若林 茂雄(わかばやし しげお、1954年8月9日 - )は… 若林 茂雄(わかばやし しげお、1954年8月9日 - )は、日本の弁護士、ニューヨーク州弁護士。一橋大学大学院法学研究科特任教授や、第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を歴任した。 東京都生まれ。1973年駒場東邦高等学校卒業。1977年一橋大学法学部卒業、丸紅入社。1982年最高裁判所司法研修所修了、弁護士登録。1993年ワシントン大学法科大学院修了、LL.M.(法学修士)。同年からWillkie Farr & Gallagherに勤務し、1996年ニューヨーク州弁護士登録。1999年エスジー債権回収取締役。2002年最高裁判所司法研修所民事弁護教官。2003年大倉三幸監査役。
櫻井 光政(さくらい みつまさ、1954年8月9日 - )は… 櫻井 光政(さくらい みつまさ、1954年8月9日 - )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会所属。桜丘法律事務所代表弁護士(所長)。1977年中央大学法学部法律学科卒業。司法修習34期を経て、1982年4月弁護士登録。1997年、若手弁護士の育成と司法過疎地への任期付き派遣を行う「日本型公設弁護人事務所」構想を提唱し、1998年1月、刑事弁護に精通する神山啓史とともに、桜丘法律事務所を設立。第二東京弁護士会元副会長(平成21年度)、元大宮法科大学院大学教授。日弁連総合法律支援本部スタッフ部会部会長、日弁連弁護士推薦委員会副委員長、刑事弁護フォーラム世話人。 1954年、東京都生まれ。千葉県立東葛飾高校在籍時に弁護士を志し、高校卒業後、中央大学法学部法律学科に進学。
金銅 重弘(こんどう しげひろ、1954年8月9日 - )は… 金銅 重弘(こんどう しげひろ、1954年8月9日 - )は、チョーヤ梅酒株式会社代表取締役社長。和歌山大学経済学部卒業。チョーヤ梅酒創業者金銅住太郎の孫、2代目社長金銅和夫の子。
清水 靖晃(しみず やすあき、1954年8月9日 - )は、… 清水 靖晃(しみず やすあき、1954年8月9日 - )は、日本のサクソフォーン奏者、作曲家、音楽プロデューサー。静岡県島田市出身。 J.S.バッハを独自に解釈した創作活動でその名を知られている。 静岡県島田市に生まれる。幼少よりピアノの訓練を受け、音楽に対する強い興味を育んでいた。1970年代、様々な楽器を扱うマルチプレイヤーとなり、とりわけサクソフォーンの演奏に秀でた気鋭の音楽家として表舞台に登場する。1978年、自作曲含む初のソロ・アルバムを発表。その後、土方隆行、笹路正徳、山木秀夫らと実験的ロック・バンド「マライア」を結成。1983年の解散までに、多数のコンサートツアーを行い、『うたかたの日々』(1983年)など計5枚のアルバムを残した。
佐藤 地(さとう くに、1954年8月8日 - )は、日本の… 佐藤 地(さとう くに、1954年8月8日 - )は、日本の外交官。 2013年(平成25年)6月28日から外務報道官。外務省の局長級ポストに女性として初めて登用された。2015年から2017年までユネスコ大使を務め、2017年から2020年までハンガリー駐箚特命全権大使を務めた。2020年退官。 福島県出身(一部資料では神奈川県出身)。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を経て、東京大学教養学部卒業。1980年、コロンビア大学政治学部大学院を修了し、1981年(昭和56年)、外務省に入省する。 在タイ日本国大使館、在アメリカ合衆国日本国大使館、内閣法制局参事官、外務省条約局国際協定課長、経済局国際機関第一課長、EU(欧州連合)政府代表部公使、ジュネーブ国際機関代表部公使を経て、2010年(平成22年)8月20日から外務省国際法局審議官。
隈 研吾(くま けんご、1954年〈昭和29年〉8月8日 -… 隈 研吾(くま けんご、1954年〈昭和29年〉8月8日 - )は、日本の建築家(一級建築士)、デザイナー。株式会社隈研吾建築都市設計事務所主宰。東京大学特別教授。高知県立林業大学校校長。岐阜県立森林文化アカデミー特別招聘教授。一般社団法人日本ウッドデザイン協会会長。福岡県北九州市アドバイザー。 1990年代半ば以降(ゆすはら座関連設計以降)、木材を使うなど「和」をイメージしたデザインを旨としており、「和の大家」とも称される。著名な親族として、妻・篠原聡子(建築家)のほか、遠い親戚の後藤勇吉(航空機パイロット)がいる。 神奈川県横浜市港北区大倉山出身。三菱金属鉱業(現・三菱マテリアル)のサラリーマンであった父親(長崎県大村市出身で東京・日本橋育ち 先祖は大村藩の重臣)が45歳の時の息子で、医院を営んでいた母方の祖父が建てた大倉山駅近くの古い家で育つ。
松本 匡史(まつもと ただし、本名:松本 哲(さとし)、19… 松本 匡史(まつもと ただし、本名:松本 哲(さとし)、1954年8月8日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ・監督、解説者として活動している。業務提携先はTCP-Artist。
林 曼麗、AL(リン マンレイ、繁体字: 林 曼麗、1954… 林 曼麗、AL(リン マンレイ、繁体字: 林 曼麗、1954年8月8日-)は、中華民国(台湾)の芸術教育学者、東京大学教育学博士。財団法人国家文化芸術基金会理事長、北師美術館総合プロデューサー。過去に、国立台北師範学院美劳教育学部学長、台北市立美術館館長、財団法人国家文化芸術基金会理事長、国立故宮博物院副院長、国立故宮博物院院長などを務める。2023年11月3日、秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
松尾 一彦(まつお かずひこ、本名同じ、1954年8月7日 … 松尾 一彦(まつお かずひこ、本名同じ、1954年8月7日 - )は、日本のシンガーソングライター。オフコースの元メンバー(主にギター、ハーモニカ、キーボード、ボーカル、コーラス担当)。身長165cm。血液型はA型。 1954年8月7日、秋田県山本郡八森町(現:八峰町)生まれ。能代高校進学。 高校3年生の時に大間ジローと出会い、大間らとともにロックバンド“ドナルドダック”を結成、3月末に東京で行われたロック・コンテストに出場、わずかな練習期間でコンサート当日を迎えたものの、2位に入賞。プロダクションからの誘いはなかったものの、主催者だったキャロルの事務所を連絡先として活動を開始する。1973年夏、キャロルの事務所から独立したスタッフが設立したプロダクション“アーサー・プロモーション”と契約、バンド名を“ザ・ジャネット”と改名し、芸名を「松尾ジュン」とする。
根本 彰(ねもと あきら、1954年8月7日 - )は、日本… 根本 彰(ねもと あきら、1954年8月7日 - )は、日本の図書館情報学・教育学者。東京大学名誉教授。慶應義塾大学文学部教授。 1954年8月7日、福島県石城郡四倉町(現・いわき市)に生まれる。福島県立磐城高等学校から1973年に東京大学に進学し、1978年に東京大学教育学部教育行政学科社会教育学専修を卒業する。引き続き同大学大学院に進み、1984年に教育学研究科博士課程単位取得修了。同年、図書館情報大学助手に就任。以後、講師(1988年)、助教授(1993年)を経て、1995年に東京大学大学院教育学研究科助教授に転任。2003年に教授に昇格する。 2015年、東京大学を退官(名誉教授)し、慶應義塾大学文学部教授となる。
坂本 満(さかもと みちる、1954年8月7日 - )は、日… 坂本 満(さかもと みちる、1954年8月7日 - )は、日本のラグビー指導者。 勿来工業高校、大東文化大学を経て、東京三洋電機(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に入社。 現役引退後、正智深谷高校ラグビー部の監督を務めた。
田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は… 田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は、日本の国際政治学者独立行政法人国際協力機構理事長、三極委員会アジア太平洋地域議長。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、政策研究大学院大学学長を歴任。 2007年より早稲田大学高等研究所諮問委員会委員、2008年から2010年まで日本国際政治学会理事長。日本国際フォーラム参与。 政府の各種審議会、研究会の常連参加者であり、論壇でも活動している。「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。 2020年から三極委員会におけるアジア太平洋地域の議長として就任している。 イラク戦争については「現在までのところイラクとアルカイダなどのテロリストとの関連を示す証拠は、確実なものはほとんどないようだが、これが結びつく可能性は絶無とはいえない。
住谷 幸伸(すみたに ゆきのぶ、1954年〈昭和29年〉8月… 住谷 幸伸(すみたに ゆきのぶ、1954年〈昭和29年〉8月7日 - )は日本の実業家、社会起業家、元政治家。平成レッグス株式会社代表取締役社長、日本スポーツ少年団常任委員。元高松市議会議員(4期、元議長)。元カマタマーレ讃岐代表取締役社長。 香川県高松市出身。高松商業高校ではサッカー部に所属し、高校総体に3年連続出場。3年生時は主将。1976年に弦打サッカースポーツ少年団を創設し、後身の指導に当たる一方、高松商高OBサッカークラブ(高商OBクラブ)の選手として第1回四国サッカーリーグ出場(その後、第2回、第5回に出場)。1980年、スポーツ少年団指導者協議会指導者研修で訪欧し先進的なスポーツクラブについて学ぶ。
西銘 恒三郎(にしめ こうさぶろう、1954年〈昭和29年〉… 西銘 恒三郎(にしめ こうさぶろう、1954年〈昭和29年〉8月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。 復興大臣(第12・13代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)・福島原発事故再生総括担当大臣(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、経済産業副大臣(第3次安倍第3次改造内閣)、総務副大臣(第2次安倍改造内閣)、国土交通大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、衆議院安全保障委員長、同国土交通委員長、沖縄県議会議員(連続4期)、自由民主党幹事長代理、自由民主党副幹事長、同総務部会長、同沖縄県支部連合会長などを歴任。 父は沖縄県知事、衆議院議員、那覇市長を務めた西銘順治。
中井 康之(なかい やすゆき、1954年8月7日 - 201… 中井 康之(なかい やすゆき、1954年8月7日 - 2014年8月9日)は、京都府出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
村上 文(むらかみ あや、1954年(昭和29年)8月7日 … 村上 文(むらかみ あや、1954年(昭和29年)8月7日 - )は、日本の元労働官僚。現在は帝京大学法学部法律学科教授。 1977年(昭和52年)、東京大学法学部第一類(私法コース)を卒業し労働省入省。労働省婦人局婦人福祉課長、厚生省老人保健福祉局老人福祉振興課長、介護保険実施推進本部員、内閣府男女共同参画局推進課長、埼玉労働局長、財団法人21世紀職業財団専務理事を歴任。2011年(平成23年)、帝京大学法学部法律学科教授に転じ現在に至る。この間、法制審議会幹事(2001年9月~2003年4月)、佐賀県立男女共同参画センター・生涯学習センター館長(2012年4月~2015年3月)、地方公務員災害補償基金審査会委員(2010年2月~2019年2月)、社会保険労務士試験委員会委員(2015年2月~2019年1月)、東京地方最低賃金審議会委員(2015年5月~)、清水建設株式会社社外取締役(2015年6月~2021年6月)を勤める。
今森 光彦(いまもり みつひこ、1954年8月6日 - )は… 今森 光彦(いまもり みつひこ、1954年8月6日 - )は、日本の写真家・切り絵作家。日本写真家協会会員。弟は画家の今森洋輔。滋賀県大津市出身。 地元滋賀県の里山などで活動し、そこに棲息する昆虫や琵琶湖に関する写真撮影を主とする。滋賀県北部は日本海側気候、南部は瀬戸内海式気候とであることから、自然と季節との関わりを的確に捉えた作品も多い。1974年のカリマンタン島以来海外にも数多く足を運んでいる。 近畿大学理工学部土木工学科卒業。大学を出てから昆虫写真専門の写真家を志し、コマーシャルフォトスタジオに2年間勤務して写真技術を学ぶ。1980年にプロ写真家として自立。1984年に大津市中心部から20kmほど北の棚田や自然が残る仰木地区に活動場所を移す。
常陰 均(つねかげ ひとし、1954年8月6日 - )は日本… 常陰 均(つねかげ ひとし、1954年8月6日 - )は日本の銀行家。兵庫県姫路市出身。 2011年から2021年まで三井住友信託銀行代表取締役、2015年から2018年まで信託協会会長。 淳心学院高等学校を経て、1977年に大阪大学法学部を卒業し、住友信託銀行に入社。以後同社で証券業務部長、企画部長、執行役員、取締役兼常務執行役員を歴任、2008年に森田豊の後任として同社取締役社長に就任したが、2016年に行われた金融庁検査において、検査通知とは別に、常陰が「トップに君臨する期間が長すぎ、その弊害が生じている」とガバナンスの脆弱性を異例の所感にて指摘された後、2021年3月31日付けで三井住友トラスト・ホールディングスおよび三井住友信託銀行の取締役会長を辞任した。
新谷 嘉孝(しんや よしたか、1954年8月6日 - )は、… 新谷 嘉孝(しんや よしたか、1954年8月6日 - )は、三重県出身の元プロ野球選手(外野)。右投右打。1982年から1984年の登録名は『新谷 吉孝』(読み同じ)。
北川 宣浩(きたがわ のぶひろ、1954年8月6日 - )は… 北川 宣浩(きたがわ のぶひろ、1954年8月6日 - )は、株式会社THiNK代表取締役[要出典]。『史上最大!第2回アメリカ横断ウルトラクイズ』(1978年)(日本テレビ)優勝者。その他にも数多くのクイズ番組で優勝・パーフェクト達成などを飾り、いわゆる「クイズ王」のはしり的な存在となった。また鉄道研究家でもあり、作家の種村直樹の著作「鈍行列車の旅」にイラストを寄せている。 東京都立大学工学部建築工学科卒業。広告会社のマーケティングディレクターを経て、2013年3月に株式会社THiNKを設立[要出典]。 2008年には『ありえへん∞世界』(テレビ東京)企画内でセガのアーケードゲーム『ネットワーク対戦クイズ Answer×Answer』の全国総合ランキング1位(当時)と同ゲーム機で対戦した。
廣村 正彰(ひろむら まさあき、1954年8月6日 - )は… 廣村 正彰(ひろむら まさあき、1954年8月6日 - )は、日本のグラフィックデザイナー。愛知県安城市出身。 田中一光に師事。同デザイン室を経て、1988年に廣村デザイン事務所を設立。日本デザイナー協会新人賞、N.Y.ADC 9th International Annual Exhibition銀賞受賞、2008年 KU/KAN賞受賞、2009年 毎日デザイン賞受賞など受賞多数。サインデザインを数多く手がけている。東京工芸大学芸術学部教授(~2018年)、多摩美術大学美術学部客員教授(2016年~)、名古屋造形大学客員教授として出講するほか、特種東海製紙など多くでアートディレクター(AD)を務める。
岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、… 岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、日本の夫婦問題研究家、公認心理師、結婚・離婚カウンセラー、著作家、NPO法人日本家族問題相談連盟理事長、一般社団法人離婚相談連盟理事。芸能事務所・浅井企画に所属。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 修了(社会学MBA)。 離婚相談の離婚救急隊代表。離婚カウンセラー養成スクール運営。Youtube「岡野あつこチャンネル」開設。 埼玉県春日部市に生まれる。埼玉県立浦和第一女子高等学校、立命館大学産業社会学部(職業心理学専攻)卒業。夫婦問題を研究するようになったのは36歳の時、夫の浮気で離婚したのがきっかけ。相談するところがなく、悔しい思いをしたからだった。
眞鍋 淳(まなべ すなお、1954年〈昭和29年〉8月5日 … 眞鍋 淳(まなべ すなお、1954年〈昭和29年〉8月5日 - )は、日本の実業家。第一三共株式会社代表取締役社長兼CEOを経て、同社代表取締役会長、公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団理事長、公益財団法人鈴木万平糖尿病財団理事長。香川県出身。 東京大学農学部を卒業後、1978年に三共に入社。研究開発に従事した後、2005年に安全性研究所所長に就任。2007年に経営統合により第一三共に入社。2017年に代表取締役社長兼COOに就任。2019年に代表取締役社長兼CEOに就任。2023年に代表取締役会長兼CEOに就任。2025年代表取締役会長。
松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、… 松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、日本の政治家。佐賀県鹿島市長(1期)、元鹿島市議会議員(4期)。 佐賀県鹿島市出身。佐賀県立鹿島高等学校出身。長崎大学水産学部卒業後、鹿島市内の実家に戻り農漁業を継ぎ、2008年からは佐賀県有明海漁業協同組合で監事及び鹿島支所の運営委員長も務めた。2007年に有明海漁協の仲間から「漁業者の声を議会に届けてほしい」と後押しされ、鹿島市議に初当選し、4期務めた。 2021年12月22日、翌年4月の鹿島市長選挙への立候補を表明し、2022年1月11日付で市議を辞職。4月24日の投開票の結果、元市議の稲富雅和を1,412票差で破り、初当選を果たした。
のどか けん(1954年8月5日 - )は、日本の司会者・タ… のどか けん(1954年8月5日 - )は、日本の司会者・タレント・レポーター・歌手・ソングライター。本名は田中 堅司(たなか けんじ)。 山口県・萩市出身。ジョイ企画Queen Music Japan所属。日本音楽著作権協会正会員。日本作詩家協会会員。日本作曲家協会会員。 大東文化大学を卒業後、建設コンサルタントの営業をしていたが、趣味が高じてテレビ民放局の報道カメラマン。その経験を生かし、制作プロデューサーとしてCMや番組制作を行う株式会社ジョイ企画を立ち上げ、司会・レポーター・歌手・作詞、作曲など現在に至る。 現在、山口放送『情報PiPi』・『愛しき街から』のナレーターをはじめ、ラジオ関西『のどかけんの「我ら歌仲間」』のパーソナリティー、『月刊カラオケファン』新曲紹介コーナーにて語り部の制作を担当をしている。
長崎 行男(ながさき ゆきお、1954年8月5日 - )は、… 長崎 行男(ながさき ゆきお、1954年8月5日 - )は、日本の音響監督・脚本家・音楽プロデューサー。城西国際大学メディア学部兼任講師。 法政大学経営学部卒業後、ホリプロダクションに入社。EPIC・ソニーで所ジョージなどのアーティストや、アニメ、ゲームのプロデュースを担当。その後、ソニー・コンピュータエンタテインメントに移籍しゲーム制作が中心となる。現在はマイルストーン音楽出版に所属し、アニメーションなどの音響演出も行っている。 ジャストプロ運営の声優・俳優養成機関 ボイスラボ トーキョーの所長としても活動している。 クロコダイルの顧問としても活動している。 ※ 特記のない限り音響監督としての参加。
金森 修(かなもり おさむ、1954年(昭和29年)8月4日… 金森 修(かなもり おさむ、1954年(昭和29年)8月4日 - 2016年(平成28年)5月26日)は、日本の哲学研究者・思想評論家。 北海道札幌市生まれ。札幌市立啓明中学校、北海道札幌南高等学校を卒業。高校1年生(1970年)の頃、当時の3年生を中心とした学生グループが決定した授業無限拒否に巻き込まれる(札南闘争)。 1978年(昭和53年)東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。同大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程満期退学。 数理哲学者のジャン=トゥサン・ドゥサンティを指導教員としてパリ第1大学で学び、ガストン・バシュラールを論じたA4サイズで500枚を超える長大な博士論文を提出、哲学博士の学位を取得。
川崎 博也(かわさき ひろや、1954年8月4日 - )は、… 川崎 博也(かわさき ひろや、1954年8月4日 - )は、日本の実業家。神戸製鋼所元代表取締役社長。第31代神戸商工会議所会頭。 和歌山県伊都郡かつらぎ町生まれ。かつらぎ町立笠田中学校、和歌山県立笠田高等学校を卒業。1980年、京都大学大学院工学研究科修了、神戸製鋼所に入社。2001年IPP本部建設部長、2002年加古川製鉄所設備部長、2007年執行役員、2010年常務執行役員、2012年専務執行役員を経て、2013年代表取締役社長、2016年代表取締役会長兼社長に就任。2018年、検査データ改竄問題に対する責任を取り退任。現在は神戸製鋼所特任顧問。2022年11月より神戸商工会議所第31代会頭に就任。
小林 正明(こばやし まさあき、1954年8月3日 - )は… 小林 正明(こばやし まさあき、1954年8月3日 - )は、日本の環境官僚。環境事務次官を最後に退官後、環境省顧問を経て、中間貯蔵・環境安全事業代表取締役社長。 長野県出身。長野県松本深志高等学校を経て、1978年 国家公務員採用上級(甲種)試験(法律)合格。1979年東京大学法学部卒業、環境庁入庁、長官官房秘書課配属。1996年環境庁長官官房秘書課調査官。1997年環境庁企画調整局環境影響評価課環境影響審査室長。2000年環境庁企画調整局環境影響評価課長。2001年環境省総合環境政策局環境影響評価課長。2003年環境省総合環境政策局環境保健部企画課長。2004年環境省総合環境政策局総務課長。
伴 一彦(ばん かずひこ、1954年8月3日 - )は、日本… 伴 一彦(ばん かずひこ、1954年8月3日 - )は、日本の脚本家。福岡県出身。 福岡県立福岡高等学校を経て日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。在学中に石森史郎、佐治乾らに師事。1981年頃から本格的に脚本家の活動を開始する。 2005年8月、自身の短編小説集「ラヴ・コール」を無断で俳優養成学校公演の脚本に使用されたとして、脚本家の高橋いさをと養成学校の経営者を相手どり、550万円の損害賠償や謝罪広告の掲載を求め、東京地裁に提訴した。2006年3月30日に高橋が著作権侵害を認め、謝罪金50万円を払うことなどで和解が成立。 2012年2月、同年4月からフジテレビ系列で放送されたドラマ『家族のうた』について、自身が以前脚本を担当した『パパはニュースキャスター』と設定が酷似していると自身のTwitter(現:X)で指摘し、話題となった。
石井 幸喜(いしい こうき、1954年8月3日 - )は、日… 石井 幸喜(いしい こうき、1954年8月3日 - )は、日本の元プロボクサーである。北海道千歳市出身。 黒人アメリカ兵の父と日本人の母とのハーフ。 15戦12勝(7KO)2敗1分
大久保 明(おおくぼ あきら、1954年(昭和29年)8月2… 大久保 明(おおくぼ あきら、1954年(昭和29年)8月2日 - )は日本の政治家、医師。元鹿児島県大島郡伊仙町長(6期)。 熊本マリスト学園高等学校、鹿児島大学医学部卒業。徳之島徳洲会病院長などを歴任。 1999年、鹿児島県議会議員選挙に初当選。2001年、伊仙町長選挙に立候補し当選。以後連続6期務める。 2025年3月27日、同年10月に町長の任期満了を控えながら町議会議長に4月26日付の辞職願を提出し、受理された。大久保は過去の町長選で逮捕者が出たことなどに触れ、「町長選の過熱を防ぐためには一刻も早く選挙をするのが重要と考えた」と説明した。 同年5月11日に行われた町長選挙では自身が事実上後継指名した元伊仙町教育長の伊田正則が対立候補を破り初当選した。
関根 和美(せきね かずよし、1954年8月2日 - 201… 関根 和美(せきね かずよし、1954年8月2日 - 2019年10月10日)は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサーである。東京都出身。日本大学藝術学部文芸学科卒業。 大学卒業後、フリーの助監督として小川欽也、山本晋也らに師事した後独立し、脚本家として『下半身美人 狂いそう』(1980年、久我剛監督)などを執筆。飯泉大の推薦を受け国映制作『OL襲って奪う』(1984年)で映画監督デビュー。以降、主に独立系(インディーズ)の成人映画をコンスタントに制作し、監督している。関根プロダクション社長。成人映画だけではなくVシネマ、テレビ番組、VP作品も手がけており、一般作品としては『不思議めがね』(2002年、三村渉監督)において監督補としてメガホンを取っている。
佐藤 博文(さとう ひろふみ、1954年8月1日 - )は、… 佐藤 博文(さとう ひろふみ、1954年8月1日 - )は、日本の弁護士。元札幌弁護士会副会長、北海道弁護士会連合会憲法委員会事務局長。 北海道十勝総合振興局更別村で、畑作専業農家の長男として生まれる。帯広柏葉高校に進学し、生徒会長として制服自由化を実現する。その後、北海道大学に進み教育学部(教育制度研究室)を卒業。卒業後、独学で司法試験の勉強を始め、1985年司法試験合格。1988年4月札幌弁護士会に登録し、北海道合同法律事務所で弁護士活動を開始。2002年札幌弁護士会副会長。北海道弁護士会連合会憲法委員会事務局長。 北海道議会議員の道見重信(自民党、札幌市北区選出)は母方の叔父、同じ田村龍二(民主党、胆振選出)は父方の大叔父にあたる。
松本 吉郎(まつもと きちろう、1954年8月1日 - )は… 松本 吉郎(まつもと きちろう、1954年8月1日 - )は、日本の医師。学位は医学士(浜松医科大学・1980年)。 第21代日本医師会会長。群馬医療福祉大学看護学部・臨床教授(非常勤)。山口県生まれ、東京都育ち。 2022年5月、前任の中川俊男(松本は中川執行部では常任理事)が1期のみで再選出馬を断念したことを受け、所属している埼玉県医師会などにより次期日本医師会会長選挙に擁立され、立候補を表明。6月25日に行われた会長選挙では、同じく立候補した大阪府医師会所属で日本医師会副会長の松原謙二を破り、次期会長に当選した。 2024年6月22日に行われた会長選挙では前回に続いて立候補した松原を破り再選した。
佐々木 稔納(ささき としのり、1954年(昭和29年)8月… 佐々木 稔納(ささき としのり、1954年(昭和29年)8月1日 - )は、日本の政治家。元京都府南丹市長(3期)。 京都府園部町出身。1977年(昭和52年)3月、同志社大学法学部法律学科卒業。同年4月、参議院事務局に就職。1982年(昭和57年)1月に退職すると、当時京都府副知事を務めていた同郷の野中広務の秘書となる。1988年(昭和63年)からは野中の公設秘書となる。2001年(平成13年)11月、退職。同年12月、園部町の収入役に就任。2005年(平成17年)12月、収入役を辞任。 2006年(平成18年)1月1日、園部町、八木町、日吉町、美山町の4町が合併して南丹市が誕生。 野中広務の実弟で園部町長の野中一二三は当初、初代市長への意欲を見せていたが引退を表明。
穂坂 雅之(ほさか まさゆき、1954年7月31日 - )は… 穂坂 雅之(ほさか まさゆき、1954年7月31日 - )は、日本の実業家。楽天グループ代表取締役副会長、楽天カード代表取締役社長、楽天証券取締役会長。 楽天銀行取締役会長、楽天インシュアランスホールディングス取締役会長、楽天Edy代表取締役社長、KCカード代表取締役社長、朝日火災海上保険取締役会長、楽天生命保険取締役会長なども歴任した。 北海道夕張市出身。1964年10歳頃から中高まで静岡県富士宮市に移り、富士宮市立大宮小学校、富士宮市立富士宮第四中学校、静岡県立富士宮北高等学校を経て、兄と同じ大東文化大学の法学部に1期生として進学し、国際法を専攻した。1977年に大学を卒業後、1期生として進学した大東文化大学大学院法学研究科で手形小切手法を専攻した。
石井 茂(いしい しげる、1954年〈昭和29年〉7月31日… 石井 茂(いしい しげる、1954年〈昭和29年〉7月31日 - )は、日本の実業家。ソニーグループ株式会社社友。ソニー銀行株式会社創業者。東京都出身。学位は経済学士(東京大学・1978年)、MPPM(イェール大学・1987年)。 山一證券株式会社 経営企画室部長、ソニー銀行株式会社代表取締役社長、ソニー株式会社(現・ソニーグループ株式会社)常務、ソニーフィナンシャルホールディングス株式会社(現・ソニーフィナンシャルグループ株式会社)代表取締役社長、ソニーフィナンシャルベンチャーズ株式会社代表取締役社長等を歴任した。 1973年に開成高等学校を卒業。同級生に村田誉之(大成建設社長、大和ハウス工業副社長)がいる。
井上 達夫(いのうえ たつお、1954年〈昭和29年〉7月3… 井上 達夫(いのうえ たつお、1954年〈昭和29年〉7月30日 - )は、日本の法哲学者。東京大学名誉教授。日本を代表するリベラリストであり、ハーバード留学期に交流を築いたジョン・ロールズやトマス・スキャンロン、マイケル・サンデルといった哲学者らと議論を行い、また彼らの議論を日本に紹介した第一人者である。 1954年(昭和29年)生まれ。大阪府出身、東京都墨田区育ち。墨田区立吾嬬第一中学校、東京都立両国高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1970年に三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した際に三島が通った東大法学部に興味を持ち、進学した。 東大法学部学士助手を経て、1983年に当時新設されたばかりの千葉大学法経学部助教授となる。
秋吉 久美子(あきよし くみこ、1954年〈昭和29年〉7月… 秋吉 久美子(あきよし くみこ、1954年〈昭和29年〉7月29日 - )は、日本の女優。本名は、小野寺 久美子(おのでら くみこ)。静岡県富士宮市生まれ、福島県いわき市出身。カトリック信徒 北海道函館市出身で研究者だった父親が戦後に結核を患い、静岡県富士宮市の療養所に入り、地元出身の看護師だった母親と結婚し当地で生まれた。小学生のころに亡くなった祖母との別れが一番印象に残っているとインタビューで語っている。妹が一人いる。その後、父が徳島県海部郡日和佐町(現在の美波町)の高等学校に化学教師として赴任したため家族で移住した。しかし、高温多湿の気候が体の弱い父には辛く、本人が小学校入学直前に福島県いわき市に移り、6歳から18歳までいわき市で暮らす。
立川 談幸(たてかわ だんこう、1954年(昭和29年)7月… 立川 談幸(たてかわ だんこう、1954年(昭和29年)7月29日 - )は、落語家。落語芸術協会に所属する。本名∶高田 正博。東京都新宿区出身。出囃子は『三下がりかっこ』。 1978年3月、明治大学商学部卒業と同時に七代目立川談志に入門。内弟子として「立川談吉」を名乗り三遊亭歌吾と共に楽屋入り。落語協会の前座となる。 1982年4月、三遊亭歌吾、柳家小三太、三遊亭新窓と共に二ツ目に昇進、「立川談幸」に改名。1983年、立川談志一門が落語協会を脱退し、「落語立川流」発足。同所属となる。 1987年5月、立川流真打昇進。 2014年12月、落語立川流を脱退し、2015年1月より落語芸術協会に準会員としての加入を発表。
志位 和夫(しい かずお、1954年7月29日 - )は、日… 志位 和夫(しい かずお、1954年7月29日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(通算8期)。
中里 実(なかざと みのる、1954年〈昭和29年〉7月28… 中里 実(なかざと みのる、1954年〈昭和29年〉7月28日 - )は、日本の法学者、東京大学名誉教授、元政府税制調査会会長。租税法、財政法、法と経済学を専門とする。金融取引の国際課税についても詳しい。 埼玉県出身。中学生の時に、税務署・全国納税貯蓄組合連合会の作文コンテストで表彰されたことをきっかけに、税制に興味を持つ。埼玉県立浦和高等学校在学中の1972年に、AFSの交換プログラムでアメリカの高校に留学し、卒業後、1973年に帰国して、1974年に浦和高等学校を卒業して、1978年に東京大学法学部卒業。大学では、法学部助手として、租税法の大家である金子宏に師事した。一橋大学法学部助教授、1995年に東京大学大学院法学政治学研究科助教授等を経て、1997年より東京大学大学院法学政治学研究科教授。
武 周雄(たけ ちかお、1954年〈昭和29年〉7月28日 … 武 周雄(たけ ちかお、1954年〈昭和29年〉7月28日 - )は、朝日放送の元アナウンサー、ABC開発株式会社常務取締役。 兵庫県神戸市出身。子供の頃に見た、1964年東京オリンピック開会式でのNHK・北出清五郎アナウンサーの実況に感銘を受けてスポーツアナウンサーに憧れる。大阪府立池田高校時代は硬式野球部に所属し、2年生時は3番捕手として夏の大阪府大会ベスト8に進出。3年時は副主将を務めた。また同名のよしみで1971年夏の甲子園に出場した徳島の池田高校の練習の補助に借り出されたことがあり、蔦文也監督(当時)とはこの時から面識があった。卒業後は同志社大学へ進学し、卒業後の1977年4月、朝日放送へアナウンサーとして入社(同期に石原勝、中原秀一郎がいる)。
大形 徹(おおがた とおる、1954年7月28日 - )は、… 大形 徹(おおがた とおる、1954年7月28日 - )は、日本の中国哲学研究者。大阪府立大学名誉教授、立命館大学教授。専門は道教・神仙思想。 1957年、兵庫県明石市生まれ。明石市立藤江小学校、明石市立望海中学校、兵庫県立加古川東高等学校を経て、大阪大学文学部哲学科で中国哲学を学び、1977年に卒業。同大学大学院修士課程に進み、修士課程を修了。同大学大学院博士課程に進み、1982年に課程単位を取得後満期退学した。 1982年、大阪府立大学総合科学部助手に採用された。1988年に専任講師、1992年に助教授昇格。2005年に人間社会学部教授となった。2020年に大阪府立大学を定年退任し、名誉教授となった。
小見山 満(こみやま みつる、1954年7月28日 - )は… 小見山 満(こみやま みつる、1954年7月28日 - )は、日本の公認会計士。 岐阜県関市生まれ。麻布中学・高校を経て、1977年慶應義塾大学経済学部卒後、日米公認会計士の資格を取得。 同期に川北力(元国税庁長官)、石倉昇(囲碁プロ棋士九段)などがいる。
大島 隆明(おおしま たかあき、1954年7月28日 -)は… 大島 隆明(おおしま たかあき、1954年7月28日 -)は、日本の元弁護士、元裁判官。金沢地方裁判所長、東京高等裁判所部総括判事等を歴任した。裁判官在職中は主に刑事裁判を担当し、東京高裁部総括時代には、オウム真理教事件の菊地直子被告人の第二審、袴田事件再審請求即時抗告審の審理などを担当した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
吉田 真理子(よしだ まりこ、1954年7月27日 - )は… 吉田 真理子(よしだ まりこ、1954年7月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手で現在は指導者。モントリオールオリンピック金メダリスト。 埼玉県立久喜高等学校を卒業後、日立バレー部に入部。全日本に選出され、1976年のモントリオールオリンピックで金メダルを獲得した。 1979年3月に現役引退。その後ママさんバレーのコーチなど指導者を行う傍ら、知り合いのテレビマンに誘われる形で1980年当時『小川宏ショー』(フジテレビ)のレポーターも務めていた。
梅本 茂 (うめもと しげる、1954年 <昭和29年> 7… 梅本 茂 (うめもと しげる、1954年 <昭和29年> 7月27日 - ) は、日本の地方公務員。熊本県農林水産部長、くまもとDMC社長を歴任。瑞宝小綬章受章。 熊本市出身。1977年 熊本大学法文学部卒業、同年 熊本県庁入庁。1986年 外務省出向(在アトランタ総領事館)、2002年 (平成14年) 玉名地域振興局次長、2005年 地域振興課長、2008年 観光物産総室長、2009年 農林水産部経営局長、2013年 農林水産部長。阿蘇の世界農業遺産認定に貢献した。 県庁退職後2014年 肥後銀行理事、2017年12月 くまもとDMC設立で同社社外取締役、2018年 同社代表取締役副社長。西原村、御船町、嘉島町、益城町を舞台に行われた自転車レース「第1回熊本復興祈念ロードフェスタ」の開催調整などを行い、後に同社社長就任。
渡辺 みちお(わたなべ みちお、1954年7月27日 - )… 渡辺 みちお(わたなべ みちお、1954年7月27日 - )は、日本の漫画家。新潟県佐渡市出身。血液型はB型。代表作に『まるごし刑事』、『白竜』など。 小学3年生の頃に絵画コンクールで賞を貰った事をきっかけに絵を描く事に興味を抱くようになる。離島在住のため近くに本屋がなく、通信販売で当時刊行されていた漫画雑誌の『冒険王』や『少年』などを取り寄せて読んでいた。小学校の高学年の頃から友人と共に漫画を描くようになり、中学生の頃に石ノ森章太郎の『マンガ家入門』が発売されると、渡辺はそれを教科書にして本格的な漫画の描き方を覚えるようになる。 高校時代に作品を2本ほど投稿するも落選、実力不足と判断して高校を卒業した時点で漫画家の道は諦めていた。