松浦 元男(まつうら もとお、1935年 - )は、プラスチ… 松浦 元男(まつうら もとお、1935年 - )は、プラスチック製小型精密部品メーカーの株式会社樹研工業の会長である。愛知県名古屋市出身。
1935年(昭和10年)生まれ:1,285人
松浦 元男(まつうら もとお、1935年 - )は、プラスチ… 松浦 元男(まつうら もとお、1935年 - )は、プラスチック製小型精密部品メーカーの株式会社樹研工業の会長である。愛知県名古屋市出身。
奥田 哲雄(おくだ てつお、1935年 - )は、朝日放送所… 奥田 哲雄(おくだ てつお、1935年 - )は、朝日放送所属のプロデューサー。現在は同社を定年退職している。 大阪府出身。大阪市立大学卒の1959年に朝日放送入社。ラジオ編成部を経て、1970年にテレビ制作部プロデューサーに就任。その1970年代には『ラブアタック!』などのバラエティ番組の制作を担当し、1980年4月にドラマ制作部に移る。推理小説好きで、特に作家・和久峻三の大ファンで、土曜ワイド劇場枠の藤田まこと主演『京都殺人案内』シリーズ、金曜夜9時枠のフランキー堺主演『赤かぶ検事奮戦記』シリーズなどの和久の原作作品のドラマ化に力を入れた。ほかにも、『ザ・ハングマン』シリーズなど数々のヒットドラマを生み出す。
塩崎 勤(しおざき つとむ、1935年(昭和10年) - )… 塩崎 勤(しおざき つとむ、1935年(昭和10年) - )は、日本の元裁判官、弁護士(第一東京弁護士会、平沼髙明法律事務所)。元東京高等裁判所判事(部総括)。法政大学大学院法務研究科教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
内藤 徹男(ないとう てつお、1935年 - )は、兵庫県出… 内藤 徹男(ないとう てつお、1935年 - )は、兵庫県出身の日本の建築家。日本設計会長を務めた。 1960年、大阪市立大学大学院修士課程修了。山下寿郎設計事務所(現・山下設計)から、日本設計の設立に参加。代表取締役社長を経て、現職。 代表作として、京王プラザホテル、徳島県庁舎、関西学院大学キャンパス再整備、小金井カントリー倶楽部、品川インターシティーなどがある。 日本建築学会賞業績部門受賞。
橋本 聖圓(はしもと しょうえん、1935年 - )は、華厳… 橋本 聖圓(はしもと しょうえん、1935年 - )は、華厳宗の僧侶。華厳宗管長、217代東大寺別当を歴任。 奈良市生まれ。1958年大阪市立大学文学部哲学科卒業(西洋哲学専攻)。1966年、京都大学文学研究科美学美術史学博士課程満期退学(日本美術史専攻)。東大寺学園理事長を経て、華厳宗管長・第217代東大寺別当・東大寺龍蔵院住職を歴任。現在は東大寺長老。
原 俊夫(はら としお、1935年 - )は、日本の実業家。… 原 俊夫(はら としお、1935年 - )は、日本の実業家。公益財団法人アルカンシェール美術財団理事長。 原美術館館長、ニューヨーク近代美術館国際評議委員会副会長、ホノルル美術館名誉理事、公益財団法人日本博物館協会参与などを歴任。 1935年、東京で生まれる。実業家原六郎の曾孫、実業家原邦造(元東京ガス会長、元日本航空会長)の孫。 学習院大学政経学部を卒業後、アメリカ・プリンストン大学に留学し、美学・美術史・博物館経営論を学ぶ。 父から引継いだ日本土地山林などの企業経営をする傍ら、デンマークにあるルイジアナ美術館を訪れたことがきっかけに、1979年原邦造の私邸を開放し、当時日本では珍しかった現代美術専門の美術館である原美術館を開館。
鶴崎 裕雄(つるさき ひろお、1935年 - )は、国文学者… 鶴崎 裕雄(つるさき ひろお、1935年 - )は、国文学者。学位は、文学博士(関西大学・1988年)(学位論文「戦国期における寄合文芸の研究」)。帝塚山学院大学名誉教授。 大阪市生まれ。関西大学文学部卒。1988年「戦国期における寄合文芸の研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。帝塚山学院短期大学教授。帝塚山学院短期大学学長。帝塚山学院大学人間文化学部教授、2006年定年退任、名誉教授。
井上 隆一郎(いのうえ りゅういちろう、1935年 - )は… 井上 隆一郎(いのうえ りゅういちろう、1935年 - )は、日本の国際問題評論家、桜美林大学名誉教授。本名・井上朗。 兵庫県芦屋市生まれ。1957年、関西学院大学経済学部卒業。1959〜61年、フランス、イタリアに留学。日本貿易振興会(ジェトロ)に入り、調査部、経済情報部、パリ、アムステルダム駐在、主任調査研究員を経て、桜美林大学教授。2006年定年、名誉教授、日本貿易振興機構客員研究員。
太田 義弘(おおた よしひろ、1935年(昭和10年) - … 太田 義弘(おおた よしひろ、1935年(昭和10年) - 2024(令和6)年9月6日)は、日本の社会福祉学の研究者、大阪府立大学名誉教授。ソーシャルワークを専門にしている。 1958年関西学院大学文学部社会事業学科卒、1960年同大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了。関西学院大学社会学部助手、北星学園大学文学部助教授、大阪府立大学教授、社会福祉学部長・大学院社会福祉学研究科長、1993年「ソーシャル・ワーク実践とエコシステム」で関西学院大学社会学博士。1998年定年退官、名誉教授、龍谷大学教授、2003年関西福祉科学大学教授。2013年退職。日本社会福祉学会名誉会員、日本ソーシャルワーク学会名誉会員、日本社会福祉教育学会名誉会員。
岡村 嘉隆(おかむら よしたか〔別名義:岡村 喜隆、岡村 嘉… 岡村 嘉隆(おかむら よしたか〔別名義:岡村 喜隆、岡村 嘉孝〕、1935年 - )は、日本の俳優、演出家。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
立元 幸治(たちもと こうじ、1935年 - )は、日本の文… 立元 幸治(たちもと こうじ、1935年 - )は、日本の文筆家。 1960年、九州大学卒業後NHKに入局。主に教養番組の制作に従事。 チーフ・プロデューサー、部長、局長、審議委員等をつとめる。主な制作番組に、「情報と現代」「自然のシステムと人間」「近世日本の私塾」「日本の政治文化」「明治精神の構造」「大学の未来像」「無意識の構造」などがある。NHK退職後、九州産業大学などで「現代メディア論」や「情報文化論」「現代社会論」などの講義と研究に携わり、東和大学教授を定年で退職。現在は主に執筆講演活動を展開している。 主たる著作に、『転換期のメディア環境』(福村出版)、『こころの出家』(筑摩書房)、『こころの養生訓』『器量と人望~西郷隆盛という磁力』(PHP研究所)、『貝原益軒に学ぶ』(三笠書房)、『東京多磨霊園物語』『東京青山霊園物語』『鎌倉古寺霊園物語』(以上、明石書店)、『威ありて猛からず 学知の人西郷隆盛』(新講社)、『墓碑をよむ~無名の人生が映す、豊かなメッセージ』『人は鹿より賢いのか~甦る鳩翁道話、柴田鳩翁は、いま何を語るのか』『デュオする名言、響き合うメッセージ~墓碑を歩き、人と出会う、言葉と出会う』(以上、福村出版)、『還って来た山頭火~いま、私たちに何を語るのか』『年はとっても、年寄りにはなりたくない~いま、山頭火と語る、老いと人生』(以上、春陽堂)『いま、私たちは幸せに生きているのか~貝原益軒が語る新・幸福論』『〃出会い〃が人生を創る~〃自分の人生〃の物語を紡ぐ』『名言は、二度語る~一度はソロで、二度目はデュオで』(以上、展望社)などがある。
川端 春枝(かわばた はるえ、1935年 - ) は、著作家… 川端 春枝(かわばた はるえ、1935年 - ) は、著作家。父は哲学者佐野一彦、母は佐野えんね。妹は佐野綾目。夫は川端善明、長女は川端有子、長男は川端新、次女は川端咲子、三女は川端都。
永田 良昭(ながた よしあき、1935年 - )は、日本の心… 永田 良昭(ながた よしあき、1935年 - )は、日本の心理学者。学習院大学名誉教授。専攻は社会心理学。 1935年(昭和10年)東京府生まれ。学習院高等科卒業。京都大学文学部哲学科心理学専攻卒業。同大学大学院博士課程単位取得退学。 日本国有鉄道勤務、京都大学文学部助手、大阪女子大学講師を経て、1973年(昭和48年)学習院大学文学部哲学科助教授に着任。1975年(昭和50年)、心理学科増設に伴い心理学科助教授となる。1979年(昭和54年)から教授。学生部長、文学部長、大学院人文科学研究科委員長を歴任。2001年(平成13年)11月学習院大学学長に就任。2007年(平成19年)11月退任。 2011年(平成23年)11月瑞宝中綬章受章。
丹生谷 哲一(にうのや てついち、1935年 - )は、日本… 丹生谷 哲一(にうのや てついち、1935年 - )は、日本の歴史学者、大阪教育大学名誉教授。日本中世史専攻。 昭和10年(1935年)愛媛県八幡浜市生まれ。昭和33年(1958年)京都大学文学部史学科を卒業。その後、雲雀丘学園高校教諭、大阪教育大学教授を歴任、平成11年(1999年)定年を迎えて退任する。名誉教授の称号を授与。神戸女子大学教授。平成7年(1995年)著書の「日本中世の身分と社会」を出版した事で京大(京都大学)の文学博士となる。『検非違使』は中世(日本史の中世史)ブームの中で話題となった。
福島 正俊(ふくしま まさとし、1935年 - )は、日本の… 福島 正俊(ふくしま まさとし、1935年 - )は、日本の数学者。大阪大学名誉教授、英国Swansea大学名誉教授。専門は確率解析。 1935年 大阪府出身。理学博士(論文博士、論文主査は渡辺毅)。京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科修士課程修了、名古屋大学助手、京都大学講師、東京教育大学助教授、大阪大学助教授・教授、関西大学教授などを歴任。英国Swansea大学名誉教授。主な業績は「ディリクレ形式とマルコフ過程の研究」。師は伊藤清で、京都大学大学院では国田寛と同期同門、渡辺信三は一学年上であった。弟子に竹田雅好、中尾慎太郎がいる。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
北條 博厚(ほうじょう ひろあつ、1935年(昭和10年) … 北條 博厚(ほうじょう ひろあつ、1935年(昭和10年) - )は、日本の医学者。専門は小児科学、特に小児神経学。静岡県立こども病院第3代院長、名誉院長。医学博士。静岡市出身。 1954年(昭和29年)、静岡県立静岡高等学校卒業。京都大学医学部卒業。医学博士(京都大学)。滋賀県立近江学園、京都大学医学部附属病院小児科を経て、静岡県立こども病院に1977年の開院とともに勤務。1994年、同病院第3代院長。2001年、同名誉院長、伊豆医療福祉センター施設長(〜2003年)。2010年、瑞宝小綬章受章。2014年まで診療を続け、その後、静岡県立北特別支援学校校医、幼稚園の園医。静岡英和学院大学非常勤講師。
水垣 渉(みずがき わたる、1935年 - )は、日本のキリ… 水垣 渉(みずがき わたる、1935年 - )は、日本のキリスト教学者。京都大学名誉教授。 高知県生まれ。1957年京都大学文学部哲学科基督教学専攻卒業。1962年同大学院博士課程単位取得満期退学、京大文学部助手、1966年京都産業大学専任講師、1969年東京女子大学専任講師、1970年助教授、1975年京大文学部助教授、1981年教授、宗教学第二講座(キリスト教学)担任。1985年「宗教的探求の問題―古代キリスト教思想序説」で文学博士。1998年定年退官、名誉教授、近畿福祉大学教授。2005年退職。2006年日本基督教学会理事長。
村岡 健次(むらおか けんじ、1935年 - )は、日本の歴… 村岡 健次(むらおか けんじ、1935年 - )は、日本の歴史学者。和歌山大学・甲南大学名誉教授。専門はイギリス近代史。文学博士(京都大学)。 神奈川県出身。1959年京都大学文学部史学科卒業。1964年京都大学大学院文学研究科博士課程修了。和歌山大学教授、甲南大学教授、大手前大学教授を歴任。1987年 京都大学 文学博士 博士論文は「ヴィクトリア時代の政治と社会 」。
羽生 道英(はぶ みちひで、1935年 - )は、日本の歴史… 羽生 道英(はぶ みちひで、1935年 - )は、日本の歴史小説作家。 大阪府出身、近畿大学法学部卒業、国家公務員となるがのちに退職し、自営業。 日本文藝家協会会員、滋賀文学会名誉会長、滋賀文学散歩の会会長。 「歴史上の人物は善悪を決めつけられていることが多い」と述べており、藤堂高虎の悪評などを弁護する等、歴史上の人物の再評価を試みることが多い。
井関 利明(いぜき としあき、1935年 - )は、日本の社… 井関 利明(いぜき としあき、1935年 - )は、日本の社会学者。専攻は、経済社会学・行動科学・科学方法論・現代思想論・情報メディア論・ライフスタイル論・マーケティング論・ソーシャルマネジメント論・政策論。 学位は、社会学博士。慶應義塾大学名誉教授。 慶應義塾大学文学部人間科学科新設(1980年)。 慶應義塾大学総合政策学部・慶應義塾大学環境情報学部(SFC)創設の中心的人物(1990年)。 千葉商科大学政策情報学部新設(2000年)。 「環境情報」という言葉をつくりつつも、総合政策学部の教授となる.また、他にもさまざまな大学の新学部創設に関わる。大学改革を先導したイノヴェーターである.日本に「ライフスタイル」という言葉を持ち込み、「一人十色」という言葉をつくった。
岩崎 徹也(いわさき てつや、1935年 - )は、東京生ま… 岩崎 徹也(いわさき てつや、1935年 - )は、東京生まれの日本の精神科医、精神分析家。
小谷津 孝明(こやつ たかあき、1935年 - )は、日本の… 小谷津 孝明(こやつ たかあき、1935年 - )は、日本の認知心理学者、慶應義塾大学名誉教授。東京生まれ。1963年慶應義塾大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。1964年「網膜誘導法による仮現運動の実験的研究」で慶大文学博士。慶應義塾大学文学部助教授、1981年教授。1987年文学部長。2000年定年退任、名誉教授、日本橋学館大学教授・学長。2005年千歳科学技術大学理事長。2012年秋瑞宝中綬章受勲。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
櫻井 雅夫(さくらい まさお、1935年 - )は,日本の国… 櫻井 雅夫(さくらい まさお、1935年 - )は,日本の国際経済法学者。 東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒。『国際経済法の基本問題』で 法学博士(慶應)。アジア経済研究所経済協力調査室長、青山学院大学教授、慶應義塾大学教授、獨協大学教授を経て、2006年退職。この間、リオデジャネイロ・カトリック大学研究員(Pesquisador, PontifÍcia Universidade Católica do Rio de Janeiro〈PUC-Rio〉)、国際連合エカフェ(UN ECAFE)、エスカップ(UN ESCAP)事務局勤務。 経済協力賠償調査団員(現地調査)、経済協力評価調査(現地調査)、外国公務員に対する商業目的での贈賄に関する研究会座長、技術移転行動基準検討委員会委員、貿易・投資自由化の法的枠組み(受託調査)、在外企業の社会還元行為(受託調査・現地調査) 他 経済協力プロジェクト協議会委員、開発輸入問題処理対策会議専門委員、国際企業研究会委員、海外事業活動基本調査準備委員会委員・同委員会実務委員会委員、海外事業活動実態調査委員会委員(各年在外企業現地調査)、海外投資行動規準策定委員会専門委員、海外投資リスク問題懇談会委員、投資保証協定・投資保険研究会委員(国際機関・欧米各国政府現地調査)、貿易関連投資措置研究会委員、中小企業海外投資調査委員会委員、対中直接投資研究会委員(現地実態調査) 他 産業構造審議会専門委員、貿易保険審議会専門委員、同審議会幹事会幹事、同審議会ワーキンググループ委員 経済協力政策研究会委員、同研究会ワーキンググループ委員 アジア経済研究所特別講師、国際協力機構派遣専門家、同機構経済政策支援アドバイザリーグループ主査(外務省経由)、アジア経済研究所 「発展途上国の経済活動の国際化と法」 研究会委員、同研究所「国際復興開発銀行〈世銀〉・投資紛争解決国際センター『「外国投資の待遇のための法的枠組み』翻訳作業グループリーダー、輸出保険協会(現・日本貿易保険)貿易保険制度改善基礎委員会委員、日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)カントリー・リスク研究会委員、中小企業振興事業団(現・中小企業総合事業団)中小企業海外投資指導推進調査委員会委員、金属鉱物探鉱促進事業団(現・石油天然ガス・金属鉱物資源機構)投資環境調査委員会主査、他
林 瑞祥(はやし ずいしょう、1935年 - )は、日本の実… 林 瑞祥(はやし ずいしょう、1935年 - )は、日本の実業家。ヒューマックスグループ会長。台湾出身。 中国国民党の政治家・林以文の長男。弟にはヒューマックス副社長の林瑞禎(1937年 - )、ヒューマックスシネマ社長の林瑞峰(1941年 - )、ジョイパックグループの林光男(1943年 - )がいる。 慶應義塾大学経済学部卒業後、渡米しカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のビジネススクールに学び、修士号(Master of Business Administration)を取得。 日本フードサービス協会副会長などを歴任。
大矢 實圓(おおや じつえん、1935年 - )は、日本の真… 大矢 實圓(おおや じつえん、1935年 - )は、日本の真言律宗の僧。真言律宗大本山宝山寺住職。真言律宗第8世管長、真言律宗総本山西大寺第71世長老を務めた。僧階は大僧正。 1935年、京都府に生まれる。1946年に長福寺へ入寺し、1959年に高野山大学密教学科を卒業した。 1983年、真言律宗総本山西大寺の執事となる。1999年、真言律宗大本山宝山寺の貫主および長福寺住職に就任した。同年9月には、宝山寺住職で社会福祉法人宝山寺福祉事業団理事長であった松本實道の逝去に伴い、大矢が宝山寺住職および同事業団総裁に、辻村泰範が同事業団理事長に就任した。 2008年4月、真言律宗第8世管長および西大寺第71世長老に就任した。
草川 隆(くさかわ たかし、1935年 - 2022年)は、… 草川 隆(くさかわ たかし、1935年 - 2022年)は、日本の推理作家、SF作家、ノンフィクション作家。日本推理作家協会会員。 東京生れ。國學院大學国文科卒業。1968年にSF同人誌「宇宙塵」に連載した長編「時の呼ぶ声」でデビュー。「アポロは月に行かなかった」「幽霊は夜唄う」などのSFやホラーを発表。1986年には本格推理小説「個室寝台殺人事件」を発表し、以降はトラベル・ミステリー作品を多数発表。 2022年都内の施設で死去。
河内 賢隆(かわうち けんりゅう、1935年 - )は、日本… 河内 賢隆(かわうち けんりゅう、1935年 - )は、日本の英文学者、僧侶。駒澤大学名誉教授。千葉県の曹洞宗仁守寺住職。 千葉県生まれ。千葉県立国府台高等学校卒業。1975年駒澤大学大学院人文科学研究科英文学専攻。駒澤大学教養部教養教育等外国語英語科教授。日本英文学会、中世英文学会などに所属。 1993年、山口晃との共訳『ビルマ―タイ鉄道建設捕虜収容所- 医療将校ロバート・ハーディ博士の日誌 1942-45』で 第30回日本翻訳文化賞を受賞。大学を定年を前に退職。ドイツ語学者の河内信弘は弟。千葉市中央区の曹洞宗仁守寺住職。 著書に「シェイクスピアとその背景」「ウェアリー・ダンロップの戦争日記」「ビルマ‐タイ鉄道建設捕虜収容所」などの共訳書がある。
田上 太秀(たがみ たいしゅう、1935年 - )は、日本の… 田上 太秀(たがみ たいしゅう、1935年 - )は、日本の仏教学者、駒澤大学名誉教授。 ペルー・リマ生まれ。駒澤大学仏教学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。同博士課程満期退学。駒澤大学仏教学部助教授、教授、2006年定年退職、名誉教授。駒澤大学禅研究所所長。87年「菩提心の研究」で駒澤大学文学博士。他宗教については、イエスとムハンマドが現れなかったら、キリスト教もイスラム教も今日のような宗教にはならなかったであろうとしている
原田 道一(はらだ どういつ、1935年 - )は、日本の僧… 原田 道一(はらだ どういつ、1935年 - )は、日本の僧侶、文筆家。岐阜県の曹洞宗正宗寺東堂。 高山市生まれ。1941年春から半年間、三重県津市景雲寺(尼寺)に預けられ、剃髪。1963年駒澤大学仏教学部卒業。曹洞宗教化研修所青年コース(4年間)修了。岐阜県立高校教諭(倫理と社会科)を経て、正宗寺住職となる。住職としての職責のほか講演会、音楽会などを企画、運営。地元飛騨の地域、文化活動に積極的に関わる。 著書に「出あうところ わがいのち」「脳幹鍛練で『自分流の生き方』をつくる -いま、身心一如の時代に必要なこと」など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
酒井 董美(さかい ただよし、1935年 - )は、日本の民… 酒井 董美(さかい ただよし、1935年 - )は、日本の民話研究者。島根大学名誉教授。 島根県松江市出身。1957年島根大学教育学部卒業。その後、玉川大学文学部通信教育課程卒業。 島根県の中学校・高等学校に勤務した後、島根大学法文学部助教授、教授を務め、1999年に定年退官、名誉教授となる。その後、鳥取女子短期大学(現・鳥取短期大学)教授となり、2006年に退職した。 松江市大庭町にある出雲かんべの里館長に就任した。 山陰両県の口承文芸を収録・研究しており、2005年より山陰民俗学会会長となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
新谷 弘実(しんや ひろみ、1935年 - )は福岡県出身。… 新谷 弘実(しんや ひろみ、1935年 - )は福岡県出身。 新谷弘実は、健康法「シンヤビオジマ」を提唱している。 新谷の健康法に対しては、批判的な見方も寄せられている。著書の中にある牛乳は有害であるという記述に対し、社団法人の日本酪農乳業協会は、その科学的根拠に疑問を呈し、公開質問状を出した。疑似科学を検証する明治大学科学コミュニケーション研究所は、牛乳有害説は合理的でなく支持するデータもないと評した。一部の医師からは、「新谷医師の場合、牛乳を否定しつつその他のサプリ等を推奨」しているなど、否定的な意見が出ている。
朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)… 朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)は、日本の西洋中世史学者、ノートルダム清心女子大学名誉教授。 宮崎県出身。1958年、上智大学文学部史学科卒業。1963年、上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。1969年ノートルダム聖心女子大学助教授、教授、2005年定年退任、名誉教授。1996年、『修道院』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。
武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工… 武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工学者。専門は電気工学。工学博士(信州大学)。工学部初の女性教授。日本女性科学者の会会員。
徳江 京子(とくえ きょうこ、1935年 - )は日本の元フ… 徳江 京子(とくえ きょうこ、1935年 - )は日本の元フィギュアスケート選手。ローラースケート選手。専修大学卒。兄はフィギュアスケート選手の徳江洋。 満洲新京生まれ。スケートは家の庭でリンクを作り練習した。戦後の昭和21年10月に満州より引き揚げてきた。一家は栃木県日光市に住む。 フィギュアスケート競技では、小学生6年の12歳のとき1947年の第15回全日本選手権兼第1回国体に宮城県代表で出場し、3位となる。 1954年(昭和29年)、ローラースケート競技に転向する。1956年の第4回の全日本フィギュア選手権大会から5年連続で1位となる。1956年の全日本選手権では、女子1名の参加であったが、総得点は男子1位を上回った。
鈴木 儀雄(、1935年〈昭和10年〉 - )は、日本の映画… 鈴木 儀雄(、1935年〈昭和10年〉 - )は、日本の映画美術監督、娯楽デザイナー。東京都出身。 多摩美術大学彫刻科に在学中(1年生、19歳)の1954年に東宝のアルバイト募集を見て、開米栄三の造形助手として初代ゴジラのスーツ製作に参加する。1959年に大学を卒業し、3か月契約で東宝特殊技術課の撮影助手となる。その後、1961年より美術スタッフに転向する。 1968年に円谷英二に抜擢され、『マイティジャック』より円谷プロに美術監督(本編)として出向する。それ以降、『戦え! マイティジャック』や『恐怖劇場アンバランス』『独身のスキャット』『ウルトラマンA』『ウルトラマンタロウ』『ウルトラマンレオ』といった一連の円谷プロ作品の美術監督を担当する。
佐治 薫子(さじ しげこ、1935年 - )は、日本の音楽教… 佐治 薫子(さじ しげこ、1935年 - )は、日本の音楽教育者。千葉県少年少女オーケストラ現音楽監督。公益財団法人千葉県文化振興財団特別参与。白井誠・星野保由両氏の勧めで、リード合奏の指導に情熱を傾け、J.S.バッハの音楽を中心に演奏活動をし「山の中のバッハ先生」として全国放送された。音楽教員時代の40年間の間に赴任先の学校にて40回以上の全国優勝に導き、すべての赴任先の学校をTBSこども音楽コンクールやNHK全国合奏コンクールなどにおいて、文部大臣(現・文部科学大臣)奨励賞(日本一)に導いた。この過程で、千葉県の小中学校のオーケストラを全国レベルに高めた。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
吉田 祐夫(よしだ すけお、1935年(昭和10年) - )… 吉田 祐夫(よしだ すけお、1935年(昭和10年) - )は、日本の研究者、専門は経営工学、生産工学。
井戸垣 彰(いどがき あきら、1935年 - 1994年6月… 井戸垣 彰(いどがき あきら、1935年 - 1994年6月)は、日本の牧師、キリスト教の著作家。 鳥取県出身。労働省(現、厚生労働省)、大蔵省に勤務した。中央大学第2法学部、聖書神学舎(現、聖書宣教会)卒業。日本福音キリスト教会連合、岩井キリスト教会牧師(井戸垣没後は、夫人が同教会の伝道師 をしていたが、牧師と再婚した)。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
尾上 壽男(おのえ ひさお、1935年〈昭和10年〉 - )… 尾上 壽男(おのえ ひさお、1935年〈昭和10年〉 - )は、日本の実業家。グローリー名誉会長。姫路商工会議所顧問。父はグローリー工業社長の尾上壽作。祖父は国栄機械製作所(現グローリー)創業者の尾上作兵衛。 兵庫県姫路市出身。物心ついたのは4、5歳ころの1940年前後で、当時尾上家の家業である会社は国鉄姫路駅の南西にあり、自宅はその隣だった。家は割合裕福だった。父の壽作は乗馬が好きで、馬を飼っていた。父が家庭では「うるさいおやじ」だったため、親元を離れたくて地元の高校を卒業すると東京へ出た。中央大学理工学部へ進んだ。よく遊んだので成績は中ぐらいだった。 大学を卒業した1959年は就職難で、職が決まらなかった。
兼清 弘之(かねきよ ひろゆき、1935年 - )は、日本の… 兼清 弘之(かねきよ ひろゆき、1935年 - )は、日本の経済学者。明治大学名誉教授。専門は社会政策。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
佐藤 東九男(さとう とくお、1935年 - )は、東京工芸… 佐藤 東九男(さとう とくお、1935年 - )は、東京工芸大学名誉教授。 両親がそれぞれ東北・九州の出身ということで「東九男」と命名される。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
住吉 博(すみよし ひろし、1935年〈昭和10年〉- )は… 住吉 博(すみよし ひろし、1935年〈昭和10年〉- )は、日本の法学者。専門は、民事手続法(民事訴訟法・民事執行法・民事保全法)、司法書士の地位向上に関する研究。中央大学名誉教授。大宮法科大学院大学元学長。弁護士。 大阪府大阪市生まれ。1954年麻生塾工業高等学校卒業。中央大学法学部通信教育課程入学。その後、法学部政治学科通学課程に転籍。1962年中央大学法学部政治学科卒業。1964年司法修習修了。中央大学法学部助手。 1968年同法学部助教授。1975年同法学部教授。その後、1987年から1992年まで旧司法試験第二次試験考査委員も務めた。2004年中央大学定年退職。同名誉教授。同年、大宮法科大学院大学初代学長。
船越隆司(ふなこし りゅうじ、1935年- )は、日本の法学… 船越隆司(ふなこし りゅうじ、1935年- )は、日本の法学者。専門は民法。中央大学名誉教授。兵庫県出身。片山金章門下 1960年中央大学法学部卒業。同法学部助手。 1965年中央大学大学院法学研究科民事法専攻修了。1965年ドイツ・アメリカに研究留学。1965年中央大学法学部助教授。1972年中央大学法学部教授。2006年中央大学定年退職。同名誉教授。国際学院埼玉短期大学健康栄養学科客員教授。2010年国際学院埼玉短期大学退職。 尚学社から出版されていた理論と実際の体系シリーズは、1990年代から2000年代初頭にかけて「船越民法」として国家資格受験者(特に、司法試験受験者)より受験参考書として愛読されていたことがある。
野口 幸弘(のぐち ゆきひろ、1935年 - )は、西南学院… 野口 幸弘(のぐち ゆきひろ、1935年 - )は、西南学院大学人間科学部社会福祉学科元教授。元人間科学部長。大学院人間科学研究科非常勤講師。教育学修士、LD教育士スーパーバイザー。福岡市保健福祉審議会 障がい者保健福祉専門分科会委員。福岡市強度行動障がい者支援調査研究会座長。福岡市障がい者等地域生活支援協議会会長として福岡市の強度行動障がい者集中支援事業を実施する拠点「障がい者地域生活・行動支援センターか~む」の開設、運営に尽力した。 この項目は、教育に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
町田 貢(まちだ みつぐ、1935年 - )は、日本の外交官… 町田 貢(まちだ みつぐ、1935年 - )は、日本の外交官。元駐韓日本大使館公使、韓国・成均館大学教授、現会社役員。 新潟県刈羽郡小国村(現・長岡市)出身。大阪商業大学附属高等学校卒業。1958年、天理大学外国語学部朝鮮学科卒業。同年、外務省に入省。1年間研修後、米国テキサス州のヒューストン総領事館勤務。 1964年、ソウル(半島ホテル)駐在。1965年、在釜山日本国総領事館副領事に就任。 1973年、在ソウル大使館政治部に異動。同年11月、金大中と初めて会う。1997年12月の大統領当選直後まで24年にわたって直接付き合い、泣き笑いを共にした。外交官人生の大半の期間をこの事件と向き合って過ごすことになった。
阿曾村 邦昭(あそむら くにあき、1935年‐)は、日本の外… 阿曾村 邦昭(あそむら くにあき、1935年‐)は、日本の外交官 。書籍等の著者名では「阿曽村 邦昭」と表記されている。 1935年、秋田県秋田市生まれ。東京大学農業経済学科及び米国アマースト大学政治学科各卒業。 外務省に入り、1988年に在ベトナム、1991年に在チェコスロバキア(1993年チェコに改称)、1994年に在ベネズエラ各特命全権大使を歴任した。 その後、富士銀行顧問、麗澤大学外国語学部客員教授、吉備国際大学大学院国際協力研究科科長(主任教授)、ノースアジア大学法学部教授、日本紛争予防センター所長、ジャパン・プラットフォームNGOユニット理事、(社)ラテンアメリカ協会理事、(株)インターナショナル映画社取締役会長を経て、(岡山県)公設国際貢献大学校教授、日本教育再生機構代表委員、認定NPO法人「難民を助ける会」顧問、「メコン地域研究会」会長を務めた。
生野 善応(いくの ぜんのう、1935年 - )は、浄土宗僧… 生野 善応(いくの ぜんのう、1935年 - )は、浄土宗僧侶、仏教学者、教育者。ビルマ仏教。 東京生まれ。1963年東京大学文学部宗教学科卒、1968年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。浄土宗光福寺住職。芝中学校・高等学校教諭。
一丸 節夫(いちまる せつお、1935年 - )は、日本の物… 一丸 節夫(いちまる せつお、1935年 - )は、日本の物理学者。 専門はプラズマ理工学。大阪府出身。
井村 伸正(いむら のぶまさ、1935年 - )は、日本の薬… 井村 伸正(いむら のぶまさ、1935年 - )は、日本の薬学者(衛生薬学)。薬学博士。北里大学名誉教授。財団法人日本薬剤師研修センター理事長。1997年(平成9年)に紫綬褒章受章。
岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッ… 岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッソ社員の水俣病研究者。 東京生まれ。1957年東京大学法学部卒業、新日本窒素肥料(現・チッソ)入社。1970-1977年チッソ水俣工場第一組合委員長。1990年チッソ退社。水俣病市民会議会員。 1990年『聞書 水俣民衆史』(松崎次夫共編)にて第44回毎日出版文化賞(特別賞)を受賞。その後2001年には西村肇との共著『水俣病の科学』にて、第55回毎日出版文化賞(第3部門)を受賞。