スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山口 広(山口 廣、やまぐち ひろし、1949年6月26日 … 山口 広(山口 廣、やまぐち ひろし、1949年6月26日 - )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会所属。全国霊感商法対策弁護士連絡会代表世話人(元事務局長)、元日弁連消費者問題対策委員会委員長。東京共同法律事務所所属。宗教法学会会員。宗教と社会学会会員。 福岡県生まれ。福岡教育大学附属久留米小学校・中学校、ラ・サール高等学校を経て、1972年3月東京大学法学部卒業。1975年司法試験合格。1978年司法修習修了(30期)。元全共闘のメンバーで、成田闘争第二要塞事件等の裁判を担当、また旧ソ連のスパイ事件に関連したレフチェンコ事件裁判では旧社会党側の弁護をした。 早くから消費者問題に関心を持ち、世界基督教統一神霊協会(統一教会、統一協会)などカルト被害者救済の第一人者で、1987年に全国霊感商法対策弁護士連絡会が結成されて以来、事務局長として取り組んできた(現在は代表世話人のひとり)。
上田 良一(うえだ りょういち、1949年5月23日 - )… 上田 良一(うえだ りょういち、1949年5月23日 - )は、日本の実業家。米国三菱商事代表取締役社長、三菱商事代表取締役副社長、NHK経営委員会常勤委員兼監査委員長、第22代日本放送協会(以下NHK)会長、アジア太平洋放送連合会長 等を歴任。 長崎県島原市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、三菱商事株式会社に入社。機械管理部、主計部、フランス語研修生を経て、フランス・INSEADに留学し経営学修士(MBA)の学位を修得。資材管理部、ニューヨーク米国三菱商事会社、資本市場部、職能担当役員付を経て、1999年リスクマネジメント部長。2000年参与・経営企画部に昇格。2002年からコントローラー、2003年から執行役員コントローラー。
川村 秀三郎(かわむら ひでさぶろう、1949年2月8日 -… 川村 秀三郎(かわむら ひでさぶろう、1949年2月8日 - )は、日本の政治家。前衆議院議員(1期)。元林野庁長官。宮崎県東諸県郡綾町出身。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒。
松山 良一(まつやま りょういち、1949年 - )は日本の… 松山 良一(まつやま りょういち、1949年 - )は日本の実業家、外交官。イタリア三井物産社長、三井物産理事兼九州支社長、駐ボツワナ特命全権大使などを経て、独立行政法人国際観光振興機構理事長。学校法人国際大学 理事及び評議員。GLOCOM所長。 鹿児島県鹿児島市出身。1968年ラ・サール高等学校卒業。1972年東京大学経済学部を卒業し、三井物産入社。 1995年イタリア三井物産社長、1997年から在イタリア日本人商工会議所会頭。1999年三井物産広報室長、2001年三井物産情報総括部長兼営業事業部長、2004年米国三井物産副社長兼情報産業本部長、2005年三井物産九州支社長、2006年三井物産理事兼九州支社長。
稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年〈昭和23年〉12… 稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年〈昭和23年〉12月10日 - )は、日本の郵政・総務官僚、外交官、経営者。月刊日本客員編集委員。反郵政民営化の論客として知られる。 琉球列島米国民政府占領下の奄美地方徳之島出身。総務省政策統括官、郵政事業庁次長、日本郵政公社常務理事、日本郵便副会長を歴任。 琉球列島米国民政府占領下の徳之島、現在の鹿児島県大島郡天城町で生まれる。 1967年、ラ・サール高等学校15期卒業。1972年、東京大学法学部政治学科卒業。東大での同級生に鳩山邦夫、舛添要一が居る。 同年、郵政省(現総務省)入省。 1976年、フレッチャー法律外交大学院留学(アメリカ研修)。1978年、フレッチャー法律外交大学院修了、国際関係論修士。
内田 俊一(うちだ しゅんいち、1948年〈昭和23年〉9月… 内田 俊一(うちだ しゅんいち、1948年〈昭和23年〉9月29日 - )は、日本の建設官僚。元京都市助役。 鹿児島県出身。ラ・サール高校卒。1972年(昭和47年)3月、東京大学法学部を卒業し、同年4月、建設省へ入省。入省後、建設省大臣官房政策課長などを歴任。途中、千葉県や京都市に出向し、内閣官房内閣参事官室内閣参事官、京都市助役などを務め、千葉県庁に出向した際には幕張新都心事業に携わった。 2001年(平成13年)1月、内閣官房内閣総務官室内閣総務官に就任。 2003年(平成15年)7月、内閣広報官に就任。 2006年(平成18年)7月28日、内閣府事務次官に就任。 2008年(平成20年)7月1日、退官。
永瀬 昭幸(ながせ あきゆき、1948年9月18日 - )は… 永瀬 昭幸(ながせ あきゆき、1948年9月18日 - )は、日本の実業家。鹿児島県垂水市出身。東京大学経済学部卒業。東進ハイスクール創設者。株式会社ナガセ代表取締役社長。 1948年(昭和23年)、鹿児島県肝属郡垂水町(現在の垂水市)生まれ。ラ・サール高校、東京大学経済学部卒業。東大在学中に自宅で学習塾を立ち上げた。東京大学卒業後は野村證券を経て、1976年(昭和51年)に株式会社ナガセを設立。 1985年(昭和60年)には高校生向けの大学受験予備校である東進ハイスクールを設立。1988年、ナガセはジャスダックに上場。 その他に「四谷大塚」「早稲田塾」「イトマンスイミングスクール」などの塾・予備校を展開するほか社会人教育にも進出している。
丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019… 丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019年8月2日)は、日本の国土交通官僚。元駐フィンランド特命全権大使。 鹿児島県出身。1967年ラ・サール高等学校卒業。1972年東京大学経済学部卒業、運輸省入省、自動車局総務課配属。1986年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。2002年国土交通省自動車交通局長。2003年国土交通省鉄道局長。2004年国土交通省総合政策局長。2005年国土交通審議官。2006年運輸政策研究機構副会長。2009年駐フィンランド特命全権大使。2014年空港施設代表取締役社長。2018年瑞宝重光章受章。2019年空港施設代表取締役会長。同年呼吸不全により死去。
本田 修一(ほんだ しゅういち、1948年(昭和23年)5月… 本田 修一(ほんだ しゅういち、1948年(昭和23年)5月23日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県志布志市長(3期)、元有明町長(1期)。 鹿児島県志布志市出身。ラ・サール高等学校卒業。中央大学法学部中退。帰省後、養豚業を営むかたわら、地域おこし団体「有明べぶんこ村」を立ち上げる。 2003年(平成15年)、有明町長選挙に立候補し初当選した。 2006年(平成18年)1月1日、有明町は志布志町、松山町と合併し消滅。志布志市発足に伴って行われた市長選挙に立候補し初当選。4期目を狙う2018年(平成30年)の市長選で、元市議の下平晴行に敗れ落選。 2006年(平成18年)2月12日執行。元志布志町長の慶田泰輔、元尚志館高等学校長の林敬二郎らを破り初当選した。
金久 實(かねひさ みのる、1948年1月23日 - )は、… 金久 實(かねひさ みのる、1948年1月23日 - )は、日本のバイオインフォマティクス(生命情報科学)研究者。理学博士、京都大学名誉教授・特任教授、東京大学教授(元)、日本バイオインフォマティクス学会初代会長・名誉会員、クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞受賞者。日本で最も知られ注目されているバイオインフォマティクスの専門家であり、KEGGバイオインフォマティクスデータベースの開発者としても知られる。 1948年、長崎市で生まれる。父は鹿児島県出身の医学者である金久卓也(後に鹿児島大学名誉教授)。福岡教育大学の附属小学校から、小学6年生になる1959年に鹿児島大学教育学部附属小学校に転入し、以降高校まで鹿児島市で育つ。
伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 … 伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。元鹿児島県知事(3期)。総務省大臣官房総括審議官を歴任。 銀行員である父親の仕事の関係により阿久根市・鹿児島市などで育った。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。最後の総理府地方分権推進委員会事務局次長であり、省庁再編後には初代の総務省大臣官房審議官を務めた。後に民主党代表を務めた小沢一郎が自治大臣の際には大臣秘書官も務めている。 2004年に鹿児島県知事選挙に立候補。保守分裂の激しい中、元鹿児島県議会議長や元兵庫県副知事らを破って初当選。2008年再選。2012年に3選。 2013年5月に利用が低迷する鹿児島空港の上海便の航空路線維持のため県職員らの上海派遣研修事業を発表したが、批判が起こった。
津村 重光(つむら しげみつ、1947年(昭和22年)11月… 津村 重光(つむら しげみつ、1947年(昭和22年)11月16日 - )は、日本の政治家。第22 - 25代宮崎市長(1994年 - 2010年)。宮崎県宮崎市出身。 宮崎大学学芸学部附属中学校、ラ・サール高等学校、京都大学法学部卒業。 1971年旭化成に入社。1975年宮崎県議会議員(民社党)に初当選。1990年辞職し宮崎市長選に出馬するが落選、1994年2月に再度宮崎市長選に挑み初当選。 2006年1月29日、同月1日に宮崎市に編入された佐土原町の町長だった戸敷正ら新人2人を破って、4選を果たした。※当日有権者数:291,140人 最終投票率:53.67%(前回比:-pts) 2010年の市長選を期に政界から引退した。
木瀬 照雄(きせ てるお、1947年4月29日 - )は日本… 木瀬 照雄(きせ てるお、1947年4月29日 - )は日本の実業家。TOTO会長兼取締役会議長。社団法人日本建材・住宅設備産業協会(建産協)会長、九州経済連合会副会長。 福岡県北九州市出身。 1947年、福岡県北九州市に生まれる。幼稚園の同級生に大相撲元小結の大潮憲司。北九州市立高見中学校、ラ・サール高等学校、京都大学教育学部卒業。1970年、東陶機器(現・TOTO)株式会社入社。1992年営業本部営業企画部長就任。1996年取締役経営戦略室長、2000年取締役上席常務執行役員マーケティング本部長、2002年取締役専務執行役員販売推進グループ長に就任。2003年、同社社長に就任。2009年、同社会長兼取締役会議長に就任。
城島 光力(じょうじま こうりき、本名:城島 正光〈じょうじ… 城島 光力(じょうじま こうりき、本名:城島 正光〈じょうじま まさみつ〉、1947年〈昭和22年〉1月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、財務大臣(第16代)、民主党幹事長代理、民主党国会対策委員長(第18代)、民主党神奈川県連代表を歴任した。 福岡県柳川市生まれ。ラ・サール高等学校、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。1970年、味の素に入社し、同社の中央研究所に勤務する。また味の素労働組合で委員長に就任し、食品産業労働組合協議会議長(現・日本食品関連産業労働組合総連合会)も務める。また社会経済生産性本部や現代総合研究集団でそれぞれ評議員を務め、小沢一郎を講師に招いて勉強会を開催する等、小沢が提唱していた政治改革に共感する姿勢を示していた。
山元 峯生(やまもと みねお、1945年(昭和20年)7月2… 山元 峯生(やまもと みねお、1945年(昭和20年)7月22日 - 2010年(平成22年)1月28日)は日本の実業家。全日本空輸(全日空)代表取締役社長、副会長を歴任。 1970年4月、京都大学法学部卒業後、全日本空輸入社。 客室や法務、人事など幅広く経験。2003年度からの人件費構造改革では労務担当として大橋洋治社長を支えた。 2005年4月に社長就任。前任の大橋社長は推し進めたリストラ策を引き継いで、コスト削減や高価格帯サービスの訴求(スーパーシートプレミアム)、アジア路線を中心とした国際線の増強などを進め、ライバルの日本航空を上回る収益体質を固めた。またグループのシンクタンクで、新サービスの提案を研究・開発を担うANA総合研究所を創設。
末吉 竹二郎(すえよし たけじろう、1945年1月3日 - … 末吉 竹二郎(すえよし たけじろう、1945年1月3日 - )は、日本の国際金融アナリスト。 鹿児島県出身。ラ・サール中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。 三菱銀行入行後、三菱銀行ニューヨーク支店長、東京三菱銀行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント時代に、ドイツ銀行のマイケル・ホルツ専務に出会い、国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)特別顧問(Special Advisor to UNEP-FI)として活動するようになった。 タレントの末吉里花は娘。
野村 哲郎(のむら てつろう、1943年〈昭和18年〉11月… 野村 哲郎(のむら てつろう、1943年〈昭和18年〉11月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)。鹿児島県姶良郡隼人町(現:霧島市)出身。 農林水産大臣(第67代)、農林水産大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、参議院決算委員長、同政府開発援助等に関する特別委員長、同農林水産委員長、同政治倫理審査会長、自由民主党政務調査会長代理などを歴任。甥は野村の第一秘書。 1962年、ラ・サール高等学校卒業。1966年、中馬辰猪衆議院議員秘書となる。1969年、鹿児島県農業協同組合中央会に入職。経営監査部長、参事、常務などを歴任し2004年に退職。 2004年7月の第20回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で鹿児島県選挙区より出馬し初当選。
北浜 流一郎(きたはま りゅういちろう、本名:福永 爲善、1… 北浜 流一郎(きたはま りゅういちろう、本名:福永 爲善、1943年7月20日 - )は、日本の株式評論家(自称、株式アドバイザー)。 鹿児島県出水郡阿久根町(現・阿久根市)出身。 慶應義塾大学商学部中退後、コピーライター、週刊誌記者、作家業を経て個人投資家向けの株式投資のアドバイスを行っている。 日本ペンクラブ、日本文芸家クラブに所属。 慶應義塾大学商学部に入学するが、新聞部の活動と映画鑑賞に明け暮れ、簿記とドイツ語の単位を落とす。当時、学生運動で学内が荒れて講義が殆どなかったこともあり、テレビアニメのシナリオなどを執筆して生活の糧とすることを試みるが、2本執筆した後に大学を中退する。 中退後しばらくは定職に就かなかったが、通信教育等のコピーライターとして再出発を図る。
中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月… 中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月7日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、文部科学大臣(第5代・第6代)、国土交通大臣(第10代)、経済産業副大臣(第2次森改造内閣)、日本維新の会・次世代の党両院議員総会長兼代議士会長、希望の党最高顧問、同代表(第2代)を歴任。 ラ・サール高等学校、東京大学法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。大臣官房企画官などを経て1982年に退官。翌1983年の第37回衆議院議員総選挙に旧宮崎2区から無所属で立候補したが落選。1986年の第38回衆議院議員総選挙で自民党公認で立候補し初当選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で落選。
有馬 利男(ありま としお、1942年5月31日 - )は、… 有馬 利男(ありま としお、1942年5月31日 - )は、日本の実業家。富士ゼロックス(現:富士フイルムビジネスイノベーション)代表取締役社長や、ジャパン・プラットフォーム共同代表理事、りそなホールディングス取締役指名委員会委員長、キリンホールディングス取締役、富士重工業(現:SUBARU)取締役などを歴任した。 鹿児島県鹿児島市出身。ラ・サール高等学校卒業後、1年間の大学受験浪人生活を経て、京都大学にも合格したが国際基督教大学に進学する。1967年に大学を卒業し、富士ゼロックス入社。2002年から富士ゼロックス代表取締役社長を務めた。2006年富士フイルムホールディングス取締役。2007年富士ゼロックス取締役相談役。
新原 晧一(にいはら こういち、1941年9月28日 - )… 新原 晧一(にいはら こういち、1941年9月28日 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士(大阪大学)。研究分野は、材料科学・破壊力学・ナノコンポジット工学。日本セラミックス協会会長(2009年 - 2010年)、長岡技術科学大学学長(第7代)。大光銀行顧問、アクシアルリテイリング社外取締役・独立役員、永井エヌ・エス知覚科学振興財団理事・選考委員、大倉和親記念財団選考委員。 鹿児島県出身、新潟県長岡市在住。父親は小学校の先生。ラ・サール高等学校、大阪大学原子力工学科を卒業。大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻修士課程を修了。 大阪大学産業科学研究所高次インターマテリアル研究センターセンター長(1994年4月1日~2000年3月31日)、九州大学機能物質科学研究所教授(1994年7月1日~1994年9月30日)、Hanyang大学研究教授(2000年3月1日~)、東京工業大学統合院特任教授(2005年9月1日~2007年3月31日)、長岡技術科学大学学長(2009年9月16日~2015年9月15日)・2011年10月17日、110年以上の歴史を持つ米国セラミックス学会の最高栄誉賞であるディスティンギュッシュド ライフメンバーシップ(Distinguished Life Membership )賞を受賞。
川添 象郎(かわぞえ しょうろう、1941年1月27日 - … 川添 象郎(かわぞえ しょうろう、1941年1月27日 - )は、日本の音楽プロデューサー。別名・川添象多郎。V3株式会社代表取締役。
宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )… 宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(8期)。 鹿児島県川辺郡笠沙町(現南さつま市)出身。笠沙町立赤生木小・中学校、ラ・サール高校を経て、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1965年、農林省入省。農林経済局農業協同組合課課長補佐等を務める[要出典]。群馬県農政部次長(1981年)、農林水産省大臣官房参事官(1983年)、畜産局畜政課畜産総合対策室長(1984年)を歴任し、1985年退官。 1986年の第38回衆議院議員総選挙で旧鹿児島1区に無所属で出馬したが、落選。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で初当選。以後6期務める。
米沢 隆(米澤 隆、よねざわ たかし、1940年〈昭和15年… 米沢 隆(米澤 隆、よねざわ たかし、1940年〈昭和15年〉1月28日 ‐ 2016年〈平成28年〉6月16日)は、日本の政治家。 衆議院議員(通算9期)、民社党委員長(第8代)・書記長(第7代)・政策審議会長(第5代)、新進党幹事長(第2代)・副党首、民主党副代表、民社協会会長、宮崎県議会議員(2期)等を歴任した。 鹿児島県姶良郡福山町(霧島市)出身。ラ・サール中学校・高等学校、京都大学法学部卒業。1964年、旭化成入社。労働組合運動に参加し、全旭連(現旭化成労働組合)書記長を務める。1971年、宮崎県議会議員選挙に立候補し、初当選した。1975年に再選。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に民社党公認で旧宮崎1区から立候補し、当選した。
寺園 喜基(てらぞの よしき、1939年12月1日 - )は… 寺園 喜基(てらぞの よしき、1939年12月1日 - )は、日本の神学者、九州大学名誉教授、日本バプテスト福岡城西キリスト教会協力牧師。 鹿児島県鹿児島市生まれ。ラ・サール高等学校在学中に受洗。西南学院大学神学部卒、九州大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程満期退学。ボン大学大学院博士課程修了。1972年九州大学助手、75年教養部助教授、85年教授、94年大学院比較社会文化研究科教授、98年定年退官、名誉教授、西南学院大学神学部教授。西南学院院長、2010年退職。2012年西南学院理事長を退職。
福永 耕二(ふくなが こうじ、1938年1月4日 - 198… 福永 耕二(ふくなが こうじ、1938年1月4日 - 1980年12月4日)は、日本の俳人。鹿児島県出身。 川辺町生まれ。ラ・サール高等学校在学中より「馬酔木」に投句。1956年、鹿児島大学入学、俳誌「ざぼん」に参加、編集を手がける。1960年、同大学文理学部国文科を卒業、純心女子高等学校に教師として奉職。1965年、能村登四郎の推薦により上京、登四郎の勤める千葉県の私立市川高等学校に勤務する。1969年、「馬酔木」同人。1970年、登四郎の「沖」創刊に参加。同年「馬酔木」編集長。1972年、馬酔木賞、沖賞受賞。代表句に「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」などがあり、青春性、叙情性を湛えた句風であった。
杉之尾 宜生(すぎのお よしお、本名:杉之尾孝生(読み同じ)… 杉之尾 宜生(すぎのお よしお、本名:杉之尾孝生(読み同じ)、1936年3月8日 - 2025年12月25日)は、日本の戦史研究家。元防衛大学校教授(戦史・戦略)。孫子の兵法・クラウゼヴィッツ、中東戦史、日本近代戦史の研究家として知られる。第16方面軍参謀の杉之尾三夫陸軍中佐(陸士41期、陸大51期)は父。 鹿児島県生まれ。ラ・サール高等学校、防衛大学校(本科第5期・応用化学科)卒業。陸上自衛隊第7戦車大隊(現・第71戦車連隊)、第7偵察隊、中央調査隊、第1偵察隊、中央資料隊勤務を経て1991年(平成3年)1等陸佐で退官。退官後、防衛研修所戦史部、防衛大学校助教授及び同校教授(戦史、戦略)を務める。
中川 十郎(なかがわ じゅうろう、1935年(昭和10年)6… 中川 十郎(なかがわ じゅうろう、1935年(昭和10年)6月5日 - )は、日本の経営学者、元東京経済大学経営学部教授。日本ビジネスインテリジェンス協会の会長。 2.元総合商社駐在員・中川十郎氏の履歴書・ニューヨーク編(1) 3.元総合商社駐在員・中川十郎氏の履歴書(1)国際情報戦で日本車1,600台受注
郡山 史郎(こおりやま しろう、1935年 - )は、日本の… 郡山 史郎(こおりやま しろう、1935年 - )は、日本の実業家。シンガー日本代表や、ソニーPCL代表取締役社長、同社代表取締役会長、ソニー顧問、CEAFOM代表取締役、小僧com代表取締役社長などを歴任した。 鹿児島県指宿市生まれ。1954年ラ・サール高等学校卒業。1958年一橋大学経済学部卒業、伊藤忠商事入社。1959年ソニー入社。1973年シンガー入社。シンガー日本代表を経て、1981年ソニー映像事業部長 。1984年ソニー情報機器事業本部長。1985年ソニー取締役。1988年ソニー経営戦略本部長。1990年ソニー常務取締役。1991年ソニー一般地域統括本部長、資材本部長、サービス本部長、物流本部長。
中村 明蔵(なかむら あきぞう、1935年 - 2025年1… 中村 明蔵(なかむら あきぞう、1935年 - 2025年12月23日)は、日本の日本史学者、鹿児島国際大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。1960年奈良学芸大学卒業、1962年立命館大学大学院日本史学専攻修士課程修了。1994年「隼人と律令国家」で立命館大文学博士。ラ・サール高等学校教諭、鹿児島女子短期大学教授、鹿児島経済大学教授、校名変更で鹿児島国際大学教授。2006年定年、名誉教授。2006年南日本文化賞受賞。 飛鳥・奈良時代における古代律令政府の九州地方南部に対する支配政策、とくに隼人政策についての精緻な研究で知られる。 2025年12月23日、老衰のため鹿児島市の施設で死去した。90歳没。
原田 正純(はらだ まさずみ、1934年9月14日 - 20… 原田 正純(はらだ まさずみ、1934年9月14日 - 2012年6月11日) は、日本の医師。学位は医学博士。 鹿児島県さつま町出身。ラ・サール高等学校、熊本大学医学部卒業。 熊本大学医学部で水俣病を研究し、胎児性水俣病も見いだす。水俣病と有機水銀中毒に関して数多くある研究の中でも、患者の立場からの徹底した診断と研究を行い、水俣病研究に関して詳細な知識を持った医師でもあった。熊本大学退職後は熊本学園大学社会福祉学部教授として環境公害を世界に訴える。 1972年6月、スウェーデンのストックホルムで開催された「国際連合人間環境会議」に環境学者の宇井純、水俣病患者の濱元二徳、坂本フジエ、坂本しのぶらと出席。
柳田 邦夫(やなぎだ くにお、1932年3月7日 - 198… 柳田 邦夫(やなぎだ くにお、1932年3月7日 - 1988年3月1日)は、日本の編集者・ジャーナリスト。筆名に小川晴夏(春香)、小原壮八。日本ジャーナリストクラブ会員。 鹿児島県鹿児島市出身。旧制鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)、ラ・サール高等学校卒業。1959年、学習院大学政経学部政治学科卒業。大学時代には囲碁部に所属し、のちに囲碁アマ四段、将棋アマ二段となる。 中央公論社に入社。「中央公論」「週刊公論」「暮しの設計」「経営問題」「小説中央公論」の雑誌編集に携わったあと、1962年「思想の科学」天皇制特集号事件で労組委員長として闘争し。1972年に退職。のちフリーのジャーナリスト、編集者として活躍した。
石垣 和慶(いしがき かずよし)は、日本の医学者、免疫学者。… 石垣 和慶(いしがき かずよし)は、日本の医学者、免疫学者。専門はヒト免疫遺伝学、自己免疫疾患のゲノム解析。 主な研究テーマは、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を用いた自己免疫疾患の遺伝的リスク因子の同定、およびシングルセル解析・ゲノム編集技術を活用した機能解明である。特に関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)におけるT細胞受容体(TCR)レパートリーとHLA遺伝子多型の関係、ImmuNexUTデータベースを活用した疾患特異的トランスクリプトームシグネチャーの発見などで知られる。 国際コンソーシアムと連携した約27万人規模の関節リウマチGWASや、世界最大規模の免疫細胞トランスクリプトーム解析が評価されている。
吉川 健啓(よしかわ たけはる)は、日本の放射線科医、医学者… 吉川 健啓(よしかわ たけはる)は、日本の放射線科医、医学者。専門はコンピュータ支援診断(CAD)、人工知能(AI)を用いた画像診断支援、肺がんスクリーニング、低線量CT・MRI診断。博士(医学)。 肺MRIによる肺結節スクリーニング、コンピュータ支援検出/診断ソフトウェア(CAD)の開発・評価に注力している。 特にAIの深層学習を活用した肺領域・気管支の自動セグメンテーション、すりガラス状結節検出、胸水解析などの研究を進め、多施設共同研究にも参加。
伊地知 秀明(いじち ひであき)は、日本の医師、医学者。東京… 伊地知 秀明(いじち ひであき)は、日本の医師、医学者。東京大学大学院医学系研究科・東京大学医学部附属病院病態栄養治療センター准教授、同消化器内科所属。専門は消化器内科学、特に膵癌の発癌機構とKRAS変異に対する治療戦略の研究。 主に膵癌の発癌・進展機構の解明、特にKRAS遺伝子変異(特にG12D変異)を標的とした阻害剤の効果と抵抗性獲得機序の研究を行っている。 これらの研究は、臨床試験段階に入りつつあるKRAS阻害剤の実際の治療応用に向けた前臨床研究として注目されている。
伊藤 鉄英(いとう てつひで)は、膵臓疾患を専門とする日本の… 伊藤 鉄英(いとう てつひで)は、膵臓疾患を専門とする日本の医師。 福岡県福岡市出身。福岡市立城西中学校、ラ・サール高等学校、九州大学医学部医学科卒。 九州大学病態制御内科准教授などを経て、2017年より福岡山王病院膵臓内科・神経内分泌腫瘍センター長。2018年4月より国際医療福祉大学大学院医学研究科教授。2020年4月より国際医療福祉大学医学部消化器内科学教授。
岩屋 毅 は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(11… 岩屋 毅 は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(11期)。
打越 明司 は、日本の政治家。鹿児島県指宿市長(2期)。
大塚 基之(おおつか もとゆき)は、日本の医師、医学者。専門… 大塚 基之(おおつか もとゆき)は、日本の医師、医学者。専門は消化器内科学、特に肝臓学。 ラ・サール高等学校を経て、1994年に東京大学医学部医学科を卒業。 その後、東京大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座消化器内科学分野などで勤務し、肝臓がんやウイルス性肝炎に関する基礎・臨床研究に従事した。 2009年3月にアメリカ・スクリプス研究所免疫微生物学部門から帰国後、東京大学で研究グループを主導。 2017年4月から2022年12月まで東京大学で講師などを歴任。 2023年1月より岡山大学学術研究院医歯薬学域消化器肝臓内科学教授に就任。同年より岡山大学病院消化器内科診療科長を兼任。 2025年4月より岡山大学病院副院長を併任。
河原畑 徹(かわはらばた とおる)は、日本の国土交通官僚。国… 河原畑 徹(かわはらばた とおる)は、日本の国土交通官僚。国土交通省交通管制部長や、国土交通省中国運輸局長、国土交通省九州運輸局長などを歴任した。 福岡県出身。1985年ラ・サール高等学校卒業。1990年東京大学経済学部卒業、運輸省入省。1995年運輸省中国運輸局企画部地域交通企画課長。1996年運輸省航空局監理部総務課航空企画調査室補佐官。1998年岩手県企画振興部交通政策課長。2001年国土交通省航空局管制保安部保安企画課長補佐。2004年日本貨物鉄道総合企画本部経営企画部副部長。 2006年内閣官房郵政民営化推進室企画官。2007年国土交通省大臣官房総務課企画官(港湾局)。2008年国土交通省航空局空港部首都圏空港課東京国際空港再拡張事業推進室長。
玉置 浩伸(たまき ひろのぶ)は日本の実業家。ゴルフダイジェ… 玉置 浩伸(たまき ひろのぶ)は日本の実業家。ゴルフダイジェスト・オンライン共同創業者。九州大学客員教授。 ラ・サール高等学校、東京大学教養学部卒業、ハーバード・ビジネス・スクール経営学修士、早稲田大学博士後期課程修了。博士(商学)。三井物産、AOLジャパン代表取締役。ゴルフダイジェスト・オンライン共同創業者、取締役兼COO(2004年に東証マザーズ上場)を経て、シリコンバレーにてSatura Cakesを創業。2010年同社売却。2007年よりアブラハム・グループ・ホールディングス社外取締役を務めた後、2012年に辞任。その他、留学斡旋を手掛けるブルード、個室ジムを展開するハコジムなど、ベンチャーの社外取締役も務める。
八木 浩一(やぎ こういち)は、日本の医師、医学者。専門は消… 八木 浩一(やぎ こういち)は、日本の医師、医学者。専門は消化器外科学(特に胃癌・食道癌の診断と治療、上部消化管癌の低侵襲手術)。東京大学大学院医学系研究科外科学専攻臓器病態外科学講座 准教授、東京大学医学部附属病院胃・食道外科所属。 胃癌・食道癌を中心とした上部消化管癌の診断・治療、特に低侵襲手術(腹腔鏡下手術、ロボット支援手術など)に従事している。
鈴木 亮(すずき りょう)は、日本の医師、医学者。専門は糖尿… 鈴木 亮(すずき りょう)は、日本の医師、医学者。専門は糖尿病学、代謝・内分泌学、特に高齢者糖尿病、糖尿病合併症、インスリン治療。東京医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科学分野主任教授、東京医科大学病院副院長を務める。ハーバード大学ジョスリン糖尿病センター留学経験を持ち、臨床・研究・地域連携の各分野で活躍している。 ラ・サール高等学校を経て、1996年に東京大学医学部医学科を卒業後、同大学糖尿病・代謝内科に入局。ジョスリン糖尿病センターに5年間留学し、糖尿病と脳機能に関する基礎研究に従事した。帰国後、東京大学糖尿病・代謝内科講師などを経て、2018年に東京医科大学病院に入職。2020年4月より糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授に就任し、2024年9月より東京医科大学病院副院長を兼務している。
竹内 隆正(たけうち たかまさ、Takamasa Takeu… 竹内 隆正(たけうち たかまさ、Takamasa Takeuchi)は、日本のウイルス学者、医学者。専門は病原体ゲノム解析、特にヒトパピローマウイルス(HPV)の分子生物学的研究、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療など。国立感染症研究所(国立健康危機管理研究機構)病原体ゲノム解析研究センター第一室主任研究官を務める。 ラ・サール高等学校を卒業。在学中は学年トップクラスの成績を収め、駿台模試で高校3年時に2回連続1位を獲得した。大学入試センター試験では800点満点中797点という極めて高い得点を記録した。 1990年、東京大学理科三類に進学、東京大学医学部を卒業。東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻にて博士(医学)を取得。