スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
ケムナ 誠(ケムナ まこと、本名:ケムナ ブラッド 誠、英:… ケムナ 誠(ケムナ まこと、本名:ケムナ ブラッド 誠、英: Brad Makoto Kemna、1995年6月5日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 アメリカ人の父と日本人の母を両親に持ち、アメリカ合衆国ハワイ州で生まれ、3歳から日本に移り住み5歳から高校卒業までを宮崎県日南市で過ごした。 小学校6年から野球を始め、日南市立油津中学校では軟式野球部に所属。日南高校の硬式野球部に入ったのは2年から。3年春から本格的に投手に転向するも最後の夏は地方大会で初戦敗退。 日本文理大学では2年春からリーグ戦に登板。大学では先発、中継ぎ、抑えと全てのポジションを経験。
濱田 真和(はまだ まなと、1987年3月16日 -)は、日… 濱田 真和(はまだ まなと、1987年3月16日 -)は、日本の俳優・脚本家・演出家。高知県南国市出身。 2014年にコミュニティ「Superendroller」を立ち上げ、代表を務める。 所属事務所はU.F.O.カンパニー。 高知、熊本、山口、宮崎、福岡で育ち、東京へ上京。ヴィンセント・ギャロみたいになりたいと語っている。日南高校、大村美容専門学校卒業。 子猫の野良猫を拾い、飼っていて、最大の癒しだと語っている。美容室のSHIMAで働いていた事がある。 2013年にエドガー・アラン・ポーの世界最初の推理小説モルグ街の殺人を原作に脚本・出演した舞台『Moonlight Rambler〜月夜の散歩人〜を上演』(主演:本郷奏多)。
紗池 晃久(さいけ あきひさ、1976年〈昭和51年〉10月… 紗池 晃久(さいけ あきひさ、1976年〈昭和51年〉10月25日 - )は、日本の漫画家。宮崎県日南市出身、宮崎県立日南高等学校普通科卒。血液型はO型。2020年に改名するまで、池田 晃久名義で活動。英語用名義はAkissa Saiké。 2002年(平成14年)に池田晃久名義により『月刊少年ジャンプ』3月号から連載を開始した『綺流斗』でデビュー。集英社の『月刊少年ジャンプ』とその後継『ジャンプスクエア』を中心に活動しており、代表作に『ロザリオとバンパイア』がある。紗池晃久名義で『少年ジャンプ+』にて『GHOST GIRL ゴーストガール』を連載中。 1976年(昭和51年)に宮崎県に生まれる。
池田 晃久(いけだ あきひさ、1976年(昭和51年)10月… 池田 晃久(いけだ あきひさ、1976年(昭和51年)10月25日 - )は日本の漫画家。宮崎県日南市出身[4]、宮崎県立日南高等学校普通科卒。血液型はO型。
外山 斎(とやま いつき、1976年4月23日 - )は、日… 外山 斎(とやま いつき、1976年4月23日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。選挙活動などでは外山イツキの表記も使用している。 宮崎県日南市生まれ。宮崎県立日南高等学校卒業後、イギリスのエセックス大学社会学部に留学した(卒業論文のテーマは日本の部落差別)。 2005年、大学に籍を置いたまま帰国し、松下新平参議院議員の秘書を経て、第44回衆議院議員総選挙に民主党公認で宮崎3区から出馬するが、無所属の古川禎久(郵政民営化法案の採決で反対票を投じたため自由民主党の公認を得られず)、自民党公認の持永哲志に敗れ、得票数最下位で落選。その後大学を中退し、2006年に非議員ながら民主党宮崎県連副代表・青年局長に就任。
榎木田 朱美(えのきだ あけみ、1970年2月21日 - )… 榎木田 朱美(えのきだ あけみ、1970年2月21日 - )は、日本の会社役員・アナウンサー。テレビ宮崎(UMK)代表取締役社長。 宮崎県日南市大堂津出身。宮崎県立日南高等学校、宮崎大学教育学部卒業後、1992年にUMK入社。 趣味はバレーボール、読書、音楽鑑賞、古着チェックなど。 私生活では2007年3月に結婚。2009年1月より産休に入り、同年2月12日に女児を出産。10月から職場復帰した。 同局ではアナウンス部部長、編成業務局局長、メディア推進局局長、報道制作局長、コンテンツプロデュース局長などを歴任し、2023年に取締役に就任。 2025年6月20日のテレビ宮崎定時株主総会及び取締役会の決議を経て、寺村明之の後任として同局代表取締役社長に就任した。
佐藤 和史(さとう かずひと、1962年2月6日 - )は、… 佐藤 和史(さとう かずひと、1962年2月6日 - )は、宮崎県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 日南高から、1979年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから3位指名を受け入団。 投手として入団したが、プロ4年目の1983年から内野手に転向し、7年目の1986年に一軍初出場を果たす。初出場した試合は有藤道世の引退試合であり、三遊間を組んだ。 1990年に初スタメンで起用された試合で11年目にしてプロ初ヒットを記録した。1992年のシーズン途中に現役を引退し、二軍コーチに就任し、1994年まで務めた。
西山 利佳(にしやま りか、1961年 - )は、日本の児童… 西山 利佳(にしやま りか、1961年 - )は、日本の児童文学評論家。児童文学研究者。青山学院大学コミュニティ人間科学部准教授。宮崎県高千穂町生まれ。 1980年に宮崎県立日南高等学校を卒業後、都留文科大学国文学科に学ぶ。大学3年時に日本児童文学者協会主催「夏のゼミナール」に参加し、以降、日本児童文学者協会有志による「児童文学評論研究会」に参加。1986年、東京学芸大学大学院教育学研究科国語教育専攻修士課程修了。1987年から城西大学附属城西中学校・高等学校、翌1988年からは日本児童教育専門学校で教鞭をとる。 青山学院女子短期大学子ども学科准教授を経て、2022年青山学院大学コミュニティ人間科学部コミュニティ人間科学科准教授。
髙橋 透(たかはし とおる、1960年〈昭和35年〉9月6日… 髙橋 透(たかはし とおる、1960年〈昭和35年〉9月6日 - )は、日本の政治家。宮崎県日南市長(2期)。元宮崎県議会議員(5期)。 宮崎県日南市酒谷に生まれる。1979年3月、宮崎県立日南高等学校卒業。1980年4月、日南市役所入庁。その後連合県南地協事務局長、日南市職労執行委員長を努める。 2003年4月、第15回統一地方選挙の一環で行われた宮崎県議会議員選挙に社民党公認で立候補し初当選。2019年4月16日、5選。 2020年11月2日、任期満了に伴う日南市長選挙に立候補する意向を表明した。 2021年4月18日執行の日南市長選挙に連合宮崎の推薦を受けて立候補。崎田恭平市政の刷新を掲げ、自民党・公明党の推薦を受けた前市産業経済部長の黒岩保雄を破り初当選した。
﨑村 忠士(さきむら ただし、1953年7月29日 - )は… 﨑村 忠士(さきむら ただし、1953年7月29日 - )は、日本の実業家。シナネンホールディングス代表取締役社長を経て、同社取締役会長、全国LPガス協会副会長。 宮崎県日南市大堂津の豆腐屋の家に生まれる。母方の実家は醤油屋。船酔いのため商船学校進学をあきらめ、宮崎県立日南高等学校を経て、1976年横浜市立大学商学部卒業。ラグビー部出身。1976年品川燃料入社。2007年シナネン執行役員兼シナネン関東ガス販売代表取締役社長。2008年シナネン取締役。2012年シナネン代表取締役社長。2015年には持株会社化を行い、商号変更したシナネンホールディングス代表取締役社長に就任。2019年シナネンホールディングス取締役会長。
甲斐 和雄(かい かずお、1949年1月9日 - )は、宮崎… 甲斐 和雄(かい かずお、1949年1月9日 - )は、宮崎県日南市出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 日南高校では1966年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、宮崎大宮高に延長16回の熱戦の末に敗退、南九州大会進出を逸する。1966年第1次ドラフト会議で西鉄ライオンズから3位指名を受け、入団。 大型遊撃手として期待され、1970年には25試合に先発出場を果たす。翌年も一軍で活躍するも、1973年に藤井信行との交換トレードでロッテオリオンズへ移籍。飯塚佳寛、千田啓介と遊撃手の定位置を争うが同年限りで引退した。
坂元 裕一(さかもと ゆういち、1948年11月22日 - … 坂元 裕一(さかもと ゆういち、1948年11月22日 - )は、日本の政治家。自民党所属の元宮崎県議会議員(6期)。 宮崎県日南市生まれ。宮崎県立日南高等学校、拓殖大学政経学部政治学科卒業。在学中は雄弁会に所属し、学生自治会委員長を経験した。1974年に日南市議会議員に当選し3期務めた後、1987年より宮崎県議会議員。 2003年から2007年まで宮崎県議会議長を務めた。元タレントの東国原英夫が宮崎県知事に当選後、初登庁して議長室を訪れた模様がテレビ放映された。その際の対応が「横柄だ」などと県民から非難の電話を受けた。 その一方、このことはテレビ局の編集による印象操作であったと主張している。 2007年5月、議長退任後に自由民主党宮崎県連会長に就任した。
丸山 昇一(まるやま しょういち、1948年4月6日 - )… 丸山 昇一(まるやま しょういち、1948年4月6日 - )は、日本の脚本家。映画『野獣死すべし』やテレビドラマ『探偵物語』で知られる。宮崎県南那珂郡出身。 兄と姉は年齢が離れており、本人曰く「一人っ子同然に育てられた」。『年鑑代表シナリオ集』(1964年版)に掲載されていた新藤兼人『鬼婆』を読み、シナリオライターを志す。高校の演劇で戯曲を2本書いたことが地元の新聞に載り、「日本演劇界の天下を取るには」ということで上京。芝居を見まくる学生時代を過ごす。 日本大学芸術学部を卒業。大学の卒業シナリオ「三匹のガニ股」が映画学科主任賞を受賞。大学卒業後はオートスライド(CM・社内教育用スライド)製作会社に就職。
谷口 義幸(たにぐち よしゆき、1943年(昭和18年)5月… 谷口 義幸(たにぐち よしゆき、1943年(昭和18年)5月6日 - 2017年(平成29年)1月8日)は、日本の政治家。宮崎県日南市長(新市制、1期)。 宮崎県立日南高等学校、岡山大学農学部卒業。衆議院議員公設秘書を15年つとめたのち、学生支援にとりくむ民間企業に勤務。 2004年(平成16年)、旧日南市長選挙に出馬し当選。同年7月20日に第15代旧日南市長に就任。2008年(平成20年)6月29日執行の同市長選において2期目の当選。 2009年(平成21年)3月30日、旧制の日南市が北郷町、南郷町と合併して新しい日南市が誕生する。それに伴って同年4月26日執行の日南市長選挙に出馬し、当選。 2013年(平成25年)4月14日執行の日南市長選挙に出馬するも、前宮崎県職員の崎田恭平に敗れ、落選。
山田 忠男(やまだ ただお、1942年8月20日 - 199… 山田 忠男(やまだ ただお、1942年8月20日 - 1999年5月31日)は、宮崎県日南市油津出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手。 日南高校では1960年夏の甲子園県予選準決勝に進出するが、都城都島高に敗れ南九州大会へは進めなかった。1961年に大洋ホエールズへ入団。 大洋の捕手陣には土井淳、伊藤勲らがおり、活躍の場は少なかったが、1968年には伊藤に次ぐ二番手捕手として17試合に先発マスクを被る。1971年限りで引退した。 1999年5月31日に死去。享年56。
北川 昌典(きたがわ まさのり、1931年(昭和6年)11月… 北川 昌典(きたがわ まさのり、1931年(昭和6年)11月20日 - 2019年(令和元年)10月25日)は、日本の政治家。位階は従四位。日本社会党衆議院議員(1期)、日南市長(2期)。 高知県・宮崎県出身。1950年、宮崎県立日南高等学校卒業。日南市職組書記長、日南市議(3期)、宮崎県議(3期)を経て、1990年の総選挙で旧宮崎2区から立候補して初当選。1993年の総選挙に落選。1996年、日南市長に当選。2期務めた。2005年、旭日中綬章受章。 2019年10月25日午前4時5分、胆管がんのため日南市の病院で死去。87歳没。死没日をもって従四位に叙される。
酒井 祐春(さかい すけはる、1928年 - 1998年10… 酒井 祐春(さかい すけはる、1928年 - 1998年10月15日)は、日本の作詞家。宮崎県出身。 宮崎県南那珂郡吾田村(現在の日南市)一里松出身。旧制飫肥中学校を卒業後、小学校教員を経て書店兼文具店を開業する。店舗は後に酒販業へ転換したが、この頃から文学に興味を持ち1964年(昭和38年)に県が再置80周年記念事業として懸賞募集した2代目「宮崎県民歌」に応募作が一等入選で採用された。 その後は主に標語の分野で活動していたが、作詞分野では都城市茶業協議会の選定で作成され都はるみの歌唱で日本コロムビアからレコードが発売された「都城茶音頭」で入選したのをはじめ、大分県立大分工業高等学校の校歌を手掛けている。
鬼束 ちひろ は、日本の女性シンガーソングライター。2013… 鬼束 ちひろ は、日本の女性シンガーソングライター。2013年からは鬼束ちひろ & BILLYS SANDWITCHESのボーカルとしても活動。妹は舞踊家で女優の鬼束桃子。CDの総売上枚数は415万枚以上。所属事務所は自身が代表を務めるNAPOLEON RECORDS所属。
DJ POCKY(ディージェイ ポッキー、本名・坂元 誠一:… DJ POCKY(ディージェイ ポッキー、本名・坂元 誠一:さかもと せいいち)は、宮崎県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー・ディスクジョッキー。 宮崎県のほかにも鹿児島県、福岡県、長崎県、佐賀県、東京都、ハワイでラジオ、テレビをメインにCMナレーター、講演会など幅広く活躍中。 宮崎県日南市飫肥に生まれる。飫肥小、飫肥中学校、宮崎県立日南高等学校卒業後、アメリカ・ノースカロライナ州メソジスト大学に留学。アメリカ在住時に聴いたラジオ番組をきっかけにDJを志すようになる。1985年帰国、英語塾講師を経てエフエム宮崎のDJとして『サザンウインド』でデビュー。看板大人気番組『トワイライトステーション』のメインパーソナリティを10年以上務め、『ポッキーのスーパーレディオクラブ』など数々の名番組を生み出した。
西島 英利(にしじま ひでとし)は、日本の政治家、精神科医。… 西島 英利(にしじま ひでとし)は、日本の政治家、精神科医。北九州市にある医療法人財団小倉蒲生病院理事長。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。 宮崎県立日南高等学校を経て日本医科大学卒業後、福岡県内の大学病院での勤務を経て小倉蒲生病院勤務となる[要出典]。やがて病院開設者の婿養子となり、1984年(昭和59年)に理事長職を継いだ[要出典]。その後は地元医師会の幹部を歴任し、1998年(平成10年)より日本医師会常任理事[要出典]。 2004年(平成16年)7月、第20回参議院議員通常選挙に比例区から立候補し初当選。当選後は、現役の医師議員として厚生労働関係を中心に活動した。2010年(平成22年)7月11日の第22回参議院議員通常選挙にも再選を目指し、日本医師連盟と各地の医師政治連盟からの推薦を集め立候補したものの、前年の第45回衆議院議員総選挙で落選した人物などが多数立候補し、特に党内でトップ5を女性が占めていた状況で、知名度不足のため個人票を集めることができず落選した。