熊野 實 (くまの みのる、1948年 - 2021年9月1… 熊野 實 (くまの みのる、1948年 - 2021年9月10日)は、日本の実業家。香川県高松市塩江町(旧香川郡塩江町)出身。株式会社カマタマーレ讃岐の設立者であり、同クラブの代表取締役会長である。 1972年、岡山大学を卒業し高松市役所に入庁。大学時代にサッカーに魅せられ、市役所のサッカーチームでプレーしながら少年サッカーの指導に当たった。市民部長と総務部長を計6年務め、定年1年前となる2007年に市役所を退職した。 2008年1月に山下憲一や住谷幸伸と共に4,000万円を出資して当時NPO法人であったカマタマーレ讃岐を株式会社化し、自ら代表取締役社長に就任した。2011年1月、社長を退任し代表取締役会長に就任。
野口 春生(のぐち はるお、1948年 - 2021年10月… 野口 春生(のぐち はるお、1948年 - 2021年10月28日)はエフエム福岡の元アナウンサー。 熊本県出身。1971年八幡大学(現・九州国際大学)法経学部卒業後、FMラジオ局のエフエム福岡に入社。(おおはら はるお)名のアナウンサーとして1970年代から80年代にかけて音楽番組などのディスクジョッキーを担当、紳士的かつ品性のある声で番組を進行し評判を得た。その後同社のディレクター、大阪支社長、放送部長、理事などを歴任。現在は系列会社キュー・ミュージックのエグゼクティブ・プロデューサー取締役。 2011年から九州国際大学国際関係学部客員教授(コミュニケーション論)に就任。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。
角田 修一(かくた しゅういち、1948年 - 2019年4… 角田 修一(かくた しゅういち、1948年 - 2019年4月17日 )は、日本の経済学者、立命館大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。1970年同志社大学経済学部卒、1975年京都大学大学院経済学研究科満期退学、1993年「生活様式の経済学」で経済学博士。1976年立命館大学経済学部助教授、教授。2018年定年、名誉教授となる。
枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の… 枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。京都市立芸術大学卒。ますたにたけし、枡谷猛というペンネームも使用した。 大学卒業後、漫画家・アニメーター、チリ紙交換屋、古本屋・レンタルビデオ店経営者、科学者、トレジャーハンターと転職を繰り返す。 週刊少年ジャンプ草創期の1969年の24号(20号から週刊化された)に読切漫画『サイボーグシティ』で漫画家デビューした模様。 その後1970年代後半に週刊少年ジャンプで読切漫画や連載漫画を発表。そのうち『怪艇ポセイドン』と『四丁目の怪人くん』はジャンプスーパーコミックス(創美社)から単行本化される。 2006年2月15日に発行した本『人類の黙示録 2012~2030年世界最終戦争のすべて』が2007年6月30日、イイノホールにおいて行われた「日本トンデモ本大賞2007」で過半数の得票を得てみごと大賞に輝いた。
青柳 幸一(あおやぎ こういち、1948年〈昭和23年〉 -… 青柳 幸一(あおやぎ こういち、1948年〈昭和23年〉 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は博士(法学)(慶應義塾大学・論文博士・2010年)。元司法試験考査委員。人権の基礎理論(個人の尊厳など)、社会的少数者の人権・人権の司法的保障を中心に研究していた。 獨協大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。横浜国立大学大学院国際法学研究科助教授、同・教授、筑波大学法科大学院教授等を経て、2002年4月から2005年10月まで旧司法試験考査委員(憲法)、2005年4月から2015年9月8日まで新司法試験考査委員(憲法。2005年10月以降は同主査)を歴任。2011年4月から2015年9月12日まで明治大学法科大学院教授。
香月 利一(かつき としかず、1948年 - 1999年7月… 香月 利一(かつき としかず、1948年 - 1999年7月23日)は、日本のビートルズ研究家。群馬県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1976年10月21日、ヒルトンホテルでリンゴ・スターを仲人に結婚式を挙げた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
横山 むつみ(よこやま むつみ、旧姓:知里〈ちり〉、1948… 横山 むつみ(よこやま むつみ、旧姓:知里〈ちり〉、1948年〈昭和23年〉 - 2016年〈平成28年〉9月21日)は、日本のアイヌ文化伝承者。「知里幸恵 銀のしずく記念館」初代館長。北海道幌別郡幌別村(現在の登別市)出生、同道檜山郡江差町育ち。國學院大學文学部第二部出身。夫は漫画家の横山孝雄。長女は「知里幸恵 銀のしずく記念館」3代目(現在の)館長の木原仁美。伯母は『アイヌ神謡集』著者の知里幸恵(父・知里高央の姉)。 アイヌ文化活動や著作業においては、アイヌ語に由来する結婚前の旧姓「知里 むつみ(ちり むつみ)」の名で活動した。 1948年(昭和23年)、北海道幌別郡幌別村(現在の登別市)で誕生。
江口 正尊(えぐち まさたか、1948年 - 2021年4月… 江口 正尊(えぐち まさたか、1948年 - 2021年4月6日)は、日本の仏教学者。北海道医療大学名誉教授。専門は、医療倫理学、死生学、宗教学。 1972年駒澤大学仏教学部仏教学科卒業。1974年同大学大学院人文科学研究科仏教学専攻修士課程修了。1977年同博士課程単位取得満期退学。 1978年北海道医療大学教養部講師。東日本学園大学基礎教育部教授を経て、大学名改称により1993年から北海道医療大学歯学部教授。のち退職し名誉教授。客員教授を歴任。北海道医療大学退職後は、引き続き青森県内で大学教育に従事。八戸市内で逝去した。 著書に「黄檗山と范道生:万福寺の仏たち」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
小寺 裕(こてら ひろし、1948年 - 2025年7月19… 小寺 裕(こてら ひろし、1948年 - 2025年7月19日 )は、日本の教育者、数学史家、和算家。 大阪府出身。信州大学理学部数学科卒。東大寺学園中学校・高等学校にて長く教鞭を取る。その折、小説『算法少女』を教材として採り上げ、その復刊に尽力する。2017年度をもって教師を退職。全国の算額の調査に取り組み、現在も継続中である。日本数学史学会運営委員長を務める。また二代目福田理軒の号を持つ和算家でもある。
鈴木 則子(すずき のりこ、1948年 - )は、開運筆跡の… 鈴木 則子(すずき のりこ、1948年 - )は、開運筆跡の祖、筆跡心理士。日本筆跡学院 学院長。 京都市伏見区出身。帝塚山大学教養学部国際政治学科卒業。1994年に感性総合研究所を設立。1995年、女性筆跡診断士になり、全国各地に筆跡診断教室を開講。筆跡から見た行動を分析して性格、適性を診断し、アドバイスを行う。 2009年、日本筆跡学院を設立。東京本校を拠点に筆跡心理学と人間学の養成講座を展開。多くの筆跡心理士を輩出している。 開運文字に基づく表札、看板、印鑑等の制作も行っている。 2009年(平成21年)4月1日、代表・鈴木則子により設立。英語表記はJapan Academy of Graphology。
大西 義久(おおにし よしひさ、1948年(昭和23年) -… 大西 義久(おおにし よしひさ、1948年(昭和23年) - 2024年3月4日)は、広島県出身の銀行家。日本銀行人事局長、セントラル短資代表取締役社長等を務めた。2024年3月4日夕刻、入浴中に急逝。 広島県広島市生まれ。1971年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。1977年香港大学留学。1981年外務省在中華人民共和国日本国大使館出向。1988年日本銀行ロンドン駐在参事付パリ駐在。1991年日本銀行国際局為替課長。1993年日本銀行岡山支店長。1995年日本銀行国際局次長。1996年日本銀行香港駐在参事。1999年日本銀行情報サービス局長。2000年日本銀行人事局長。2001年金融情報システムセンター理事。
尾本 彰(おもと あきら、1948年-)は、日本の原子力工学… 尾本 彰(おもと あきら、1948年-)は、日本の原子力工学者。 1972年4月、東京大学工学部原子力工学科卒業。同年5月、東京電力株式会社入社。1991年7月、原子力建設部原子力計画課長。2000年3月、東京大学工学博士取得。2000年6月、原子力技術部長兼技術開発本部副本部長。2004年1月、国際原子力機関(IAEA)原子力局原子力発電部長。2009年11月、東京電力顧問。東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻特任教授。2010年1月-2013年3月7日、内閣府原子力委員会委員(非常勤)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
川北 隆雄(かわきた たかお、1948年 - )は、日本のジ… 川北 隆雄(かわきた たかお、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。中日新聞論説委員。政府税制調査会専門委員。専修大学非常勤講師。 2007年10月30日 中日新聞(東京新聞)のコラム「一筆両談」においてアサヒる問題をネット側による捏造であると断言し「アベする」という言葉が流行しているとした。 しかし、以前から「アベする」という言葉は「Google検索で全く検索されない」、「雑誌にも全く掲載されていない」など捏造であると指摘されていた。それにもかかわらず証拠もなしにコラムを掲載したため中日新聞と川北に対して非難が起こった。 捏造疑惑に対し川北は「(回答は)勘弁して欲しい」と逃亡してしまったため嘲笑されることとなった。
坂本 雄三(さかもと ゆうぞう、1948年 - 2026年1… 坂本 雄三(さかもと ゆうぞう、1948年 - 2026年1月16日) は、日本の工学者。建築環境工学専攻。東京大学名誉教授。元独立行政法人建築研究所理事長。元公益社団法人空気調和・衛生工学会会長。 北海道札幌市出身。1971年北海道大学理学部地球物理学科卒業。1978年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士。同年建設省建築研究所研究員。1990年名古屋大学工学部建築学科助教授。1994年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教授。1997年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。2001年日本ツーバイフォー建築協会坪井賞受賞。2005年空気調和・衛生工学会学会賞技術賞建築設備部門。
中村 一好(なかむら いっこう、1948年〈昭和23年〉[要… 中村 一好(なかむら いっこう、1948年〈昭和23年〉[要出典] - 2008年〈平成20年〉4月4日)は、日本の音楽プロデューサー。日本コロムビアに所属した。 山口県出身[要出典]。東京大学卒業後に日本コロムビアに入社[要出典]。東元晃(後にテイチク社長)に師事し、[要出典]ディレクターとして、石川さゆり「天城越え」・ちあきなおみ「矢切の渡し」・美空ひばり「おまえに惚れた」などを手掛ける。 都はるみを担当中の1983年ごろから、妻子ある身でありながら都と深い仲になり、そのまま住まいをともにする。退社後は都の個人事務所社長を務めた。中村の妻が離婚を拒否したため、都とは結婚できなかった[要出典]。
金子 秀敏(かねこ ひでとし、1948年 - )は、毎日新聞… 金子 秀敏(かねこ ひでとし、1948年 - )は、毎日新聞の専門編集委員。東京都生まれ。東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。 マスコミ人でありながら取材源秘匿を否定してたびたび「関係者とはだれか明らかにするべき」との主張を繰り返している。2009年4月2日の毎日新聞夕刊ではメディアに登場する「関係者」に触れたうえで「『関係者』を国会に呼んで納得がいくよう話してもらうべきだ」とまで述べている。また、2009年12月24日の毎日新聞夕刊でも最後を「それにつけても、だれだろうね、よく新聞に出てくる『関係者』とは」という言葉で締めくくっている。しかし、毎日新聞2007年2月8日夕刊では「ミサイル防衛に反対する米国の科学者たちは、『ミサイルの迎撃は大量の宇宙ゴミを出すので、低軌道を使う人工衛星が永久に使えなくなる』と警告している」と書き、物理的にあり得ない主張をしている科学者の名前を明らかにしていない。
若杉 直美(わかすぎ なおみ、出生名:鵜野 直美(うの なお… 若杉 直美(わかすぎ なおみ、出生名:鵜野 直美(うの なおみ)、1948年(昭和23年) - 2011年(平成23年)12月3日)とは、栃木県芳賀郡益子町の陶芸家である。 夫は同じく益子町の陶芸家である若杉集。工房「若杉陶磁器工房」で作陶活動を行った。 当時の益子では数少なかったクラフト系の陶芸を作陶し、様々な色を用いて絵付や彩色を施し、主に練り込み技法を用いて、ありとあらゆる食器を製作した。 1948年(昭和23年)、鵜野直美として東京都渋谷区に生まれる。 そして大学時代の恩師の中では、食べることにとても貪欲であった浅野陽から、作品制作の姿勢や生活を楽しむこと、そして美味しく食べること。その後の人生を歩む上での大きな影響を受けた。
小野 新次郎(おの しんじろう、1948年? - 2022年… 小野 新次郎(おの しんじろう、1948年? - 2022年〈令和4年〉6月3日)は、日本の特許庁技官、弁理士。特許技監を最後に退官後、ユアサハラ法律特許事務所特許部代表パートナー。位階勲等は従四位瑞宝中綬章。 1970年(旧)東京都立大学工学部工業化学科卒業、特許庁入庁。1974年特許庁審査第四部審査官(高分子有機材料)。1975年科学技術庁振興局管理課情報室出向。1977年特許庁審査第四部審査官(薬品化学)。1978年からアメリカ化学会Chemical Abstractsサービスに留学。1979年特許庁審査第四部審査官(応用化学)。 1982年外務省在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官。
広瀬 哲樹(ひろせ のりき、1948年(昭和23年) - )… 広瀬 哲樹(ひろせ のりき、1948年(昭和23年) - )は、日本の経済企画官僚、エコノミスト、外交官。2009年(平成21年)9月10日からブルネイ駐箚特命全権大使。 1975年(昭和50年)同志社大学大学院経済研究科を修了、経済学修士号を取得する。同年経済企画庁に入庁する。1980年(昭和55年)から1982年(昭和57年)まで米プリンストン大学大学院経済学科に留学、研究生活を送る。 1985年(昭和60年)国土庁計画・調整局総務課課長補佐。1986年(昭和61年)から経済企画庁勤務。経企庁勤務のかたわら、1991年(平成3年)世界平和研究所(IIPS)首席研究員、オックスフォード大学セントアンソニー・カレッジのシニア・アソシエート・フェローも務める。
鈴木 伸夫(すずき のぶお、1948年 - 2017年2月1… 鈴木 伸夫(すずき のぶお、1948年 - 2017年2月16日)は、青森放送(RAB)の元アナウンサー。愛称は「伸さん」。 北海道札幌市生まれで、小樽市(幼稚園時代)、愛知県豊橋市(小学校時代)、名古屋市(中学・高校時代)、宮城県仙台市(大学時代)に住む転勤族だった。 東北学院大学法学部卒業後、1970年にRABへ入社。放送部アナウンサー、1993年より東京支社、後に放送部長を歴任。本社に戻った後、一時アナウンサーに復帰した。 映画愛に満ち溢れた人柄で、青森県を舞台とした映画『八甲田山』を、当時担当していた青森放送のラジオ番組『ナイト・ブリッジ・フォー・ユー / シネマテーク005』にて、映画本編の音声を使用して、自身のプロデュースとディレクションによりサウンドドラマ化。
井上 信悟(いのうえ しんご、1948年(昭和23年)- … 井上 信悟(いのうえ しんご、1948年(昭和23年)- - )は、日本のテレビプロデューサー、実業家。ポニーキャニオン顧問。 元フジテレビのプロデューサー・ディレクター。 1970年獨協大学卒業後、フジテレビ入社。 上司だった疋田拓の下で修業を積み、1976年から1987年まで夜のヒットスタジオでは疋田班のチーフディレクター、チーフフロアディレクターとして長年に渡り担当した。その後、他番組でプロデューサーを経て、1994年から音楽担当部長、1997年から第二制作部長に就任。元部下が多数在籍する音組の基礎を作った。 2002年7月、ポニーキャニオン常務取締役に就任。2004年1月6日に専務、2013年6月17日に副社長、2025年6月20日に顧問に就任した。
石田 幸男(いしだ ゆきお、1948年 - 2023年3月1… 石田 幸男(いしだ ゆきお、1948年 - 2023年3月10日 )は、日本の機械工学者。名古屋大学名誉教授。元日本機械学会機械力学・計測制御部門長。 1970年名古屋大学工学部機械学科卒業。1972年名古屋大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1975年名古屋大学大学院工学研究科機械理工学専攻博士課程修了、工学博士、名古屋大学教養部助手。 1976年名古屋大学教養部講師。1978年名古屋大学工学部講師。1982年名古屋大学工学部助教授。1994年名古屋大学工学部教授。1997年名古屋大学大学院工学研究科教授。2005年日本機械学会機械力学・計測制御部門部門長、日本設計工学会東海支部長。
西山 徹(にしやま とおる、1948年 - 2001年3月2… 西山 徹(にしやま とおる、1948年 - 2001年3月2日)は、日本のプロ釣り師、釣りジャーナリスト、ダイワフィールドテスター。フライフィッシングやバスフィッシング、ソルトウォータールアーフィッシング、そして生物学的知識の釣りへの導入における草分け的存在。 高知県出身。釣り好きの父親の影響を受けて、物心ついたときから釣りに熱中。 小学校入学とともに小鮒やオイカワ釣りを、小学校3年生頃に鮎のドブ釣り、友釣りを覚え、それ以降も鯉、鯰、ボラ、シロギスと様々な魚を釣っていく。 6年生の時アマゴ釣りを経験し、その美しさに心底感動したという。 中学時代に海の投げ釣りと渓流釣り、ヘラブナ釣り、そして、フライフィッシングをはじめる。
高瀬 幸途(たかせ よしみち、本名:中里 幸途、1948年 … 高瀬 幸途(たかせ よしみち、本名:中里 幸途、1948年 - 2019年4月24日)は、日本の編集者。太田出版社長を務めた(1995年 - 2006年)。2013年に退社[要出典]後は、フリーとなった。 東京都出身。法政大学時代、非合法革命党派に所属。糸井重里とは対立するセクトにいた。 荒井晴彦に『神聖喜劇』(大西巨人・原作)のシナリオ版を書かせた。 ビートたけしとの交友もある。太田出版は、たけしの著作をよく出版していて、そのつながりからである。「ビートたけしのオールナイトニッポン」や「北野ファンクラブ」でも高瀬がネタになったことがよくあったという。 見城徹とは友人で、見城の『編集者という病』の編集を高瀬が手がけた。
山本 孝則(やまもと たかのり、1948年 - 2016年1… 山本 孝則(やまもと たかのり、1948年 - 2016年11月19日)は、日本の経済学者。
清水 成駿(しみず せいしゅん、1948年 - 2016年8… 清水 成駿(しみず せいしゅん、1948年 - 2016年8月4日)は、東京都出身の競馬評論家。 1972年、明治学院大学経済学部卒業と同時に、父の経営する印刷会社が請け負っていた縁で競馬専門紙の1馬に入社。旧東京系のトラックマンとなり、20代の若さで評論家、35歳と異例の速さで取締役編集局長に就任。 同紙で長年に渡り担当したコラム「今日のスーパーショット」をはじめ、ラジオ日本 土曜・日曜競馬実況中継やスポーツ紙、週刊誌などで「走らせる側に立って考える」という独特の予想理論を展開。人気薄の馬に敢然と本命印を打ち孤独の◎として人気を集めていた。 2001年末に文筆業に専念するとして1馬を退社したが、その後もフリーランスで競馬評論を続けていた。
金本 悟(かねもと さとる、1948年 - )は、日本の牧師… 金本 悟(かねもと さとる、1948年 - )は、日本の牧師、保育園園長、宣教学者。 広島県安芸郡海田町矢野にて出生(1948年1月23日)。父・金本源之助が東京高等師範学校時代に通っていた小石川白山教会にてローラ・モーク宣教師により幼児洗礼を受ける。4歳時に東京都練馬区東大泉に移る。 高校生時代に高校生聖書伝道協会(HiBA)を通してキリスト教信仰を持ち、早稲田大学(B.sci 1970年)・同理工学研究科修士課程修了(M.Sci 1972年)の時代にはキリスト者学生会(KGK)運動に参加、聖書神学舎、ホイートン大学(MA,1973年 米国イリノイ州)、トリニティ神学校(M.Div. 1977年 イリノイ州)、プリンストン神学校(Th.M. 1978年 米国ニュージャージー州)、ボストン大学(Ph.D課程終了 1982年 米国マサチューセッツ州)で学ぶ。
阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャー… 阿部 雅美(あべ まさみ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。北朝鮮による日本人拉致事件をスクープした。産経デジタル代表取締役社長兼CEO。産業経済新聞社常務取締役など兼務。東京都生まれ。 1972年、早稲田大学政経学部卒業、産業経済新聞社に入社。1980年1月7日、サンケイ新聞朝刊一面トップにおいて「アベック三組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」などの見出しで、日本人拉致事件を初めて報じた。このスクープは世間ではほとんど等閑視され、被害者家族の要請で公明党議員が国会でアベック連続蒸発に言及するも「原因不明」と回答された。当時について、阿部自身は「他社は北朝鮮に忖度して報道を控えたとの指摘がある。
岩村 和夫(いわむら かずお、1948年 - 2024年11… 岩村 和夫(いわむら かずお、1948年 - 2024年11月1日)は、日本の建築家。東京都市大学名誉教授。武蔵工業大学環境情報学部教授、社団法人日本建築家協会理事・国際委員会委員長、国際建築家連合UIA理事を歴任。岩村アトリエ代表。社団法人日本建築学会地球環境委員会幹事。 東京都の世田谷区深沢の環境共生住宅-市浦都市開発建築コンサルタンツ、現・市浦ハウジング&プランニングらと-などで知られる。 神戸市生まれ。1971年(昭和46年)、早稲田大学理工学部建築学科卒業。1973年(昭和48年)、同大学院修士課程修了後、フランス政府外務省給費研修生(技術交流)として渡仏。1974年(昭和49年)、在パリ、ジョルジュ・キャンディリスのGeorges Candilis事務所入所しおもにパリやアテネ、中東での仕事に従事し、1976年にドイツ・ダルムシュタットで建築設計事務所AG5を設立などを経て、1980年(昭和55年)に岩村アトリエ設立。
八巻 孝夫(やまき たかお、1948年 - )は、日本の城郭… 八巻 孝夫(やまき たかお、1948年 - )は、日本の城郭研究者、郷土史家。中世城郭研究会の代表・幹事。元小学館編集長。 1948年埼玉県蕨市に生まれる。1970年に早稲田大学法学部を卒業。1991年ごろの休日には城郭の遺構の調査をしていて、家にいなかった。 八巻は、1971年に創立した中世城郭研究会の初期から個性が強い会員をうまくまとめて運営をし続けている。八巻が初参加したのは、1974年(昭和49年)11月19日の小山城での例会だった。それ以降、会長を置かない中世城郭研究会の実質的な代表 となっている。 八巻は、中世城郭研究会の会誌『中世城郭研究』を1987年の創刊号から編集し続けている。
加藤 千恵(かとう ちえ、1948年 - 2022年4月23… 加藤 千恵(かとう ちえ、1948年 - 2022年4月23日)は、洋菓子研究家。 北海道旭川市生まれ。青山学院女子短期大学卒業。 日本航空国際線フライトアテンダントとして各国を訪れる中で洋菓子や食器に魅せられる。日本航空退社後に本格的に製菓の勉強を始める。パリのル・コルドン・ブルー、エコール・ド・リッツエスコフィエ、ドイツのボルフェンビッテル国立製菓学校(ドイツ語版)などに学び、自由が丘の自宅でお菓子教室を主宰。また週末自宅を開放してのティールーム「フレッシュ・クリーム」の主宰でもある。 2022年4月の死去後、加藤が運営していた洋菓子教室を通じて、加藤が菓子作りを通して集めて使ってきた製菓道具や雑貨などのガレージセールが行われた。
吉用 清(よしもち きよし、1948年〈昭和23年〉 - 2… 吉用 清(よしもち きよし、1948年〈昭和23年〉 - 2020年〈令和2年〉1月4日)は、日本の剣術家。兵法二天一流第12代宗家。居合道教士七段。剣道四段。 1948年、大分県宇佐市出身。父は第8代宗家・青木規矩男の高弟、五所元治(英語版)。幼少時から関口流居合道、剣道を学び、高校時代から二天一流の修行を始める。その後、県外で就職したが三十代に帰郷し、地元の貴金属会社に務めながら、平成6年(1994年)に関口流、平成10年(1998年)に二天一流の免許皆伝をした。 第11代宗家・清長文哉が平成16年に次代を指名しないまま急逝したので、親族門人たちによる協議の結果、三周忌にあたる平成19年(2007年)に第12代宗家に推挙された。