佐藤 にいな(さとう にいな、2006年10月15日 - )… 佐藤 にいな(さとう にいな、2006年10月15日 - )は、岩手県盛岡市出身の女子サッカー選手。マイナビ仙台レディース所属。ポジションはミッドフィールダー。 中学時代よりマイナビ仙台レディースの下部組織に6年間所属して、ユースチーム在籍時の2024年8月に、トップチームに登録された。 2024年9月3日、2025年2月からトップチーム昇格することが内定。同年10月9日、2024-25 WEリーグカップのアルビレックス新潟レディース戦でデビューした。 2025年2月、マイナビ仙台レディースに正式加入。
下田 栄祐(しもだ よしひろ、2004年5月5日 - )は、… 下田 栄祐(しもだ よしひろ、2004年5月5日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木シティ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2022年9月19日、2023年シーズンよりトップチームに昇格することが発表された。 2022年12月13日、J2に所属するいわきFCへ育成型期限付き移籍することが発表された。なお、移籍期間は2年間(2023年2月1日から2025年1月31日)。また、この移籍は両チームの提携による移籍。いわきFCは「2年間の移籍期間で選手の成長を最大限に後押しすることで、若手選手育成の新しいモデルとなることを目指す」と公式サイトを通じて発表している。
清水 敦貴(しみず あつき、2000年7月10日 - )は、… 清水 敦貴(しみず あつき、2000年7月10日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。鎌倉インターナショナルFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 グルージャ盛岡(現・いわてグルージャ盛岡)のアカデミー出身。2018年6月、トップチームに2種登録された。 2019年より、トップチームへ昇格。同アカデミー史上初めてのトップチーム昇格となった。同年6月25日、盛岡市内で交通事故(玉突き事故)を起こしてクラブから厳重注意処分を受けた。 2020年3月、盛岡がパートナーシップ協定を結んでいるカナダのヴィクトリア・ハイランダーズFCへ期限付き移籍。8月にいわてグルージャ盛岡に復帰。 2021年、ブランデュー弘前FCに育成型期限付き移籍。
谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5… 谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 実兄はサッカー選手の谷村憲一。 花巻東高等学校から国士舘大学に進学し、高校までのストライカーからボランチにポジションを変更。当時は大型ボランチとして活躍。4年次には9アシストを記録し関東大学サッカー2部でアシストランキング2位となったが、Jクラブからのオファーは届かなかった。2020年、唯一オファーのあった当時JFLのいわきFCに加入。いわきでの1シーズン目途中でストライカーのポジションに再転向した。 いわきで十分な活躍ができず、ベンチ外になることもあり、2022シーズンから食生活の見直しなどフィジカル面の強化に努め、攻守でハードワークのできる選手へと成長。
鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、… 鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ・東邦チタニウムサッカー部所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 名前は野球好きの祖父がイチロー(鈴木一朗)にあやかって名付けた。 小学1年生から厨川ファイターズで野球を始め、当時のポジションは投手。右投右打だったがイチロー同様に左打に挑戦させられるなど祖父からの期待が強く、名前ゆえのプレッシャーもあり、逃げ出すかのように小学5年生のときサッカーに転向。グルージャ盛岡ジュニアに所属した。 富士大学在学中の2016年6月、特別指定選手に承認され、グルージャ盛岡に選手登録。同年7月3日のJ3第15節ガイナーレ鳥取戦でJリーグ初出場した。
谷村 憲一(たにむら けんいち、1995年〈平成7年〉1月2… 谷村 憲一(たにむら けんいち、1995年〈平成7年〉1月26日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 実弟はJリーグ・横浜F・マリノス所属のサッカー選手の谷村海那。 小学2年生の時に見前FCでサッカーを始める。グルージャ盛岡ジュニアユースを経て盛岡商業高校に入学。高校では入学直後からベンチ入りし、1年秋からレギュラーとして現ベガルタ仙台の藤村慶太とダブルボランチを組んだ。3年時には背番号10を背負い、同校の東北高校選手権優勝に貢献。 谷村がレギュラーを獲得した1年秋からモンテディオ山形スタッフがマークを始め、2012年5月に山形の練習に招待した際には奥野僚右監督を一目ぼれさせ、「ぜひ獲得してほしい」と言わしめた。
久保 海都(くぼ かいと、1993年11月5日 - )は、岩… 久保 海都(くぼ かいと、1993年11月5日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 盛岡商業高校3年時に選手権に出場。その後は関東学院大学に進学した。 2016年に地元であるグルージャ盛岡に入団した。2018年シーズン終了後、現役引退を表明。
藤村 慶太(ふじむら けいた、1993年9月2日 - )は、… 藤村 慶太(ふじむら けいた、1993年9月2日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿児島ユナイテッドFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF) 元プロ野球選手でNPB・広島東洋カープに在籍していた高橋樹也は従兄弟にあたる。 小学2年生の時にFC手代森でサッカーを始める。中学3年時には全日本ユースフットサル大会で準優勝。盛岡商業高校では1年時からレギュラーとして活躍。高校選手権県予選では1、2年時いずれも決勝戦のPK戦で失敗し、準優勝に終わる。3年時には主将を務める。選手権県予選決勝の遠野戦では後半19分のPKを決め、7-1で勝利。県決勝戦での最多得点・点差勝利記録を更新し、全国初優勝した5年前の85回大会以来の出場を決めた。
林 勇介(はやし ゆうすけ、1990年1月23日 - )は、… 林 勇介(はやし ゆうすけ、1990年1月23日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 岩手県立盛岡商業高等学校では1年生でレギュラーに定着し、2年の2006年には全国高校サッカー選手権で優勝し、優秀選手に選ばれている。翌2007年には日本高校選抜に選ばれ、全国高校サッカー選手権の岩手県大会決勝でも自らゴールを決めたが、遠野高校にPK戦の末敗れた。 2008年より浦和レッズに入団。この年は公式戦の出場、ベンチ入りは無かった。左サイドの攻撃的なポジションでのプレーを得意とするが、浦和在籍時にはボランチや左サイドバックとしてテストされたこともある。 2009年3月7日、開幕戦の対鹿島戦で初の公式戦ベンチ入り。
山形 雄介(やまがた ゆうすけ、1986年7月14日 - )… 山形 雄介(やまがた ゆうすけ、1986年7月14日 - )は、岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち の元サッカー選手。ポジションはDF。 2008年に湘南ベルマーレに入団内定していたが、取り消されたためベガルタ仙台の入団テストを受けるも 不合格となり、2009年の開幕直前に佐川印刷SCへの入部が決まった。この年はすぐにレギュラーに定着した。 しかし2010年はわずか3試合の出場に止まり、同年限りで佐川印刷を退団した。 2011年に当時関東サッカーリーグ2部のSC相模原に完全移籍した。しかし左ひざ靭帯の怪我により、出番のないままチームを戦力外通告となった。2012年は座間市に在住し浪人生活を送り、アルバイトをしながら相模原麻溝公園でトレーニングを続けた。
福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は… 福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は… 倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は、岩手県盛岡市出身のフットサル選手、サッカー選手。 岩手県立遠野高等学校ではサッカー部に所属。 2011年、東北フットサルリーグ1部アトレチコ郡山からステラミーゴいわて花巻に移籍。2011-12シーズン第24節府中アスレティックフットボールクラブ戦でFリーグデビューを果たした。
山本 脩斗(やまもと しゅうと、1985年6月1日 - )は… 山本 脩斗(やまもと しゅうと、1985年6月1日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左右のサイドバック)。元日本代表。 高校時代は岩手の盛岡商業高校で、2年生から背番号「10」を背負いレギュラーとして選手権に出場した。早稲田大学では、2006年に北京オリンピック日本代表候補にも選出されている。[要出典]2008年シーズンよりJリーグのジュビロ磐田に加入することが内定していたが、入団前のメディカルチェックにおいて、原発性左鎖骨下静脈血栓症(ページェット・シュレッター症候群)であることが判明。ジュビロと業務委託契約を締結し、完治後の正式契約を目指して治療に専念した。
大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、… 大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、岩手県出身のサッカー選手。ポジションはMF。
小笠原 満男(おがさわら みつお、1979年4月5日 - )… 小笠原 満男(おがさわら みつお、1979年4月5日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。2009年シーズンJリーグ最優秀選手賞受賞。 岩手県盛岡市に生まれ、地元の太田東サッカー少年団に入団しサッカーを始める。6年生の時に第15回全日本少年サッカー大会にチームのキャプテンとして出場している。 1995年、斎藤重信監督率いる岩手県立大船渡高等学校に進学し、斎藤の家で下宿生活を送る。“東北のファンタジスタ”と言われ天才派選手 として注目され、U-16日本代表に初招集されてからは年代別日本代表に選出される。 1997年、第76回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、ベスト16進出の原動力となり大会優秀選手に選出された。
佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩… 佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。 2005年から2016年までNPO法人湘南ルベントスポーツクラブJrユース.Jrにて後進の指導にあたる。 2017年はINAC神戸レオネッサのGKコーチとして1年間指導した。 2018年、ラインメール青森FCのGKコーチに就任。 2020年12月2日、青森のGKコーチを退任した。
瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は、… 瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはGK。瀬田貴仁、瀬田達弘はともに息子。 JSLでは日立製作所に所属し、通算164試合に出場。その間、JSL、天皇杯など数々の優勝に輝き、1972年、1976年のベストイレブンを獲得。現役終盤からはコーチも兼任していた。 日本代表としては1974年、1978年のワールドカップアジア予選に出場。モントリオールオリンピックアジア予選ではレギュラーとして全試合に出場した。 現在はテレビ中継解説者、サッカー指導員を務めている。1998年にS級コーチングライセンスを取得。2005年には沖縄県の国体女子成年チームの特別コーチを務めた。
瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は岩… 瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはGK。ソニー仙台FC在籍の瀬田貴仁、横河武蔵野FC在籍の瀬田達弘はともに息子。
古前田 充(こまえだ みつる、1950年4月14日 - )は… 古前田 充(こまえだ みつる、1950年4月14日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手(MF)・サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。 遠野高校、大阪商業大学を経て、1973年にJSLの藤和不動産へ入部。今井敬三と共にフジタの守備の中心選手で、JSLベストイレブンに5度(1976年-1977年, 1979年-1981年)も選出され、1977年にはセイハン比嘉と共に7アシストでJSLアシスト王を獲得。3度のJSL1部優勝(1977年, 1979年, 1981年)と2度の天皇杯制覇(1977年, 1979年)に貢献したほか、日本代表にも選出。ムルデカ大会・キリンカップ・ヨーロッパ遠征に出場し、国際Aマッチでは2試合2得点を記録。
斎藤 重信(さいとう しげのぶ、1947年5月6日 - )は… 斎藤 重信(さいとう しげのぶ、1947年5月6日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー指導者。岩手県立盛岡商業高校や岩手県立大船渡高校のサッカー部監督として、両校を全国の強豪校に育て上げ、多くの選手を指導した。第85回全国高等学校サッカー選手権大会の優勝監督。 1947年5月6日生まれ。岩手県盛岡市で生まれ育ち、盛岡市立厨川中学校から盛岡商業高校に進学する。この間、中学校時代は休み時間のサッカーに加わるくらいであったが、高校で先輩から「入れ」といわれたことがきっかけでサッカー部に入部し、新潟国体に出場した。 高校卒業後の1966年、順天堂大学に入学し、1年生の時から試合に出場した。大学の同期に、のちに流通経済大学付属柏高校などの監督を務める本田裕一郎がいる。