遠藤 環(えんどう たまき、1951年 - )は、日本の演出… 遠藤 環(えんどう たまき、1951年 - )は、日本の演出家、プロデューサー。元・TBSプロデューサー、一般社団法人日本映画テレビプロデューサー協会理事。2000年代の一時期は「えんたま」名義で活動していた。 1951年東京都生まれ。1975年一橋大学卒、TBS(当時の東京放送、現・東京放送ホールディングス)に入社。制作局に配属されテレビドラマの演出を担当。演出は主に八木康夫や伊藤一尋プロデュースのドラマで担当していた。昭和50年代にはバラエティ制作部門に異動していた時期があり、上司の山田修爾の下で『ザ・ベストテン』を担当した他、『ザ・チャンス!』『ぴったし カン・カン』等の1980年代を代表するTBSの人気バラエティ番組のディレクターも数多く担当した。
平子 友長(たいらこ ともなが、1951年 - )は、日本の… 平子 友長(たいらこ ともなが、1951年 - )は、日本の哲学者、思想史家。一橋大学名誉教授。フンボルト大学客員教授、清華大学特聘教授、日本MEGA編集委員会全国グループ代表、日本哲学会理事等を歴任した。 1974年一橋大学社会学部卒業。1976年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、社会学修士。 1979年同博士課程単位修得退学。指導教官は岩崎允胤だが、のちに平子の実践的唯物論の立場からのマルクス主義解釈が岩崎から批判を受け決別。 1979年一橋大学社会学部助手。1981年北海道大学経済学部助教授。1987年一橋大学社会学部助教授。1994年同教授。2000年オスナブリュック大学社会科学部客員研究員。
竹森 裕子(たけもり ひろこ、1951年 - )は、日本の弁… 竹森 裕子(たけもり ひろこ、1951年 - )は、日本の弁護士。横浜弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長を務めた。 広島県呉市の瀬戸内海の島出身。1974年一橋大学法学部卒業、一橋大学社会学部学士入学。1975年大学を休学しコンピュータソフト会社に入社。1979年に一橋大学社会学部卒業後専業主婦となるが、1985年に旧司法試験に合格し、1988年横浜弁護士会に弁護士登録。2007年横浜弁護士会副会長。2015年から横浜弁護士会会長を務め、神奈川県弁護士会への名称変更にあたった。2018年日本弁護士連合会副会長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
中馬 宏之(ちゅうま ひろゆき、1951年 - )は、日本の… 中馬 宏之(ちゅうま ひろゆき、1951年 - )は、日本の経済学者。専門は、産業経済論・経済理論・労働経済学。学位は、Ph.D(ニューヨーク州立大学バッファロー校・1984年)。一橋大学名誉教授及び成城大学名誉教授。 南イリノイ大学助教授・東京都立大学 (1949-2011)助教授・大阪大学社会経済研究所客員助教授・一橋大学イノベーション研究センター教授・イェール大学客員教授等を歴任。その後、日清紡ホールディングス社外取締役を経て、現在、日清紡ホールディングス・シニアアドバイザー、日本無線及び日清紡マイクロデバイスの社外取締役を兼務。米国農業経済学会賞・冲永賞を受賞。
滑川 雅士(なめかわ まさし、1951年 - )は、日本の内… 滑川 雅士(なめかわ まさし、1951年 - )は、日本の内閣府官僚。内閣官房内閣審議官兼構造改革特区推進室長、駐フィジー特命全権大使、電通顧問、ミクロネシア連邦大統領補佐官等を務めた。 1974年一橋大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。国土庁出向、経済企画庁長官秘書官事務取扱、経済企画庁調整局対日投資対策室長、総合研究開発機構総務部長等を経て、タイ王国に派遣され長期経済発展計画を担当。2001年外務大臣官房審議官(経済協力局担当)。2003年内閣官房内閣審議官兼地域再生推進室長兼内閣府地域再生事業推進室長、内閣官房構造改革特区推進室長、内閣府構造改革特区担当室長。2005年フィジー兼キリバス兼ナウル駐箚特命全権大使。
福島 富士男(ふくしま ふじお、1951年 - )は、日本の… 福島 富士男(ふくしま ふじお、1951年 - )は、日本のアフリカ文学研究者、翻訳家。首都大学東京教授。 宮崎市生まれ。一橋大学卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。國學院大學助教授、都立大学助教授を経て、首都大学東京基礎教育センター教授。 南アフリカやジンバブエを中心とする英語、ショナ語などの現代文学、アフリカの民話、口承文芸を専攻する。ナディン・ゴーディマの翻訳が多い。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
丸山 雅祥(まるやま まさよし、1951年 - )は、日本の… 丸山 雅祥(まるやま まさよし、1951年 - )は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授。日経・経済図書文化賞、日本商業学会優秀賞、三島海雲記念財団学術研究奨励賞等受賞。 大阪府生まれ。1979年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位修得退学。荒憲治郎らの指導を受けた。1992年「日本市場の競争構造に関する研究」で神戸大学より商学博士の学位を取得。岡山大学講師、助教授、1989年神戸大学経営学部助教授を経て、1993年教授となる。2017年定年退任、名誉教授。 1988年『流通の経済分析』で日本商業学会奨励賞受賞。1993年『日本市場の競争構造』で日経・経済図書文化賞及び日本商業学会優秀賞受賞。2007年三島海雲記念財団学術研究奨励賞受賞。
大塚 豊(おおつか ゆたか、1951年 - )は、日本の教育… 大塚 豊(おおつか ゆたか、1951年 - )は、日本の教育学者、広島大学名誉教授、福山大学学長。比較教育学専攻。 1973年広島大学教育学部教育学科卒業、1975年米国ジョージ・ピーボディ教育大学大学院修士課程修了、広島大学大学院教育学研究科博士課程中退。 1995年「現代中国高等教育の原型形成過程に関する研究」で広島大学より教育学博士の学位を取得。1978年広島大学大学教育研究センター助手、1980年国立教育研究所(現国立教育政策研究所)研究員、1988年主任研究官、1990年広島大学大学教育研究センター助教授、1995年教授、1998年名古屋大学国際開発研究科教授、2004年広島大学教育学研究科教授。
河野 和清(こうの かずきよ、1951年 - )は、日本の教… 河野 和清(こうの かずきよ、1951年 - )は、日本の教育行政学者、広島大学教授。 広島県生まれ。高知大学卒業後,1976年広島大学大学院教育学研究科博士課程前期(教育行政学専攻)修了。1979年茨城大学教育学部助手、講師、助教授。1991年広島大学教育学部助教授。94年「現代アメリカ教育行政学の研究 行動科学的教育行政学の特質と課題」で広島大学より教育学博士の学位を取得。2001年広島大学教育学研究科教授。元日本教育行政学会会長(2010-2013)。 2019年京都光華女子大学教授。
村田 文雄(むらた ふみお、1951年または1952年 - … 村田 文雄(むらた ふみお、1951年または1952年 - )は、日本の地方公務員。福島県生活環境部長、福島県副知事、同県信用保証協会会長などを歴任。 福島大学経済学部卒業、福島県庁に入庁し、生活環境部長 を経て副知事。2013年 (平成25年) 6月 復興庁の参事官が自らのツイッターで被災地などを中傷するつぶやきをしていた問題で、谷公一、浜田昌良の両復興副大臣が同県庁などを訪れ、謝罪した際に対応。「誠に遺憾で、厳重に抗議する」と述べた。 2014年12月 県総務部長の鈴木正晃を後任として副知事退任。後に福島県信用保証協会会長。 2022年、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )… 山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )は、日本の陸上自衛官、研究者、軍事評論家。最終階級は陸将。国際大学国際関係学研究科教授。タフツ大学フレッチャー・スクール修士。元ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所国家安全保障客員フェロー。三重県出身。 1974年、防衛大学校卒業。第18期。同期に火箱芳文、杉本正彦など。 同年、陸上自衛隊航空科部隊配属。1983年、陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。1988年フレッチャー・スクール修了、同修士号取得。1991年、ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所客員研究員。 外務省北米局日米安全保障条約課出向、統合幕僚会議事務局軍備管理・軍縮班長、第11師団司令部第3部長(作戦担当)、陸上幕僚監部防衛調整官を経て、1999年から2001年まで外務省在アメリカ合衆国日本国大使館首席防衛駐在官(外務事務官・在米国日本大使館付参事官(国防・陸軍担当))。
石村 博子(いしむら ひろこ、1951年 - )は、日本のル… 石村 博子(いしむら ひろこ、1951年 - )は、日本のルポルタージュ作家、ノンフィクション作家。北海道室蘭市生まれ。法政大学卒業[要出典]。フリーライターとして活動、著書多数。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小林 修一(こばやし しゅういち、1951年-)は、日本の社… 小林 修一(こばやし しゅういち、1951年-)は、日本の社会学者、東洋大学教授。専攻は社会学理論、文化社会学、社会学思想。 東京都生まれ。1982年法政大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程満期退学。青森大学助教授、群馬大学社会情報学部助教授、教授、東洋大学社会学部教授。2003年「人間学からの社会学 社会学的パラダイムの新たな展開」で東洋大学社会学博士。
櫛部 武俊(くしべ たけとし、1951年 - )は、日本の社… 櫛部 武俊(くしべ たけとし、1951年 - )は、日本の社会運動家。元釧路市職員(ケースワーカー)。釧路社会的企業創造協議会副代表。 北海道富良野市出身。北星学園大学文学部社会福祉学科卒業。1975年に釧路市職員に採用される。当初障害児施設に勤務。1988年より保護課に異動。以後、生活保護を受け持つ業務を担当する。1990年代以降、釧路市では産業構造の変化に伴い、生活保護世帯数が増加した。その状況下で、2004年より厚生労働省による生活保護者自立支援プログラムのモデル事業を釧路市で実施することとなり、生活福祉事務所主幹としてこれに携わった。櫛部は「親や子どもの自助努力に問題を転嫁させないアプローチの創造が必要であることを学んだ」と述べている。
石飛 道子(いしとび みちこ、1951年 - )は、日本の仏… 石飛 道子(いしとび みちこ、1951年 - )は、日本の仏教学者。北星学園大学非常勤講師。札幌大谷大学特任教授。専門はインド哲学、龍樹思想。 北海道生まれ。北海道大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士課程単位取得退学。
眞並恭介(真並恭介、しんなみ きょうすけ、1951年- )は… 眞並恭介(真並恭介、しんなみ きょうすけ、1951年- )は、日本のノンフィクション作家。 大阪府茨木市生まれ。北海道大学文学部ロシア文学科卒業。出版社、編集プロダクション勤務を経て、1992年にライブストーン株式会社を設立、代表(2016年解散)。主に医学・医療分野の雑誌・書籍の編集出版に従事する。2002年から2014年まで、毎日新聞大阪本社特約記者。2015年『牛と土 福島、3.11その後。』で講談社ノンフィクション賞受賞。
中野 麻美(なかの まみ、1951年 - )は、日本の弁護士… 中野 麻美(なかの まみ、1951年 - )は、日本の弁護士。 1975年北海道大学法学部卒業。1979年弁護士登録(東京弁護士会)。NPO派遣労働ネットワーク理事長。夫は寺井一弘。りべるて・えがりて法律事務所に所属し、労働問題を取り扱う。
藤田 美津夫(ふじた みつお、1951年 - )は、日本の弁… 藤田 美津夫(ふじた みつお、1951年 - )は、日本の弁護士。札幌弁護士会会長や、北海道弁護士会連合会理事長、日本弁護士連合会副会長等を務めた。 北海道釧路市出身。1976年北海道大学法学部卒業。司法修習30期を経て、1978年弁護士登録。1982年藤田法律事務所設立。労働事件や行政事件を扱い、1998年には北海タイムスの破産管財人を務めた。 国土交通省北海道開発局コンプライアンス第三者委員、札幌家庭裁判所調停委員、札幌学院大学非常勤講師等を歴任。2004年札幌弁護士会会長。2005年北海道弁護士会連合会理事長。2007年日本弁護士連合会副会長。2021年旭日中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
宮田 和保(みやた かずやす、1951年 - )は、日本の経… 宮田 和保(みやた かずやす、1951年 - )は、日本の経済学者。北海道教育大学名誉教授。専門は社会経済学(マルクス経済学)・言語論。 熊本県上益城郡益城町生まれ。北海道大学経済学部卒業。同大学大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。北海道大学で唐渡興宣のゼミに所属。北海道教育大学教育学部岩見沢校助教授、教授を経て、名誉教授。基礎経済科学研究所、経済理論学会に所属。
近藤 隆之(こんどう たかゆき、別表記: 近藤 隆之、195… 近藤 隆之(こんどう たかゆき、別表記: 近藤 隆之、1951年または1952年 - )は、日本の地方公務員、海事実業家。愛知県建設部長、名古屋港管理組合副専任管理者を歴任。瑞宝小綬章受章。 三重大学農学部卒業。1975年 愛知県庁採用、同県建設部道路建設課長、同県道路監、同県技監。2011年 (平成23年) 1月 川西寛の後任として同県建設部長。2013年3月 平井雄二を後任として同職、愛知県庁退職。同年6月 名古屋港管理組合副専任管理者。同組合の実務トップである同職に国出身者以外が就任するのは初めてだった。名古屋コンテナ埠頭株式会社代表取締役社長。2016年4月 同社が名古屋港埠頭会社と合併し、代表取締役副社長。
伊坂重春(いさか しげはる、1951年 - )は、日本の建築… 伊坂重春(いさか しげはる、1951年 - )は、日本の建築家。一級建築士。株式会社伊坂デザイン工房代表。武蔵野美術大学非常勤講師。 北海道生まれ。1976年武蔵野美術大学産業デザイン学科卒業。髙島屋設計部やスタジオA、江平建築設計事務所などを経て、1983年東京で、佐藤(伊坂)道子と共に、伊坂デザイン工房を設立した。1995年(平成7年)より武蔵野美術大学非常勤講師。1998年には渡辺邦夫とともに、親族の伊坂重孝が社長を務めた札幌テレビ放送のイベントホール「札幌メディアパーク・スピカ」の設計に携わり、デザインを担当した。 親族に札幌学院大学元理事長で、札幌テレビ放送元社長の伊坂重孝や、学校法人札幌学院大学専務理事を務めた伊坂員維がいる。
高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の… 高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の美術評論家。武蔵野美術大学名誉教授。2022年、同大学芸術文化学科教授を退官。 1951年、宮城県生まれ。 武蔵野美術短期大学デザイン科商業デザイン専攻卒業。1978年、週刊書評紙「日本読書新聞」編集部入社。編集者として6年間勤務。学術書評欄を担当しながら美術・デザイン・写真・建築の記事を企画。同紙編集長を経て、美術批評(近現代美術/デザイン史)に携わる。 1994年 - 1995年、2001年 - 2002年ギャラリーαMキュレーター。
高橋 丁未子(たかはし てみこ、1951年 - )は、日本の… 高橋 丁未子(たかはし てみこ、1951年 - )は、日本のエッセイスト、編集者、書店店主。ギャラリスト。 東京都文京区本郷に育つ。武蔵野美術短期大学卒業後、北宋社の編集者になり、橋本治の『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』や末井昭の『素敵なダイナマイトスキャンダル』などの他、村上春樹の研究読本の編集を手がける。その後、村上春樹を題材にしたエッセイ本などを出しながら、書店「ヴァリエテ本六」の店主となった。ヴァリエテ本六は2019年8月をもって閉店。 Amazon-高橋丁未子参照
佐々木 利廣(ささき としひろ、1951年(昭和26年) -… 佐々木 利廣(ささき としひろ、1951年(昭和26年) - )は、日本の経営学者。京都産業大学名誉教授。主な研究領域は経営組織論、組織間関係論。 愛媛県出身。明治大学政治経済学部経済学科卒業。明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
太田 恵美(おおた めぐみ、1951年 - )は、日本のコピ… 太田 恵美(おおた めぐみ、1951年 - )は、日本のコピーライター。女性。 京都市北区出身。明治学院大学卒業。 代表作は1993年開始の東海旅客鉄道(JR東海)「そうだ 京都、行こう。」キャンペーン。 2014年時点の近作には「贅沢していい人/サントリーBOSS 贅沢微糖」「ここは水も空気も風も信じられる。/サントリー南アルプスの天然水」「Pasco 超熟」などがある。
志満 順一(しま じゅんいち、1951年 - )は、日本の録… 志満 順一(しま じゅんいち、1951年 - )は、日本の録音技師である。株式会社サウンドデザイン ユルタ代表取締役。日本映画・テレビ録音協会理事長。 1951年、東京都生まれ。明治学院大学在学中から助監督や自主映画製作に従事。1977年頃から、録音助手としてテレビ・映画の現場で経験を積む。 1989年公開の映画『ザジ ZAZIE』で録音技師デビュー。1990年公開の映画『ほしをつぐもの』から現場録音やポストプロダクションにてサウンドデザインを行うようになり、以降フリーの録音技師として数々の映画作品の録音を担当。 1997年、浦田和治、弦巻裕と共に株式会社サウンドデザイン ユルタを設立(2022年から代表取締役)、東京都渋谷区にて映画・CM・テレビドラマ・ネット配信・ドキュメンタリーなどの映像の現場録音から仕上げ作業まで音に関する全ての作業を一貫して行っている。
黒木 賢一(くろき けんいち、1951年 - )は、日本の臨… 黒木 賢一(くろき けんいち、1951年 - )は、日本の臨床心理学者。臨床心理士。大阪経済大学人間科学部教授。専門は、心理臨床学(治療論,心身論)、トランスパーソナル心理臨床、気功学。 兵庫県生まれ。桃山学院大学社会学部卒業。カリフォルニア州立大学ヘイワード校大学院教育心理学専攻修士課程(M.S. in Counseling)修了。帰国後,大阪の高石クリニック(大阪心理療法センター)心理士として勤務。 芦屋心療オフィス所長を経て、現在,大阪経済大学人間科学部・人間科学研究科教授。
安部 司(あべ つかさ、1951年 - )は、日本の食品添加… 安部 司(あべ つかさ、1951年 - )は、日本の食品添加物評論家。 福岡県福岡市生まれ。特定非営利活動法人熊本県有機農業研究会メンバー(JAS判定員)。経済産業省国家資格水質第一種公害防止管理者。食品製造関係の特許4件取得。 山口大学文理学部化学科を卒業したのち総合商社の食品課に勤め、食品添加物の営業に従事していたが、ある日、自宅の食卓に自分が開発に関わったミートボールを発見し、自分の子供たちに食べさせたくないものを自分が作っていたということに初めて気がつき、愕然とした。ほどなく会社を退職。 2018年に一般社団法人加工食品診断士協会を設立した。 講演では、食品添加物やパウダー状の食品・香辛料を数十種類持ち込み、白い粉だけでできるインスタントラーメンのスープや、清涼飲料水の合成を実演して見せる。
渦原 実男(うずはら じつお、1951年 - )は、日本の経… 渦原 実男(うずはら じつお、1951年 - )は、日本の経営学者。専攻は流通論。 二浪の末、横浜国立大学経済学部に入学、その後も苦学を重ねて旧神戸商科大学(現兵庫県立大学)大学院修士課程を修了、経営学修士。遙か僻遠の北海道にて旭川大学経済学部講師などを経たのち、現在は本州を飛び越え西南学院大学商学部にて教授を務めている。2010年、佐賀大学大学院工学系研究科より「博士(学術)」(課程博士)を授与される。学位請求論文名は「総合小売業の業態展開とイノベーション」、審査員(主査)は岩永忠康・佐賀大学経済学部教授。所属する学会は、日本流通学会、日本消費経済学会、日本商業学会、日本消費者教育学会。主な社会活動としては、特定非営利活動法人コンシューマー福岡の理事。
一ノ瀬 和夫(いちのせ かずお、1951年 - )は、日本の… 一ノ瀬 和夫(いちのせ かずお、1951年 - )は、日本のアメリカ演劇学者。 1975年早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、1981年立教大学大学院文学研究科英米文学専修博士課程単位取得満期退学、都留文科大学文学部英文学科講師、1984年助教授、1992年立教大学一般教育部助教授、1998年立教大学経済学部助教授、2001年教授、2008年立教大学異文化コミュニケーション学部長。立教大学異文化コミュニケーション学部の設立に準備室長として関わり、2008年の開設と同時に初代学部長に就任。退任後退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
角山 剛(かくやま たかし、1951年- )は、日本の心理学… 角山 剛(かくやま たかし、1951年- )は、日本の心理学者、東京未来大学学長。 新潟県生まれ。立教大学文学部心理学科卒、1983年同大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。立教大学助手、国際商科大学、(のち東京国際大学)助教授、教授を経て2011年9月東京未来大学教授・同モチベーション研究所所長。2018年学長。専門は、産業・組織心理学、社会心理学。
山下 智司(やました ともじ、1951年 - )は、日本の実… 山下 智司(やました ともじ、1951年 - )は、日本の実業家、株式会社呉竹荘会長。 1951年生まれ。1974年3月、立教大学社会学部観光学科卒業。1948年に料亭旅館として静岡県浜松市で創業した家業である呉竹荘を、社長として2000年以降、ビジネスホテル事業を中心に、運営施設を積極的に新設。合わせて既存のホテルの経営権の継承も進め、グループ傘下のホテル数を増やし、事業規模を拡大させた。 2012年には、老舗ホテルの蒲郡プリンスホテル(旧・蒲郡ホテル)を傘下とし、蒲郡クラシックホテルとして営業を開始した。事業エリアも東海地域に加え、東京、大阪、北海道、広島など全国に展開し、ベトナムやインドネシアなど海外展開も行っている。
ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。… ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。釜ヶ崎再生フォーラム前事務局長。鹿児島県出身。 立命館大学経済学部卒業後、大阪市西成区萩之茶屋にある財団法人西成労働福祉センターに勤務。1977年同センターを利用する日雇い労働者向けの広報誌(センターだより)に4コマ漫画を描き始める。その後青年誌や新聞にてあいりん地区(釜ヶ崎)を舞台に日雇い労働者の姿を描いた『カマやん』シリーズなどを連載する。近年は南北問題や地雷問題、まちづくり問題にも関わる。大阪府箕面市在住。 ありむらのほとんどすべてのマンガで主人公となっているカマやんは戦災孤児であり、戦後の混乱期からずっと釜ヶ崎で生きてきた、生粋のカマの人間である。
木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本… 木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本近代文学研究者。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2008年)(学位論文『画文共鳴』)。甲南大学名誉教授。専門は石川啄木研究、および近代日本文学と美術の交流の研究。 兵庫県生まれ。1975年立命館大学文学部日本文学科卒、1982年同大学院博士課程単位取得満期退学。国崎望久太郎に師事。甲南大学助教授、文学部日本文学科教授、文学部学部長(2014~2015年度)。2008年『画文共鳴』で立命館大学より文学博士の学位を取得。2020年退職、名誉教授となる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家… 松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立中央高等学校、立命館大学産業社会学部を卒業後、自動車業界紙「ユーストカー」記者、自動車雑誌やアウトドア誌の編集者を経てフリーの評論家として独立。「カーセンサー」「中古車情報」など人気自動車雑誌誌上で活躍中。元々、庶民的な視点で評論するスタイルをとってきたが、最近は安全装備面を重視する傾向が見られる。新車と中古車の購入ガイドやローン・保険など車に関する経済情報に詳しい。[独自研究?]趣味はプロレス観戦と映画鑑賞で、カレーが大好物。クルマテレカのコレクターとしても知られ、今まで集めた数は数千枚にも達する(同じ種類のカードを保存用と交換用の2枚ずつ持つのが持論らしい)。
村上 美登志(むらかみ みとし、1951年 - )は、日本の… 村上 美登志(むらかみ みとし、1951年 - )は、日本の文学者。舞鶴工業高等専門学校人文科学科教授。公立若狭高等看護学院教員。 研究分野は国文学、中世文学、中国語・中国文学、漢文学、ライトノベル、文学一般。 1990年(平成2年)、立命館大学大学院文学研究科を修了し、1993年に博士(文学)の学位を得ている。
鈴木 徳男(すずき のりお、1951年 - )は、日本の国文… 鈴木 徳男(すずき のりお、1951年 - )は、日本の国文学者。相愛大学教授。専攻は中古、中世和歌文学。 1975年、早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業。1981年、龍谷大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得。1982年、相愛女子短期大学専任講師、1989年助教授、1993年教授。2003年、相愛大学人文学部教授。人文科学研究科長。 2002年「『俊頼髄脳』の研究」で龍谷大学博士(文学)。
霜月 たかなか(しもつき たかなか、1951年 - )は、フ… 霜月 たかなか(しもつき たかなか、1951年 - )は、フリーライター、漫画評論家。本名は原田 央男(はらだ てるお)。コミックマーケット初代代表、元東洋大学文学部通信教育課程非常勤講師。 埼玉県出身。1971年に和光大学入学。1975年に米澤嘉博、亜庭じゅんらと漫画批評集団「迷宮」を結成。その活動の一環として漫画同人誌の即売会「コミックマーケット」を企画し、初代代表に就任。1980年に代表を辞し、以降はアニメを中心としたサブカルチャー方面のライター、漫画評論などの活動をしている。 この項目は、漫画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画/PJ漫画雑誌)。
正木 基(まさき・もとい、1951年 - )は、日本のキュレ… 正木 基(まさき・もとい、1951年 - )は、日本のキュレーター、美術評論家。 東京都出身。和光大学卒業。北海道立近代美術館、目黒区美術館に学芸員として勤務。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科で非常勤講師。キューバ出身アーティストのプロデュース活動に従事。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。
幾島 幸子(いくしま さちこ、1951年 - )は、日本の翻… 幾島 幸子(いくしま さちこ、1951年 - )は、日本の翻訳家。 東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。子供をテーマにした本、児童書のほか、強姦批判など社会的評論の翻訳を行う。
板屋 リョク(いたや りょく、本名:板屋 緑、1951年 -… 板屋 リョク(いたや りょく、本名:板屋 緑、1951年 - )は、日本の建築家、武蔵野美術大学造形学部映像学科元教授。早稲田大学芸術学校講師。 福岡県生まれ。1974年 早稲田大学理工学部建築学科卒業。1976年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。 1976年-1985年 鈴木恂建築研究所。1985年 R.D.アーキテクツ設立。1999年-2022年 武蔵野美術大学映像学科教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
石見 清裕(いわみ きよひろ、1951年(昭和26年) - … 石見 清裕(いわみ きよひろ、1951年(昭和26年) - )は、日本の東洋史学者。早稲田大学教育・総合科学学術院名誉教授。専門は隋唐史。学位は、博士(文学)(早稲田大学)。 1951年、東京都杉並区生まれ。1977年早稲田大学商学部を卒業後、早稲田大学第二文学部東洋文化専攻の3年次に学士入学し、1979年卒業。1981年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、1984年、早稲田大学大学院文学研究科東洋史学専攻博士後期課程単位取得退学。1996年、「唐の北方問題と国際秩序」で早稲田大学博士(文学)。主査は古賀登、副査は藤家禮之助、福井重雅、村山吉廣が務めた。1986年から1988年まで早稲田大学東洋史学助手。
牛嶋 徳太朗(うしじま とくたろう、1951年 - )は、日… 牛嶋 徳太朗(うしじま とくたろう、1951年 - )は、日本の政治学者、民族派右翼の思想家。西日本短期大学教授。専門は近代日本政治思想史。 福岡県に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒。同大学院博士前期課程修了。早大尚史会に属し、三島由紀夫の楯の会に入ろうとするが、体力上の問題から挫折。その後、民族派学生組織の日本学生会議に参加し、機関紙『ジャスコ』の編集長の頃から、生粋のファシストとしてドイツ・ナチズムやイタリア・ファシズム肯定の強固な論陣を張る。牛嶋によればファシズムとは高度にモラリッシュな運動であり、それゆえ興味本位なナチス肯定論には徹底した批判の立場に立つ。そのファシスト的立場は、伝統的な国粋的右翼からは批判的な目で見られがちだったが、牛嶋自身は、日本では、学生時代は、存命中の橘孝三郎に師事し、薫陶を受ける。
江川 直樹(えがわ なおき、1951年 - )は、日本の建築… 江川 直樹(えがわ なおき、1951年 - )は、日本の建築家で現代計画研究所代表取締役を経て同事務所顧問および関西大学教授(2004年 - )を経て現在名誉教授。平成30年度文部科学大臣表彰「科学技術賞(理解増進部門)」受賞(2018年)。 三重県に生まれて兵庫県で育つ。1974年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、同大学大学院に進み、1976年に修士課程を修了した。1977年に現代計画研究所に入所後、1982年に同研究所大阪事務所を開設して大阪事務所長となる。その後同事務所代表取締役に就任した。 1995年以降、神戸芸術工科大学(1995年-2000年)、立命館大学理工学部(1995年 - 2004年)、大阪市立大学生活科学部(2001年 - 2004年)、京都造形芸術大学環境デザイン学科(2001年 - 2004年)、三重大学工学部(2001年 - 2021年)の各非常勤講師を務め、2004年より関西大学工学部(現環境都市工学部)建築学科教授に就任した。
五十殿 利治(おむか としはる、1951年 - )は、日本の… 五十殿 利治(おむか としはる、1951年 - )は、日本の美術史学者、筑波大学名誉教授・特命教授。研究分野は、芸術学・近代美術史(中心は20世紀初頭)。とりわけロシア・アヴァンギャルド、大正期新興美術運動が専門。著作・翻訳書を多く刊行するほか、展覧会企画にも度々関わった。 東京都生まれ。1975年早稲田大学第一文学部美術史学科卒業、1978年同大学文学研究科芸術学博士後期課程中退。1978年から1985年まで北海道立近代美術館学芸員。1985年筑波大学専任講師、1992年助教授、2002年教授、人間総合科学研究科芸術学専攻長および同研究科副研究科長・研究科長、同大芸術系長・執行役員を歴任。2017年同大を定年退職、同年特命教授。
熊谷博子(くまがい ひろこ、1951年 - )は、日本の映画… 熊谷博子(くまがい ひろこ、1951年 - )は、日本の映画監督・映像ジャーナリスト。東京都出身。
椎名 保(しいな やすし、1951年 - )は、日本の実業家… 椎名 保(しいな やすし、1951年 - )は、日本の実業家、プロデューサー。株式会社KADOKAWA特別顧問、公益財団法人角川文化振興財団専務理事 、公益財団法人ユニジャパン副理事長。 アスミック・エース エンタテインメント株式会社代表取締役社長、株式会社角川エンタテインメント代表取締役社長、角川映画株式会社代表取締役社長、株式会社角川書店代表取締役専務などを歴任した。 1951年、東京都生まれ。1974年3月、早稲田大学理工学部卒業。 1974年4月、住友商事に入社。住友商事では、当初は鉄の輸出に関する事業に携わっていたが、その後、映像メディア事業に携わるようになり、1987年、映像メディア事業部の参事就任。
白木 三秀(しらき みつひで、1951年 - )は、日本の経… 白木 三秀(しらき みつひで、1951年 - )は、日本の経済学者。早稲田大学政治経済学術院教授。専門は労働経済学、社会政策及び人的資源管理。同大政治経済学部卒業後、同大大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士。国士舘大学政経学部教授などを経て2005年より現職。早稲田大学留学センター所長。滋賀県彦根市出身。 特に東アジアや中国に於ける人的資源管理の研究を進めている。担当する社会政策の授業では、内容が企業内の人事面、採用や待遇、昇進といった学生の興味を引きやすいものであり、引き合いに出す実際の事例も身近なものであるため、学生から一定の人気を得ている。労働に関する国際比較をテーマとするゼミを担当し、そのゼミも人気であるため、選考の際には例年、高倍率となっている。
高橋 広満(たかはし ひろみつ、1951年 - )は、日本の… 高橋 広満(たかはし ひろみつ、1951年 - )は、日本の日本近代文学研究者。相模女子大学名誉教授。 群馬県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。早稲田大学本庄高等学院教諭、相模女子大学教授。退職して名誉教授。
中村 雅行(なかむら まさゆき、1951年 - )は、日本の… 中村 雅行(なかむら まさゆき、1951年 - )は、日本の経営者。オカムラ代表取締役社長。 東京都新宿区高田馬場に生まれ、その後中野区江古田に転居した。中野区立第七中学校、早稲田実業学校普通科を経て、早稲田大学理工学部に入学。 早大卒業後の1973年に岡村製作所(現・オカムラ)入社。1996年取締役、2007年専務取締役、2012年代表取締役社長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。