賞選考委員、日本オタク大賞審査員なども務めた。「おたく四天王」の一人に挙げられる。愛称は米やん。名字について戸籍上は「米澤」表記であるが、普段は「米沢」表記を使っていた。 妻の英子(えいこ)はサークル「迷宮」以来の仲間。コミックマーケット準備会代表補佐として夫とともに運営に関わり、夫の死後は準備会副代表・有限会社コミケット社長に就任した。英子との間には1男2女の3人の子供がいる。
米澤 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2… 米澤 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2006年10月1日)は日本の漫画評論家、大衆文化評論家、編集者、コミックマーケット準備会の第2代代表である。有限会社コミケット取締役社長、日本マンガ学会理事、手塚治虫文化賞選考委員、日本オタク大賞審査員なども務めた。「おたく四天王」の一人に挙げられる。愛称は米やん。
守田優(もりた まさる、1953年2月23日 - )は、日… 守田優(もりた まさる、1953年2月23日 - )は、日本の水文学者、芝浦工業大学名誉教授。 熊本県熊本市に生まれる。熊本県立熊本高等学校を経て、1976年東京大学工学部土木工学科卒業。1978年同大学大学院修士課程修了、1986年7月「線形応答系としての被圧地下水位変動の解析とその地下水管理への応用に関する基礎的研究」で工学博士(東京大学)。 1978年東京都土木技術研究所にて地盤沈下、地下水、都市河川の研究に従事する。1987年芝浦工業大学講師、1990年同助教授、1996年同教授。芝浦工業大学副学長を務め、2021年退任。
正木 ゆう子(まさき ゆうこ、1952年6月22日 - )は… 正木 ゆう子(まさき ゆうこ、1952年6月22日 - )は、日本の俳人。本姓・笠原。 熊本県熊本市生まれ。熊本県立熊本高等学校、お茶の水女子大学卒業。大学時代の1973年、兄正木浩一に誘われて「沖」入会、能村登四郎に師事。また福永耕二、坂巻純子に親しむ。大学卒業後は広告会社に務め、1977年結婚。1986年、第一句集『水晶体』を私家版で刊行。 1991年、兄浩一が癌により死去、翌年に一周忌を機に遺句集『正木浩一句集』を編集刊行。1994年、第二句集『悠 HARUKA』刊行。1996年、澁谷道に誘われ俳句と連句の同人誌「紫薇」参加。2000年俳論集『起きて、立って、服を着ること』で第14回俳人協会評論賞受賞。
魚住 昭(うおずみ あきら、1951年10月25日 - )は… 魚住 昭(うおずみ あきら、1951年10月25日 - )は、日本のフリージャーナリスト。ノンフィクション作家。講談社ノンフィクション賞受賞。 熊本県八代郡鏡町(現・八代市)出身。熊本大学教育学部附属中学校から熊本県立熊本高等学校に入学。テニス部に入り、高校3年時に国体、インターハイに出場。夏のインターハイでシングルスベスト16に進出した。現役で一橋大学法学部に入学。大学では卒業論文を提出せずに1年間留年し、読書とパチンコをして日々を過ごした。高校時代の同級生に山室信一(元京都大学教授)、大学前期クラスでの同級生に鈴木和宏(検察官、元福岡高等検察庁検事長)や藤巻健史(為替トレーダー、参議院議員)などがいる。
山室 信一(やまむろ しんいち、1951年(昭和26年)8月… 山室 信一(やまむろ しんいち、1951年(昭和26年)8月23日 - )は、日本の歴史学者・政治学者。専門は、近代日本政治史・近代法政思想連鎖史。京都大学名誉教授。「憲法9条京都の会」世話人。 1951年、熊本県熊本市で生まれた。1970年に熊本県立熊本高等学校を卒業し、東京大学法学部政治学科に進んだ。1975年に同大学を卒業。 1975年4月、衆議院法制局参事となった。1978年4月、東京大学社会科学研究所助手に採用された。1983年、東北大学文学部附属日本文化研究施設講師に転じた。1985年に助教授昇格。翌1986年に京都大学人文科学研究所助教授となった。 1998年5月、同教授に昇格。2003年、学位論文『思想課題としてのアジア:基軸・連鎖・投企』を京都大学に提出して法学博士号を取得。
村上 秀徳(村上 秀德、むらかみ ひでのり、1951年4月4… 村上 秀徳(村上 秀德、むらかみ ひでのり、1951年4月4日 - )は、日本の農林水産官僚、外交官。農林水産審議官、チリ駐箚特命全権大使などを務めた。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1974年(昭和49年)東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、農林省(現在の農林水産省)に入省する。1979年オックスフォード大学農業経済学修士、1981年経済局国際部国際協力課技術協力官、1984年外務省在米国大使館一等書記官、経済局国際部貿易関税課国際専門官、1988年国際経済課課長補佐(企画班担当) 、1988年9月林野庁管理部管理課課長補佐(給括) 、1990年6月林野庁業務部業務第二課国有林野総合利用推進室長、1991年8月水産庁漁政部水産流通課水産貿易調整官、1993年8月農蚕園芸局種苗課長、1995年食品流通局品質課長、大臣官房総務課長、総合食料局国際部長、総合食料局長、国際担当総括審議官、農林水産大臣特別補佐官(国際担当)など農水省の国際畑を歩く。
江藤 隆(えとう たかし、1951年 - )は、日本の国土交… 江藤 隆(えとう たかし、1951年 - )は、日本の国土交通技官。千葉市下水道局長や、国土交通省下水道部長、公益財団法人日本下水道新技術機構理事長等を歴任した。 熊本県生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、1976年九州大学大学院工学研究科土木工学専攻修了、建設省入省。1982年建設省中部地方建設局建設専門官。1995年日本下水道事業団計画部計画課長代理。1987年石川県土木部参事兼下水道室長。1989年石川県土木部下水道課長。1990年建設省都市局下水道部下水道企画課長補佐。1992年日本下水道事業団技術開発研修本部技術開発部技術開発課長。1993年日本下水道事業団業務部援助課長。1994年日本下水道事業団工務部工務課長。
本田 英一(ほんだ えいいち、1950年12月22日 - )… 本田 英一(ほんだ えいいち、1950年12月22日 - )は、日本の実業家。コープこうべ理事長、日本生活協同組合連合会会長。 福岡県出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1974年神戸大学法学部卒業、灘神戸生活協同組合(現コープこうべ)入職。1997年経営企画室長。2001年常任理事に昇格。2005年常務理事。2007年専務理事。2011年組合長理事。2011年兵庫県生活協同組合連合会会長理事。2015年日本生活協同組合連合会副会長。2017年から日本生活協同組合連合会代表理事会長を務め、第2次中期方針に則し、行政との連携などにあたった。
芹川 洋一(せりかわ よういち、1950年4月22日~ )は… 芹川 洋一(せりかわ よういち、1950年4月22日~ )は、日本の政治ジャーナリスト、日本経済新聞社客員編集委員、日本生産性本部上席フェロー、東海大学客員教授。 1950年4月22日、熊本県熊本市生まれ、熊本市立白川中学校卒業、69年熊本県立熊本高校卒業。1975年東京大学法学部政治コース、76年公法コース卒業、同大学新聞研究所修了。 76年日本経済新聞社に入社、静岡支局に配属。79年~2005年政治部所属、編集委員、次長、政治部長(01年~05年)。06年~08年大阪編集長などを経て、11年論説委員長、16年論説主幹、18年論説フェロー、24年客員編集委員。 BSテレ東番組『NIKKEI日曜サロン』キャスター(18年10月~24年3月) 19年度日本記者クラブ賞受賞[1] 1.2019年4月26日日経https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44259300W9A420C1CR8000/ 2.日経BOOKプラス https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/23/08/04/00940/ 3.NIKKEI 150th KEY PERSONS https://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/about/ourhistory/key-persons/toshie-obama.html
星子 誠一(ほしこ せいいち、1950年4月9日 - )は、… 星子 誠一(ほしこ せいいち、1950年4月9日 - )は、日本の編集者、実業家。元「Viva Rock」「SHOXX」「Création」「Zy.」創刊編集長。編集プロデューサー、クリエイティブ・ディレクター、イベントプロデューサーでもある。
北里 敏明(きたざと としあき、1949年11月16日 - … 北里 敏明(きたざと としあき、1949年11月16日 - )は、日本の自治官僚。石川県総務部長や、京都市副市長、内閣府大臣官房審議官、消防庁次長等を歴任した。 熊本県熊本市生まれ。1955年熊本大学教育学部附属幼稚園卒園。1961年熊本大学教育学部附属小学校卒業。1964年熊本大学教育学部附属中学校卒業。1967年熊本県立熊本高等学校卒業。1972年東京大学法学部卒業、自治省入省。1980年ハーバード大学ハーバード・ロー・スクール修了、LL.M.。石川県総務部長、京都市副市長、内閣府大臣官房審議官、消防庁次長等を歴任したのち、2004年には自由民主党から第20回参議院議員通常選挙に立候補したが落選。
芳賀 義雄(はが よしお、1949年8月1日 - )は、日本… 芳賀 義雄(はが よしお、1949年8月1日 - )は、日本の実業家。日本製紙グループ本社代表取締役社長、日本製紙代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。元日本製紙連合会会長。 熊本県熊本市寺原(現中央区壺川)生まれ。父はNTTの職員。1968年熊本県立熊本高等学校卒業。1972年熊本大学工学部工業化学科卒業。1974年熊本大学大学院工学研究科修士課程修了、十條製紙(現日本製紙)入社、八代工場配属。研究・技術部門を担当し、デュッセルドルフ駐在を経て、1995年日本製紙石巻工場原質部長。1997年小松島工場工務部長。2000年勿来工場工務部長。2002年小松島工場長。2004年取締役企画本部長代理兼経営企画部長。
佐藤 洋二(さとう ようじ、1949年7月14日 - )は日… 佐藤 洋二(さとう ようじ、1949年7月14日 - )は日本の実業家。双日代表取締役社長・最高経営責任者、代表取締役会長を務めた。元日本貿易会副会長。 熊本県熊本市川尻生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、1973年長崎大学経済学部卒業、日商岩井(現双日)入社。2003年執行役員に昇格。2004年合併後の双日で常務執行役員に就任。2005年から取締役常務執行役員 CFOを、2006年からは取締役専務執行役員 CFOを、2008年からは代表取締役副社長執行役員 CFOを務め、有利子負債の削減など財務強化にあたった。2012年から双日代表取締役社長 CEOを務め、資源価格の低迷が続く中、非資源部門の拡大を進めた。
ダーティ・松本(ダーティ・まつもと、1949年 - )は、 … ダーティ・松本(ダーティ・まつもと、1949年 - )は、 日本の漫画家。成人向け漫画を主に執筆している。 ダーティー・松本、ダーティー松本、ダーティ松本など表記ブレが多いが本人も明言しているようにダーティ・松本が正しい。DCプロジェクト通販の口座名義もダーティ・松本である。久保書店から発売されている単行本は、最初に”ダーティ松本”と間違った表記をしてしまい、以後の刊行物もそれと合わせるためあえてそのままになっている。 熊本県熊本市出身、熊本市立川尻小学校、熊本大学教育学部附属中学校を経て、熊本県立熊本高等学校に入学。1970年(昭和45年)にさいとう・プロダクションに入社するが半年ほどで退社。
根占 献一(ねじめ けんいち、1949年 - )は、日本のル… 根占 献一(ねじめ けんいち、1949年 - )は、日本のルネサンス文化史・思想史研究者。学習院女子大学名誉教授。現在、星槎大学講師(非常勤)。 玉名市立玉名中学校、熊本県立熊本高等学校、早稲田大学第一文学部(西洋史)を経て、早稲田大学大学院文学研究科修士課程に進み、同大学院同研究科博士課程満期退学。同大学、大学院では歴史家鈴木成高、ドイツ近代史家村岡晢、西欧中世史家野口洋二の指導を受ける。博士(文学)(早稲田大学)。 江戸時代、系譜上、加治木島津家の配下にあった家門に属し、名字の本貫地が鹿児島県の史的地名(禰寝[根占] 旧根占町)に由来するため、その歴史にも取り組む。中世の豪族根占氏や根占氏直系で幕末・明治初頭の重要人物のひとり小松帯刀への関心はその一環である。
中山 修一(なかやま しゅういち、1948年12月- )は、… 中山 修一(なかやま しゅういち、1948年12月- )は、日本のデザイン史家。神戸大学名誉教授、博士(学術)、英国の王立芸術協会会員(FRSA)。 1948年12月に熊本県熊本市に生まれ、熊本県立熊本高等学校を経て、東京教育大学農学部林学科木材工学専攻(現在の筑波大学生命環境学群生物資源学類)を卒業。続いて東京教育大学大学院教育学研究科修士課程美術学(工芸・工業デザイン)専攻(現在の筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術専攻)を修了する。 1974年4月、助手として神戸大学教育学部(発達科学部への改組を経て現在は国際人間科学部)に職を得、その後、講師、助教授、教授を歴任。在職中の役職としては神戸大学附属図書館の副館長を務める。
下斗米 伸夫(しもとまい のぶお、1948年11月3日 - … 下斗米 伸夫(しもとまい のぶお、1948年11月3日 - )は、日本の政治学者。法学博士(東京大学・課程博士・1978年)。法政大学名誉教授。専攻は、比較政治、ロシア・CIS政治、ソ連政治史。「旧ソ連・ロシア研究の第一人者」、「ロシア政治研究の第一人者」と称される。 1948年、北海道札幌市生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、1971年に東京大学法学部を卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程に進学し、渓内謙に師事した。1978年に、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士。学位論文は「ソビエト労働組合(1925年-1928年)伝達紐帯の政治構造」。 同年、成蹊大学法学部専任講師に就任し、1985年、同大学法学部教授を経て、1988年から2019年まで法政大学法学部教授。
木村 康(きむら やすし、1948年(昭和23年)2月28日… 木村 康(きむら やすし、1948年(昭和23年)2月28日 - )は、日本の石油実業家、元石油連盟会長。日産自動車取締役会議長、国際石油開発帝石社外取締役、ENEOSホールディングス株式会社特別理事、元代表取締役会長、元JX日鉱日石エネルギー株式会社代表取締役社長・会長。元一般財団法人石油エネルギー技術センター理事長。
松永 澄夫(まつなが すみお、1947年12月4日 - )は… 松永 澄夫(まつなが すみお、1947年12月4日 - )は、日本の哲学者、東京大学名誉教授。専攻はフランス哲学、言語論、社会哲学。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校から1966年東京大学理科一類入学、1968年理学部生物化学科進学、1970年文学部哲学専修課程転学、1971年同卒業、1973年同大学院人文科学研究科修士課程修了、1975年博士課程中途退学、関東学院大学文学部専任講師、1978年助教授、1979年九州大学教養部助教授、1985年東京大学文学部助教授、1993年教授、2010年定年を前に退任、立正大学文学部哲学科教授。2018年同大学を退任。 2008年共編『哲学の歴史』で毎日出版文化賞受賞。
八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )… 八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )は、日本の著作家、埋蔵金ハンター。日本トレジャーハンティング・クラブ代表。 熊本県熊本市出身。熊本大学教育学部附属小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校を経て立教大学社会学部を卒業。その後学研に勤務し、1983年に退職してくもん出版に勤務。1992年退職。作家として、ライフワークのトレジャーハンティングに関する著述を続けるとともに、科学ジャーナリストとして、おもに子どもを対象とした講演や実験教室なども行っている。最近は自身の成長期にあたる昭和30年代の思い出を題材とした執筆活動も始めている。 1974年より、熊本県天草下島で天草四郎の軍用金探しを始めたことがきっかけで、日本の埋蔵金研究の第一人者であった畠山清行との交流が始まり、1977年より畠山を手伝う形で徳川幕府御用金(通称・徳川埋蔵金)の調査を始める。
野島 一彦(のじま かずひこ、1947年5月 - )は、日本… 野島 一彦(のじま かずひこ、1947年5月 - )は、日本の臨床心理学者。臨床心理士・公認心理師・日本集団精神療法学会認定グループサイコセラピスト / スーパーバイザー。博士(教育心理学)(九州大学)。九州大学名誉教授。元日本心理臨床学会理事長。 九州大学村山正治門下。専門は来談者中心療法と、エンカウンター・グループ。 エンカウンター・グループの実践と研究を長年にわたって続けている(東の國分・西の野島と称されることもある)。その経験から、エンカウンター・グループのファシリテーター論を展開し、その成果は『エンカウンター・グループのファシリテーション』(ナカニシヤ出版)にまとめられた。なお、エンカウンター・グループに関しては、指導するゼミ生による研究も盛んで、九州大学心理学研究、九州大学心理臨床研究にほぼ毎号掲載されている。
黒土 三男(くろつち みつお、1947年(昭和22年)3月3… 黒土 三男(くろつち みつお、1947年(昭和22年)3月3日 - 2023年(令和5年)3月25日)は、日本の脚本家・映画監督。熊本県熊本市出身。 熊本県立熊本高等学校、立教大学法学部を卒業後、木下惠介プロダクションの助監督となる。2年間の勤務を経てフリーの脚本家となる。 1978年(昭和53年)TBS系で放送された『コメットさん』でTV脚本家としてデビューした。 1988年「とんぼ」「うさぎの休日」などで第7回向田邦子賞受賞。 1989年(平成元年)『オルゴール』で映画監督デビュー。自身がメガホンを取った作品は全て自らが脚本を手がけている。 山田洋次監督作品映画『幸福の黄色いハンカチ』で脚本家の一人として参加し、以来、木下惠介とともに山田洋次を師として仰ぐ。
西田 典之(にしだ のりゆき、1947年〈昭和22年〉3月2… 西田 典之(にしだ のりゆき、1947年〈昭和22年〉3月2日 - 2013年〈平成25年〉6月14日)は、日本の法学者。専攻は刑法。東京大学名誉教授。熊本県熊本市出身。 元日本刑法学会理事長。平野龍一門下。 元々は九州大学を志望していたが、両親の希望に沿い東京大学文科I類に入学。在学中に司法試験に合格し、卒業後は弁護士になるつもりであったが、大学側から誘いがあったため、研究者として大学に残ることを選択した。 2013年6月14日、心不全のため死去。66歳没。 その刑法学説は、師の平野と同じく結果無価値論を基本とする。出世作は、後掲『共犯と身分』である。この点に関し、判例は、刑法65条1項を真正身分犯についての規定、2項を不真正身分犯についての規定と解していたが、平野は真正身分は違法身分であるから連帯的に作用し、不真正身分犯は責任身分であるから個別的に作用すると解していた。
魚住 勉 (うおずみ べん、1947年1月1日 - )は、日… 魚住 勉 (うおずみ べん、1947年1月1日 - )は、日本のコピーライター、作詞家。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 1983年に女優の浅野温子と結婚。長男は元NHKアナウンサーの魚住優。 日本デザインセンター、サン・アド勤務を経て1979年に独立。コピーライターとして伊勢丹、丸井、小学館、パルコ、サントリー、キリンビール、高橋酒造など数多のCM・ポスターのコピーを担当する。かつては糸井重里、仲畑貴志、川崎徹らと共に″コピーライター四天王″と呼ばれていた。 東京コピーライターズクラブ賞、東京アートディレクターズクラブ賞ほか多くのグランプリを受賞している。 作詞家としては、作曲家の馬飼野康二とのコンビで葵司朗&日野美歌「男と女のラブゲーム」、児島未散「ジプシー」、WANDS「もっと強く抱きしめたなら」(上杉昇との共作) などのヒット曲がある。
原 聰(原 聡、はら さとし、1947年(昭和22年) - … 原 聰(原 聡、はら さとし、1947年(昭和22年) - )は、日本の外交官。ブルネイ駐箚特命全権大使、ポルトガル駐箚特命全権大使、関西担当特命全権大使を歴任した。 熊本県大津町出身。熊本県立熊本高等学校を経て、京都大学法学部を卒業。1970年(昭和45年)外務省に入省。イギリスに留学し、オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジを修了。外務省本省では中国課首席事務官、安全保障政策室室長、西欧第二課課長などを歴任。在外公館では、マレーシア、英国、クウェート、カナダ、南アフリカ共和国の各日本大使館に勤務。
宇都宮 健児(うつのみや けんじ、1946年〈昭和21年〉1… 宇都宮 健児(うつのみや けんじ、1946年〈昭和21年〉12月1日 - )は、日本の弁護士、公益活動家、政治活動家。多重債務問題、消費者金融問題の専門家。 日本弁護士連合会会長(2010年 - 2011年度)、日弁連消費者問題対策委員会委員長、東京弁護士会副会長などを歴任。 現在は週刊金曜日編集委員、全国ヤミ金融対策会議代表幹事、オウム真理教犯罪被害者支援機構理事長、反貧困ネットワーク代表、年越し派遣村名誉村長。TPP阻止国民会議副代表世話人、のりこえねっと(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)共同代表。 愛媛県東宇和郡高山村(現:西予市明浜町)田之浜に傷痍軍人の長男として生まれる。
岩下 栄一(いわした えいいち、1946年7月23日 - )… 岩下 栄一(いわした えいいち、1946年7月23日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の熊本県議会議員(通算8期)。元衆議院議員(1期)。 熊本市立帯山中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、早稲田大学を卒業し、同大学院修了(政治学修士)。 その後、日本学術振興会に勤務。1972年、河野洋平文部政務次官の秘書を兼務。 1976年、河野洋平を支え新自由クラブ結成に参画。全国遊説部長、政策委員を務める。1979年、熊本県議会議員選挙初当選(最年少32歳・新自由クラブ公認)。1983年、河野洋平の秘書に復帰する。1985年、国務大臣科学技術庁長官秘書官。1987年、熊本県議会議員選挙当選(自由民主党公認)。
春日 豊彦(かすが とよひこ、1946年(昭和21年)1月1… 春日 豊彦(かすが とよひこ、1946年(昭和21年)1月11日 - 2020年(令和2年)4月)は、日本の実業家。 御木本美隆と養子縁組をしていた間の姓は御木本(みきもと)で、ミキモトの社長、一般社団法人日本真珠振興会会長などを歴任した。 1946年(昭和21年)に生まれた。熊本県立熊本高等学校を経て、1968年(昭和43年)上智大学外国語学部英語学科卒業。学生時代には、カナダの証券会社でのインターンや、日本一周ヒッチハイク、世界一周バックパックの旅等を経験。大学卒業後は、商社に勤務。また、私生活においては、ミキモト社長本間利章の娘である本間香と結婚することになった。なお、香はミキモト創業者である御木本幸吉の曾孫であり、香の伯父はミキモト創業家当主の御木本美隆である。